はてなキーワード: 地主とは
めちゃくちゃ早い。楽勝。インターホンのオートロック解除ボタンを無言で押して、配達員がいなくなったのを見計らって取るだけ。
現代すげえええってなったけど、本当の未来なら、透明なパイプの中を空気圧に押された商品がパヒューンって飛んできて、郵便受け感覚で受け取ってるはずなんだよな。
フィリピン系の外国人の兄ちゃんが配達に来たけど、「あー低賃金でバイトも見つかりにくい外国人ね…」とまざまざと格差を見せつけられたし、「外国人怖いな…」と思って配達員がまだいないかチェーンかけてそっと確認してる自分も醜い先進国の人間だなと思った。
結局「格安労働者」っていう奴隷を上手に使うことで、一部の人間が便利に生きてるだけなんだよな。自分がゴロゴロしながらスマホで出前頼んで待ってる間に、自転車で働きバチみたいに荷物運んで生きてる人間がいて。
美味しいチョコも外国人の子供が学校に行かずに働いた産物で。格差は初めからあったけど、この国でもどんどん表面化していくんだろうね。
資本主義が崩壊する日なんて想像もつかないが、いつかはするのだろう。どれだけ格差が開いたら革命が起こるんだろうね。金持ちの存在は巧妙に隠されて、「みんなが貧乏だけど頑張ってるんだよ。頑張れば上級労働者になれるんだから。たしかに金持ちはいるけどごく一部でしょ。」みたいな言説に押し込められながら搾取されるんだろうか。いやすでに、されてるか。
すでに三割四割中抜きされてる派遣労働者とか、現代の小作人だよな。地主の畑を耕して、稼ぎは自分の衣食住に消えるだけの小作人。現代の奴隷制に加担しながら生きていくしかない。
8月に湾岸でポルシェのGT2RSが起こした死亡事故について週刊誌が容疑者のプロフィールを暴露していたのを読んで「ああ、やっぱり」と思ったので、この機会に自分が知る「この手のスーパーカーを所有する人たち」について3つのカテゴリーに分けて全体に対する比率(自分の主観だが)も併せて書いておく。なお自分も跳ね馬を一台持っている者だ。
規模の大なり小なりはあるが、とりあえず一代で商売が当たって、憧れの車種を買った人間たち(自分はここに属している)。中小企業経営者が多い。このカテゴリに属する人間たちの傾向として、「車種」に対するこだわりが強く、小金持ちになったステータスとして高そうな車の中から気に入った車を選ぶのではなく「いつか〇〇社の〇〇が欲しい」とずっと思っていて、その夢を叶えた者たちである。
車の維持費もぽーんと出すんじゃなく、実は身を切る思いで捻出してるし、段差とかで擦ったりしたらハンドルを持ったまま小さく悲鳴をあげたりするし、高速道路の飛び石で傷がついたりしたら半べそかきながら我が子の髪を洗うかのように拭いたりしている。サーキットの走行会なんて半年に一度行くか行かないかで、行っても直線でちょっとだけ全開にするだけで大満足だ。
それでも人並みに承認欲求はあるので、おしなべて皆みんカラのアカウントは持ってるが、そのわりに友達もコミュもそう多くない。
とにかく大事に大事に乗ってるので、中古市場でよくあるショップの騙しではなく、本当に状態のいい個体が出てきた場合、前のオーナーはこのカテゴリーの人間で、しかも泣く泣く手放した個体と思っていい。
成りあがりAに比べると当てた一山が大きく、簡単に言うとAより金持ちである。名の知れた企業を一代で築き上げた経営者(あくまでイメージだけどZOZOの前澤氏みたいな人を想像して欲しい)もいるし、グループ規模に拡大した水商売経営者や芸能人、最近ではユーチューバーなんかがそうだ(あとは半グレ系?)。彼らの傾向として車は「まあ好き」であり、車種にこだわりはあまりない。彼らにとっての車とは夢ではなく「何かいいじゃんこれ」で衝動買いするものである。
維持費は特に気にしないし、雰囲気で乗ってるからあまり飛ばさない。したがってサーキットの走行会に現れることもあまりない。彼らも一応は大事に乗るが、彼らが大事に乗るのはリセールバリュー、つまり投機的価値も含めて下取り価格を落とさないためである。そのあたりがやはり彼らも成りあがりなのだ。
スーパーカーはすぐ壊れる。もう国産車じゃ考えられない所が考えられないような理由で壊れる。Aだと修理工場からの連絡をスマホの前で正座せんばかりにソワソワと何週間も待つが彼らは、あまりにそれが続くとさっさと下取りに出して次の車を買う。
