はてなキーワード: 一部の人とは
ここで言及されている各分野とその用語には著しい知識の欠如、誤認等があるでご注意ください。
一般的に書籍は有料であり、貨幣を対価として支払わなければ入手することはできない。
しかし巷には図書館というものが存在し、ほとんどの書籍を無料で一定の期間手に入れることが可能である。
つまり情報をタダで入手することができるというわけだ。
弱者のための社会インフラとしてこのようになっているのだが、根底にあるのは情報は無料であるべきということだ。
それを裏付けるようにインターネットでは多くのものが無料、ロハである。
電子出版など情報を売って対価を得ようとする向きもこのほどはあるようだが、由々しきことである。
ここでいう工業製品とは何かしらの資源を使って造られたもののことであり、資源とは人類にとって限り有る地球資源のことだ。
故に精神活動を原料としいくらでも生産可能な書籍などとは違い無闇やたらと資源を大量使用されては困るのだ。
そこでそういうった粗製濫造を防ぐために導入させた制度が貨幣経済である。
貨幣をバロメーターとすることにで人々の人気が高く必要とされている製品とそうではない不人気、不必要な製品を区別できるようになったのだ。
こうして誰もが欲しがるような素晴らしい製品には資源がより多く消費され、
誰も欲しがることのない欠陥製品には無駄な資源が極力投入されないというように限り有る資源が有効活用されるようになった。
現在のところ資源の完璧なリサイクル方法は見つかっておらず際限なく使用していればいずれ枯渇する危険があるからだ。
この貨幣経済の成り立ちについては世界各地でそれぞれ別個に起こったものなのだが、
これはどのような人類社会にあっても無限には存在しない資源をどのように民意を反映しつつ利用していくかを模索し突き詰めた結果であると考えられる。
このように、貨幣を使用するというのは資源の活用方法についての投票行為なのである。
人と人とが接触することによって無限に生まれる情報やそれを記録する活動に対しては、それらがいくら大量に
生産されたとしても材料となる素材がほぼ無限に存在しているため一向に構わず、貨幣による投票を必要としない、つまり無料であるべきなのだ。
現代の市場では書籍に対して価格が設定されているが、これは紙資源の分配、活用使途への投票であり、中身の情報はタダである。
これはインターネットに記載された情報のほとんどや市井の会話を盗み聞きしてもそこに支払い義務が発生しないことからも容易に理解できるであろう。
他方、スポーツ選手のギャラや弁護士への相談費用、インストラクターへの代金など
明らかに地球資源の活用とはなんの関係性も見出せないような事柄にも貨幣は使用されている、これはなぜだろうか。
現代の政治では多くの民主主義を謳う国家で議会制が導入されている、これは国の意思決定について直接国民が判断を下すのではなく、
国民の投票によって信任を得た一部の人間がいわば代理で国家を運営する制度である。
同様に、経済活動についても現代ではそのほとんどが直接の投票ではなく、自らの票を能力の高い人物、組織に付託し権利を移譲する間接的な投票行為が多くを占めている。
先程のギャラや相談費用などは全てこれに該当するというわけだ。
こうしたように人類社会のなかで相対的に影響力が大きく能力が担保されている人物が多くの投票権を得ることでシステムの信頼性が向上しているといえる。
人ひとりの平等を貫き有用な社会活動を通しての投票権利移譲を認めなかった社会主義では資源の運用指針が実際の需要とは大きく違ったものとなり失敗してしまった。
この社会主義の破綻を見てもわかると思うが発達した貨幣経済では貨幣の役割は限り有る資源の使い道を決めるだけに留まらず人類全体の意思決定にまで及んでいる。
これは統一された価値基準である貨幣が本来可視化の難しい相対的な人間の意志や欲望をうまく数値化し社会的評価などをも内包せしめた複雑な投票活動を可能にしたからである。
人間の意思を矢印に見立てるとそれまでおのおのバラバラの方向を指していたように見えた矢印が
貨幣という媒体を得たことによって大まかにではあるが、複数個の矢印により構成されたグループの指す向きや全体の指し示している方向が見えるようになったのだ。
コメントありがとうございます。一部修正しました。
なんとかはなりますよね。建設的な心配をしながらやっていこうと思います。
ちなみにわかりやすい比較例は、東京で大企業勤務で核家族か、地元で中小企業で働いて子育てとかで親類にサポートしてもらうか、です。
***
来年から東京で就職することが決まった、学生最後のお盆。実家に帰って考えたこと。
この時代、地方(北陸の片田舎)には仕事が無い。いや無くはないが、大学院まで出てやる仕事は非常に少ない。
なにしろ2ch上の地元就職偏差値なるものを見ると1位が県庁なのだ。県庁は大事な仕事ではあるが、あんな閉鎖的・官僚的な仕事は先がない。もちろん就職に関して偏差値などという概念は重要じゃないだろう、見栄でしかない。ただ、見栄というのを否定する人が多いけれど大事なものである、ぼくは人並みに見栄っ張りだ。ほかにも中小の優れた技術を持つメーカーがあっても、大手メーカーの下請けであったりと、鶏口というよりはむしろ牛後に近い。さらに景気も悪い。自分で仕事をできるだけの度胸も能力も資金もない、市場も限られている。
というわけで大半の人間は勤務地が東京か大阪に本社がある会社に就職する。
昨今の就職難を見ていると内定がもらえるというのはとてもありがたいことで、一部の人間を除いて選ぶ余地も少ないし文句を言う筋合いはない。
この時世、大企業でも終身雇用の安定など望めないが、スキルや経験を身につけ、当面食べていくためには大企業はそこそこの選択だと思う。ここは異論がたくさんあると思うが、本稿の趣旨と違うので省略。
さて、東京で就職するとどうなるか、エンジニアの薄給と、東京での高い生活費、教育費により、子育てをするなら共働きが必須だ。転勤については覚悟しているけど、フクザツになるので本稿では踏み込まない。また子育てをしないならば専業主婦を養う意味は薄い。恋愛でいいじゃん。もうひとつ終身雇用が望めない現在、リスクヘッジとしての共働きは重要だとも思っている。
類は友を呼ぶ、という経験則により、僕はおそらく東京生まれ東京育ちの洗練された女性とは結婚できないだろう。印象でしかないが、怖い。引け目を感じる。もし、万が一結婚できるとしたら地方出身の子な気がする。できれば同郷だといいな、とは思うがさして重要ではない。
仮に地元以外が同じ条件の女性がいたら同郷を選ぶというていどの意味。むしろ同郷という縁は話のきっかけになりやすく、つながりやすい、というのはあるだろう。
