はてなキーワード: 出生率とは
この期待値の設定において、現実的なデータでなく、将来こうなればいいなという数値、再生産率が高くなればいいという期待のもとに行って構わないというのが、1つ。
たとえそれが皮算用であったとしても、皮算用する主体の評価についての話をしているので。
構わないんですか?
元増田に出てきた『「お前の子供は将来そんな高額納税者になるのか」ってやつ。』とやらに対して
「現実の出生率を見ないで理想論として十分に高い出生率を仮定すれば子供の経済的価値の期待値は無限大です」と主張することに何か意味があるとは思いませんけども。
ちなみに、最初に言った「産む数は関係ない」というのは、産む数を想定したところで、「子供が子供を作る確率が一定」のところが、「出生率が一定値以下」にすりかわるだけなので、実質的に言っていることは変わらない、ということですね。
少子化対策が迷走しているのは、
「どの政策が、一番費用対効果が高い」のか、専門家の間でも意見が分かれているのが、
最大の理由じゃないか、と思う。
「直接給付がもっとも有効」という専門家もいれば、「啓発がもっとも有効」という専門家もいる。
互いに「自説がもっとも有効で、他説は有効じゃない」と足を引っ張り合ってる状態。
この不毛な状態から抜け出すために、3~5年掛けて、そしてある程度の予算を取って、
「どの政策が、出生率の上昇に効果を表したか、大規模な社会実験」を行ってみてはどうか?
例えば、
「奇数月産まれの女性には、▲▲という出産支援を実施する」という風に、
産まれ月で以って出産支援を変えてしまい、3~5年実施してみて、
どちらの政策が出生率向上に繋がったか「計測」してみて、効果大きい方の政策を5年後から採用する。
或いは、社会環境、経済水準、そして出生率が似ている2つの自治体をピックアップし、
それぞれに別の政策を実施する。
例えば「武蔵野市では直接手当給付」を実施し、「三鷹市では保育所整備」を実施する。
それで数年経過後に、武蔵野市と三鷹市の出生率、どっちが上昇したか?を計測して、
こういう社会実験は、「市民を実験台にするな!」的批判を浴びかねないので、
「少子化対策を10数年実施して、いまだ有効解が何なのか、手探りの状態」という現状を
打破しないと、少子化の解消は程遠いと思う。
そもそも女性手帳で思うんだが、啓蒙したら出生率が上がると思ってるんだろうか?
なぁ、マジで。
ぶっちゃけ、あんまり小難しく考えない層のほうが産んでるじゃん。
あ、そういう層を対象にした政策じゃないって?
いや、でもさぁ、高学歴だろうと外資エリートだろうと、子供の作り方はいっしょでしょ。
セックスして、中で出す。
「子供一人3000万、二人で6000万、老後の生活資金に2000万、しめて8000万を現役時代40年で捻出するためには、生活費の他に余剰資金200万捻出しないと!」
とか考えるながら、チンコ勃つの?濡れるの?特殊性癖の人とかじゃなくて?
「大学でてすぐ妊娠、退職ってもったいないって言われるけど、どうせキャリアに穴を開けないとならないなら、30代で開けるより今のほうが実はお得なの!」
「8000万とか聞くとビックリするかもしれないけど、扶養控除とか確定拠出年金控除とかがあるから、実質負担はそれほどじゃないわ!」
とか言われて、以下ry
賭けてもいいけど、萎えるじゃん。
それですげー興奮できる人がいるんなら、
って思う人がそんなにいるんなら、俺は新しいAVレーベルを設立するわ。
こんなふうに女優に叫ばせるよ。
「中に出してぇ!いっぱい出してぇ!…あたりまえだけど、人口増加とGDPの増加は有意に相関するから、子供を作ることは自分と自分の子供たちの収入アップにもつながるの!だから中にだしてぇ!」
…一番いいところで萎えるでしょ。
いやね、低学歴高学歴、金持ち貧乏関係なく、結婚だの出産だのってのは勢いだと思うわけ。
腹の中に他人だぜ?
