はてなキーワード: 相田みつをとは
「よーい!どん!!!って言ったらスタートですからね!」って言ってみんなずっこけるでお馴染みの福男ダッシュ選手権はもう終わったらしく、
今年優勝者はまあ誰にせよ、
あのスタート時のF1のモナコグランプリックスを彷彿とさせる感じのごちゃっとしたスタートが
で、
昔の人は草鞋を2足重ねて履くことで滑り止めをしたことで石畳を滑ることなく上手く走れたってことから
結婚式とかでも
一番嫌われるというフレーズを言いそうな結婚式に呼ばれた職場の上司ばりなほど、
そんでもって、
そういった感じで、
え?もう終わっちゃうの?って感じの。
いつまで続くんだよって言う宴会じゃもう行きたくないスルー宴会だわ。
まあ、
その後のヒーローインタビューとか
まとめて見たいところね。
聞いたところによると
あの門というかゲートというか、
そういう所に出場エントリー出来るまでのくじ引きが鬼らしくって
それすらも当たらないって
調布市の深大寺はその凶率3割と言うからそれと比べても驚きよね!
なんかお年賀に貼るおみくじシールが100均でゲット出来たんだけど、
これ前にも書いたかも知れないけど
全部花丸級の大吉だったのかよ!って
なんか微妙に中くらいの吉が当たるところに
リアルさがあるじゃない。
もう凶か大吉しか出ないおみくじだっていいじゃない人間だものって相田みつを先生も仰っちゃうほど、
その「○○だっていいじゃない人間だもの」って言葉の終わりに何でもつけたら、
まっそっかーって
なんかみんな納得してくれるわけじゃない。
そりゃオナラだってするわよ人間だものとは若干前半をはしょりすぎて、
ただのオナラの言い訳にしかならないところなんかもう言い訳にならないわよね。
恥ずかしいわ!
究極の選択肢として、
どっち答える?
それもそれでドキドキするというか
私もいつか深大寺のおみくじを引いて凶だったわヘテってやりたいの。
いつか行ってみたいわね!
深大寺!
うふふ。
凶の朝ご飯は
食べ損なっちゃったので
柚子茶の瓶を使い切れそうにないから事務所にも持って行って飲もうかと思うわ。
そんなホッツ柚子茶ウォーラー、スプーン一杯で驚きの美味さ!よ
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
わりかし夏が繁忙期な事務所なんだけど、
なんか帰っては寝るだけの生活というのは勘弁だわ。
そんな相田みつを先生チックなこと言いたいことだってあるじゃない。
相田みつを展をやるってことになったのね。
で若い営業促進の人が「で相田みつを先生はいつ来店されるんでしょうか?」って
話それちゃったけど、
そう人間らしさの話ね、
でも逆に言うと人間らしくと言うのにも問いただせば何よ?と思っちゃうけど、
だてに睡眠はしっかり取らねばと最近はここ強く意識してるんだけどさ。
ここにきて睡眠の大切さを実感して、
いつもその睡眠負債を土日で解消できてるのかできてないのかはよく分からないけど、
とりあえず寝たぞ感は増し増しでいきたいところね。
そうそう、
新しいユニクロができたのよ。
なんで私が電子タグの話が大好きかというと、
ミカンの在庫の棚の箱も一気に棚卸しできたらなと言うドキがムネムネしそうな野望を企んでいたの。
私も一応仕事で困ったことのソリューションをインスパイアーしたいって思ってるのよ。
結論を先に言うと
まあ結局電子タグリーダーの値段より電子タグのコストが高いからなかなか導入に踏み込めない刑事の張り込みの出前のあんパンか牛乳かって話なの。
それとコストの他に電子タグへの情報の書き込みが細々した桃井かおりさんばりのSKIIもといSKUだと1つ1つに電子タグこしらえるのが大変なのよ。
生産ロットも大きいから電子タグも印刷屋さんに任せることが出来ちゃうのね!
結局は規模が規模れてないのよ。
レジカゴをセットして会計ボタン押したら一気に1つ1つ商品を読み込むまでもなく、
きっと北斗の拳イチゴ味じゃない方の北斗の拳のケンシロウさんが「おまえはもうし、」って言い切る前にレジ精算終わっちゃうのよ!
