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はてなキーワード: 清音とは

2024-09-27

ハ行の半濁音化を推進したい

ばびぶべぼってなんか汚い

清音も間が抜けてるし

ハ行はすべて半濁音だけにしたい

ピップポップとか素敵やん

2024-09-08

清音、濁音、半濁音、拗音、撥音、促音、長音がすべて含まれ単語は「ポッピングシャワーしかない

これ豆知識

2024-07-10

anond:20240710104416

そんなことはない。 古い日本語にも濁音はある。

上代日本語における濁音は前鼻音化した形で発音されていたらしいことがわかっている。

まり現代東北方言のような発音が古い時代標準語 (都で使われていた言葉) だった。

前鼻音化と言ってもよくわからんだろうけど、ものすごく簡単に言うと濁音の前に小さな「ん」が挟まるような発音ね。

Wikipedia を見ると例として「窓」を「まんど」みたいに発音するのが挙げられている。


「濁音が有ったか」という疑問に対して答えるなら二種類の意味がある。

例えばアイヌ語には音声的には濁音があるが音韻的にはないとも言える。

清音と濁音に区別存在しないということ。

タをダと発音してもそれは単なる発音のクセに過ぎず、違いがあるとは認識されない。


更に言えば音声・音韻表記はまた別で、たとえば特定文脈で必ず濁音に変化するような言語では表記上ではわざわざ濁音を書く必要がない。

言語によっては発音の上で濁音があっても濁音のための表記法が生まれないことが有りうる。

濁音が有ったか無かったかという二種類では説明できないこともあるという話。

anond:20240710091319

日本にかつて清音しかなかったのは本当なのかね🤔

2024-02-11

お前ら婚活業者だったとしてこの回答者みたいな男を結婚させる自信あるか?

Q.

日本人にとって発音簡単言語ってどこの国の言葉ですか?

日本語外国人からすると発音に関しては簡単と言われますが、

逆に日本人の私からすると外国語発音は難解だと感じます

出来ればあまりマイナーではない言語の中で知りたいです。

予想では韓国語かな?と思います


A.

日本語外国人からすると発音に関しては簡単と言われますが、

そうですか?

中国人韓国朝鮮人清音と濁音の区別が難しく感じますし、英米人は伸ばす音と伸ばさない音の区別が苦手です。

「ツ」という音が苦手な外国人も多いように思います

日本人にとって発音簡単言語ってどこの国の言葉ですか?

どこの「国の言葉」とのことですが、仮に英語が答えだったときは、どこの国の言葉だと回答すればいいのでしょうか。

フランス語だった場合は?ある国の一部でしか話されておらず、その国全体では話されていない言語だった場合は?

日本のように国と言語が一体一で対応している(つまり、その国ではその言語しか話されず、その言語はその国でしか話されない)言語世界でも稀です。

国がどこかではなく、どの言語かということで解釈してもよろしいですか。

> 出来ればあまりマイナーではない言語の中で知りたいです。

マイナー」というのはどういう意味でしょうか?

Ethnologue によると、母語話者の多い言語の上位20位は、順に、北京語スペイン語英語ヒンディー語アラビア語ポルトガル語ベンガル語ロシア語日本語ジャワ語、ドイツ語、西パンジャブ語、呉語、テルグ語、マラーティ語、タミル語フランス語ベトナム語韓国朝鮮語ウルドゥー語です。

しかし、日本では世界に何千とある言語のなかで上位20位に入っているヒンディー語アラビア語ベンガル語ジャワ語ですら、外国語として学習する機会やこれらの言語に触れる機会が少ないことからマイナー言語扱いされてしまうことがあります

たとえば、話者数が約二億人のベンガル語や、約八千万人の呉語がマイナー言語として扱われ、その存在すら知らない人がいたり、呉語に関しては大きな書店に行っても、一冊も関連書籍が見つからない一方で、話者数が3万人を切ると言われるハワイ語は、ハワイ関係雑貨店料理店、イベントなどでいくつかの単語を見かけたり、書店にもハワイ語を紹介した書籍があったりと、あまりマイナー言語としては扱われていないような印象もありますアロハくらいは結構多くの人が知っていたりします。

