はてなキーワード: 被災者とは
明日、今夜、それとも今この増田を開いた瞬間にあなたもご家族も被災者になるかもしれません
身を守る準備できてますか?
過去を悼むことはその後でも十分です
https://crisis.yahoo.co.jp/map/
■非常時の持ち出し品・備蓄品チェックリスト - 日本赤十字社 東京都支部
http://www.tokyo.jrc.or.jp/checklist/
https://www.amazon.co.jp/b?node=2409182051
http://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/net_anzen/hijyo/dengon.html
「天涯孤独の柳原可奈子が結婚したようでホッとした。やっと幸せになれたね。」
はっきりいって、怒りが湧いた。
身寄りがいないとか、連れ合いがいないとか、そういうことってそこまで悪いこと?可哀想なこと?
それが結婚したら、いきなり幸せなるの?人間って、そんなに単純かな?
友達と大爆笑した日、お客さんがたくさん笑った日、初めてテレビに出た日、彼氏ができた日、そういう彼女のこれまでのきっと幸せだった日常を蔑んでいるように感じる。
両親を早くに亡くしても、病気になっても、楽しく笑って毎日生きてる人はたくさんいるよ。
被災者になっても、それだけがその人のアイデンティティじゃないよ。
このツイート主は、誰かの結婚報告を見て「あの人やっと幸せになれたんだ。意外とまともな人間なのかもね。」と言っていた。
なんだそれ。
増田理論の何がおかしいかって言うと、他人がとるべき行動と、示すべき結果を決めて、また何をするのが人として当然かをも決めつけている事だね。
例えば、問題を増田はなぜ今の会社で働いているのかって事にして、増田理論で批判すると
向上心があるなら他人に雇われるなんておかしいし、自分が雇われているってツライ状況を何とか打破したいとは思わないのですか?
となる。
人によって違うとかしか言いようがない。
ファッションってのは自己顕示を表す方法の一つで、対人コミュニケーションを重要視しない人にとってはどうでもいいものなんだよ。
クラアントとはネットを介してしかやりとりしないなら、ファッションに金をかける費用対効果が薄いのは理解できるだろ。
仕方なくやらなければならないのに、それをしないで愚痴ばっか言ってるって事を批判するなら問題ない。
だけど、自分がやってる事は正しい事で実践しない人は間違えているって言うなら、承認欲求オナニーにファッションを軽視する人を利用しただけ。
偉そうな事言ってるけど、やってる事ってただの醜悪な差別行為なんだよね。
被災者相手にこんなに美味いもんがあるのに、何でクソ不味そうな飯食ってるんだろうとか、私はこんなに努力したからあいつらが努力しないのおかしい。って言ってるようなもんだ。
https://woman-type.jp/wt/feature/13170
以前、息子が見つけてきて「これ、変だよね」と言った消防少年団のポスターには、男の子がホースを持って前面に立ち、女の子が後ろで救急箱を持って控えていました。男性はメインの業務や力仕事を担い、女性は補助的な仕事やケアワークを担うという思い込みは、いまだに根強く残っています。
消防という人の命がかかった場面で「単に外形的な数的平等のために」大きな水圧で暴れる重いホースを女性にも持たせてさしあげる配慮をすべきかというと、私には疑問に思える。そういうときってホースは男が持ったほうがいいんじゃあるまいか。体重や筋力が平均的に男女同等ならいくらでもホースを持ってもらえばよいが、そうではないだろう。
というか、消火作業(ホース)も被災者の救護(救急箱)も、業務の重要度はイーブンだろうと思う。ホースがメインで救急箱がサブというのは序列が恣意的で、息子さんをよく調教されているようだけれど、男女平等にこだわりすぎて職業の平等を教えることをどこかに置き忘れてしまっているのではないか。
