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はてなキーワード: 一年とは

2012-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20120215005027

出産育児はなあ

ホルモンバランス崩れて体も精神もめちゃくちゃになるし、一年間はまともに眠れる夜が一晩もないし

その中で自分の体調維持と数時間放置したら即死ぬ生き物の世話と同居人の生活管理を同時にせにゃならん

生命力と体内の栄養をごっそり奪われた状態なのに

そして無報酬勤務医だってここまで働いてりゃ1000万くらいもらえるだろうに

ブラック労働

2012-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20120213205315

( ´∀`)人(´∀` )ナカーマ

よう、一年前の私。

ちょっとだけ欝かもしれないけど、あえていう。

頑張れよ。すっごく頑張れよ。

欝っぽいならしっかり休めよ。

でも、休むのは2ヶ月以内にしろよ。

休むなら思いっきり休めよ、遊べよ。

本気で頭空っぽにしろよ。

んでから一生懸命考えろよ。インプットしろよ。

とにかく全力でな。

俺の時みたいに、中途半端な時期を作ると

後悔なんかないはずなのに未練とか感じて歩みが遅くなるぞ。

今の決断を忘れないように、思い返せるように、ちゃんと毎日見返せよ。

これも、2週間くらい放置するだけで頭がぼんやりしちゃうぞ。絶対に忘れんなよ。

あと運動は絶対に欠かすなよ。

通勤結構いい運動になってたって思い知るようになってからじゃ遅いぞ。

ほかにもいろいろ言いたいことあるけど

とにかく自分にまけんなよ。

自分にだけはまけんなよ。

幸せ人生を得る為の要素

29歳女。

特に努力した覚えもないし、

何か才能があったわけでもないし、

容姿に至っては人並み以下だ(った)し、

仕事人間でもないし、

家庭的でもない。

でも、いますごく自分人生に満足している。

どうやって満足できる人生を手にいれられたの?と聞かれたら、

ほんとつまらない答えだけれど

「色々な要素がちょっとずつ作用してちょっとずつ変わっていった」としかいえない。

その「色々な要素」は端からみれば悪いことだと思う。


要素1.いじめられてた

不細工と暗さとセンスの無さが理由だった(と思う)のでうふふであはは青春とは無縁だったが、

からこそ別の魅力(武器)を見つけなきゃなと漠然小学生のころから思ってた。

頭いいと不細工でもイケるかなとは思ったけど特に必死勉強せず。

とにかく頭よさそうな有名大なら何学部でもいいやと思って適当受験して合格

外国語学科だったので二か国で交換留学



要素2.大学院受験失敗

留学から帰ってきて、とりあえず一番頭良さそうな大学院にいこうかなと思ってたら願書の期限忘れてて不戦敗

恩師の教授に推薦してもらったり大学院教授と会わせてもらったりしてたのに我ながらアホすぎ。

合格間違いなしだと言われて浮かれてた親に縁切られそうになる。

4年の冬なので就活もできず、とりあえずボランティアと称してお金からない方法海外にしばらく逃げる。


要素3.就職失敗

帰ってきて就職先を探すも、大手狙い過ぎてことごとく不採用

新卒でもないし、二か国語資格をもっているだけでは箸にも棒にもかからず。

とりあえずバイト(派遣)で事務を半年経験

居易かったし時給も悪くなかったけど、やはり就職たかったので

今度は中堅どころで応募。

中堅企業Aに採用される。

派遣契約が切れる3ヶ月後まで待ってもらうことに。

就職間際になって、Aのトップセールスマンに

「君はここじゃなくてもっといい大手に行くべき。絶対採用するとこあるから

と力説される。


大手大好きな親から

最初に大手いかなきゃ一生いけない」

と説得されていたので結局3ヶ月待ってもらったのに失礼ながら採用を断る。

名刺作って待っててくれたのにごめんなさい。

また派遣に戻る。

今度は語学いかしたいなぁと思って大手の緩そうな翻訳通訳派遣に切り替える。

でもやっぱり就職したいので半年経とうか経つまいかくらいの時

「そろそろやめたい」と話をしたら総合職採用のはなしが。

大手だし語学使えるしユルいからいいか就職

現在

総合職になったら全くユルくない&出張づくし&厳しくて時に泣きそうだが、

やりがいあって福利厚生悪くなくて年収600万以上もらってるので文句いえないかなと思う。


要素4.不細工

いじめられるのがイヤで高校デビューを狙って初整形(二重)。

整形後も別にもてなかった。

大学入学時に今度は鼻整形。

別にもてなかったが、徐々に自信がでてきて大学卒業時にはそこそこもてるようになった。

帰国してから仕事の合間みて整形をくりかえす(顔4ヶ所計10回)。

現在

だいたいの初対面の人に「美人ですね」と言われる様になった。

綺麗になったからもてるようになったのではなく、

綺麗になって自信がでたからもてるようになったのだと思う。


要素5.出会いがなかった

ブスとネクラが奏して二十歳まで恋人なし。

留学しているときに現地人の年下初彼ができるが

べったりされすぎてめんどくさくなり1カ月で別れる。

帰国して年上の金持ち実業家と付き合うが

メンタル病み男&放置されすぎて1ヶ月で別れる。

付き合いたい人が見つからず高校時代の悪友とつるんでたらそのうちの一人となんとなく付き合うことに。

実家からたかったので二週間後には同棲することに。

付き合って一年後、結婚願望が全くないのに勢いで6000万の港区マンションを購入したついでに結婚

(わたしの収入だけでは買えなかったので)

結婚してみたらこの上なく相性が良いことに気付き、年月がたてばたつほどバカップル化。現在結婚三年目。

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毎日仕事やら接待やらで帰ってくるのが遅くてろくに家事できない。

