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はてなキーワード: チャリンコとは

2015-02-10

夜中に皿の割れる音が響いた

寝静まる住宅街叫び声が響く

「あんた片付けなさいよ!片付けるまで家に入るな!」

ゴミ袋だけ外に放り出した母はぴしゃりとドアを閉める

僕は自分で割った皿の破片を一人、片付ける。

僕ってどうしてこんなにカッコ悪いんだろう

何をしてもカッコがつかない

人の真似をしても背伸びをしても誰かを気取ったって何者にもなれない

人一倍謙虚人一倍貪欲だった

与えられるものならなんでも欲しかった

だけどラッキーは続かないんだよね

ラッキーたまたまくるものから

チャリンコで夜中の道を走り続ける

人がいないほどに僕も生きてていいんだって思ったもの

2015-01-28

Twitter腐女子って

いや、どのSNSでもそうなんだろうけど、なんであんなに気持ち悪いんだろう。

作品に対する愛が強いとかほざいてるくせに、チャリンコ漫画からモヤシみたいな刀擬人化ゲームにすぐ鞍替え。その前はどうせバスケ漫画でキャーキャー言ってたんだろ?

しかあいつら、自分ミーハーなのを「沼」にはまっただとか、昔のジャンルのことはつぶやかないだけで好きなんだからだとか、不愉快まりない漫画を描きやがる。

それを「すごい分かります…‼︎」とか返信するあの流れ、皆どこかで罪悪感感じてるのかな。気色悪いけど。

気持ちの悪い馴れ合い悪趣味ポエム、似たようなあの絵柄、「◯◯ちゃん尊い…」とかいうところ、全てが嫌い。

ただ、時々「10年前から◯◯が好きです‼︎」とか言う人も居るからそういう人は感心する。

でも結局二次元の「ホモ」は大嫌いである。

2014-07-02

俺の思い出話と、ある宗教を嫌いな話

六月の途中くらいから書き出して、七月になってしまった。

ただの好き嫌いの話で、長い思い出話。

思い出話で恥ずかしいから特定されないように細かいことをごまかして書いた。

長えよ、と言われる前にまとめると

「ただの長い思い出話で、宗教が原因で好きな景色が無くなったから、俺はこの宗教が嫌い。」

というだけの話だ。具体的な宗教名は書かない。

六月になると亡くなった祖父を思い出す。祖父が亡くなったのはずっと前の年の瀬来年は会えないかもと入院中に見舞ったのが最後になる。

田舎に住んでいた。両親は同じ地域出会い結婚したので、母方の実家チャリンコ必死に行けばたどり着く距離だった。車では20分くらいか。

思い出す祖父というのは母方の祖父。母はパートがあったので、小さい頃は週の半分以上、学校から帰ると姉と一緒に預けられていた。

その頃は祖父との思い出はあまりない。働き者だったので、俺と姉が預けられるとすれ違いで仕事に行ってしまう。あとから聞けば介護施設ボランティアみたいなことをしていたらしい。祖父が出勤前、早めの夕食をとる食卓で、俺と姉が一緒に座って、その日の出来事を喋ったりしていた。たまに仕事のない日には、ご機嫌、というかんじでビールを飲んでいた。この家は小さな商店だったので、好きなジュースを選んで良いぞと言われて、俺たちは普段の食事時には飲めないジュースを喜んで飲んでいた。

もちろん遊んでくれた記憶もある。夏休みクラスでただ一人乗れていなかった自転車の特訓に付き合ってくれた。川で泳いだりとか。姉ちゃんと喧嘩して両成敗でゲンコツとか。

母方の実家、小さな商店をやっている、ややこしいのでA家としよう。

A家に頻繁に預けられたのは小学生の頃で、中学高校と成長するとそういうのは無くなった。

頻繁に預けられたA家は、よくある、たまに帰省するじいちゃんばあちゃんち、になっていった。

祖父はある病気になった。不調を誤魔化しごまかし過ごしていたのが、発覚したというか。A家の家の中は帰省するたび介護向けに変わっていった。母の兄弟、俺の叔父趣味日曜大工だったので、楽しい変化だと思ってた。(おっちゃんスゲー!階段つけ直したの?!みたいなかんじだった)

手すりが付く。急な階段は段数が増える。トイレ洋式になる。手すりが増える。掘りごたつからテーブルになる。布団がベッドになる。自動で昇降するベッドに変わる。喋れなくなったのでナースコールボタンが付けられる。指先で押せなくなったから顔の横にボタン