一度、整理してみる。
ここまでの論理は恣意的なものも多いが、これを一つの前提として扱っていただければ幸いである。
ここで、親戚や地域のコミュニティと無縁の東京で、果たして共働き子育てが可能なのか、という問題が浮かび上がる。
保育園の入園待ち、子どもの世話、特に急病時の対応、急な残業、出張などさまざまな問題がある。そして、聞くところによるとどうやら日本の企業の多くはこうした対応のために職場にフルタイムでいられないことを好ましく思っていないようだ。
私の両親も共働きであり、手間をかけさせた。しかし、たいていの場合は保育園、土日に仕事が入っているときは1kmほど離れたところに住んでいた祖母が預かってくれた。友人宅でご飯をいただくこともあった。血縁・地縁のコミュニティニ育てられたと言ってもいいだろう。
こうした支援を得られずに、共働き核家族で子育てできるのだろうか。見知らぬ街で頼れる人もいず、やっていけるのだろうか。最近は育児支援の草の根NPOや地域の互助コミュニティなども生まれているようだが、いかんせん規模が小さい。
国や企業の問題と言うより日本の文化の問題だと思う。まあ、文句を言うのはたやすいけれど、文化を変えたり、あらがうことはとても難しい。
このままでは子育てや将来に大きな不安を抱えたまま社会人になることになる。社会に出れば視野も広がり解決策も見えてくるかも知れないが、当面の不安を解消したい。
実際にこのような状況に直面している方はどうしているのだろうか。
もしなにか経験談やアイデアがあればぜひシェアして欲しい。そう思って初めて増田に生意気な文章を書いてみた(取らぬ狸の皮算用であり非リアの妄想なのだと思うけれど・・・)。
疑似科学批判とかややこしい専門用語や一部の人しか通じない単語続出でああいうのにだまされやすい科学リテラシーの低い人に余計に通じにくくなってるように思う。
騙される人は科学の知識も論理的思考力も平均以下ということを前提にした運動でないと机上の空論で空回りしそう。
こういうことを言うと「科学教育がたりないから増やせ」みたいな話になるんだろうけど、現状の義務教育レベルの科学知識のない人も少なくないのに教育すれば解決だってのは実効性ないだろうに。
法律とか経済でも同じように「教育が足りないからだ」で済ませようとしてる人がよくいるが、現状の義務教育すら理解できない人は少なくない現実をどうするのかの具体策ないなら意味がない。理解できない人がいるというのをまず出発点にしないと。
こういう人は自然科学も社会科学も全部きっちり理解した上で世の中の人はみんな自分と同様の頭のよさだと思い込んでるのか、自分ができないことを他人に要求してるのかどっちなのか気になるところ。
■http://anond.hatelabo.jp/20100809011728
Permalink | トラックバック(0) | 01:26
■で
昔の「欧米に追いつけ追い越せ」「日本を文化国家に」からずいぶんおちぶれたな。
Permalink | トラックバック(0) | 16:52
■http://anond.hatelabo.jp/20100808160707
おまえばかだな。
公共の福祉じゃないか。
Permalink | トラックバック(0) | 16:14
それでは人権と同じになってしまう。公共の福祉が指示しているものはたんなる日本人全体の欲求であってはいけない。もっと日本人の欲求に反するキチガイみたいな目標をもち、それでもって人権を虐げる必要がある。もともと高度成長期の不必要に難解な入試問題も大学受験競争も経済界も邦楽界も日本人離れした目標による日本人の抑圧だったはず。なのに今ではそういう公共の福祉がないのではないか。
Permalink | トラックバック(0) | 15:43
■http://anond.hatelabo.jp/20100808120540
公共の福祉が消えるかもしれないという未曾有の事態になってるんだな。数十年前までは公共の福祉はあって当たり前だった。しかしここ最近ずっこけて日本が統率者不在のただの集団になった。それを戻すための統治行為論的状態になっている。
Permalink | トラックバック(1) | 12:07
■http://anond.hatelabo.jp/20100808115014
確かに、公共の福祉が特別感をなくしているよな。政府権力者が国民の中に埋没して憲法が想定していない状況が生じている。
Permalink | トラックバック(1) | 12:05
■http://anond.hatelabo.jp/20100808114639
つまり、一心同体の国民がこれで幸せだ、と思える利益の外に、政府権力担当者の利益というのがあって、そいつでもって国民の利益が抑圧されているのが日本だよ。だから学校にせよ何にせよ、国民が「これで幸せになるのに何でそうしないんだ」って場合は、政府が絡んでいるんだよ。そういうことでしか憲法は説明できない。
あと、憲法を説明するには、政府権力担当者というのは国民の支持や意識により生まれたらいけないものであり、国民から分離ないし乖離し、別の利益共同体を形成し、常に国民の利益に相反していないといけない。でないと人権と公共の福祉が混同して憲法が崩壊する。早い話、政府権力担当者的利益共同体は、一般国民の幸福を抑圧する形でこの社会の中に入り込み、領分を確保してなければならないわけ。
そういうふうに、日本人一般の利益が、政府権力者という特別な人間の利益に抑圧され、政府権力者は自己利益だけを追求し、国民を益したらいけないわけだ。しかしここ最近、その構造が感じられなくなってきた。これは一体どういうことなのか。
Permalink | トラックバック(2) | 11:50
■http://anond.hatelabo.jp/20100808114039
だから政府権力担当者の利益と国民の利益は同じじゃいけないんだよ。政府権力担当者には一心同体の日本国民とは別の特別の利益があって、それが公共の福祉になるんだから。
Permalink | トラックバック(1) | 11:43
■http://anond.hatelabo.jp/20100808113024
だから、人権は金になる、と言ってる奴の利益が公共の福祉だろ。つまり公共の福祉というのは政府権力担当者の頭の中の都合だよ。そうであるとすれば、日本国民の中に政府権力担当者という特別な領域を置いて、国民全体とは関係のないそいつらの利益が公共の福祉であると言える。
Permalink | トラックバック(1) | 11:35
■http://anond.hatelabo.jp/20100808111925
