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2017-03-20

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中津川市鉱物博物館に行ってきましたわ。

特別展で木彫りの水族館が開催されていました。

身近な魚を彫刻して塗装した作品がところせましと並べられていましたわ。

鉱物がまったく関係なかったですわ。

でも、リアルな魚の模型がずらりと並んだ様子は壮観。

そして、マサバの展示がありました!!

海なし県の博物館でついにサバに遭遇ですの。

さすがはわたくし緑色が美しいですわ!



出世魚名前説明で「ぶり」は関東関西

ゴールの「ぶり」表記けが同じ。

「すずき」はスタートの「せいご」も同じだけど中間けが

関東関西中部で違っていることを知りました。

せっかくの立体なのに片側しか見れない点がおしまます



常設展はちゃんと鉱物博物館です。

坪井さんという方が寄贈されたトパーズ結晶シャープで、

わたくしの胸元を飾らせてさしあげてもよろしくてよ?

という気分になりましたわ。おほほ。

2015-05-05

東大理科学研究科教授坪井俊氏の研究結果

東大理科学研究科教授坪井俊氏の研究結果

 多様体上の葉層構造とその関連分野の研究を行なっている。葉層構造とは多様体の接ベクトル束が完全積分可能であるとき、極大積分多様体の族として与えられるものである

 葉層の定量的理論として葉層同境の理論がある。2つの葉層は、その非連結和が境界に横断的な葉層の境界への制限となるとき、同境であるといわれる。向きづけられた3次元多様体上の向きづけられた余次元1葉層の同境類のなす群をFΩ(3,1)と書く。これに対しGodbillon-Vey不変量が葉層同境不変量となる。ThurstonによりGV:FΩ(3,1)→Rが全射であることが知られていた。この準同型単射性が最大の問題であった。Hurder-Katok, Ghysにより提示されていたGV不変量の自然定義域を定める問題に決着をつけ、このような葉層構造の族の中で、Godbillon-Vey不変量を葉層同境により特徴付けた。「向きづけられた3次元多様体M上の向きづけられた余次元1葉層FのGodbillon-Vey不変量が0であることと(M,F)が零同境の葉層構造の極限と同境になることは同値」。葉層構造はR^nの局所微分同相の芽のなす位相亜群Γ_nについてのΓ_n構造とみられ、Γ_n構造に対し分類空間BΓ_nが構成される。この空間はHaefliger-Thurstonにより葉層の存在、分類の理論において中心的な役割を果たし、BΓ_nのコホモロジーが余次元n葉層構造特性類といわれるものである。GV類の存在はC^r級(r>2)のBΓ_n^rが2n+1連結ではないことを示している。この空間の連結性を調べることが重要課題になっており、Mather, Herman, Thurstonにより多くの場合n+1連結が示されていた。これに対し法束が自明場合のBΓ_n^rがおよそn+n/rの連結性をもつことを示し、さらにr=1のときは法束が自明場合のBΓ_n1は可縮であることを示した。微分可能性の違いについては力学系理論においてT2上には閉軌道も稠蜜軌道ももたない非特異な流れが、C²級では存在しないが、C¹級では存在することが知られている。BΓ_n1の可縮性の証明はこの現象を用いて行なわれた。これは、手法も斬新であり、多様体のすべての接ベクトル束はC¹級葉層の接束に変形できるという画期的な成果であった。

 また、GVの値と葉層構造定性的性質関係を明らかにすることも問題であった。ホロノミ自明またはそれに近い葉層構造に対しGV類が消えることなどを(水谷氏、森田氏との共同研究で)示したが、これはDuminyのGV≠0ならば(葉の)ホロノミーで、その葉自身を巻き込むような葉が存在するという結果の端緒となったものであるさらに高次元多様体上の余次元1葉層構造についてはGV類の有理性、非有理性についての問題研究し,有理性を示す族を与えるとともに非有理性を示す例を構成した。