仕事はそれなりに頑張ってるけど「のぼりつめてやろう!」とか思ってない。

そこそこでいい。さっさと帰って夫とイチャイチャしたい派。

振り返えれば振り返るほど、悪い要素が良い人生を作ったのだなと思う。

私みたいなコンプレックスネガティブの塊だったら

もっと収入やりがいのない仕事を日々淡々とやって、

誰もいない狭い寂しい部屋に戻ってくる人生でもちっともおかしくなかったと思う。

結婚は30過ぎるまでしたくないとか恋人いないときから豪語していたくせに、

してみたら早く結婚して本当に良かったなと思ってる。

(寂しがり過ぎてメンタルが弱いため)

大学まで仲が悪かった両親とも仲良くなり、

わたしのことを凄く誇りに思ってくれている。

(ふたりとも私がきっとひどい人生を送るものだと半分諦めてた。

両親はずっと職に恵まれず貧乏だったので今の私の人生を羨ましいといってくれる。)


結論:人生万事塞翁が馬

2012-02-10

復興庁、正式発足=野田首相らが看板掛けへ

東日本大震災から復興施策の司令塔となる復興庁が10日、正式に発足し、東京都港区赤坂の民間ビルに設けられた本庁で、野田佳彦首相や初代復興相に就任する平野達男復興担当相らが看板掛けを行う。設置期限は2020年度末までで、本庁、地方合わせ常駐職員約250人体制でのスタートとなる。

 復興関連予算の要求・配分を一元的に担うほか、被災地規制緩和や税財政上の特例を認める復興特区住宅の高台移転などに使える復興交付金も所管する。 

しかしたら、この記事を読んだ諸君は、「なんでもうすぐ一年にもなるというのにもっと早く立てなかったの?」とか、「なんで東北に立ててないの?」とか思いの方もいるやもしれません。

が、考えて欲しい。彼らが東北に立てた復興庁とやらに自ら足を運びたがるか?、ということだ。彼らが復興庁通勤するためには、東京にあるということは絶対条件なのだ

ついこないだもNEC社員と思しき人間宮城県のしょぼい街に異動になって阿鼻叫喚だったろう?「まともな人間」にとって東京以外というのは田舎しかない。ましてや出世から外れようとエリートであることには変わらない彼らが、どうして田吾作と一緒に汗水流して復興してやらねばならんのだ?というのが、大方の本音であろう。

というわけで、霞が関の外に庁舎が立てられたというだけ、被災者諸君はありがたやありがたやと拝まなければなりません。これは決定事項です。

2012-02-07

スマイルプリキュアが清々しいまでに現実逃避していて気に入っている

初めてプリキュア一年通して見る予定

子供は元気で、仲間を思いやり、弱いものを守り、悪意にめげずにひたむきに頑張れば幸せになれるよっていう内容

主人公は自分生き方が正しいと思っているし、自分幸せになれると確信している。そんな姿をキチガイみたいだと素直に指摘している人もちらほらいる。

その通り。そんな生き方をすれば、自分犠牲にしなければいけないし、嫌な思いをするし、損もする。幸せになれると感じる方がおかしい。

しかし、そんな本当のことを子供達に言うわけにはいかない。嘘をつくしかないのだ。

現在人間が抱えている問題について描くと不愉快だと叩かれるのだから

こうやってひたすら理想を見せるしかない

道徳を守らず、ズルをした方が幸せになれるように見える現状について言及してくれることを期待している

2012-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20120203135009

増えるなら今年じゃない?

結婚って準備に時間かかるんだよ。だからできちゃった婚は慌しくて大変。

周りのカップル結婚決めて式まで一年とかがざら。

2012-01-31

復興イベント

3月11日家族といようか。一人で静かに過ごしてみようか。

なんてこと考えてたら、復興イベントなるものをやることになり、

それを手伝うことになった。

地方紙記事にそのイベントの記事が載ったんだけど、

それを見るなり「なんだ、記事が小さいな」と上司がつぶやいた。

一年前に2万人弱の人が亡くなったというのに、そんなこと言うのかー。

お前の器の方が小さいわー。

意地悪くそんなことを思った。

3月11日イベントで「観光」「買い物」のこと考えるより、

家族で過ごしたいという需要のほうがあると思うけれど、

みなさんは、イベントぜひやろう!と思いますか? 

それともイベントより穏やかにすごそうぜ!と思いますか?

2012-01-29

今頃鏡音三大悲劇の一『悪ノ』シリーズ

または希望絶望連鎖について書き捨て。




『悪ノ』シリーズって何ですか

音声合成DTM製品VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である鏡音リン鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索

小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞情報源を絞る。

核となっている曲は『悪ノ娘』と『悪ノ召使』の二曲。

前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使い視点から同じ一連の出来事を歌ったもの

YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘から先に。

英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。



なぜ『悪ノ』シリーズを取り上げるんですか

身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から

ニコ文化中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。

ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。

「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。

たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーから常識的に考えて、とか。

・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。

  いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作

・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。

…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞ちょっと拙いとかね。

にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生数すごいし。

何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。

いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。

三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。

それでは「これ」は何なのか?



ウケた要因の私的解釈

まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。

あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。

このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。

「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。

この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。

よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。

少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。

鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。

そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。

彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。

しかもそのレベル人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホント彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。

イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。

破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。

それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使い存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。

「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。

召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。

ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。

彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。

からその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。

完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。

オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。

要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。



鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。

というのもなんかこう、意味深ですね。

「破裂したい自分」と「尽くしたい自分」の両面のような感じ。



怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実

機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。

実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇テンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。

何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。

そういう方法絶望連鎖して伝播しているような感じがするのです。



何が気に入らないの?

