はてなキーワード: キャッチボールとは
横山健のメルマガで講座の内容をダウンロードできたのでまとめてみた
1.弱弱しくしない(ずっと敬語でしゃべり続ける、おどおどしない、こんな俺でよければ…など)
2.会話のキャッチボールができない
3.女々しくしない(あの時こうだった、数日メール返ってこないだけで嫌われた)
5.自分勝手(相手の話を聞かない、興味のない話をする)
2.好意レベルによって変える
4.S=いじらない、M=ほめない
5.まじめ系=下ネタ×、非まじめ系=無難な会話をしてはいけない(質問攻め×、面白いこと○)
1.心を開かせる
2.酒を飲んでセックスして、それを利用する
(心を開かせてない場合は好意がない)
1.頻繁に付き合ってる子=やさしくする、話を聞くなど(いる場合は別れた時まで待つ)
アスペルガーの場合、会話のキャッチボールができない上に自分勝手になりがちだ
横山健をもってしても無理ということか…
ちきりんさんの本「ゆるく考えよう」に「コミュニケーション成立比率」というものがあります。
100%
A氏はB氏の発言を常に正しく理解し、一切誤解しない。逆もまた同じ(理解するとは「同意」の意味ではなく「わかる」の意味)
90%以上
70%以上
日常会話の他、業務を共にする上でも一切ストレスを感じない。ただし、感情、感覚の説明、擬態語、擬声語を用いだコミュニケーション、前提を省略した会話については時に誤解が生じる。
50%以上
日常会話に問題はないが、ともに仕事をするにはお互いに注意深いコミュニケーションが必要。業務の場合は、おたがい話すだけでなく文章化や図解による確認があれば安心できる。
30%以上
日常会話は成り立つが、仕事や議論では、相手の言っていることを理解するのに時間と手間がかかり、お互いに手間がかかり、フラストレーションを感じる。誤解や軋轢が頻繁に生じる
20%以上
日常会話においても、様々な誤解が頻繁に生じる
20%未満
おそらく、飲みニケーションが最も有効に機能するのは50%以上から70%前後であると思われます。
年寄りの、特に役職持ちあたりが一番飲みニケーションを楽しんでいることからも明らかでしょう。
価値観や感覚は共有しており、情報や前提といった部分にお互い共有が足りない所がある場合、飲みながらのコミュニケーションというのは楽しく、かつ有用なものになります。
70%を超えだすと、酒の力を借りずとも、コミュニケーションそのものが有用になるでしょう。
もちろん酒があっても楽しいでしょうが、こういう人達はランチタイムでも十分活用できるはずです。
30%~50%ゾーンの人も、何も考えずに「飲みニケーションをやればうまくいく」などと甘い考えでなければやり用はあるでしょう。お互いに相手との違いや問題意識をしっかり持った上で酒の力を借りればうまくいくこともないとは言えない・・・ような。
言うまでもなく、30%以下の関係ですね。
これは飲みにケーションで何とかしようとしないほうが良いと思います。
まず最低限会話に必要な知識や、仕事の進め方についての共通認識がありません。
このあたりは、教科書的に教えて共有すべき、あるいは仕事場で先輩を観察しながら学習していくべき内容で、
酒の席で教えるものでもないでしょう。
むしろ「うまく振舞おうと思ってもできない」状態で、無理に適応するよう進めると、反発につながると思います。
私自身は、どうしても自分は職場では20%とか30%の関係でいたいんだ、という人はもうしょうがないと思う。
それでも、最初はこちらから20%から50%くらいになるまで、職場でコミュニケーションをとっていき、
見込みがありそうだったら、飲みニケーションに積極的に招待する、というやり方でいきたいと思ってます。
今の「飲みニケーション」の運営は、ふるい落とし方式のようになっていると思います。
努力して50%ラインまで登って来られる奴は可愛がってやる、そうじゃない奴は知らん、というやり方。
就職活動で篩いにかけられて、職場でもまたふるいにかけられる。それに頑張ってしがみついても、ふるいが常に意識に張り付いて、仕事もコミュニケーションも楽しく感じられない、というのはもったいないですね。
出世を目指すような人間は、当然これに耐えるべきだと思いますが、普通の人はもうちょっと自然に仕事できるようにしたいですね。
これは更に私の勝手な考えなんですが、
最近の大学生は、友達間でもコミュニケーション成立比率が低いような気がします。
傍から見るとすれ違いまくっているのに、なんとなく成立しているような振りをしている、というか。
とりあえず会話の投げ合いがあればそれで満足というか。キャッチボールになってんのかいな、と。
この「低いレベルでのコミュニケーション」に慣れているというか、満足してしまうと、
仕事で求められるレベルのコミュニケーションがしんどく感じられるのかもしれません。
友達といっても、一緒に同じ目標に向かって取り組んだり、というのをやっていなければ
50%以上の成立比率を要求されるようなことは殆ど無いでしょう。
大学時代はそれでも困ることはあまりない人もいるかも知れませんが、
仕事では最低でも50%以上のコミュニケーションを知っていることは必要です。
このレベルまで相手との関係を深めるということに嫌悪感を感じているように見える若い人を見かけると、
必要だから、というだけでなく、最初は戸惑ったり窮屈に感じるかもしれないけれど、
「内側」の感覚というか、周囲と強い結び付きをを味わいながら仕事できるようになると、
楽しいと思えるようになると信じているのですが、こういうのはもう古いのでしょうか?
お金を信用という違う尺度で捉えたのは面白いね。だけどちょっと机上論すぎるね。
信用=金ならば、約束を守ったりして信用を上乗せしていけばお金がもらえるってことになる。それってちょっとおかしくない?