じいちゃんはどんどん悪くなる。ばあちゃんのやっている介護は、自宅介護でそんなことするんだ、というくらいプロみたいな作業までこなしていく。詳細は省くけど、いま思い返すとあんなことを無給で、かつ無休でやっていたのは驚く。もちろん医者ヘルパーさんが来てはいたけれど。

中学の後半くらいから、俺はデジカメを触るようになって、ホームページを作って風景や花の写真を載せていた。季節ごとにA家に顔を見せる程度の帰省をしていたので、A家の裏の田んぼだとか、家の軒先にあるバラだとか、そういう写真を撮った。本当にきれいだった。通り雨のあとの、雫が付いた葉っぱとか。俺には写真の才能があるんじゃねーのかと、進路相談の時、ニヤニヤを隠しながら担任に見せたら、景色やバラを褒めるので、あ、俺じゃなくて被写体がよく出来てるんだな、と気付けた。(担任も良い趣味だね、とだけ言う程度のレベル

それでも見せれば褒めてくれる祖母にプリントアウトして渡した。次に帰省すると写真立てに入れてあって、寝たきりの祖父が見るテレビ台の横に飾られていた。

正直に言うと、帰省してもすることが何もない田舎の家で、あんなに元気だった祖父が寝たきりの様子を見ていたくなかったから、理由をつけて外を散策するために写真撮影趣味だとしたんだった。そんな写真を、飾っている。申し訳なく思った。

大学に進学して実家を出た。一年に一度か二度、実家帰省するついでにA家にも顔を出す。時々A家ではなく病院だった。

大学二年の頃だったか帰省するとバラがなくなっていた。A家は小さな商店かつ小さな農家でもあったが、家の裏手、裏庭のようなスペースはすっきりとなにも無いような、更地というほどじゃないけど、なにも、なかった。

母に尋ねると、手入れがねぇ、みたいな答えで濁す。そりゃあ、あんなに大変な介護だ。仕方ない。でもどうしても寂しい。友達が知らぬ間に引っ越していた、という感覚が近いかもしれない。A家の周りががらんとして、入院しているため家の中もがらんとしていた。窓の外から見える裏庭みたいな農地の緑がない。小さなぶどう園は支えの柵だけになっていた。姉は俺よりは多く帰省していて、草花を刈った話は聞いていたらしいが、目の当たりにしたのは初めてらしく、ショックを受けていた。というかちょっと泣いていた。俺よりずっと思い入れがあったらしい。その時まで知らなかったが、初孫である姉が生まれた年に植えた木があって、その木までも全部なくなっていたのだ。

それから数年も経たないうちに、祖父が亡くなった。小学生の時、きげんよく晩酌していた祖父に○○ちゃんが大きくなったらこれを飲もうなと言われた。俺は本当に未成年のうちに酒を飲んだりしなかった。でも成人したところで、祖父は寝たきりだったし、普通食べ物すら食べられない状態だった。

葬式が終わって、A家から実家へ帰った。親戚が父と俺と姉を車で送ってくれた。母はA家に留まった。父は禁煙していた煙草を吸いながら、運転手をしてくれた親戚のおばちゃんとコーヒーを飲みながらぽつりぽつり喋っている。姉はその輪の脇で黙って座っている。俺はすぐにでもスーツを脱ぎたかったが、とりあえずその部屋からは出ないでおいた。葬儀のあとの食事?宴会?で、これでもかと酒を飲んだので、半分寝ながら部屋の隅にいた。従兄弟下戸で、その分まで飲んでたからほんとフラフラになりつつも、みんなまだ着替えないから着替えちゃ駄目とかそういう決まりがあんのかなと寝そうになりながら携帯をいじる。

変な葬式だねとか、やっぱり○○だねとか、そういう話から、姉も会話に加わる。

挨拶してたのは導師さまとかいう奴」

「たぶんね、そういう仕組みはよく知らない」

「○○の木を切れって言ったのあいつなんだ」

なにそれ。俺は隅っこで携帯をいじってたけど、思わず声になった。

祖父が寝たきりになってから数年して、仏壇雰囲気が変わった。その頃俺は中学とか高校くらいのガキなんでよく分かってなかった。いまでも詳しくは知りたくない。

有名な、ある宗教だ。この長い思い出ばなしはこの宗教が嫌いだと言うだけの長話だ。たんに俺の好悪の話なので、具体的な名称は伏せる。

経緯は分からないし知りたくないが、浄土真宗だとかのいわゆるよくある宗教から、その宗教に変わったそうだ。祖父が寝たきりになったところにつけ込んだような気がしてしまう。