だから実質的衡平の原理なんてなくて、人権それ自体が公共の福祉なのではないか。つまり、公益というものを、ここが人権で、ここが公共の福祉と分けられず、人権即公共の福祉になっているから、憲法は説明がつかないだろ。だから公共の福祉ってのは人権とは関係のない別の利益を指していて、その利益に反しない限りで人権が認められるというわけだが、じゃあその利益とは誰のどんな利益なのか。
Permalink | トラックバック(1) | 11:23
■http://anond.hatelabo.jp/20100808105728
つまり人権行使と別の利益が確保されていないといけないわけだが、問題は、その利益も国家行政の活動によりもたらされる以上、実は人権行使と同じじゃないかということ。つまり人権と公共の福祉は結果的に同じ公益になるわけ。その公益の中身を、ここは人権で、ここは公共の福祉というふうには分けられないんだよ。なぜならそれは別のものではなく同じものだから。
Permalink | トラックバック(2) | 11:04
■http://anond.hatelabo.jp/20100808104757
なら公共の福祉とは、国民の人権行使とは関係のない国家や行政の利益ということになるが、国家や行政の構成員も国民であって人権を行使できるんだが。それとも公共の福祉とは、人権行使とは別の、人権行使から結果的に得られる、国家や行政の利益なのだろうか。しかしアメリカで言う公共の福祉とは人権とは別にみんなで共通に実現しようという価値なので、国家や行政の利益でなくて、国家や行政の活動によって得られる、社会一般の人権行使とは別の利益なのではないか。
Permalink | トラックバック(1) | 10:52
■http://anond.hatelabo.jp/20100808103923
その人権相互のバランスをとる公共の福祉とやらはやはり特定の誰かになるのではないか。それは誰なのか。その人が国民であったならば人権論とは矛盾しないのか。その特定の誰かの考え方によって人権が調整されるとすると、その考え方と人権の問題はどうなるのか。
Permalink | トラックバック(1) | 10:42
■http://anond.hatelabo.jp/20100808103209
Permalink | トラックバック(2) | 10:35
■http://anond.hatelabo.jp/20100808102426
国民全員の人権行使による特定の誰かの利益が公共の福祉ということでいいの?それなら別に矛盾ではないが。公共の福祉がみんなの幸せという意味なら、人権行使の状態と一致するから矛盾。
Permalink | トラックバック(2) | 10:29
■http://anond.hatelabo.jp/20100808101319
その弁護士バカだろ。公共の福祉=他人の人権とか説明したらおもいっきり混同してるじゃん。何で「公共の福祉が憲法の最高価値で、人権はそれに適合するように行使しなきゃいけない」という真相を教えないのか?ってかそれ以外に実務を説明できる考えはない。
人権を金に接続して、人権も満足、金も回って満足ってのは同源だから、この最高状態を公共の福祉と呼び、人権がそれに適合的に行使されろってのが12条の意味だろ。
Permalink | トラックバック(3) | 10:16
■http://anond.hatelabo.jp/20100808100617
憲法には人権と公共の福祉が書き分けられているわけだよ。だったらそれに対応する何かが別異のものじゃないとおかしいだろ。しかしお前のいうとおりだと同じものを指示してるとしか思えんわけだが。仮に全ての概念はあいまいな部分を含むとしても、人権と公共の福祉の場合、同一感が強すぎる。
Permalink | トラックバック(1) | 10:08
■http://anond.hatelabo.jp/20100808100251
なら人権イコール公共の福祉になるだろ。おもいっきり矛盾してるわけだが。
Permalink | トラックバック(1) | 10:04
■http://anond.hatelabo.jp/20100808095706
公共の福祉は公益だろ。すると人権行使で金が回るってのは全部同じ公益だろ。だから人権と公共の福祉が同じものを指しているってことで矛盾する。
■http://anond.hatelabo.jp/20100808095235
じゃあそれと公共の福祉の関係はどうなるんだ。お前の言い分だと人権と公共の福祉が混同しているようだが。
Permalink | トラックバック(1) | 09:54
■結論
Permalink | トラックバック(1) | 09:25
■http://anond.hatelabo.jp/20100808091041
金よりも、お前が犯罪をしたときに逮捕して獄に送る警察や裁判所、んでお前にどんな教育を施すかについて権限を持っている中央官庁の権限の方が強大なわけだが。
なんで人権は金より学歴、社会的地位や職務権限で差がついていることを認めないんだ?
Permalink | トラックバック(1) | 09:12
■http://anond.hatelabo.jp/20100808090418
一概に金だけとも言えない。少なくとも世の多くのサラリーマンは学校で16年も勉強漬けにされ、本来の人格と乖離した高級な感情や言語を刷り込まれて虐待を受けている。だから妥協でしょ。だから裁判官とか役人みたいな上級職につけなかった落ちこぼれがやたら金を強調してるんだよ。
Permalink | トラックバック(0) | 09:07
■http://anond.hatelabo.jp/20100808090309
つまり金の論理で人権を制限しているんだろ。人間のクズは死ね。
Permalink | トラックバック(2) | 09:04
■http://anond.hatelabo.jp/20100808090043
Permalink | トラックバック(1) | 09:02
■http://anond.hatelabo.jp/20100808085311
お前みたいな会社員は善良な市民に飯を供給する能力があるから天皇に存在を認められているだけであって、お前みたいな醜い奴が仕事以外の場所で人格を発露することは本来認められていない。天皇からすればお前みたいなサラリーマンは結果を出す能力があるからビルの中に隠れて仕事をしてもらうようになっているわけで、天皇が本当に評価しているのはお前じゃなくて宮崎駿とか学者のように素晴らしい芸術や研究をしている人間なんだよ。
Permalink | トラックバック(1) | 08:54