生まれてみればわかると思うけど、以心伝心ってわけじゃなくて、喧嘩もする。
臓器移植したって拒絶しあう。
エイリアンに卵産み付けられるのと、同じっちゃ同じだ。
いや、さすがにそれは違うか。
産んでも死なないし。
だからね、紙だの手帳だのに書かれた計画表だとか、損得勘定だとかで産む気になるかっていうと、なるわけないに決まってるわけ。
真面目に考えれば考えるほど、独身が一番得って結論になっちまうよ。
頭がいい女は特に。
言われるまでもなく、頭でっかちに考えすぎてグルグル同じところ回ってるんだと思うよ。
35越えると極端に妊娠しにくくなる、とか、40で産むと子供が二十の時に60歳、とか言われたところで
「それって、なんだかんだで女の喜びは母ってことっすかね?」
って反発するっしょ。
山田詠美でも読ませて行きずりのセックスしたい気分にさせるか、失楽園とかマディソン郡の橋でも観せて不倫させろよ。
中で出さなきゃ、子供はできねーの。
以上!
横だけど
出生率が高かった時代は『社会的に環境が整っていた』『男が覚悟ができていた』と君は考えているようだけど、その根拠が知りたい。
>「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
されません。被害妄想です。また書くけど、女性手帳の目的は「少子化を解決する(出生率を上げる)」ではない。「晩婚・晩産に歯止めをかける」だ。間違えるな。これは理由1でも書いた。じゃあ、「晩婚・晩産に歯止め」がかからなかったら、女性のせいか?違います。女性手帳の導入を決めた人の責任になるので、安心してください。
まず、晩婚・晩産に歯止めはかからない。社会的に環境が整わない上男に覚悟ができないのだから歯止めがかかるわけがない。未婚化は進むかも。
そして欠陥が判っていて政策が通った場合、同時に「政策を通した=国民としてその政策にある程度合意した」と見なされるため、「合意したのだから協力しろ/合意したのに非協力的だ、我がままだ、独善的だ」という批判が成立する。晩婚・晩産を国を挙げて止めようとしているときに流れに逆らう者が叩かれない理由はない。
女は必然的に流れに従うか或いは逆らうかに分類されるが、男はそもそも流れの渦中にすらいない。
「適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題」と「男が無知で終わってる問題」を意図的に混同している。
全く同じことがお前の「僕は上から目線だとは思わない」に対して言える。
客観的事実とは「そう思う」人数が多いから客観的事実なのではない。「上から目線」とはある特定の不利益を黙殺する態度のことであり、ある特定の不利益の黙殺はすべて上から目線である。これは誰がどう思うかで変化することではなく、論理的にそうなのである。
それがわからないと、「こいつは頭が悪いな。幼稚だな」と思われるよ?
これはちょっと誤解を招く。出産を強制しようとしているわけではない。僕がしたほうがいいと思うのは、「(産むとしたら高齢ではなく)適齢期に子供を産め」という教育。なぜ、「だから」に変えた?わざとか?意味が違ってくるだろ。
何も変わらない。「不適齢期だから子どもを産むな」という従来の学校教育に対立する「適齢期だから子どもを産め」という女性手帳の内容、という対比にすぎない。
気に入らないなら「適齢期に」と読み替えても良い。
年齢は責任が取れないことの理由にはなっても責任が取れることの保証にはならない。
適齢期に責任が取れるようになっていなければ産みたくても産めずおしまいだし、実際責任が取れるようになっているかどうかは誰にもわからない。どうすれば確実に責任が取れるようになれるかさえわからない。
そのルートを提示することができないのならばそれは教育足り得ない。
「責任が取れるようになったら適齢期に子どもを作れ」は指示であり教育ではない。
>手帳の最大の問題点のひとつは、配付した時点で周知完了としてこの点における議論を封じているところだ
「妊娠・出産の適齢期と高齢出産の知識をいかに普及させるか」という議論でいいんだよな?何度も書くが、僕は女性手帳”だけ”で教育しろなんて書いてない。知識が普及しないのなら継続して議論は必要だと思っている。
議論というのは授業において、子どもたちが「適齢期に子どもを産む」という解に辿り着くには「どうすればいいか?」を検討する議論のことだ。
先述した通り女性手帳の内容と現在の性教育内容とは真っ向から矛盾するので、授業で深く掘り下げて取り扱うことはできない。元々の設問が悪すぎる。
敢えてやるのが筋というものだが「大人は馬鹿、無茶苦茶を押しつけてる」と言われたらぐうの音も出ない。
だから手帳の配付で事足れりとするばかりで、性教育の内容を充実させるという方針は出てこない。
そりゃそうだろ。女性手帳や学校の授業などの教育によって「知らない人間(特に女性)がいないようにしないといけない」というのが僕の主張。
>知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。
それを高齢出産で苦しんでいる人の前で言ってきてください。
「知りたかったのに教えてもらえなかった」とまで他人に責任転嫁する者がいるんだったら喜んで言ってやる。