 興味深い葉層構造は、力学系関係して現れる。野田健夫氏と共同で正則な射影的アノソフ流を研究し、円周上の2次元トーラス束、さらに双曲軌道体上のザイフェルトファイバー空間における正則な射影的アノソフ流の分類を行った。これと関連して、松元重則氏と共同で3次元多様体の2つの葉層構造の横断的交わりの一意性の研究を行った。これは典型的葉層の研究としても重要ものである

 微分同相群の恒等写像の連結成分の群の完全性について研究し、葉層構造の葉を保つ微分同相群、微分可能性の低い接触微分同相の群などについて、完全性を示した。群が完全であるとは、アーベル化が自明すなわち任意の元が交換子の積に書かれることである。また、一様完全とは、この交換子の個数が有界となることである。球面、3次元多様体について、Brago-Iwanov-Polterovichにより、その微分同相群の恒等写像成分の一様完全性が示されていたが、一般に、コンパクト奇数次元多様体中間指数ハンドルを持たないハンドル分解を持つコンパクト偶数次元多様体に対して、その微分同相群の恒等写像成分の一様完全性を示した。この場合次元によらない一様性を示すこともわかる。2次元4次元を除くコンパクト偶数次元多様体に対しても、一様完全性を示したが、この場合の交換子の個数が多様体情報を持っていることが期待される。球面のような空間に対しては、すべての(向きを保つ)同相写像がただ1つの交換子で書かれることも示した。

 また、1974年にHermanがトーラスに対して実解析的微分同相群の恒等写像の連結成分の群が単純群であることを示していたが、多くの円周作用をもつ実解析的多様体に対して、実解析的微分同相群の恒等写像の連結成分の群の完全性を示した。これは実解析的微分同相群についての希少な研究成果となっている。


主要論文 1.The Godbillon-Vey classes of codimension one foliations which are almost without holonomy (with T. Mizutani and S. Morita), Annals of Mathematics 113 (1981), 515-527.

2.On 2-cycles of B Diff (S¹) which are represented by foliated S¹-bundles over T², Annales de l'Institut Fourier, 31 (2) (1981), 1-59.

3.On the homology of classifying spaces for foliated products, Advanced Studies in Pure Mathematics 5, Foliations, (1985), 7-120.

4.On the foliated products of class C¹, Annals of Mathematics, 130, (1989), 227-271.

5.CR-structures on Seifert manifolds (with Y. Kamishima), Inventiones mathematicae 104 (1991), 149-163.

6.The Godbillon-Vey invariant and the foliated cobordism group, Proceedings of the Japan Academy, 68, Ser A (1992) 85-90.

7.Area functionals and Godbillon-Vey cocycles, Annale de l'Institut Fourier 42 (1992) 421-447.

8.Homological and dynamical study on certain groups of Lipschitz homeomorphisms of the circle, J. Math. Soc. Japan. 47 (1995) 1-30.

9.Small commutators in piecewise linear homeomorphisms of the real line, Topology 34 (1995) 815-857.

10.Acyclicity of the groups of homeomorphisms of the Menger compact spaces (with V. Sergiescu) American Journal of Mathematics 118 (1996) 1299-1312.

11.The Calabi invariant and the Euler class, Transactions Amer. Math. Soc. 352 (2000), no. 2, 515--524.

12.Transverse intersections of foliations in three-manifolds, (with S. Matsumoto) Monographie de L'Enseignement Mathematique 38 (2001), 503-525.

13.Regular projectively Anosov flows on the Seifert fibered 3-manifolds, J. Math. Soc. Japan. 56 (2004), 1233-1253.

14.On the group of real analytic diffeomorphisms, Annales Scientifiques de l'Ecole Normale Superieure, 49, (2009) 601--651.

15.On the uniform perfectness of the groups of diffeomorphisms of even-dimensional manifolds, Commentarii Mathematici Helvetici, 87, (2012) 141-185.

