はてなキーワード: しまむらとは
俺の理想が高すぎるのか?
この歳になってもちゅーすらしたことない生娘の分際で、相手を選り好みするのは不相応だとは思う。
だけどアイツはなんかイヤだ。納得できないというかイマイチ好感が持てない。
大体第一印象からして最悪だった。
ボサボサの頭でだらしないTシャツとタボタボのズボン。初対面だってのに目もあわせないで「どうも」程度。
この時点で無いわーとは思っていたけど、紹介してくれた友達もいる手前、そして第一印象だけで人を判断するのもいかがなものかと思って、気を利かせて色々話題降ったり料理取ったりとかした。
まあ、初対面で話さないのは緊張もあるだろう。私も人見知り激しかったし、その気持ちは分かる。
だから判断は保留して、この日の時点では好きでも嫌いでもない人だった。
んで、食事に誘われてお出かけした。
初対面の時と変わらず、だらしない格好をしていた。
女の子とお出かけするのに身だしなみ整えないって……いやいや、この人はファッションとかに興味が無い人なんだ。きっと、服に何万もかけたりしない。しまむらーな私と価値観が合う素晴しい人じゃないか。
と、考えることにして服装については気にしない事にした。
話してみると、酒もタバコもギャンブルもネトゲもしない、しかも公務員で長男じゃないという一般から見てもなかなか良い条件の人だった。
「俺実はおしゃべりなんだ」と言ってる割には相変わらず口数は少なく、私がひたすら話題をふって喋らせた。
こっちが喋るとき、興味の無い話だとあからさまに冷めた返事しかしないのがちょっとムカついた。
いいか。女は情報じゃなくて感情を共有したいんだわかったかとか言ってやりたくなったが、相手は説教なんぞ望んでいないだろうし、注意する義理もないので黙って中指おったてた。
幸い気付かれなかった。
また食事に誘われた。
三回目なので相手もなれなれしくなっており、手とか握ってきたが殴りたかった。
相変わらず自分からめったに喋らず、私に尋ねる事といえば下ネタだった。
もう貸しを作るのはイヤだったので、会計はワリカン、前回おごってもらったお金も渡した。
拒否られなかった。プライド無いのかこいつ。
店を出た後もヤツは下トークを繰り広げた。
まあ少しくらいなら許容範囲だ。下ネタは万国共通の話のタネなのだから。
けど、あれはもう引いた。今思い出しても無いわ。ねーわ。
「したことないの?^^じゃ、今度しようね^^やると女の子は綺麗になるんだって^^^^」
美容効果と引き換えに処女差し出すとか、お前の頭の中で俺の知能はどうなっているんだ。
これは未来の旦那様にあげるもんなんだよ!テメーなんかにやらねーよks!!
と言ってやりたかったが(^_____^)と返しておいた。
もうイヤだ。
いくら良い条件が揃っても、人間性が合わないとストレスしか感じない。
もっと付き合えば良いところも見えてくるかもしれないとも思ったけど、上記の台詞で全部吹っ飛んだ。
男の頭の中はえろい事ばっかだと知識で知っていても、実際の行動で目の当たりにすると不快感がパない。
私が処女で喪女で男とマトモに付き合ったことが無いから、潔癖で気にしすぎなだけなのかもしれない。
でもイヤだ。もう我慢ならん。気持ち悪い。
彼を切ったら、もう男の知り合いなんていない。また結婚から遠いところに行く事になるだろう。
でも、ストレスを感じながら彼と付き合うよりずっといいに決まっている。
今回の事で、痛いほど分かった。
<7/9追記>
文字だけとはいえ、声をかけてもらえて心が軽くなりました。
二次元最高、とか言いつつ、昨日は二次元の男もダメになってました。
自分の思っている以上にショックが大きかったようで、男ってだけで気持ちの悪さが蘇ってくるのです。
でも寝て起きたら治りました。
・紹介してくれた友人は既婚者で、セクハラ発言はされたことがなかったそうです。
・(^_______^)は、伸びれば伸びるほど険悪レベルが上がる作り笑いを表現しているそうです。以前youtubeコメの翻訳記事で見たのですが、ソースは見つかりませんでした。
・がおー>うわー出た。俺女。
・たくさん紹介してくれそうな男を見抜くことがそもそもできない。でも頭のいい作戦です。もっと色々な男性と知り合う機会があったら心がけたいです。
他、もっと探せ男がひどい等、励ましのお言葉ありがとうございます。男ってこんなのばっかなのか、と落ち込んでいましたが、希望を持つことができました。
これこそまさに、よそ様の言葉じゃなかろか。
うちの地元では「書泉」が出来て最初は良くなったように見えた。
ところが、競合する地元の本屋を軒並み潰したあたりで、今度はどんどんど売り場を縮小していった。
併設されてるモールとあわせての集客を狙ったようだが、思ったほど来なかったんだろうな。
結果どうなったかといえば、ブックオフとかでよくありがちな構成の本屋になっちまった。
それまでは、コミックや実用書、雑誌など各本屋の特色があったのに、書泉が全部さらった挙句、潰しちまった。
「書泉」が本気で取り揃える規模の店なら恩恵もあろうが、それだって続けられないんじゃ意味がない。
http://anond.hatelabo.jp/20110611100930
つないどくか
