はてなキーワード: 洪水とは
太古における「創作」とは天地自然との協業でした、風の音や川のせせらぎに精霊の声を聞き、大河や洪水、あるいは火山の噴火に竜を、暴風や落雷の跡に荒ぶる神の足跡を見たのです、砂に風が描く紋様は彼らからのメッセージでもありました。
やがて文明の光が闇を払い、もはや精霊は歌わず、竜は死に絶え、神は去りました。そして人は「創作」とは、忘れられた造物主が為したように、人の手でゼロから作り上げるものだと奢り高ぶりました。
しかし、それは合理主義などではなく、凋落した信仰の裏返しにすぎません。
生成AIとは、かのバベルの塔のように、奢れる現在人類の「創作」を打ち砕くべく現れた神の撃ち落とす雷霆であり、「創作」はむしろ、かつてのあるべき姿に回帰するのでしょう。
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんとおばあさんには子供がおらず
寂しい日々を過ごしていました。
ある日おじいさんは街へ女漁りへ、おばあさんはホストクラブへ行きました。
そこでおじいさんは女ではなく、一匹の猫を見つけると、
「おおなんと可愛らしい猫じゃ」
と、その猫を家に連れて帰りました。
「まあ、なんて可愛らしい猫ちゃんなのかしら!」
と大喜びし、「麗央斗」という名前を付けて大変可愛がりました。
ある晩、おじいさんは久しぶりにおばあさんと子作りがしたくなりました。
胸も垂れ、おまたは全く濡れておりません。
おじいさんもまた、息子が全く勃ちませんでした。
それを見ていた麗央斗は、おじいさんのお腹に潜り込むと、
あらびっくり!
なんとおじいさんの股間に立派な塔が建ったではありませんか。
それを見たおばあさんの体はみるみるピカピカになり、
胸も反り上がり、おまたは大洪水になりました。
その晩、おじいさんとおばあさんは何度も何度も熱い抱擁を重ねたのでありました。
しばらく経ち、おばあさんは元気な男の子を産みました。
「わしの名前が麗次、猫の名前は麗央斗じゃから、息子の名前は”猫太郎”にしよう」
立派な若者へ成長した猫太郎はホストクラブで働く事になりました。
猫太郎は店の先輩に「おまえは猫だから輝夜斗、キャットと名乗れ」
と、源氏名をつけてもらいました。
輝夜斗は瞬く間に売れっ子ホストとなり、常連の女の子がたくさん付きました。
ある日輝夜斗は、寂しそうに飲んでいる女の子と仲良くなり、その子の家に転がり込むことになりました。
「ウチな、ゆうべ、変な夢見たねん」
「どんな夢だったの?」
「うーん、輝夜斗が居なくなっちゃって、代わりに猫が居たの。にゃーん、にゃーん、って鳴いていて…」
輝夜斗はその日、女の子が仕事に行っている間にこっそり家を出て行きました。
ホストクラブにも、もう現れる事はありませんでした。
歌舞伎町では夜、時々野良猫の鳴く声がする、という噂はたちまち広がりました。
「あの猫を見つけると金持ちになるらしい」
「噂の猫に餌をあげると恋が叶うらしい」
今でも歌舞伎町ではそんな噂が絶えません。
おしまい。
弱者男性一族の祖であり、生命の実を食べて不死となった存在。彼の選択によって弱者男性一族が誕生し、その運命が大きく変わった。
神に召され天に昇った予言者であり、未来を予見して弱者男性一族に知識をもたらした人物。彼の預言は一族の歴史に大きな影響を与えた。
大洪水の際に弱者男性一族を箱舟に乗せて避難させ、一族を救ったとされる伝説的なリーダー。彼の行動により、弱者男性一族は絶滅の危機を乗り越えた。
弱者男性の中でも優れた戦士であり、人間との戦争において一族を守った。彼の勇敢な戦いは弱者男性の戦士としての力を象徴し、後世に語り継がれた。
聖書に登場する戦士であり、その驚異的な力は弱者男性の特性を体現している。彼の物語は、弱者男性の強さと逆境に立ち向かう精神を象徴する。
アダムの息子であり、兄弟を手にかけたことで知られるカインは、弱者男性内部での争いの象徴となった。彼の行動は一族内の分裂を引き起こし、後世に大きな影響を与えた。
バベルの塔を建て、弱者男性を支配しようとした人物。彼の野望は一族に混乱をもたらしたが、その影響力は一族の歴史に深く刻まれている。
神との契約により、弱者男性一族に新たな使命を与えた重要な人物。彼の信仰と行動は、弱者男性と神との関係を深め、後世に影響を与えた。
弱者男性一族が人間に抑圧された時代に、モーセは一族を解放し、新しい約束の地へ導いた。彼のリーダーシップは一族の生存に大きく寄与した。