祖父が患ったのは国の指定を受けるような難病で、そんな夫と共に生きるためには、新たな宗教必要なのかもしれない。それは仕方ない。祖母が生きるためには必要だったはずだ。

その宗教の、導師さまとかい地位の人が、A家に来てくださって、アドバイスをくださったらしい。

伝聞の伝聞くらいのことしか俺は知らないため正確にはどう言ったかからないが、そいつは、A家にある緑が祖父の生命力を奪っていると言った。

から草花を切りなさいとまで言ったかは知らない。じゃあ切らなきゃねと祖母が感じただけかもしれないが、そいつはそんなことを言って、次にA家へ来たのはじいちゃんの葬式の時だけ。

だって風水で西に金色のものを置くと金運アップと聞いたらなんとなく西に金色を置きたくなるし、ラッキーカラーは青ですなんて言われたらメモを取る時のペンを青にしようかななんて思う。ただ俺の機嫌がよくなるだけだ。その程度でいい。

祖父は、ALSだ。筋萎縮性側索硬化症根本を治すような、有効治療確立されていない。指定難病だ。

導師さま曰く、祖父の健康を吸い取っているのは、ぶどうの木や、小さな露地栽培野菜、姉の生まれ年に植えられた木、雨露がかかると一層美しいバラたちだそうだ。

腹が立つというより、呆然、というかんじだった。

A家周辺の景色や、草花の写真がきれいに撮れたから、嬉しかった。ばあちゃんも褒めてくれた。寝たきりのじいちゃんが見るテレビ台の所に飾ってくれた。姉ちゃんが泣いたくらい思い入れのある木。いろいろある。いろいろあった。

祖父が亡くなって一人になった祖母は、田舎の狭いコミュニティの中で孤立したりしなかった。宗教のおかげだ。会合に参加したり、そこのひとたちとバスツアー旅行に行ったり。それだけは、よかったと思う。

それでもあの宗教は、嫌いだ。祖母も草花を刈ることで病気になにか影響すると真に思っていたのではないと思う。俺の撮った写真だけでなくほかの人が撮ってくれたバラの写真も残していたし。本当に病状に関わっていると信じていたら、写真すら残さないと思う。

祖母も亡くなり、何年も前から、このA家にまつわる話をぼんやりと思い返しては、増田にでも書こうかなあと考えていたが書き切れたことはなかった。

五月や六月の、バラがきれいな時期になるとどうしても書いておきたくなった。

あんなにきれいな景色が寝たきりの祖父の生命力で育っていたらロマンチックだ。ファンタジーだ。ふざけんなあり得るか。

先日、姉が結婚した。なにか特別に贈ろうと写真データを見返していたら、姉と同い年のあの木が写った、緑豊かな写真があった。あげたらすんげー喜んで泣くから俺も泣いちゃったよ。

じいちゃんもばあちゃんも大好きだ。病気はどうしようもないし、ばあちゃんの選択は過ちではない。必要だった。生きる上で、大切な指標で、手段なのだろう。

それでも、その選択肢を救済のように与えたあの宗教が、嫌いだ。

俺の好きな景色や思い出を、踏みにじられた。そう思ってしまうから、あの宗教は、どうしても嫌いだ。

2013-10-14

何もない週末の最終日は、近所の用水路チャリンコ散策することにしている。そこで二つの光景出会った。

コスモスのお花畑に佇む家族恋人たち田んぼで炭をくべて野焼きをしているおじいさんらの姿。

お茶でも飲もうと足を止めたその場所はちょうど両者の風景が収まる所だった。

あちらこちらにたなびく白煙。

黄金色田んぼと真っ黒に染まった野焼き跡がモザイク上に並んでいる。

その奥にピンク色の絨毯。

雲に隠れて少し弱々しい光が、それでも燻りがちな風景に輝きを増していた。

田んぼの間を縫うようにして生い茂った白いススキの藪が、目に見えない風になびいた。あれも耕作放棄地……ふと、今の私には手前の野焼きの風景の方が自分には合っている気がした。この煙たい匂いが目に染みて辛い。立ち上がると、身体はすっかり冷え切っていて、帰りしなに買おうと決めたおでんの具材に思いを馳せた。