というわけで、言語というのは奥が深いのです。

仮にマイナーでない言語というのを母語話者トップ10の言語に絞ったとしても、北京語スペイン語英語ヒンディー語アラビア語ポルトガル語ベンガル語ロシア語すべての発音を知らなければ答えることはできません。

ですから、この質問に回答できる人というのはかなり限られていると思います

あくまで、私が発音を知っている言語のなかで日本人にとって、母語話者に通じる程度の発音を身に付けるのが簡単だと感じた言語ということで答えさせていただくと、ハワイ語マオリ語です。


なお、あげてくださった韓国朝鮮語は、日本語にない平音、激音、濃音がありますし、母音の数も日本語と比べると多いので、決して簡単なほうだとは言えないと思います

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13109722433

2023-04-09

ラに゛を付けたらカ

になったりしないのだろうか。

我々は、カに゛が付いたらガになると思っているけど、英語圏の人はkaが濁るとgaなるみたいなことは考えていないと思う。

ということは、我々がたまたま゛を付けていないだけで、多言語話者にとっては日本語清音が濁音に分類されていることもあるのかもしれない。

2023-02-02

トヨタ自動車土地名前を変える力がある

本社機能移転すると品川が第二豊田と呼ばれることになる可能性がある

というジョーク

本社あくま豊田市で東京本社移転するって話

本当に名前変わるんだったら文京区が第二豊田区になってるだろ

その理屈で言うと品川は第三豊田

っていうかトヨタって本社東京本社別に存在するって初めて知った

へぇ

トヨタ、東京本社の移転検討 品川駅周辺へ: 日本経済新聞


市名の「豊田(とよた)」は、市内に本社を置くトヨタ自動車と、同社の創業者一族の姓「豊田(とよだ)」に由来する。 濁音で「とよだ」と誤読される事があるが、正しくは清音で「とよた」である

市制を敷いた当初は、「挙母市(ころもし)」という名称であった。しかし、自動車産業が本格的に軌道に乗り始めた1958年商工会議所から市宛てに市名変更の請願書が提出された。理由は、トヨタ自動車本社のある挙母市が全国有数の「クルマのまち」に成長した点と、地名の「挙母」が読みにくいという点であった(「挙母(ころも)」が長野県の「小諸(こもろ)」と混同されることもあった。また、市名変更前に生産されたトヨタ車の銘板にはカタカナで「愛知県コロモ市」と書かれていた)。「挙母」という地名には古代以来の歴史があり愛着を持つ市民も多く、一時は賛成と反対で市を二分するほどの論議が展開されたが、1959年1月名称が「豊田市」に変更された。

なお、日本の市で、明確に私的団体に由来する市名を持つのは、この豊田市と、天理教本部のある宗教都市である天理市奈良県)のみである[注釈 1]。

注釈 1

他に自治体名と、その自治体に立地する企業名が同一な例として、日立市日立製作所が立地、茨城県)や日野市日野自動車が立地、東京都)などがある。いずれも、自治体名の方が先行しており、のちに企業の方が、立地する自治体名を社名に冠したものである。なお、岡山県には、藤田組の名を冠した藤田村及び金光教の名を冠した金光町存在したが、前者は1975年岡山市合併され、後者2006年合併浅口市となり、それぞれ消滅した。

豊田市 - Wikipedia


明確に私的団体に由来する自治体名って海外だと何かあるのかしら

面白そうだけど、ぱっと思いつかないし調べるの大変そうだ

ここらへんかねえ

企業由来町名(地名コレクション)

企業城下町 - Wikipedia

2022-04-22

anond:20220422123129

日本語には「~っぐ」「~っど」で終わる言葉はない

一方で「~っく」「~っと」という言葉はたくさんある(節句、学区、盗人、一寸などなど)

日本人発音のしやすさ的に清音に流されてしまうんだよ

2021-12-06

たまたま偶然「は」でググってしまったんだけど、「は」にもwikiがあるんだな

は - Wikipediahttps://ja.wikipedia.orgwiki › は

清音 「は」: 声帯を近づけてその間を通る息の摩擦音 [h]。無声。 濁音 「ば」: 両唇を閉じてから開く破裂音 [b]。有声子音。/a/ が先行する ...