これは近年まれに見るインフォメーションテクノロジーの感動だわ。
早っ!って思って楽チンだわって。
ジャスコのレジもいい加減そういうのになれば良いのになぁと思うんだけど、
そこがブレイクスルーしないとすっとこどっこいなことにならないのよ。
早く電子タグの値段が限りなく1円に近くなればってことみたいね。
読んだことないけど。
うふふ。
朝早く起きてなんか雑用してたらいつもの時間になってしまったので、
慌ただしかった朝よ結局は。
あまり朝から水ものばかりだと水原ちゃんばりの水腹になるから、
コールド麦茶ウォーラーをこしらえたので起き抜けに一杯飲んできたわ。
ローストした大麦をそのまま売ってたりしてなかなかワイルドよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
日頃イライラしちゃいけないなーって思いつつも、
そんで、
イライラする周期とかってあるのかしら?って思って
手帳にイライラした日のチェッキングをレッツスターティングしたの!
そしたらよ
で、で、でたー!
な、なんと半月の2日後にはめちゃくちゃイライラしてたという周期が見えたのね。
ほんと笑っちゃうわよ!
半月の2日後ってのはほぼそう言う周期みたい。
でもさ、
これ半月の2日後はイライラしてもいいルールになりかねないので、
半月の2日後は、
悪循環なので気を付けたいわね。
うふふ。
お家でちゃんと食べてきました。
トマトジュース、ご飯、ほうれん草のお味噌汁、冷や奴、鯖の焼いたやつ。
割れながらやったことはご飯炊いたのとお味噌汁作っただけなんだけどね。
これだと1回で使え切れちゃうし、
果汁が多少多いけど、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
あの機能OFFにできないのかしら?と思うの。
すぐ移り変わって別のことをしたいわけじゃない。
私の気持ちが切り替わらないうちに。
なんかもっとパッパと表示切り替わって欲しいの。
でさ、
省電力モードになるとエフェクトが自動的にOFFになります!って
いやいや、
そっかタブレット何台もあれば、
そもそもとして切り替えなくてもいいじゃない!って思うけど
さすがにタブレット何台もそんなにないし、
モニタを縦置きで3台も並べるスペースもないわよ。
実際スマホ2台持ちってのも便利そうだけど、
「ギガが減ってもいいじゃない動画だもの」って言うのかも知れないわね。
うふふ。
美味しく仕上がらないわよね。
やっぱり野菜やお肉やお魚にブイやベースなどのうまみがギュッと詰まってるんだものね。
鍋の季節愛し恋しいわ。
なんか皮ごと使いたいから国産レモンの販売ルートを抑えていんだけど、
なかなかシーズンにならないと見付けられないわ。
初心を思い出したりします。
やっぱりポッカレモンじゃ物足りないのよねレモン水ウォーラー。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
ボーナスの季節になりましたね。
巷では
「何買う?」
「今でしょ!」
そこで
なんて言おうものなら
「夢がない」
「何のために生きてるの?」
いやいやそんな事ありませんって銀行に預けておけば勝手に銀行が投資をしますって。
そういうのはタンス預金してる人に言いましょう。
おっと話がそれた。こりゃまた失礼。
お金を使うことこそが未来への投資だと言う人もいますしそれを否定はしません。
未来において自分が切れるカードを増やすことが投資なんだと私は思ってます。
その手段としてお金を使って色んな経験を積んでおくのもいいでしょう。
買えるものが沢山有る。
お金って本当に何にでも使えるんですよ。
今上手に使う手段が思いつかないからって無理して使う必要はないんです。
とりあえず銀行に預けるなり潰れそうもない所の株式にでもするなりして取り敢えず取っておけばいい。
お金で解決できないものは沢山ありますけど、解決できるものだって沢山あるんですよ。
なにより切り札ってのは持っているというだけで強気に勝負が出来るようになる。
むしろ、切り札をろくに持っていないと勝負の仕方が制限されちゃうんです。