帰り道、あんなに遠かったコスモス畑は、道に乗ってぐんぐんと近づいていく。子供の嬌声に混じって強い花香りがした。コスモス匂いだ……やっぱり私には野焼きのあの炭の匂いが合ってる。そう、強く思った。

2013-09-05

冷蔵庫に入るのは

そんなに大きな罪じゃないと思う。

でも自分佐々木俊尚さんの意見には全く賛成できない。

あのまとめのコメント欄をながめてもはてブコメントを眺めても全然建設的な議論になってない。

まあこれは程度問題で白か黒かで結論が出る話だとも思わなかったけど、それでも佐々木さんの発言はひどかったとおもう。

「吹聴するのがなんでいけないの?」

「そんな事を気にするくらいならなぜ中国野菜を使った弁当を食べられるの?」

他にもっと悪い事があるからこっちはええやん、という言い方は理性的ではないし反感も招くのは当然。

こういう言い方を変えれば話の流れも少しはかわったのに、と思ってます

実際佐々木さんに否定的な意見をもったひとでも、あのアイスクリームをまちがえて食べたからって健康に影響が出るとか、

そういうふうに考えてる人は少ないと思うし、言いたかったのはそこじゃないと思う。

Togetterコメントでも多かったけど、「俺も昔は悪かった、若いときはみんなそうだろう、通過儀礼じゃないか、なぜ寛容になれないんだ」

的な物言いに反感を抱いた人がいたんじゃないだろうか。

自分もそんな偉そうなことを言えるような倫理的人間じゃないけど、でも能動的に人の迷惑をかけるような行動はしてこなかったつもり。

からといってむかしバカやった人の事を責めてるんじゃなくて、でも過去自分のバカを少しは反省してるようでないとこっちはイラつく、てのが正直なところ。

昔バカやった人が今一丁前の大人になって分別ありげに「こんな息苦しい社会じゃだめだ、寛容さはどこへ行った」ていうのは簡単だけどね、

その「バカ」「ヤンチャ」のかげで汗を流している人のことは忘れたらいけないと思う。

「ウェーイ」て居酒屋で騒いでグラス割ったりこぼしたり駅でゲロ吐いたり、どんだけいい思い出か知らないが、それを陰で片付けてる人は必ずいる。

壁にかかれた落書きのスプレーを必死で消してる人もいるだろう。チャリンコ盗まれて困った思いをしてる人も多いだろう。

佐々木さんの一連のツイートからはそっち方面への想像力が感じられなかったなぁ。

「昨今の倫理を過剰に求めすぎる社会は」とか、悦に入って論じてるひと、言葉だけ聞けばそれは全く正論だけど、倫理規範は厳然としてあるんだよ、

そこをふまえた上ではじめて、「ゆるそうや、固い事いうなよ」、ていう話が出てくるんじゃないの?逸脱する為にはその元となる規範がいると思う。

実際に「社会」を成り立たせてるのは、黙々と道のタバコポイ捨てを拾ってる人とか、理不尽に客に絡まれる駅員さんとか、そういう地道な人の営みなんじゃないの?

そこに目を向けずに「昨今の社会は」とか能書きたれられてる様な気がして、その「寛容」論は、違うやろう。という気になる。

で、そういう人の営みに敬意も何も抱いてないから、ああい写真をアップする輩が出るんでしょう?

彼らは別に冷蔵庫に入る事が主目的じゃないよね、SNSにアップして注目を浴びたい、承認欲求を満たしたいからでしょう?

これは別に今に始まった事じゃなくて、海水浴場監視員の制止を振り切って高い岩場から飛び込む若者とか、ある種普遍的な事ですよね。

そしてそれを自らネット上にあげる。それを見かけた我々がそれに対して「否。」ということがそんなに悪い事だとは思わないんだけど。

時にはそれがすごい数の否定が突きつけられるかもしれない、でもそれが社会的に間違った行為なら、それを指摘するのは間違っているとは、おもえない。

そこで悪い事を悪いと言わない事が寛容さでは、ないと思う。そしてそれは、「その店の関係者でも直接的な客でもないのに言う資格がない」

という話でもないと思う。だって彼らはアイスピザを汚して、客に売りつけようとしてやった行為ではないのだから

もっと普遍的な、人の仕事の、社会の営みの重さを知らずに、いちびり賞賛を得られると思って世に吹聴する、という行為を目の当たりにして、

それは違うと意見表明するのはそのコンビニピザ屋の客であるかどうかは、さして重要ではないのでは?