こんにちは、恋愛マネジメントを専攻したい、大胸筋ピクピクさせ男です。私は学歴も知識もありますしイケメンで親が金持ちですが、恋愛に関してはアマフェッショナル。今回は、モテない男子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
1. あえて2~3世代前の服を飲み会に着ていく
あえて2~3世代前の服を着るようにしましょう。そして飲み会の場で好みの女がいたら話しかけ、わざとらしくファッションを見せびらかしましょう。そして「あ~ん! このジーパン本当にマジでチョーイケてるんですけどぉぉお~!」と言って、女に「なんだこいつ?」と思わせましょう。思わたらもう大成功。「ファッションとか詳しくてぇ~! ずっとコレ着てるんですけどぉ~! そろそろ汗臭いんですぅ~! ぷんぷくり~ん(喜)」と言いましょう。だいたいの女性は新しいファッションを着たがる習性があるので、古かったとしても1世代前の服を着ているはずです。
そこで女が「新しい服にしないの?」と言ってこないはず(言ってくる空気が読める女はその時点でガン無視OK)。無視されているにも関わらず、あなたは「なんかなんかぁ~! 最近しまむらが人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいの欲しいんですけどわかんなぁぁああい!! ボクかわいそーなコ★」と返します。すると女性は「しまむらはないだろ? 一万歩譲ってユニクロ(笑)だよ。本当は良くわからないみたいだね。死ね!」となって、次の休みの日にふたりで服選びのデートに行けるわけがないです。あなたの男子力が高ければ、女に服を買って送りつけよう!!
「ミンスは売国奴」とか「中韓死ね」などを表現する「小さい日の丸」をアイコンに入れると、Twitterの女性ユーザーは「なんかこの人コワイなぁ」や「なんかヤバいかも」と思ってくれます。インターネット上では現実世界よりもイメージが増幅されて相手に伝わるので 「日の丸アイコン」 を使用することによって、女性はあなたを思想の偏った人と勘違いしてくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対にネトウヨに好かれますが気にしないようにしましょう。
3. とりあえず女には「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言わない
飲み会などで女が男性に話すことといえば自慢話や趣味の話ばかり。よって、男性にとってどうでもいい話ばかりです。でもそこで適当に「ふーん、そうなんだ?」とか「よくわかんないですけどすごいね」と返してしまうと、さすがの女も「この男ダメだな」と気がついてしまいます。ダメ男だとバレたらこちらのものです。
無意味にテンションをあげて、「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておくのは間違い。興味がない話題でもテンションと積極性でその場を乗り切ってしまうと、モテることがあります。積極的に話を聞いてくれる男性に女は弱いのです。
うっかりいろいろと話を聞いてしまったときは、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね! 覚えたぞぉ! メモメモ!」とコメントすれば大丈夫。続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「キュンキュンキュン! キュンキュンキュン!」と言って、「どうしたの!?」と女に思わせるのもアリ。そこで「ボクのハードディスクに記録しているのでありますっ☆」と言えば男子力アップ! そこでまた女は「うわぁ…… うわぁ……」と思ってくれます。私は学歴も知識もありますしイケメンで親が金持ちですが、こういうテクニックを使えば知識がある私のようなイケメンのほうがモテなかったりするのです。女にも選ぶ権利はありますからね。
女とレストランに入ったら、真っ先にトイレを探して「あーん! ボク一人でおしっこ出来ないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「えっ、突然何? キモい。ていうか良い歳して何言ってんだ」と思われるので、すかさず「怖くはないし出したいけど出せないんですっ><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「怖くないのにどうして……。ていうかもう帰りたい」と思われるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、ボクまだ童貞じゃないですかぁっ! おちんちんかわいそうですぅ! まだヤってないのにぃぃ~(悲)。おしっこにしか使えないんですよ……。いっしょにトイレに入っておしっこ介助してください。ボクのおちんちん、見てくだしゃい。合体合体」と身を震わせて言うのです。
「私は萌え豚なんか相手にしたくないの(キリッ)」って勘違いし始めて
故意に萌え豚が嫌がるような要素をふんだんに取り入れるようになって
最終的に大爆死っていうの、
なんなんだろう。