自分の人生を組み立てる時に、お金を取っておくことで選べる選択肢が増えるんですよ。
今すぐ投資すべきものが見えていてそこに投資するのが最高なんですがね、そうじゃないなら貯金でいいんです。
貯金がいいんです。
折角あるんだから使わないとなんて焦ることはないんですよ。
以上。
相田みつをでした ナハナハ
以上。
大川隆法でございました。
」
欧米の古典を読んでいると、ギリシャ・ローマ時代の偉人の格言の引用に頻繁に出会う。
先日読んでいた本で引用されていたのが、
"et nihil humanum"
という言葉で、紀元前2世紀のローマのテレンティウスが書いた喜劇の冒頭の一節だそうだ。
「エット・ニヒル・フムマム……人間的なことはどんなことでも自分とは無縁ではない」
という意味だという。
つまり、酒を呑むことも恋をすることも、他人を羨ましく思うことも誰かを助けてやりたいと思うことも、
すべてひっくるめて人間の行為であり、それは自分とは無縁のことだとは思ってはならないという、
この言葉は、ヒューマニズム=人間主義のモットーとして欧米でよく知られているという。
「つまづいたって
いいじゃ
ないか
にんげんだ
もの」
相田みつをのこの言葉も、近年よく日本人が引用するようになった。
そこに、一時期もてはやされた相田みつをのこの詩が日本流のヒューマニズムのモットーとして
利用されるようになった機縁がある。
西洋から移植されたヒューマニズムが日本人の中に根付き、そこに相田みつをの言葉がピッタリとはまるようになったのだろう。
彼等の根っこには、ギリシャとローマという、合理主義的で民主主義的な、今の時代を覆う思想の花開いた文明がある。
だから深みがあり、強い。
それに対して、日本人、いや、韓国人も中国人もベトナム人も、王による独裁的な支配を当然とする思想を
二千年間信奉してきたために、近代までの思想に、現代の思想に利用できるものが少ない。
よって深みがなく皮相的だ。
父は還暦近いが思春期の少年少女並みに夢見がちで、情緒不安定な性質である。加えて頑固で寂しがりときた。要するに現代社会では大変生きにくい。
常は酒に飲まれたり、風呂トイレで中島みゆきのファイトや吉田拓郎の今日までそして明日からを熱唱したり、あるいは衣装ケースの奥底に二重底で隠してある女教師もののAVを眺めては心の均衡を保っているものの、ストレスがある一定のラインを越えるとSOS信号よろしく私の携帯のメールアドレスへ謎の散文を送ってくる。実家にいる母や妹には一度も送ったことがないという。「うちの妻は芸術を理解しない。」知るかよ!
散文の形式は多様である。相田みつを調、ラーメン屋の格言風、難解な言い回しをしたかと思えばストレートにI LOVE YOU。冷蔵庫で真っ茶色になった馬肉を見つけた寂しさから黄昏流星群を読んで死にたくなった切なさまで、表現豊かに語られる父の詩的世界をはじめの頃は読んですぐ消していたが、ある時「これ寝かせてみたら面白いんじゃねえの、ちょっと取っておいてみっか」と何の気なしに溜め始めた。
保存用フォルダの名前は「くそぽえむ」。今や一冊詩集をつくれる程度にはメールがたまっている。
そして今夜もくそぽえむが送られてきた。この時期は毎年ぽえむの量が増える。昔よりも落ち着いたとはいうが、やはり春闘は辛いらしい。
『ぷぽぽぺん ぱふぱふ』
送られてきてから三時間経つが、どういう意味かさっぱりわからない。しかし情緒がやられているのは確実なので、電話を掛けるのも躊躇われる。
SI業界における、気持ちよくアウトプットを高める事が出来て、キャリアにプラスな環境の条件を考察。
次に上げる、3つのステップが存在しているかどうかを一つの目安にしてみてはいかがでしょうか。
それぞれ、(1)新人(2)中堅(3)ベテランのチェックポイントに対応しています。
[ポイント]
(1)明快な規約と、明快なフレームワークが指定された仕事を振られている。
規約とフレームワークというのはあくまでも一例で、絶対にそれである必要はありません。
プロジェクト的には色々あっても、新人はやるべき事に迷わず仕事が進められる事が重要。
迷った時に根拠となるリファレンスがあれば、初歩的な事で周囲が煩わされなくて済む。
