はてなキーワード: サルとは
アラン・デケイロス「サルは大西洋を渡った 奇跡的な航海が生んだ進化史」
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S1話 スメルズ・ライク・イーヴル
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S2話 ステアウェイ・トゥ・ワンダーランド
ルイジ・ピランデッロ 「ピランデッロ戯曲集I 役割ごっこ/作者を探す六人の登場人物」
アゴタ・クリストフ「第三の嘘」
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S3話 シー・キャント・エクスプレイン
アゴタ・クリストフ「昨日」
マイケル・カニンガム「めぐりあう時間たち 三人のダロウェイ夫人」
日経アーキテクチュア編「危ないデザイン 建設設計や運用に仕える知見を事故に学ぶ」
池澤夏樹「ワカタケル」
M・R・オコナー「絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ」
特別展「毒」
「すずめの戸締り」
ボドゲ(クイックショット、マーダーミステリー・想いは満天の星に、ワードウルフ)
友人のブログで見かけた本や、別の友人から紹介された本や、旅先の十和田市の図書館で見かけた本を読んだ。アゴタ・クリストフは再読。昔は低く評価してしまったが、再読して正解。引越し先にも持っていきたい。
ビー・ウィルソン「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」
スティーヴン・J・ダブナー 、スティーヴン・D・レヴィット「ヤバい経済学 悪ガキ教授が世の裏側を探検する 増補改訂版」★
山下いくと「EVANGELION ANIMA 1」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 2」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 3」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 4」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 5」
繁田信一「平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職」★★★
「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」
「活字 近代日本を支えた小さな巨人たち」於・横浜市歴史博物館
特に平安時代に思い入れがあるわけではないが、何となく読んでいる。
千葉雅也はゲイコミュニティの様子が描写されていて面白い。ただ、作者がどちらかと言えばインテリ寄りなので、わかりやすく書いてくれているだけってのもあるだろう。
「EVANGELION ANIMA」は新劇場版に流れた設定があるだろうかと思って読んだ。とはいえ、シン・エヴァンゲリオンでいろいろな感情が成仏したため、考察を深めるにはいたらず。
ジャスティン・O・シュミット『蜂と蟻に刺されてみた 「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ』
尾脇秀和「氏名の誕生 ――江戸時代の名前はなぜ消えたのか」★★
ロブ・ダン「家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている」
ジャン=アンリ・ファーブル著、奥本大三郎訳「完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル著、奥本大三郎訳「完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 下」
「シン・仮面ライダー」
かつて友人に「最近はあまり文学が読めなくて困る」と愚痴ると、「おっさんになると政治経済歴史、生物学の本を読むことが増える」という返答が戻ってきた。
あまり感情を揺さぶられたくないと感じてしまっているのか、歳月がある程度風化させたものに関心が向かうのだろうか。
現に「ファーブル昆虫記」を読み始めた。最近は何が読みたいのかがわからなくなってくると、やたらと巻数のある本を読むことが多い。昨年も「旧約聖書」を通読したし、その前は「聊斎志異」「三国志」「西遊記」、その前は「ラーマーヤナ」や「ガラン版千夜一夜物語」を読んでいる。
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第3話 魔の山を走れ
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第2巻 上」
梅津和夫「DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで」★
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第2巻 下」
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第3巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第3巻 下」
フレデリック・クレインス「ウィリアム・アダムス 家康に愛された男・三浦按針」
高野秀行、清水克行「世界の辺境とハードボイルド室町時代」★★★
「ルーヴル美術館展 愛を描く」展
高野秀行は定期的に読みたくなる。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第4巻上」
スージー・ホッグ「5歳の子どもにできそうでできないアート 現代美術(コンテンポラリーアート)100の読み解き」★★
スージー・ホッジ「世界をゆるがしたアート クールベからバンクシーまで、タブーを打ち破った挑戦者たち」★★★
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第4巻 下」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第5巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第5巻 下」
堀越啓『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』
グレイソン・ペリー「みんなの現代アート 大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるために」☆
また、先月の鶏に続いて、食肉にまつわる本を読んだ。屠畜の現場についての本も読みたくなったのだが、関心がほかのテーマに移ってしまった。「昆虫記」を読んでいると、当時のヨーロッパの屠畜について書かれているのも興味深い。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第6巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第6巻 下」
渡邊大門「清須会議 秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第7巻 上」
武澤秀一『伊勢神宮の謎を解く アマテラスと天皇の「発明」』★★
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第7巻 下」
「マティス展」
「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」
読書を休んだ日が多い割にはまあまあのペース。昆虫記は8月の中頃に読み終わるだろうが、旅行にまでに間に合うかはわからない。間に合わなくても構わない。
当時はそう書いていたのだが、なんだかんだで間に合っている。
こうしてみると美術展には毎週行っていることになる。旅行先で絵画ばかり見るのにはもう飽きたと口にしているものの、そうでもないのかもしれない。それとも、歴史や神話の知識で「読解」できてしまう西洋の古典絵画に飽きているのか? だから博物館の歴史的遺物により惹かれるのか。
【続き】
実際問題、トールキンのように神話時代からの異世界構築を行わなければエルフのような、あるいはドワーフ、ゴブリン、オークといった人間種族と生活圏をともにする種族が同衾するような世界はあり得ないのではないか?