さらに君は信用を漠然的な概念として捉えているようだけど、社会的に言う信用とは何か。僕がパッと思いつくのは「ローン」なんだ。銀行はその人がきっと返してくれると信用してお金を貸すわけだ。ここで銀行がこの人が信用できるかどうかを決める尺度はその人の年収であったり、家族構成だったりするわけ。決して会話のキャッチボール云々じゃない。
「お金」って何だろう?生活するために絶対必要なもの。そうだね。
でも、お金ってものは本当は「リアルじゃない」ものなんだよ。あくまでイメージ。
リアルなのは「信用」とか「信頼」って言われるものの方なんだ。
だから、恐慌や天変地異が起きて、貨幣への信頼がなくなったときにはお金は単なる紙切れにしかならない。
僕は昭和55年生まれで、戦後間もないころの新円切り替えを知識としては知っていても、現実味のあるものとしては受け取れていない。
でも、日本においてはこの新円切り替えがここ最近で一番貨幣への信頼がなくなったときだよね。
多分、みんな薄々感じてると思うけれど、21世紀の「新円切り替え」は刻一刻と近づいてきている。20年以内には高い確率で起きるよね。
そう考えたら、20年以上先の年金の事なんか考えても仕方ないし、もっと別のことを考えるべきだよね。
「お金は信用の代わりでしかない。リアルではないもの。みんなが信じているもの。」という話しをしました。
そのお金を稼ぐために一生懸命がんばっているわけだけど、みんな大切な事を見落としているんじゃないだろうか。
「お金は信用の代わり」ということは「信用」のほうが本当は大切なモノなんだよね。
この「信用」というのがやっかい。目にみえない。
信用があるっていう状態はどういう状態かというと、僕の定義では
「お金は払えないけど衣食住の面倒を見てください」ってお願いして
まず快諾してもらえること。
そして「信用を積み重ねられる人」というのは
だから、なんらかの過去のしがらみで元々「信用がある」状態でも
面倒を見てもらっている間に何もしなければ、どんどん信用は世話人の中で消費されていく。
信用を積み重ねられる人というのは、消費される信用以上に世話人に対して信用を上乗せ出来る人のこと。
一人前になるっていうのは、この信用を上乗せ出来る人になることを言うのだと思う。
逃げグセがついたら、いつまでたっても逃げまわることになる。
言い換えれば、相手の言うことに対して、いちいち突っかからないこと。
自分に言われていないセリフであれば冷静に考えられるのに、自分に言われたときは冷静でいられないというのは相手と自分を同一視してしまっている。
もちろん自分に向かって言われているのだけれど、それを自分を肯定・否定したセリフだと受け取らないこと。
そうすれば毎回自分を守らなくて済むし、「何で?」と思ったことは素直に「何で?」と聞くことが出来る。
約束を守らないような人間は、例え大金持ちでも「幻想としてのお金」を持っているだけであって、いざというときに周りの人は支えてくれない。
約束を律儀に守ることによって、少しずつでも信用は蓄えられていく。
逆に約束を破った瞬間に信用はガタ落ちになる。最近で言えばオリンパスショックがまさにその典型だよね。
会話というのはキャッチボールに例えられるけれど、相手の求めているボールを投げてあげて
自分の求めているボールが投げられてきたら、そのキャッチボールはとても楽しいものになる。
信用というのは、こういう小さなたわいのないところでも形成されていく。
オタク(ジャニ韓流腐女子)、天性の怠け者、処女こじらせ系、宗教。
そして全体的にフェミ度が高い。
紹介状の文面から大方予想がついていたので『いやだなー』と思いつつ勉強だと割り切ってあってみた。
そしたら案の定だった。
私は私よ。こんな私を受け入れられないなら別に構わないわ。
聞きたいことがあるなら聞きなさい。答えてあげるから。
私は聞かないわよ。あなたのこと。だって、私は会ってあげているんだから。
口下手な私も私なりになんとか会話をしようと努力してみたが、
ああ、あれじゃ結婚できていないわけだと思った。
少しでもいいところを探そうと思ったが…それも見出せず…
苦痛だったなあ…
一人身でいる状況なんだから…俺も同類か…はあっ…あんな風に周りに見られているのかな…俺も…
小学生の頃はかなり人気者の方だった。
中学から不良に目を付けられイジメられ、高校ではイジメは無かったが、少しでもDQNっぽい人がトラウマになり、
少数の固定友人とだけ連むだけになった。でもその頃はその友人らにすらどこか敬遠されたりもした。
それでも付き合ってくれた事は感謝。
飲酒や喫煙、ギャンブル、チャラい人、今でいうDQNをいろいろ嫌悪していた。
DQNグループに対して表面上はヘラヘラしてペコペコしていたが・・・
その反面、自分より劣ってそうな人には、イジメるわけではないし嫌いもせず親しくはしたけど
内心は見下してた最低なゴミ野郎だった。(自分より弱そうだから親しくできたのだろう)
女に対しても純情で、可愛くて清楚な見た目じゃないと駄目だと思っていて、
最近ネットでそういう風潮があるが、昔の自分を見ているようだ。
成績がいいわけでも非行するわけでもない。そういう立場だった。
(どちらかというとロキノン厨だった)
まぁそれらは置いといて、とにかく決まった友人以外の人との関わりに自分で壁を作っていた。
成人を迎えてから親に「お前は真面目すぎる。遊びを知れ」と言われた事もあり、
