はてなキーワード: セクターとは
うちの兄貴がよくあるIT成金の1人なのだが、この前あったときに「兄貴は寄付とかしないの?」みたいな話をしたときに、日本の金持ちが多額の寄付をしたり金持ち増税を主張したりしない理由がわかった気がしたので、ここに書く。まあ参考例が兄貴とその経営者仲間だけなので、一般論として語るには無理がある気がしないでもないが、参考になれば。
ノブレス・オブリージュとかあるんじゃないの的なことを聞いた返答がこれ。直訳すると「高貴なる者の義務」なんだから、「高貴」じゃないオレとか関係なくない?と。逆に日本で「高貴」なのはどういう人かと聞くと、官僚、政治家、大企業の経営陣、大学教授、医者とかとのこと。ネット企業の社長が「高貴」とかギャグかよ、と。
これ、ワタシ的には凄く腑に落ちた。もちろん普通に考えると「お金持ち」ってのはそれだけで現代に適用したところの「ノブレス」に該当するんだろうけど、確かにネット企業の社長(たとえばGREEとかMixiとかドワンゴとか)が、「ノブレス」かっていうと、本人たちもあまりそう思ってないような気がするし、確かに世間もあんまりそう思ってない気がする。ちなみにうちの兄貴は「オレは金持ってるだけの庶民だ」と言っていた。
まあネット自体がまだまだ世間から少なからず偏見の目で見られてるってのもあるけど、確かに富豪が多い業界:ITとかパチンコとか消費者金融とか健康食品とか、いくらお金を持っていても「ノブレス」とは思われない気がする。逆に医者とか官僚とかは、年収1000万なくてもなんとなく「ノブレス」なイメージあるし。職業の"貴賎"と、収入・資産の乖離。
うちの兄貴とか、ワタシから見れば10億以上も資産持ってて、明らかに「成功者」だと思うんだけど、なんだろう確かにどことなく卑屈なところがある気がする。本人の中の価値観的に、医者や官僚になった同級生とかと比べて"賎"だと思ってるような。だからか知らないけど、寄付したりとか社会貢献とか、自分の仕事だとは思ってないみたい。従業員や取引先を大切にする的なところでの利他的なモラルは結構あるみたいだけど。
アメリカで暮らしたことないんで、アメリカについて詳しく知ってるわけじゃないが、アメリカは価値観が多様すぎるので、共通の価値観としての「貴賎」は収入・資産の多寡がベースになっている的なところがあるらしい。このシステムだと、金持ちの社会貢献意識がすっごく強くなるから、結構うまく回る気がする。ただ逆に、収入は低いけど社会的に必要な職種については、結構モラル的にまずいことになりそうだけど。
ヨーロッパの場合、こっちも詳しく知らないwけど、こっちはそもそもの階級がはっきりしていて、上の方の階級じゃないとそもそも金持ちになれる可能性が低ければ、やっぱり「貴賎」と収入の多寡は一致する。ただこっちはこっちで下の方の階級がやばいことになりそうだけど。
日本は・・・、うーん、どうすりゃいいんだろうね。アメリカみたいに収入の多寡をベースに「貴賎」を再定義すると、やっぱり労働強度の割に収入の低いセクターが崩壊する気がするなあ。ヨーロッパ式は論外だし。「貴賎」はとりあえず無視して、強制的に高税率かけて再分配するって手もあるけど、上述したように、日本の金持ちってそれに耐えられるような自尊心みたいのないと思うんだよなあ。別に日本は高所得者の税金低くないしね(源泉分離以外)。
少なくともうちの兄貴は、税金に関しては「何の罰ゲームだよ」くらいの被害意識持ってるし、積極的に寄付したり多く納税したりとか、絶対やんねーだろーな。まあかといって海外出て稼げるかっつーと、微妙だから、ふてくされて徹底的に節税やりまくって愚痴いいながら、国内に残りそうだけど。
たぶん一番いいのは、収入・資産の多寡に限らず寄付・社会貢献文化をつくることで、庶民でも社会貢献が普通なら、「金持ってる庶民」はもっと貢献すると思うんだよね。これまた伝聞情報だけど、アメリカって共和党のメイン支持層のロウアーミドルあたりの人たちの寄付っぷりハンパないらしいじゃないですか。年収300万とかなのに、毎月5万とか寄付したりするとか。そういう文化があると、「金持ってる庶民」たる大富豪とか、そりゃ兆円単位で寄付するわなって話ですよ。
与党内の締め付けが一応成功したという事だが、締め付けなければならない状態であるという点は、何も変わっていない。公務員労組と民間労組の協同によるデモやストは止まらないし、民意は離れつつある。
緊縮財政と増税による再建が続いている間は、金融支援が続くので、7月中の24億ユーロや8月中の66億ユーロ、あわせて90億ユーロの償還は乗り越えられそうであるが、債務残高の現状維持は、緊縮財政の継続でしかない。
慢性的赤字財政のギリシャにとっては、債務残高を増加させていく以外に、社会保障等を維持することは不可能であり、債務残高が増やせないのであれば、社会保障や公務員の雇用といったコストセクターを削っていくしかない。
必用だからという理由で作っていった制度や増やしていった人員であろうが、その必要性は、投資に対する利益、出費に対する税収増という観点からの考察が無い状態で論じられた必要性であり、やればやるだけ財政赤字が増えて行くという制度や人員であった。
国家が赤字を無視してやらなければならないのは、国防と国内の秩序の維持だけであり、それ以外の事は、経済的な余裕がある場合に行う事であって、その余裕が無い状態であれば、止めていくしかない。なんでもかんでも国家にやらせ、国家に依存するという状態は、自立できない個人主義が、国家という名の家に依存するという失敗状態でしかない。
家制度を否定して個人主義を貫こうとしたら、より大きな国家という名の家に依存するようになったというのは、ギャグにしては情けない話である。しかも、この状態においては、国家に依存している事を誰もが正しい事だと思い込んでしまい、自立した個人であり、他人にとやかく言われる筋合いは無いと、開き直ってしまうという点にある。開き直っているのだから、治しようが無いし、治す必然性を感じていないのである。
慢性的財政赤字の国家に依存している人民が過半数を超えると、多数決では、それをひっくり返せなくなる。民主主義は、国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何ができるかを考え、行動できる個人が過半数を越える状態を維持しなければ、衆愚制に陥る。
国庫から収入を得た人、税金で行われる事業に携わる企業に勤めている人、税金によって補填されている年金を受け取っている人、および、それらの人が世帯主の家族は、選挙権を停止し、被選挙権だけにするというぐらいで、本当は丁度良いのかもしれない。税金を支払い、ナショナルミニマム以外は何も得ていないという国民だけが有権者とならないと、国家に寄生する者が多数派を占めるようになってしまう。