16.Homeomorphism groups of commutator width one, Proceedings Amer. Math. Soc. 141, (2013) 1839-1847.


著書 ベクトル解析と幾何学 ISBN4-254-11585-7

講座 数学の考え方5 A5判 240頁 朝倉書店 2002年5月

幾何学1 多様体入門 ISBN978-4-13-062954-6

大学数学の入門4 A5判 216頁 東大出版会 2005年04月

幾何学Ⅲ 微分形式 ISBN978-4-13-062956-0

大学数学の入門6 A5判 231頁 東大出版会 2008年5月


学会 日本数学会

受賞 1991年度日本数学会幾何学賞受賞

「C¹級葉層構造に関する独創的な研究業績」


活動 2000-2004, 2009-  日本数学会理事

2009-2011 日本数学会理事長

坪井俊という人は好きだけど何でお前らは嫌いなんだろうな。

2012-09-01

死と滅亡のパンセ

坪井秀人は「メディア戦争が作る(あるいは戦争メディアが作る)」と書いているけれども、大正解だね。これがマスメディアというものの本性だろうね。そうこうするうちに三月十一日の奈落はまるでなかったかのように塗りかえられ、テレビからはまたぞろばか笑いが聞こえてきている。大阪でおきているバックラッシュテレビ新聞を中心とするマスメディア由来のものだ。テレビバラエティショーおなじみのタレント弁護士を売りだし、チンピラアジテーターに過ぎなかったかれをヒーローにしたてあげた。ボクシング世界タイトルマッチ大阪知事市長リングにあげ、「君が代」をうたわせてそれを実況中継したのはTBSだった。これだって別種の「声の祝祭」なんだよ。新聞もハエのように橋下という、テレビがひりだしたアジテーターにたかりついた。坪井秀人風に言えば、「ファシズムメディアがつくる」さ。チンピラアジテーターは調子にのってどんどんしゃべくり、香具師のようにしゃべくりがうまくなっていった。このテレビ産の香具師は図にのっているうちにいずれはまちがいなく転けるだろうけれども、この社会は大震災後もヘラヘラ笑いながら新型ファシズムの道を歩んでいるし、橋下がいようがいまいが、今後もそうだろう。

2011-08-15

東日本大震災

被災地支援競走

福岡58周年記念

G1 福岡チャンピオンカップ

6日目

 1R 吉永浩則

 2R 今村豊

 3R 川上昇平

 4R 池田浩二

 5R 花田和明

 6R 山一鉄也

 7R 重成一人

 8R 松田祐季

 9R 藤丸光一

10R 原田幸哉

11R 松井繁


12R 優勝戦

1着 坪井康晴

\_(^◇^)_/\(*^^*)/ おめでとっ!クラッカー

2着 平田康晴

3着 渡邉英児

4着 郷原章平

5着 菊池孝平

6着 瓜生正義

2010-01-31

朝鮮進駐軍

朝鮮進駐軍Weblio辞書にて削除予定の為、全文コピー

http://www.weblio.jp/content/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E9%80%B2%E9%A7%90%E8%BB%8D



概要

一般に朝鮮進駐軍と言ったときは、おおむね1945年昭和20年以後に現在特別永住権を持つ在日一世(朝鮮人韓国人)、もしくは現在日本帰化または半島に帰国した朝鮮民族によって作られた犯罪組織を指す。 戦後日本ポツダム宣言を受け入れると日本各地で、婦女暴行窃盗、暴行、殺人、略奪、警察署の襲撃、公的機関への襲撃、土地建物不法占拠鉄道飲食店での不法行為等様ざまな朝鮮人による犯罪が多発した。 自称「戦勝国民」(正しくは戦勝国民ではない)であると主張し、自らを「朝鮮進駐軍」と名乗り各地で徒党組んで暴れ事件を起こした。GHQの資料にあるだけでも最低4000人の日本人市民朝鮮進駐軍犠牲となり殺害されたとされている。