自分でも交友が狭い事が苦で、それからお酒をよく飲むようになり喫煙もはじめ
積極的に外で知人や友人らと交遊するようになった。
酷いときは連夜飲み屋に行ったり遊び歩きまくってた。いろんな人とも出会い知り合った。
成人過ぎると周りの友達は落ち着いていったのに、自分はその逆だった。
そのおかげか当時嫌っていたタイプの人間に対し先入観や固定観念は崩れ、
例えDQNと呼ばれるような人相手にでも恐怖も毛嫌いもなく接する事ができるようになった。
言わば昔自分が嫌悪していたタイプに自分がなったとも言うべきか。
あれから数年。今では落ち着いてプライベートはインドアでネット主体に
最近、ひしひしと痛感することがある。
「親しくなった友人に更に好かれたいのに、いつも敬遠されたり最終的に呆れられる」
いろいろ自己分析をする内に、その理由がハッキリ分かってきた。
・相手の事より、自分の話ばかり
・鈍感なせいかうまくボケたりツッコんだりできず、逆にツッコまれる
・相手の話を聞こうと集中しても話を整理して混乱して頭から何の話だっけと流れてしまう
(↑これにおいては、少ない言葉で何気ない内容のキャッチボールなら問題ないが相手が早く多く喋るとこうなる)
・些細な事を気にしすぎたりする。(嫌な事あるとすぐに友人にだらだら一方的に愚痴る)
・とにかく同じ話ばかり(前にも聞いたとよく言われる)
こんなところでしょうか。これはあくまで親しくなった相手に対し1vs1の時で
多人数の時は逆に黙り込んでしまう。
自分が好きだなって思える友人の特徴は、
・よく話を聞いてくれる
・話の切り返しが上手
・話題や心を引っ張り出してくれる
・空気を乱さない
・率先して自分の話ばかりしない(←カリスマというか別の理由で好かれてる人なら常に自分語りしていても好かれてるが)
こういう感じ。
10代の頃は先入観や固定観念の塊で、それを打破して一時期交遊も広くなったが、
落ち着いてネット主体の交流になったここ数年は、今度は自分のそういう面が原因で
人から好かれにくくなった。
元より好かれたいだなんて思ってなかったら楽だが、
常々人に好かれたい自分も人気者になりたいだなんて思っているのに、
悪い面が際立ってしまう。
問題なのは、付き合いが浅い人や、まだ心を許してない相手には自重もできるし、
表面上で割り切って付き合えるが、心を許せた相手には途端、自分の全てやボロをどんどん出してしまい、
徐々に呆れられる・離れられるということです。
人に対しての偏見は無くなったけれど、それだけじゃ良い人付き合いはできない。
ましてや好かれるということは、もっと別の所にも問題があるんだなと。
心苦しいけれど、きっとそれが自分というものなんだろうなと自負するようにもなってきた。
技術系では自分が素人だという自覚があってだんまりの人も、なぜか法律系は自分が素人だという自覚が無くなるようで。
はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親に賠償命令 - 社会
tama_lion 「ボールが道路に出て事故が起こる危険性を予想できた」えええーだったらゴール置いた学校の責任じゃないの?つーか87歳なんて...いややめとこ 2011/06/2826 clicks
「予想できた」のはサッカーボールを蹴った人。なので責任は一義的にはサッカーボールを蹴った人にある。id:tama_lionは、自分の敷地内で遊んでる人間が他人に怪我を負わせたら、その責任が真っ先に自分に振りかかると思っているんだろうか?
napsucks 87って・・・もう寿命じゃんw 社会的生産性もないし命の残存価値など皆無だろw それに1500万って・・・頭おかしいわ 2011/06/284 clicks 40
1500万円も逸失利益があるわけ無いと思いながら、1500万円が逸失利益だと思っているという。ばーか。
solt-nappa ため息, 社会 うかうかサッカーの練習もできないよのなかになるな。イヤダイヤダ。 2011/06/28 18
半分正解。だがうかうかにも程がある。例えば公道を挟んでキャッチボールしたら「うかうか」じゃ済まされない。程度問題であり、遊ぶ側としては公道にボールを出さないべきだろう。
akawi フリーキックでホームランしたら人殺し呼ばわりされた挙句1500万? どう考えてもおかしいだろ 2011/06/2816 clicks
「どう考えても」の「どう」は空集合。「フリーキックでホームランした」というから悪くないように見えるが、「公道にサッカーボールを出したら交通事故が起きた」場合に何も悪く無いと思うのだろうか?
nextworker 普通、こういうときは学校の管理責任を訴えると思うんだけど、遺族はどうして少年を被告にしたんだろう。少年の両親が金持ってたのかな。 2011/06/28 56
それは「普通」じゃない。少なくとも民法の原則から言えば、責任追及は一義的には過失行為を行った者に対して行う。それが少年であるがために714条で両親に追求したわけだ。過失行為の主体ではない学校の管理責任を問うのが寧ろ裏道であり、学校=市町村からは取りっぱぐれないからという、まさに金のために殴る相手を広げる例。
しかも「少年を被告にし」てもいない。記事を見ろよ。「両親に」支払いを命じたって書いてあるだろうがよ。
こんな何一つ正しくないコメに☆が大量についているのはまさに集合恥。
お前は公園で遊ぶとき、公道にボールを出すなと教わらなかったのか?