■http://anond.hatelabo.jp/20100808084349
会社員なんて掃いて捨てるほど居るんだから大きな視点からは人権はないよ。それにお前みたいな発想をしている奴は健全な市民や子供にバッシングされるように仕組まれてるから、地下でゴキブリのように這いずり回るしかない。結局常に評価され、最後に盛大に評価されるのは宮崎駿みたいな天才とか大学の学者とか森毅みたいな教養人だろ。要はゴキブリに人権はないんだよ。
Permalink | トラックバック(1) | 08:49
■http://anond.hatelabo.jp/20100808084006
お前が会社の書類とかで形だけでも最高級の語彙を使わないといけないのは、お前の卑劣な人権を高級な人権が抑圧している証なんだがな。そしてお前は高級な言語の中でいかに卑劣な目的を実現するか熟考を重ねるうちに自己欺瞞の矛盾に埋もれてゆき、歳をとってからNHKの教養番組などにいじめられ、鬱を発症して自殺することになる。つまり悪は働けるときに利用されるだけで利用されて、社会からポイされたら学者や教養人に人生を否定されて不満たらたらのジジイになっていくんだよ。
Permalink | トラックバック(1) | 08:41
■http://anond.hatelabo.jp/20100808083639
Permalink | トラックバック(1) | 08:37
■http://anond.hatelabo.jp/20100808083021
ねーよ。人権の価値は、脳みそ筋肉にして働いているかどうかより、いかに難しい入試問題が解けたか、そして高度な教育を受けて人格が洗練されているかで決まる。お前は日ごろ使用しなければいけない言語を形だけでも最高級なものにすることを強制されて卑劣な人権を虐げられているんだからくやしさで泣き喚けよ。
Permalink | トラックバック(1) | 08:34
■http://anond.hatelabo.jp/20100808082701
人権の価値は正社員かニートかではなくどこの大学に入ったかで決まる。
Permalink | トラックバック(1) | 08:29
■http://anond.hatelabo.jp/20100808080401
人権を金の論理で制限するところが最悪。どうせ世の中なんて金につなげられるかどうかで全てを見ているんだろ。んでしまいには「お前も満足したし政府も金を生めて満足したしハッピーエンドじゃん」とか言うんだろ。要はお前が最悪。人間のクズだな。
Permalink | トラックバック(2) | 08:05
■http://anond.hatelabo.jp/20100808080237
Permalink | トラックバック(1) | 08:03
■http://anond.hatelabo.jp/20100808075947
最低の発想だね。
Permalink | トラックバック(2) | 08:01
■政府の発想
人権は金になる。
萌え豚はアニメやエロゲはかなり受け居られていると思っている。
しかし、それは悲しい誤りである。
実際は、けいおんやハルヒ、ひぐらし等メジャーなものしか受け居られていない。
リーフやキーソフトの名前を出しても、一部の人間しか知らない。
つまり、萌え豚は心が広い一部の人間を見て受けいられたと思っているか、
http://anond.hatelabo.jp/20100803082932
残念だけどそれこそまさに〔アレから身を守るための最も冴えたライフハック〕だよ。つまり「早々と白旗を揚げてケツ巻くって逃げ出す」。
まともに話が通じない相手に一言でも反論したり下手に居場所を残しておくとAmerikanみたいにいつまでも粘着されるぞ。
有村みたいにカーボンナノチューブ製の心臓を持つか村長や越後屋みたいにそういう類の人をウォッチすることを趣味とするのでなければさっさと逃げ出すのが吉だ。そういう意味じゃ件のブログは最良の選択をしたと思うけどね。
あるいはブログもブクマも全て非公開にして限られたごく一部の人間とだけでやっていくか。どちらがいいとか悪いとかじゃなくてAmerikanやarimやkanoseがそういうことをするとは思えないけど。
あいつらのいうように、英語化の流れを推進することが日本の国益になるなんてことはどう考えてもあり得ないわけだが。
日本という環境は英語を学ぶためには最悪な環境であって、実際たいがいの人間はどんだけ苦労したってTOEIC900点レベルにも到達できないわけだろ。それで「英語ができる」なんて言うつもりなんだろうか。TOEICなんて、TOEFLをまともに受けるに値しないレベルの人間の実力を測る試験でしかないわけだが。
正直、「国際英語とはブロークンイングリッシュです(キリッ」とか言ってる奴がどれだけ英語できるのか見てみたいものだよ。まあ「カタカナ発音で何が悪い(キリッ」とかいう意見が賛同を集める時点で聞くのも野暮なわけだがね。少なくとも、ちょっとでも「グローバル」な現場での英語の使われ方を観察していれば、ブロークンしか使えなくてネイティブと対等にやり合えるなんて妄想は絶対に出てこないはずなんだがね。
所詮、こいつら「言語」ってものを舐めすぎだと思うんだよ。お前らのどんだけが日本語でまともに敬語を間違いなく使えるのだと。日本語の言葉づかいで損をしなくなるまでは、他言語でそんなことなんてできるはずがない。日本人でも敬語の使い方に戸惑うのは日本語が非論理的だからでもなんでもなく(つーか言語が「非論理的」って意味不明すぎ)、社交という非常に繊細で高度な状況に対応することが求められるからだ。要するに「ビジネス日本語」はネイティブでも訓練しなければ難しいということだ。そして、英語にも敬語は存在し、文法化されていないだけ余計に難しい(とりあえずwould, could, please使っておけばそれらしくなるという大雑把な原則はあるが)。決まり文句や礼儀作法、本音と建前、そういうものも全部存在する。そういうものが全部日本独自の因習だと思ってる奴は「日本文化の精妙さは世界一」とか言ってるネトウヨ君たちの裏返しでしかない。
そんなことができるのか?できるわけがない。ヨーロッパ人ならまだしも、日本人にはほとんど望みがない。帰国子女か語学オタクかでもない限りな。日本語と英語は言語学的に何の関係もなく、日本は英語圏と歴史的にも地理的にも関係が薄く、そして文化的なコードさえ全く一致していないのだ。何?韓国は英語が得意だから日本にもできるはず?あのねー、移民以外で英語が得意な韓国人なんて見たことないけど?TOEICの点数とかその辺のレベルの低い争いでは日本より上かもしれないが、その程度でしかないよ?