朝鮮進駐軍による朝鮮人犯罪及びテロ行為について

服装・武器及び組織について

戦後の混乱を利用し、日本刀等の刃物・鈍器以外に多くの銃火器を使用した。銃は三八式歩兵銃や機関銃など盗んだ旧日本軍武器で武装し組織化を行った。朝鮮進駐軍では旧日本陸軍パイロット軍服を好んで着用したが、これは日本兵に対するあてつけとも、日本人皇民)に対するあてつけとも言わた。 組織ではいくつかの本部設けたが、実際は各地域ごとに部隊名をつけその部隊が、個別に日本人を狙った犯罪行為を繰り返しすことが多かった。 朝鮮進駐軍総本部(在日朝鮮人連盟総本部)はのちの在日朝鮮人連盟。更にこれが在日大韓民国民団(略称「民団」)と在日本朝鮮人総聯合会に分かれ、これが現在民団朝鮮総連となる。


時代背景

当時の日本では戦場に男手が駆り出され極度の男手不足に陥っており、また都市部においても疎開空爆による被害で人手が足りない状況が長く続いていた。 また警察組織においても、武器の使用が認められないなど戦後特有の制限があり。戦後朝鮮人犯罪が増加の一途をとどった背景には、このような犯罪に対する抑止力の空白化が背景にあったとされている。いまでは考えられないことではあるが、当時はヤクザ現在の指定暴力団)が朝鮮人から、日本人の生活を守る役割を一部果たしていた。 この当時は朝鮮人の殆どが実名で暮らしており、通名を使用しだすのは朝鮮の姓に対して嫌悪感犯罪者といったイメージ日本人が抱くようになってからである。ただしこれは、朝鮮人側からはもともと差別があったからとされている。


朝鮮人による犯罪

朝鮮進駐軍による犯罪は全国に及んだ。特に川崎大阪神戸都心等当時朝鮮人比較的多かった地域で多発した。特に東京では、原宿等を中心に三八式歩兵銃や拳銃日本刀等で武装した朝鮮人によって占拠されており、のちに警察やGHQにより鎮圧された。

市民を狙ったものとして白昼に堂々と集団で婦女子に暴行を加えるなど、多数の犯罪行為を行った。拳銃刃物で武装しており一般市民は無力であり繰り返し行われることも多かったため被害が拡大した。またGHQの調べでは少なくとも4000人の日本人市民が殺害されており、多い説では1万人以上であったとも言われている。

略奪・窃盗密売土地の強奪等においても組織的に関与していた。一般の露天商からの強奪や農作物・家畜の強奪(利根川水系の牛の強奪などが有名)等、さまざまな方法で集められた商品が朝鮮人によって売買され、その後の朝鮮人社会の資金源として利用されてきた。その他に、戦後土地建物の所有に関する書類の損失や強引な立ち退きにより土地建物の収奪も相次いだ。

1945年12月翌1月におきた生田警察署襲撃事件では武装した朝鮮人50人が襲撃し警察署を占拠。翌46年には長崎県警察本部で、在日朝鮮人連盟と名乗る総勢約200名が同署を襲撃して破壊活動を行い、10名に重軽傷を負わせうち1名は死亡にいたらしめた。46年には国会議事堂前でも集まった2000人の朝鮮人と応援出動した武装警官358名・進駐軍憲兵20名とが銃撃戦に発展。首謀者は軍事裁判に付され、翌年3月8日に国外追放処分になった。1948年4月には阪神教育事件では数千人の朝鮮人によって庁舎が占拠された。これに対して3000名の警官隊を動員して、朝鮮人を庁舎から強制排除し1800名の朝鮮人検挙された。戦後はこのような事件が日本各地で続発した。