過失はある。そして、「ある」ならば、1だろうが100だろうが、損害賠償責任を負う。被害者に過失がない以上、過失相殺はされない。
toronei news, 社会, soccer, sports これ少年側の責任なの? むしろ学校側の安全責任が問われるべき例じゃないの? これではもう子どもに球技なんて親は怖くてさせられないよなあ。 2011/06/28
少年側の責任だろ。少年側に過失がなかったらどうして学校側に責任があるんだよ。
学校側に責任があるとしても、それは少年との共同不法行為ということになるから、少年側の損害賠償責任はびた一文免れない。
Kou_RYU 社会, 裁判, ため息 東電の原発事故でも助け舟がでるのに、19歳がボールを蹴ったら1500万円支払えと言われる国ニッポン。年寄りを狙って蹴ったわけじゃないんでしょ? 2011/06/28
年寄りを狙ってないから過失が無いと?ってかボール蹴ったの19歳じゃねーよ。19歳だったら両親じゃなくてガキに直接請求だっつーの。
sasurai7 裁判, 事故 裁判を起こすのなら、サッカーやってた少年より、学校の施設管理責任(ゴール裏にボール飛び出し防止用のネットを張る必要があったか等)が問われるものでは? 2011/06/28
前述の通り。つーか、加害者より加害者が利用してた施設っていうその発想が馬鹿。
kz78 自分ちの庭で壁打ちでもやってたのかと思ったら、校庭でゴールに向かってボール蹴ったのか。それで賠償責任が発生するのはきつくないか。 2011/06/2813 clicks
自分ちの庭と校庭で何が違うんだよ。
相当因果関係の認定は微妙ではある(後述)。が、全然関係なくはないだろ。
Cai0407 これはひどい なんでボール蹴った少年の責任が問われるの?学校の管理責任のほうが大きいと思うんだが。しかもボール避けて転倒→骨折→認知症発症→誤嚥性肺炎で死亡→1500万賠償とつなぐのは無理じゃね? 2011/06/2838 clicks
「のほうが大きい」とか言ってる時点で馬鹿。共同不法行為だから学校と少年の両者が全額の損害賠償責任を負う。つまりどっちが大きいとか関係ない。
施設管理「も」問題になりうるに過ぎない。
bbk0524 これはひどい 87歳が街中でバイク乗り回すことの社会的責任は一切問われないのかよ。老人のゴネ得社会だなこの国は。 2011/06/28 67
なんで87歳(86歳だがな)が街中でバイク乗っちゃいけないんだ?
redfox2667 87歳で認知症になったのが子供のせいか? 因果関係が怪し過ぎ。 2011/06/2833 clicks
あとで書こうと思ったが、ここで書いてしまおう。今回の件と関係なく、しゃっきりしてた老人が骨折して歩けなくなった途端に認知症を発症するというのは、かなり頻繁に見られる症例だ。そうすると「認知症になったのは骨折のせい」とは言いうる。そして今回の骨折は少年のせいだから、事実的因果関係は肯定できる。
ただし87歳ともなればもともとボケやすい状態にあったといえる。それゆえ「被害者の素因」によって722条2項の趣旨に照らして損害額を減じたのだろう。記事にそれらしき言及がある。
絶対おかしいとまでは言えない。もちろん報道を鵜呑みにしない姿勢は良いのだが、存在しない情報を求めるだけでなく、報道の意味を正しく咀嚼することも必要だ。
いやいや、(ボケ→窒息はともかく)事故ぐらいは予測しろよ。公道にボール出したら事故ぐらい起きるわ。「ゴールに向かって蹴ったボールが外れるわけがない」ってか?日本代表になれよ。
hatomaguro これはひどい 転倒→骨折→入院で認知症進行→誤嚥性肺炎→死亡の流れはよくある話。"学校"側が転倒までの責任を負うなら判るけど。。。 2011/06/28
なぜ加害者をおいて真っ先に学校側になるんだよ。その方がわかんねーよ。
chi-bit これ重いよなぁ。これじゃ外で遊べなくなる可能性があるし、それを言うなら小学校側の責任は? 2011/06/28
前述のとおり。あるとしても共同不法行為。
okgwa 酷なようだが、87でバイクに乗るリスクを過小評価してた遺族側の過失のほうがよほど大きいと思う。しかしこの判事、事故と認知症との因果関係をよく認めたなあ。司法の常識ではあり得ないという印象。 2011/06/2813 clicks 67
87でバイクに乗ることが「過失」だって?んなわけねーだろ。「司法の常識」とかいうんなら参酌できる「過失」の意味を理解しとけよ。
ERnanchan これって、賠償命令ひどくねえ? 少なくとも記事の文面だけからみれば。トンデモ判決かどうかの第三者評価が必要そうな第一印象。 2011/06/28137 clicks
賠償「命令」?少なくともお前に「第三者評価」は無理だな。
pwiser これで1500万円はヒド過ぎで加害者は不可抗力、学校で練習中にボールが外に出たってことなんだから払うのもどうかと思うわ。それ以前に87歳でバイク運転してた爺さん側が一番落ち度あるから被害者側屑過ぎて笑えない。 2011/06/28
不可抗力の意味を調べて出なおせ。1500万円「は」ヒド過ぎっていうんなら1万円なら良いんか?それなら不可抗力じゃねーよな?
つか何で「学校で練習中にボールが外に出たってことなんだから払うのもどうかと思う」んだよ。練習無罪ってか?