自慢じゃないが、俺はTOEICでは900ぐらい余裕で取れて、論文とかなら英語の読み書きに不自由せず、話す方も得意じゃないとはいえプレゼン程度ならどうにかこなせるよ。周囲からは「英語ペラペラ」とぐらい思われてる。しかしこんなの、ヨーロッパ人の基準で見れば英語力の「中の下」でしかないんだよ?語学に苦労した記憶のない圧倒的大多数のネイティブから見れば「物真似の上手い猿」レベルでしかない。どう考えても「グローバル」でネイティブと対等に喧嘩するのは、のび太がジャイアン百人に喧嘩を売るのと同じぐらい無謀だ。
はっきり言って英語のことを考えると絶望して泣き叫びたくなる。どうしても英語をものにしたければ、仕事の後、英語ネイティブが家族や友人との余暇を楽しんでいる時間に俺は孤独に英語の勉強をするでもしなければ無理だ。それでやっと「類人猿」レベルの英語力にしかならない。だがそんな生活の何が楽しいんだ?お前らの大嫌いな「社畜」ならぬ「英畜」になれというようなものじゃないか。自分で言うのもなんだが子供の頃から一貫して学業優秀だった俺でもこの程度でしかないのに、学歴ルサンチマンを募らせたお前らにいったいどれだけのことができるんだ?できもせんくせにふざけるんじゃないよ。
英語という風車にむかって「撃ちてしやまむ」とかほざいてバンザイ突撃をかけるのは勝手だが、お前らの下らない一億玉砕に巻き込まれたくなんかないんだよ。自爆するなら勝手にやってろってんだ。
どうも悲しいほどに言いたいことが伝わっていない懸念があるので、もう一つ記事を挙げておく。これも俺が書いたものだが、こちらを読むと真意が伝わりやすいかもしれない。
あと、以下は俺が書いたものではないが、俺が言いたいことを俺以上に煽り抜きで的確に表現し、かつ有益な補足をしてくれてくれている人がいるので挙げておく。
酔った勢いで愚痴をぶちまけた記事にすごい勢いでブクマが集まってびっくり。
Akimbo まあそんなに英語にコンプレックス持たなくてもいいだろうと思うが。一点、TOEICは英語圏での日常生活能力を判断する試験、TOEFLは英語圏の大学で講義が受けられるかを判断する試験。どっちが上ということはないよ。 2010/07/31
建前では、ね。TOEICがTOEFLと比べてどれだけ易しいかは受けてみたことがあればわかると思うけど。どちらにしても、TOEICは「読み」「聴き」という受身の能力しか測ってなくて、「書き」「話し」のテストがない時点で信頼性がなさすぎる。本当はTOEFLではなくてケンブリッジ英検とか挙げたかったのだが、知名度がなさ過ぎるのでTOEFLを挙げたまで。
tanakamak ヨタ 自然言語しか念頭にないからこうなる。数式とかも言語の一種と分かっているのかね。 2010/07/31
悪いが「ヨタ」はあんただ。数式とかプログラミング言語とかの人工言語は自然言語に比べてはるかに単純だ(目的が限定されている時点で当たり前だが)。それに自然言語といっても韓国語と英語じゃ英語の方が圧倒的に難しい(日本人にとっては)ことぐらいわかるだろう。そんな低レベルな話をしてるんじゃないんだよ。
JvdW 昨今の英語反対論者はなんで欧米しか見えないのかね?現実的にアジアの人たちと何語でコミュニケーションするつもりなのだろうか。つもりがあれば、基本英語+ローカル語の冗談とか普通に覚えるだろ。頭でっかちが。 2010/07/31
そんな話をしてるんじゃない。日本人はネイティブに太刀打ちできないって話をしてるんだが。それともフィリピン人やシンガポール人やインド人の英語ネイティブ相手なら英語で太刀打ちできるとか思ってんの?おめでたいね。
だいたい、本来アジアの言語でない英語で「アジアの人たち」と意思疎通するっておかしいと思わないの?参考までにEUは加盟国の公用語すべてがEUの公用語。「アジアの人たち」と意思疎通するためには本来そういう枠組みがあってしかるべき。
そんなことは百も承知。そこでなんで共通言語が英語でなければならないか、それでいいと思ってるのかだよ。ラテン語とかならまだしも。
mobanama 英語 "「グローバル」な現場"で何を想定しているんだ?"観察していれば"主張を通す人間は、必ずしも正統的英語使いばかりでないだろ(ブロークンはちと違うと思うが)。「ツール」ばかり見てないで主張の中身を育てろよ。 2010/07/31
じゃあ日本人がそういう場で主張を通せることがあると思うか?日本の経済力に見合ったレベルの頻度でね。そうやって主張を通せる日本人が日本人のなかで例外的な存在でないか?日本人の有能な研究者が国際学会で、プレゼンは原稿棒読みで質問はろくに聞けず答えられずなんてむしろそっちがデフォルトなんですが。それで日本人がどれだけ損してるかわからないし、ちょっと大げさなことを言えばこのあたり、日本人のノーベル賞受賞が欧米に比べて少ないことの一つの遠因ではあるよ。いわんやビジネスをや。
tezawaly 英語ネイティブじゃないヨーロッパ人って、語彙や言い回しが意外にワンパターンで、発音もよく聞くと母国語のアクセント丸出しだったりで日本人と同レベルだと思う 2010/07/31
それが「同レベル」と思えるあなたのおめでたさがうらやましい。あと何度も言うけど、英語においては日本・韓国・中国なまりとドイツ・フランス・イタリアなまりでは後者に比べて前者が聞き苦しいのは否定できないと思うけど?発音という意味でも間違い方という意味でも。相槌のタイミング一つ取っても日本人の言動は思いきり不自然の域を出ることができないよ。バリバリのガラパゴス日本人の俺でもそう感じるのに、権力者たるネイティブはどう感じてると思う?
what_a_dude TOEIC900点はそこそこの努力で続ければ取れるだろ。生活英語漬けでなくても英語ハック駆使しなくても取れたよ。900オーバーのヒエラルキーの上位に入るのはつらいだろうけど。 2010/07/31
だから、少なくとも「900オーバーのヒエラルキーの上位に入る」程度の能力がなけりゃ「グローバル」で喧嘩なんかできないだろって話だよ。
それは「英語なんて簡単だ」っていってるマンセー信者に言ってくれ。英語(支配)なんて嫌いだっていってる俺にそれを求めるのはお門違い。
mori99 増田の英語と欧米への憧憬の強さにたじろいだ。世界には、日本と欧米以外の文化も存在するよ? 2010/07/31
だから?「グローバル」な場で欧米の力がどれだけ強いか考えてそういうこといってるわけ?マナー一つにしても欧米の文化コードが暗黙のうちに強要されてるわけで。憧憬も何も、欧米人と対等に喧嘩できずに「グローバル」なんてあり得ないだろって言ってんだよ。
nuke 妄想 自慢じゃないが、俺はTOEICでは900ぐらい余裕で取れて、論文とかなら英語の読み書きに不自由せず、話す方も得意じゃないとはいえプレゼン程度ならどうにかこなせるよ。ただし日本語に限る。 2010/07/31
それが「妄想」に聞こえる時点であんたは「英語(キリッ」とかいう資格はないということだ。言っとくがその程度のレベルの英語力など本気で全然大したことはないぞ。本文中にも書いたが、ヨーロッパ人基準なら「中の下」程度だ(詳しくは"CEFR"でぐぐれ)。この程度では向こうの高校生のガキにもまるで太刀打ちできないんだよ。それのどこが「妄想」だ?