萌え豚を切るのは自由だけど
そうすると同じブランドで客をガラッと入れ替えるわけで、
しまむらが「下層はもう相手しません、明日から高級ブランドです」って言うようなもの。
萌え豚切るかわりにどんな客当て込んだんですかって聞きたいよ。
萌え豚が去っただけで新しい客がこなかったから爆死なんだけどさ。
作り手が真剣なビジネスとしてそれだけの大回頭をするならよいのだけど
どうも客への侮蔑とか市場への甘い見通しとか批判への意固地とか
そういうことで硬直しちゃっただけに思える。
新聞を読んでいると気持ちが暗くなる。日本はこれから経済的に悪くなるばかりだ。それにも関わらず、高度経済成長の価値観を引きずり、多くを望むが故に不幸になってる人が多いように感じる。
当たり前のように百万以上する車を乗り回し、結婚式には三百万もかけ、子供には習い事や私立の学校に通わせ、休日には外食に行き、毎月数万も服を買い、エアコンは付けっぱなしにし、ミネラルウォーターを飲み、携帯代に1万も払い、30インチ以上あるテレビを買って、おまけに毎月10万ぐらい自宅購入にローンを組む。これが当たり前らしい。
それを維持するために、毎日夜の22時まで働く。どんなにツラくても妻子やローンがあるから辞めることができない。バブルのころよりも人員が減り、仕事のキツさは倍増したのにもかかわらず、給料は据え置き、どころか下がることすらある。これじゃ奴隷だ。こんなに頑張らなきゃ「当たり前」は手に入らない。もう、以前のように働いただけ発展が望める社会じゃないんだよ。
もし「当たり前」の基準を下げて、もっと慎ましやかに生活すれば、こんなに働かなくてもいいんじゃないか? もっと自由になれるんじゃないか? そう思い私は某大手製造業の技術者の職を捨てた。今は週に2~3日だけ働いて10万で暮らしている。
車を手放し、2万/月の家に住み、しまむらで買った服を着て、自炊して食費も1.5万/月にしている。でも、貯金もできている。空いた時間を本を読んだり、将来のために勉強に当てたりしている。自主的にやっているから楽しい。
「そんな生活で惨めになりませんか?」と言われるが、会社に勤めて多くのお金をもらうのは、結局、見栄のためなの?と逆に問いたくなる。
「結婚しなくていいんですか?」と言われるが、逆に何で結婚しなくちゃいけないの?と問いたい。
「お金がないと友達は減りませんか?」と言われるが、私が貧乏になっても、(苦笑いをすることはあるが)親しい連中は私のもとを離れては行っていない。多分、もともと贅沢を共にするような付き合いをしていなかったからだろうと思う。
私はこれでいい、と今は思える。
散々突っ込まれてるけど、単に主力が安い化粧品に移っただけだわな。
化粧品だけではなく服もファストファッションばかり売れているよね。
それは不況というのもあるし、安いものの品質が良くなってわざわざ高いものを買う必要が無くなったというのもあるだろうと思う。
昔の安い化粧品や服ってまともに使えるようなものがなかなか無かったもの。
べったり真っ赤になる口紅とか、チョークみたいに粉っぽく付くシャドウとか平気で売られてたし、
ユニクロが流行る前はしまむらもスーパーも酷いデザイン(何でその柄を付けるんだよ!まだ無地の方がマシだろ!!というやつ)しか無く、
それ以上を求めるとそれなりに金がかかったもんだ。
74:Levi's Vintage
72:Dior Homme
70:Burberry Prosum、JIL SANDER、Dolce&Gabbana
68:D&G、JUNYA WATANABE、ARMANI JEANS、OSSA MONDO、Levi's Vintage Clothing
66:WAREHOUSE、HELMUT LANG、Number(n)ine、UNDERCOVER、空比古、HG、KATO、FULLCOUNT
64:EARNEST SEWN、G-Star、DIESEL、TMT、Aprill、SOMET、アクネジーンズ
62:タバニティ、Antik Denim、J.Lindeberg、NOTIFY、A.P.C
60:D26屋(フルオーダー)、REPLAY、ENERGIE、paperdenim&cloth、tabloid News
58:True Religion、スカル、GAS、Nudie Jeans、ウエアラバウツ
58:SEVEN FOR ALL MANKIND、AQ Aquascutum(Aquascutum UK Label)
56:ダルチ、Denime、Abercrombie&Fitch、Lounge Lizard
54:EVISU、LAD MUSICIAN、pledger、Samurai、BLUE BLUE
52:EDWIN(RVS)、Chip and Peppe 、Levi's Premium、ETERNAL
50:EDWIN(RV&BT&SV)、Cheap Monday、Burberry Black Label
48:EDWIN(EDGE LINE)、ROGAN、Spellbound
44:Wrangler、BOBSON、ユニクロプレミアムデニム
大学ってのはある意味ムラなんだよ。そのムラに入れれば、文句なしにそのムラのイメージをそれ以外に発信する。そこに個人の実力なんか関係ない。
