はてなキーワード: 布教とは
長くオタクやってる人は感覚的に理解できる話だと思うけれども、「20代~40台男性オタク向け二次元コンテンツ」は
その転換が直近で起こったので、これまでの歴史や思うところを独断と偏見で書き連ねる。
■本筋に入る前の言い訳
しいて言うならコミケのジャンル別サークル数変動で大まかな変遷は把握できるが、完璧ではないしラグも出る。
というか、そもそもの話をすれば「覇権コンテンツ」や「男性向け二次元オタクコンテンツ」の定義も結局は人それぞれだ。
なのでこの文章を見て「1から100までおっさんオタクの思い込み」と言われても全く反論は出来ない。するつもりもない。
■要約
ここ10年くらいの「覇権コンテンツ」は大体次のように推移している。
2012年頃~2015年頃:アイドルマスターシンデレラガールズ
※2012年~16年頃までは時期を区切って上記のように分類したが、実際にはデレマス・艦これ・ラブライブが
抜きつ抜かれつといった感じで三国志のように覇権争いをしていた。ある意味オタクコンテンツの覇権論が
一番面倒くさかった時期である。
また、ホロライブとウマ娘も同様に便宜上分けて書いたが、どちらかというと共生関係に近い。
■各コンテンツの詳細
「たかがポチポチゲーにウン万円も突っ込むなんて馬鹿のすること」と言って憚らなかったオタクたちをガシャの文明に放り込んだ元凶。
それまで「妙に濃いファンがいる不思議なコンテンツ」程度の知名度であったアイマスの名前を一躍メインストリームに引き上げた。
アイマスの特徴はキャラクターと声優を密接にリンクさせること。この関係は神(キャラクター)とその意思を宿す巫女(声優)にも
例えられ、ファンのコンテンツへの忠誠度を上げる手法として極めて優れている。
今でこそ当たり前に行われているオタク作品のライブイベントにしても、積極的に活用を始めたのはほかならぬアイマスである。
ラブライブやその他のアイドルコンテンツはこの点でアイマスを明確に参考しており、その意味でオタク文化の多様化に一役買っている
ともいえるかもしれない。
2011年のサービス開始以来一貫して高い人気を誇っており、特に2012年頃は間違いなく覇権コンテンツであったが、その後メイン
アプリの交代やアニメを挟みつつ横ばい状態から緩やかに緩やかに衰退していく。後に述べる艦これやラブライブと違い特に明確な
転換点があった訳ではなく、波風を立てず静かにフェードアウトしていった、ある意味幸せな存在。
今ではかつて覇権に君臨したコンテンツであることを知らない人も多く、界隈の片隅で他のアイマスコンテンツと肩を並べて穏やかな
余生を送っている。
デレマス(アイマス)の独壇場だったアイドルコンテンツに風穴を開けたのがラブライブ。実はコンテンツ自体はデレマスより前に存在して
いたのだが、オタク雑誌内の連載企画という地味さもあって知名度は殆どなかった。
潮目が変わったのが2013年のアニメ化。アイドルものと言いつつ中身は完全なスポコンアニメで、かわいい女の子+熱い展開の組合
せがオタクの心を掌握。さらに同じタイミングでスクフェスというラブライブのリズムゲームが大ヒットし覇権に躍り出た。特に若いファンを
中心に絶大な人気を誇ったが、半面その年齢層が災いしたのか同人人気は他の覇権コンテンツに比べてやや弱かったりもする。
ラブライブの真骨頂はライブを中心としたリアルイベント。オタク向けIPとして初めて単独東京ドーム公演を行ったのもラブライブである
ラブライブが覇権から脱落した理由は、簡単に言うと「代替わり」である。ラブライブはプリキュアのように一定期間でコンテンツを代替わり
させる方針があり、初代ラブライブであるμ'sも2016年のファイナルライブで展開を終了。その後Aqours⇒(虹ヶ咲)⇒Liella!⇒蓮ノ空と
