はてなキーワード: 市原悦子とは
なんかすいすいが市原悦子に見えてきた
男には性欲がある
みたいなことが当たり前とされてる。
それが前提として話が進んでいくことが多い。
漫画とか映画とかドラマとかいろんなメディアのなかでも、日常会話のなかでも。
性欲=男のもの(または性欲を向けられる対象としての女の人たちのもの)っていうのが前提にあるからだ。おばあさんには性欲がないという共通認識がフリになっている。
題材になるってことは意外性があるということ。
地味な女や魅力的じゃないおばさんにも性欲があることはよくよく考えてみたら当たり前なのに、無いことにされている。
彼女たちもポルノの題材になることはあるが、ギャップによるエロさの発生装置になっているにすぎない。見る側は彼女たち本人に興奮してるのではなくて、見た目からイメージされる普段の姿との差に興奮している。
性欲がないことにされている人たちの性欲を目の当たりにすると気持ち悪く感じてしまう。性欲があることがあたりまえとされている側の性が存在しているのも変だなと思う。
野外コンサートだったのかぁ。歌詞で言ってるのね。うんもうちょっとがんばってほしいぞ。いや素人っぽさがよいのか。
ベートーヴェン野外コンサートなんてしてたのかな。チラッと調べた限りでは見つけられず。
できましたか(1808)。かっこよいアレンジ。冒頭ヴェルディの《運命の力》かと思った。あ、運命つながり?
ルドルフ大公(歌)「奇跡のスピード 次々生み出す 交響曲 協奏曲 未知の大きさ 新しい音 今こそ 目覚めた かく めい かー」
モーツァルト「どれも傑作だぁー」
ハイリゲンシュタットの遺書を書いた後10年間ほど(1802-12)はベートーヴェン中間の充実期とされている(傑作の森)。実際は交響曲第3番《英雄》が皮切り。《運命》は"傑作の森"期の後半に入るころの作品で、ここまでにヴァイオリンソナタ《クロイツェル》、ヴァイオリン協奏曲、ピアノソナタ第23番《熱情》、交響曲は第5番《運命》と同時に作られた第6番《田園》までかな。
かわいすぎる。
あらま!改訂中?それともまだ完成前だった?あらま!望海氏弾いてる!生観劇時も配信も同じところでミスタッチ?わざと?
げー、無声口唇破裂音(p)ってあんなに速く出せるものなの?そして望海氏はダブルタンギング要らずの人か(t)。うーむ、滑舌の訓練のたまものなのかな。管楽器かじった人間として恐れ入る。
ヴェーゲラー夫妻は1807年からコブレンツに移り住んでたようだけど、まあボンとそれほど離れてないか。
「もし対位法と同じぐらい戦術に精通していたら、目に物を見せてくれように」
ナポレオンウィーン侵攻中、謎の女が《運命》を献呈されつつ家政婦としてがんばっててかわいい。
ナポレオンとゲーテの場面きた。史実では1808年の諸侯会議の場で、日を接して3度会っているとのこと。ちょっと遡ってるのか。ナポレオンはウェルテルの愛読者で、エジプト遠征中(1798-9)に7回読み返ししたという。
「これこそ人間だ」「ここに人有り!」ナポレオンがゲーテを見るなり言った。
ゲーテはナポレオンに傾倒していたとのことで、ほんとはこんなこと言ってないと思われるけど、なるほど。
ナポレオンの理想を認めつつあくまでその達成手段には否定的な本作のゲーテ。主人公ベートーヴェンとの現実の関わり度合いからしてなぜゲーテが2番ではなく3番なのかと思っていたけど、ゲーテがナポレオンの心の代弁者の役割か。まあゲーテとは年齢も開きすぎか。
ナポレオン「余を毎夜さいなむ問いは、進むべきか、否か」
ベートーヴェン「否ー!」
再び盆が回っての見事な場面転換。あれ部屋きれいだ。
かいがいしく世話してる笑。家事からきしダメだったけどがんばったのか、掃除も食事も。なんでがんばってんだ笑。
ベートーヴェンの部屋はずっと汚かったっぽいけどな。ごはんも食べずに、とかはどうだったかなあ。食事に招いても現れずに作曲に夢中になっていたというのはNHKのプロファイラーでやってたか。
ベートーヴェン「なんだその格好は」
ツッコんでくれてありがとう気になってた気になってた!