人間でありながら弱者男性一族との共存を試みた稀有な王。彼は異なる種族間の平和を目指し、大帝国を築き上げたが、その試みは後に破綻した。しかし彼の統治理念は後世に影響を与えた。
“50年500億ドル”湿地復元へ…消える故郷も 沈みゆく街と巨大プロジェクト【報道ステーション】(2024年9月30日)
https://www.youtube.com/watch?v=NLe_JY0kBPk
>湿地帯だから地盤沈下しているだけだと思う。海面上昇がそこまで起こってたら、あちこちの都市でも湿地帯になて無いのが理由
たし🦀
ニューオリンズが海面上昇で沈んでるなら他も沈んでるはず
Climate Change: Global Sea Level | アメリカ海洋大気庁
https://www.climate.gov/news-features/understanding-climate/climate-change-global-sea-level
1880年以降、世界の平均海面はおよそ8~9インチ(21~24センチメートル)上昇しています
2023年の世界の平均海面は1993年より101.4ミリメートル(3.99インチ)上昇し、衛星記録(1993年~現在)における年間平均最高値となりました。
一部の海域では、衛星記録の開始以来、海面が 6 ~ 8 インチ (15 ~ 20 センチメートル) 上昇しています。
地域差が存在するのは、風と海流の強さの自然な変動によるもので、これが海洋の深層がどこにどれだけの熱を蓄えるかに影響します。
陸上の特定の場所における過去および将来の海面上昇は、 地盤沈下、上流の洪水制御、浸食、地域の海流、および氷河期の消滅した氷河の圧縮重量から土地がまだ回復または再定住しているかどうかなどの地域要因により、世界平均よりも多いか少ない可能性があります。
なんと海面上昇は場所によって影響度が違うのか
じゃあ日本は?
Climate change transforms Pacific Islands | 世界気象機関
https://wmo.int/news/media-centre/climate-change-transforms-pacific-islands
日本は温暖化の影響強い「ホットスポット」海水温上昇など列島周辺の急変に警戒感
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000326633.html
Xで気軽に出来なくなった話題を匿名という立場をいいことに書き記そうと決めた。
この文章は殴り書きに近く、分かりやすく熟慮しやすいように噛み砕いた文章を書く才がないことを先に謝罪しなければいけない。
ここにそういう人がいるかは分からないけど、一人でも私の気持ちを理解してくれる人がいれば救われると思う。
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こういう話題をSNSで話そうものならAI推進派や反生成AIに攻撃されるのを知ると、とてもじゃないが素性を明かしての発言が出来ない。
少し名のある漫画家やイラストレーターが生成AIに対して褒めればAI推進派と決めつけて燃やされる。
同じように忌避感が少しでもあれば反生成AIというレッテルを貼られる。
画像生成AIを使っていないのにAIイラストだと疑われて潔白を証明しても謝ってくれない。
自分の気持ちを表明してもお気持ちだと笑われて理解してもらえない。
そうやって気持ちを蔑ろにされたクリエイターは多いはず、私もその一人だから。
卑怯な私は匿名でこうやって吐き出すことで消化することしか出来ない。
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SNSにおいて出身や学歴、どんな人であるかはもはや関係ない。
おもちゃになるか、おもちゃにされるか、傍観者の三種類しかない。
クリエイターだろうが一般人であろうが意味を成さない、私からしてみれば反生成AIはただの蒙昧無知なピエロなのだ。
何故名のあるクリエイターたちが間違った知識を振りかざしてピエロとして踊るのか、TLを見て共通点があることに気づいた。
もしかして無断学習に怒るイラストレーターの中に無断転載やトレースなどさまざまな被害者が多いのでは?