漫画家とり・みき氏の言葉(の引用引用)だけど、こういうのがある。

人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。

 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか

個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。

ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。

まりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。

恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。

閑話休題

から例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。

そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。

何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。

でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。

で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。

あの召使い台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメント動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。

気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なもの犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。

いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。

他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。

そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。



何を望むの

物語の洗練」を。

機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。

あわよくば希望を手に入れて、それを連鎖させて伝播させたい。

具体的にいうとこのネタ小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。

すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます

2012-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20120127154920

元増田です。様々な意見煮詰まっていたのが少しほぐれてきた。多謝。

夫&親戚も、専業主婦になったっていいって言ってくれるけど、子供の自立後が寂しそうだし、仕事続けたい。

憧れるのは『余裕がある暮らし』。朝はコーヒー飲んで新聞読んで、月1は家族3人水入らずで遠出する時間を捻出したい。

9ヶ月の子供は気質が穏やかな方。離乳食もよく食べてくれる。生活習慣も出来て、夜泣きもたまで育てやすい。だから元ぐーたらカポーの要領の悪い増田でも何とかなってる。

>むしろ子供の分だけ作って親はコンビニ弁当とかになりそうだけど

これはガチ。離乳中期の始めはよくやった。でも風邪引きやすくなるから鍋とかカレーとか手抜き料理にした。

>家事なんて、グッズ使って、手を抜きまくり病気にならない程度にやってりゃ十分なんだよ。

>世の男どもは、みーんな、そう思ってる。まして、共稼ぎしようって男なんて「家事? あんな楽なことに何時間かけてんの?」だよ。

>そこで「手を抜いてるから楽なんだろーが」と噛みついても仕方ないのは、元増田経験した通り。

↑これ、旦那意見まんま。そうなのよ。夫は自分が鍋だろうがコンビニ弁当だろうが文句はいわない。この前は出した靴下の色が少し違ってたけど気づかず履いてった。

ただ、ほこりで人死ぬっけ!? な人。子供が2歳になるまでは、私が本能発揮した方がいいんだと思う。

 『必要を感じない状態』を私も知ってる。その場合の最低限と、必要を感じてしまった場合格差は、埋めようとすると衝突しちゃう。

 子供が育ってしまう方が早いのかもしれない。

 ホルモンとか動物的な性差を感じる。

 離乳食は全部私がやってしまう。夫の成長の機会を奪ってるのかもしれない。どうしても週末私だけ出かける時は、タイムスケジュールとチンするだけにした離乳食を置いておく。

 でもほんと、いい手抜きしたい。まずは週末は買い物って思い込み取ろうと思って、生協宅配に加入した。

 離乳食は基本冷凍してる。おかゆやパスタ炭水化物納豆マグロ赤身焼いたのとかタンパク質。あとは青菜人参カボチャは切らさないようにしてる。全部フライパンでゆで適当冷凍してる。グラム数とかは細かくは測ってない。

 鍋おじやが週1〜2はあるし、たいしたもん食わせてない。ベビーフードは週1〜2、野菜とか豆腐混ぜてあげてる。ホワイトソースとかチキンライスの素もよく使う。

 保育園もよくやってくれてる。相談もできるし、親世代じゃなくて今の育児教えてくれるからほんと楽。

 掃除は、一日2、30分にしようって決めてる。半分でクイックルワイパーと棚の拭き掃除。残りで週1〜2とか月1って決めた箇所を順繰りに。とりあえず、週末たまった家事をしたら日が暮れて月曜が来るってのを辞めたい!

 風呂掃除も、蛇口とか子供が好きで触ったり舐めたりするから、必要に迫られてやってるだけ。子供場所を限定するか、親が掃除するかかな、と思う。

 どっちにしろ、たったあと一年半くらいの話なんだと、今気づいた。下の子供が出来たら、延長だけど。

 来年ルンバ様買えるように今年貯金しようかな。

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (2/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。

そういう文化交流はえてして少しぎこちなくなるものだ。

日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。

アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。

YouTube ではきらびやかトレーラームービーを見ることができ、

一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。

Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。



村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。

これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。

彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、

毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである

1Q84』によって彼は三年間収監されたという。



といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。

村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセント女の子出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。

「基本的には同じなんだ」と彼は言う。

少年少女出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」



実際には『1Q84』は単純な物語ではない。

筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。

物語は行き詰まりから始まる。

青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。

そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。

タクシーラジオからある歌が流れる。

チェコスロバキア作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。

渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。

しかしそれは神秘的な深さで彼女共鳴する。

シンフォニエッタ」は進み、タクシーは動かない。

運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。

高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。

本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。

青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。

「見かけにだまされないように」と彼は言う。

降りていけば、彼女にとっての世界根底から変わってしまうかもしれない、と。



彼女はそうして、世界は変わった。

青豆が降りた世界歴史の軌跡がわずかに違っていた。

そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女遅刻した約束というのは暗殺約束であったことが明らかになる)。

そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。

彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。

1Q84』の狂気はおよそそのような流れだ。

この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、

私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。



この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。

一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。

その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説1Q84であるように思われる。

怒り、暴力惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、

日本のすべてを取り込もうとするかのような本である

偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、

ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。



驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。

そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいものようにそれを受け流し、

自分想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。



「リトル・ピープルは突然やってきた」という。

「彼らが何者なのかはわからない。その意味づけもわからない。

 僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事



村上の作品は夢のようであることが多い。

明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、

覚えていられたことはない、という。

目覚めたときには消えている、と。

ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹小説のような繰り返す悪夢だったという。

その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。

蛇肉の天ぷら芋虫パイ、そしてパンダ入りライス

食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。



2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。

運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。

私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。

カーステレオではブルース・スプリングスティーンカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。

アメリカシュールレアリズム古典である



車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。

次に彼は存在論的に複雑な仕事をした。

実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである

彼女用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。

「だから多分このあたりのはずだ」

と言ってこちらを向いて念を押すように

「それは現実じゃないけれど」

と付け加えた。

それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。

「そう」と指差して「ここが彼女が降りていった場所だ」

キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。

村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、

「それは現実じゃないけれど」と言った。



村上フィクションは変わったやり方で現実漏れ出す。

日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。

村上東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。

私はできるかぎりその世界時間を過ごそうとした。

村上天啓を得たあの場所神宮球場へ行き、

客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓もっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。

また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトン2001年アルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入り東京ジョギングルートゆっくりと走った。

私のホテル新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要役割を果たす、交通機関ハブ的な場所だ。

登場人物たちが好んで使う集合場所中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。

そしてフレンチトーストタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。

そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。



こうして私は、村上巡礼者の列に連なることになった。

実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、

登場人物が聞いた音楽プレイリストオンラインでまとめている読者もいる。

村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社西日本への『海辺のカフカ旅行を企画したこと、

ポーランド翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行ガイドブック編集していることを教えてくれた。



こうした旅自体が、形而上の境界を越えてしまうこともある。

村上は読者から彼が生み出したもの現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。

たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。

ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。

1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字家族から村上は便りを受け取ったという。

彼はサイン本を一冊その家族に送った。

ここでの要点と言えるのは、現実漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、

村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。

彼は私たちを世界から世界へと往還させる。



世界から世界への往還──それは翻訳の作業を思い起こさせる。

翻訳は、様々な意味村上の作品を理解する鍵となる。

彼は一貫して日本作家からの影響を否定してきた。

作家活動の初期には、「日本人という呪いから逃れようとしているとさえ語った。

その代わり、十代の若者として、西洋小説家の作品を貪ることによって、文学感受性を培った。

その中にはヨーロッパ古典ドストエフスキースタンダールディケンズ)もあったが、

彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀アメリカのある種の作家たち、

レイモンド・チャンドラートルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルドリチャード・ブローティガンカート・ヴォネガットなどだ。

処女作に取りかかったとき村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。

本の冒頭を英語で書き、それから日本語翻訳し直すのである

そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。

村上を長く翻訳しているジェイ・ルービンによると、村上の作品の特徴のひとつは、

たか英語原作から翻訳されたかのように読めることだという。

2011年10月21日

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村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

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この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。



そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。



このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。



村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。



村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。



そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。



村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。



村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。



作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。



村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。



時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」



「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」



そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。



低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。



話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。



「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

1 - 2 - 3

来月で仕事辞める

一年もたなかった。

今年三十路になる。

何回目の転職か数えるのもめんどい

これからまた職探しとかさらにめんどい

何やってんだ俺は・・・

家賃の安い埼玉引越しルームシェアすることにした。

負担減るし、ほんのちょびっとのお給料もらえるだけでいいよもう。

あまった時間であれしようこれしよう。

きっと良い方向に向かうはず俺の人生

特に何もいいことなかった20代さようなら

いらっしゃい輝ける30代。

あー楽しみだなー。

#吉田寅次郎の思想#

・「ことは長州藩内の問題ではない。寅次郎個人の問題でもない。一藩の軍学師範約束を違えることは、長州満天下に恥をさらすことです。最大の不忠なのです!私人としての寅次郎がどうなろうとも、私は公人として立派な行動を取らねばなりませぬ」


・「僕は気が狂っているかもしれません。しかし狂うぐらいに行動して初めて道は開けるのです。家族にも私の突き進む道を見ていただきたい。きっと褒めていただけるはずだ」


・愚かな人間とは自分の信念を曲げてしまう男のことです 自分で一旦決めたことなら生涯をかけて貫かねばなりません


金子くん、使命を見失ってはいけません 私達が守ろうとしているのはあの人々の平和笑顔です

 私も一瞬君と同じ気持ちになりました 我々が命がけで苦労をしているのに、と

 のうのうと遊ぶあの庶民に怒りが込み上げそうになりました。

 しかしだからといって、彼らも苦しまねばならんと思うのはトンデモない誤りです 驕りです!

 私達が守るべき庶民が愉しむ姿に怒りを覚えるのは本末転倒であります

 何のために戦うのか それを忘れてはなりません それが武士なのです

 自らの意思で死地に飛び込むのが武士なのです 我々は決して「戦ってやるのだ」などと思い上がりをいだいてはなりません

 

 逆に、どれほど苦しかろうと事情があろうと、戦うべき時に戦わずのうのうとしている武士を許してはいけません

 我々が武士である以上、それを肝に命じておきなさい


・我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!(投夷書)