謎の女「これ?すてきでしょう?あたしを見てどう感じる?」
なんかここ、市原悦子みがあった笑。家政婦だけに?
ほう!
ベートーヴェン「お前は、俺の才能なのでは⁈ もしそうだとしたら、まさにお前という才能こそが、俺の、恋人ということになる」
配役になかったしベッティーナは飛ばしますわね。そしてゲーテとベートーヴェンがテプリッツで会ったのはまあ一応偶然だった模様。
1812年きてる!
《悲愴》1798が今きた。難聴に苦しみ出したころの作品、と思うと、エレオノーレの語ることばとシンクロする。
ナポレオンのウィーン侵攻から3年経ってるから、エレオノーレは2人目の懐妊?
なお3楽章はショーで使われるのでした。
エレオノーレ「耳のことを隠して」
ベートーヴェンっていつまで難聴を秘密にしてたんだっけか、少なくともハイリゲンシュタットの遺書まではそうだとして。
謎の女「いいの?帰らなくて」
買いすぎて冷蔵庫に入らなくなる問題が如何にパーシャルかってわけよ。
ついつい調子に乗っちゃって買いすぎると、
買い物かごに入れ過ぎちゃうし、
私最近レジ待ち時間にいろいろスマホが出来るようにカートを使うようにしてるの。
そしたら、
腕にかけてる買い物かごも重たくないでしょ?
それが逆効果で、
自分の腕に買い物かごをかけていると、
重いからそろそろこのぐらいにしてレジ行かなくちゃってなるんだけど、
かごに入れたい放題なのよ!
あと空腹のと気に入ってはダメというのは定説すぎて忘れちゃうけど、
だいたいは買物に行くときって、
虎が獲物を探すようにどこまでも遠くに歩いて行く感じで彷徨うわけ。
いまここでフードファイトしたら負けなし!って思うけど、
実際やったらラーメン1杯でお腹いっぱいになるって分かっているの。
お店で見ているとスケールが小さく見えるけど、
あれお家のキッチンで封を開いて、
いざ焼くとなると意外とデカイのよね。
もう計画的に、
これとこれとこれを買う!ってだけ決めて行かないと
とんでもないことになるしね。
鶏モモ肉なんてキロ単位で買っても人類にはまだ早くて持て余してしまうぐらいよ。
お野菜も火を通せば、
カサが減って結構食べられるじゃない。
あのこれお肉のメニュー火は通してあるんですよね?って
すみません味付けはともかく火だけは通してくれませんかって言ったぐらいよ。
食材に火が入る!って言う言い方をすると
かなり本格的な料理の要素が全部は言ったことを言ってるように相手は感じるので、
その一言さえあれば味なんてどうでも良いのよ。
大概の人は、
本当よ。
だから料理において全てのパワーワードとして私が言いたいのは「火入れ」
ふふふ。
あ!そっか!ってこれまた説得力を、
貧しいじっさまとばっさまの沢庵だけのおかずでも
あの山盛り一杯のご飯は平らげることが出来るのよ。
そのぐらい、
全てが「火入れ」なの覚えといてね!