だってかれらは、SNSを通じて、我々の目に届けてしまったのだから。そして我々もそのコンビニに行かずとも、意見を表明する場を得てしまったのだから

ネットにあげられる前なら、その店の上司が、社内規定をまげて温情で彼らをゆるす、ていうのはあるだろう。

そういうのは今までも、現在もよくある話なんだと思う。それを否定する気は全然ない。

その上司なりが自分責任の範囲におい規範ちょっと逸脱させて部下を許す、そういうのが「寛容さ」ではないのかな。

ただ彼らはいきなりそれをネットにあげてしまって、ローカルな問題をグローバルな問題にしてしまった。

ローカルでは逸脱できる規範も、グローバルではそういう訳にもいかない。規範をすべて壊してしまう訳にはいかないから。

ルーターサブネットマスクを設定するように、身内と世間ルールを使い分ける、こういうタテマエ論が社会規範を守ってきたのではないのかな。

そうなると上司自分責任で彼らをかばう事もできなくなる。

今までは一つの出来事でドミノが一つ倒れるだけだったのが、今では一気に100個も1000個も倒れちゃう時代なんだと思う。

しかもそういう場に自らが投稿しているんだからね。)

佐々木さんは最初ドミノを倒す人の事は放っておいて、末端のドミノに踏ん張れ、倒れるな、って言ってる印象なんだよなあ。

こういう事件があった時、我々はその商品を買う消費者であり、事件を起こした企業の一員であり、同時にネット上の傍観者であり得る。

無責任にならない為には、いろんな立場を考えて行動、発言しないといけないとは思うけど、事件を引き起こした彼らの立場は、いちばん共感し難い位置にあるのは確か。それに対して「俺も若いときは悪かった」てな事で共感はできないし、それができる人間にも共感したくない。

彼らの事をネット上で非難する人達は、決して安全なところから暇つぶしに言ってるんじゃなくて、

消費者としての自分当事者企業の一員になった自分想像するからこそ、否定的な意見が出るんだと思う。

もちろんそれでネットによる過剰な叩きを肯定するわけにはいかないんだけど、でもやっぱり「悪い事は悪い」。

そこに軸足と体重をかけた上で、叩き対策を考えるのが本来の姿なんじゃないかなと思いました。

寛容さや規範からの逸脱が時には必要なのはわかる。でもその為には規範必要

2013-01-25

subaru XV, YAMAHA FZ1 fazer, SPECIALIZEDの安いチャリンコ

ThinkPadノート、オーテクヘッドフォンクソニーテレビ、ダイネーゼのツーリングジャケットパンツナイキ製品各種、オメガのデ・ビル、古い形のGショックバリスティックナイロンの鞄、チョッピリ高めのジーンズアメカジ系のブーツ、後は適当ユニクロなど。車は買ってないけど買う予定。だが実家暮らし。オイラは29歳です。マジで糞です。家では寝るだけでママに御飯作ってもらってる訳じゃないけど、洗濯物は洗ってくれます。週末はツーリング友達フットサルしてます。飲みにも行くけどマジで糞です。パパはテレビ恋人です。あーもう親と一緒にいるのは苦痛だ。金貯まるから実家にいたけどもう限界だ。車は買っても家に放置して必要ときに乗ろう。そして彼女捕まえよう。結婚前提でお付き合いしよう。産業機械メンテナンスして年収は400万です。まぁ・・・大丈夫だろ。(楽観的)出来れば軽くパートしてくれる人がいいな。病気にならないように体だけは気をつけてせっせと働こう。会社倒産したらトラックでも何でもやって働こう。高卒で取り柄もないし体使って行く覚悟生活しよう。もし離職したらメインの仕事が決まるまでパート介護をチョビっとやってみたい。まぁ・・・何とかなるだろ。