ブランドというのはムラの評価で、ムラの評価がよければ構成員の評価もよい。イメージのよいムラでそれにそぐわない事例があれば意外性を持って語られる。
そこらへんの日常会話(風評)なんかでわざわざ学部学科まで踏み込んだ比較生産的なものなんかされない。あくまでされるのは「隣の子が有名などこの大学に入ったのに」とか「うちの子はどこの大学に入ったザマスよオホホホ」程度。
で、そういう評判のいい大学ってのは求心力があるから、多くの人が集まって結果倍率が上がり、選別される。選別された学生はもちろん比較有能なのだから、評価も高い。なんだかんだでOBOGは政界財界を握るキーマンなんかは大学名と一緒に語られることも多く、それが評判を高くしているのに一役買ってるだろ。
そういう積み重ねを戦前から重ねてきたのだから旧帝大や早慶はいまだに高学歴で在り続け、信頼性も高いというわけだ。
もちろん日大とか東海大なんかでも十分だよ、と言う人もいるだろう。しかしながら、毎年うん十万人も世に排出するような大学なんか、言ってみれば大量製造しているようなもので、テストも簡単なら粗悪品を作っていると言われても否定できない。しまむらで満足できるか、ヴィトンでも満足できないか程度の差だが、これは大きい。
大学で何をやってきたか、なんてのは最近ようやっとされてきた見方だよ。これまでは、そこの大学に入れれば、就職先も保障されたようなもんだし、言ってみれば終身雇用だったんだから。
で、君の質問に対する答えは「そういう評判のいい大学ってのは求心力があるから、多くの人が集まって結果倍率が上がり、選別される。選別された学生はもちろん比較有能なのだから、評価も高い。」に集約されるんだけど、これじゃ不満かな。
ドングリの背比べなのに足の引っ張り合い。
出る杭を叩いて、村八分。
『日本的なもの』の一番醜い部分。
10人くらいの集団だと、集団内の序列が下から3番目か4番目位のヤツ。
だれからも叩き公認となっているワーストワンを叩いて
「こいつが空気読めてないということを理解できるくらいの空気を読む力はありますよ」アピール。
実に醜い。自分が叩かれる立場に落ちるのが怖いだけ。
本当は自分もセンスが無いことをうすうす気づいている人。
自分で選んだ服に自信がないので、とりあえずビームスで買っとけば馬鹿にされないだろう見たいな。
「俺はセレクトショップとか行く、オシャレに興味がある人間ですよ」アピール。
実に醜い。高い服買う前にテカテカの頭髪をどうにかすればいいのに。
みんなから嫌われているヤツの悪口をいえばとりあえず同意してくれるだろう的な。
あること無いこと言いふらし、
「俺はこんなに噂話に通じてますよ。俺を敵に回さない方がいいですよ」アピール。
実に醜い。恐怖におびえて人を蹴落とすことしか考えられないかわいそうな人。
「あなたへの話に同意=あなたの人格を支持」 じゃないことをだれか教えてあげて。
定時退社できた日の、貴重な自由時間をつぶしやがって。
私はあなたが一番嫌いなんだよ。
無神経な下衆野郎。
早くくたばればいいのに。
ずっと「トカイ」にいかなければと思っていた。育った町は関東に位置している田舎だった。電車に乗れば東京までたかだか一時間半か二時間程度の場所だったが、それでも十分田舎だった。電車を目の前で逃すと一時間は待たなければならなかった。隣駅は無人駅で、最寄駅は7時にならないと自動券売機で切符が買えなかった。バスに至っては二時間来ないこともざらだ。終電や終バスも早くて、夕方が差し迫ってくるともう乗り継いで行った先の終電のことを考えなければならない。東京は近くて、でも遠い街だった。
電車に乗ってあの町が近づいてくると、見渡す限りの田んぼとその中をうねうねと伸びる農道が見える。街燈がぽつぽつとしかない道を闇におびえながら全力疾走で駆け抜ける夜も、夏になると井戸からくみ上げて田んぼに水を注ぎ込む小川も、稲穂の上を渡る金色に光る風も、その中を喜んで走る犬も、道端で干からびている車にひかれたイタチも、うっそうと道上に生い茂り時々大きな枝を落としている木々も、なにもかもが呪わしかった。どこへ行くにも遠く、こじゃれた店は大規模なショッピングモールの中にしかなくて、中高生はいつもそこに特に理由もなくたむろしていた。みんな都会に行きたかったのだ。すぐにつぶれてしまう店も、郊外型の広い駐車場も、市街地から外れればとたんに何もなくなって農耕地だけになるニュータウンもみな忌み嫌っていた。
私たちはたまに触れるなにか新しいものを含んだ風にあこがれ、騒がしい日常を羨み、便利さに憧憬を抱いた。都会に行かなければいけない、という思いはまさに呪縛だった。こんな田舎にいてはいけない、田舎はつまらなく、古びていて、垢抜けない。だから都会に行かなくてはいけない。
高校を卒業するとともに私を含めほとんどの友人は都会へと向かった。何人かは都会に住みかを確保し、住処を確保できなかった人たちはどこかに拠点を確保して、毎日何時間もかけて都会へと通った。
