はてなキーワード: 美的感覚とは
ゴールデンカムイの月島基役の声優が、自撮りを上げるタイプの承認欲求モンスターおじさんで本当に不快。
雰囲気イケメン気取りの顔面不細工とかじゃなくて、普通にその辺にいるおじさん。
自撮りおじさんはセルフプロデュースなんて概念もなければ美的感覚も終わっているくせに、自己評価だけは異様に高く、よってiPhoneのインカメで撮ったような見るに堪えない自撮りをネット上げる。
公害だろ。
何の需要があると思ってやってんの?それ。
個人のアカウントで勝手にやってくれればいいのに、声優の仕事のアカウントで、キャラクターの名前を出して自撮りを上げ、それに月島軍曹のファンの腐女子が「つきしま♡」とかエアリプする。
その腐女子のせいで私は気持ち悪いおじさんの自撮りに被弾し、速攻で腐女子とおじさんをブロックした。
その時まで私は、こんな自撮りモンスターがアニメに出ていたなんて知らなかった。
嫌いになったきっかけは自撮りだが、以前から違和感は覚えており、例えば、女性蔑視。
アニメの宣伝か何かで、声優がしゃべっている動画が公開されたとき、そいつがヒロイン役を演じる女性声優に上から目線で偉そうに振る舞うのが本当に不快だったのを憶えている。
そのときは、きっとこの上から目線のおっさんはよっぽどの大御所で、女性声優は全然仕事のない駆け出しなんだろうな…と思っていたが、別にそいつは大御所でもなんでもなく、むしろ女性声優のほうが格上だった。
というかそもそも、その気持ち悪い自撮りおじさんは、月島基以外ほとんどまともな役を貰ったことがなく、アニメ専門学校だか声優養成学校だかのコネで得たちょい役だけで数十年食っている……かは知らないが、ともかくWikipediaを見る限りろくな実績がない。
まあ男性声優にも同じ態度なら、ただの勘違いした老害だが、別に男性声優には上から行かないのも気持ち悪い。
そして何より無理なのが、他にまともな役を貰えないから、やたらめったら「月島基」としてSNSに露出したがるところ。
他にアピールすることないの?アニメ終わったの随分前ですけど?新しい仕事はないの?
というわけで私はこいつのことが本当に嫌いだったので、いつの間にかゴールデンカムイが実写化して、月島軍曹=工藤阿須賀になって本当に嬉しい。
工藤阿須賀という人のことはよく知らないが、見る限り普通に美形だし、背も高いし、他でもたくさん仕事を貰っているから必要以上にキャラに執着したりしない。そして何よりSNSに気持ち悪い自撮りを上げない。ヒロイン役の女優に、偉そうな態度を取ったりもしない。
お前は工藤阿須賀にはなれないので、二度とおじさんはアニメキャラの威を借りて自撮りを上げるな。
なおそいつの声や演技は、可もなく不可もない感じで、コメントのしようもない。
電車の車内アナウンスの、下手な人よりは上手で、上手な人よりは下手。ぐらいの水準。
印象にも残らないし、まあ言われたことを言われた通り無難にこなすから、チョイ役貰う分には困らないんだろうな、とは思う。
SNSに書くとエゴサされそうだし、別に本人に見てほしいわけじゃないので、誰も見ない場所に吐き出させてほしい。
本当に自撮りおじさんが無理。
全ての女性は太った方がいいと思う。
「男性が24時間消えたらあなたは何をする?」という記事が話題だ。散歩に行きたい、夜中3時にコンビニに行きたい、1人でピクニックに行きたい、という女性たち。彼女たちは普段男性からの何かしらの加害に怯えており、実際にしつこいナンパや痴漢に遭うことも少なくないのだろう。気の毒だと思うので、そうした状況から逃れる術を伝授したい。
それだけで「女」を辞められるし、性被害の9割9部を回避できる。
私自身が現在150cm80kgのデブ女だ。元々は55kgくらいの普通体重だった。転職と一人暮らしをきっかけに毎昼夜家系ラーメンを食べる習慣がつき、3年ほどで80kgまで増えた。当然太ったことによるデメリットもあるのだが、それ以上にメリットが大きいため今は積極的にデブを維持している。
ということで、メリット・デメリットを軽く書き出してみた。生きやすくなりたい女性に太るという選択肢を与えられると嬉しい。
たぶん結構向き不向きがある。私の場合はメリットでも、あなたにとってはデメリットかもしれない。
あと、初めての投稿なので読みにくかったらごめん。