第八軍司令官ロバートアイケルバーガー中将は、正規の大部隊を治安確保のため朝鮮人に対して街中に簡易陣地を引くなどして配備した。GHQダグラス・マッカーサー最高司令官は「朝鮮人等は戦勝国民に非ず、第三国人なり」と発表するなど朝鮮人に対する取り締まりにおわれた。 昭和26年に浅草朝鮮進駐軍と思われる朝鮮人が起こした集団暴力事件では、米兵一名が死亡、二名が負傷した。


主な事件一覧

朝鮮進駐軍及びその後の在日朝鮮人連盟が関わる事件の一覧である。

阿仁村事件(1945年10月22日

生田警察署襲撃事件(1945年12月24日1946年1月9日

直江津リンチ殺人事件(1945年12月29日

富坂警察署襲撃事件(1946年1月3日

長崎警察署襲撃事件(1946年5月13日

富山駅前派出所襲撃事件(1946年8月5日

坂町事件(1946年9月22日

新潟日報社襲撃事件(1946年9月26日~29日)

首相官邸デモ事件(1946年12月20日

尾花沢派出所襲撃事件(1947年10月20日

阪神教育事件(1948年4月23日~25日)

評定河原事件(1948年10月11日~12日)

宇部事件(1948年12月9日

益田事件(1949年1月25日

枝川事件(1949年4月6~13日)

高田ドブロク事件(1949年4月7日~11日)

本郷村事件(1949年6月2日~11日)

下関事件(1949年8月20日

台東会館事件(1950年3月20日

連島町事件(1950年8月15日

第二神戸事件(1950年11月20~27日)

四日市事件(1951年1月23日

王子事件(1951年3月7日

神奈川事件(1951年6月13日

下里村役場事件(1951年10月22日

福岡事件(1951年11月21日

東成警察署催涙ガス投擲事件(1951年12月1日

半田一宮事件(1951年12月3日~11日)

軍需品製造工場襲撃事件(1951年12月16日

日野事件(1951年12月18日

木造地区警察署襲撃事件(1952年2月21日~23日)

姫路事件(1952年2月28日

八坂神社事件(1952年3月1日

宇治事件(1952年3月13日

多奈川町事件(1952年3月26日~30日)

田川事件(1952年4月19日

岡山事件(1952年4月24日5月30日

血のメーデー事件(1952年5月1日

上郡事件(1952年5月8日

大村収容所脱走企図事件(1952年5月12日~25日、11月9日~12日)

広島地裁事件(1952年5月13日

高田派出所襲撃事件(1952年5月26日

奈良警察官宅襲撃事件(1952年5月31日

万来町事件(1952年5月31日6月5日

島津三条工場事件(1952年6月10日

醒ヶ井村事件(1952年6月13日

葺合*長田事件(1952年6月24日

吹田*枚方事件(1952年6月24日~25日)

新宿駅事件(1952年6月25日

大須事件(1952年7月7日

舞鶴事件(1952年7月8日

五所川原税務署襲撃事件(1952年11月19日~26日)