密航計画が幕府に知れるのは時間の問題。ならばその前に自ら名乗り出よう。

 「逃げ隠れしたと思われては僕達の誠実さが伝わらない」死刑覚悟密航を企てたとわかってもらわねば役人の心を動かすことはできない。

 私から何かを説くわけではない。私の姿を見せるだけでいい。

 命をかけてこの国の前途を憂えている人間がいると知れば、その人がまた真剣にこの国を考えるようになる

 そんな人を増やすのが、これからの私の使命だ、喜ばしいことではないか

 私は無理だったが、その人達が私の夢を継いでくれる 絶望などないさ


・にげれば僕達は悪いことをしただけの人間になります

 僕は誓って悪いことはしておりません 命を捨てて貴国の船を訪ねたことはいまでも英雄的な行為であったとおもっております

 英雄けが牢に入る資格を持つのです

 ただ、こうして牢にいると顔を動かせないのが辛いであます 

 まさかさらし者になるとは思わなかった

 この状態では悲しい顔を見せればそれが他の理由でも人々は僕をダラしない、情けない罪人だと思うでしょう

 といって怖い顔をしてもニコニコ笑ってもトンデモなくふてぶてしい悪漢だと思われてしましま

から僕はどんな表情もできない… まだ英雄であることに慣れていないのであります・・・



#佐久間象山鎖国制度評価#

 「我が国の祖法」とおっしゃるが、

 我が国の歴史を見るに、学問文字仏教儒学すべて海外より伝来したもの

 そもそも聖徳太子はるばる波濤を越えて隋に試写を使わされ それが遣唐使となりて交流が栄えたところから始まっております

 江戸幕府における鎖国令についても

 これは三代将軍の御代 寛永年間に起こった島原の乱に原因を持つ非常時の措置にほかなりません

 二百余年を過ぎてなおこれに執着するのは弊害のみが多く国家発展の妨げとなり

 神奈川条約が結ばれた今、鎖国事実上死文となっているのではありませんか?

 徳川幕府そのものがすでに町民中浜万次郎くんを直参に登用し重用されているのですよ

 本年よりは急ぎ多くの優秀な若者外国に送り、異国事情を学ばねばならぬ時ではありませぬか?

幕府側の対応自首してこなければこんな問題起きなかったのに」w



#坂本龍馬岡田以蔵#

「以蔵、怒る!詳しく怒れ!何に、どういう訳で怒るのかをよくかんがえて怒らんか!」

「以蔵、お前の言うとおりだ、わけのわからん上の勝手カラクリでわしらはすきにされてるんだ。お前のおかげで分かったぞ!」

エライ人も偉くない人も同じだということを教えてくれる人が偉い人なんじゃ」

「以蔵、もうすぐ世の中は変わる。お前も何でもやれる時が来る。だから短気を起こすな」

→刀振りかぶってる相手に両手広げて真正面から抱きついてくる人間は斬れない。お前には負けた



#日本が勝てない理由#

 戦の相手は米国だ 黒船が撃ってきたらどうやって戦うんだ?

 それぞれの藩が自分の持ち場だけで戦う よそが買っても負けても知らぬ存ぜず それで勝てるわけ無いだろう!

 藩が互いに連携を取らなければ作戦すらタテられないというのに 各藩が共同戦線を組むのは幕府が禁じている

 各藩が仲良くなったら将軍家より強くなることを恐れている 幕府馬鹿か!

 目の前に巨大な敵が出現しても各藩は互いの顔色を伺い前の敵より後ろの将軍家に睨まれるのを恐れている

 結局江戸湾防備にしても 形だけのことしかしない 幕府も各藩も、国が消えれば全部なくなってしまうのに自分のことしか考えられない

 こんなことではこの国は他の国と戦争なんかできない この国を変えなきゃどこにも勝てない!

 この国を何とか一つにまとめなければすべてが滅びる 



#日の丸の旗の話#

 海軍の創設に際して、薩摩が強く主張し、幕府が反対した日章旗であるが、

 面白い事に鳥羽伏見の戦いにおいては、

 幕府日の丸を掲げ、錦旗を掲げた薩摩日の丸賊軍として攻撃目標にした。

 以来戊辰戦争あいだじゅうは日の丸皇室に背く悪の象徴として、官軍の手によって踏みにじられ引き裂かれ焼き捨てられたのであった



#大災害が起きても、大飢饉が起きても、幕府地方を支援することはない#

 安政東海地震 M8.4 五ヶ月前に安政伊賀地震、翌日に安政南海地震一年後は江戸直下型地震

 しか幕府には蓄えがないし、そもそも幕府は他の班を助けるという発想自体を持たない。

 幕府が支援するのはあくまで御三家親藩だけであり、

 たとえば天明の大飢饉の際には、白河藩は餓死ゼロであるのにたいし、付近岩手藩は最も餓死者が多い結果になった。

 しかもその最中将軍家の祝賀パーティーなどがあったわけで、

 これをみても、徳川日本代表や支配者などではなく、ただの一番強い藩でしかしかなかったことがわかる。

 この不安定さのせいで、思想の取締や、政道への口出し禁止、参勤交代外様藩の力を弱めるなどの措置が取られたわけで

 どうせなら、徳川家が名実ともにもっと強大な支配者として君臨していれば、話は変わったかもなー。



#開明の志を持っている藩は多いが・・・#

 薩摩藩を筆頭に

 九州肥前佐賀藩鍋島直正宇和島藩の伊達宗城

 越前福井松平春嶽下総佐倉堀田正睦水戸徳川斉昭など。

 それはいい。しかし私が知りたいのはその先だ。

 お互いに競争をするのはいいが、みんな自分の班のことしか考えていない。

 私は攪拌の江戸湾警備をこの目で観てつくづく情けなくなった。

 三百も藩があって、それが互いの垣根を取っ払って力を合わせ、西洋列強に立ち向かう方法はないのか?