全ての「女」の都合の悪い部分を辞めたい女性は太った方がいい。
人にはそれぞれ大事なものがあるし、美しい体型やルックの魅力を大事にすることは悪いことじゃない。その場合は太るのは難しいとも思う。ただ、全員が本当にそれらを何より大事にしているのか?というと、そんなことはないと思っている。
本当に「女」を辞めたくなったらぜひ75kgを目指してほしい。
思ったより反応があって嬉しい。ありがとう。お返ししたいものに答えておく。
まずありがとう。幸い今のところ健康診断で見つかるような不調は無い。嘘。生理が来ないこと以外は無い。
母も同じような体重で同じく健康診断は引っかかっていないらしいのでデブの才能がある血かも。
デメリットがメリットを越えたら痩せようと思う。もうすぐ20代が終わるのでそれまでは今の楽さを満喫したい。
私の場合は「男性のせいで太らないといけなかった」ではなく「食べ過ぎて太ったら副次効果としてナンパされなくなった」なので、太った原因は明確に食べ過ぎたせいである。
もしこの増田を見て太ることを決意した女性が居たとしたら、その人はどうか「男性のせいで太らないといけなかった」って自意識にならないようにしてほしいな。とは私も思う。
太る前に同じ考えで全頭ブリーチのド派手髪にしていた時期があったが、別に痴漢はされた。
派手髪にしても地味女のオーラは消えない。あと美容院代が高い。別に楽しくない。
食べるのが好きなので太るのは楽しい。
ありがとう!お互い楽しく生きていこうな。
その昔、まだ読み書きの出来る人が限られていた頃。その中でもとくに、きれいな字を書ける人は神のように尊敬されたのかもしれません。その内容にかかわらず、字がきれいというだけで正しいと認められて特権を享受していた時代もあったのでしょう。
やがてグーテンベルクという人が活字を発明して、書き文字の美醜に関わらず誰もがその思想を表現できる途を開いた。もちろん、きれいな字を書ける人の中でも選りすぐりの人たちは、書道という造形芸術の高みとして尊敬され続けた。
書道という運動能力と美的感覚を兼ね備えた人のみに許された場所へは行けなかったけど、美的感覚のみの人たちがそれをテンプレ化してフォントを作った。
誰もが思想・感情を表現できる手段として活字が出来たし、その中で美的感覚を選ぶ手段としてフォントが出来た。
絵はどうなるのだろうね。選りすぐりの絵描きたちは書道のようにその技で魅せることが出来るし、センスの優れた人たちはフォントへと列聖して持たぬ者たちに施す。そして誰もが造形手段でも思想・感情を伝えられるようになるのである。
当然ですけど。書道家になりたい人もフォントとして列聖したい人も、他人から盗んだ物でそれをやってはダメですね。それはやった人に帰する成果だから。そのどちらにも権利というものは存在するべきだと考えますので。
プログラマーの三代美徳は、怠惰でもなければ傲慢でもない。本能、感情、混乱である。
本能とは、モチベーションの本質的部分である。エロいdeepfakeを作りたい、頭よく見られたい、金儲けしたいといった動機によってプログラマーは手を動かす。
本能がなければドーパミンも存在しない。コードを書く誘因は本能的衝動によって生み出されている。
感情とは、要するに好き嫌いのことだ。たくさんの経験を積み重ねてセンスを獲得するには、好き嫌いに敏感でなければならない。
なぜvscodeがクソで、emacsが素晴らしいのか。なぜマイクロサービスアーキテクチャに強い疑念があるのか。なぜベンダーロックインが金の浪費に繋がるのか。
そういったことは、経験から学び、そして感情という次元に落とし込まれる。感情は少数の次元で美的感覚を得るための優れたセンサーである。
混乱とは、人生である。混乱したことのないものはエントロピーを操ることはできない。
コードは常にエントロピー増大の法則に晒されている。高エントロピーの乱雑的コードを読んで混乱したことがなければ、リファクタリングもできないだろう。
例えば日常生活の中で夕暮れ時の空のグラデーションを観たときだったり、紅葉した木々を観たときや春に咲き誇る桜を観たときに自然に心に湧き上がってくる気持ち
その美的感覚自体を広告によって形成しなければ、みんなが「どこが美しいのか分からない」んじゃないのかな?