代を経るごとに人気が漸減、気が付けば中小コンテンツに足を踏み入れてしまった。特にμ's→Aqours の重要な継承でお互いがお互いを
うっすら嫌悪するブランド間対立が発生してしまったことが致命的だった。いくつかあった基幹となるアプリゲームも相次いでサービス終了し、
今では蓮ノ空を除けは時より思い出したように同窓会イベントをする程度の熱量で運営されている。
2013年に出現したブラウザゲー。リリース直後から爆発的ヒットを成し遂げ、雨後の筍のごとく擬人化コンテンツがオタク界隈に氾濫した原因。
手軽なゲーム性と適度な難易度、個性的なキャラクターなどが話題になったほか、課金を殆ど必要としないゲームデザインが当時氾濫していた
艦これの勢いはユーザー、特に二次創作主導の色が強く、同人界隈の賑わいは他の覇権コンテンツと比べても群を抜いていた。最盛期には
Pixivのランキングが艦これ絵で埋め尽くされたものである。
半面、角川のコンテンツにも関わらずメディアミックスについてはかなり弱めで、ゲーム一点突破の趣があったのは非常に特徴的である。
そんな艦これの勢いに明確なブレーキがかかったのはアニメである。覇権コンテンツが満を持して送る映像化ということで非常に大きな期待を
背負っていたが、蓋を開ければへちょい作画に迫力の無い戦闘、意図不明の演出とストーリー、しまいには最終話で眼鏡キャラの眼鏡を
結局モメンタムを失った艦これが覇権争いの主流に戻ることは二度となく、いつのまにかコンテンツの海に沈み、ひっそりとゲームのイベントを
更新している。
遥か古の時代に覇権コンテンツであったエロゲー「Fate」、その世界観を流用したソシャゲ。サービス開始当初はかゆい所に手が届かない
ゲームシステムや驚異の緊急48時間臨時メンテなど悪い印象が先行していたが、一方でストーリーの評価は高く、かつてFateや月姫に
そして2016年に行われた最終章イベントで大バズり。オタク界隈はFGOの話題一色になり、それまでのコンテンツを置き去りにして
覇権に躍り出た。その後は人気が人気を呼ぶ正のスパイラルに入り、うまい具合にライバルコンテンツが不在だったこともあって長きに
また重課金ソシャゲだけあって収益もすさまじく、最盛期はソニーの決算が好調な理由として名指しされるほどであった(運営会社が
ソニーグループ傘下のため)。
とはいえサービス開始当初に不評だったゲームシステムは中々改善されず、またストーリーについても長く続いて流石にマンネリ化が否めなく
なってきた。結局のところオタク側も同じことの繰り返しに飽きてきたようで、次に述べるVtuberの隆盛とともに覇権の座を譲った。
ことFGOに関しては長期に派遣の座に居すぎたことそのものが衰退の原因かもいれない。とはいえコンテンツ規模の縮小ペースは緩やか
2020年のコロナ禍を境に注目され始めたVtuber事務所。その特徴は何といってもメインとなるコンテンツの中心が「本物の人間」であること。
キャラクターの見た目こそアニメ調であるが、その楽しみ方としては三次元アイドルに近い。というか生身の人間に二次元のガワを被せることで、
三次元アイドルを毛嫌いしていたオタクを三次元アイドルの世界に取り込んだ。アイマスやラブライブのようなキャラクターと中の人のリンクを
究極まで推し進めた姿とも言える。またコンテンツの供給頻度も圧倒的で、全盛期にメンバー全員の配信を追うつもりであったのならば1日
48時間でも足りない。
一方で三次元アイドルコンテンツの長所と共に短所も取り込んでしまっており、例えばファンとの距離感調整の難しさ、メンバー間の人気
格差などひずみも拡大。そういったネガティブイメージも一因となったかは知らないが、ファンベースの拡大も鈍化。比較的最近デビューした
ReGLOSSの明らかな伸び悩みからも伺えるよう、ごく一部のトップメンバーを除けばかつての勢いはなくなった。運営側もそれを見越してか
