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2017-04-24

松野文科相LGBT科学的知見が確立されていないか学習指導要領

 国会ウォッチャーです。

 引き続き西村議員の質疑。

西村学習指導要領について伺いたい。(略)LGBTに関する記載について伺いたいと思っております。先週末、私の地元新潟日報高校生日報が載っていた。性的少数者への理解必要、というタイトル。”学校の保健の時間に疑問に思った。思春期になると異性への関心が高まると書いてあった。で、私はこういった教科書説明は適切ではないのではないかと考える。確かに大多数の人間思春期を迎えれば、異性のことを好きになるだろう。しかし中にはそうではない人もいることを忘れてはいけない。学校で、異性への関心があるのが当然だというように教えれば、性的少数者の生徒たちはますます悩む~まず教育課程において、しっかりと性的少数者への理解を深めていくべきだ”という風に書かれている。今回の学習指導要領改訂に当たっては、パブリックコメントで大変多くの方からこの点についての記載して欲しいという要望があったと聞いております。その割合は全体の約12%と、非常に大きいと思いますが、学習指導要領には反映されなかった。他方、文部科学省は、学校における性同一性障害への対応に関する状況調査実施して、H27.4.30に性同一性障害にかかる児童生徒へのきめこまやかな対応への実施等について、という通知を、都道府県教委、学校関係者に通知している。また手引きも出している。それで、私はこの点についてはやっぱり学校で、いろいろなこと考えますと、やはり、LGBTについての記載があることが望ましいと思います、先般質問主意書を出したんですが、回答はけんもほろろでございました。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/193199.htm

再度質問させていただきます。この回答では「体育科・保健体育科で、・・・いわゆる「性的マイノリティ」について指導内容として扱うことは、個々の児童生徒の発達の段階に応じた指導保護者国民理解教員の適切な指導の確保などを考慮すると難しいと考えています」とされているが、個々の児童生徒の発達の段階に応じた指導を行うのが、本来教員の責務であって、これを学習指導要領から除外する理由にはなりえないと思うが、なぜこの理由をあげているのか。」

松野

「まずこれは大前提ですが、LGBTをはじめ、さまざまな要因において、社会において、特に学校現場において、そのことによって差別をされたり、傷つけられたりすることはあってはならない。そのことについて、文部科学省も、それぞれの学校現場においても、配慮いただいているところであると考えいる。西村先生から、個々の発達段階に応じてというのは当然の責務ではないかとご指摘をいただきました。学習指導要領というのはすべての生徒・児童に対し、指導していただくことを大綱的に網羅しているものでございます。その事柄においてですね、すべての児童生徒に、授業の形式を持って指導、教えるということが、現状において適切であるかどうか、内容について、個別保護者、生徒から相談において進めることが適切なものがあるかどうか、そのことについて、西村先生からご指摘のあったLGBTに関してですね、まずはLGBTに対する科学的な知見が確立していないということがございます。それがなかなか授業において先生方が合理的説明の元に進められない、問題があるかと思います。そしてパブリックコメントについても言及がございましたけども、LGBT積極的学校現場において教えるべきだというご意見と、あの個々の生徒児童の発達段階によるものであるから、授業の面で取り上げるのはいかがなものかと、そういったそれぞれのお立場意見がございました。そうした中においてですね、今回学習指導要領の中においてですね、今回、LGBTについて取り上げなかったということでございます。」

西村

「驚きました。私は学校現場で取り扱うべきだと思います科学的な知見が確立していないからということを理由に、取り上げないということは、今実際にそれを理由いじめを受けている子供たち、それからこのあの性的指向性自認にかかる悩みを持っている子供たちは、そうではない子供たちに比べると、自殺リスクが6倍高いとも言われています。そうした中で、本当に科学的知見が確立していないということが学校でこのことに言及しない理由になりえるのか。思春期が来たら異性に対する関心が芽生える、そうじゃない人もいる。そのくらいのことではないかと思うのです。それぐらいのことがなぜ入れられないのかと疑問に思います。ぜひ、今そういうことで悩んでいる子供たちを救ってください。実際に体育の授業を受けると、自分世界の中で、本当に1人なんじゃないかとこんなことを思っている、私は、僕はおかしいんじゃないかと。なってしまう恐れが非常に強いんじゃないかと。ぜひ、考慮していただきたい。二番目の質問ですが、国民保護者理解が足りないとあるが、だからこそ学校で教えることで、理解を深めていかなくてはならないのではないのか(略」