「は」にもwikiがあるというのにおまえらときたら…

2020-06-11

iPhone/iPad日本語入力

つのまにか清音・濁音・半濁音を区別しないようになってて、地味に嫌

2020-04-29

anond:20200428104027

「かんでんち」はちゃんと言えるよ。

発音が難しいんじゃなくて区別できないだけ。

元ネタの「ばっく」も似たようなもんで

鉄道鉄塔、別働と別当のように後ろが清音じゃないと促音便にならないのが基本なので

「バッグ」や「ベッド」は日本語として不自然

2019-07-20

anond:20190720035903

実のところ、この現象が起こるのって「ベッド」と「バッグ」だけなんだ。他にあるとしても、ごく一部の単語に集中する。

野球球団名には多数の例がある。

ゴールデンイーグルズ→(ゴールデンイーグル

タイガーズタイガース

ヤンキーズヤンキース

インディアンズインディアンス

エンジェルズ→エンゼルス

ブレーブズ→ブレーブス

カブズ→カブ

カーディナルズカージナルス

ドジャーズドジャース

パドレズパドレス

見ればわかるが複数形の "s" は清音化しやすい。

から少なくともこの増田の説(「ベット」と「バック」のみ)には賛成できない。

anond:20190719152744

他の増田が有名な話を書いてるけどこれは実は間違い。確かに日本語には「促音+濁音」で終わる単語は少ない、だから清音になるという説(※1)。

だけど、これには簡単に物凄い数の反例が出る。

ウィッグ」のこと「ウィック」って言う?

「エッグ」のこと「エック」って言う?

「ゴッド」のこと「ゴット」って言う?

マッドサイエンティスト」のこと「マットサイエンティスト」って言う?

こんな間違いする人1度も見たことないよね。

実のところ、この現象が起こるのって「ベッド」と「バッグ」だけなんだ。他にあるとしても、ごく一部の単語に集中する。「ビッグ→ビック」も、ビックカメラbic cameraって社名にしたから。

実はこれは単に明治期の単語の輸入と誤用問題なんだ。音声学的な説明は一応最後に書いとくね。

なんで「ベッド」と「バッグ」でだけこんなことが起きるのさ、ってのは、明治期の日本ドイツからかなりの単語を輸入してたのに由来する。

ベット」はドイツ語なんだ。他の増田が書いてるこっちが当たり。「バック」は少しめんどくさいけどこれもドイツ語のせい。

ドイツ語が残ってるのは結構広範に渡って残ってる現象で、化学で"oxide"(英語読みならオクサイド)を日本で「オキシド」って呼ぶのも、化学ドイツから輸入した名残りだったりする。(※2)

どっかの予備校講師クメンヒドロペルオキシドという名前文句つけるのやめたのかな。hydro-もper-も英語読みならハイドロとパーだけど、ドイツ語だとヒドロとペルで良い(※3)。

話が少し逸れたけど、英語の"bed"はドイツ語では"Bett"。これがそれぞれ違う時期に輸入されたので、「寝台」をbedと呼んでもBettと呼んでもよくなった。でもそんな経緯を知らない現代の我々は混乱する。

荷物入れの「バッグ」を「バック」って言う話は少し面倒くさい。"bag"と"back"は英語だけど、"Rucksack"(リュックサック)がドイツ語。このせいで、「体のbackに背負うbagをRucksackと呼ぶ」という物凄いキメラみたいな構図が発生する。ここからリュックサックに限らず、荷物入れ(bag)を、backに背負わないものでさえ全部backと呼んでしまうようになってしまったのではないか、と思われている。Rucksackという単語が輸入されてなかったらこ混同は起きなかっただろう。

ただ、これだと、「でもやっぱ、ベットよりベッドの方が、こう、言いづらくね!?」っていうモヤモヤ晴れないよね。音声学の方から引用しとく。

話を凄く簡単にしちゃうけど、まず、日本語のtとdの音は、音の強さ・大きさが、他の言語のtやdと比べると平均から見てかなり弱いんだ。

これだけなら問題は起こらないんだけど、厄介なのは「ベッド」の「ッ」、促音と呼ばれているもの。これは実のところ「後ろの子音を長く発音する」という記号なの。いきなり聞くとえー?って思うかもしれないけど、これは実際波形取ると分かるんでそういうものだと取り敢えずわかって欲しい。(※4)

子音を長く発音するにはその分息がいっぱい必要。「ベッド」と言おうとするとき、「ベッ」の瞬間、貴方の口の中には次の「ド(do)」を出すのに必要空気がいっぱいいっぱい溜まってるの。