ちげーよ。本田だって外しまくってんだろーが。「せめて公道にボール出すな」だ。
suyntory_junnama jiken p なんて判決だ!! 少年の行為より、87歳でバイクに乗って出かける行為の方が問われるべき。何故家族はバイクに乗る事を止めさせなかったのか、何時か他人を巻き込む事故につながると予測しなかったのか。其方の方 2011/06/2810 clicks
何を「問われる」ってんだよ。他人を巻き込む事故?他人に巻き込まれたんだよ真逆じゃねーか。
shukaido170 asahi, education 子「ママ、サッカー行ってくる」母「サッカーなんかして誰かに怪我させたら大変だから、DSやってなさい!」な世の中になるんだね…。 2011/06/2813 clicks
nippondanji さっぱり理解できない。入院生活が認知症に悪影響を及ぼしたのなら病院を訴えるべきだろ。老人が入院したら認知症になるなら誰も入院出来なくなるだろ。 2011/06/28143 clicks
ftype パソコンでニートになったのでパソコン会社を訴える、オンラインゲームで人生失ったので運営を訴える、2chで人生棒に降ったのでひろゆきを訴えることもできるようになりますか? 2011/06/28 19
ぜんっぜん関係ないじゃん。
BRITAN 極論、校庭から出るのを防げなかった学校の柵が悪いんじゃないの?飛ぶ方向制御なんてプロでないと無理だよw 2011/06/2821 clicks
そう思うんならそんな場所でサッカーするなってことだ。学校が悪くて少年は毫も悪くないってか?ばーか。
TakamoriTarou 社会, 事故 訴えるなら子どもじゃ無くてネットを張ってなかった学校側なんじゃないかな。子どもが蹴ると超える事が予想できるような状況なら、学校側がそういう状況を予想できるはずだし回避義務があるような気がする。 2011/06/28
rakko74 普通に考えれば学校の責任となるはずだが、どうしてこんな判決になるのかよくわからん。 2011/06/28
mmsshhrr これはひどい 「蹴り方によっては道路に出ることを予測できた」( ゚д゚)ポカーン 2011/06/2814 clicks
お前は予想できないのか?
hi_kmd これがアリなら傷害事件も殺人事件に出来そうな気がするぞ。 2011/06/28
しねーよばーか。民事だし過失だし、何一つ記事と関係ないだろ。
naga_sawa そもそもボールが存在する以上、道路にボールが出る可能性は0にはならない/すなわち、急いで全国の学校・家庭・販売店etcからサッカーボールを撤去しろ!間に合わなくなっても知らんぞー!! 2011/06/28
いや0になるだろ。
You-me 事故, 司法 これはもし事故の責任を問うなら、損害の公平な分担を求めるなら両親じゃなく施設管理者じゃないかなぁ/老人の歩けなくなるような事故と痴呆の関係は割と認められてたような気がしなくもないけどどーだったろ 2011/06/28
だから施設管理者はせいぜい共同不法行為責任。被告になってないなら不真正連帯債務だから施設管理者なんて出てこない。「損害の公平な分担」「施設管理者」なんて言葉を使ってみても、民法知らないのな。
「どんなに」は空集合。
shinkichi1986 記事まとめ このガキに罪があるわけ無いだろ、しかも当時小学生だぜ?むしろ学校側の不十分な安全対策が原因だな。だいたい運動場ではボールで遊んでる生徒が多いのに学校の囲いの金網って低いんだよなぁ。しかも外は通勤道路。 2011/06/28
10歳ともなれば、ボール遊びについて、責任を弁識する能力は書くとしても、事理を弁識する能力はある。
kaeru333 これはひどい, 裁判 裁判官は世界がどんな感じで見えてんだろ・・・ それにしても、なぜ遺族は少年を訴えたんだろ。 2011/06/2845 clicks
被告は少年じゃなくて両親な。そしてそれは極めて当たり前の話だ。加害者は少年なんだから。
ze-ki news 色々おかしい。だいたいバイクの87歳男性、足骨折しただけなのになんで認知症と結び付けられてるのか分からん。どういうロジックだよ。 2011/06/2864 clicks
お前は認知症をどれだけ知ってるんだ?前述のとおり、骨折から認知症発症はかなりよくあるパターンだ。
weekly_utaran なぜ学校側の施設管理責任ではないのか、そもそもこの年齢でバイクに乗ることによる事故の危険性は?高裁で逆転判決が出て欲しい、そうしないと全国の学校の校庭でサッカー禁止になる 2011/06/28112 clicks
原告が少年の過失責任を問うたから。問われてないことについて裁判所は答えてはいけない。被告でもないのに急に賠償責任負わせられたらおかしいと思うだろ?
W53SA これはひどい 「判決は『蹴り方によっては道路に出ることを予測できた』と指摘」裁判官の常識のなさに危機感を覚える。学校ではなく親を責める遺族側の発想を是認するのもおかしい。 2011/06/2814 clicks
いや、ボール遊びするときは公道にボール出さないように気をつけるのが「常識」だろ。お前の常識のほうが実害付きで危険だよ。
そして学校ではなく親を責めるのが民法の原則。なんで場所貸してただけで、蹴り出した張本人(の代位責任)を負うのか、そっちの方が例外的な考え方だ。
kumakuma1967 わからん, 児童の権利侵害 100%少年に責任がないとこの額は出ない気がするが、ボールから死亡まで予期できる裁判長はニュータイプか?事故は愛媛なのになぜ大阪地裁?田中敦裁判長名でググると信楽事故のトンデモ判決も出てきた。http://goo.gl/AVqzd 2011/06/28
100%じゃなかったって記事に書いてあるだろ。
つーか裁判所の管轄について疑義を呈してる時点でテメーのほうがよっぽどトンデモだよ。管轄は民訴法で細かく定められているが、今回はおそらく不法行為の結果(死亡)発生地だろう。不法行為においてはできるだけ被害者に都合よく管轄を認めるのが民訴法の立場で、その立場はまったくもって正当だ。
as62 民事は、一方の主張に対して他方が否定主張をせずにほっとくと事実認定されてしまうから、単に少年側の法廷戦略が下手すぎなだけなような。常識的に負けるわけねえと弁護士つけてなかったとか、あるんじゃないか? 2011/06/28
7年もかかってるのに弁論主義で処理ってのは無いだろ。まして本人訴訟なら求釈明する。
toaruR 少年や両親に過失があるなら、爺さんとその家族にもありそうなもんだけど。せめて、学校のせいだろ……地裁にしても酷い 2011/06/28
なんでそこで「せめて、学校のせい」がボール蹴り出した奴より先に来るんだよ。
「使えばいい」って、使えねーだろ。まさか民事に裁判員制度導入しろってか?悪夢もいいとこだ。
iwamototuka 裁判, 事故 そこまで小学生(当時)個人に責任持たせるのかよ。うかつに校庭でサッカーもできないな 2011/06/289 clicks
責任の主体は親、な。
nobuharasawa バイクでこけて死んだのかと思ったら、足を折っただけ。それで1500万円はあり得ん RT@ 2011/06/2810 clicks
「足を折っただけ」なら「1500万円はあり得ん」のに、なんで「足を折っただけ」で「1500万円」の判決が出たと思うんだ?