お前は代わりに性的マイノリティに向かって「年をとると子どもは産めなくなる。これ特に女性は絶対知ってなきゃいけないこと」と吹聴してこい。
恥じるならせめて己の論のチョロさを恥じたまえよ。
というより、男が手帳を受け取って出来ることというのが実質覚悟しかないのに、お前の主張ではそれもできっこないという話になっている。男は「自分のすべき負担」から逃れ続ける。
その一方で女は知識を植え付けるという名目で「自分のすべき負担」から逃げられなくされる。「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。そもそも覚悟とかいう問題以前に社会的に環境が整ってない。なのに妊娠に必須のパートナー即ち男には逃げ道が確保されている。
仮にも政策として打ち出すものである以上、このように性別で負担が変わるものは不公平の極みで女性蔑視で差別的だと言われてもしょうがない。全部事実だ。
>「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
されません。被害妄想です。また書くけど、女性手帳の目的は「少子化を解決する(出生率を上げる)」ではない。「晩婚・晩産に歯止めをかける」だ。間違えるな。これは理由1でも書いた。じゃあ、「晩婚・晩産に歯止め」がかからなかったら、女性のせいか?違います。女性手帳の導入を決めた人の責任になるので、安心してください。
適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題と男が無知で終わってる問題を意図的に混同している。
そして、そういう理由なら結婚できなくなるのは適齢期を過ぎた女だけじゃない。結婚に向かないライフスタイルの男、即ち共働きで互いに互いを支えられるだけの家事分担の能力や意志がない男や産休育休子どもの世話に手が割けない男も結婚できなくなる。長時間労働を前提に残業代で稼いでるクチはアウト。当然不妊の男や高齢の男もだが。
>適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題と男が無知で終わってる問題を意図的に混同している。
別におかしくない。上から目線は上から目線。表現として反語で書いたかそうでないかという次元ではなく、事実として女性手帳政策は上から目線なのでそう言われても仕方がない。
それはお前の主観であって、客観的な事実(みんながそう思うこと)ではない。現に、僕は上から目線だとは思わない。別に「上から目線だ!」と言う分には自由だけど、それだと「こいつは感情的に批判してるな。幼稚だな」と思われるよ?
10代が「責任取れない」のは何故か? いのいちに「カネがない」から、その次には「遊びたいさかり」だからだ。
経済的・精神的に子どもを作って育てるのに適していない、だから10代は子どもを作ってはいけない。
しかし同時にこの「10代」に何歳台を入れてもこの命題は成立し得る。理由が「責任取れなきゃ」にある限り、いくつであろうと「子どもを作ってはいけない」に帰結する。
この状態で「適齢期だから子どもを産め」なる教育が成立するわけがない。年齢は責任が取れないことの理由にはなっても責任が取れることの保障にはならない。
これはちょっと誤解を招く。出産を強制しようとしているわけではない。僕がしたほうがいいと思うのは、「(産むとしたら高齢ではなく)適齢期に子供を産め」という教育。なぜ、「だから」に変えた?わざとか?意味が違ってくるだろ。
>この状態で「適齢期だから子どもを産め」なる教育が成立するわけがない。
「責任が取れるようになったら、適齢期に子供を作ってね」という教育が成立すると思うが?
>手帳の最大の問題点のひとつは、配付した時点で周知完了としてこの点における議論を封じているところだ
「妊娠・出産の適齢期と高齢出産の知識をいかに普及させるか」という議論でいいんだよな?何度も書くが、僕は女性手帳”だけ”で教育しろなんて書いてない。知識が普及しないのなら継続して議論は必要だと思っている。
これはさすがにバカすぎる。今までと何が変わると思うんだ?昔からWeb上に妊娠・出産の適齢期と高齢出産のリスクの知識は転がっていたとしたら、「知りたかった」人間は知りたいと思った時点で検索して知ることが出来ていたはずじゃないか。現にお前だって理由3を挙げている。「知ってる」と言える人間はいるわけだ。
知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。意図的によくない印象を与える表現を使うな。
そりゃそうだろ。女性手帳や学校の授業などの教育によって「知らない人間(特に女性)がいないようにしないといけない」というのが僕の主張。
>知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。
それを高齢出産で苦しんでいる人の前で言ってきてください。
>女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。
女は覚悟ができるってどこにも書いてないけどなあ。「男”だけ”は手帳を渡されただけで覚悟ができない(女性はできる)」こう読んじゃった?