私は住処を確保できた幸運な一人だった。山の手の静かな住宅地の中の、学生用の古い汚い部屋でも、私にとってそこは「トカイ」だった。駅に着くまで田畑はなく、家々は軒を並べ、駅では10分も待たずに電車が来る。どの駅でもかなりの人々が乗り降りし、夜が更けても街燈は一定の間隔で並んで闇を追い払ってくれる。都会には月明かりに気付く余裕をもって往来を歩けるほどの安心があった。そのくせ、私が慣れ親しんできた大きな木々や古い河の跡や、四季はきちんとそこにいて、祭りがあり、正月があり、盆があり、そうやって人々は暮らしていた。盆正月は店が閉まってしまうということを知ったのも都会に出てからだった。
都内にありながら広大な面積を有する大学の中には山があり、谷があり、そして池があった。そこにいると、田舎のように蚊に襲われたし、アブラゼミかミンミンゼミくらいしかいないとはいえ、蝉の声を聴くことができた。近くに大きな道路が走っているはずなのに、喧騒はそこまでやってこず、昼休みが過ぎると静寂が支配していた。水辺で昼食をとるのが私は好きで、蚊に食われたといいながらよくベンチに座って、亀と一緒に日を浴びながらパンを食べた。
田舎でそうしていたようにどこへ行くにも自転車で行き、アメ横からつながる電気街や、そこから古書街、東京駅、サラリーマンの街あるいはおしゃれな店が並ぶ一帯までどこへでも行った。都会は平坦につながっているのに、どこかに必ず境目があって、境界付近で二つの街の色が混ざり合い、ある臨界点を超えると途端に色彩の異なる街になってしまうのが面白かった。その合間にもところどころ自然は存在していて、いつからそこに植わっているのか知らない大きな木々が腕を広げて日陰を作り、その下にベンチが置いてある。くたびれた老人がその下に座り、コミュニティが形成される。それが私の見た「都会」だった。
山の手の内側で育ち、閑静な住宅街で育った人たちは、ここは「イナカ」だから、東京じゃないという。私はそれを聞くたびに笑いをこらえきれなくなる。あなたたちは田舎を知らない。電車が10分来ないとか、駅まで10分くらい歩かなければならないとか、店がないとか、繁華街が近くにないとか、それだけで田舎だと言っているけれど、田舎はそうじゃない。
コンビニには車で出かけなければならないことも、コンビニは農協のようなものだということも、、新製品は何か月もしないとおかないような、そのくせいつからあるのかわからないような商品が段ボールで積み重ねてあるということも、あなたたちは知らない。発売と同時に新商品を手に取ることができる喜びにあなたたちは気づかない。駅と駅の間が近くて、自転車で行き来でき、一つの場所に店が集まっていないせいであちこち足を運ばなければいけない不便性は田舎のそれとは違う。
大きな木が育っていてもそれを管理せずに朽ちていくばかりにする田舎、邪魔になればすぐに切ってしまうから、町の中に大木は残らない、それが田舎だ。古いものは捨て、新しいもので一帯を覆い尽くすのが、田舎だ。昔からあるものを残しながら新しいものをつぎはぎしていく都会の風景とは全く違う。人工の整然とした景観があり、そことはっきりと境界線を分けて田畑が広がる区域が広がる。その光景をあなたたちは知らない。人工の景観の嘘くささと、そこから切り離された空間の美しさをあなたたちは知らない。新しく人が住む場所を作るために農地や野原を切り開いて、道路を通し、雨になれば水が溜まる土壌を改良し、夏になればバスを待つ人々の日陰となっていた木々を切り倒し、そうして人工物とそれ以外のものを切り離していくやり方でしか町を広げていくことのできない田舎を、あなたたちは知らない。人々は木漏れ日の下に憩いを求めたりしないし、暑さや寒さに関してただ通りすがった人と話をすることもない。車で目的地から目的地へ点と点をつなぐような移動しかしないのが田舎だ。あなたたちはそれを知らない。
盆や正月に田舎に戻ると結局ショッピングモールに集まる。友人とだったり、家族だったり、行くところはそこしかないから、みなそこへ行く。しばらく帰らない間に、高校時代によく暇をつぶしたショッピングモールは規模を拡大し、店舗数も増えていた。私が「トカイ」で足を使って回らなければならなかったような店が、都会よりずっと広い売り場面積で所狭しと並ぶ。それがショッピングモールだ。上野も秋葉原も新宿も池袋も渋谷も原宿も東京も丸の内もすべて同じところに詰め込んで、みんなそこは東京と同じだと思って集まる。田舎は嫌だ、都会に行きたいと言いながらそこに集まる。
ABABというティーン向けの店でたむろする中高生を見ながら、私は思う。下町を中心としたチェーンのスーパーである赤札堂が展開しているティーン向けの安い服飾品を、田舎の人は都会より二割か三割高い値段で喜んで買う。これは都会のものだから、垢抜けている、そう信じて買うのだ。確かにその服はお金のない中高生が、自分のできる範囲内で流行りを取り入れて、流行りが過ぎればさっさと捨てるために、そういう目的に合致するように流通している服飾品だ。だから安い代わりに物持ちが良くないし、縫製もよくない。二、三割その値段が高くなれば、東京に住む若者はその服は買わない。同じ値段を出せばもう少し良いものが変えることを知っているからだ。田舎に暮らす私たちにとってのしまむらがそうであるように、都会に住む彼らにとって最低限の衣服を知恵と時間をかけてそれなりに見えるように選ぶのがABABだ。そのことを彼らは知らない。