大学の学園祭を訪れたとき、男子学生がおそろいのピンクのTシャツを着ている様子を見て、しみじみと時代は変わっているなと感じました。娘が一時期、ピンクなどのパステルカラーばかりを欲しがるので、親として複雑な気持ちになったものですが、今の大学生は「ピンクは女の子の色」という意識さえ持っていない。偏見や固定観念に縛られることなく、男性がピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれているのです。
とにかくピンクと女性の結びつきを断ち切りたくてしょうがないようす。
男子学生が揃いのピンクTシャツを着ていたからといって「男性がピンクを着ることが当たり前と感じる世代が生まれている」と判断するのはそそっかしすぎるだろう。学祭ということはサークルのユニフォームだろうから、その色を個人個人が好きで着ているとは限らず、女子もいるサークルで女子が決めたものをいやいや着させられているかもしれないのでは。
娘さんがパステルカラーを着たがることに「複雑な気持ちにな」るのは本当に親としてどうかと思う。娘さんが自由意志でパステルカラーを好んでいるのかもしれないのに、それを「社会に蔓延するステレオタイプに毒された結果」としか見られないのは、ひどい視野狭窄に思える。
子供の選択の自由を奪い、感性を自分の都合のいいように方向づけしようとしているという意味では「女の子だからピンクを着なさい」と押し付ける親も「パステルカラーなんか好んじゃいけません」と教える親も大差ないだろう。
例えばドラマを観ていると、なぜか悪役は男性、さらわれたり、狙われたりするのは女性ばかりです。我が家では、そんなステレオタイプのドラマを見ると、息子が「また女の人が逃げてる!」と突っ込みます。
現実に犯罪者数は男性が女性の10倍であるのだから、人をさらったり狙ったりする役は男性のほうが自然だし、粗暴犯が力の弱い女性を狙うのも自然な選択だし、そして、ここだいじだと思うんですけど、強者が弱者を狙うからこそ「卑劣で卑怯な手口」というプロットが成立するのであって、女が力づくで男をさらうドラマなんかがあったらそれこそ「何かおかしい」どころではなく、噴飯ものでしょう!
そしてですね、いわゆる2時間ドラマでは犯人が女であることもとても多くて(断崖で泣きながら犯行動機を語る中山忍が好きだ)、現実との比較としてはむしろこっちほうこそ不自然で不平等に思えるのだけれど、それはOKということなのかしら。
例えばアメリカのドラマでは、大統領やCIAエージェントのような仕事に女性が就いていることもめずらしくありません。最近のハリウッド映画では、コンピュータが得意な女の子が大活躍したり、男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしています。
もー、そもそもドラマの配役をもってジェンダーステレオタイプうんぬんを語ることじたいがスカタンとしか言いようがない。
エンタメに登場する女性は、その役柄がどれだけ威勢のいいものであろうと「画面の彩りやバランス」のために配置されていて、フェミニストであるならば本来そこにこそ疑問を感じるべきだと思うんだがそこは無視っていうね。フェミニストの旗手のように崇められているエマ・ワトソンにしたって、今の地位を築いたのはハーマイオニー・グレンジャーという「冷静な優等生というジェンダーステレオタイプな役」がウケたからなのですよ。
「男性の後ろに隠れずに、真っ向から敵と戦う女性ヒロインが登場したりしてい」ることをまるで近年のフェミニズムの手柄のように語っているけれど、ワンダーウーマンの例を引くまでもなく戦う女性を描いたエンタメはむかぁぁぁぁぁぁぁしからあるし、それは必ずしも実社会での女性の地位の向上や男女平等の意識の浸透を意味しているわけではない。女性でも「暴力」で敵と戦うのはスカッとするよねというだけの話で、現実にワンダーウーマンやプリキュアのような立場を担わされたら大半の女性は「迷惑」と感じるのではあるまいか。