yukimi1977 これはひどい ボールが原因で死亡事故を起こしたわけじゃないのに。もしそうでも学校の過失で少年じゃない。ぐぐったらこの裁判官、別の判決でも因果関係が?な過失を認めてる。 2011/06/28
少年じゃないって理屈がおかしい。過失がなくってボールが公道に出るかっつーの。そんなんで責任負わされてたら校庭でボール遊び禁止だろ。
Sophitia 「蹴り方によっては道路に出ることを予想できた」のは、ボールを蹴った本人じゃなくて、そんな環境下で蹴ることを許した学校側の責任でしょ。その辺りを取り違ったおバカな判決。絶対控訴すべき! 2011/06/28
いや、本人だろ。なんで本人が予想できないと思うんだ?
また馬鹿か。
これはその通りで、結構な人が東電から賠償もらえるんだよ。東電のせいで倒産とか自殺とか、ちゃんと賠償請求できるってことをアナウンスしてたらもっと減ってるはず。
daisuk-com *その他, 裁判 どう考えてもこれはひどい。施設管理の学校じゃなくて子供側を訴えたのかわからん。 2011/06/2812 clicks
suzuki_kuzilla 東京電力が原発放置したせいで就職活動が長引き巨額の交通費支払いと長期にわたって授業を受けられないという損害を受けました。って訴訟する? / asahi.com(朝日新聞社):サッカーボール避け転倒死亡 蹴った少年の親 2011/06/28
これはちょっと無理筋かも、と思う。
snowdrop386 司法 おかしな判決だ。事故と死因の相当因果関係がなく、さらに学校管理下での行為によるものなのに保護責任を親と安易に決めている点が特におかしい。 2011/06/28
いや、保護責任じゃなくて714だから親なんだろ。子どもの居場所ごとに714の主体が変わるとでも?
Marin_MTB 事故, 裁判, これはひどい これ認めちゃダメでしょう。校外にボールが飛び出さないような校庭をつくるしかないじゃん。 2011/06/2811 clicks
程度問題ではあるが、そういう校庭が普通だろ。ゴールの方向に出口があるわけじゃなければ、出口方向に転がったボールは大して勢いは無く、外に出る前に走って追いつく。
NOV1975 司法 これは検察と弁護側とどっちの質が悪いの?司法と併せて三冠王か? 2011/06/2868 clicks
hk2mr_hu 社会 サッカーボールを避け転倒→足を骨折→認知症になる→食べ物を気管につまらせ死亡。これでどうして死亡責任まで問われるかが理解できない。しかも問われるとしたら少年の責任ではなく、学校の管理責任だろう。 2011/06/28
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(増田の使い方をよく理解していないので、何か不備があった場合はすみません)
詳述を控えた部分を述べます。「スピーキング」とは瞬間的に自分の頭の中で文章を構成しなくてはなりません。まず、ここが非英語話者にとって難儀なことです。大学入試で課されるような英作文を、即興的に口から発しなければならないからです。いくら個々の単語の発音やリエゾンがうまかったとしても、発している言葉が文法的に滅茶苦茶であてば、通じません。そういった意味で、「スピーキング」においては、発音より先にこの構成能力が問われているといえます。一方、「スプリクト読み」に関しては、何を言うかがあらかじめ定められています。だから、自分の頭の中で文章を組み立てる必要がないぶん、発音それ自体に注意を払う余裕が生まれます。
これは恐らく上に述べたように、「注意を払う余裕」の無さから生じている事態です。
僕も勉強中の身なのであまり参考になるのかわからないのですが、この状況を打開するには無意識に落とし込むしかないです。
ま、練習するしか無いな、とは思ってるんだけど。
これまでも、練習さえ愚直にけど工夫しながら繰り返せば結果は出たし。
※もっとも、僕がここで申している「スピーキング」というのは、英会話でペラペラ話すというものとは少し異なります。自分はTOEFL学習者であるので、会話の中での英語というよりは、他者を介在させないスピーチとしての意味合いがどうしても強くなってしまいます。実際の、日常会話の場面では、相手が場を読んで察してくれたり、会話のキャッチボールの中で話し合いを深めて言ったりできるので、多少、構成や発音が拙くとも、相手がカバーしてくれる部分があるはずです。
社会的弱者ほど、天皇や権力者や、時にこうした被災者や原発作業員をまつりあげて、それに自分を投影してものを語るという手法をとりがち。自分探しのあげくに、スキル不足の果てのウヨに。これは弱者の逆転ロジックだ。そう戦中のメンタリティに似ている。これが一定数超えると社会は一気に暗黒時代。
ただ、なぜ「これが一定数超えると社会は一気に暗黒時代。」なんだろう。ここがわからん。
そのツモリはないのかもしれないけれど、逆転そのものを否定しているように読める。
今のマジョリティが正しいとか既存秩序の維持が大事という前提があるのか?法学者だけに。
悪貨が主流になればそれは良くないことだと思う。ただ、マイノリティは常に悪ではあるまいよ。