国家社会主義(Nationalsozialistische)を標榜する政党が、熱狂的支持を受けるのは、つまるところ、自分が苦労しなくても他人が苦労してくれるという、被保護者の身分を簡単に手に入れられるという点にある。目先の利益という点では確実であるが、苦労してくれる他人が居なくなった時に、制度そのものが破綻するという欠陥に考えが及ばないという点で、未熟で愚かな選択なのだが、それを自覚していないほど未熟で愚かだから選択してしまうというのが、民主主義が衆愚に陥っている証拠なのかもしれない。
http://anond.hatelabo.jp/20110303234236
確かにネット・ツィッターなどは最新情報の収集にはマッチしているかもね。
「自社マンションについて、ブログや掲示板でどのような評判が立っているのか」
「現在注文住宅を検討している人が、検討過程で自社や他社ハウスメーカーと
どのようなやり取りをしているのか」を毎日数回巡回ウォッチングするのが重要業務となっている。
※結構、注文住宅建てる人は、「家作りブログ」を書いている人が多い。別名「施主ブロガー」
マンション・注文住宅は「BToC取引の中では最高金額」なので、
C側(個人側)も必死になって情報収集している。
たかが数百円~数万円の「ラーメン屋やレストランの評判を調べる」のとは、個人側の必死さが違う。
なので、彼等の言動は、B側も必死になっウォッチングしなきゃいけないし、それもリアルタイムで
情報収集しなければいけないので、そういう情報収集にはツィッターは最適。
でも、調査の仕事からすれば、「ツィッター・ネットだけじゃわからない調査事項」も、結構ある。
非公開情報を探れない、という点でツィッター・ネットに限界があるのは当たり前だが(その場合は聞きに行くしかない)、
意外と「過去の公開情報」をネットで調べるのは限界なんですよね。
先日、地方の某市に不動産の調査に行ったのですが、そこで参考になったのが地元図書館。
「●●小学校 100年史」とか「●●市の歩み 70年」のようなホコリ被ったような資料が、
非常に役に立った。
どうやらエコロジーとかに注目した投信の運用成績が芳しくないらしい。
まあ、2010年は「CO2が温暖化の原因である」という前提自体が崩壊するような事件がいくつもあり、エコロジー自体がなんか胡散臭いイメージを醸し出し始めた年でもあった。それと、きれい事だけで株価は上がらん、ということか。
さて本題。
世の中では「ブラック企業」とやらが幅を利かせていると聞く。ブラック企業とは http://jobranking.sakura.ne.jp/black.htm
・その割に給料が安い、残業代が出ない (年収は30歳で300万円前後)
・入社後の離職率が高い(大量採用、大量退職を繰り返している)
・他人に勧められない。
・体力勝負で数年後にボロボロになってポイ捨てされる
・30歳近くになって給料が上がってくると首を切られる
・会社の諸経費を社員が自腹を切り、会社に請求できない(その額が多い)
・社員を、恐怖感、危機感、不安感で操ろうとする(暴力もあり)
・社員は恐怖心で、自由にモノが言えない、凹ませられてオドオドしている
・恣意的な人事があり、金儲けの為なら、当然クビになる社員の不祥事を揉み消す
・支店長の一声で突然解雇(労働基準法違反)見せしめ解雇、濡れ衣解雇、悲惨な解雇がある
・辞めると決めた社員をノイローゼ寸前までいじめて、精神的な打撃を与えようとする
・辞めた社員の悪口やウソを、残った社員に言う ネットなどで辞めた社員を中傷をする
・「○○に住めなくしてやるぞ!」などの脅し・嫌がらせをすることがある
まあこんな感じなのだが、このブラック企業、いつまで経ってもなくならない。1つは労働基準監督署が怠慢だということもあるのだが、もう1つはブラック企業の方が一般的に利益率が高く(社員から搾取してる分な)、株価が上がる、つまり株主にとって有り難いからだ、ということも挙げられると思う。
で、証券市場からブラック企業に圧力をかけることはできないだろうか、と。
■ 愛称 ■ 黒熊
また、発展系として、
■ 愛称 ■ 黒熊Super
・当該ブラック企業と同一セクターに属する、比較的経営健全性の高い企業の現物株をベースにして、ブラック企業の株を空売りします。
てのも。後者は大ざっぱに説明すると「NTTドコモ株を現物で持って、ソフトバンク株を空売りする」ようなもんだと理解していただければかまわない。
で、これらの投信が好成績を出せるかどうかと言われると、短期的には正直微妙かと思う。
というのは、景気後退時には、短期的にはブラック企業の方が耐性が高いと思われるからだ。
それでも、このような投信がある程度の資金量を集めてまとまった動きをすれば、長い目で見ればブラック企業の株を買うという行為のリスクが上がるため、株式市場を通じてブラック企業群にダメージを与えられたりしないだろうか。
なお、ブラック企業の選定は、目論見書には「消費者参加型サービス等から企業の評判を抽出しネガティブ企業を空売る」などと最もらしいことを書いておくが、ぶっちゃけ2ちゃんの就職板レベルで行うw
国会議員は本来選挙区の代表じゃないんだが・・・憲法読んでくれ。
みんなが言ってることの繰り返しになるが「政治では既に地方に手厚く分配してる」んだよ。
地域格差の元は政治以外の民間セクターの動きのせい。公共セクター以外の部分で生じる格差を公共セクターの働きで是正しようと思ったら、公共セクターの占める割合を今よりずっと大きくして、民間セクターが作る格差を凌駕しなきゃならない。それって共産主義への道なんだが、そういうことでいいのか?
俺は「みんなで貧乏」は厭だが、「共産主義的な経済運営をしなきゃいかん」ということならそれはそれで一つの根拠のある思想だから文句は無いが。
それはそれでいいのだが、であれば、
http://6506.teacup.com/0120320354/bbs
>ホメオパシーは論外だが、有機無農薬農産物もある点これに似ている。
>というと怒られそうだが、英国政府で調べたところ、有機無農薬農産物を
>食べ続けた人と一般(慣行)農産物を食べ続けた人を比較しても、健康に
>違いは見いだせなかったとのこと。
>規模や期間等議論はあり得るが、有機無農薬農産物は健康にいいかと
>聞かれたらどう答えたらいいのだろうか?
>いまだ健康への優位性は見いだせていないとしか言えないということだろう。
>それなら、そんなものを政府が推進するのはホメオパー医療並みと
>いうことにならないか?各位のご感想は?
「無農薬・減農薬農法による高付加価値農業」をイメージしているようだし、
そういう農法でないと海外農作物に対する競争力は確保できないのだろう。
「無農薬農法・減農薬農法での食生活は有意に健康増進する」という
自分が不勉強なのかもしれないが、得られていないのでは、と思う。
(エビデンスご存知の方いれば教えてください)
「無農薬だと健康に『なんとなくよさげ』ですよね~」と吹聴する分には
「無農薬作物を政策として推進する」のであれば、
それは政策説明責任を伴うのではないか?