参考文献

法務研修所編『大須騒擾事件について』1954年

横幕胤行、富久公、船越信勝『吹田枚方事件について』1954年

篠崎平治『在日朝鮮人運動1955年

大阪市行政局編『大阪市警察誌』1956年

新潟県警察史編さん委員会編『新潟県警察史』1959年

名古屋市総務局調査課編『名古屋市警察史』1960年

瓜生俊教編『富山県警察史 下巻』1960年

山形県警察史編さん委員会編『山形県警察史 下巻』1971年

宮城県警察史編さん委員会編『宮城県警察史 第2巻』1972年

大阪府警察編集委員会編『大阪府警察史 第3巻』1973年

警視庁富坂警察署編『富坂警察署100年史―新庁舎落成記念―』1975年

兵庫県警察史編さん委員会編『兵庫県警察史 昭和編』1975年

愛知県警察編集委員会編『愛知県警察史 第3巻』1975年

青森県警察史編纂委員会編『青森県警察史 下巻』1977年

坪井豊吉『在日同胞の動き』1977年

警視庁史編さん委員会編『警視庁史〔第4〕』1978年

思想の科学研究会編『共同研究 日本占領研究事典』1978年

仙台市警察史編纂委員会編『仙台市警察史―仙台市における自治体警察の記録―』1978年

長崎県警察編集委員会編『長崎県警察史 下巻』1979年

李瑜煥『日本の中の三十八度線民団・朝総連歴史現実―』1980年

福岡県警察史編さん委員会編『福岡県警察史 昭和前編』1980年

山口県警察史編さん委員会編『山口県警察史 下巻』1980年

警察文化協会編『戦後事件史』1982年

日本国有鉄道公安本部編『鉄道公安の軌跡』1987年

講談社編『昭和・二万日の全記録 第9巻』1989年

朴慶植解放在日朝鮮人運動史』1989年

百瀬孝『事典・昭和戦前期の日本 制度と実態』1990年

金慶海、堀内稔編『在日朝鮮人・生活擁護の闘い』1991年

荒敬『日本占領研究序説』1994年

百瀬孝『事典・昭和戦後期の日本 占領と改革』1995年

竹前栄治、中村隆英監修『GHQ日本占領史 第16巻 外国人の取り扱い』1996年

秋田魁新報1945年

神奈川新聞1951年

西日本新聞1951年

『中部日本新聞1951年1952年

大阪新聞1952年

京都新聞1952年

神戸新聞1952年

山陽新聞1952年

中国新聞1952年



コピー終わり。

2009-06-20

差別発言はあったのか、なかったのか

政治コラム 政態拝見   編集委員 坪井ゆつる

麻生首相 差別発言はあったのか、なかったのか

 なんとも気になる本が、先週から書店に並んでいる。元官房長官野中広務氏と人材育成コンサルタント辛淑玉さんの対談集「差別日本人」(角川書店)だ。そのなかで、野中氏はみずから被差別部落出身であると語ったうえで、麻生首相の暴言を指摘している。

 「野中やらAやらBは部落人間だ。だからあんなのが総理になってどうするんだい。ワッバッハッハ」と、麻生氏が言ったというのだ。

 現場は8年前、01年3月12日麻生氏の派閥の会合。次の党総裁候補に野中氏の名前もとりざたされていたころだ。

   ■

 実は、この発言は国会で真偽をただされたことがある。ジャーナリスト魚住昭氏が『野中広務 差別権力』(04年刊、講談社)で「発言内容」と、それに激怒した野中氏が後に自民党総務会で麻生氏を面罵(めんば)したことを紹介。05年2月衆院総務委員会で、民主党議員がその本を読み上げながら質問した。麻生氏は「そのような発言をしたことは全くありません」と否定した。

 録音されていない発言の有無を確かめるのは難しい。なのに、野中氏はあえて改めて世に問うた。その根拠を聞くと野中氏はこう断言した。「人づてに発言を知り、その場で聞いていた3人の国会議員から確認した」「AもBも実名だったが本では伏せた」

 真相を知りたくて、現場居合わせた約10人の議員を取材した。すると、2人が「差別発言はあった」と認めた。

 ひとりは「野中さんや別の衆院議員名前もあげて『表に出てはいけない連中が表に出て大きな顔をしている』という趣旨で、明らかな差別発言だった。その後、あの発言に野中さんが憤っていることが派閥で話題になり、『野中さんにわびを入れた方がいいのでは』と話した議員もいた」と述べた。「麻生さんが国会で否定したのなら、国会ウソをついたことにならないか」とも指摘した。