おそらくはいずれかの種族が他種族を征服というか虐殺して滅ぼしてしまうだろう。
これは現実世界において、様々に存在していた人類種のうち、現在残っているのはたった一種類の人類でしか無いということで証明している。
神(のような存在)が始めて目覚めさせた(創造した)のがエルフである。
エルフたちは目覚めた当初、文化のようなものを持っていなかったが神のような存在に導かれて高度な文明を築くようになる。
そうしてエルフの文明がすでにある中で登場したのが人間種族である。
エルフたちはかつて彼らが神のような存在に導かれたように、エルフも人間たちの導き手となる。
つまりその人間種族はその登場の時から、エルフは人類を隣人として遇する態度を持っていたのである。
かなり簡略に乱暴に走り書きするとトールキン世界ではこのような設定になっている。
しかし、もしもこのような設定がなかったとしたらどうなるのだろうか?
エルフや人類がそれぞれにそれぞれの生活圏で独立して発展していき、ある日どこかでファーストコンタクトを遂げる。
もちろん、このファーストコンタクトがどの段階で行われるのか?これが重要であるのは言うまでもないが。
人類と呼ぶよりはサルと呼ぶ方が相応しそうな状態、類人猿、類エルフ猿のような状態で生活圏が重なった場合、これはもちろんどちらかの種族が滅ぶまで、吸収するまでの殺し合いになるだろう。
かつて我々の祖先たちがそうしたように。
これは現在の、我々が人種・民族というバックボーン・歴史を抱きながら国家を形成していった道筋に似ていくのだろうか?
エルフ、人類、というような存在が現実世界の人種的なイメージとして共存していく社会ということだ。
これならば何やら有り得そうな話のような気もする。
リアリティがある。
これが最大の難問となる。
考えて欲しい。
我々の現実世界において、ある人種が1000年生きるとしたらどういう社会になるのか?
私達が頑張っても100年生きるかどうかのなか、彼らだけは1000年を悠々と生きるのだ。
このことはかなりの難問になるし、これを解決しないとお気軽にナーロッパ社会が構築されるとも思えない。
だからこそ、神話時代から世界を構築していかないとエルフ問題の解決には至らないし、神の存在が必要であると私は冒頭で主張した次第です。
アメリカで大ヒットってことはたぶん、原爆の威力の美しさ 力isパワー!!!! みたいなVFXがめちゃくちゃすごいんだろうな
もちろん原爆讃歌
これを作るためにすべてにハイレヴェルなマネジメントを展開したアツい男たちの努力の物語とか
それを影で支えた遠心分離機のお守りしてた数千数万の淑女たちの献身とかさ
ノーランだからそれを人間(連中から見ればサルかもしれんが)に使ったことをアメリカ受けするように肯定的に〆たりはしないだろうけど
だからといって投下を責めるような内容にもなってない、正義中毒のアメリカ人が受け容れられるちょうどいい塩梅に仕上げてるんだと思う
日本で流行ったのはシャドウバース(2016年サービス開始)からだよ
元々海外のゲーム圏で伝われていた言葉で、海外ゲームをプレイするユーザーは海外コミュニティで攻略情報などをチェックするから、日本コミュニティでも海外の用語をそのまま使用する文化があった
そこでサイゲームスが当時日本でもそこそこユーザーのいた海外ゲーム「ハースストーン」にシステムが似通ったゲーム「シャドウバース」をリリースする
リリース当初は既に似たゲームをプレイしていたハースストーンプレイヤーが圧倒的に強く、ハースストーンプレイヤーはシステムが似てることからそのまま海外の用語で攻略情報を話し始める。
「tier」のほかには「アグロ」「ミッド」「ランプ」「リーサル」あたりとかかな、tier以外はTCG関係以外で使わないからそんなに流行ってないかもしれないが。
その後ハースストーンをやってなかったシャドウバースの強豪プレイヤーも真似してその単語を使い始める。さらに企業系攻略wikiなんかもその流れに追従するようになり、攻略サイト経由で多くのユーザーに広まる。って流れだな。
なんて言ってたロコちゃん、今頃何してるんだろう。
マッチングアプリで知り合った男にサルバトーレ・クオモあたり連れてかれた上につまらない話に相槌打たせられて割り勘させられ、下手くそなテンプレートでホテル誘われて、それを断って東横線で横浜の実家に帰りながらカナちゃんのインスタに舌打ちし、途中で通過した日吉で大学時代にインカレサークルで知り合ってやり捨てされた慶應生を思い出してさらに嫌な気分になり、自宅に着くとくっさいパンプス玄関で脱ぎ捨て、自室のベッドに飛び込んでスマホをいじり、1時過ぎに慌ててメイク落として風呂入って「あしたは今日より歳取ってるよね」と呟いて眠り、翌朝も鬱々とした気分で東横線と半蔵門線に乗り丸の内に向かうんだろうか。