だけど、さっきも言ったけど、日本語のdの音って弱いの。すっげえ弱いの。みこすり半で出ちゃうくらい弱い。そんな弱さに見合わないくらいの大量の空気放出しながらデカエアに負けないでdの音を維持するのはすっげえキツいの。

それに比べるとtって音はdよりはまだ強いから楽だ。dの無声音なんだけど、とりあえずもう今パンパンにお口の中で溜まってる空気そのまんまぶちまけたら出ちゃうような音。気の強い音は空気に弱い。

「ベッ」の時点でパンパン空気が溜まってるから、本当は「ト」ってtの音を思いっきりぶちまけて出したくてたまんないのに、「ド」っていうふにゃふにゃした放出我慢しないといけないの。すごく、すっごくつらい思いをすることになるの。

これが「ベッド」が「ベット」より言いづらい理由だったりする。

でも「ゴッド」を「ゴット」って言う奴はいないように、これは言いづらいけどきちんと普通に発音できるもの

結局、「ベッド→ベット」「バッグ→バック」の例って、他にあるとしても似た音の単語の輸入や誤用に起因するものであって、構図が日本語に稀とかそういう問題ではないんだよね。

ドラック」の誤用ルート自分知らんけど、いずれにしても「バック」とかわざと書いてる人は間違いが慣用化したのを使ってるだけで、脳の中で変な処理は起きてないと思っていいよ。

(※1 本当は促音+有声破裂音+母音とか書きたいよね。ここでいう清音も本当は無性破裂音+母音と書いた方が正確に近い)

(※2 なんで「オクシド」じゃないの?って思ったら鋭い。現代日本語外来語に後続する母音のない子音が含まれないときuを挟むのが普通だけど、iを使っていた時期があった。これはインクのことをインキって呼んだりするあたりに今にも名残がある。)

(※3 ドイツ語のrの発音が変わって[x]になったので今は正しくないけど当時は正しかった。)

(※4 後ろに子音が無い場合は1モーラ分のglottal stopが発生する。息を呑むような音だと思ったら良いよ。実は促音はすごいめんどいので流石に割愛。)

追記

なんかとんでもないことになっててビビってて、到底手が回らないものの、とりあえず一番重要言及しないと思ったこのあたりだけ:

ブコメ

>(この増田否定してるけど)トラバへの回答で出てる『語末有声子音が強制的に無声化されるのはドイツ語の方のルール』を脳内インストールした(してしまった)人の影響はあると思うけどどうなんだろ?

これについては似たようなことを言及してる方がいたので所感を下に書いておいた。言及先含めて興味があれば。私がいない間にたくさんの反例(反反例?)を見つけてくれた皆様、ありがとうございました。普通に有難いです。

「ベッド」と「ベット」等を混用する現象については書いた通りに思われますが、それだけではもう済まないですね。しかしながら、純粋音声学的に解決出来る問題でもないように思います(以下追記したURL)

https://anond.hatelabo.jp/20190720173216

これは専門っぽい方を相手言及したので、普通の人でも読めるように簡単纏めると、

歴史的誤用の重なりや、似たような外来語の氾濫、音声学上の発音のしづらさ、ぶっちゃけどっちでも何を指してるのか通じるやんという多数の要因が相まって、現代人の脳内で促音+破裂音の組の処理自体に対して変化が起きつつある」という所感です。

現代はまだ「有声破裂音を無声化してもしなくてもいいし、無声破裂音を有声化してもしなくてもいいし、しか適用される確率について単語によって非常に差がある、おまけに個人差や方言差やシチュエーションでの差も高い」という過渡期にあるようです。

しかしながら上のURLで書いたように音韻規則化されつつある事は(音韻規則というのは音の文法だと思ってもらえれば良いです)、頂いたデータから最早疑いようがないように思います

これが最終的にどういう形に落ち着くかについては、マジで数十年待って何世代か先でどのように変化するのかを見て確かめしかないでしょう。結果に関係なく楽しみです(そしてこういう変化は結構誰の予想も裏切る形に終わったりするから面白いのです)。ブコメ言及等頂いた皆様、ありがとうございます