 もうひとりは「雑談の中で麻生さんは大声で話したんだ。その場のみんなが聞いたはずだ」と繰り返した。

 しかし、ほとんどの議員は否定した。「麻生さんが野中さんの総裁選出馬に否定的だった話に尾ひれがついた」という解説が多かった。

   ■

 麻生首相の村松一郎秘書官は、こう反論する。「野中さんは当時、党の幹部で麻生を呼んで確認できたはずなのに、なぜしなかったのか。確認もせずに一方的に言い募るのはひきょうだ。なかったことは立証できないから、この種の話は流された側が損をするばかりだ」

 総選挙が迫るいま、野中氏の狙いは差別問題の糾明より、政治的な麻生批判だと見ることもできよう。だが、差別発言事実なら、野中氏個人ではなく、すべての被差別部落出身の人々への言葉として許されるはずがないのも確かだ。

 総選挙が迫るいまだからこそ、真相がなんとも気になる。

朝日新聞、2009年6月20日)

2007-11-02

アリやナシやの話

はてブホッテントリを見ながら寛いでいると、野球好きの友達から、興奮気味の電話がかかってきた。


日本シリーズで初の完全試合が達成されるかも!」

完全試合? それって凄いの?」

「凄いってもんじゃないぞ!」

彼は酷く興奮しているらしく、普段の1.5倍の早口で一番最近完全試合が十年以上前であることを語ってくれた。

へぇ、じゃあすごいんだろうね。で、今何回?」

「8回の表で……今三振とって2アウト! あと四人!」

「へー、じゃあちょっと見てみるわ」


テレビをつけチャンネルを変える。

どこか冴えない感じのサングラスをかけた男がマウンドに立っていた。

実況の話を聞く限り今投げている投手の名前は山井。

彼こそが完全試合達成に臨むべく投球を続けている男らしい。山井、恥ずかしながら知らない名前だ。

まず僕はそれを見て、意外だな、と思った。

というのも、その完全試合を達成しようとしている選手中日選手であることを僕は伝えられていなかったのだ。

今年の日本シリーズ出場チームが中日日本ハムであることは知っていた。

セリーグ巨人がシーズン1位だったが、なんか今年からセにもプレーオフが導入されて、2位の中日日本シリーズに進出してきたのだ、待てよ、プレーオフって名前も何か別のものに変わったんだったっけ、ぐらいの知識は持っていた。


僕に電話をかけてきた友達は、中日ファンではない。ホークスファンだ。

地元球団だから不思議もない。

彼はホークス以外のパの球団にも詳しい。

だから、どちらかというとパ・リーグのファンと言った方が良いかもしれない。

今回の日本シリーズに関しても、日本ハムを応援するつもりだという話をしていた気がする。

そんな彼が興奮して電話をかけてきたのだから、完全試合を達成しようとしているのは日本ハム選手なんじゃないかと勝手に思っていたのだ。

その地点で僕は「完全試合というのはどのチームを応援しているのかなんて関係ないぐらい、凄い記録なのだ」と考えることができた。


日本ハム坪井(こっちは名前だけ知っていた)が良い当たりを打ったが、ダイレクトセンターに捕球される。これでイニングチェンジ。つまりあと三人。

とりあえず今がどういう状況かをもっと良く知るため、僕は2ちゃんねる野球実況を見に行った。


日本シリーズ実況スレッド野球実況板にもVIPにもあった。

他の専門板にも無数にあったのかもしれない。

野球実況板には、日本シリーズ実況の本スレ以外に「山井の完全試合を見守るスレ」みたいなものがあり、なるほど、友人が興奮するのもやむなしという盛り上がりを見せている。


野球実況板を見ても専門用語なんかが飛び交ってよくわからないんじゃないかなーっと思った野球素人の僕は、とりあえずVIPの実況を見に行った。スレの勢いも凄い。VIPらしい緊張感のないふざけたレスが並ぶが、しかしそれでも多くの人間歴史的瞬間を待ち望んでいるといった空気が伝わってくる。