現在はライブイベントやグッズ販売の拡大など既存ファンから搾り取る方向にシフトしている。その甲斐あってか会社の収益は好調なようだ。
とはいえこれまで獲得したファンの忠誠度は高く、覇権ではなくなったにせよしばらくは一定の存在感を持ち続けるだろう。
デレマス⇒FGOと続くソシャゲ覇権の系譜に連なるアプリゲー。当初は2018年にサービス開始予定だったが、リリースが遅れに遅れた結果
ゲームのサービス開始より先にアニメが放映されるというウルトラQを成し遂げた。
とはいえ元々ファンの多い競馬というコンテンツとパワプロ育成システムは食い合わせが非常によく、またサイゲームスの開発・運営も
(少なくともリリース後しばらくは)非常に丁寧だったこともあって、2021年のリリース直後からあっという間に覇権の座をもぎ取った。
また先述のホロライブとは覇権の期間がかなり被っているが、これは両者が競合関係になく、むしろホロライブのメンバーがウマ娘のプレイ配信
をすることで両者の知名度が上がるWin-Win関係にあったからである。そういう意味でこの時期の覇権は少し判断が難しい。
ちなみにサイゲームスはデレマスの開発も担当しており、それもあってかウマ娘のコンテンツ展開はデレマスと非常に似ている。何なら
ウマ娘が覇権から外れた理由は一つに絞れるわけではなく、対人コンテンツの先鋭化やファンから評価の低いアニメ3期など、少しずつ
熱量が失われていったところで別コンテンツが爆発的に流行ったというところである。
このリストの中では新しいコンテンツでもあり、恐らくFGOやホロライブと同じように暫くは適度な熱量を保ちつつ徐々に縮小していくのだろう。
韓国産のソシャゲ。リリースは2021年であったがウマ娘に話題をかっさらわれた上に不具合が多発し、暫くは早期サービス終了が検討
その後2022年に「プレイ報酬誤計算で一部のユーザのみ大量の報酬を得る」という最悪の不具合を「一部ユーザが得た報酬が霞む
レベルの大量補填を全ユーザにばらまく」というパワープレイで乗り切ったことにより話題になった。この騒動をきっかけとしてブルアカに手を
出したオタクから「シナリオが良い」という評判が出るようになり、ついに2023年頭の最終章イベントで一気に覇権をかっさらった。この
あたりの経緯はFGOに近い。
ブルアカは艦これと同じく二次創作主導型の覇権であり、23冬コミケではジャンル別サークル数でトップ。というかむしろ二次創作人気に
偏重しており、肝心のゲームは最終章イベント以降展開がおとなしいこともあってかセールスランキングがいまいち伸びていない。
学園アイドルマスターが覇権を奪う以前から全体的に熱量が落ちていたのは明白で、そのうえ4月に放送が始まったアニメの出来が正直
あまり良いものでなく、仮に学マスがなかったとしても早晩覇権を明け渡していただろう。
・学園アイドルマスター(学マス)
2024年5月16日にサービスを開始したソシャゲ。まだ始まって一週間のゲームを覇権扱いするのはどうなの、と思うあなたは多分オタク界隈に
住んでいないのだろう。
リリース開始直後からXのTLは学マスの話題で埋まり、かつてナイスネイチャやユウカのイラストを描いていた絵師がこぞって広やことねの
イラストを投下し、「話題になっているからプレイしてみるか」の層が大量に現れ、そしてまたそこから話題が生まれ……というサイクルが物凄い
ゲーム自体はアイマスにウマ娘とSlay the Spireをブレンドした育成ものである。デレマス以降オタク界隈でのアイマスブランド信仰はかなり強く、
「アイマスならとりあえずやってみるか」勢がプレイした結果非常にキャッチ―なキャラクター造形と中毒性の高いゲーム性ですっかり沼に落ち、
そこかしこで話題になった結果が今である。サービス開始から一週間、アプリのゲーム部門セールスランキングでほぼずっと1位に張り付き続け、