というより、男が手帳を受け取って出来ることというのが実質覚悟しかないのに、お前の主張ではそれもできっこないという話になっている。男は「自分のすべき負担」から逃れ続ける。
その一方で女は知識を植え付けるという名目で「自分のすべき負担」から逃げられなくされる。「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。そもそも覚悟とかいう問題以前に社会的に環境が整ってない。なのに妊娠に必須のパートナー即ち男には逃げ道が確保されている。
仮にも政策として打ち出すものである以上、このように性別で負担が変わるものは不公平の極みで女性蔑視で差別的だと言われてもしょうがない。全部事実だ。
>「産まなきゃ産めなくなる」という焦りだけ植え付ける。
「産まなきゃ産めなくなるという知識を身に付ける」でいいだろ?
ダメ。理由は上記。
僕はそもそも男性が妊娠・出産の適齢期の知識をつけるのは反対じゃない。けれど、そうなると適齢期を外れた女性は今まで以上に結婚できなくなりますよ、と。これもおまけの部分で書いた。
適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題と男が無知で終わってる問題を意図的に混同している。
そして、そういう理由なら結婚できなくなるのは適齢期を過ぎた女だけじゃない。結婚に向かないライフスタイルの男、即ち共働きで互いに互いを支えられるだけの家事分担の能力や意志がない男や産休育休子どもの世話に手が割けない男も結婚できなくなる。長時間労働を前提に残業代で稼いでるクチはアウト。当然不妊の男や高齢の男もだが。
そう、当たり前なんだよ。だから、女性手帳に限ってわざわざ「上から目線」という表現を使うのはおかしいよねってこと。これは反語表現といって広く使われるから今度からは誤読のないよう気を付けてね。
別におかしくない。上から目線は上から目線。表現として反語で書いたかそうでないかという次元ではなく、事実として女性手帳政策は上から目線なのでそう言われても仕方がない。
もちろん、学校の教育でもやるべき。女性手帳”だけ”で教育しろなんて書いていないし、僕は両方やるべきだと思っている。「責任とれなきゃ子ども作るな」と「適齢期に子供を産め」は矛盾しない。適齢期は10代じゃないぞ。
10代が「責任取れない」のは何故か? いのいちに「カネがない」から、その次には「遊びたいさかり」だからだ。
経済的・精神的に子どもを作って育てるのに適していない、だから10代は子どもを作ってはいけない。
しかし同時にこの「10代」に何歳台を入れてもこの命題は成立し得る。理由が「責任取れなきゃ」にある限り、いくつであろうと「子どもを作ってはいけない」に帰結する。
この状態で「適齢期だから子どもを産め」なる教育が成立するわけがない。年齢は責任が取れないことの理由にはなっても責任が取れることの保障にはならない。
手帳の最大の問題点のひとつは、配付した時点で周知完了としてこの点における議論を封じているところだ。
これはさすがにバカすぎる。今までと何が変わったんだ?今でもWeb上には妊娠・出産の適齢期と高齢出産のリスクの知識は転がってるぞ。それじゃあ、知りたかったのに教えてもらえなかった層のためにならないじゃないか。
これはさすがにバカすぎる。今までと何が変わると思うんだ?昔からWeb上に妊娠・出産の適齢期と高齢出産のリスクの知識は転がっていたとしたら、「知りたかった」人間は知りたいと思った時点で検索して知ることが出来ていたはずじゃないか。現にお前だって理由3を挙げている。「知ってる」と言える人間はいるわけだ。
知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。意図的によくない印象を与える表現を使うな。
俺が早とちりしているというよりも、単純にお前に突っ込みどころが満載なのが問題。
何だか統失患者の文章みたいでまとまりがなくさっぱり文意がつかめないのですが。こういう文法は正しいけれど意味は支離滅裂という文章を書けるのもある種の才能なんでしょうか。
どうもここには一見、女に不利なことを書くと理路もへったくれもなく噛みつくことが目的で噛みつく頭がおかしい人が常駐しているみたいですけどね。
さて、それはさておき、意味が分かる部分について反論しておきましょう。