コアな車好きとまでは行かない者が多いためか、みんカラのアカウントは持ってたり持ってなかったりで、持っていてもまったく更新されず「車を手放したのかな?」と思ってたらツイッターの方で活発に画像を上げてたりする。そして彼らもまた、友達もコミュもそう多くない。
※ここで前もって断っておくが御曹司と呼ばれる人種そのものに対して言ってるのではない。そのヒエラルキーに生きていながら、いまどきスーパーカーなんぞを乗り回す者たちのことだ。
高級車の中でも、スーパーカーを乗り回すのはこのカテゴリーが一番多い。親の代からの医者、親の代からの弁護士などの士業を始め、賃貸物件をいくつも持つ大地主、関西方面になると宗教関係が増える。言わば「生まれながらにしての勝者」だ。みんカラ率は高いが、主に走行会が多く、もっぱらInstagramで大皿にちょこっと乗っかった料理の写真を上げてる方が多い。
彼らに共通しているのは、そもそも裕福な家に生まれているので教育水準が高い者が多い。留学などの海外経験もあるし語学に堪能な者も少なくない。もちろん箸にも棒にも掛からず親に守られたまま大人になったような者もいるが、そういうのは比較的少数派で、この御曹司カテゴリの中もで少しずつ仲間外れになっていく。
このカテゴリだが、高い教育水準で身に着けたその知性と教養に反比例して、なぜか情緒と倫理が中高生くらいで止まっている。なんと言うか…幼稚なのだ。ざっくりまとめると絵に描いたような鼻持ちならない人種、そう、ワンピースに出てくる「天竜人」みたいな人たちだ。一言で言えば「傍若無人」である。この傍若無人さだが、他人のことなどお構いなしという傲慢さではなく、文字通り「傍らに人無きがごとく」である。ようするに他人を認識していないのだ。居酒屋でイキってるちょっと規模の大きな大学生のサークルをイメージして欲しい。
彼らはよくトラブルを起こす。自分が目の当たりにしたので多かったのは、ミーティング会場にしたレストラン、そのレストランの駐車場、高速のパーキングエリアなどだった。俗に言う(貧乏育ちの俺がこの表現使うのはおこがましいのだが)一般人からの、注意、クレームに対して逆上するのだ。「余に意見具申するか下民が!」とまさに天竜人のように。
たとえばガソリンスタンドを思い浮かべて欲しい。公道からそこに乗り入れるときにあなたの車が段差でこすってしまったとする。あなたはどうしますか?前述カテゴリ1である自分はその場で悲鳴をあげ給油前にリップスポイラーの傷を確認し、費用を鑑み修理するかどうかしばらく悶々とする。カテゴリ2の人間はたぶん「ああっ!…まあいっか」となる。ではこのカテゴリ3の人たちはと言えば、まず店員を呼びつけて「こんなに段差があるから自分の車に傷がついた。他にも被害に遭ってる客はいるはずだ。だいたい何でこういうのに配慮して段差を最小限にしないんだ、ガソリンスタンドなんて今青息吐息のくせに」となる(実話)。そしてあわよくば弁償すらさせようとする。ようするにこういう人間達なのだ。仮にも「先生」と呼ばれる職業であるにもかかわらずだ。
こういう人間たちが自分たちのヒエラルキーが通用しないトラブルが起きたときにどうするか?具体的に言えば警察沙汰である。主に事故である。彼らは事故を起こしたとき、警察よりも先に弁護士に電話をかける。よくツイッターで見かける「友人の弁護士」なんて真偽不明のものではなく、本物の弁護士の連絡先が彼らは普通に出てくる。友人のなんて言うふわっとした関係ではなく「代理人契約を視野にいれた」付き合いである。そもそも友人の弁護士による弁護なんて裁判所が認めるか甚だ疑問だ。
余談だが彼らの中には何人か、高校や大学時代に、自らが「やんちゃ」と矮小化するトラブルを親の雇った弁護士に解決してもらった経験がある者がいる。
あとは文字通り「弁護士に任せています」で終わりだ。刑事事件だと多少はめんどくさいことになるが、それでもだいたいは書類送検止まりか悪くて執行猶予である。これが民事だとしたら弁護士に依頼した時点で確実に終わりだ。あとは家の中にこもってコーンズから送られてきたカタログのページを平然としてめくっていればいい。怪我だろうが死亡事故だろうが弁護士は事実関係で争えない以上、執拗に和解に持ちかけようとする。そして大抵は和解になる。
おそらく彼らは親がそうやってトラブルから身を守る所を見ている。あるいは自分が起こした、被害者のいるトラブルを、親の雇った弁護士に解決してもらった経験がある。鼻持ちならないが、彼らにとってはこれは「当然の権利の行使」なのだ。