完全に勝確ルートに乗った。
もはや問題は「覇権になれるか」でなく「いつまで覇権でいられるか」にシフトしたと言ってよい。とはいえこの手のゲームは運営を間違えると
大量の反転アンチを生む。まさしくそれが理由で覇権から転げ落ちた艦これという例を挙げるまでもなく、今後の動向に注目である。
まずさぁ
「鼻で笑う」の使い方が間違っている。この慣用句はバカにするニュアンスであり「怒り」とも「呆れ」とも異なる。
普段から正しい日本語で生きてる読者であれば、まずこの時点で「こいつの日本語能力大丈夫か?」という懐疑的視点がインストールされる
さらに、「怒り」と「呆れ」の感情はそれほど近くない。女はズルいと怒っている人は同時に呆れたりしない。
当然、だから「鼻で笑」いもしない。恵まれた女に接した時の感情は「憤り」「むかつく」「顔を真っ赤にしてマジレス」とかじゃないか?俺ならそうなるが。
一文が長い!(パァン)
大学に行っても目立つタイプ、拗らせミソジニーを発動する拗らせエリートの同級生男子が、いつの間にかそのまっすぐな人柄にやられて好意を抱いたりする程度にはモテる。
「大学に行っても目立つタイプ、」が誰に掛かっている形容詞なのかわかりづらいため、すらすらと読めずウッと詰まってしまう。
おそらく「同級生男子」を形容したいのだろうが、そこまで同級生男子にフォーカスしたいならまず紹介に1段落使え。
寅子の家には、父が面倒を見ている司法試験合格を目指す書生がいて(アッパークラスのご家庭ならでは)この書生とも「私たち同じ道を進む仲間よね」という異性友達ムーブをぶちかましているが、書生は寅子に片思いである。
突然出てきた書生の紹介がまた長い・・・
と思ったらまた拗らせエリートに話題が移る。そもそも三人称を揺らすな。読者はまだ「同級生=エリート」っていう代名詞の変遷も消化できてねえから。
ナナメ読みしたら、「エリート」と「同級生」と「書生」っていうキャラが3人いるのか、エリートで同級生で書生なのかも不明なわけ。さらに登場人物に次々フォーカス移されたんじゃ目が滑ってわかんねえんだわ
書生の紹介したならしばらく書生にまつわる話だけしろ。
何がそりゃそうだなのかもわかんねぇしよ。
それお前の中でのそりゃそうだだろ。そのお前の価値観べつに普遍的じゃないから。
は~わかりにくい
繰り返すが、これで「文章構成がうますぎる」とか「説明が上手」とか、正気か?
あのさ、読み手の頭ン中を想定してなくて自分視点すぎなんだよね。お前女だろ?これわりと女特有なんだよな。
お前の頭の中では最高面白トレンディドラマがリプレイされてんのかもしれないけどさ、こっちにはリプレイするための録画がないの。まずそれ理解してくれ。
話が時系列すぎだから。頭の中でストーリーを追いながらそれを乱雑に出力してるだけにしか見えん。
だったらあらすじを書けばいいのに、あらすじとしては重要であろう情報を中途半端に省略するからもはや何が言いたいかわからん。
「魅力的である。」どん! じゃねーよ
お前がごくごく個人的に魅力的に感じてるだけだろ
その下の1段落読んでも全然魅力的に感じなかったよ俺は。魅力的であるって言いたいんだったら魅力を書けよ
「恵まれた家庭に生まれて能力もあるスーパーウーマンです。舞台が戦争なので時勢に巻き込まれて色々苦労します。実はモデルとなった女性が実在します。」
はあそうですか、としかならねーのよ。
そのキャラのパーソナリティや、そのドラマの各回のストーリーはもちろんのこと、あるキャラに魅力を感じるための価値観からして根本的にお前と共有してないのよ
お前がどんな人物を魅力的に感じるかをこっちに前提として押し付けてくんの辞めろ
ここで初出の情報
そうですか
ん?来週・・・?あっ、これって「今やってるドラマの紹介」なのかよ!過去作じゃなくて!