あるいは「地産地消・フードマイレージ運動」や「食育」なんかも同じ。
素人考えでは「地産地消は環境にも健康にも優しい」と早合点しがちだが、
「下手な地産地消は、かえってエネルギー使用量を増加させる」とし、
「特定地域の食材に偏った食生活は、土壌蓄積重金属などの悪影響を受けるので、
逆に健康を害する恐れがある」と看破している。
要は、農水省の「地産地消」運動は、「地域活性化」という経済対策的側面は兎も角、
「省CO2」「国民の健康増進」という観点では、積極的に進めるべきエビデンスが
乏しいのでは、と思えるのである。
更に、文部科学省までが、その尻馬に乗って「食育」なんて概念を展開している。
これって、「水伝」を道徳教育の場に展開したようなアナクロ感を
感じてしまうのだが。
http://anond.hatelabo.jp/20100811100942
現在、偏差値50~60ぐらいの大学への就職は、若手研究者のキャリアパスの一つになっている。
あと、旧帝大には就職できていないが、あぶれた研究者の就職先でもある。
遊ぶことしか考えていない学生をリリースする、という点では社会的にかなりプラスの効果があるかもしれないけれども、
日本の研究者の「層」を厚くする、という点では大きなマイナスになる可能性が極めて高い。
博士課程を出た人間を、一般企業が活用するというタイプの雇用も、日本はぜんぜんダメダメなので、
大学に雇用されなかった場合の、キャリアプランが非常に考えにくい。
子供というものが投資から嗜好品になって久しい。今は子供に頼らずとも老後が送れる。人生、一寸先は闇だが、蓄えがあればなんとか生活できる。
そこで俺は、蓄えても生きていけない状況が生じればどうなるか考える。
年金を1/100にカットし、医療負担率を増加させた上で、デイケアや老人ホームへの助成を一気に絞る。民間の年金は大幅に規制する。
高齢の生活困窮者が大量発生するが、当然、生活保護は増やさずシーリングを掛ける。安楽死はこれを認めない。自殺した場合は、精神疾患が原因でない限り、自殺税として遺産および墓地や遺骨を含めた遺品の100%を徴収する。
公的セクターの財政が好転することは無論だが、変化はそれだけではない。身寄りのない人間が生きていけない社会では、子供に頼らざるをえない。結婚圧力、養子を含めた子供への圧力はずっと高くなる。なにしろ生きていけないのだから。
子供なしには生きていけない国は第三世界のどこにでもあり、人口を増やすことに大いに成功している。前例もバッチリだ。
極論・暴論であることは疑いない。ここで俺はありうる批判について思いをめぐらす。
政府が投げ捨てた社会保障をだれが負担するかといえば、家庭だ。実質的には子供にのしかかる。低所得層は今まで国が担っていた分を押し付けられ、貧困からの脱出がさらに困難になる。これについては年金と保健の大幅削減によって浮いた金を使うことで再分配可能だ。
一般に高齢になるほど世代内格差が大きくなる。困窮した独身高齢者から制度に殺されていく非情な国だ。だが、政府は独身という生き方を禁止していない。普通の人は生きていけないだけ。
そのくらいやってみろ、そんなに出生率が大事ならな。
何の役に立つのか分からないが、08年の一連の金融危機が日本に与えた影響を中心に、俺が覚えているうちに記録する。
08年夏~秋;
金融危機→信用収縮,株価が暴落(金融機関が流動性選好。企業や個人に金を回さなくなる)。夏~秋にかけて不動産関連がぼっこぼっこ潰れる。「不動産・ゼネコン・マンション 大激震」(経済雑誌特集)。アーバンコーポレーション(8月倒産)など、ただ、冬になると倒産ラッシュは一服する。
08年秋;
高額の耐久消費財の需要が凍結。日本の支柱である自動車セクターが「全滅」(特に高額の大型車・トラックへのインパクトが大。法人・個人に対して”金融がつかない”現象が世界的に発生)。自動車セクターは値下げよりも減産による数量調整で対応(当時のアナリストレポートによると在庫日数は200日を上回り、工場稼働率50%はザラだった)。人員は派遣切りでの雇用量調整。正社員に対しては賃金調整で済ませ雇用は「死守する」(各自動車メーカー首脳)。多くの製造業関係者が「リーマンで潮目が変わった」と表現していたのは興味深い。”潮目”とはいったい何なのか、そして、何によって変動するのか。
08年冬;
・若干遅れて一般消費財へのインパクトが来た。日本経済にとって衝撃が大きかったのは電機セクターである。「総合電機3Q決算が”総崩れ”」「電機全滅」(経済雑誌記事)。最終商品としては、テレビなどAV機器、PCなど情報通信機器の需要が凍結。デバイス関連も、HDD関連(PC)、半導体(家電、自動車)、液晶(テレビ、ナビなど)、それぞれ大打撃。総合電機の全セグメントが大幅な減収減益に陥るというかってない自体になった。自動車と違って、このセクターは数量調整に加えて価格下落も激烈だった。例えばシャープの液晶テレビ・液晶デバイスは暴落し、液晶工場の稼働率は3割ぐらいにまで下がった。
・失業率は、アメリカも日本もそうだが、この時点ではまだ全然織り込まれていなかったが、向こう1年かけて、徐々にあるいは急激に反映されて行く。
・このころになると小売り・外食にも寒風が吹いてくる。平均的な外食店、小売店の既存店は軒並み前年同月比90%という壊滅的な数字を出していた。しかし好調だった業種もある。百貨店で売られる高額商品・サービスに代わって、低価格路線を打ち出す幾つかの企業(ユニクロ、餃子の王将など)の方に波がきたのである。それをマスコミもこぞって取り上げ、消費者の新たな嗜好が醸成された。少し前まで高額なブランドショップに人が集まっていたのが嘘のようだ。時代の空気とはすごいものだ。
この冬には「世界恐慌(経済雑誌特集)」、「100年に一度の危機」とまで危ぶまれ、大混乱の状況の中で、各国の株価は大底をつけた。しかし、各国の金融機関テコ入れや、消費財への景気刺激策が奏功し、こういった悲劇的なワードが鳴りを潜めたってのが09年。財政政策を否定する経済評論家は多いが、現場の実感から言えば、金融危機のショックアブソーバーとしての財政政策は極めて有効だった。もしそれが実施されなかったらと考えると、身の毛もよだつ。
それ以後の話はまた、時間があれば書く予定。
ttp://d.hatena.ne.jp/statsread/20100314/1268571666
スウェーデンはいわゆる「北欧モデル」の代表選手で、高い税率と高福祉を特徴としながら、維持可能な福祉システムと高い経済競争力を持ち、国民の幸福度が高い、と一般的に考えられていて、英米型の対極でありながら成功した経済モデルとして参照されることの多い国です。件の記事は、2006年9月の総選挙の直前に書かれたもので、そのスウェーデンの経済について、そんなに甘い世界ではないという現実を分析しています。
有料の記事なので全部翻訳してしまうとまずいので、ポイントだけかいつまんでおきます。登録無料期間限定のお試し版でも閲覧できるので、興味があれば直接呼んでみることをお勧めします。
2006年第2四半期は、年率2.6%成長
Social Democrats党が過去74年の中で65年間政権に就いている
社会的な不満を背景に、Moderate党を中心とした4党連合が徐々に力をつけている
しかし、Social Democrats党は依然として力を持っている
スウェーデンの経済の黄金期は、1870年〜1950年ごろで、ここ50年間は経済は長期的な停滞に入っている
1970年にはOECDで4番目に豊かな国だったが、1998年には16位に後退した
現在も依然として経済的な強みを持っている
よく管理された、輸出主体の、ハイテク企業
教育の質の高い労働力
女性の労働参加の高さ
英語が広く使われている
コンピューターリテラシのある人が多い
グローバリゼーションが経済に有利に働く
公式の失業率は6%だが、さまざまな施策で人為的に低く抑えられている。以下の人は失業率に含まれない
政府の雇用創出計画に参加している人
早期退職した人
働く意向のある学生
不自然に数の多い長期疾病休暇中の労働者
広く見られる常習的欠勤
真の失業率は15〜17%程度と推定される
1950年以降、民間部門での雇用創出はゼロ
企業規模の上位50社のうち、1970年以降に創業した企業はたった1社
自営業者の比率は、OECDの中で最低
公式の最低賃金はないが、労働組合の力で事実上の最低賃金がある
労働契約は、一時的雇用やパートタイムを嫌う労働組合によってほぼ決められる
公的セクターの雇用は、全雇用の30%を占める(ドイツの2倍)
公的セクターの生産性は、OECDの中で最低というヨーロッパ中央銀行の調査がある
Social Democrats党は、競争政策、公的サービスの民営化、規制緩和に消極的