それとシムシティ5がやりたい。メッチャやりたい。だけどデカパソコン邪魔臭いパソコンに詳しくない。どうすりゃいいか分からん。家に帰ったら調べよう。

お父さんお母さん僕は旅立ちます。今までありがとう。いやゴメンナサイ。45歳で独身だったら実家にカムバックします。それまで死なないようにしてケロ。課長同じことばっか聞くな。オイラは飲みには行かねーよ。電話してまで聞いてくんな。さすがに笑っちまったぜ。

2012-11-13

無灯火チャリンコ野郎にかなり効果的な嫌がらせをする方法

  1. できるだけ街灯の少ない真っ暗になる道を選ぶ。かつ、無灯火ヤローが多い場所を。
  2. これからの季節寒くて空気乾燥するので、静電気放電するキーチェーン、あれに高輝度LEDライトがついてる奴を買う。
  3. 無灯火のバカが来るのを歩きながら待つ。来なかったらそれはそれで。
  4. バカがいい気でやってきたら、LEDライトちょっと遠くで規則正しくそいつが通り過ぎるまで連続して明滅させる。
  5. バカが通り過ぎたらやめる。
  6. おしまい

バカは自分が無灯火であること、相手を轢くかもしれないという恐怖をやっと認識する。

最近チャリンコでは明滅型のライトも増えたが、あれは周囲を照らすものでなく自分の位置を知らせる程度の役にしか立たない。でも見慣れているだろう。

それを歩行者が使うのを見慣れている人はほぼいないはず。

ターゲットDQNで「ナメトンカコラー」とか言われたら「夜道で暗かったので自分の位置を知らせるために明滅させてただけじゃないですか。ほら最近自転車でやってるでしょ?」と言えば相手は黙る。

だってライトつけなかったせいで他人を轢くことになるのはそいつから

小学生とか高齢者が危ないか蛍光・反射のワッペンとかつけるでしょ。でも、無灯火だったらそれも反射しないか効果ナシ。」ダメ押し

明滅させるのにはもうひとつ意味があって、無灯火ヤローはイヤフォンの音楽携帯いじりに夢中だ。暗い夜道で明滅するものが現れたらそれから注意を奪えるはず。

バカは煽られた怒りとどこにもやり場のない自己嫌悪を抱えてやがてチャリライトを点灯させるだろう。はっはっはザマァみろ。

そんな高くねーんだから電池式で防水のダイナモいらない高照度ライト買えよマジで

でなきゃ自転車乗るな。

2011-10-09

あるやり取り

A「またチャリンコ持ってかれたー」

B「今月何回盗まれてんだよ笑 お前が中学のころ原付窃盗を犯したように被害者の気持ちがわかっただろ(笑)」

A「週1ペースでぱくられてる笑 まだまだ僕たちの全盛期には叶わないね( ̄▽ ̄)」

B「リアル20台以上はパクリましたね笑 20人の被害者の気持ち考えたら自転車二台くらいいいだろ(笑)」

というやりとりを見つけた。

直接リプするのもtogetterとかにまとめるのもなんかアレなんで

まぁ、そういう人が居る程度に

そんなんでも人気者でいい大学入っていい人生が送れるんだから不公平だというルサンチマンも含めて

2010-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20100120193747 

ついったにくそ好きな人できたの俺だが

Twitterやめようかと思っている。理由↓

●土日のTLに好きな子と彼氏つぶやきが無くなる。

●俺が「腹いてぇ下痢った」とかつぶやいてもスルーされる。

●道でモバついってチャリンコに轢かれかけた。

●好きな子はオフ会ぽいの開催するらしくヤイノヤイノしていて腹立つ。俺呼ばれない。

●好きな子は身内とばっか@して腹立つ。話に入れない。

彼氏微妙に良い奴ぽい。ブログ読んだ。

彼氏がいるので話しかけずらいし誘えない。

あと、なんで好きになったか。

●友達がその子を「かわいい」と言っていた。友達はオフ会で会ったことある。

●友達から聞いた感じが良かった。

●話が合いそうな気がするので話してみたい。

●めずらしく下ネタを言わない。

●誰にでもやさしい気がする。

●俺がチャリンコに敷かれた時@してくれた。

つーかもうすぐバレンタインとかで腹立つ。

チョコでなくて糞でもいいからくれ!と言いたい。

2009-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20090612130614

バスがイヤならチャリンコだ!