「外注(請負、派遣)クソッタレ」という現場に限ってこれが整っていない事が多いです。
もちろん、それがあっても出来ない部類の人間はいますが、仕事の振り方が間違っているから、
出力される結果が間違っているという場合の方が下手したら多いという事です。
(2)チーム内のトップクラスのプログラマがコメントしてくれる。→参考
本人に指摘された内容を理解し、受け入れるキャパシティが要求されるのはもちろん重要です。
しかし実際は、俺様が下っ端のコードなんか見れるかという態度の人が結構います。
確かに当人達は、そのような指摘がなく出来るようになっていた事が少なくありません。
だから、「なぜそんな事も解らないで続けてるの?」と相手を理解する事なく罵ります。
そして「こんな事も解らないクズを雇った奴は誰だ?」という人事への愚痴になります。
でも、そこでは自分が威張っていられて居心地がいいから転職は考えないという矛盾を無視しています。
そんな自分を誤魔化すために他人の成長の芽を摘み続けます。
(3)新しく入って来た新人に1と2を行えるようになった。
中堅までに鍛えられていないと、ベテランになった時に世間話でお茶を濁して笑いを取る事が
コミュニケーションスキルと勘違いしたリーダーの出来上がり、実際それは蔓延しています。
「情けは人のためならず」1+1を2以上にするには、それぞれが学んできた事を他人に
フィードバックする事で他人を育てられないと、いつになっても自分の負担は軽減されません。
「俺がやるからオマエなんか不要」と言える技量持ちなら、好きなだけ抱え込めばいいでしょう。
しかし、成長した人間には難度の高い部分を任せたいのが社の意向、得意げになって下っ端のやれる
仕事を数多くこなされても非効率としか映らず、周囲の評価に結びつかないのが現実です。
「あんなにしてやったのに、”のに”がつくと愚痴になる」とは、相田みつをの言葉でした。
せっかくやるなら愚痴にならずに済む、無駄にならない仕事をしたいものです。
[まとめ]
上記の3点が整備されていない環境では、それぞれが自分の立場だけを守りがちになってしまいます。
情報を隠して自分がいないと進行しない状況を作り、楽な仕事を奪い合って困難な仕事の押しつけあう。
そういう仕事の仕方しか出来ない人間になると、仕事に喜びが見出せず仕事の時間が苦痛になります。
社会貢献とかそこまで考えなくてもいいのですが、仕事をする目的意識が低くなっていくものです。
仕事は仕事と割り切って卒なくこなし、自分の人生を豊かにする事を重視するならそれも良しですが、
そういうライフスタイルは、むしろ仕事に対する能力か集中力が人一倍高くないと成立しません。
常人にとっては、目的意識の低下はそれを妨げる最大の要因になります。
逆にいうと、これと反対の事を実践すると会社の離職率は高まり、担当案件は次々にデスマーチに陥れられ、
定時に帰れなくなるのと引き換えに、いつも同じネタでメシにありつく立派なSIerになれるでしょう。
つまり、ベテランが(1)と(2)を行わない限り、貴方の地位は安泰であるという事です。
でもそれじゃ業績評価に響くのじゃない?大丈夫、誰からも後ろ指を指されない社内ニートになるための10の方法の
特に「(4)新規事業・困難案件には積極的に参加」辺りがヒントになるかもしれません。→2.0
あとは社内ニートを駆除するたった5つのスゴい技により駆除されないように注意を払いましょう。
そういえば、未経験者でもしっかり教育、親切に教えてくれる先輩、経験を積んだリーダーになって活躍等
よく見ると上記に対応した仕組みが存在するかのように、入社案内で謳っている会社は少なく無いようです。
しかし大抵、具体的に誰が何をどうやって行うかは書かれていないので、誰も期待してはいないのでしょう。
軽く読み流されて、反故にされても気にならないポイントになってしまっているのではないでしょうか。
単純だけど根本的な問題に目が向かないから、なぜか毎度デスマーチになってる事に不満を洩らしつつ、
自分が未熟だからと無駄な謙虚さで、そこから逃げる事もせずに我慢している人が多いのでは無いかと。