美醜の概念そのものが社会的につくられたもの、という説があるらしいよね。
「デパコスがすごいのはイメージだけ」って書いてる男性医師を見かけたんだけど、基礎化粧品部門はともかくメイクアップ部門の商品だと、プチプラコスメ/ミドルコスメ/デパコスって品質まったく違うの分かるからモヤモヤする
発色、香り、テクスチャー、使用感、パール感などが価格帯によって明らかに異なるのに、本気でイメージだけだと思ってるのかと
すごい変でヘタクソな例えで悪いけど、作画が分からない人が、新人アニメーターの作画と超一流アニメーターの作画を見て「どっちもただの絵じゃん」って言ってる感じ
いや全然、線から動きから背動からアングルからカメラワークから何から何までまったく違いますけど???
彼女見ててもそうなんだよな
風呂入った直後と、出かける前のおめかしした状態で、どっちが魅力的かっていうと前者だ
顔に粉塗ってあると気持ち悪いっつうか、窮屈な感じがする こっちまで窮屈に感じる
職場の人とかでも、化粧濃い人はもう「化粧濃いなあ!」だけが顔の印象になる
瞼になんか塗ってる(アイライナー?アイシャドウ?)人とかすげえ多いけど、それを見て思うのって、「この人は瞼に何か塗っているな」だけなんだよな それによって魅力が増しているとは感じず、ただ大変そうだなあとだけ思う ノイズにしかならない
メイクで大変身!みたいな動画見ても、メイク前の方が魅力的だなとしか思えねえ 眉毛がなくても、顔に粉が付いてない方がステキだ
化粧ってマジでなんなんだ
なぜわざわざ手間かけて魅力を減らすんだ
しかし、女もまったくノーメイク!がスタンダードの世界になったら、女は女でラクだし、俺は俺で目の保養になるしで、良いだろうなとも思う
今後も前向きに付き合っていきたいということを話した上で、子どもが欲しいかどうかを訊くと、「欲しい」とのこと。
私は子どもがまったく欲しくないので、なぜかと訊くと、「育ててみたいから」だと言う。
育ててみたいから。
私は自分が自閉症スペクトラムで人生生きづらい、生まれてきたくなかったと思いながら生きてきてるからというのもあるけど、子どもが生まれて「生まれてきてよかった」と思えるような育て方ができる自信がない。
まず可愛い顔に産めるかどうか。五体満足の体で、健康に、産んであげられるかどうか。
ひとでなしは百も承知だけど、私はもし産んだ子がダウン症とかだったら、私の美的感覚で可愛いと思える顔じゃなかったら、愛せる気がしない。
そもそも私はモラハラする。好きな人には漏れなくモラハラしてきた。だから普段人とはそこまで深く付き合わないようにしている。子どもにも絶対モラハラする。でもしたくないししちゃいけないことだともわかっている。私にモラハラされるために子どもを産むなんてできない。子どもが可哀想すぎる。
それに子どもを加害者にしないで育てられるかどうか。私が育て方を間違ったら犯罪者になるかもしれない。人を殺すような子どもを育ててしまわないかどうか。それも怖い。
子どもが反抗して、このクソババアとか罵られて、それでも教育費を出せるような、親の責任を子どもが成人するまで全うできるような親になれるかどうか。
子どもが小さく可愛い間だけでなく、こにくたらしく可愛げもないうちも、愛せるかどうか。
自信がない。
自信がなくて、ひたすらに怖い。
長年付き合ってきた友達がほぼいなかった人生なのに、少なくとも成人まで18年、同じ人間と付き合えるかどうか、私は私に自信がない。
年齢的に、もし子どもを産むとしたらあと数年のうちにパートナーを決めなきゃいけない、という気持ちで婚活をやってきた。でも実際子どもを産むかもしれない、子どもを望む相手と結婚したら、という想像が現実として迫ってきて、無性に怖い。
やっぱり子ども産むのやめよう。婚活もやめる。私の子どもに産まれてきたら、父親がどんなによかったとしても、子どもが可哀想だ。
それが分かっただけでも、婚活やってよかった。