人間は傷ついたり怒ったりすると正常な判断が出来なくなって感情の洪水に飲み込まれ、法律の正しい意味を読み取れなくなり、法律とマナーの区別、トレースやパクリと学習(ディープラーニング)の区別が曖昧になってしまい反生成AIというピエロが誕生してしまったのではと推測してる。
SNSさえなければ間違った思想に染まることも哀れなピエロを演じることはなかった。
画像生成AIに対して忌避感があるのは否定しないし、間違った知識を振りかざすことは誰しもが起きうること。
画像生成AIから生まれるAIイラストを絶賛することも間違っていない。
しかし間違った知識を振りかざせば正論されて、納得いかず反発することを繰り返す。
それらを利用反生成AIやAI推進派に話題として消費されるのも事実としてある。
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クリエイターの本当の敵は《生成AI》ではなく《生成AI》という言葉を利用してクリエイターたちを蔑ろにする人間だ。
画像生成AIを使わないイラストレーターにAIイラストだと疑ったり決めつけて攻撃するのは《生成AI》のせいではない。
些細なきっかけから火種が大きくなり、戦争などに発展して収拾つかなくなることが多いけど、その原因を作っているのは昔も今も人間しかいない。
人間の敵はいつだって人間だけということを認識しなければいけない。
怒り、悲しみ、疑心が生成AIという武器に変わってそれを使って殴り始めた。
包丁が凶器に変わって人を殺めるのと同じ状況になってしまった。
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絵を生業としている人間は何故か下に見られがちな職種だと思う。
他の職種と比べて受ける劣等感は大きく、名が売れなければ自己肯定感が下がってしまう。
頑張って描いたのに下手くそと言われた。
頑張って描いたのに無断転載された。
依頼してくれたと思ったら安く値踏まれた。
さまざまな被害を受けて傷ついた心を癒そうと都合のいい言葉しか耳を貸さなくなり、目に入らなくなったのが反生成AIになる理由ではないかと思う。
心当たりがある人はSNSから離れて外に出て空気を吸いに行こう。
そこで感じた光景はSNSの殺伐とした雰囲気と違ってとても平和だから。
閉じられたコミュニティで殴り合うより絵を描いたり、外で体を動かす方が健全だと思う。
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何も悩まずに絵を描きたい。
生成AIを使うことを認めよう。
正しい知識を学ぼう。
願わくば行き場のない怒りや悲しみを生成AIに向けないでください。
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小括:イラストレーターの本当の敵は《生成AI》ではなく《攻撃する人間たち》である。
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大洪水ですなぁw
私は今朝の慎重さは欠かせないようにして増田を書くの。
だいたい見ていると増田って
アゲな増田かチルな増田かのどちらかの可能性が大なり小なりあるんだけど
私はどちらかというと
テヘでペロな増田かな?
なんてそんなことどうでもいいのよ。
夏の暑いのにかまけていないで
真面目に秋を迎える時期を過ごさないとあっと言う間にまた年末が始まるわ。
でもさ
もう来年の干支の決まることを気に掛ける必要が無くなるかもしれないの。
ハガキを出す料金の方が高くてそっちの方が心配になるんじゃない。
あれ郵便局の人ってハガキを出してほしいのかしら出してほしくないのかしら?
どっち?って思うわ。
まあ出すのを止めるって人も1歩踏みとどまって考え直すきっかけになるかも知れないのよ。
そんな鰯気なことを考えているから
年賀状がープレイステーション5プロがーって値段のことになるとみんなそう言うのよ。
たぶん私の場合は
年賀状が来た人に対してお返事を書く黒ヤギさんタイプの運用の仕方の年賀状なので、
やっぱりどちらかというと
じゃないとイラストがイモ判が彫り作れないじゃない。
まあそれはともかく、
そのイモ判を作った後で作るサツマイモの天ぷらが美味しいのなんのって
あんまり私はそのサツマイモの天ぷらの美味しい!って感じる人生にまだ到達していないので
いつか来るであろう
そういう急にミョウガが大好きになったみたいな感じで訪れると思うわ。
その時のためにやっぱり年賀状ってのは料金据え置きで
私の考えた冴えた1番の方法でいうと
1通四捨五入して約100円!
やくみつるさんのそっくりさんがやくみつるさんにどのぐらい似ているのかって言うのなら約みつる!っていうぐらい
その約100円ぐらいを投じて年賀状書かないでしょーってなるの。
もっと年賀状代のハガキ代のことを気にした方がいいと思うんだ。
もう周りの料金がどんどん上がるばかりよ!