うふふ。
目玉焼き入りベーコンレタストマトサンドが売り切れだったのでガッカリしたところを
だけど私はどう頑張ったって1月に20個ぐらいしか買えないけど、
結構貢献してると思うわよ。
ピンクグレープフルートとホワイトグレープフルーツのミックス炭酸割りウォーラーはお手軽。
搾った果汁に炭酸を気が抜けないように、
斜めにグラスをして入れるの。
輪切りにしなくても良いから、
面倒くさいときは
ユー搾っちゃいなよ!って言ってあげるわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
「ヒヨドリの巣がある!」と母が嬉々としていたのは少し前のことだ。
言われてみれば、庭の金木犀の中にこんもりとした草の塊みたいなものが見えた。その上に親鳥がちょこんと座っていたのは、きっと卵を温めていたのだろう。
母はよほど嬉しかったのか、『家政婦は見た!』の市原悦子さんのようにして窓辺から金木犀を覗いていた。私は生き物にあまり興味がなかったので、そんな母の後ろ姿を横目にそのうち巣立っていくだろうと思うくらいだった。
それからしばらく経った。雛が孵ったのか、庭からピーピーと小さな声が聞こえるようになった。親鳥もあちこち飛び回って、子育てのために奔走しているようだ。母は相変わらず市原さんをしている。
巣から頭を出して餌をねだる雛、餌集めに懸命な親鳥、窓辺の母。なんとものどかな光景だった。
今日は梅雨の晴れ間だった。ガーデニングをしていた母が庭木––金木犀とは別の木––の根元に変な穴があると言い出した。私には何も心当たりはなかった上、母以上にうちの庭に詳しい人間はいないので「なんだろうね」とだけ返しておいた。
午後になって買い物に出た。母が庭に植える花やコロコロの替え、食べ物なんかを買って家に着いたのは夕方になる前だった。荷物を仕分けた私がソファで一息ついていると、買った花を植え終わった母が不思議そうな顔で戻ってきた。
それから一時間ほど過ぎた頃。母と居間でおやつを食べながらテレビを眺めていると、突然外からけたたましい鳴き声が聞こえてきた。親鳥の声だ。私より速く窓辺に寄った母が「蛇!」と一言叫ぶなり庭へ駆けていった。窓から金木犀を見ると、枝を伝う黒い影のような蛇の姿があった。その周りで、二羽のヒヨドリがバタバタと飛び回りながら鳴き続けていた。
「やめて! やめて!」と繰返し大声をあげながら、母は棒を使って蛇を落とそうとしていた。途中で手伝おうかと別の棒を手に尋ねたが断られた。危ないからか、私がウネウネしたものが苦手だからか、単に邪魔なだけか、全部か。
蛇は母の手によって追い払われた。けれど巣からあの小さな声が聞こえることはもうなかった。さっきまでの威勢がすっかり消え失せた母と居間に戻ると、庭のフェンスに留まる親鳥が見えた。巣に向かって、甲高い声を上げて続けていた。甲高い声の中に「ごめんね」と小さく呟く母の声も時折混ざった。
別にヒヨドリが好きなわけではなかったとか、ヒヨドリも蛇も野生だからこういうことは普通に起こりうるのだろうとか、あの変な穴は蛇のだったのかなとか考えはするのだけれど、今は夕暮れの庭に響く親鳥の声に胸が詰まりそうになっている。
これを書いているうちに日が落ちて、親鳥の声も止んでしまった。彼らはどうしているのか、どこで休むのか、あの巣はどうなるのか。静かになった庭のそばで、そんなことを考えている。
新海誠監督の最新作『君の名は。』が公開から2日で59万人動員だ興行収入7億だ、最終的に60億円見込みだと話題になってて、はてダ時代から棲息しているボンクラな古参はてなーどもが「誰にそんなにウケてんだ」と驚愕してる。
http://b.hatena.ne.jp/entry/eiga.com/news/20160828/8/
Hoodedcrow1 なんかブコメ見てると把握してない人多いけど、この映画のボリュームゾーンは中高生女子(オタに限らず)ですよ。新海誠だから見ている訳じゃないっす。小説は既に50万部売れてて、主題歌でさらにブーストかけてます。
raitu 新海誠の新作アニメ映画「2日間で観客動員約59万人、興行収入約7億7000万円(26日が約3億4800万円、27日が約4億2200万円)を記録」今回は「君の名は。」という中高女子向けの人気原作であることも寄与してるっぽい