薩摩西洋化にした所で所詮一昔前を追いかけているに過ぎない。

 イギリスアメリカの最新兵器に比べればおもちゃのようなものよ。

 攘夷も開国も、どちらも無理なんだ。このままじゃどっちにしろしてやられる

 この国が生まれ変わる方法ひとつしかない 貿易だ。

 しかし、やつらは数百年ずっと相互貿易文明を発展させ富を蓄え、その力で東洋へ次々と乗り出していった

 そんな連中を相手に 訳もわからず国を開いて交易を開始してもいいように食い物にされる。

 だからまず船だ! 一隻でもいいから最新鋭の蒸気船を購入するんだ。

 それに志ある若者を乗せる!航海術を覚え、世界の海に乗り出すんだ

 世界中に物を運び文明を知り、やがて貿易国家としてこの国を栄えさせていく

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125195324

黒いパンツは定番で流行関係ないし

赤いチェックのシャツも黒い革風のブルゾンも今でも十分流行ってないか一年くらい寝かせても流行遅れになる心配はないよ

とりあえず、黒と赤の色合わせは爽やかとは言い難いから、控えた方がいいよ

上下黒を着るのも、難易度が高すぎる

で、爽やかに白いコットンのシャツと紺色のニットチノパンなんかを買ったらどうだろう

2012-01-22

肩いたい

からおっぱいが大きかった。体重の減増で多少変わるけど大体G65~F70くらい。別に自慢したいわけではない。

よく人から「肩凝るでしょ」と言われてきたけど、肩こりってのがどんなものなのかわからなかった。

ずっと私の体にくっついてるんだし、肩こりしてても慣れて気づかないのかも……。と楽観してた。

だけど最近、とっても肩が痛い。夜寝て朝起きると、肩が疲れている。背中のほうから肩の前面までひきっつてるかんじ。

もしかして、これが肩こり?なぜいまさら?



理由を考えてみると、そういえば最近運動しなくなった。中学から大学卒業までずっと剣道をしていて毎日竹刀を振り回していた。肩にももっと筋肉がむきむきしてた。その腕の上下運動をここ一年まったくしていない。

肩こりは血流如何だと聞いたことがあるけど、ここまで露骨に表れるとは。



あともうひとつの理由として考えられるのは、おっぱいが垂れはじめているかもということ。下に引っ張られるから、肩が疲れてるんじゃなかろうか。

まだ23なんだけど、18のころに比べたら「ぷりん」ではなく「たゆん」になってきた気がする。昔の写真があるわけではないので、その差は定かじゃない。

いまはアンダーバストのところに指を当てると、下乳がそっと当たるかどうかという微妙な感じ。まだ垂れてはいないけど、すごくこわい。それなら体系がきれいなうちに、好きな人と結ばれたい。

2012-01-20

恋愛人生無駄にした

自分典型的キモオタ。ただ一点いや二点あげるなら、デブではないしメガネでもない。

そんな俺が恋をした。相手はまあ、純情系っていうか俺みたいなキモオタストーカーされやすいようなタイプ。黒髪。背が低い。

でもさ、なんも接点もない俺がどうすんのって。悩んだ。あの時なんで恋に落ちたのか、二年たった今でも不思議だが。

あの娘とは同じ大学ではあるんだが学部も違うし学年も違う。これってもう詰んでたよな?うん詰んでた。

で、どうなったんだっけ・・結局向こうは留学したんだったか。今は大分心の傷も癒えた。

結局ストーカーまがいに想い続けていた期間は一年結構単位落とした。そもそも勉強が手に付かなかった。理由はあの子

の子の映ってる写真とか探して、絵を描いてた。イラストに起こしてキャラにしてた。うん、キモいね。

今思ってもあの一年無駄時間だったと思う。詩ね。市ね。師ね俺。

2012-01-19

フランダースの犬にまつわる救われない話

オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。



フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。

しかヨーロッパではほとんど知られていなかった。

もとは1872年発表のイギリス童話だが、原作者女性ベルギー風俗イギリス人の目で偏見的に描いている。

なにしろ、帝国同士の争いが激しかった19世紀。

イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。

「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」

こんなことをずらずらと書いているのだ。

ベルギーを始めとするヨーロッパで人気が出るわけがない。

その上、本家イギリスでは、運命に抗わず教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。

結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。



ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。

80年代から海外旅行ブームでは、ベルギーフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。



もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。

地元人間すら誰も知らないのだから当然か。

日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりパターンだったとか。



ところが、1982年、大きな転機がやってくる。

ベルギーアントワープ観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。

日本人観光客からフランダースの犬』という物語存在を聞いたことが発端である

生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。

地元を愛し、それが故に地元観光局に勤めた彼。

そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。



だが日本人観光客に詳しいことを尋ねても、

アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」

というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。

今と違ってインターネットがない時代

日本語情報はそう簡単に手に入らない。

街の誰に尋ねても、何もわからなかった。



しかし彼はあきらめない。

「この地方舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」

そう考えた彼は、地元郷土史などを調べ始める。

図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。

欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。



……だが、読み終えた彼はがっかりした。

感動するほどの物語ではないからだった。

実は原作には、最後ネロ天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。

ただただ暗いだけの作品なのだ

原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。

そんな原作者厭世観が反映された作品でしかなかった。



(この原作日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)

日本人からアニメの素晴らしさを聞いていた。

しかしたら、それがヒントになるのかも?

彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオ童話集を取り寄せてみた。

その結果……感動したのだった。

彼は、今のジャパニメーションギークの先駆けだったのだろう。


情熱は、いよいよ膨らむ。

一年半かけて調査を行ない、原作舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。

原作に描かれた運河がスケルト川だったことも分かった。

ついには風車の跡も発見する。



変わり者のコルテールのその姿は、周囲から嘲笑を受けていた。

当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。

だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。



ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。

そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年ネロパトラッシュの小さな像が、ホボケ情報センターの前に立てられた。

除幕式にはアントワープ州知事市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。



風車観光客向けに作り直された。

ネロパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。

ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。

その地域観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。

フランダースの犬ベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。


ヤン・コルテールは『フランダースの犬研究家として知られるようになる。

その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。

研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性石井ヨシエと結婚した。

彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せ暮らしている。









……はずだった。

2008年、彼が妻を殺害した容疑で逮捕されるまでは。



なぜなのか?