で、よく見ると上の方に
とか書いてあんのな
その段落登場人物の情報じゃねーのかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
段落に質の異なる情報を混ぜるな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これまでずっと恵まれていたはずのものをどんどん奪われ不満が溜まっている人たち、「女は狡い」、「現代の女は特権階級だ」と思っている人
いま現在恵まれてない男ってのは、別に産まれてこの方恵まれていた時代なんかねえんだよな
「これまでずっと恵まれていた」って、まあそれはあったのかもしれんけど、時代とか世紀レベルの話でしょそれ。マクロな話じゃん
ミクロな男個人の視点では「昔は享受してた特権をいつのまにか奪われた」みたいな認知はしてないの
「俺の知らない上の世代が勝手に好き放題やったせいで、生まれつき色々なものを剥奪された状態から人生がスタートし、それが今も継続中」なの
だから最初からそうなんだけど、この後もお前の価値観にちょいちょい引っかかるんだよね
まずそれを知ってほしい
無理かな・・・男憎いもんね
フェミニズムドラマくっさーと思った時点で、ドラマとしてよくできてるかとかどうでもよくなるんだよね。拒絶。拒否。無理!Not for me
で、逆にドラマとしてよくできてるかどうかを気にする人なら、フェミニズムドラマくっさーとは思わないでしょ
無価値
節々で感じるんだけど、お前はいったい誰を想定して文章を書いてるんだろうな
ぶっちゃけ「自分と価値観を共にして、別に自分が紹介なんかしなくても魅力を感じてくれるであろう内輪の友達」だろ?
だってお前の紹介を見れば見るほどキモすぎてみる気うせてくるもん
お前の目的が
であれば大失敗してると思う
これはお前がオナニーを公開してるだけ
お前が、自分が気持ち良くなる方法をひたすら熱弁してるだけなんだよ
と本気で思ってるんであれば、まずやるべきはこのオナニーみたいな文章を公開することじゃなくて
「フェミニズム大嫌いな人」がどのような人生や経験を経て大嫌いになったのか考察することなんだよね
妄想で捉えてる
認知が歪んでる
まあ本気では思ってないんだろうな
別にフェミニズム大嫌いな人と仲良くしたい理由とかなさそうだし
kura-2 フェミ好きでもキライでもないけど、これ見て見たいと一ミリも思えないな。まったくもって興味がわかない。アンテナ折れてるのかなー
2024/05/18 リンク yellowyellow
折れてない!折れてないよ!お前のアンテナビンビンだよ!
元々興味ない奴がこれで興味を持つことは絶対にあり得ません。むしろ無理度が増すし、「なんかキモいな・・・」ってちょっと引くくらいが適切
新約聖書でも、信徒を導くロールとして、使徒と並び預言者に言及されてますよね。扱いは軽いですけども。
今はさておき原始キリスト教では信仰・布教活動の一環として預言行為が一定行われていたわけですし、近年でもアッシジのフランチェスコはじめとして神の啓示を受けたとされる人物も複数いるので(バチカンの認定は死後ですけど、生前はそう活動してたわけですし)、西暦600年代前半に活動していたムハンマドが神の啓示を受けたと主張したからといって、新しい宗教を起こそうとしていたことにはならないのではないでしょうか?
今のイスラム教の教義としては、三位一体もキリストの犠牲による原罪からの救いも否定しているわけですから、キリスト教から見たら明らかに異端だし別の宗教なのは明らかですが、ムハンマドが神の啓示を受けたと主張して地域の多神教信仰・偶像崇拝を、「わが神の外に、ヤーヴェの外に、神の外に、神あるなし」と攻撃し始めた経緯がどういうものだったのかな、という疑問です。
自分は友達だと思ってた。もともとは元気な奴で、でも色々無理がたたって鬱になって、何度か連絡が途切れた遠方に住む友人。
気が合うと思ってたし、心から気が許せると私は思ってた。
お互い得意分野で役割分担して何冊か一緒に本を出した。相手が漫画で自分が小説で。フォロワーを比べればなんで私みたいなヤツとって思われてたと思う。でも昔から知ってるし気が合うからってお互い好きになったジャンルを布教し合って本を出した。そこからジャンル内でも色々合って無理がたたったのかまた連絡が途切れた、それが3年前。