2019-07-19

anond:20190719152744

英語発音がどうとかは置いておいて、もう日本語として定着してるはずなのに純粋に疑問。

定着してないんだよ。

日本人に語尾の濁音は無理。

ベッドはベット、バッグはバック、ティーバッグはティーバック、ビッグカメラじゃなくてビックカメラタイガーズタイガースドジャーズドジャース

ビートルズシンプソンズはなぜかOK

追記

あとそもそも日本語は元々濁音と清音区別していたのかという疑問もある。

濁点表記ができてまだ100年くらいでそれまで書き言葉では清音と濁音の区別がなかった。

また、地域によって同じ言葉が濁ったり濁らなかったりする。

例えば、苗字で「山崎」が「やまざき」だったり「やまさき」だったり。

また、北関東から東北にかけて北に行けば行くほど言葉が濁る。

これはつまり、濁るが濁らないかは決まっているのではなくてどっちもありだったということなんじゃないのか。

ベッド→ベット、バッグ→バックみたいな※追追記

濁点を落とした書き方をする人ってなんなの?

英語発音がどうとかは置いておいて、もう日本語として定着してるはずなのに純粋に疑問。

ドラッグドラックと書いてる人も見かけたけど、こういうのって単なる打ち間違いではなく何回も繰り返しているので確信を持って使っているみたい。

アパレル関係業界に少しだけいたときは、バッグをバックと書く人が異様に多かった。自分が知らないだけであれはもうそういう文化なの?

あとはビッグサイトビックサイトイライラする。これはビックカメラが悪い。

ともかく、このような使い方をしている人の頭の中でどういう処理が行われているかを知りたいです。理由があるのかな。

追記

たくさんのご意見どうもありがとう。とても興味深く読んでいます。帰ってきたらブクマいっぱいついててびっくりしちゃった。

のですが、

語尾の濁音が日本語にない発音で言いづらいか清音になってしまう(逆もしかり)っていうのはわかる。スゲーよくわかる。

でも自分が知りたいのはそういうことじゃなくて、文字として言葉として本気で「ベット」「バック」だと思って使ってるのかな?っていうことなんです。

アボカドとか、目にする機会の少ない固有名詞はどっちだっけ?となるし発音に引きずられてしまうのは仕方ない気がするんだけど、バッグなんて言葉子供の頃から至るところで目にするのにどうしてバックになってしまうんだろう?

そう思い込んでたとか、バックと書いたことがあるとか、実際にそんな経験のある当事者の方はいいかなあ。いたら嬉しいな。

追記

しつこくて申し訳ないのですが、自分が知りたいのはあくま書き言葉の話です。喋るときになぜ発音が変わってしまうのかということではありません。

bed→ベッド

bag→バッグ

という外来語として定着していることを前提にした話です。

「バッグ(鞄)」をバックと書く人は、

文字としての濁音と清音区別はついているのか?

・「バック(後ろ、後ずさること)」という異なる言葉との区別はついているのか?もしくは知らないのか?

といったことを知りたいのです。

言葉に対する姿勢や扱いが雑、細かいことを気にしていない、という理由が一番納得できそうではあります

2019-03-05

ローマ字入力でも濁点を落としてしま

パソコンローマ字入力をするときDAで「だ」と打ちたいときTAで「た」と打ってしまうようなミスをたまにする。

ZとS、BとHみたいに近いならただの押し間違いかもしれないが、GとK、DとTのキーは離れてるよな。

脳内清音を思い浮かべてから濁点付けるみたいな処理をしているのだろうか?

2018-11-28

anond:20181128075607

ああ、そっちでも意味通るね。君賢い。

はたはた」と「ほとほと」はどっちも清音だし、言葉間違えるくらいだから使い方も微妙に間違えてるだろうなと思ったんよ。

2018-02-28

それでも「いばらぎ」と読んでしまうんだ

日本人には清音と濁音を自然に読み分ける機能が備わっていると思う。

例えば北田坂田前田などという苗字を見た時、

フリガナが無くとも自然にそれぞれの「田」を読み分けることができる。

実際には、キタタさん、サカダさん、マエタさんも日本はいるだろうけれど、

大部分の日本人の読み方はキタダ、サカタ、マエダで統一される。

これはすごいことじゃないか

そんなの今までに出会った人々の苗字から学んでいるだけだろう、と言われるかもしれない。

けれどじゃあ、今までに見たこともないような苗字、たとえば

傘田、鯛田、傷田

なんかであっても、なぜか自然と清濁を読み分けることができるのは何故だろう?