ABABのメインの事業である赤札堂は、夕方のサービスタイムには人でごった返し、正月が近づけばクリスマスよりもずっと入念にかまぼこやら黒豆やらおせちの材料を何十種類も所せましとならべ、思いついたようにチキンを売る。あの店はどちらかというと揚げ物やしょうゆのにおいがする。店の前には行商のおばさんが店を広げ、都会の人たちはそれを喜んで買う。若いこどもはそれを見てここは「イナカ」だという、そういう光景を彼らは知らない。
そうして私は「トカイ」という呪縛から逃れていることに気付くのだ。私はABABでいいものがあれば買うし、同じようにしまむらで掘り出し物があれば買う。田舎よりも安くで手に入れることのできるものは都会で買い、田舎で安く買うことのできるものは田舎で買う。どちらもよいところはあり、悪いところはある。便利なところはあり、不便なところもある。都会の人も「トカイ」にあこがれ、ここは田舎だというけれど、「トカイ」というのは結局幻想でしかないということを、私は長い都会生活の中で理解したのだ。便利なものを人は「トカイ」という。何か自分とは違うと感じるものをひとは「トカイ」のものだという。それは憧れであり、決して得られないものだと気づくまで、その呪縛からは逃れられないのだろう。
「イナカ」はその影だ。「トカイ」が決して得られない憧れであるなら、「イナカ」は生活の中に存在する不便さや不快さや、許し難い理不尽やを表しただけで、「トカイ」と表裏一体をなしている。「イナカ」も「トカイ」も幻想でしかない。幻想でしかないのに、私たちはそれを忌み嫌ったり、あこがれ、求めてやまなかったりする。だから田舎はいやなんだというときのイナカも、都会に行けばきっとと願うときのトカイも私の心の中にしか存在しない、存在しえない虚構なのだ。
私はオフィス街の中で聞こえるアブラゼミの声が嫌いではない。でも時々その声が聞こえると、田畑を渡る優しく澄んだ夕暮れ時の風を思い出す。竹の葉をすかす光とともに降り注ぐ、あの鈴の音を振るようなヒグラシの音が耳に聞こえるような気がする。
記憶の片隅に、一面に広がる田んぼと、稲穂の上で停止するオニヤンマの姿が残っている。
父方の田舎は、人口の一番少ない県の市街地から車で一時間半かかるところにあった。周りは山と田畑しかなく、戦前から10軒もない家々で構成される集落だ。隣の家は伯父の家だったはずだが、確か車で15分くらいかかったと思う。幼いころにしかいなかったので記憶はもうほとんど残っていない。免許証の本籍地を指でなぞるときにふと頭の中によぎる程度だ。父はあの田舎が嫌いで、転職と転勤を繰り返して、関東に居を構えた。あの村で生まれて、育ち、その中から出ることもなく死んでゆく人がほとんど、という中で父の都会へ行きたいという欲求と幸運は桁はずれだったのだろう。時代が移り変わって、従兄弟たちはその集落から分校に通い、中学卒業とともに市街地へ職や進学先を求めて移り住んでしまった。今はもう老人しか残っていない。日本によくある限界集落の一つだ。
引越をした日のことは今も覚えている。きれいな街だと思った。計画的に開発され、整然と並んだ町並み。ニュータウンの中には区画ごとにショッピングセンターという名の商店街があり、医療地区があり、分校ではない学校があった。電柱は木ではなくコンクリートだったし、バスも来ていた。主要駅まではバスで40分。駅前にはマクドナルドも本屋もミスタードーナツもある。旧市街地は門前町として栄えていたところだったから、観光向けの店は多くあったし、交通も車があればどうとでもなった。商店に売られているジュースは何種類もあったし、本屋に行けば選ぶだけの本があった。子供の声がして、緑道があり公園があり、交通事故に気をつけろと学校では注意される。
バブルにしたがって外側へと広がり続けたドーナツの外側の淵にそのニュータウンは位置している新しい家を見に来たとき、祖父母はすごい都会だねぇと感嘆混じりに行った。
父は喜んでいた。田舎には戻りたくない、と父はよく言った。都会に出られてよかったと何度も言った。ニュータウンにはそういう大人がたくさんいた。でも、都心で働く人々にとってニュータウンは決して便利の良い町ではなかった。大きな書店はあっても、ほしいものを手に入れようとすると取り寄せるか、自分で都心に探しに行くしかない。服屋はあるけれど、高いブランド物か流行遅れのものしかない。流行はいつも少し遅れて入ってきていた。都心に日々通う人たちはそのギャップを痛いほど実感していたに違いないと思う。教育をするにしても、予備校や塾は少なく、レベルの高い高校も私立中学もない。食料品だけは安くて質のいいものが手に入るが、都会からやってくる品は輸送費の分、価格が上乗せされるので少し高かった。都会からじりじりと後退してニュータウンに落ち着いた人々にとって、言葉にしがたい都会との微妙な時間的距離は苦痛だったのだろう。
子供にはなおさらその意識が色濃く反映された。簡単に目にすることができるからこそ、もう少しでつかめそうだからこそ、都会は余計に眩しいものに思えた。引力は影響を及ぼしあうものの距離が近いほど強くなるように、都会が近ければ近いほどそこへあこがれる気持ちも強くなるのだ。限界集落にいたころには市街地ですら都会だと思っていたのに、ずっと便利になって都会に近づいた生活の方がなぜか我慢ならない。