本を出す時は大抵合同誌だったから通販の処理を得意な相手に任せて印刷所の入稿や支払い手続きは比較的手の空いていた私がして、利益は完全に折半にしていた。金銭勘定はきちんとしているという信頼関係があったから出来ていた。
だけどその精算は連絡が途切れた事により出来なかった分があった。病気のことも知っていたから連絡をしてもお金の話をする気にはなれなかった。体調を心配していたし、なにより友人にもし何かあったとしてもインターネット上での交流が殆どで、リアルでは数回しか会ったことしかない私には現実世界で何があっても知りようがない。だから根気強く間を開けながらメッセージを送り続けていた。
その時は本当に嬉しくて、生きていた事にただホッとした。それから三ヶ月ほどは前のようにただ普通に話して過ごした。
そこからの私はお金の事を言うに言えなかった。一対一なら気長く待てたかもしれない。けれどお金に関してもう一人関わっている人がいた。
出した本の中の一つに友人とは別にもう一人参加してもらったものがあった。それは合同誌で時間のない中参加してもらったこともあり印刷代を抜いた中から謝礼を払うつもりでいた。けれど連絡が取れなくなっていたことからその話も一旦ストップさせていた。連絡が取れてからもいつ言おうか迷っていた。疲れている友人に言ってもいいのか、どうしようか。それは言ってしまうと関係が変わってしまう事を恐れていたのかもしれない。
前置きが長くなったが結果を言えばお金の話をして連絡が取れなくなった。それが仕事の忙しさなのか、それとも体調なのか今となっては分からない。連絡が返ってこなくなって3ヶ月ほどは連絡先はそのままだったが一昨年の春には電話もSNSも全て消えた。金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったもので印刷代は薄給にはそこそこの金額だったので痛い勉強代だと割り切るしかなかった。
金は帰ってきて欲しいし前みたいに話したいってのは高望みだったのかな。友達は私のことどう思ってたんだろ。
ま、全部今更か。
なんでこの今更こんなものを残そうと思ったかと言えば、友人との楽しかった思い出と痛い勉強代を払った自分を何らかの形に残したかったからだ。未練がましさを吐き出すこところがない上吐き出す場所を間違えれば身バレしそうなためここに残します。未だに思い出に執着する自分をどうにかしたい。
うどんちゃんの食べ方は知らないが、うどんのレシピを布教することはできる。
リュウジのレンチン粉砕花かつお+味の素で出汁をとるうどんは手軽さと味と価格のバランスが優秀。
1分のショート動画 https://www.youtube.com/watch?v=LJuqp4e38Eg
個人的にはうどん解凍後は鍋に入れず丼に出してつゆ注ぐ方式がいい。
つゆ調味後に厚めの斜め切りにしたネギの白い所を入れてほぐし、ほどよい柔らかさになるまで煮るのが俺流(動画のネギは固そう)だが
その時にうどんを一緒に入れちゃうとわけがわからなくなるので。
カツオ粉が気になる場合は、煮出して(ネギなどの具を入れる前に)網でこせばいいが
シロクマ先生のコラムを読んで共感したことと、違和感を感じたこと。結論からいうとタイトルの通りで、自分キラキラは推し活に食われた概念だと思う。今や推し活を稼働させる内蔵のひとつ。
もとのコラムはこれ。
https://blog.tinect.jp/?p=85980
◯ 承認欲求の昔話
このトピックは、さすがに"何者かになりたい"をずっと追っている先生だけあって腑に落ちる。
自分をキラキラと演出すると、それに対して大量の承認が得られて、心理的に満たされる。このキラキラを身に纏うため、2010年代では皆が色んな方法を片っ端から実行した。
この実行フェーズが"自分キラキラ"ブームのピークだったのだと思う。それは華やかなナイトプールかもしれないし、神秘的な絶景の写真かもしれない。プロも顔負けなスーパープレイもあれば、美麗なイラスト制作も人気は高い。コラム内ではインスタグラムにだけ焦点が当たっているが、実際はYouTubeやTwitterも同様で、ツルハシは飛ぶように売れていた。
◯ 推し活が台頭するまで