ちなみにtweetへの批判をするときは基本的に前後をちゃんと押さえるべきだと思うので追加
社会的弱者ほど、天皇や権力者や、時にこうした被災者や原発作業員をまつりあげて、それに自分を投影してものを語るという手法をとりがち。自分探しのあげくに、スキル不足の果てのウヨに。これは弱者の逆転ロジックだ。そう戦中のメンタリティに似ている。これが一定数超えると社会は一気に暗黒時代。
こういう連中が増えてくると、やれ不謹慎だ、やれ非国民だと窮屈になる。原発作業員は命がけだとなじるあなたは何?逃げずに都内に踏みとどまっているって?所詮、東京で日常生活しているだけのくせに。対権力批判ならともかくフラットな関係なら自分を基準に他人を批判しろよと。ちゃんと実名でね。
ただいまのつぶやきは、京都に一家で避難した弁護士さんを批判している某弁護士さんに対する揶揄でございました。
どうか永遠に少数派でいてくださいってお祈りですよ。戦中みたいに相互に非国民呼ばわりで牽制しあう世の中は嫌ですよねっていうこと。うさばらしするのに権威を借りてくることもないでしょう。
読み返してみると社会的弱者というのは違うかもしれない。性根の腐った奴と読み替えてもらいたい。上から目線は認める。でもそれは腐って下に行くからだと思うけども。あと想定しているのは暴力的になること。憂さ晴らしなら別にスルーしますけども。
twitterのことに限定してる趣旨ではなく。ただ単なるつぶやきでも狭量な意見が多くなってくると気持ち悪くないですか?世相が過度に自粛傾向になるとか。不謹慎呼ばわりする声が市中に満ちてくる感じ。名誉毀損しない程度の個々人の発言は自由ですよ。当然
確かに、狭量な人に狭量かもしれんなぁ・・・
うーん。今は戦中ではないものの非常事態ではあるわけで、ある種狭量であるべき(引き締めが必要な状況)時だと思うんだけれど、
あと、一人の人間を批判したいためだけに、こういう一般論を迂回してくるあてこすりのような言い方をするのはいかにも学者メンタリティを感じる。
学者や弁護士の独特のロジックは、論理的思考から離れて過度に技巧的な部分が含まれており、外部の人間に違和感を与えるのかもしれない。
野球少年にとってプロ野球選手というのは神なのである。野球界には、たとえば「守護神」という言葉がある。「代打の神様」という言葉も。古くは、「神様、仏様、稲尾様」というのもあった。
今日は日本シリーズの第1戦だった。ふとつけたテレビのスポーツニュースで、ひどく悲しい場面を見た。
番組で、ロッテの成瀬のメールを紹介していた。インタビュー収録ではなくメールの紹介という時点で本当にプロ野球まわりは不景気なのだなぁと感じたのだけれど、あろうことか、成瀬のメールの最後にこんな文章があった。
「(番組の司会だったくりぃむしちゅーの)上田さん、ホームランを打たれない方法を教えてください」
最悪だと思った。日本シリーズの第1戦に出てくるピッチャーということは、日本最強を争うチームのエースということだ。そのエースが、芸人風情に「ホームランを打たれない方法」を伝授してもらおうというのである。
私は大人だから、それが番組を盛り上げるためのひとつのギミックであることは理解できる(それにしても面白くもなんともないが)。だが、野球少年たちはどうだろう。あれを見て、明日もキャッチボールの練習をしようと思うだろうか。子どもはそのまま受け取るよ。「上田は成瀬より野球がうまいのか、へんなの」と、そう受け取るよ。
この国のスポーツマスコミは、いつからプロ野球選手を尊敬しなくなったのだろう。スポーツの感動というやつを、そのまま伝えることをやめてしまったのだろう。試合やイベントににぎやかしでタレントを呼ぶのはいい。だが、冗談でも言っていいことと悪いことがあるはずだ。
成瀬は、全国の野球少年の夢を背負ったエースとして、この依頼を断らなければならなかった。テレビスタッフの依頼に対して、激怒しなければならなかった。プロ野球選手として飯を食っている限り、その場所には、真剣に練習をして、真剣に試合に臨んで、勝ち続けなければたどり着けないのだということを、明確に示すべきだと思う。
上田は、「とんでもない、冗談じゃない、あなたに教えることなどあるわけがない」と、真剣に否定しなければならなかったと思う。狼狽さえしなければならなかったと思う。スポーツマスコミとして飯を食っている限り、プロ野球選手の価値を貶めるような言動や態度は、意識的に排除していかなければならないと思う。スポーツが死ねばスポーツマスコミも死ぬ。それは上田自身の食い扶持を減らすことでもあるのだから。
テレビのスポーツマスコミはもうダメになる寸前だ。今日、はっきりとそう思った。現場がスポーツに尊敬を持っていないのだから、それを伝えられた視聴者がスポーツを尊敬できるわけがない。何もかも、バラエティに侵食されて、成瀬がどれだけすごい訓練と技術を持っているのか、誰も理解できなくなってしまっている。
だけど思うんだ。もしスポーツマスコミに復興があるとすれば、そのヒントはきっと、テレビバラエティの中にあるんじゃないかと。
ここ10年、バラエティ番組は字幕テロップに頼ってきた。「めちゃイケ」も「エンタ」も「ロンハー」も、面白いところを全部字幕で流す。視聴者にわかりやすさを提供し、より広い層にアピールする努力を重ねてきた。昨今のお笑いブームを牽引したのは、まちがいなくこの字幕テロップという工夫だったはずだ。