まず先述したように哺乳類での一夫一婦制はごく珍しい例で、一説では全種の3%のみとも言われています。これはオスもメスも「本来は子育てをしたくない」という当然の行動原理があることを踏まえれば、特に哺乳類で一夫一婦制がほとんど見られないのも当然です。
子育てをしない、もしくはオスかメスかのどちらか一方に押し付けることが可能なら、その間に押し付けた側の性は別の相手と繁殖活動が可能になりますので、そういう方向に進化するわけです。魚類でオスのみに育児行動が見られる例が割合あるのは、魚類の多くが体外受精をするせいです。つまりメスが卵を産み、オスが射精している間にメスが逃げれば、結果的に面倒を見るのはオスしかいなくなりますので、オスに育児行動が見られるように進化していくわけです。
哺乳類の場合は出産はもとより、哺乳行動が必ずありますから、メスが育児行動をすることはあらかじめ決定されています。メスが育児をする以上、オスは育児をしなくてもかまわない場合がほとんどになりますので、哺乳類では一般にオスの育児行動が見られない、オスの育児行動が見られるのはつまり一夫一婦制なので、一夫一婦制が見られない、ということになります。
鳥類では肉食が多いために一夫一婦制が一般的ですが、鳥類は哺乳類と違って雌ヘテロ型の性染色体の性決定様式なので、ここで述べているY染色体の劣化の問題は発生しません。
ヒト以外での一夫一婦制の哺乳類ではやはり肉食動物に多く見られるのですが、代表例であるオオカミの場合は、しばしばつがいの入れ替わりがある、集団の中において核となる夫婦だけが繁殖するなど、ヒトとは少し変則的なのですが、まあ一夫一婦制による子育て行動が見られます。オオカミの近縁種で他の繁殖形態をとる種がないので(家畜化されたイヌは別にして)、比較はできないのですが、他の種と比較すればやはりY染色体の劣化は程度としては見られますが、ほとんど問題になるレベルではありません。
これはオオカミの場合、ライフサイクルが短いこと、繁殖力が高いため個体数の増大においては繁殖力そのものよりも、空間的な制約の方が大きいことが挙げられます。1995年にイエローストーンでは31頭のオオカミが導入されましたが、それから20年を越えて、近隣三州での個体数は2000頭を越えていると見られます。
つまりY染色体が劣化してそのため絶滅する個体系統があっても、すぐにそれを補う数が補填されるということです。蓄積されてゆくエラーの中にはY染色体の機能向上させる方向に働くエラーもありますから、そういうY染色体を持ったオスの子孫がたちまち空いた空間を埋め尽くすので種全体としての健全性は保たれます。ヒトとは繁殖速度とライフサイクルがまるで違うので、比較になりません。ヒトの場合、狩猟採集生活下では人口置き換え水準をほんのわずか上回る程度の繁殖速度ですから、遺伝的に絶滅する夫婦の割合が高ければその空間を埋めることは出来ないのです。
Y染色体が劣化した場合、当然、残されてゆくY染色体は同質化していきますので、繁殖力の弱い個体は絶滅するだけで、種の多様化とは逆の現象が発生します。過剰繁殖かどうかは環境が決定するので、基本的に人口置き換え水準が維持されているならば過剰でもなければ過小でもありません。環境によって制約を受ける最大個体数に適応した人口置き換え水準がヒトの場合は、自然状態ではおおよそ特殊合計出生率にして4.2前後なのですから、これを下回る場合は絶滅、もしくは生息域の縮小へと至ります。一夫一婦制において結果的に特殊合計出生率が低下する現象がみられる場合、後になればなるほど遺伝的な同質性は強まっていきます。言うまでもなくそれは種の多様化とは正反対の現象であって、ここでのあなたの主張は「頭がおかしい」というしかありません。
また現在、イスラム圏など「一夫多妻制度」の人類社会があるが、そこが生殖能力が高いか? 人口比では一夫一妻制の社会の方がよほど大きい。つまり、個々人のうち、少数者が生殖子がよわかったとしてもそういう種は一夫一妻主義のもとでも淘汰されへっていくはずなのだから問題はなく、この主張は一夫多妻主義者の虚偽だ。
イスラム圏での婚姻形態について余りにも無知すぎます。そもそもイスラムにおける一夫多妻制は未亡人や孤児の扶養を目的としているため、扶養力がない時点での一夫多妻制は許容されていません。実際には9割以上が一夫一婦制での婚姻形態であり、比率から言えば圧倒的にイスラム社会は一夫一婦制の社会です。更に言えば、出生率がイスラム社会の方が高めであるのは言うまでもないことです。ナイジェリアなどにはイスラム教徒とキリスト教徒がそれぞれいますが、キリスト教徒の方が出生率は低いです。これは同様にエジプトのコプト教徒社会などでも言えます。