話を今回のポルシェ男に戻す。スーパーカーのオーナー達を多く見て、付き合ってきた自分として、この男はカテゴリ3の、なおかつ自分は箸にも棒にも掛からぬ存在だが、親と家に守られて歳を重ねて来たタイプと見た。彼はきっと今頃はとっくに保釈されて家で過ごしていると思う。なぜなら逃走する理由もなければ隠滅する証拠もないから。そして弁護士が遺族に和解の交渉をしているはずで、本人が被害者の家に謝りに行くなんて絶対にない。絶対にだ。
悲しいけど、悔しいけど今回の被害者の方たち、そして遺族の人たちは泣き寝入りするしかないと確信する。だからせめて和解金ふっかけるくらいはして良いと思う。幕引きのためなら彼らはおそらくポンと出す。
なぜ自分がこんなエントリを書こうと思ったかと言うと、今回のポルシェ男は息子が同乗してたと知ったからだ。息子は父のしでかしたこと、そして幕引きに至るまでの振る舞いをどう感じるだろうか。心底軽蔑して自分はそうならないと固く心に誓うか、それとも「なるほど、俺んちはこうやれば謝らなくても片がつくんだな?」と思うか。
地主と飲み友達だから都心にある機械式の立駐を月極3000円で借りられてる人。
大学時代の先輩からの紹介で身内が大家をやってる家賃8万円の1DKアパートに7万円で住めてる人。
自分の家は田畑を持ってるわけでも農家をやってるわけでもないけど、近所の農家から流通ルートに乗る前の一番美味しい所をピックアップした米を常に貰い続け、「上京するまでお金払ってお米を買うという概念がなかった」と言う地方出身者。
通常手にしえない得って面でもそうだけど、社交性についても格差を見せつけられた気分になる。
自分にはそういう頼りになる人もいなければ、そういう施しを受けた経験がない。そういうイレギュラーな得を与えて貰えるような人付き合いができるとも思えない。
「子作りが義務化されたら俺も結婚できるはずだ」「結婚しても子作りしない奴が不幸になって欲しい」
「俺を選ばない人が不幸になって欲しい」「ていうかみんな不幸というか人生に不満を持って欲しい」
「ネトウヨ風のことをいってコミュニティに所属している感が欲しい」
「メンヘラなのに子どもを作ってしまった。そもそも子どもなんて作りたくなかった。私は損をしているので子育ての報いが欲しい」
「ネトウヨ風のことをいってコミュニティに所属している感が欲しい」
「教育?児童福祉?知るかボケ」「親の権利がー親に自分の人生は無いんですかー」
「知らない人がボクワタシの子どもに声掛けしないでください」「知らない人がボクワタシの子育てに口出ししないでください」
「ボクワタシの子どもに他人が関わらないでください」「子どもが犯罪を犯しても親の責任ではありません」
ワイちゃんエリートじゃないけどCみたいなタイプが周りに1人もいないのは我ながら育ち良さそう風(もちろん実際は良く無い)ではあるなって思う
身内にもCはいねぇな
増田には特定職業や特定組織に属する人間にあり得ない夢を見ている人たちがいるけど、
ワイちゃんの身内は大学教授や医療関係者や公務員や政治家なので多少は夢見ている通りなのかも知れませんね
まぁもっとも、GAFAM にも政治家にも大学教授にも医療関係者にもCみたいなタイプがゼロじゃ無いんですけどね
田舎の地主が国士様脳になるのは理解できるんだけど、政治家もワンチャン田舎の地主の延長上で理解出来るんだけど、
宮仕えの GAFAM や 大学教授 や 医療関係者 はほんとどういう脳みその構造してればそうなるんでしょうね。意味不明過ぎるわ
「女の子なのに大学なんかいかなくても」って女性蔑視の話をよく聞くが、田舎の豪農で地主だった我が家は真逆だった。
「女の子は家を出て自分で食べていくのだから、教育費はけちらない。努力なさい。」というスタンスだった。
それだけなら先進的っぽいのだか、弟には真逆の教育をした。「弟くんは、我が家の資産を全て受け継ぎ、農家になるのだから、就職には困らない。のんびりしてたらいいよ」と育てたのだ。
両親は、勉強し良い大学にはいったりなんかしたら、農家にならずに、田舎を出て行くと思っていたんだろうね。
弟は親の思惑に見事にはまり、高校はすべって、大学は浪人して底辺の私大を卒業。3年くらいブラブラと荷物仕分けのバイトをしていたけど、就職もままならず、結局は家業を継いだ。
n=3だけど、世間とは全く逆の育て方をされ、きれいに進学先に差が出た我が家の事例。
親の方針って重いなと思う。