(略)

西村

学校関係者対応が、事態をかえって悪化させているという事例も私は実際に当事者から聞いている。しっかりと対応して欲しい。」

LGBT科学的知見って何を意味してんだろうね。LGBTになった原因に関する科学的知見?LGBTにどういう対応をすればいいかという科学的知見?事実LGBT存在していて、彼らに配慮することに何の科学的知見がいるの?とおもいましたまる。できれば西村さんにはこういう聞き方をしてほしかったな。天下り問題でやめられた、前川喜平前事務次官LGBTへの配慮に尽力されていたようですが、残っていたらどうだったかな、とは思いました。

id:kananta

意味わからん。ただ発言を起こしただけだけど、

政治家としての答弁と事務方の作文」をどうやって外形から見分けるわけ?

いやーこれは官僚の作文ですねー、大臣見解じゃないですぅっていえっての?だれが書いてようと国会答弁で大臣がしゃべったらそれは省の代表たる大臣見解だよ。さすがにつっこむけどアンタアホじゃない?

2017-04-20

PTA早くなくなれ、なくしてしまえsecond 

記事http://anond.hatelabo.jp/20170418044917

ただのストレス発散で書いたつもりが、1日2日でここまで反響するとは思ってなくて、びっくり。あちこちに記事が広がってる。とりあえず元記事の誤字脱字修正しました。

賛否両論意見PTAの在り方に対して疑問や不満を持っているひとがいること、PTAに対していろんな考えがあるのがわかった。

なんとなくよく見るコメント意見

・働きながらPTA役割できねーよ!専業主婦がやれよ!

・ワーママは忙しい忙しいつってなんでも専業主婦押し付けてくるんじゃねーよ!

PTAってもう時代に合ってねーよ!いらねーよ!

とか。

ひっくるめて現代PTAは、

時代にあっていない人間関係を悪くする団体

化してるんじゃないかって話。

誰がPTAをやるかってやっぱりもめるんだ。お前がやれよ、お前がやれよって。

でも専業主婦もワーママも、本音はしたくないことだから、もめる。

からなくなればいい。PTAの良い働きだけ、違う形で残せば。

誰かを否定しあうことではなく、そうなる原因がなくなったらいい。

からPTAはいらない。

いくつか気になったことがあったから、追記しとく。

なんでわざわざなんでそんなこと書くのかって?

この記事マスメディアもっと拡散されて、いろんなひとがPTAに疑問を持って、PTAの在り方が変わる「きっかけ」になってくれることを願うから自分の子どもが大人になって親になるとき子育てやす環境になっていてほしいから。

記事項は、4点。

PTAをなぜやめられないのか。なぜ退会できないのか。ママ本音

それはママ友達の怒りを買い、子どもいじめ対象になったら困るから

から怖くてPTAがやめれないし、抜けれない。

別にママ友っていったって、友達じゃないから何言われたって構わない。でも親がママ友に悪く言われることで、ママ友間のトラブルの矛先がその「子ども」にいくことがある。

たとえ異常と感じていても、親である以上、子どもいじめられる原因を作れない。それがPTAに参加しざる負えない共働き世帯の親達の弱み。はっきりNOが言えない。


②なんでPTAに参加しないとトラブルになるのか。PTAが正しく任意加入を説明してないから。

多くの保護者PTA任意ボランティア団体って知らない。入学当初は「絶対入らないといけないもの」みたいな感じで説明うけたし、加入の同意とかも聞かれなかった。同意なく自動的に加入して、自動的に口座からPTA会費が引き落とされてる。

「なんでPTA役員やらないんだ!」「なんで手伝わないんだ」ってみんながなすりつけ合い、トラブルになるのは、そもそもみんなが「PTAに加入して、参加しないといけないもの」って認識してるから

PTAでなんでそんな人間関係トラブルが起こるのか?

PTAがちゃんと任意加入であることを、しっかり全員にわかるように説明しないからじゃないの?