まーこのあたりのブコメが正解だよね。タイムラインを追うとはっきりわかる。
2015.12.10 製作発表・公式サイト開設。2016年8月に東宝配給で全国公開、神木隆之介・上白石萌音の主演が明らかに
4.6 予告PV公開。主題歌と劇伴をRADWIMPSが担当することが明らかに。キャッチフレーズは「この夏、日本中が恋をする。」
6.18 新海監督書き下ろし原作小説刊行(角川文庫)。3日で売り上げ10万部を超える
どう見ても「勝ってから戦ってる」でしょ。最初から、神木隆之介だRADWIMPSだ、やれ「日本中が恋をする」だという要素に惹かれる層を相手どってる。
4月時点で、プリクラをtwitterアイコンにしてる地方の大学生が予告編を観てこんなツイートをしてた。
上映予定の君の名はっていうの
めっちゃ見に行きたい🙄
これ泣くやつや
https://twitter.com/youtyan731/status/725877277683159041
昔ボンクラどものカリスマ?だった新海誠が、こういう人々相手の商売に成功しようとしてるわけ。
しかし、言うほどボンクラどものカリスマだったか?という疑問があるのよね。
新海作品は初期から知ってるけど、ボンクラどもが『秒速五センチメートル』でひっかかりまくっていた「女々しさ」(敢えて言う)が、『ほしのこえ』『雲の向こう、約束の場所』あたりでは逆に若い女性にウケて話題になってた記憶がある。
14年前、『ほしのこえ』が初めて公開されたのが下北沢のトリウッドとゆーミニシアター。『雲の向こう~』も今は亡き渋谷シネマライズ。女性客多かったよ。
新海誠作品は元々そういう文脈でウケてて、扱う主題的にも、こういうふうに勝ってから戦える可能性はバリバリ秘めてた。『秒速~』がむしろ例外的に、当時のはてな村の非モテ文脈に乗せられてたことでヘンな誤読を招いてたんじゃないかと思うけどどうよ?
黒塗りのベンツに初心者マークが付いている様は滑稽に過ぎる、と僕は思う。それに。教習車はこんなに長くはなかった。
この車の所有者が電車の中で僕に声をかけてきたのは、二ヶ月前のことである。
「あなた、自動車の免許持っていらっしゃる?」
そう上品そうな言い方でおばあさんが声をかけてきた。いきなり何を言い出すのだろうと思いつつも、一応持っていることを伝えると、おばあさんは、
「あなた、私の運転手にならない?」
と、持ちかけてきた。唐突過ぎる。それに、どう考えても怪しい。あのときはどうにかしていたのだ、と今になって思うのだけれど、就職が決まらなくて自棄になっていたことも確かだ。詳しく話を聞きたい、そう言ったとたん、あれよあれよという間に格好だけは一人前のお付きの運転手になってしまった。……いや、この制服が自分に馴染んでいるかはまだ、自信がないのだけれど。
この、明らかに高級な、としか僕には表現できないけれど、この高級なベンツに初心者マークが付いているのは、もちろん僕が初心者だからなのだけれど、雇い主はそれでも構わなかったらしい。この二ヶ月でいろいろなところを走らされてクラクションは鳴らされまくったけれど、さいわいな事にまだ事故ってはいない。たしかに、こんな車が初心者マークをつけて走っていたら近づきたくない。僕だってそう思う。
世の中の運転手の人はどういう仕事をしているのだろう、と思う。もちろん、運転をしているのだろうけど、僕の場合、毎日の送り迎えと、週に二三度おばあさんが出かけるとき以外は洗車をしたり車の中をきれいにしたり、つまり車のこと以外は何もしていない。僕は今、郊外にあるお屋敷の使用人用の別棟(なんてものがあるのだ、ここには)に住み込みで働いているのだけれど、この大きすぎるお屋敷には二人しか人がいない。もちろん、市原悦子みたいな通いの家政婦さんやら、料理人やら、使用人は矢鱈といるのだけれど、お屋敷に「住んでいる」のはおばあさんと、高校生の女の子だけだ。
毎日の送り迎えというのは、この高校生の、学校の送り迎えである。そこは、地元の公立の進学校で、他に送り迎えなんてしているところはみたことがない。いじめられやしないだろうかと、勝手に心配している。
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とここまで書いて飽きてきたので、誰か続きよろしく。