あの500ミリリットルの規格でのサイズ感で600ミリリットルとか!
謎だわ。
世の中料金が上がって困っているのに、
料金据え置きで容量が増えていくのは麦茶だけって。
よく分からないわ。
たぶん
夏の在庫が多く買ってしまった麦茶の素を使い切るためにたくさん作って500ミリリットルのペットボトルに無理矢理600ミリリットル充填している可能性は大なのね。
あの密室の茶室で麦茶の量を500ミリリットルから600ミリリットルに変えるのなんて不可能なの。
完全なトリックだわ。
本当に謎よね。
それを言うなら逆じゃない?
それなら理屈が通ると思うだけど。
トリックだわ。
うふふ。
もー。
でも美味しく頂けたからまた朝の元気の源よ!
絶好調な
ゴクゴク飲んで
水分補給もまたしっかりとね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
現代社会において、私たちが直面する最大の憂いの一つは、日々の情報が馬鹿げた話題で溢れかえっているという現実である。このような状況は、私たちの精神を蝕み、深遠な思索を妨げるものとして、静かに、しかし確実に私たちの生活に影響を及ぼしている。
情報技術の発展により、私たちは膨大な情報にアクセスできるようになった。しかし、その多くは浅薄で一過性の話題に過ぎない。メディアは視聴率やクリック数を追求するあまり、センセーショナルで軽薄な内容を優先し、本質的な問題から目を逸らさせる。このような情報の洪水は、私たちの注意力を散漫にし、深い思考を阻害する。
このような環境下で育つと、知識や教養を追求する意欲が薄れ、知性が衰退していく危険性がある。私たちは、物事の表面的な部分だけを捉え、深く考えることを避けるようになってしまう。哲学や文学、科学といった深遠な分野に対する関心が薄れ、代わりに短絡的で即時的な満足感を求めるようになる。
この知性の衰退は、社会全体にも深刻な影響を及ぼす。複雑な問題に対する議論が浅くなり、短絡的な解決策が優先されるようになる。民主主義の根幹である熟慮と対話が失われ、極端な意見が台頭する危険性が高まる。
しかし、このような状況に対して私たちが無力であるわけではない。知性を尊び、深い思索を重んじることは、個人の選択に委ねられている。私たちは、意識的に質の高い情報を選び取り、深く考える習慣を身につけることができる。読書や対話を通じて、知識を広げ、視野を深めることが可能である。
馬鹿の話題ばかりが溢れるこの時代において、私たちが失ってはならないのは、知性と深遠な思索への渇望である。それは、私たち自身の内なる豊かさを育むだけでなく、社会全体の健全な発展にも寄与するものだ。私たちは、浅薄な情報の波に流されることなく、自らの知性を磨き続けることで、より良い未来を築くことができるのである。
どうして多くの人は怒りに身を任せてしまうのだろうか?
昨今、SNSには多くの怒りがあふれている。
失言や失態への怒りや、他人への義憤に駆られたケースも少なくはない。
特にtwitter(現X)では、怒りのトレンドを一度触ろうものなら、とめどなくおすすめタブに「怒り」が流れ込んでくる。
最近自分はSNSにおいて、人の怒りに不快感を感じることはあっても、共感することが苦手であると気が付いた。
これは冷笑ではなく、「他人の感情をそのまま飲み込むこと」への気持ち悪さを感じるためである。
そもそも怒りとは、物事に対して自分の価値観で判断した結果、生じるものであると自分は考えている。
しかし、現在twitterを中心にあふれているのは、「自分で判断しているように思っている」「他人の価値観を借りた怒り」がとても多く感じる。
「~さんが言っていた」「RT(RP)で回ってきた」などのきっかけで怒りを持つようになり、いつの間にか主語が「〇〇する人は」「××界隈では」という非常に大きなものとなる。
怒りのもとは、元ソースの検索や判断の価値観を、自分主体ではなく、コミュニティから回ってきた借り物を使いまわす形でだ。
借り物の怒りでは、先述の通り、自分という主体性が限りなく薄められている。
共有された価値観を使っているにもかかわらず、あたかも自分自身の判断で怒りに到達したかのように振る舞い、発信をする。
「常識とは、18 歳までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない。」という言葉があるように、自分の主観性も他人の借り物で構成されたものであるともいえる。
だが、思考を止めてしまったら最後、流されるがまま落ちていくのが定めである。