そしたらもう、僕も急にドキドキしはじめて。

つい数分前まで山井って投手を知らなかったにも関わらず、これから彼の投げる一球一球にドキドキしたり凡打や飛球に必要以上にヒヤヒヤしたり、もし記録を阻止されても「あーっ!」っていう感覚を味わえると。

だから感謝

友人、リアルタイムで教えてくれてありがとう、と。


まあ実際のところ、その時から既に、ぽつぽつ、落合が岩瀬に代えちゃうんじゃねーかというレスネタ的に書き込まれていた。記憶にある。これは確か。

でもその書き込みが笑い流されたのは、まー、んなことありえねーよ、という空気だったから。


ところが。

中日の攻撃が2アウトになったのに山井がキャッチボールをはじめていないという旨を実況アナが放送して、落合監督が審判と一緒になにやら話をしはじめてアナが「守備交代ですかねー……」とそらとぼけている間に「山井に代わりまして岩瀬」球場がどよめきに包まれるまで、あれよあれよあっちゅーま


僕はもう、なんだこれは、と。

ブラウザを閉じて、タバコを一服して、遠い目で溜め息をついて、これはなんなのだと。

友人に電話をかけて、この胸に募るやるせない気持ちはなんだと、問いただして。


友人もはじめは冷静さを欠いて「おかしいおかしい、え、なにこれ」と連呼していた。


だが僕が同意を得られると確信して「一年に一度必ずどこかがなる日本一と、ここ十数年出てない完全試合とどっちが大事なんだ!」という旨の発言をしてしまった際、彼は急に押し黙り、その後ひと言、それは暴言であると。

野球はチームスポーツである」と。

「個人の記録より日本一の方が重い、それは間違いない」と言うわけ。

是非はどうあれ、彼は自分の価値観を提示した。


一度冷静になるとそこは野球ファンである彼のこと、山井が8回辺りに日ハム打線から良い当たりをされていたことなんかを論拠に、山井が怪我をした可能性を指摘して見せた。(後から知った話では、指摘通り山井はまめを潰していた)


トラブルがあったなら、無理して投げさせるよりも勝利を優先して岩瀬に投げさせるのは当然だ、と彼は言った。

この試合に負けたら敵地に移動であり、名古屋ドームのファンの前で日本一を決めることはできなくなってしまうこと。

更に王手をかけた状態とはいえ、劇的な逆転負けをした後での敵地への移動で、流れが決定的に変わって日本一を逃してしまう可能性もある。


そうでなくても、お前みたいな野球素人は名前も知らないだろうが、中日ファン的には、最後に岩瀬にマウンドに立って貰いたいという気持ちもあるはずだ、と。立ってなきゃ嘘だと。彼は言うわけで。

パリーグファンの彼でも知ってるぐらい、中日ファンにとっては絶対的なストッパーであると。鉄人であるのだと。


そこまで聞くと、あ、野球のことを何も知らない僕が憤るのもなんだかおかしな話だ。

僕は完全試合達成なるかだけでテレビをつけて実況アナスレの驚きなんかを聞いてなんだかわかった気になって批判していたけど、実際の現場すっとばすことのできない経緯が存在する。

そして彼は冷静さを取り戻しつつも、至極当たり前のことを僕に口走った。

「どっちにしても、テレビで実況聞いたりネットで視聴者の反応を見た、俺から興奮気味に電話をかけられたお前や俺にとって交代は『ナシ』だったけど、山井の表情見る限りあのときの、一年戦ってきた中日のベンチでは岩瀬は『アリ』だったんだろ」


そうだな、と素直に思った。

彼はこうも言った。


「ま、あっちはプロだから素人はしたり顔で好き勝手言って良いんだっていう側面はあるけどね。あと俺、ホークス日本シリーズ出てもし完全試合とかされたらたぶん引き攣り泣きしながら嘔吐すること請け合いだけど」


日本ハムファンの心境やいかに。

そう思いながら、僕らはなぜか近いうちにキャッチボールをする約束をして、電話を終えた。

 
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