から仕事介護免除理由にはならない。強制的ものとみんな思ってるから。そういう規定になっている学校は多い。生活を守るものにも支障をきたす、その強制力は異常にきたしているのに、それが当たり前になっている。生きていくのに必要仕事介護、看病に支障をきたす地点で、もうPTAって組織が病的な末期状態であることを、知ってほしい。

絶対しないといけないことを「できない」ってやつがいたら、「はぁ?」ってなるのはあたり前。トラブルの原因。

PTAはしっかり「任意加入」であることを、今一度保護者達へ周知徹底しないといけない。じゃないと、PTA参加しないやつは「悪」っていう、まちがった認識改善されない。



PTA協議会PTA会費何につかっているの?っていうかその活動必要?っていうの多すぎる。

PTA会費って本当に何につかってるのかわからない。学校で使ったPTA費用じゃなくて、PTA協議会のほうね。

保護者達が払ったPTA会費の一部はPTA協議会徴収される、らしい。

なんだけど、どうもその会計報告をみてると疑問が多い。

PTA協議会日本PTA協議会っていうトップがあって、傘下に各都道府県市町村PTA協議会がある。それらの資金源は保護者から徴収したPTA会費とか寄付金からしい。

どうもその会計報告をみてると、「それ、いるか?」っていうのばかり。

例えば大阪府PTA協議会は、

年間で各保護者から徴収したPTA会費が1300万円くらい、その他寄付金などいれて、2700万くらいの資金がある。

そのなかでも、これ本当にいるの?って思ったシリーズ

研究大会費 約36万円

広報コンクール費 約11万円

PTA研究大会の例はこちら

http://www.osaka-prefpta.jp/news/201612041.html

こんな感じの大会に36万円くらいかかるらしいんだけど。

え、ちょっとまって、

いる?これ。

個人的には大会とかしたいなら、実費で個人的にしたいひとが自分資金でやってくれって思った。

その他気になった経費シリーズ

・各会議の旅費 55万円。どこにいくの?

人件費 約730万円。 そんなすごい人手かかるの?

会議費 約36万円。節約できないの?

決算報告書http://www.osaka-prefpta.jp/img/pdf/27k01.pdf

疑問出まくる。謎多すぎる。

わたしはそういった大会とかコンクールとか、よくわからん旅費とかに使う予算があるなら、子ども安全とか、こども食堂とか無償の塾とか、教育必要施設投資とかに費やしてほしいのが本心

っていうかPTAって子どもに対する親と教師社会教育団体のはずなのに、広報コンクールってなんだよ。PTA同士の能力争いになってるやないかい。もうPTAの目的趣旨ずれてきてない?

ちなみにPTA協議会役員報酬は、規約に記されているらしいけど、妙に給料が高い。って思ったのわたしだけ?

報酬の額)

第3条 俸給月額は、500,500円を超えない範囲で、その都度会長が定める。

 第4条 賞与は、年間2回とし、俸給月額の5ヶ月を超えない本意で、その都度会長が定める。

(その他)

この規定に定めるもののほか、必要な事項は会長別に定める。

参考:http://ameblo.jp/wasabiabo/entry-10452669422.html

これ今もそうなの?

平成17年度のネット上の情報だけど、最新の役員報酬ネット検索したけど見れなかった。見つけたら教えて。

天下り匂いがプンプンするけど、思い込み?有志のボランティア団体のわりに、トップもらすぎだろがい。

PTA協議会で使うお金の使い方、見直してほしい。

たぶん、うまく節約できたら1小学校につき登校時だけパートのおばちゃんとか、パトロールの人雇えるんじゃねーの。

PTA役員代行だって雇えるんじゃねーの。

行事ごとの準備も、業者に頼んだりできるんじゃねーの。

無償の塾とか子ども食堂とか、たてれるんじゃねーの。こどもが遊ぶ広場、一個くらいつくれんじゃねーの。

とりあえず、親と教師が協力する社会教育に、何十万もかけるコンクールとか大会とか必要なのか疑問。時代に応じた子ども教育ニーズもっと精査して、必要活動費用、取捨選択してほしい。


PTAの働きすべて、今の時代の子どもと親のニーズに合ってる?なんで見直さないのか

PTAってのは、もともとこどものために親と教師が協力して成り立つ社会教育組織

今のPTAって、それが成せてるの?が疑問。

草むしりとか、掃除とか、それって学校側の人件費の削減にしか見えないぞ。保護者はなんでも屋さんじゃない。

PTA役員はそういう活動を手伝ってくれる父兄必死で探さないといけない。それらの活動が、PTAで本当にしないとけないのかっていう疑問。趣旨違うくね?