日本人の脳には、清濁を自然に処理する法則が備わっている。

まれつき、とは言わない。何年も日本語と接してきた経験の中で勝手インストールされるのだ。

その、インストールされた脳の法則が、茨城は「いばらぎ」だと訴えている。

子供のころから訴えている。

大人になってもまだ、むしろ前よりずっと強く、訴え続けている。

から茨城は、やっぱり「いばらぎであるべきなのだ

2017-12-25

英語カタカナ化に見られるいくつかのパターン

まず、大前提として、

音韻論とは

原語の発音には、「意味のある区別」と「意味のない区別」があり、前者のみを区別し、後者無視するのが音韻論基本的に、ある言語ネイティブスピーカーはその言語において「意味のある区別」だけを直感的に感じ取ることができ、「意味のない区別」は意識しないと気づくことができない。

例えば、前回書いた増田( https://anond.hatelabo.jp/20171223040416 )で、「難波」と「あんな」の「ん」は違う音だけど、日本人日本語ネイティブスピーカー)はその違いを無視すると書いた。ブコメを見ると違いがわからないという声があったので、ここで解説すると、「ナンバ」のように、直後にバ行またはパ行の音が続く場合は、「ん」は「唇を閉じて息を閉鎖し、その息を鼻の穴から出す」音になる。英語であればmに相当する。直後にナ行、タ行またはダ行が続く場合は、「下を上顎にぴったりつけて息を閉鎖し、その息を鼻の穴から出す」音になる。英語であればnに相当する。

英語であれば、これも前回の増田から持ってくると、water の t と、 talk の t は日本人には全然違う音のように聞こえる。でも、英語ネイティブスピーカーにとっては同じ音。

よく、英語ネイティブスピーカーにとっては違う音なのに日本人には同じに聞こえる発音が取りざたされるけど、逆もあるということ。ある言語ネイティブスピーカーであるということは、その言語にとって「意味のない区別」はしないように訓練されているということを意味すると同時に、「意味のある区別」はするように訓練されているということ。 r と l の区別が難しいのは前者の例だし、 water の t と talk の t が違う音に聞こえるのは後者の例。

同じことは日本語を学んでいる外国人にも言えて、例えば、「難波」の「ん」と「あんな」の「ん」韓国人にとっては「違う音」なので、韓国人が別の単語を持ってきて「この『ん』はどっちですか?」なんて質問すると、日本人は「は? 『ん』は『ん』でしょ?」となる。韓国語なら「オッパンカンナムスタイル」の「カ」と「ネガチェイチャラガ」の「ガ」は濁音と清音から違う音だけど、韓国語にはこの区別はないか韓国人は「同じ音」と思っている。

英語カタカナ化では、「英語において区別のある音は区別し、区別のない音は区別しない」というルールが概ね採られていると思う。いわば、英語カタカナ化とは、「英語音韻論カタカナだけでシミュレーションする」試みと言える。

ルール実例

以下、いくつか一般的だと感じるルールリストしてみようと思う。なお、発音記号は、New Oxford American Dictionary に基づいている。

母音

アメリカ英語には短母音と長母音音韻上の区別はないので、ある音を長めに発音しても短めに発音しても同じように理解される。カタカナ語はこの事実を利用して、長音記号区別することで、合計10種類の母音区別できるようにしている。なお、10種類でも英語音韻論を完全に再現するには足りない。実際に長音になりやすい音に優先的に長音記号が割り当てられているようだけど、全てではないように見える。

  • /ə/, /æ/ はア段

例 /ə/:sun, bus, an

例 /æ/ : cat, pat, bad

実際これらの音は「ア」に聞こえるという人がほとんどだと思う。cat は「キャット」なので「イャ段」説があるにはあるのだけど、/k/ の舌の形が日本語の「ヤ」の子音に近い為に /k/ の時だけ採用されたのかなと想像している。ちなみに英語には他に「キャ」のように聞こえる音はないので特に問題ない。/æ/は一貫してイャ段にすればいいのにと思わないでもない。