何の反論になってる?それは明らかに、テニスという場が言語と関係なく明白に優劣がつけられる場であるからというだけのことでしょ。
naotoj この人はTOEICで900点とった嬉しさで中二病にかかったと想像。 2010/07/31CommentsAdd Star
と、英語マンセーのグローバル信者は「不都合な真実」に目を塞ぐのでした。冗談抜きで、TOEIC900がどれだけ低レベルかはもっと認識されるべき。
hakoda-te-kun それじゃ増田の理想は何なのだと聞きたい/増田は外国人からつたない日本語でビジネスの話をされたら、相手にしないのか?/僕は、世界人類の共通語はあった方がいいと思う。今たまたまそれに近いのが英語 2010/07/31
理想は「どの自然言語とも似ていない人工言語」だ。次善の策として、漢文とかラテン語とかの死語、あるいはエスペラントのように「特定の自然言語を基礎にした人工言語」だ。いずれにしても英語ネイティブだけが不当な利益を得られる現状よりはマシなはず。
あと、「つたない日本語」の件は英語と一緒にできない。英語国民(と敢えて言う)のうち、外国人が英語を話しても感謝を覚えるのは残念ながらごく一部に過ぎない。"The Economist"とか"Newsweek"とかその類の一流メディアでさえ、トヨタの社長とか潘基文とか外国人の英語の訛りをくさすようなことを言っている。どう見ても人種差別なんだが、奴らの認識なんてその程度。特にイギリス人はひどい。アメリカ人でさえ発音で差別するんだぜ。いわんや非母語話者をや。
malark スパイにでもなろうとしない限り、そんな高いレベルの英語って求められないんじゃないかな。日本語をしゃべる外国人の事を考えてみればわかる。 2010/07/31
とんでもない!「日本語をしゃべる外国人」の日本語レベルは非常に高いのですよ。そして、日常会話ならともかく仕事で使えるレベルに持ってこられている人なんて漢字文化圏の人以外ではほとんど見たことないですが。
youshow 話の組み立て方が英語的でない。 2010/07/31
そりゃそうでしょう。この記事の言語はまごうかたなく日本語。それとも英語を勉強すれば文章の書き方が英語的になると思っているとか?それはつまり英語が何らかの意味で日本語より優位にあると思っていらっしゃるということですが、一体何を根拠にそんな迷信を?
emuemu_1976 分かりやすいところで、任天堂の岩田社長あたりの英語プレゼンを見るといいんでね? おそらく流暢な英語ではないんだろうが、あれの価値には何の関係もないんだろう。 2010/07/31
そりゃ、岩田社長が「ニンテンドー」の社長だからみんな聞いてくれるだけですよ。どこの有象無象でもない私が同じことをやったって誰も聞いてくれない。そして、「グローバル」な世界では英語で話を聞いてもらえないことには「有象無象」の域を出ることができないと、見事に詰んでるわけです。
ところで、任天堂はグローバル化の数少ない成功例とされているわけで、このことからも英語マンセーの根拠薄弱さは裏付けられるわけです。
いやそれを俺に言われても。「国益」という言葉は明らかに「グローバルマンセー派」の主張の要約として書いたことであって俺の主張ではないわけだが、それが読み取れないか?…と、日本語なら誤読された場合「それはお前の誤読だ」と言い返すこともできるが、英語ならネイティブに誤読された場合反論の余地がないわけだよ。その場にいる誰かの母語を共通語にすることの問題がこれでわかるだろ。
誰が「勉学」を否定したわけだ?もう一度ちゃんと読んで欲しい。俺が反対しているのは、日本人が英語の国際語化を積極的に追認し、そこに飛び込んでいこうという一億玉砕戦略であるに過ぎない。英語圏の文化を楽しむための英語の勉強ならどんどんやったらよい。しかし「英語ができない奴はクビ」みたいな奴は平成の牟田口廉也(ぐぐってね)だと思うということだ。
tetracarbonyl ラテン語から英語にシフトするのに時間がかかった、英語が最先端である限りは隷従しかない。日本語が上流階級の言語になる可能性は皆無だし。教育資本のない日本は育てる余裕ないから英語特攻しかない。 2010/07/31
だからどうして現役のただ一つの自然言語を世界語にするという選択肢しかないのだ?EUの公用語は全加盟国の全公用語だし、国歌(?)はラテン語。国際連盟(第一次大戦後にできた方。国連に非ず)ではエスペラントが作業言語に採用されかけた。中立的な人工言語をつくって採用するという試みはあってよいし、英語非ネイティブが団結すればそれは無理なことではない。現に、ロジバン(ぐぐってね)のようにそういう試みは草の根ではなされつつある。
hiroyuki1983 すでに今グローバルな世界で話されているのは「シングリッシュ」や「ジャパニッシュ」のような英語を元にした人工言語。ネイティブの連中だけがあれを「英語」だと勘違いしてる。今後原形とどめない位変化するよ 2010/08/01
一般の英米人がシングリッシュをどれだけ馬鹿にしてるか知ってからそういうことを言って下さい。東京人が東北弁を馬鹿にするなんてレベルじゃないよ?そして東北人が標準語を身につけるのですらラジオ・テレビなしには難しかったのに(標準語の韻律構造には東北弁にない要素があるから)、日本人が馬鹿にされない英語を身につけるのがどれだけ無理なことかわかるでしょ?
kizuki25 増田, 英語 英語を駆逐するための活動を行っている人のお話。俺なんかは現状を変えるより自分を変えるほうがまだ簡単だと考えてしまうので、こういう活動は無理なんだよな。 2010/08/01
だからなんで「英語マンセー強要反対」を「英語反対」と読み違えるのさ。「天皇万歳強要反対」と「天皇制反対」は似て非なるものであることぐらいわかるでしょ?現状に対応するために英語を仕方なく勉強しつつ英語支配に反対するってのは可能なことだし、俺もそうしてるよ。
r-west ポジティブ信仰蔓延のせいで事態を勘違いしてる人が多い。途上国の物乞いが片言の英語出来たりするじゃん。日本が経済的にあれと同レベルに落ちぶれつつあるって事。不可避の敗退戦術に文句垂れても… 2010/08/02
その認識は誤り。明治時代の日本は絶対的にも相対的にもはるかに現代のそれよりも貧しかったが、高等教育を日本語化することはかなり早い段階でできていた。
steam_heart 作文は英語能力だけでやるもんじゃないからなあ。/みんなにハードルが高い言語なんてナンセンスの極み。ビジネス~は敬語もテンプレなんでテンプレでOK。 2010/08/03
一部の人にだけハードルが低い言語なんで不公平もいいところ。なぜそちらの方がナンセンスでないと考えるのかそのこと自体がナンセンス。あと、テンプレで通用するのはテンプレな用途だけだ。あなたも私も日本語の言葉づかい一つに苦労しないことはないはずだ。いわんや第二言語(外国語)をや。
そんな上司がいる。
社員同士非常に仲がよく、私の入社と同時ぐらいに第1次twitterブームが着たので、若手はすぐにそこでつながっていた。
twitterでの話題は、大学関係者とも関わることが多いので教育的な話から、コードのことであったり、最新インタフェースのことであったり、ネタやプライベートな話まで
まぁ初期ユーザに一番多い使い方をしてきたのだと思う。
一方、その上司は3、4年前から今の会社にやってきた。現在、40代前半。