バスで行ける距離なら大丈夫なはず。

雨の日はガマンね。

2008-12-28

バニラロード

http://anond.hatelabo.jp/20081227001149 を見て思い出したことそのいち。

人によってはみっともないと思うらしいので、そうじゃない人とつるむ時、もしくはソロ時限定にしている冬スタイルについて。

冬はよくニイハオする。袖の端と端を繋げるようにして、温熱密封快適空間を作る。手袋の無い時はもちろん、ある時も。そのまま歩く。

この状態から、片腕だけ袖から外してボディに忍ばせ、腕にょいーんおなかぼいーんコンボに繋げられるところも、利点だし美点だと思う。

そのに。

小学校の頃から、決まりを破っちゃった時に壮絶な罪悪感を食らう性格だった。そして自分の通った小学校は、冬に自転車禁止令が布かれる地域に建っていた。

そんな育ち方をしたもんだから、冬は基本的に自転車に乗れない。今はあったかい地方にいるからタブー気分を抱えつつも乗ることは可能だけど、路面がハードモードになった時のテクニックを小さい頃に全く磨いていなかったため、技術的な側面から冬のテクニカルコースはまるまる駄目になった。

大学にいた頃、秋田とかの比較的やさしめな気候で自転車禁止令の布かれない地方出身の子、もしくは決まりと実益のバランスを小さい頃から見極められていた子なんかが、つーいつーいとチャリ乗りこなして通学する様に憧れを抱いて、自分も冬チャリデビューしてみたんだけど、毎日つるつるすっ転ぶだけじゃなく、交通事故危険性も半端なかったので、ほどなくして徒歩通学に戻った。

なので、冬の自転車、冬の自転車を天真爛漫に乗りこなす人に、羨望のようなものを感じている。あと、スタッドレスタイヤ自転車とか、冬を切り抜けるかっこいい自転車妄想も同時開催される。さあチャリンコカーニバルの幕開けだ。

2008-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20081128212722

つーか、自転車車両なんだから左側走れよ。

俺も趣味チャリンコ乗ってんだけど、逆走してくるやつが居てスゲー迷惑。

そう、お前みたいなヤツのことだよ。

まあ、無灯火はイクナイけどな。

2008-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20080314172112

井の頭公園凄いよねー。

人が多すぎて、小道が人で渋滞

井の頭公園新宿を繋ぐ神田川沿いも桜がきれいだよ。

歩道があるから、チャリンコでのんびり走って楽しむといいよ!

2007-11-18

わたしもプラトニックラブだった

わたしも、同じようなこと言ったことがある。

今では、いい思い出。

わたしの彼は、知らないうちに、わたしの白い自転車ベルをつけてくれたり、自転車の後ろにわたしを積んで10キロも向こうの港まで、チャリンコドライブしてくれたり、とっても優しい人でした。

今では、わたしの中の美しい思い出。

やっぱり、プラトニックっていいよね!!

2007-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20071008170349

短距離走とか短水路の泳ぎだったら目を瞑ってもまっすぐいけるよ。

今はどうかわからないけど・・・

体の左右のバランスが悪いと早く走れないし速く泳げないから、

出力を揃えるんだよ。

だから昔はよく目を瞑って泳いでた。

というかそれができないと屋外長水路の背泳とか泳げないですよ。

コースロープにぶつかってにょろーんって感じ。

チャリンコものれるよん。

・・・あれ、これって特殊な訓練なの?

陸上部とか水泳部だったらみんなできるとおもうんだけど。

2007-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20070608005344

チャリンコ乗ってるときに気合入れられないじゃないか

登り坂でリズム良く立ち漕ぎしながら

ブリブリッ、ブリブリッ」って実が出たら

どんなに速くてもかっこ悪いぜ

2007-01-20

働かねばならない。

・遊んで暮らすようなお金がない。無ければ稼がねばならない

・親の老後もある

家族ニートっちゅーか引きこもりがいる。将来奴の面倒は誰が見るんだか。おれか?おれなのか?

以上のことから働かなければならない。しかし、どんなことをして働きたいのかがわからない。

何で書籍にしか興味が持てないのだろうか。出版業界なんて狭き門じゃないか。

贅沢な悩みであることはわかっているけれども、今後40年間働かねばならないのだから、せめて苦痛ではない仕事に就きたいじゃないか。

頑張らねば頑張らねば。

とか言うことを考えていたら表に出て大声を上げながらチャリンコで爆走したくなった。

通報されたら困るから辞めた。寒いし。スーツだし。

疲れてるのかな。

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