  • /ɪ/ はイ段

例:it, knit, fit

「エ」に聞こえることもある音。とは言え多くの場合「イ」に近く、また「エ」に聞こえる音は他にもあるので妥当

  • /ʊ/ はウ段

例:look, good, foot

間違いなくウに聞こえる。

  • /ɛ/, /wə/ はエ段

例 /ɛ/:get, pen, set

例 /wə/ :Quebec, sequence, quench

  • /ɑ/ はオ段

例:lot, pot, knot

「『ア』に聞こえる」という人がかなり多いと感じているのだけど、アには割り当てが他にあるので、オに寄せられたのではないか想像している。

  • /ɑr/, /ər/ はアー段

例 /ɑr/ :car, par, park

例 /ər/ :water, per, nerd

  • /i/ はイー段

例:eat, sheet, seat

  • /u/ はウー段

例:cute, cool, tool

  • /eɪ/ はエー段

例:mail, male, eight

エイ」段で書かれる事も多いが、日本語音韻上「エー」と「エイ」の区別はない。

  • /ɔ/ はオー段

例:water, talk, ball

カタカナ化する単位単語ではなく形態素

形態素とは、「意味の最小単位」。単語の中には複数形態素からなるものがあって、例えば「文章」なら、「文」と「章」にはそれぞれ意味があり、それが集まって、「文章」という単語ができていると理解できる。英語でも、American という単語は、America と、an が合成されてできている。このそれぞれのパーツを「形態素」という。

カタカナ語は、どうも単語単位でなく形態素単位でやっているように見えることが多い。例えば、today は /təˈdeɪ/ だから、上のルールに従えば「タデイ」になるはずだけど、実際には「トゥデイ」になっている。また、consequence / ˈkɑnsɪkwəns/ も、上のルールに従えば「コンシケンス」だけど、実際には「コンシーケンス」になっていると思う。

しかし、これらは例外なのかといえば、形態素単位カタカナ化していると考えると説明がつく。today は to-dayに分割できる。そして、to は 「トゥ」。(なお、これは「トゥー」になるはずなので、こっちは例外。too との衝突を避けたものと思う。)day は「デイ」なので、合わせて「トゥデイ」になる。consequence も con /kɑn/ は「コン」、sequence /ˈsikwəns/ は「シーケンス」なので、合わせて「コンシーケンス」。

カタカナ語 = イギリス英語」説について

カタカナ語アメリカ英語音韻論ベースにしているのではなく、単にイギリス英語を聞こえたまま書いただけのものではないか」という指摘が前回の増田であった。

かにapple, girl など、イギリス英語「聞こえたまま」になっているように見える単語は多数あるが、すべての単語を調べたわけではないから確定的なことは言えないが、これらの単語は、アメリカ英語音韻論説でも同じ程度にうまく説明できる。それに、water, there など、イギリス英語聞こえ方説よりもアメリカ英語音韻論説の方がうまく説明できる例もある。(イギリス英語聞こえ方説をとれば、それぞれ、「ウォータ」、「ゼー」となるはず。)

実際にカタカナ語の多くがアメリカ英語から取られたのかそれともイギリス英語から取られたのかは個人的に知らないのでなんとも言えないのだけれども、カタカナ語アメリカ英語の間にある程度の法則性が見られるという前提で、その法則を書いてみようと思った次第。

2014-02-10

ガッチャマンクラウズに見る正義

今更だけどガッチャマンクラウズ見たので感じたことを書きたい。(ネタバレ注意)

このアニメは登場する主要なキャラクターがそれぞれに異なる正義観というかポリシーみたいなものを持っていて、それぞれがいわゆる典型的ヒーロー像を象徴していたように思う。

今回はそういった個々のキャラクターは置いておいて、大筋のストーリーから勝手メッセージを読み取ってみる。

ガッチャマンクラウズには典型的正義観を持った2つの陣営が登場する。それはガッチャマン陣営と爾乃美家累であるガッチャマン陣営(はじめ除く)は各々の考え方の違いはあれど基本的には勧善懲悪的なスタンスである。一部の優秀な人間がその他多くの言ってしまえば愚かな民衆を導く必要があるという考え方を持っている。それに対して累はヒーロー社会必要ではなく、民衆全体の働きかけによってより良い社会を実現しようと考えている。しかしこの理想性善説的な考え方に大きく寄与している。