歴史的には、経済が自由で税が低かったときにスウェーデンの経済は繁栄していた
「北欧モデル」というのはどこか1国の経済のことではなく、さまざまな国のいいところをつなぎ合わせたものにすぎない
読んでいる内、一体どこの国のことをいっているのだろう(笑)と思ったのですが、日本も失われた20年どころか、失われた50年という道を進んでいくと、こういう未来が待っているのかもしれません。
気がついたら、アフリカがあつい。一時、アフリカに滞在していた身としてはどうにもスルーできない言説が多いので、ここに少し考えを。
アフリカの問題はとても複雑でシビアです。特に日本人にはよくわからないことだらけ。国際協力関連で3年ぐらい彼の地で生活をしていましたが結局よくわからないまま、未だに理解できないことも多いです。知らないことに関しては口を出さない方が良いと思うのだけど、やはり生活していた土地に愛着もあり、この思いを伝えたいとも思ったので、長文になりますが興味のある方には読んで戴きたいです。
まず、ちきりんさんのこのエントリーは読んでいて悲しくなりました。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100207
よくわからないけどただこれだけはわかった、といって再植民地化が良いのじゃないかなあ、なんて暴力的すぎるんじゃないかな。アフリカの開発支援に関わった人がもしこのエントリーを読んだら、多くの人は悲しみや怒りを感じたりするのではないかと思いました。
そしてこのエントリ。
アフリカ大陸在住中 : http://anond.hatelabo.jp/20100209065146
この方は西アフリカ方面にいらっしゃるのかな?そう思ったのもヨーロッパという言葉がとても多く出てきたからだけなのですが、宗主国を限定されないようそういっただけなのかもしれません。自分がいた南部アフリカとは違う感じもありますが、通じるところもとてもあります。とても共感できました。
増田さんも仰ってますがアフリカと一言で言っても国や地域によって気候も言語も文化も種族も宗教も政治も経済も何もかもが異なります。この点については日本人感覚からは最も離れている、アフリカの現実の一つだと思います。アフリカ大陸の国や人々を一括りでアフリカと呼ぶことは、私たちが一括りでアジア扱いされるのと同じくらい乱暴なことかもしれません。私が関わっていた国には民族が2,3しかない国もあれば、100近くある国もありました。後者には公用語だけで10近い言語あり、同じ村にいるのに部族が違い、間に翻訳できる人が立たないと話し合いがスムーズに進まない場面に出会うこともあり、外部の人間としては国と呼ぶのも躊躇してしまうくらいでした。
そうした彼らですが、欧米先進国や日本、そして中国に対する考えや感情は一筋縄ではいかないとても複雑なものを持っていると思います。というのも、彼らの多くはこんな風に思っているように感じたからです。今現在生活できているのは多くがODAなどの開発援助や外国資本のサービスや製造品のおかげだ、だけどそのせいで国の一部の権力者や有力者が私腹を肥やしているのを知っている、でも彼らは独立の英雄だ彼らはすばらしい、だけど自分たちが貧しいまま生活しなければいけない、だから、おまえら外国人がもっとカネやモノを俺たちにくれればいいんじゃね。
そして、こちらのエントリーについてです。
「発展」と「アフリカ」 : http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20100208/p1
難しいこともいろいろいわれていて、よくわからない点もありますが、結論はおおむね賛同いたしました。
自分もそうですが、本当に私たち日本人はアフリカの問題についてよくわかっていないと思います。アフリカ大陸の歴史背景や今おかれている政治力学、そして国際開発・援助ビジネス。当然それらのことは今の私たちにとって無関心な事柄でしょう。しかしそれは同時に多くのアフリカの人々にとっても、理解しがたいものであるようにも思えます。
私は某セクターで日本などからODAで落ちてきたお金を有効に活用するため、現地組織に入り込んで様々なプログラムの支援を技術的に行っていました。多くの貧しい人たちとも関わってきましたが、現地のプログラムコーディネーターやその上司のマネージャーやディレクターなどとも関わってきました。彼らの中で政府組織に属しているぐらいの立場の人は多くが代々の権力者であったり、裕福でコネがあったりとった特権階級に近い人たちでした。ただ単に政治家的にその地位にいる人もいれば、本当に優秀で頭の回転も速く常識もあり、その地域と国の未来を考えて行動している人もいました。しかし彼らと話し一様に驚き残念に思ったのは、そうした人を動かす立場と責任にある人でさえ、まずお金が外国から貰えることが当然だと考えていることでした。そして、その支援国や団体のいうなりのままだということでした。しかしそのことについて、支援する側の人間が彼らを非難できないとも思いました。
例えば、その地域の人たちに有効にサービスを提供するためどうしたらよいか、現地スタッフは様々な議論や調整をして企画を立てます。しかし、支援者はその支援理由や報告責任やさまざまな政治性やビジネスなどが関わって、現地スタッフの企画をそのまま受け入れることができないケースが多々あります。そしてその支援団体がそのような活動にお金をだせないといったらそこで支援は打ち切りです。サービスを提供できないだけでありません。彼らの給料さえなくなってしまいます。なので現地スタッフは当然いわれるがままになります。そういうことが何十年と続くうちに、自発的に地域や住民のことを考えて意見を押し通すような気概のなるエリートは段々少なくなってゆくでしょう。どうしても「支援する・される」という一方的な力関係が開発支援には生まれてしまい、現地の人々の自助努力が生まれがたい土壌になっていることは否定できないと思います。
そういう反省を含め開発支援業界自体も、「持続性」というキーワードの下、非支援国の自発的な活動を助長するような支援ができるよう工夫し続けています。しかし、持続性が形成されるためには社会の様々なセクターが有機的に関係し合いよい影響を与えあう必要がありますが、実際そうした広い視野を持って支援することはとても難しいのが現状です。例えば、田舎に学校を建てるということは、その地位の子供に教育を施すだけではなく、同時に教育者を育成するということでもあり、教育教材を作るということでもあり、教育そのものの内容を作るということでもあります。しかし、そのような広い視野での支援体制を長い時間をかけてじっくり進めるプロジェクトが始まったとして、果たして成功するのでしょうか。教育という国の根幹に関わるようなことに対して、じっくりと腰を据えて政治的にも経済的にも向き合っていける支援者が存在するでしょうか。私の想像する限りでは、存在するようには思えません。
まず、ODAなどは税金ですし、NPOやNGO、企業であっても、支援する側はその活動内容をきちんと報告しなければなりませんし、成果と結果が必要になってきます。なのであまりに大規模な支援はその先行きが読めない分、そのようなプロジェクト自体成立しがたいでしょう。また、以前に比べればあからさまではなくなってきましたが、支援側も多かれ少なかれ見返りというか利益を計算して支援しているところがあります。ODAであっても、その国の開発支援団体にその予算の一部が当然ゆきますし、都市インフラであれば自国に関わる土建屋や製造関係へお金が落ちるようになっていたり、保健セクターであれば薬剤などを通して自国の製薬会社にお金が回るでしょう。また被支援国の資源に関わる利権を求めるケースもあるでしょう。また専門分野の人材開発や研究などもそうした特殊地域でなければできないことも多々あると思います。そうした開発支援にかかわる政治性やビジネスがあっての支援でもありますので、あまりに大規模な支援はマネージメントしづらいので、やはり成立しにくいでしょう。
結局、アフリカの人々はそうした先進国の支援に振り回され続けているというのが現状なのではないでしょうか。なぜ今、自分たちが支援を受けているかといえば、かつて植民地化され支配された代償だというでしょう。代償なのだから貰って当たり前、求めて当たり前です。今まで奪う立場だったものが、与える立場になっただけ。今まで奪われる立場だった者が与えられる立場になっただけ。なのに、貰うばかり、ほしがるばかりで働かない、自発的に国が機能しないと責められても、自分たちが作った国でもないのになぜそんなことをいわれればいけないのか、彼らにはよくわからないのではないでしょうか。そもそも独立したときに勝ち取った国は彼らにとって必要なものだったのでしょうか。そしていま、代償として先進国のカネやモノをうけとっていますが、実際彼らは何を失ったのでしょうか。そしてそれは私たちが代償として払わなければいけないモノなのでしょうか。正直わからないことだらけです。アフリカの様々な地域の人々のそれぞれがそれぞれに、様々なことを思っているというのが現状なのではないかと今は思っています。