我慢は体に毒なので、精神を病みやすい人には特に過酷な状態となります。
[これからSI業界に入る人]
その会社で自分が成長できるのか、それともツブシが効かない使い捨てにされるのか、
教育システムを備えていると謳っていても、現場のOJT環境に適うものはありません。
入社前に現場社員の声が聞ける機会があれば、上記ステップの有無を確認してみてください。
不幸にも、入ってしまった後で気がついた場合は以下に述べます。
[すでにSI業界にいる人]
与えられた権限で変更が出来ない環境のせいにしていても、状況が改善する事はありません。
周りを見回してこのステップが存在しない場合、自分の出来る範囲で導入を試みてください。
ほぼ記事タイトル通りの出来事があったので思わず匿名ダイアリー。
(厳密には、八木氏はかつてはつくる会の会長だったが、今はつくる会とは無関係)
書くの初めてなので、読み難ければ申し訳ない。
先に書いておきますと、私は公立校勤務です。
で、私が勤務する地域では、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書を採択しています。
この教育講演会(教職員一斉研修会)は、教委が主催したもので、基本的に地区内の全職員(学校事務職員も含む)が参加しました。
恥ずかしながら、誰だか知らなかったんですが。
開会前、もらったレジュメを読んでいると、最初に出てきたトピックが
“「不当な支配」の主体の転換”
という内容。
旧教育基本法の、
「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである(旧第十条)」
という規定が、
「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない(改正第十六条)」
と改められたことによって、服してはならない「不当な支配」の主体が、
before:政府の圧力
↓
after:日教組などの職員団体
と変化しており、政府首脳部からもそのような見解に立った発言が相次いでいる……という鋭い指摘。
私としては、
「なるほどそうか……。これは大変だな」
と思ったわけなのですが、その先を読んだら
「……なんか違う?」
なにしろ、いざ講演が始まったら、この
「政府=正当な支配」
「職員組合=不当な支配」
という立場を全面的に賞賛する論調でして。
日教組に参加してる職員が1%切ってる本地区でそんなこと言われてもな……。
(うちの地元には、「教職員協議会」という、日教組とは別の組織があり、これが97%の組織率を誇っています。
方針としては、行政との対話路線。
私もそっちに入っています。
新採の時、勧誘パンフが送られてきて。
「教え子を戦場に送るな!」
って書いてある。
言いたいことはわかるがちょっと引いた。)
内容は、なんというか、ツッコミどころ満載だったんですが、まず特に違和感を感じた点。
講演の中で、エルトゥルル号の遭難とか、有名な“美談”がいくつも紹介されるわけですが、その中に真岡郵便電信局事件の話も出てきました。
第二次大戦末期、樺太にソ連軍が攻め寄せてきた時、最後まで電話交換所に残った女性達が、青酸カリを飲んで自決した事件です。
事件名とか知らなくても、
「みなさん、これが最後です。さようなら……さようなら……」
とかいう台詞は聞いたことある人は多いのでは。
とか褒め称えるわけです。
このエピソードを教育にどう生かせと?
「彼女たちの行動こそ、日本人の鑑、責任に殉じる素晴らしい態度である。
お前達も、もし同じような状況に置かれたら……」
置かれたら?
自分の子どもになんと教えて欲しいかは、人によるかも知れませんが。
私としては、子どもたちには
「なんとしても生き残れ。命を大事にしろ」
……って、教えるべきなんじゃないかと思ったり。
ちなみに、八木氏は全然触れなかったことですけど、その時当直だった女性交換手は、全部で12人いたんです。
で、死ななかった3人は、最初は押し入れとかに隠れててですね。
そのままソ連統治下で職員として再雇用され、日本にも無事に帰ってくるんですけど。
彼女ら3人は、「責任に殉じ」て死ななかった駄目な日本人なんでしょうかね?