そして子供たちは大きくなると街を出て行き、後には老人だけが残った。さながらあの限界集落のように、ニュータウンもまた死にゆこうとしている。幸運なことに再び再開発が始まっているようだが、同じことを繰り返すだけだろう。
祖父母にとって東京は得体のしれないところだった。彼らは東京駅で人込みの歩き方がわからなくて、父が迎えに来るまでじっと立ちつくしていた。若いころだってそうしなかっただろうに、手をつないで寄り添い、息子が現れるまで待つことしかできなかった。そういう祖父母にとってはあのニュータウンですら、生きていくには騒がしすぎたのだ。あれから二度と都会へ出てくることはなく二人とも、風と、田畑と、山しかないあの小さな村で安らかに一生を終えた。
たまに東京に出てくる父と母は、あのとき祖父母が言っていたようにここは騒がしすぎて疲れる、という。どこへ行くにもたくさん歩かなければならないから不便だと言う。車で動きにくいから困ると言う。智恵子よろしく母は、東京にイオンがない、と真顔で言う。私が笑って、近くにイオン系列のショッピングモールができたし、豊洲まで出ればららぽーともある、といっても納得しない。田畑がない、緑が少ない、明るすぎるし、どこへ行っても人が多い。すべてがせせこましくてあわただしくて、坂が多くてしんどい。それに、とことさら真面目な顔になって言う。犬の散歩をする場所がない。犬が自由に走り回れる場所がない。穴を掘れる場所もない。彼らはそう言う。
あんなに都会に出たいと願ってやまなかった若いころの父と母は、あのニュータウンの生活に満足し、さらに都会へ出ていくことはできなくなったのだ。それが老いというものかもしれないし、身の丈というものなのかもしれない。生きてゆくべき場所を定めた人は幸せだ。幻想に右往左往せず、としっかりと土地に根を張って生きてゆくことができる。
私の住む東京と千葉の境目も、不満に思う若者は多いだろう。都内とはいっても下町だからここは都会ではない、と彼らは言うかもしれない。都下に住む人々が都会に住んでいない、と称するように自分たちの住む街を田舎だと表現し、もっともっとと願うのかもしれない。引力は近づけば近づくほど強さを増すから逃げられなくなるのだ。でも、もしかすると、都会の不便さを嫌って、彼らは田舎を志向するかもしれない。一つのところへ行きさえすれば事足りる、点と点をつなぐだけの便利な生活。地をはいずりまわって丹念に生きる必要がある都会と違って、郊外は行く場所が決まっているし、ネットがあればなんとかできる。彼らには、私たちが引力だと思ったものが反発力として働くかもしれない。未来は分からない。
それでもきっといつかは、みんな、どこかに愛着を抱くか、よんどろこのない事情で立ち止まるしかなくなるのだろう。祖父母がそうであったように、父と母がそうであるように、どこかに満足して、ここ以外はどこにも行きたくない、と主張する。それまではきっと都会と田舎という幻想の間を行き来し続けるのだ。
消費税に関してなんですが、
確かにそういう段階税にする考えもあると思います。
ただ段階税にする場合考えなければいけない点が2点。
まず一つに、どこまでを「必需品」としてどこまでを「ぜいたく品」とするか、という問題。
例えば米とかだとわかりやすいけど、じゃあ100グラム1000円の肉とかは?10000円だと?
となるわけです。また、例えばおかし付きおもちゃとかの扱いも難しい。
欧州の某国では、マクドナルドのテイクアウトは課税でイートインだと非課税とかいう
アホらしい事態も起こってるらしいです。
その辺の線引きがかなり難しく、コンセンサスをとれるのか、というのが1点。
もう一点が、税徴収コストの問題。
消費税は、税収に対して税徴収コストが少なく、その意味で「効率的」だったのが
色々めんどくさくすると税徴収コストが膨大になって、増税の意味が薄れますよ、と。
まぁそれでも15とか20%にするなら必要だと思いますけどね。
ユニクロやしまむらでの低額衣料品や、ドラッグストアで売ってるような低額化粧品も必要経費計上できるんだから、(それに家電とかもたぶんそうだろうし)部署全体の飲み会とか、営業上の会食は経費計上させてあげないと不公平な感じがする。
節約自慢、ドケチ自慢になるけど、そういう問題じゃない気がする。
広い意味だと金銭感覚の違いってことで、ちょっと大げさに言えば「ギャンブル癖がある旦那が・・・」っていうのと根っこは同じ。
金銭問題ってのは収入に対しての支出が問題なわけで、月収100万が毎月パチンコに10万使っても問題ないわけでだし、月収10万が煙草代に1万使ってたら大問題。
一概には言えないと思う。
ガソリン代や車の維持費含めて3万じゃあきついと思う。
一般にどのくらい夫婦2人で生活費がかかるのかはよくしらないけど、保険やさんが
って煽って年金保険の勧誘をしてくるから、大げさにみても上限そんなもんだと思う。
夫婦2人なら20万そこそこあれば生活できるっぽい気はする。
子供がいるなら、老後の蓄えもしていきたいならって条件がついてくると、もっともっとなわけだけど。
話を戻して、30万あれば生活自体はやっていけるはずだから、あとは配分の問題。
こんなのどうだろう?