先日、島田紳助さんが司会をする番組で外務省を辞めNGOをたちあげ、スーダンへ渡り、現地で医療を施している川原さんという方が紹介されました。島田紳助さんのボランティアや支援に対する熱い思いが放送され続ける中、川原さんが二つとても心に残ることを仰いました。一つは治療などを現地の人にしても必ずお金を取ること。二つ目は正直むかつくことも多いけど、ここには小さいけれど未来を照らす明るさのようなものがあるということ。曖昧ですが、そのようなことだったと記憶しています。
長く紛争の続いたスーダンは未だに危険な地域と聞いています。そのようなとても限界度の高い地域にいても、医療サービスに対してきちんとお金を取るという根本的なことをやり続けることはとても大変だと思います。しかし、支援という名の下にモノとカネを垂れ流すことの無意味さ空しさを理解しているからだと思いますし、現地の人ひとりひとりと対等に向き合っているからだと思いました。払う払うといって逃げ続ける人、借金を踏み倒す人、そんな人もたくさんいるかもしれません。それでも、川原さんがそんな人々に未来を見いだしてしまうのは、なぜでしょうか。アフリカに限らず、東南アジアや太平洋州、南米などの貧しく何もないけど、ただただ自然はある、というような土地で暮らしたことがあるような方なら、具体的に思うところは違うかもしれませんが、この川原さんの言葉のいわんとするところはどこかわかるのではないでしょうか。
わたしの場合は、どんどん閉塞してゆく日本での生活を突き破り得るモノをアフリカで感じました。素朴さやふてぶてしさや狡賢さ、モノやお金や歴史なんてなくても何とかなるさ、生きていけるさ、死んだら死んだで悲しいけど仕方ないさと本気で思わせてしまう力。そうしたものを彼らから学びました。日本というか、先進国のフレームの内部でそんな意見をきいても単に痛い発言にしか聞こえないでしょう。でも仕方ないです。そう思ってしまったのだから。
最後にここまで読んで戴いた方に感謝します。そして、ここに述べたこともまた一増田の偏った意見でしかないと思ってください。まだまだ考慮しなければならない事や、語られなければならない事はたくさんあると思います。私が見てきたものもアフリカの一面でしかありません。そして結局のところ、世界がアフリカをアフリカという大きなフレームで見ている限りこの問題はどうにもならないと思います。なので、すこしでも彼の地に対する理解を深めてほしいと思い、自分の経験をこうして書きました。しかしやはり、狭い業界、特定されるのを避けるため、時や場所を明示せずに増田で語ったことを許してください。
アフリカでは今急激にインターネットインフラが整いつつあります。といってもまだまだISDNレベルの速度でも速いほうだし、利用できる人はアフリカ全体ではまだ1割もいないかもしれませんが、それでも彼ら自身の言葉がブログやソーシャルメディアを通して、彼ら自身の手によってどんどん世界に発信されていってます。私たちがインターネットを介して意識や社会が様々に変化していったように、彼らのそうした言葉を通してまた私たちと彼らの関係や、彼ら自身が変わってゆけば良いなと思うのはあまりに楽観的でしょうか。
http://anond.hatelabo.jp/20100119124726
挙げられた論文のうち、Cumings(1984)を少し読んでみたのですが、疑問が出てきましたので匿名ダイアリーに書かせていただきました。
英語があまり得意ではないこともあり、読み間違いなども多いかと思いますが、遠慮なく指摘していただけると幸いです。
本題。元増田さん(こういう言い方でいいんでしたっけ?)の主な主張は、
日本の韓国統治が善政だったかどうかはともかく、「その植民地政策が、他の帝国主義国家の政策とは明らかに異なる、有益なものであった」ことについては、学者の間である程度のコンセンサスがある
とのことですが、例として挙げられているCumingsの文章を読んでみても、そのようなことが書いてあるようには読み取れませんでした。
(一応の確認ですが、この元増田さんの主張って「日本の植民地主義が他の帝国主義国家のそれよりも、被支配者にとって有益であった」ってことですよね?)
Professor Eto remarks that Japan's vices were no different than those of European colonists. This may be true, but its virtues were quite different. There was no legitimizing myth that the Japanese could make stick. They were not good tutors to teach their subjects how to achieve the goal of independence, as at least some Filipinos thought was true of American colonialism. They were not good exemplars of liberal democracy, as at least some thought that the British were in India. The virtues that the Japanese shared were hard to justify philosophically, but easy to adopt practically: military success, the uses of a strong state, rapid economic development, modern industrial structure. Thus Koreans greeted liberation in 1945 with a profound rejection of Japanese colonialism, yet have never been able to rid themselves of its Janus-faced influence.
(元増田さんの訳)
エトウ教授は日本の悪徳はヨーロッパの植民者のそれと何ら変わるところがなかった、と述べている。それは正しいのかもしれないが、一方でその美徳はヨーロッパ人のそれとは全く異なっていた。日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。少なくとも何人かのフィリピン人は、アメリカの植民地主義は独立というゴールへと至るための良き教師であると信じていたが、日本は良き教師ではなかった。少なくとも幾人かはイギリスはインドにとって自由民主主義の良き模範であったと信じているが、日本は良き模範でもなかった。日本がもたらした美徳の数々は、倫理的には(philosophically)正当化するのは難しいが、実際的には(practically)容易に受け入れられるものだ:軍事的成功、強力な国権の運用、急速な経済発展、そして近代的な工業セクター。それゆえ、1945年に韓国人達は日本の植民地主義に対する全面的な拒絶を唱えて解放を謳歌したが、その一方で日本がもたらした様々な影響からは抜け出すことが出来ないという、二律背反に直面することになったのである。
1) ここでCumingsが書いているのは、「日本のviceはヨーロッパの帝国主義国家と似ている(かもしれない)けど、virtueは全然似ていないよ」程度のことであって、「日本の植民地主義がヨーロッパのそれよりも有益であった」なんてことは言っていないように思われます。
2) で、virtue=美徳ですが、一般的には「あのひとは勤勉だ/勇敢だ」のように、人間が持つ性質や姿勢のことを指すと思います。
"The virtues that the Japanese shared"を元増田さんは「軍事的な成功、急速な経済発展などの、日本がもたらした美徳の数々」と訳して、日本が朝鮮半島にいいことをした!と主張されていると思うのですが、実際はこれ「軍事的な成功、急速な経済発展といった、日本人が持っていた優れた点」ぐらいの意味じゃないでしょうか。
(「日本が朝鮮に軍事的成功をもたらした」って、なんか変ですよね?)