コルテールが日本人の妻をもらい、日本ベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。

ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語サイトでは何一つその理由が分からないのだ。

英語サイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。




仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語サイト日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。

その結果、驚くべきことがわかった。

コルテールが妻を殺したのは、妻の浮気のせいだった。



コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。

だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。

彼女帰宅する時には、職場にまで迎えに来る。

もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。



異国の地にやってきて、海外しか味わえない自由を満喫したい日本人女性

彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー男性

だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。

二人の間はギクシャクし始める。



その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。

「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」

秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。

「彼は変わり者だからね。我慢さ」

愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。

ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。



ところが二人の仲は、コルテールに最悪の形でばれてしまう。

二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。

口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。



だが、そのときヨシエは豹変した。

日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事発見したコルテールを怒鳴りつけたという。

「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」

彼女の口は、悪かった。



その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。

何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。

彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。

しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。



コルテールは、一つの提案をする。

それは、最後のお願いとして、彼女日本を一緒に旅行することだった。

二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。

……これ、男にありがち。

男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」

他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。



日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。

それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。



ベルギーに帰国後「自分を自由にして欲しい」と迫るヨシエ。

それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。

そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。

彼女は、職場ベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。



……こと、ここにいたっては、どうしようもない。

この時のコルテールの失望は、いかばかりであったのだろうか。

その時の衝撃は、彼の行動が示している。

コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。

リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。




※プライヴァシー保護のため、一部を仮名にしています

2012-01-17

ありがとう

ここ一年近く、ほぼ毎日仕事うつ病について増田を書いていた。最近になって覚悟を決め休職した。

いろんな人にトラバをもらった。ありがとう

批判もあれば、同情もあり、同じ悩みの人もいて、克服した人もいた。

一人じゃないと判ったので、すこし心がすくわれた。益田のみんなにありがとう。もう少し休んだら、生きようと考えてる。

2012-01-16

センター試験関連のツイートをしてる受験生は、間違いなく落ちる。

休みに「難しかった(汗」ってバカかおい!!

今そんな段じゃないんだよ。そこはノートにかじりついてる時間だろうが。

便所行って、飯かっ食らったら、入室の直前まで学んだ内容を頭に刻み付け続けるんだ。

その一挙手一投足がお前の点数を、受かる学校を、ひいてはその後の人生を左右するんだよ。

行く学校が変われば出会人間も変わる。就ける職業の可能性も。

一年遅れれば生涯所得がいくら落ちるか。まるで分かっていない。 

 

緊張を取るための仲間との雑談、そのような意識で使っているのか。まあそういう時代でもあろう。

しかし、終わった後に正答や解法がこうだ、出題者の意図がああだ、と議論している輩はなんなのか。

1日目終了時点でやっている者、これはもう度し難い。全日程終了後であっても同様に愚かである

これは一部のバカが可視化されてるだけなのか、それともデータ取りに受験した予備校講師ぼやきか何かなのか。

提出してしまった答案はもう、お前の力の及ばぬところにある。

複数正答、得点調整の可能性など議論していても、詮無きことだ。

 

今お前のやるべきことは、答案や問題のことを考えるのをやめ、一晩くらいすっぱりと休むことだ。

そして夜が明けたなら淡々と採点をし、センター利用なら志望校絞り、二次試験ありなら個別対策へ頭を切り替えるのだ。

自分学生の頃はセンター明けに振り返ってグチグチ言おうものなら、教師に窘められたものである

 

わざわざ書くのも憚られるほど当たり前のことだが、さっさと前を向け。切り替えろ。

そうして、できることなら受験終了までツイッターなど携帯ごと捨てろ。

お前が撫で回してるそれは、そんなに素敵なもんじゃあない。

2012-01-15

ソープに通う」男性は、「日本でよく見られる」という意味では「普通」ぐらいは言えるかもしれないが、「マジョリティ」ではない。たとえばこのようなデータを参照のこと。

問 過去一年間に売買春経験した男性(18歳~49歳)

ベルギー フィンランド フランス イギリス オランダ ノルウェー スペイン アメリカ 日本
NA NA 1.1 0.6 2.8 1.8 11.0 0.3 13.6

神奈川県立がんセンターによる「日本人HIV/AIDS関連知識、性行動、性意識についての全国調査」

http://www.acc.go.jp/kenkyu/ekigaku/2000ekigaku/eki_015/015.htm

1990年代無作為抽出の全国調査による行動結果)



なお、「アニメキャラに恋する奴」に関する国際統計は残念ながら見当たらないが、参考までに各国のニート比較をすると、2007年の数値では、以下のようになる。

ベルギー フィンランド フランス イギリス オランダ ノルウェー スペイン アメリカ 日本
15.4 13.3 15.1 18.1 6.9 8.8 17.2 16.2 7.6

(参考:OECD各国のニート率まとめhttp://alfalfalfa.com/archives/4176419.html

ソースhttp://www.oecd-ilibrary.org/sites/factbook-2010-en/11/03/04/index.html?contentType=&itemId=/content/chapter/factbook-2010-93-en&containerItemId=/content/serial/18147364&accessItemIds=&mimeType=text/html