少なくとも、八木氏の言う
「ソ連軍は、刑務所から出てきたゴロツキみたいなのを最前線の兵士として送り込むわけですよ。だから、女性は陵辱されたり恐ろしい目に遭わされるわけです」
……というのは、この場合は事実に即してないと思います。
……まあ、ソ連軍がひどかったのはわりとかなり事実だと思うんですけど。
「沖縄というのは、長らく琉球王国という日本とは違う国で、その後は島津の統治下になり、近代化されたのが他の地域よりも遅れた土地なんです。
だからこそ、日本人的であろう、という責任感が逆に強くなって、それでああいう事件が起きたのではないかと思います」
という、目の覚めるような主張を展開します。
なんで目が覚めるかというと、すごいアクロバットだから。論理の。
危険なのでよい子はまねしないでください。
もし沖縄県民があの場にいたらかなり血圧が上がったんじゃないか、と思うんですが、あれはたぶん、戦わずして論敵を脳溢血で葬ろうという高度な戦術なんだと思います。
危険なのでよい子はまねしないでください。
ていうか、「集団自決」と「責任感」がどうつながるのかそもそも良くわからんのですが。
なんか、とにかく死ねば責任感がある、みたいな話で、日本文化の奥深さを感じました。
「命どぅ宝」のお婆さんは、やっぱり駄目な日本人なんじゃろうかね。
近代化が遅れた地域だからな。
あとまあ全般に言いたいことは山ほどあるんですが、重箱の隅つつきは後回しにします。
とにかく、こういう歴史観のリビジョンを促すような講演会に、公務として参加させられるのが、本地区の実態なわけですね。
開会が14:00でしたから、どの学校も特別日課で対応したと思います。
本校でも、当日は授業を午前中で切り上げて参加したわけですよ。
もちろん、講演聞いてる間にも給料が出てます。勤務時間内ですから。
内容に疑問を感じたのは何も私だけではなくて、翌日の職員室では批判大会。
「終わった後、あの先生と偉い人達とで飲み会があったらしいから、八木先生は急いでいたわけじゃないらしい。なのに質疑応答の時間を設けなかったのは、意図的なものに違いない」
……ええーっとですね。
つまり、「つくる会」の教科書を採用した地域の学校だからといって、教員が唯々諾々と「つくる会」史観に染まるわけではない、ということですよ。
このことは、左右どちらの論者にも覚えておいて欲しい、と思います。
我々はロボットではない。
その一存で採択が決まったようなもので。
しかし、「つくる会」教科書を採択した、というだけで、かなり外部からの批判にもさらされてるし、学校現場にも不満があるのが実態です。
なので、教育委員会の方針に疑問を持っている教員を「啓蒙」しよう、というのが、この講演会の趣旨だったんだと思います。
くらいのこと、10分もかけずにわかっちゃうわけですよ。
授業で、“公共心ある日本人”の美談を得々と語って聞かせたら、生徒から史実に基づいたツッコミが入る可能性くらい容易に予想されるじゃないですか?
そういう意味では、都合のいいことだけ書いた教科書というのは、発行する側は気分がいいかもしれないけど、現場の人間にとっては迷惑そのものなわけですよ。
……ああ、そうか、授業で質問の時間を設けなきゃいいわけですね。
率先垂範を地で行っておられる。
で、その他、「作る会」教科書を使ってると高校受験に対応できないとかいう現場の苦悩をよそに、首長とか教育長とか、講演会場の最前列に座っていてですね。
で、講演会が終わった時なんか、立ち上がって喝采してるわけです。
スタンディングオベーションかよ偉い人。
とりあえず絶望した。
現場がなんとかしないとならん。
以下、こまごまとしたこと。
八木氏は、聴衆に「日本の建国はいつか?」と問うて、「それは西暦600から700年前後である」とします。
なぜなら、「日本」という国号が成立し、「公」の意識が誕生したのがその時代だからだ、というのです。
ちなみに、ここで言う「公の意識」とは、天皇を中心とした中央集権体制の確立のことを指します。
天皇は独裁者ではなく、「国家の公的統治を究極において体現すべき地位」だというのですね。
八木氏は、「皇室はニッチ産業」だ、という、寛仁親王の言葉を引用します。
「政府や行政の足りないところを補う。それが、皇室の果たす役割なんです」
「このような皇室の在り方は、古代からずっとそうだったわけです」
いや……そうなの?
「平安時代、貴族は贅沢な生活をしていた一方、庶民は貧しく、奴婢は売買の対象だった」
……とかいう記述を「闘争的だ」と評します。
これらが、マルクスの階級闘争史観に子どもたちを導くものだ、というのです。
君の教科書もまっ赤っか! これはレッドベアーの陰謀だ! 愛國戦隊を呼べ!
……別に教科書の記述は、富裕層の打倒とかを呼びかけるものじゃないし、そもそも平安朝だって、階級闘争によって打倒されたわけじゃないんですが。
なんでマルクス?
明治維新を含めて、日本には「階級闘争」とか「市民革命」とかいうものはないんじゃないですかね。古い見解でしょうか?