つまりこの部分は、「戦後の韓国・北朝鮮が日本のやり方(富国強兵・殖産興業・国家権力の強化)を『隠れた』ロールモデル=お手本とした/せざるをえなかった」と読むべきではないでしょうか。
あと、もう一つ。
3) 論文冒頭(479ページ)でCumingsは、
「アメリカが朝鮮半島に深く関わるようになって長い時間(日本の侵略期間と同じくらい)が経つのに、自由選挙・自由民主主義・基本的人権の尊重といったことが根付かないのは、日本の侵略の影響がいまだ継続している、つまり、日本の侵略の影響が、大戦後の韓国・北朝鮮の両国家をさまざまな方法で形作っていったからなのだ」
http://d.hatena.ne.jp/dondoko9876/20100118/1263799034
「日本の韓国統治は善政か否か」問題で久しぶりに面白いエントリーを読んだ。正直、日本の韓国統治は悪だ、という議論は感情論ばかりが横行するので辟易していたのだが、こういう数字に基づいたエントリーが出てくるとちゃんと議論になる。実際、コメント欄でも、すれ違いはあるものの真っ当な議論になっているように思う。
でもさ、『ちゃんと学術的に認められた歴史書を読み直されるよう、お勧めいたします。』って書くならさ、もう一歩踏み込んでもいいと思うんだ。学問の主戦場たる英語の論文の数々に。ここ20年間、様々な定性定量分析が積み重ねられてるのに、それを無視するなんて余りにももったいない。
結局、日本も韓国もこの件ではバリバリの当事者な訳で、どうしたって中立的な議論は出来ない。純粋に学術的に中立的な議論をしても、その裏の政治的思惑を勘ぐられるのがオチだ。なら、第三者たる欧米の、それも世界最高峰の大学で教鞭を執る学者の議論を参照することは決して無意味な事じゃないはずだ。
それに、10年前と違って、我々はほぼ自由にこれらの議論にアクセスできる。Google Scholarで”Japan Korea colonization”を検索してみるだけでいい。10回くらいクリックすれば議論の形はある程度つかめてしまう。いい時代になったもんだ。
で、2時間ほど仕事をさぼって論文を流し読みした結論。それは、
ということ。ついでに言うと、欧米の開発経済学者と何度か話した時も、この結論をある種自明のように語っていたので、現在でもこのコンセンサスは有効であるように思う。私自身は門外漢なので断言は出来ないが。
日本の植民地政策の総論として、大体平均的な見解になっているのは、Bluce Cumings(シカゴ大教授)の以下の下りだと思う。
エトウ教授は日本の悪徳はヨーロッパの植民者のそれと何ら変わるところがなかった、と述べている。それは正しいのかもしれないが、一方でその美徳はヨーロッパ人のそれとは全く異なっていた。日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。少なくとも何人かのフィリピン人は、アメリカの植民地主義は独立というゴールへと至るための良き教師であると信じていたが、日本は良き教師ではなかった。少なくとも幾人かはイギリスはインドにとって自由民主主義の良き模範であったと信じているが、日本は良き模範でもなかった。日本がもたらした美徳の数々は、倫理的には(philosophically)正当化するのは難しいが、実際的には(practically)容易に受け入れられるものだ:軍事的成功、強力な国権の運用、急速な経済発展、そして近代的な工業セクター。それゆえ、1945年に韓国人達は日本の植民地主義に対する全面的な拒絶を唱えて解放を謳歌したが、その一方で日本がもたらした様々な影響からは抜け出すことが出来ないという、二律背反に直面することになったのである。
ちなみに、このCumings教授は北朝鮮よりの言動が過ぎると批判を受けているくらいであって(英語のWikipedia参照)、決して日本よりのスタンスを取っているわけではない。むしろ、日本の植民地政策は朝鮮が政治的に分断される一因となったと書いている(人となりの雰囲気はこの辺りのブログで分かるかもしれない。http://d.hatena.ne.jp/uedaryo/20090208/1234060826)。それでもなお、36年間の日本の経済政策については、むしろ肯定的な言及が多い。日本の植民地政策についての興味深い言及もあるので、興味のある人は以下のリンクを読んでみると良いだろう。英語は平易なので、特に苦労なく読めるはずだ。
B. Cumings (1984), “The legacy of Japanese colonialism in Korea”, RH Myers and MR Peattie eds., The Japanese Colonial Empire: 1895-1945, Princeton UP.
http://brightrising.com/pdf211/week10/Bruce%20Cumings%20%27The%20Legacy%20of%20Japanese%20Colonialism%20in%20Korea%27%20-The%20Japanese%20Colonial%20Empire-%20p.%20478-496.pdf
似たような議論としては、
LG Reynolds (1983), “The Spread of Economic Growth to the Third World: 1850-1980”, Journal of Economic Literature.
G-W Shin (1998), “Agrarian Conflict and the origins of Korean Capitalism”, American Journal of Sociology.
CJ Eckert (1991), Offspring of Empire, U of Washington Press
などがまとまっている(最後のは読んでないが)ので、興味のある人は参照して欲しい。Google scholarで検索すれば他にも沢山出てくる。個人的にはReynoldsが俯瞰的にまとめていて良いと思う(アクセス権がないと入手が困難だが)。
さて、ここからが本題だ。欧米の碩学達はなぜ「日本の植民地政策は有益であった」と結論づけたのだろう。正直、上のリンクを読みやがれの一言で済ませてしまっても良いのだが、一連の議論がある程度まとまっている論文を見つけたので、以下で抄訳してみたい。プリンストン大学のAtul Kohli教授の論文なのだが、まず彼は94年に「日本の植民地政策は、戦後の韓国の経済発展に重要な貢献を成した」という論文を発表したのだが、これにS. Haggard(UCサンディエゴ校)、D.Kang(ダートマスカレッジ)、C-I Moon(延世大学)の3人が「いやいや日本の影響なんてたいしたことないから」という反論論文(以下HKM)を寄稿した。これに対して更に「いや、君たちの言うことはおかしい」という再反論をKohliが行った、という流れになっている。この最後の再反論の論文が短くまとまっていて論点も明確なので、これを取り上げてみることにしよう。
HKMではKohli論文に対して4点の反論を試みている。まず、日本統治下での韓国の経済成長と、終戦後の韓国の経済成長とを過大評価しているという点。『私の原論文では、主によく知られたS-C Suh (1978)のデータに基づいて、植民地時代の米の生産量は年率2%相当の伸びを示しており、その相当量が土地1単位辺りの収量の増加によると議論している。生産性の向上は、日本政府による計画的な灌漑、品種改良と肥料の使用を反映したものだ。
日本の行動が利己的なものであって、多くの韓国人はこれらの植民政策の恩恵を受けていなかったという不快な事実に関係なく、安定的で近代的な農業生産の成長は植民地主義の歴史の中でほぼ無類の成果であった。この経験は韓国を他のアジア諸国(除日台)から一線を画す存在にした。そして、この経験はその後の韓国の経済成長へ貢献する一要素となったことは間違いない。』
HKMはこれに反論を試みているが、『HKM自身が提示した資料によれば、1911年から38年までの植民下の韓国の農業成長は3.17%増加しており、私の提示した数字よりも更に高い。』Dehliはなぜ彼らはこの事実をちゃんと議論しないのかと指摘した上で、もう少し細かい議論をしている。さらに他の研究を引いて、Myers and Yamada (1984)は1920年から40年までの農業生産の伸びを年率1.15%、S-C Suh (1978)は穀物生産が25年間で45%、米は30年間で100%増加したと推計しており、『これらのデータを前にして、植民政策下の韓国の農業生産と米の生産が植民経済の基準から言ってかなりの増加を示したことを誰が疑うのだろうか?』と問うている。
『より重要なのは、これらの、特に米の生産の成長の源泉は何かと言うことだ。Suh (1978)とMyers and Yamada (1984)の双方が、この時期に耕地の大幅な拡大や、農業への労働者の大量投入は見られないと指摘している。これらが強く示唆するのは生産性の向上である。HKMは生産性の向上はあくまで緩やかなものに過ぎなかったと主張するが、30年間で60%もの生産性の向上(Suh, 1978)を緩やかと表現するのは不可能だ。籾付米の栽培パターンの変化は韓国農業に“生物学的革命”が起こったことを示している:品種改良された種籾を使用する水田は倍に増え、肥料の投入量は10倍になり、灌漑された農地は年率10%近いスピードで拡大し続けた(Suh, 1978, Myers and Yamada, 1894, Ishikawa, 1967)。