そもそも生物学における繁殖形態と、文明史上の婚姻形態の話は別です。オスとメスが性行為をすれば、その婚姻形態がいかなるものであれ妊娠しますので、文明史においてはありとあらゆる婚姻形態が見られます。完全に一夫多妻制の社会、完全に一夫一婦制の社会というものはないのです。日本や中国では圧倒的多数は一夫一婦制でしたが、権力者が一夫多妻制であったのは言うまでもないことです。厳格に一夫一婦制を求めるキリスト教社会にあっても、フランスにおけるロワイヤル・コンキュビーヌの制度に見られるように、多妻制は見られます。
生物学における一夫一婦制とは、繁殖形態が種のグランドデザインにまで及ぼす影響がある程度があることを指して言うのです。ヒトの場合は、雌雄差が小さい、性淘汰の影響が見られない、等々の理由から生物学的に一夫一婦制がデフォルトであることが立証されているのです。
正直言ってこの程度のことさえ知らないで、何かを言おうと思うこと自体、蛮勇と評するよりありませんが、何か衝動に駆られて物を言おうとする前に少しは頭を使うとか知識を得ようとしてはいかがでしょうか。
文明社会における婚姻形態の話と、生物学における繁殖形態の話はまったく異なると言うことを言いました。
本来、生物的にはあり得ない一夫多妻制が文明社会でしばしば見られるのも文明による干渉、歪みです。
例えば、南米や太平洋諸国ではY染色体とミトコンドリアDNAの不自然な組み合わせの例が見られます。Y染色体が男系のみを通して、ミトコンドリアDNAが母系のみを通して継承されることはよく知られていますが、南米や太平洋諸国では、ミトコンドリアDNAが現地由来、Y染色体がヨーロッパ由来である場合が多く見られます。南米で先住民系として扱われている例でも、Y染色体の割合では半数以上がヨーロッパ系という例もありました。これは言うまでもなく大航海時代以後のヨーロッパの帝国主義がもたらしたレイプと殺戮の影響であるわけですが、同様の例はアメリカの黒人でも見られます。
つまりY染色体を辿る限りアメリカ黒人男性のほとんどは実は白人の子孫なのであって、彼らをアフリカ系と呼ぶのは遺伝的には半分しか正確ではありません。オバマ大統領の場合は、こうした普通のアメリカ黒人男性と違って、ミトコンドリアDNAがヨーロッパ由来、Y染色体が東アフリカ由来になっています。これは彼の両親が自由結婚した結果であって、オバマ大統領はアメリカの黒人ではあっても、遺伝的にアメリカ黒人男性のメインストリームとは奴隷制の負の遺産を共有していません。
自然界における一夫多妻制は遺伝子の優劣によって決着がつきますが、文明社会ではそうではないわけです。それは武力や財産や社会的地位によって影響を受けますので、自然界における一夫多妻制のもたらすY染色体の競争が起きずに、Y染色体の弱体化をむしろ加速させます。本来、子を持つことが叶わない生物学的に弱い男子が、社会的影響などによって多くの妻を得ることは、弱い男子の遺伝的影響が狭い集団の中で蓄積してゆくことを意味します。
公家や皇族で男子が生まれにくいというのはまさしくこの影響であるわけです。おそらく公家の夫婦の間ではY染色体の劣化がいちじるしく蓄積しているために、男性の側で性染色体が母系由来のX染色体しか機能せずに結果的に女子しか生まれない、女子が生まれやすくなるのです。Y染色体は男系を通してしか継承されませんから、たとえば皇室で健康な女性をいくら導入しても、この問題は解消されません。
文明社会では確かに一夫多妻制は純粋な生物学的な競争ではなく社会制度によって干渉を受けるためにY染色体の劣化をむしろ加速させるでしょう。逆に言えば純粋に繁殖力や性的な魅力(ほぼ繁殖力と重なる場合が多いです)のみで一夫多妻制が行われれば、Y染色体の能力がかさ上げされます。
そうかい? 婚外子率と出生率には相関があるが、その上昇率には相関がない、というのは、
「婚外子率を増加させるような政策は少子化対策としてはアテにならない」という結論を支持する側のデータだよ。
ドイツ、スペイン、カナダ、イタリアの4国のデータは「因果関係はないか、仮にあったとしても他の事情で簡単に覆されるような微弱な影響」であることを示唆しているよ。
もちろん、「日本には到底当てはまりそうもない、これら4国で出生率を大きく減少させた特殊事情」を説明できるというのであれば別だけど。
↓
論理が飛躍しているのでは?