ここにはじめとカッツェといういわゆるジョーカー的な存在が登場する。2人はこれら2つの陣営にそれぞれの正義観に対する不備を突きつける。

はじめは何事に対しても先入観なくフラットに接し、自らの価値判断基準に則って行動することで今まで悪だと思っていた存在がそうでないこともあるということを突きつけた。一部の優秀な人間が舵取りを間違えたらあかんよねという事例である。カッツェは累に対してあえて困難な状況を作り出し、自らが与えた力を使わなくては結局民衆による正義など実現できないという矛盾を突きつける。更に後半はGALAXとNOTEを累から奪うことでクラウズを使って人間性悪説的な側面を増幅させる。これは民衆による正義は結局易きに流れる為不可能と象徴的に示しているといえる。

はじめとカッツェによる引っ掻き回しによって2つの陣営共に自身の正義観を変容させていく。ガッチャマン陣営清音を筆頭としてはじめを受け入れることで、一方的に先導するだけが正義ではないということを理解してく。累については人々の内発的な動機による助け合いではなく、社会の仕組みによって外発的に動機づけを行うことではじめて理想社会が実現できると考えを改める。以前の累は多くの民衆に対して自身の正義観を押し付ける側面が少なからずあった。それはHUNDRED No.26 梅田 光一を説得する場面からも読み取ることができる。人々が内に秘める助け合い精神を信じていた結果としてそのような正義押し付けにつながっていたといえる。それが最終的には各個人の考えを矯正するという発想をやめ、システムとして人を誘導するという発想に至る。「立川市で何をするかはみんなの自由」という発言は、人の性善説的な側面を無批判に信じて出たものではなく、民衆を正しく先導する覚悟を決めての発言であったんだと思う。

インターネットの普及、ソーシャルネットワークの出現によって今まで以上に群衆の声、力が大きくなってきた社会は、特定リーダーが多くの群衆を先導するには複雑すぎる。そういった状況の中で現代社会はどうあるべきか?それがこの作品を通して伝えたいテーマであると思う。

恐らくあのラスト表現したいことというのは、「荒らし」をするような人たちは規制や否定ではなくならないということ。(殺さない・殺せない)自分たちが世界の楽しみ方(ゲーミフィケーション等)をみせることでしか、変えることができないということではないでしょうか。

世界ポジティブに捉え、行動したほうが合理的と思わせるような体験を見せることでしか、変わらないということを言いたかったのではないかと思います

http://d.hatena.ne.jp/loki16185/20130929/1380428729

この疑問に対して作中での答えはゲーミフィケーションであり、人間本質的に易きに流れる生き物であるならそれを肯定し、社会全体としてより良くなる方向にインセンティブを与えることでボトムアップ社会運営していこう、という発想であるガッチャマン陣営と累がはじめとカッツェにそれぞれ自分たちの正義観の不備をつきつけられ、互いに価値観を共有し合ったことでこのような発想に至ったと考えられる。

しかし、この考え方には未だ危険も潜んでいる。インセンティブを与える基準、いわゆる「いいこと」の評価関数の決め方次第では結局正義押し付けになってしまう。この評価関数の決め方という部分まで踏み込んではじめてこれから社会正義のあり方という問題の答えになるのではないか?と感想を抱いた。

2012-10-31

http://anond.hatelabo.jp/20121031152648

原音原理主義でいうなら、

ベートーフェン、だ。

ドイツ語でvは清音

日本でなぜベートーヴェン、もしくはベートーベンの濁音になったかは謎。

2011-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20110906113629

単に略語中の促音を嫌った結果が複数パターンあるだけだと思うが。

2009-12-05

anond:20091205082346

いわゆる国風文化を育んだといわれるひらがなカタカナは、実は渡来系文化人の考案と言う説が濃厚。

平仮名片仮名清音と濁音が同じ文字に割り当てられている。これは当時(今でも)清音と濁音が対立しない半島言語の影響。

昔は日本語に濁音がなかったせいだなんてトンデモ説を言う人もいるけど、平仮名片仮名より古い時代に使われた万葉仮名ではきちんと清音濁音が区別されていることから当時の日本は間違いなく清濁が対立いる言語であることは明らか。もちろん万葉仮名では清音字と濁音字は別の漢字に割り当てられている。

つまり今の日本文化だって渡来系に影響されている部分もあるってこと。移民による文化変容を恐れすぎるのは滑稽だが無視しすぎるのも愚鈍である。

 
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