上下比較して気付くのは、売買春経験する男性ニートより多いのは唯一日本のみであるという事実。これは、割と意外ではあるが納得できるものでもあったので、一応付記する。



以下への返信。

前者は普通マジョリティといってもいいかも。

http://anond.hatelabo.jp/20120115005443

2012-01-12

いじめっ子

いじめっ子ってマスメディアに登場する時は、教育ママに塾に通わされているお坊ちゃんだったり我がまま放題に育てられた大金持ちの娘だったりするけど

実際子供の頃を思い出してみると、友達の家に行って勝手冷蔵庫を開けたがり、出されたお菓子に文句を言うような躾けのなっていない欠食気味の子だったり

小学校の途中で苗字の変わる、ちょっと家庭に問題のある子だったり

一年Tシャツと半ズボンで頑張らざるを得ない貧しい家庭の子だったりしたよね。

他人の持ち物に絵の具をつけたがったり踏みつけて汚したがるのも、自分が買ってもらえない僻みにしか見えなかった。



僻まなければならないような不幸な境遇の子供が減れば、案外いじめはなくなるんじゃないかと思う。

どこに行ってもいじめられる子

正月休み小学生のいとこが話してくれた。

 

クラスある学年に2人、絶対にいじめられる子がいる。

一人はアトピーがひどい女子で、もう一人はキモがられてる男子

クラス替え自分クラスにその二人のうちのどちらかが居ると、一年間はその子けがいじめられる。

どちらも居なければ、誰がいじめられるかわからない。

絶対にいじめられない子というのも居て、かっこいい男子か、かわいい女子は、どのクラスになってもいじめられない。

お母さんと一緒に子供服モデルをやっている女子が居て、その子女子の中で一番有力。

中学受験の塾に行っていてスポーツもできてかっこいい男子が居て、その子男子の中で一番有力。

そういう子と同じグループの子は絶対にいじめられない。

 

私(ゆとり)の頃より学校階級社会になるのが低年齢化しているように感じた。

いとこは「絶対にいじめられない階級の子」ではないので、自分利益を考えるなら、「絶対にいじめられる子」に同じクラスになって欲しいだろう。

いとこが「絶対にいじめられる子」を救いたいと思うなら、「絶対にいじめられない階級の子」になるしかないだろう。

半端な階級の子が手を出すと、自分いじめられるようになるだけで、「絶対にいじめられる子」をいじめから救うことはできない。

華族士族にとってはどうでもいいが、商家や農民は「えた、ひにん」を求めていたことや、

アメリカ北部の知識層富裕層黒人奴隷解放しようとしたが、南部の農民たちは強硬に反発したことを思い出した。

2012-01-11

お前は自分のことを 教育者だと思ってるようだが

自分が今まで指導してきた学生が いかダメだったかを 面白おかしく語ってるすがたに 教育者の姿はみえんわ

まいにちまいにち居室までいって

でなぜか学生居室にいどうして 笑い者にされる

研究の話というか 人格の話をいつもされる

どうもおれは人格がだめらしく おれの人格いかダメなのかを 面白おかしく語って 他の学生の笑いをとる

面白い

研究室でこんなあつかいうけてるの 俺だけだしな

なんかばかにされるために大学入ったのかなと思うと

どう言われているかを録音して お父さんお母さんあなたの息子は こんなにもクズですという感じで 残しておこか

親の教育が悪かったとかも 言われたしな

なんかとりえあんのかなおれ

ほんとそろそろ 辛くて限界

一年がまんしてきたけど ここらへんで我慢の限界がきたようで

どうすりゃいいんだろう

2012-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20120109222538

>この8ヶ月間あまり環境のぬるさと、それでいて何もさせないで放置し、

>何かしようとした時だけ抑えこもうとするというわけわからん仕組みで発狂しそうになった。

>配属された部署がヌルすぎる上に、全くかわろうとしないということですよ。

これと、

>「敵対」はとてもじゃないけど無理だ。なんだかんだいって年季が違うから情報量では全然歯が立たない。

>成果を上げるには絶対に先輩方らの協力は必要だ

これって矛盾してるよね~。



とりあえず、なんか職場の状況を変えたいと思ってるんなら、「ヌルい」職場仕事位キチッとこなせるようになる事が先決では?

なんか、今年某電力に就職した知り合いも似たような事言ってたよ。

そいつは、「とりあえず一年で先輩の助力なしで仕事をこなせる様になる。」って言ってた。



自分も2011卒の新入社員だけど、求められるレベルが高くてヒーヒー言ってるから、ヌルい職場は羨ましいっすわw

努力について

努力けが本物のの自信を生む

努力は過信を生まない。これは、自分大学受験時のことだが、最初の教科が思ったより問題が難しくもう駄目かと思った。しかし、この一年頑張ったという思いが、「最後までできるだけやろう」と思わせた。努力こそが本当の自信につながっていくのだろうと思う。

努力は必ずしも報われない。

努力すれば成功するとは限らないが、成功する者はみんな努力をしている。努力が報われるかどうかがわからない中で、努力し続けるということは非常に難しいことである

努力は他人には見えない

自分努力しているということは自分を相当見てくれている人以外はたいてい気づかない。ふつう人間はその人の今までの肩書きを見るのが普通である努力することはけっこう孤独な作業である。そして、努力たかどうかというのは自分自身にしかからない。

努力にもやり方がある

努力の方向性を間違えると「木に縁りて魚を求む」といった状況になりかねない。極端に言うと生物の成績を上げるのに歴史勉強をしても意味がない。

努力と結果

努力は結果を得られるためのプロセスに過ぎないが、努力すること自体は非常に価値のあることである

努力できる環境感謝

努力できるかどうかさえその人が置かれた環境に左右されうる。努力ができるというだけでけっこう恵まれている方である




以上、努力することの意義について今の自分が思うことをまとめてみた。

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