"色々な政策"のうち
こそが婚外子率と出生率を引き上げた、という根拠がありません。
一見無関係そうに見える政策が社会の状況を変えて回りまわって婚外子率と出生率が上がっただけの可能性があるので、件の表は"裏付け"になりません。
待てよ待てよと
明らかに出生率と婚外子率には相関が見られそうな結果ではないですか。
まぁ上昇率にだけ目をつければ、スペインのような例外もみえてくるでしょうが、
それよりも婚外子率と出生率の明らかな相関関係に何故目が行かないのでしょうか!?
相関関係と因果関係は違うから、単純に婚外子率を上げるための政策を行えばいいのではない!
とか言われそうですが、諸外国もなにも婚外子率を上げようとシコシコと政策を行ったわけでもないでしょう。
色々な政策を行った結果が出生率と婚外子率の上昇であろうので、ちきりん女史の言うように、シンママの支援であったり、
その方向性での政策を実行していくことが、婚外子率と出生率の引き上げに効果的であるという裏付けとなる表にしか見えないのですが・・・
見方によるけど、現時点で婚外子の比率が高い上位5ヶ国は出生率が上昇し、そうでない5ヶ国は出生率が減少していると解釈すれば、ほっとくと少子化になるけど婚外子が増えることにより少子化が食い止められているという言い方はできそうな気がするが。
先進国各国の婚外子比率が増えているので、日本もシングルマザーに優しくしよう! というのはやるべきだと思う。実際にフランスに住んでる友人(女/夫はフランス人)は、日本より子育てがしやすいからとフランスにずっと住みたいとか言ってた。
ただ、婚外子比率が増えている一方で、じゃあ出生率はどうなんだろと調べてみると、これあんまり芳しくない。
婚外子比率(1980年→2008年) | 出生率(1980年→2008年) | |
スウェーデン | 39.7%→54.7% | 1.68→1.91 |
フランス | 11.4%→52.6% | 1.85→2.01 |
イギリス | 11.5%→43.7% | 1.89→ 1.96 |
オランダ | 4.1%→41.2% | 1.6→1.77 |
米国 | 18.4%→40.5% | 1.84→2.08 |
ドイツ | 15.1%→32.1% | 1.44→1.38 |
スペイン | 3.9%→31.7% | 2.22→1.46 |
カナダ | 12.8%→27.3% | 1.74→1.68 |
イタリア | 4.3%→17.7% | 1.64→1.42 |
日本 | 0.8%→2.1% | 1.75→1.37 |
ちきりんさんの上げてる10個の国のうち、婚外子比率の増加とともに出生率が増加している国が5個、もう半分は下がっている。確かに婚外子比率が40%以上まで上がっている国は出生率が上がっているが、婚外子比率が8倍になってるスペインでは出生率は35%も減ってる。なので婚外子比率を上げることで「少子化は改善されていくのです」というのはちょっと単純化しすぎ。
もちろん上記の問題とは別に、シングルマザーでも子育てをしやすい環境を整えることは超大事ですよ。社会保障的には、少子化のカーブを緩やかにして、人口分布の急激な変化を抑制し、高齢化社会にソフトランディングさせようというのも大事でしょう。ただし繰り返すけれど、婚外子比率を増やすことでどの程度出生率が改善するか、その肝心なところは、上記の表を見る限りではよくわからない。専門家による試算が必要です。
生き方の多様性を確保する、豊かな社会を作るという意味で、婚外子の方、シングルマザーの方があらゆる面で生きやすくする方向で設計することは必要ですよ。ただそれで少子化が改善するというのは単純化しすぎだよね。