これ以上くどくど書いてもしょうがないからまとめるけど、この治部れんげとかいう浅い浅いフェミニストは、言ってることのすべてが「表面的な数合わせだけの悪平等」の域を一歩も出ておらず、耳を傾けるに足る主張はない。それだけならまだいいのだけれど、この人、明らかに浅薄でズレた平等意識のもとでお子様の洗脳をなさっておいでで、まあこの人の子供がどんな人間に育とうと知ったこっちゃないのですが、ちょっと気の毒に思いましたまる
人生初のボランティア活動は思った以上に実のあるものになりました。
災害ボランティアに興味があるけどやったことのない、踏み出せない人の為に
自分が行ったボランティア活動について少し書きたいと思います。
北海道胆振東部地震では特に厚真町、安平町、鵡川町の3町での被害が大きかったのですが
その中で私は安平町(あびらちょう)に約10日間行ってきました。
一番大きく報道されている厚真町と比較すると建物の倒壊こそ少ないものの
つまりそのぐちゃぐちゃになっているお宅に訪問して片付け、清掃をし
物が多い家の場合は2班、3班合同で作業にあたることもありました。
大きなタンスや机を運ぶこともあれば
どの方も気丈に振舞われておりました。
ただ、それは人前だからの行動であることは明白で本当はものすごく辛いということも感じました。
私は無かったのですが、被災者さんが今後どうすればいいのかと泣かれてしまい
災害ボランティア活動で何より素晴らしかったのは他のボランティアさんとの出会いと
自分がやらなきゃという想いが強い人が多く
前向きで行動的な方ばかりでした。
その想いが強すぎて、仕事が少ない、与えられなかったりすると不満が出るくらいでした。
活動中には自分の経験や想像を超えたことがたくさん起こりました。
初めて会う人達ばかりなのに気が付けばチームワークが完成しています。
各々が自分の出来る仕事に自ら進んでいき効率化されるからです。
前向きな気持ちがあるからなのか、必ずその人の持ち味が発揮され
チームの一員として力を発揮します。
ボランティアはプロではなく素人なので作業中のミスや失敗は正直頻発します。
しかし誰一人として文句は言いません。すぐフォローに入ります。
とにかくポジティブ。
みんなでやろうという雰囲気が醸成されていて
会社でもこんなに気持ち良く働くことができたら…と何回思ったことでしょうか。
途中から住宅清掃班のリーダーとして業務を担当させて貰いましたが
メンバーのポジティブな考え方、行動に助けられてばかりでした。
たった1日一緒に作業しただけなのに別れ際の寂しいこと寂しいこと。
本当に素晴らしい出会いの宝庫でした。
長々と語ってしまいましたが
もしこの文章を読んで災害ボランティアに興味を持ってくれた方がいたら
液体ミルク不配布の件で振り上げたこぶしを下ろせない人は、単に叩きたいの?そして謝れない人なの?自分絶対偉いマンなの?
役人は想定外の全道停電とか起きても冷静で常に最新の事象を把握し100点の対応をしなきゃだめなの?
東京から送って差し上げたミルク使わない未開人とか言ってもいいの?
揺れてもなくて電気も止まってない場所から被災地を嘲笑いながら上から目線で叱ってみたり、デマに踊らされやがってとか言いながら結果的にデマを拡散してたりしてるけど、きみら、折り鶴送り付け隊とか使用済み衣料送り付け隊と大差なくね?
北海道新聞の第一報のブコメで酷いブコメつけたやつと、それに嬉々として☆つけたやつども、同じ口でツイッターはデマ拡散とか言ってたりしねえだろうな?
マスコミの支持率と言う言葉が正しくないなら、信頼できるかどうかの信頼性でもいい。
朝日毎日読売産経東京の「どの新聞がどれ位信頼されてるか」を可視化してもらいたい。
テレビ局も。
というのも、ここ最近、マスコミの乱暴狼藉がマジひどい。特に全国のマスコミ。
北海道の地震で被災した際、「マスコミに助けてもらった」って話はゼロ。
で「マスコミが立入禁止のところに入って迷惑かけた」とか「心に傷を追った被災者に無神経にインタビューした」とかそんなんばっか。
地元局の悪い噂は聞かない。
マスコミがどれ位信頼されてるのか、本当に可視化してもらいたい。
多分内閣支持率を大きく下回ると思う。
正直に言うけれど安倍晋三以下だよアイツラ。