いろんな方向にキラキラする人が生まれて、「みんな自分の好きな事してイイね!!」みたいな理想郷(あるいはインプレッションのドル箱)をSNS各社は維持したかっただろうけど、実際はそんな貴族は一握りなので虚構と金欠に疲弊した人から脱落していき、祭りは終わった。自分キラキラに疲れた社会は自分の好きなものを輝かせる、オタク的感性を受け入れ始めている。……ここまでが先生の見解だと思っている。普通に違ってたらごめんなさい。
ここで冒頭の話に戻る。
個人的な感覚では、推し活が台頭する理由については頷けるも、「自分が好きなものを輝かせる」オタク的感性とやらはそこまで浸透していないのでは?という違和感がある。確かにコミュニティの一部としては存在するが、それよりも自分をキラキラさせるための手段として推し活は利用されているのではないか。
元祖の自分キラキラブームに無くて推し活にあるもの、それは"絶対的推し"による恩恵じゃないかと思う。それは"推しの為なら"で無限に湧くバイタリティと、推しが世界から引っ張ってくる無数のオーディエンス。そして、バイタリティのあるオーディエンスで構成されるコミュニティ。
まず、"絶対的推し"を応援する活動は、そのすべてがコミュニティから称賛される。ハッキリ言うと承認を得るまでのパフォーマンスが良い。自分が1からフォロワーをこつこつ増やす必要も無ければ、派手な生活を演出する必要もない。お役立ち情報を発信しなくてもいい。ただ推しを応援することが称賛され、自分の内心からも他者からも承認され、心が満たされる。
さらにもっと承認されたかったら、グッズを揃えて祭壇を作ってもいいし、二次創作に励んでもいい。それが推しを盛り上げることにも直結する。推しのライブ情報をまとめると沢山のファンにも感謝される。外部の人に布教して、もっと推しの存在が広まったら万々歳。世界で有名人にはなれなくても、界隈の有名人になるのは容易い。これらのどこかで、自分キラキラはいくらでも見出すことができる。推しへの貢献は自分の名上げとなり、それなりのキラキラになる。
少し話が逸れるが、宇佐見りんの推し、燃ゆで描かれている主人公の推し活はそのあたりの解像度がかなり高い。本人は「各自がそれなりの思惑で推しを推しているし、そこに優劣はない」みたいなスタンスをしているが、ときおり自分キラキラが顔を出す。推しの成りすまし投稿を見破ったファンとして界隈では一目置かれているらしい(自称)とか、解釈ブログを更新するとコメントをくれるオーディエンスが居るけど、ちょっと返信ダルいな……wみたいな顔する。端からみたら「いや、しょーもな」と言いたくなるような小ささかもしれないけど、彼女の心はそれで満たされている。(ちなみに、作中の推しは暴力沙汰や騒動で希求力を失っていく。コミュニティも萎んでいく。)
全てをまとめると、推し活とは"絶対的推し"が寡占できるオーディエンスの可処分◯◯(時間|精神|所得)をコミュニティ内で山分けし、承認を行き渡らせるエコシステムの総称である。
だから推しが絶対的である限り、衰退することはない。推しを推すという大義名分で承認欲求を綺麗に隠しつつも、ちゃっかりコミュニティ内で承認を得られる仕組み、これが推し活の発明ではないかと思う。この原理のもと、自分の承認欲は必ず満たされるはずである。そして、オタク的な利他愛の感情はそこには無い……というのが自身の感触である。
━━━
……そう考えると、「自分の好きなものを輝かせたい」というオタクらしい感性とは、一体何なのか。正直なところ、これは綺麗事に留まり、少数派の域を出ないのではないかと思う。n=1。
(先生が思ってる以上に、みんな自分のことが可愛いし、実は自分を見てほしいと腹の底では思っているはずですよ。)
あとは、推し活が広まると、推される側の席もある程度増えるというのは想像が容易い。自分キラキラ系の一部は過酷な競争を超えた後にこの席に座ったのではないかと思われる。自分キラキラブームの勝者と敗者は、推し活でタッグを組んでいるのかもしれない。この話はもっと詳しい人が居そうだから誰か書いてください。
ゲームクリエイターの阿部広樹さんが(彼の経歴はかなり胡散臭いという噂だがここでは措く)、自著のコラムで、地位や実績が無いせいで挑戦したいときに挑戦する資格を与えられなくて悔しかったという思い出を書いておられた。