これらの改善は明治時代の農地革命の日本から韓国への計画的な普及の成果(Suh, 1978, Myers and Yamada, 1984)であった。日本の植民地政府の韓国農業改革の努力によって、“近代的な農業革命が開始され”、日本や台湾と同様に、“これはアジアにおける近代農業改革の端緒となったと言って良いだろう”(Myers and Yamada, 1984)。更に、他の研究者達が指摘するように、この革命は終戦後も引き続き行われた。これでもなお、「ユニークな植民地の運営は大戦後の韓国の経済発展への足がかりとなった」ことを否定することが出来るのだろうか?』
日本の工業政策の影響については、『HKMは3つの伝統的な-そしてあまり説得的ではない-理由から反論している。曰く、工業部門は殆ど日本人が所有していた。曰く、その殆どは北朝鮮に位置していて韓国の経済発展には関係ない。曰く、どちらにせよ、朝鮮戦争であらかた破壊されたので関係ない。
日本人への所有権の集中という最初のポイントは説得的とは言えない。韓国の1965年以降の経済成長においても、企業の所有権はかなり集中していた。こっちは問題ではないとでも?日本の資本について言えば、「外国資本ニ支配サレタ工業化ハ真ノ工業化トハ言エナイ」的な議論は、既に説得力を失って久しい。第2に、工業資本が朝鮮戦争で破壊されたという点は私が原論文で指摘済みの点である。繰り返すが、当時の工業資本の約半数は南朝鮮にあったのである。さらに、南朝鮮にあったのは繊維工場のような軽工業資本であって、北の重工業に比べて輸出産業としては離陸しやすかったはずである。』
Kohliは、更に反論として、脱植民地運動と朝鮮戦争の破壊からの急速な回復は、韓国人が近代工業を運営した経験があったからこそであること、(2) 工業資本が戦争で破壊されたのは事実としても、知識は消え去らないこと、近年のRomer (1993)などの内省的成長理論においても知識の重要性が強調されていること、などから、日本の植民地時代の「正の遺産」は韓国の経済発展に寄与したとしている。
政治プロセスの話をしているのだが、「てめーの読み違いだよ」という話なので省略。
『主にEckert (1991)の重要な著作に依って、私は原論文で日本の植民地主義が韓国で資本主義が孵化するためのフレームワークを構築した、と論じた。』『HKMはEckertはある特定の例しか研究しておらず、日本の植民地政策の影響がなかったとしても、韓国固有の資本主義がいずれ芽生えたはずだ、と主張している。』
これに対する反論として、Kohliは3点の反論を挙げている。(1) Eckert (1991)の“韓国の資本主義は日本の統治の下で、日本の公式な承認(official Japanese blessing)をもって花開いた”という議論は依然として受け入れられており、仮に例証の少なさが問題だとしても、多くの研究者がいくつもの例証を発見しつつある(例えば、Ho Su Yolの研究によれば、韓国の企業家の数と、韓国人所有の企業の規模は、1930年代に共に増加している。(2) 歴史にifはありません。 (3) 『確かに、植民政府は利己的な動機で動いていた。確かに、多くの企業は日本人に所有されていた。しかしそれでも、その政府で、企業で、多くの韓国人が働いていた。そして、その過程で日本式の資本主義はゆっくりと、しかし確実に韓国に根付いていった。更に言えば、多くの韓国人起業家がそのビジネスをスタートさせたのはこの時期なのだ (Eckert, 1991)。確かに、有力な財閥企業の多くは大戦後に設立されている。しかし、資本主義というのはある日突然芽生えるものではない。多くの財閥企業(現代、三星、Lucky Starなど)の創業者達が最初に事業を興したのは植民地時代なのである。』
最後に、日本政府による朝鮮人労働者の使役の問題について。『私は原論文で、韓国での日本人は、きわめて抑圧的でそして日本自身のそれによく似た労使関係の構築に寄与した、と主張した。マネージャー達は若い韓国人を雇い、OJTを施し、愛社精神を植え付け、とんでもない長時間労働を要求し、そして国家権力を後ろ盾として労働組合や政治的な活動を禁じた。さらに、“サンポ”システムで「産業愛国クラブ(industrial patriotism clubs)」を組織して経営者と労働運動のリーダー達を同じクラブの一員とし、彼ら労働運動のリーダー達を経営者が雇い挙げる仕組みを作り上げた。この厳格なアメとムチのシステムは日本人経営者に「生産性上昇よりも低い賃金アップ」という恩恵をもたらしただけでなく、政治運動を無視して生産性向上に集中させることを可能にした。この仕組みは韓国政府に受け継がれ、その高度成長期まではこの仕組みは維持された。』
以下結論が続くが省略する。残念ながら、この論文は大学関係者以外はアクセス権がないので、興味のある方は大学図書館で以下を当たって欲しい。
A Kohli, (1994), “Where do high growth political economics come from?”, World Development.
S Haggard, D Kang, CI Moon (1997), “Japanese colonialism and Korean development: a critique”, World Development
A Kohli, (1997), “Japanese colonialism and Korean development: a reply”, World Development.
念のために書くが、別に権威ある意見が全てだと言っているわけではない。自分の足でデータを探して考えるのはとても大切なこと。でも、それだけではたどり着けない議論というのがあることも分かってもらえればありがたい。上で紹介したKohliは帝国主義と経済発展が専門分野で、日々そんなことばかり議論する毎日を送っているはずだ。そういう人たちがたどり着いた「日本の植民地政策にはありきたりのvices(悪徳)と、ユニークなvirtues(美徳)がある」という結論には、それだけの重みがあると私は思う。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20091030/1256911673
コメントに爆笑w
確かにキチガイサヨクでもない普通の人間がこの文章読んだら笑うしかないわなw
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・ これはひどい。
・ なんだ?バカなのか?
・ 既に日本は「失敗した大きな政府」と言ってもよいのでは?赤字国債を積み上げて、尚大きくするつもりなのかな?
・ とりあえず経済哲学を部分部分かじった知識で駄文を書いてるようにしか見えない。自由主義と個人主義の違いについてはまずはハイエクあたりをおすすめします。
・ 気にくわない人間に「新自由主義者」のレッテルを貼って叩くという ベーシックな手法だけでここまで盛り上がれるのが正直うらやましい。
・ 新古典派経済学も「新自由主義者」も、その意味(規制ルール無用)での「市場原理主義」を主張したことは一度もない。「市場原理主義」批判者の批判はまったくの見当違い
・ 「小泉・竹中コンビのやらかしたこと」とは具体的にはどの政策がどのような悪影響があったということなのだろうか?
・ 小さな政府を志向する人は、不適切な関与を減らせと主張しているだけで、適切な関与を否定する人なんていないよ。
・ 小さな政府=無政府って馬鹿な発想はどこから来たんだろうな。究極は夜警国家ってのは否定しないが。
・ 久しぶりに藁人形を見た。
・ このブログ主は公務員を信頼している。そこが僕と意見が異なる理由のようだ。僕は民間人であり公務員の仕事ぶりに批判がある。効率が悪いということだ。だからブログ主の公務員の生産性についての意見を聞きたく思う
・ で、政府による再分配がうまくいった実例は?ちなみに健康保険は再分配じゃない。政府が適切・不適切を判断できるなんて過大評価もいいところ(w小さな政府は審判。大きな政府はプレイヤーと審判の両方を行う。
・ 竹中平蔵氏ですら「経済学者は市場原理主義者ではありえません。なぜなら市場の失敗を認めるからです」とか言ってたよ。市場の失敗のあるところに政府が介入することまで否定する小さな政府主義者って何処にいる?
・ 日本の公的セクターの労働生産性の数値をどこかで見たと思うけど、民間に比べてかなり低かったような。そういう議論は抜け落ちてるね
・ 新自由主義による負の所得税とかベーシックインカムなどの再分配政策についての見解も併せて聞きたいね/小さな政府と再分配政策は矛盾しないと思う
・ 特許のような競争原理を働かせるための政府規制を事例としてあげるセンスに驚く。←kojitaken100回読んでごらん?政府規制が競争を促進させることを否定しているかい?更に独禁法=小さな政府は無意味は論理破綻してる。
こういった人たちは社会復帰を支援するの?強制するの?