「明治維新は、公のために働くことを自己の使命と考えていた武士たちによって実現した改革だった」(「新しい歴史教科書」。レジュメの孫引き)
そんなに昔から日本人の自覚とか公共の意識とかがあったなら、もう少し早く戦国時代が終わりそうなものですが。
武田信玄「こうして同じ日本人同士が争っていても仕方がないじゃないか!」
上杉謙信「そうだとも! 天皇陛下の元にはせ参じ、一つの国を作ろう!」
……みたいに。
八木氏によると、現在の学校教育では、歴史教育で闘争的姿勢を学び、公民教育で具体的な闘争目標を与えられている、というのです。
「公民教科書には、夫婦別姓など、まだ法的に定められてもいないトピックが取り上げられている」
とかいうのが「闘争目標の提示」だと。
……ずいぶんせこいマルクス主義ですね。
仮に、八木氏の言うとおり、飛鳥時代や平安時代がそんなに素晴らしい時代だったとしたら、逆に言って、日本社会は1400年の長きにわたって大して進歩していないことになるんですが、それでいいんでしょうか。
奴婢の話とかって、私は
「私たちの社会は、昔より良くなっているのです」
って趣旨の話だと理解していたんですが。
「人類の歴史は進歩と改良の歴史なのです。私たちも、もっともっと素晴らしい世の中を作っていきましょう。明日が今日より良い日であるように」
的な。
八木氏に言わせるとこれも「闘争的」なのかも知れませんが。
私としては、貴族と平民に大きな差があったとか、事実なんだから仕方ないんじゃないか、と思うんですがどうでしょう。
都合の悪い歴史的事実は教えない、という態度の方が、むしろ我が国を危機に追いやる気がします。
それこそ、遺伝学におけるソビエトのルイセンコ学説みたいに、学問をイデオロギーに従わせようとした挙げ句、研究開発で西側に後れを取るような。
まあ、「歴史は科学ではない」が、「つくる会」の立場なんだそうですが。
でも、望ましい思想を注入するために、歴史的事実の方を改変する、っていうのは、それこそ共産国の十八番なんじゃ。
基本的に「公共の意識」だけで日本の歴史・文化を語ろう、というのは、無理だと思うんです。
「恥の意識」とか「武士道」とかと同様、一言で語りきれるほど、日本人の精神というのは浅薄なものじゃないんじゃないでしょうか。
そもそも、「公共の意識」が飛鳥時代から日本にあった、という主張自体いかがなものか。
確かに「公」という漢字自体は大昔からありますが、古文に出てくる、「公家」とかいうときの「公」と、「public」の訳語としての「公」を同一視するのは誤りだと思うんですが。
八木氏は、「公共」の意識が近代になって成立した、というのは誤りで、日本人の日本人としての自覚はずっと以前から存在した、と言うんですが、それは逆に言って、国民国家建設のために尽力した明治の人々を愚弄するものではないでしょうか。
ちなみに八木氏は、中教審が、縄文時代の記述を重視するよう議論しているのに不満を表明しています。
から、というわけですが、これは循環論法ではないですかね。
逆に、明治憲法や現行憲法の発布、あるいは江戸幕府なり鎌倉幕府なりを「日本」の成立、と見なす立場だってあり得るわけで。
縄文人だって一生懸命に生きていたのだし、彼らが苦労して稲作技術を会得していったからこそ、現代の日本があるわけで。
「縄文人は日本人じゃない」という言いぐさは、縄文人に失礼だと思いますが。
八木氏は、チェスタトンの「伝統とは選挙権の時間的拡大」「死者には墓石で投票してもらわねばならない」なんかを引用して、伝統の大切さ、先祖の意思を尊ぶべきことを訴えるわけですが、縄文人は先祖じゃないらしいです。
……天孫降臨?
ちなみに、八木氏が引用した中には、相田みつをの「自分の番 いのちのバトン」とかまで含まれるんですが、相田さんってそういう主義の人だったのか。
ところで、八木氏は「死者の民主主義」(チェスタトン)がお気に入りのようですが、私はむしろ、「地球は子孫からの預かり物」(ケニアのことわざ)の方が好きです。
死んだ世代の意思よりも、次の世代の幸せの方が重要だ、と、私は信じます(これでも学校関係者のはしくれですから)。
……ケニアのことわざの割に「地球」とか、かなり超訳の気配ですが。
八木氏、「屋久島の灯台守り」という、これまた美談を紹介してくれたんですが。
「顔は土気色」を「どきいろ」ってあんた。
自分で持ち込んだ資料が正しく読めないって、早稲田大学法学部卒が泣くぞ。
日本の文化がどうとか言う前に、八木氏はまず日本語くらいちゃんと読めるようにすべきだと思います。
なんかあれこれコメントをもらってるようなのでここへ部分的に返信。
>教育委員会主催の講演会とかに行って何かを得たことがあるの?