バラエティにはバラエティの、スポーツにはスポーツの面白さがある。だったらスポーツだって、その面白さをそのままわかりやすく伝える努力をすればいい。成瀬と上田の軽薄なカラミなんかより、もっと面白いことが野球の試合のなかで起こっていることは、現場だってわかってるはずだ。
各局のバラエティ班は、バラエティの面白さを伝えるために血の汗をかいて字幕テロップという武器を手に入れた。それにより、バラエティは隆盛した。現在のテレビのスポーツマスコミは、そのバラエティ班の努力によって知名度を得たタレントや芸人におんぶにだっこで、本来、自分たちが伝えなければいけないスポーツの魅力を表現する努力を怠っている。
かつて、日本シリーズやプロボクシング、プロレスは国民的関心事だった。それは、スポーツにしかない感動がそのまま伝えられていたからだ。スポーツマスコミが、「こいつらはすげえんだ」と言い続けていたからだ。今だって、オリンピックやワールドカップになれば、スポーツマスコミは節度と敬意を取り戻すことができる。確かに野球の人気は下がっているだろう。だけど、せめてスポーツマスコミの現場だけでも、「プロ野球の日本シリーズは神々の戦いなのだ」という主張を怠ってはいけない。建前でもいいから、それを怠ってほしくない。野球少年から、夢を奪ってほしくない。それは、夢を与える仕事や、夢を伝える仕事に就いた者たちの責務だと思う。
今日の現場スタッフは、想像してみてほしい。ワールドカップのあの試合の直後に駒野がくりぃむしちゅー上田に「PKを外さない方法を教えてください」と言ったら、どんなことが起こったか。
笑いたくて野球を見ている者はいない。野球にはみんな、別の感動を求めているはずだ。もう一度、自分たちの仕事が何を扱っているのか、見つめなおしてほしい。
・誰にも興味ないし
・誰と話しててもどうでもいいし
・相手を考えてたら面白くもないし考えなきゃいけないなら話すことない
・誰もかもどうでもいい、適当、なんでもいい
流石にこう言われて受け入れられなかった。
今まで全てが「どうでも良くて」「何でも良くて」「適当」。
「自分で会話を考えず相手任せ、相手の心や思い?どうでも良いし、自分にとって面白ければいい、自分都合。
返事なんて適当に返せば良いや、心なんて篭めないでも当たり障りなく言えば良いや。」
あぁ、流石にそれは受け入れられない。いや、普通にコミュニケーションになってないし。
キャッチボールではなく投げた球を受け取らず、転がってきたから拾って適当に投げる。
その関係を続けるということは、こちらが壁にボールを投げ続けているだけの作業。
酷く悲しい。
なんだ、いままでの5年積み上げたものが実は空っぽだった。
これまで私があなたにしてきたことはなんだったんですかね。
「やあ、ペーター!久しぶりに会ったから焼きそばパン買ってこいよ」
「おい誰だテメエ。ペーターさんと呼べよデコ助野郎。ん?ヒッチハイクで山梨県に行ってガッカリした時にお前みたいなツラ見たな」
「知らないよ。僕の祖国はどうせ地球温暖化で海に沈むんだから」
「日本人じゃねえのかよ!お前はアレか。ナショナルジオグラフィックのドキュメンタリーで眉をひそめて何か言ってる現地人か」
「少しは会話のキャッチボールしろよ!日本語に慣れてないならしょうがないけど」
「え?取鳥県民ですが何か」
「日本人なのにペーターさんとか言ってるお前のほうがキモーイ」
「本名な訳ないだろ!」
「本名は何ていうんですか?」
「恥ずかしいから戒名でいいか?」
「え、死ぬの?ていうか死んだの?じゃないと戒名なんて持ってないよね」
「冗談だよ」
「つまんねえんだよ!死ねよ!お前は遺伝子レベルからダメだから今すぐ死んで二度と生まれてくるな」
「ちょ、厳しすぎるよ。俺何か君に悪いことしましたか?」
「で、俺達の会話はどこに向かってるんだよ、てかこの増田何なんだよ。つまんないこと言ったお前がオチつけろ。つまんなかったら殺すから」
「ちょw アレ?俺の方が設定として立場上だったよね?さんをつけろよデコ助野郎の決め台詞言ってたぐらいだし。」
「早く!」
一人暮らしが初まってもう7年になる、実家は18の時に出た、今では年に数回帰る程度だ、
父ちゃんは子どもと話はあまりしない方だった、母ちゃんはおしゃべりな性格だ、
家は母ちゃんの話が中心に話題が繰り広げられてたと思う。
俺が小学校高学年の頃だったか、父ちゃんが1年間単身赴任をした、サッカーの帰りの車で
父ちゃんに直接言われた、その時はふうん、って反応しかしなかったが、次の日学校から帰ると
1年後父ちゃんが帰って来た、思春期真っ只中な俺は表には出さなかったが嬉しかった、
飼ってた犬は家中を全力疾走して喜びの遠吠えをあげてた。
小さい頃はキャッチボールとかしてもらった事があるが良く覚えていない、
どちらかと言えば小学生の頃父ちゃんが母ちゃんのケツを撫でまわして
父ちゃんのスケベ、変態!、っと叫んでた時の方が記憶に残ってる、今思えばあれはサインだったんだろう。
今日風呂上がりに暑かったんでパンツ一丁になってた、不意になんか懐かしい臭いがした、