支援だけでいいの?強制させていいの?
こういう人たちを更生させるのはどのセクターがするの?
民間か?公共か?NPOか?
公共でいいの?
支援だったとき福祉に甘えていいの?
強制だったとき自由を制限していいの?
なんで全部責任は公共にあるの?
なんで国民自らがやらないの?
細かいところだけど知力よりも先に社会性の獲得が急務だと思える。
ブラック企業の市場退出と健全なスタートアップ企業の育成に努めるべきだろうな
ここに対してもそう。
なんで民間でできないの?
退出しないの?起業しないの?
取引をやめるとかそういうことをしないの?
公共じゃないとダメ?公共なの?
だって西洋でワークシェアという概念が編み出されたのとは全く独立に、かつ、全く異なる動機・背景で発案されたものだから。
リーマンショックからこのかた、雇用情勢の悪化で「今度こそワークシェアしかねえ……!」という機運が国内でも出てきている昨今、大分県姫島村、つうか姫島村役場の事例が「国内におけるワークシェアの元祖」であるような文脈で各マスコミで持ち上げられている。うんまあ、『賃金を抑えてその分たくさん人を雇いましょう』という手法そのものはワークシェア的ではあるし、かかる手法において国内最古と言われればその通りだ、っていうか下手したら先進資本主義世界全体において最古かもしれないw(*1)
ただ、姫島村の場合は当時から現在に至るまで一貫して『公共セクターに於いて賃金を抑え雇用を増やす』形態になっており、この点で既に一般的なワークシェアの概念――民間ないし官民全体で、『同一労働同一賃金の原則』の徹底を背景に、主として一人当たりの労働時間を短縮することにより、一人当たりの賃金を抑制しつつ雇用を増やすこと――とは形態を異にする。
この形態の相違は、姫島村方式の創案そのものが、一般的な意味でのワークシェアとは起源を異にすることに由来する。
http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm
や
http://www.zck.or.jp/essay/2681.html
において姫島村の藤本昭夫村長(40年前にこの制度を創案した村長の息子であったりする:後述)自らが詳しく述べられていることだが、この施策のそもそもの動機は雇用不安の解消などではなく、『昭和四十年代前半に、過疎化、人口減対策として若者を村に残すための取組みとして始められ』たものなのである。昭和四十年代前半といえば、オイルショックすらまだ到来していない、高度成長でイケイケドンドン右肩上がりな時代である。しかしながら姫島村ということろは、田舎である大分県の中でも、更に隔絶した離島だ。高度成長の恩恵はさほど大きくはなく、村内の仕事は限られる。とはいえ、今のような雇用不安とは様相が全く異なる。島の外に出て行けば、仕事はいくらでもあるのだから。
村内に仕事はないが、村外には仕事はいくらでもある。この状況下で、村内の仕事を増やすべく始められたのが、姫島村方式である。
では過疎対策としての効果の程如何かというと、これが結構効いている。今なお過疎の村には違いがないものの限界集落は発生しておらず(*2)、また現在でも村職員の人数は村内全人口の約7.7%を占める『大口の就職先』だ(*3)。この村職員の人数を背景に、保健や福祉など現場の業務――行政の合理化に於いて真っ先に民営に移されがちな『現業』の分野だ――にその過半を裂き(*3)、結果として村民の居住環境に対する満足度は過疎の村にもかかわらず悪くはない(*4)。一方で、村職員の給与は高度成長・バブルを経た現在でも低廉なまま据え置かれ、その水準は夕張市につぐ低さである(*4)。
とはいえ、一方で人口減は続いており、人口増に繋がる地域振興の決め手とまでには至っていないことは、上掲手記において藤本村長も認めるところである。
さて、かように長期にわたり姫島村方式が受容され続け、いまなお続いている背景には、その効果が評価されていること以外にも、姫島村社会および姫島村役場の特異性があることを指摘せざるを得ない。
姫島村では、藤本村長の父である故・藤本熊雄氏の代から半世紀以上にわたって村長選が行われていない(*5)。最後の村長選で村全体が『懲りた』のだ、と言う。一方で、熊雄氏は、姫島村出身である自民党の有力者・西村英一にきわめて近しい立場で、二人三脚のようにして姫島のインフラを整備していった。『おらが村の西村先生』を錦の旗(*6)に、姫島村の政治意識は保守・自民党への支持を基盤としてまとまっていった。
そこに到来した高度経済成長の波。人口流出の危機。熊雄氏は言った。『役場での共働きは原則、禁止。女性は出産育児を機会に退職する。ただ、家庭の事情に応じて優先的に雇用する』と(*7)。これが革新の強い地域であれば、かかる意見は昭和40年代の当時ですら『女性は出産を機に退職せよ、と強要するとは何事ぞ』と一悶着起きたであろう。都市部であれば首長リコールもありえたかもしれない(*8)。しかるに、ここは姫島村である。保守は絶対優位であり、(大分県内他自治体では今なお猖獗を極める)自治労系の職員組合すらここには存在しない(*9)。反対する者は居なかった。
今なお姫島村の同調圧力は強い。少し前からインターネットに居たはてサ諸君におかれては、「姫島村の成人式」を記憶する人もあるかもしれない。「成人式には晴れ着などもってのほか、それが『常識』である」との主張。それがまかり通る社会であればこそ、通用している制度である、という認識が必要だ。
無論、『空き缶デポジット制度の徹底』など、ほかにも同調圧力の強い村社会だからこそ成功した政策を幾つも擁する村なのであり、『みんなで保守化すればいいじゃん!』という解釈もできるかもしれないが、ねえ。
畢竟、姫島村方式は『過疎化の抑止』『過疎地における公共サービスの維持』に対しては一定の有効性を持ち、そういう意味では地方自治体、とりわけ過疎地を抱える自治体が真似するには良い物である。だが、だからといって『雇用不安を解決するためのワークシェア手法の先駆』としては一般化しがたいものだと考える。雇用不安対策としては民間を幅広く巻き込む必要があり、そのためには保守と革新・使用者と労働者の枠を越えた妥協が必要であるところ、姫島村で起きたことは良くも悪くも『保守・使用者的立場による善政』の枠を越える物ではないのだから。
……ってわけでな、あれを『ワークシェアだ! ラピュタは本当にあったんだ!!』って言われると、もにょるのだよ。
(*1)オランダのワークシェア事例が1970年台創始、姫島村方式も「40年ほど前に創始」「昭和四十年代前半」なのであるからほぼ同時期、ないし下手をしたら姫島村の方が古いかもしれんのよ。
(*2)http://kotobank.jp/word/%E5%A7%AB%E5%B3%B6%E6%9D%91%E3%81%AE%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0 ただしソースは朝日。
(*3)http://www.oita-press.co.jp/featureNews/12294210095/2009_123180887708.htmlおよび上掲の藤本村長手記から。パーセントで言ってもぴんと来づらいかもしれないが『村民の13人に一人が村職員』と言い換えると尋常じゃない。
(*4)http://arch.oita-u.ac.jp/urban/ppt/2008/B/yamamura.pdf
(*5)http://www.oita-press.co.jp/localNews/2008_122533025626.html
(*6)上掲手記中http://www.zck.or.jp/forum/forum/2590/2590.htm#section8に『西村先生は、「村の誇り」であり、西村先生を皆で応援しよう、皆で頑張ろうという意識』の言及あり。
(*7)http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/children/227551/
(*8)同じ大分県内の日田市で、近年『共働き職員の給与削減』を言った市長が居た。http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-060207-0011.htmlそして、その市長は次の選挙で落選した。
(*9)上掲手記中http://www.zck.or.jp/essay/2681.htmlに「職員団体はない」旨言及あり。