ありますよ。
まあ、教育関係者の講演、というのは、聞いてすぐに教室で使える内容が多い一方、似たような話も多い……というか、教育界の通念を上手にまとめただけの、刺激に乏しい講演も多い、とは思います。
……ちょっと今回は刺激的すぎましたが。
>その場でぶつけてくれたら面白かったのに。
まあ、チキンなので。
偉い人が「つくる会」支持者で、しかも同席してるわけですから。
そこでこれだけのことを言ってしまうと、後々どんな処遇を受けることか。
それはもう、陵辱されたり恐ろしい目に遭わされるわけです。(流言)
それに、ここに書いた内容は、これでも推敲した内容です。
これをとっさに思いつける程度には賢くありたいのですが。
っていうか、偉そうなことを書いておいて恥ずかしいのですが、「女性交換手が12人いた」ということもその時は知らず、家に帰って調べてわかった次第。
でも、何か質問はしてやろう、とは思っていて、講演の間中必死で考えていたのも事実。
「古代以来、皇室はニッチ産業としての役割を果たしてきた、とのお話でしたが、私、不勉強でそういったことを存じませんでした。
そこで、例えば平安時代の朝廷が、そういった役割を果たしていた、という実例を2・3ご教示願えるとありがたいのですが……」
くらいのことを聞いてみよう、と思っていたのですが、本文で書いたとおり、質疑応答の時間がなかったので不発に終わりました。
>自分のはてなダイアリーで書いたら?
少しでも匿名性の高いところで、と思ったのです。
何か使い方として問題がありましたら申し訳ない。
(ていうか、そもそもこの内容自体トラックバックで返すべきなのかも知れませんが、匿名ダイアリーに慣れてないので、返信があちこちにばらけるのが落ち着かないのです。なんでコメント欄がないんだろう)
こんなにブックマークをもらうとは思ってなかったのでちょっと動揺しています。
偉い人にばれたらどうしよう。
>「教職員協議会」つーのは要するに「全日教http://www.ntfj.net/tanidantai/」系団体だよね。共産党系の。
右寄りではないかも知れませんが共産党系とも思ってなかったのですが。「美しい日本人」がどうとかこうとか。どうなんでしょうか。
会員でありながら組織の背後関係とかは知らないのです、申し訳ないです。(でもたぶんみんなそう)
>教師という連中が本当に馬鹿ばっかりでイデオロギーの固まりだということが良くわかった。
ククク、その通り。だが、気付くのが遅すぎたようダな……(ロシア訛り)
今や日本の教育は、我がレッドベアーの(不当な)支配下にあル!
あと10年もすれば、この国はコミンテルンの軍門に降るだろウ……!(遅すぎる)
>大学になるまで歴史教えるのやめちゃえば?自分で判断して学ぶまで教師の馬鹿どもから余計なノイズを入れないで欲しい
難しいところですね。
おっしゃるとおり、批判精神の薄い子どもに、イデオロギー教育をするのは禁忌だと思います。
その一方で、基本的な歴史知識は、全国民が持っているべき教養だとも思うのです。
そして、大学は専門教育の場であるべきで、そういうことに時間を費やすべきではないと考えます。
だから、結局は義務教育に基礎的な歴史教育を盛り込まざるを得ないのではないかと。
その内容としては、重要な歴史的事実を教えるにとどめ、それをどう解釈するか、という思想的側面は、個々人に任されるべきだと思います。
……もっとも、「歴史的事実」というのは現実にはほとんど無限に存在するわけで、その中から何を「重要」として採り上げるかに、思想的問題が絡んで来ざるを得ないのも事実ですが。
エルトゥールル号を採り上げて奴婢は省くのか、その逆をやるのか。
でも、できる限り中立であろうとする姿勢は必要だと思います。
「人の為(ため) と書いて いつわり(偽) と読むんだねぇ」
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Drum/1546/aai-24.html
ところでこのページが掛かってたんだけど、
http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Drum/1546/aai-12.html
「ほんとうのことがいちばんいい」
を眺めてたら
「ほんとうのことがいちばんヘビー」
と脳内変換してしまった。
こういうちょっと変えたらがらりと内容を変わるのが好き。