上司が転職してきた直後は別のチームにいたから全く関わりがなかったが、1年前から新たなプロジェクトとして同じチームに編成された。
前いたチームの同期からの評判もよい人だった。
上司がtwitterを始めたのは、ちょうど1年前くらいのtwitterがメディアでかなり取り上げられてきた時だったので、誰かが上司さんもやってみたらいいじゃないですかーとでも言ったのだろう。
あっさりその上司はtwitterにはまり、職場の人から大学時代同期の研究者だったりをフォローして楽しんでいた。
そうすると、職場でもtwitterの話をするようになっていて、「~さんこの前twitterで言ってたあれどうなったのー?」なんてことを上司が聞いたりしていた。
それまでは職場でtwitterの話題をすることはなく、最初は私も合わせていたが、その上司にかなり気に入られたらしい私は、特にtwitterの話をされることが多く、次第にエスカレートしていった。
随分前に私が会社での飲み会について投稿したことをネタにしてきたりもした。
その飲み会には上司もいたし、投稿をみればなんの話かは分かるだろう。しかしその投稿をした時はまだ上司がtwitterを始める1か月以上前だった。
上司は、あっさりと「君のつぶやき読めるだけ読んだんだよねー」と認めたし
「あれって、"more reading"し続けるとページ重くなって全部は見れないんだねー」とケラケラ笑いながら言うし、その後ももっと前の私の話をネタにして話続けることもしばしばあった。
さらには、別クラスタでフォローしてる子と私のリプライのやり取りの話までしてきた。つまりは私のprofileページをチェックしているということだ。
別に読めるようにしているのだから、昔のを読むことは文句言えなし、読むなとも思わない。
しかしそれはこっそりやってほしい。よりによって本人に告げるな。
webでも現実世界でも同一人物であることは本人も認めているわけだけれど、私はやはりネットとリアルは異なるものと捉えている。ネットという画面を通したものだからこそリアル世界で知り合ってる人とも向き合えることがあると考えている。
今まで、webでのルールなんて意識したことなかったけれど、あぁ実は自分にもwebルールがあるのだとまざまざと実感した。
上司には、私や若手が持つそんなweb概念が全くない人だった。
こんなことがずっと続き、少し私が嫌がっているのも気にせずtwitterの話ばかりされるのが本当につらくなってきたので、上司とは徐々に距離を置くことを決めた。
ネットとリアルの区別がつけられない人だからリムーブしただけで傷つくだろうなと思い、フォローはしたままで、仕事としては全く悪い人ではないので、ただ表面上仲良くし、飲みに誘われても断っていた。
どうやら、その時点で上司はひどく傷ついていたらしい。さらにひどい事が起きた。
その頃私は、プライベートなことで深く悩んでいて、ネガティブな発言が多かったし、誰とも分からないように人を批判する分を投稿していたりした。
できるだけ一般的な話に持ち込むようにはしていたけれど、感情的な部分もあったのかもしれない。
なんと、上司はそういう私の一連の投稿を、自分のことについて書かれたと思ったらしい。
長期休暇などもかぶりしばらくぶりに上司に会う日があった。
廊下で会っても無視するくらいの機嫌の悪さ。
なんだ?と思っていたら上司に個室に呼ばれた。
すると、上司は私のその問題のついーとをプリントしたものを数枚もってて、いきなり目の前のデスクにその用紙を投げ出し「これはないよね」と言い放った。
初めて空いた口が塞がらなかった。
はっきりいって、そんなことを投稿してる間、上司のことは微塵も考えていない。完全にドン引いた。
仕方がないのでその投稿をするに至った経緯まで全て話、関係ないことを主張し、なぜか上司がうなだれていた。
そして私が避けていることが気になったようなので、さらに自分のwebの使い方と上司のwebの使い方の違いを説明し、
ネット上の話をされるのは私はつらいとだけ訴えた。
これが約半年前。
その時上司は分かったとは言っていたが、現在もなにも分かっていない。
落ち込んだ投稿をした時は、一緒にがんばりましょうというDがきた。
つい最近もまた思わず愚痴っぽいきついことを書いてしまったら、
ボクだって努力してるんですというDがきた。
だからお前のことじゃねーよ、親とのことだよ
「だからといって、人がどういう考え方をしていても勝手で、使い方を他人に強制されるようなものではない」と上司は言った。
確かにその通りである。
上司のようなネットの使い方をして、自分が傷ついたんだ!ってことを相手に伝えれば、そっちだってある程度もしくはそれ以上の傷を被る。
相手にそんな傷をつけた時点で、自分の使い方を強制したことになっていることを上司は気がついていない。
それだってその通りである。
でも上司には「受け手側はそれをどう受信したかの責任は自分で持つべき」と言いたい。
私の発言が軽薄な時も確かにあるかもしれないが、鬱ポストを連発するわけでないし、個人を中傷したポストをしているわけでもない。
流そうと思えば流せるものを真に受け止めるのは、その受け手だけで留めてほしい。リアルにまで持ち込み、他者を責めるな。
彼ら彼女らは、どうしてそんな自分が不幸になるような使い方をするのだろう。
ネットでは発信者の状況は分からない。それなのにどうしてそれを真に受け止めて、ネットがつらくなるような使い方をするのだろう。
しかしそういった人達は一定数必ずいる。
結局はtwitterもまた一部の人の利用に留まっていくだろう。
すばらしいツールなだけに、そういった考え方をする人達のせいで広まらなくなるのならなんとも勿体ないことだ。
しかしもっと勿体ないのは、ネット上で実力を発揮している人がそういった人達のせいで姿を消していくことにある。
素晴らしい人がひとり姿を消せば、このweb上の可能性も同時に一つずつ消えていく。
ネットとリアルを区別しない人達による罪というのは実は予想以上に大きい。
今でも上司とのフォロー関係は続いている。恐らく今後も変わらない。
確かにめんどくさくなる時もあるけれど、折角いいツールを見つけ、いい人達とも巡り会えたのに、やめたくはない。
自分がweb界にいつか影響をもたらすとは思いもしないが、確実にそんなやつらよりはいい使い方をできる気はする。
なのでなにがあろうともやめることはない。
【ゆうパック遅配問題】松原聡教授と野村修也教授の解説 http://togetter.com/li/33701
のはてブで
ポジショントークだから意味ないみたいなコメしてる人が何人かいる。
郵政国営化により明らかに起きた失敗という現実を受け止められずに
なんとか反論しようとして「ポジショントーク」というレッテルを貼ろうとしているのだろう。
しかし、この二人の教授のやりとりは郵政民営化に携わった人のある意味「証言」であり
「証言」をポジショントークとレッテルを張って自ら遮断するということは愚かとしか言えない行動だ。
自分は今、イラク戦争前後のアメリカ政府内での暗闘に関する本を読むことにハマっているのだが
ネオコン、伝統的保守派の共和党議員、民主党議員、軍、CIAなど当時の関係者の証言が当然だが山のようにある。
そしてそれこそ全てが「ポジショントーク」だ。
じゃあ全ての「証言」が無意味だと言えるだろうか。
もし無意味だと言う人がいるならただのアホだ。
ポジショントークとレッテルを貼ってその証言を貶め無視しようとするのは