ステップ1
まず一ヶ月は必要なたびに申告してもらう。
理由は聞くが、すべて請求されるまま出す。
あなたが使ったものも全部帳簿につけておく。
で、2人の生活に必要な支出、旦那の場合は仕事上必要な支出と、そうでない支出にわける。
大まかでよい。
スーパーとドラッグストアとホームセンターでの支出は2人の生活で必要な支出。
ドラッグストアで買うような数百円の化粧品や髭剃りとかも2人の支出にしてよい。
ユニクロやしまむらで買うような1000円、2000円程度の服(自分の服も旦那の服も)も2人の支出にしてよい。
ステップ2
ステップ1で前月にかかった2人の生活で必要な支出と、仕事上必要な支出の総額を調べる。
家賃、光熱費、通信費、等々とそれを足した額が先月あなたの家庭にかかった生活必要経費。
ステップ3
先月の給料明細の手取から、生活必要経費を引く。さらに、将来への積み立てを引く。
そして2で割る。
それがそれぞれが使っていい「お小遣い」
それぞれのお小遣いから、先月それぞれが使った「そうでない支出」を引く。
ステップ4
診断しましょう。
あなたのそれがプラスで、旦那のそれがマイナスになってる場合、旦那に嗜好品を自粛していただく。
あなたが我慢しましょう。
2人ともプラスの場合、グダグダいわず、お互いを認め合いましょう。
自分にとっては無駄も、相手にとっては大事なことかもしれません。お互いに迷惑をかけてなければいいじゃない。
えーと、どうしたらいいのかな。
生活レベルを下げるしかないのは自明なんですけど、どっから削るか、揉めるんじゃあないかな。
お金は大事。
世の中の90%はお金で買える。
残りの10%だって、心でなんとかなるものなんかほとんどなくて、運次第のものばかり。
小町とかってぇ わざと読者に叩かれるネタを提供して 炎上アクセス稼ぎたいってぇの? そぉゆぅの 多いけどぉー、これも そぉゆー炎上ブクマ狙いすかー?
それとも既婚人妻につまみ食い逃げされた にーちゃんが ストレス発散に妄想ふくらませて がんばって書いたのかにゃぁ?うふふふふ(^^)
気がついたら 恋する心は消えていた。
夫と オトナの関係をもたなくなってから 数十年。セックスレスという言葉を 先日の朝のNHKで特集番組できいた。まさに私と夫のことだった。
なぜ こうなってしまったのか 理由を探せばあるような気もするが、特に深刻な原因というほどでもないような気がしている。
ただ おだやかに家庭が続いていればいい。そう思ってすごしてきた、あの日までは。
「きれいですね」「美人ですね」
と、その男の人はことあるごとに 私を褒めた。そうかなぁ?どこからみたって私はおばさんじゃないんだっけ?
ともろーらんど、だの、ろえぺだの、値段の高い服なんぞ、似合わなくて(と、思うことにしている、だって子供らの塾代工面しないとね!)
ユニクロとしまむらで 勇気を振り絞って一枚服を買っているような、地味なおばさんですもん。
その男の人が私をちやほやしてくれるたび わたしは不思議な気持ちがしたけれど、ちょっとだけ嬉しかった。
意外な現実、おばさんには おばさんを需要とする男達が少なからずいる。
ぽっとん!
なにかに気を取られてよそ見して歩いていたら 落とし穴におちたようなものだ。
わたしは 恋におちてしまったのだ。
音楽が胸にきゅんきゅん響いてきこえてくる、世界が色鮮やかに見えてくる、足下はふわふわで浮かんでいるような気持ちがした。
何事かアクションをおこさないでじっと感情が通り過ぎてゆくのを待ち、すべてが過ぎ去ってからひとりゆっくり後悔することと、
動きだして働きかけてから強く後悔すること、読んでいるあなたは どちらかしか選べないとしたらどうするだろう?
行動をおこさないことも勇気であるし、おこすことも同じぐらいに勇気のいることだと、わたしは思っている。
恋に迷った人が、そこから新たな世界を得ようと望むなら、ひきかえに差し出す生け贄を、恋愛の神は求めてくる、確実に。
自分の思惑通りに他人の心が手に入るなんて、2次元なゲームでさえ難しい、ましてや現実なんて!
それに比べたら 消耗品としての他人とのセックスを手に入れるのはどんなに簡単だろう。
ただでやらせてあげますオーラを匂わせれば、スケベなオスはとりあえず集まってくるもんねw
でも わたしは そんなかんじのは欲しくなかった。うまくいえないけど、もっと、恋のようなものが欲しかった。
わたしは 結局 傷つかない道を選んだ。これで幸せなのかわからない。この先もずっとこのままなのか、それとも、また
心が揺らぐことがあったら、今度は突然 違う方向へスーパーボールみたいにはじけとんでいってしまうかもしれない。
だれにも恋をしないことが 一番傷つかない方法なのだと知っているわたしは ずるい。