(1995年リリースのヴァーチャルボーイが、商売としては失敗するのが最初から明確だったがゲームクリエイターとして作品をリリース=挑戦したいほど面白いプラットフォームだった。しかし、当時の自分は周囲を黙らせる実績もなくゲーム機と心中する決定権のある地位でもなかった悲しい、だから出世したいという内容)
つい先日、やや無名な……と言っては失礼だし業界的には十分上澄みのハズだが、そういうひとりの漫画家先生が逝去なさった。
状況的には自殺であろうと思われる。
思い当たる作家がいる? いや、自殺に至る経緯や理由についてはここでは話題が違うので措いといて欲しい。
先生は己の作品が人気の面で他作品に劣っていることを気に病んでおられた。
当初は気に病んでいるだけだった。……とは言い難い。
最初から特定の他作品を目の敵にして、名前こそボカしつつも明らかな攻撃ツイートしては消すのを繰り返しておられた。
僕はファンのひとりとして、全ツイートを見たし、危ないなと感じた。
(後出しではなく、先生にメンヘラ的な側面が強いことは判っていた。これはファンの多くが肯くだろうと思う)
プロ作家同士のじゃれ合いや冗談では絶対にないと感じてお腹が痛くなった。
あれを放置したらどんな第三者が見ても先生が悪いし断罪される。十中八九、僕の好きな現行の作品は連載を止められてしまうだろう、と。
上述のように精神面に不安定なものを抱えた(Twitterでの会話しかしてなくても判るレベルで難しい)お人なので、あの晩はファンの多くがどうしようどうしようと悩んだことだろう。直截な忠言をしても聞いてくれているようできっと改められない。
作品人気で、先生が目の敵にするあの作品を超えさせて差し上げるしかない。ちょうど漫画作品同士の人気投票が行われていた。あれに「勝て」れば、愚痴ツイートで止まるハズだった(先生がヤラカシたのは投票結果が発表されて以降だったし)。
先生のお作品は幸いなことに編集部のプッシュもあり知名度は高めだったと思うし、インターネット上の感想などを観ても十二分に人気作ではあった、と思う。思うが、件の他作品はもっと受けていた(実際面白い)。
僕は、いや、きっと僕らは、人気投票や宣伝、いわゆる布教を頑張った。
頑張ったけれど、先生のファンを見渡してみてもSNSフォロワー数百の人間ばかり。仮に宣伝ツイートをしても既存のファン同士にしか流れなかった。
いや、解ってる。頭では解ってるよ。それで結果が変わっただろうとは思わないさ。
……何が言いたいんだこの文章は?
日本人であるから、ノアの法を守れば神に認められるらしいです。
私は善悪や知恵には、単なる好き嫌いや相対主義を超えるものがあると考えています。
しかし何が「絶対」であるのかは全くわからないので、歴史的テキストとして聖書を学んでいるのです。
それを学んだことによって布教をするつもりもなければ、○○教徒であると言うつもりもないし、特定の民族に気に入られようと考える気もありません。
まだ学び始めて浅いのですが、これまで読んだのは、創世記、モーセ五書、箴言、コヘレトの言葉です。
実用的側面から、箴言・コヘレトの言葉・そしてヨブ記を読みたいと思ったのです。
なぜ実用的と思うかといえば、歴史的に残された「知恵」が現代に通じるのであれば、普遍的善悪について何かがわかるかもしれないからです。
私は「聖書の教えを守って神に認められよう」と考えているわけでは必ずしもありません。
それを「知恵」と呼ぶのであれば、善悪を判断したり、円滑に生きるために役に立つと言える何かがあると思うわけです。
いくつかの道徳や宗教が陥りがちな「相対主義」についていつも疑問に思います。
相対主義が極端な形になると、「倫理は人それぞれ」などと言い始める可能性があります。
すると、殺人を肯定するような価値観も「人それぞれだ」といって許されるということになりかねません。
善悪について気にしなければならない理由、と言われてもすぐにはピンときませんが、少なくとも悪人にはなりたくないでしょう。
私は自分の遺伝的性格から、倫理的判断が苦手であり、それによって様々なトラブルを経験してきました。
そうすると、何が正しくて何が間違っているのか。それを知りたくて懇願しています。
世の中には、まるで蛇のように曲がったことを言う人たちがいます。
ないです。 いいものなのでみんなに知ってほしいです。