アホと言うか頭が悪いとしか思えない。
はてブでは「ポジショントーク」という言葉を好んで使っている人が結構いるが
自分と異なる思想信条に「ポジショントーク」というレッテルを貼って
今回の件で
二人の教授のやりとりは郵政民営化にたずさわっていたということを考慮しても
非常に説得力のあるものであり、郵政民営化騒動の内幕を語った一つの「証言」である。
それを「ポジショントーク乙www」と切り捨てる無意味さに気づかない一部の人達。
まあ、単に頭が悪いんでしょうね。
http://anond.hatelabo.jp/20100704191701
気にするな。精神が不安定になったときに自殺を謀ったり、自虐行動を取るのは人間の基本的な反応だ。というかごく一部の人間を除けば、ある一定の環境に放り込めば人間は大抵は自殺する。
因みにその先生はちょっとヤバめだ。避けた方が良い。自分の自尊心を守るために回しの人間を貶めるのは半ば人の本能のようなものだ。しかし、大抵の場合そのような行動が自分の利益たり得ないことを20歳前には学習している。私も経験があるが、一杯いっぱいの状態で衝動的な言動を抑える余裕が無いのかも知れない。
今そんなくだらないことをいちいち議論するな。
そもそも国際競争で負けている時点で貧困国になって、首が回らなくなる。
「食わなきゃ食われる」んだ。
考えてみろ。中国人の成金たちが物価の安くなった日本の若い女を買っている姿を。
俺はこんな日本見たくないね。
「食わなきゃ食われる」んだ。
国内での奪い合いはどうでもイイ。海外から奪わなきゃならない。
変えるべきところは教育からだ。
・プログラムを小学校5年生からの教科に入れろ!主要教科にするぐらいの勢いに。数学に混ぜてもいい。
・経営、簿記、複利、株、お金の仕組みの基礎を中学生にも教えろ。これらをまとめて1科目でもいい。
・そのぶん古文や漢文や社会を減らせ。漢文学んでも中国語聴き取れねえから。
・図工での工作はPCの自作も混ぜてみろ。美術はDTPをメインにしろ。もちろん音楽はDTMを。
・基本PCで授業を受けるような流れにしろ。
・普通科高校を減らし、職業訓練校としての高校を増やせ。工業高校に変えてプログラミング高校を増やせ。
・大学は8割いらない。大学で研究をして意味のある人間なんて一部の人しかいない。一般人は無意味だ。
・ホリエモンみたいな若い経営者が明らかに有利になる仕組みを作れ。30代社長だと税金半分とか。極論。
・体の芯から染みついている年功序列の考え。日本人は小さいころから先輩がエライという考えがしみついており、
どの会社に行っても年長者の発言権が大きい。その考えは変えられない。完全に染みついているからね。
じゃあどうするか。焼け石に水だが、まずは敬語をなくすことからはじめる。丁寧語は残すが、年上に対する敬語の
文化を「意図的に」壊す。国の政策としてこれを行う。40年計画だ。
ともあれ、「抜本的」じゃないとダメだ。一度壊さないと、GHQがぶっ壊したみたいに既得権益を全てぶっ壊さないと、
これ以上の発展はできない。
このままだとガチで中国やインドに負ける。いや、もう負けてるが。
30年後の日本人が勝てるよう、今から抜本的に直さないと!今から!
「食わなきゃ食われる」んだ!
http://anond.hatelabo.jp/20100621194920
Firstly let me congratulate your acquisition of a PhD. You have done something that most of us never can.
Considering how successful you are in academia, I believe some people were jealous and picked on your Japanese accents and unsociable sides. I can't blame them, however, to think how daring your feat seemed to them. Let alone receiving a PhD, a good number of us can't even hope to receive a bachelor's degree, not even in our dreams.
And doing so in a foreign country? In a foreign language? That's beyond our imagination.
You have climbed a peak that many others have failed.
If you are still unsure about your sense of humor and accents, maybe you should spend some time traveling and having fun: Normally dry sober days of studying does not improve your communication skills much.
Just have some fun with friends and you will pick up their accents eventually. The rest will be easy.
現実問題として語学の習得に掛かる時間は相当なものでしょうね。
大体人間が普段使う単語数は25k前後と聞きましたが、教養のある人はこれが40K以上になる筈です。一単語につき意味は一つではありませんから、一つの言語の完璧な習得に必要な時間は、莫大なものとなります。
私の体感では、才能のない人が大人成ってから始めれば、フルタイムで8年から12年でしょうか(音楽なんかやってる人は早いみたいですよ。あと話し好きの方)?
英語は確かに必要なんですが、習得に必要とされるリソースの量に対して、リターンが微妙なのは事実です。私は勉強しなかった方ですが、それでも「今まで英語に使ったリソースを全て他の分野に投資出来ていたら、人生ここまで酷く成ってないかなぁ~」と思うことは多々有ります。
一部の人達の間に英語学習を万能薬のように扱う傾向があるようですが、現実に十分な量のリソースを学習に使えない(金銭的、時間的、環境的、或いは精神的理由から)私達の様な人間にとって「英語は勉強しても(自分の英語力が)リターンが発生する閾値に到達しないので、時間とお金の無駄」なんですよね・・・。
子供は6歳前後から[b]ある一定以上の時間、品質の良い英語教育[/b]を施せば、おそらくは違和感なくバイリンガルになるでしょうが、現実には費用と人材の欠如が深刻で、日本でその様な教育を受けられる子供は殆どいません。またそのような教育制度の導入に必要な金額、現在教職についておられる方々の抵抗を考えるに、公立の学校でのサービスの提供は不可能でしょう。
グローバル化に適応するためには英語は確かに絶対必要なんですが、「明らかに習得が(諸々の事情から)出来ないであろう人達に英語学習を勧めるのは国の長期戦略としては正しくでも、短期的には彼らをWORKING POOR ならぬ LEARNING TO BE POORしてしまう可能性は十分あるので、もっと英語学習を勧めるだけではなく、リスクの説明がなされるべきなのかもしれません。