PTAなくなれっていう意見賛否両論あるだろうけど、

PTAっていう団体の在り方に、親同士がもめたり、多くの保護者負担に感じるだけの組織なら、本来目的に合ってるかどうかもわからない活動してるなら、PTAなくしてしまえ、って言いたい。っていうかなくしてくれ。一度リセットしたほうが良いって、こんなの。

少子化に伴って、1学年 生徒が70~80人なんてよくある話。昭和時代より半分くらい減った。学校にいる保護者の数も相対的に激減してる。なのに共働き世帯は増えて、親が家にいる時間は減ってる。子どもと接する時間も減っているのに、これ以上子育て世帯になにをしろっての。

もはや巨大化したPTAっていう組織より、本当に有志の方々からほそぼそと始まった「無料の塾」とか「こども食堂」とかのほうが、現代の子どもたちの教育需要があるんじゃないか。それこそPTA目標社会教育」と合ってるよね。少ながらず結構な経費がかかるよくわからんPTA広報コンクールとか大会より、子どもに良い教育効果があるのは、確かだろう。

http://kodomoshokudou-network.com/





最後に。

PTAってなに?

本来目的は「親と教師が協力した社会教育」らしい。

でも実態は違う。


学校現場では役のなすりつけ合いみたいな感じだし、仕事とか介護とか関係なく、強制力ははんぱない。

一部の役割は手指と合っていても、掃除とか、ベルマーク集めとか「それ手指と合ってるの?」って疑問が多い活動も多い。

学校行事を手伝うのは良い事。でも行事の多くは教育課程の一環なんだから保護者の協力がないと成り立たないことが変じゃないか保護者便利屋か?保護者がいなくても最低限子ども教育を受けれる環境があった上で、プラスアルファなにか協力するならありだと思うけど。

しかも有志ならまだしも強制て。保護者減ってんのに保護者の労力ないと義務教育成り立たないってどうなの。保護者は親であっても学校労働者ではない。それで会費回収するってどういうこった。

親は親で家の役割があって、学校学校役割があるんじゃないかPTAってそれが混同してない?

保護者の数が多かった昭和と今は違う。

参考:http://www.garbagenews.net/archives/2014599.html


PTAを統括する都道府県PTA協議会とか、トップ日本PTA協議会会計報告にも疑問点おおすぎ。謎めいてる。

PTAって必要なの?何を目標にしているのかもわからないまま、ただ前年もこうだったから、のノリで継承されているだけにすぎない気がする。

時代に応じて変えなくてもいいの?活動内容は適切であってるのか?

PTAのあり方を見直ししてほしい。

わたしひとりがPTA役員になったって、きっと何もかえられない。

でも、ネット拡散されて協議会とかメディアにこの問題が触れられれば、

何か変わるかな、って期待してる。


自分の子どもが親になったとき

社会子育ての板挟みにはさせたくないな。

PTA、変わってくれ。

それが無理ならいっそなくなってくれ。

以上。

2016-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20161202105841

御説ごもっともだと思う。

特にスペルを暗記させる意味は、実際には殆ど無い。ああいうので時間を潰す英語教育はムダでしかない。そういう意味で、スペルチェッカー付きのワープロ使ったほうがよっぽど英語勉強にはなる。

ただ、学校の授業で、「書かせる」作業は、非常に少ない。なので、増田イメージしている教室タイピングさせるというのは、実際の授業内容の改善にはほとんど役立たない。

「書かせる」作業は、ほぼ宿題。で、この宿題に関しては業者が食い込んでて、独自作業用冊子を用意している。たとえ各家庭にタイピング用の備品を用意させることができても、こういう冊子はそれに対応していないから、現状でそのまま移行するのは無理。

業者練習用のアプリケーションまで用意して廉価(数千円まで)で簡単タイピングができるハードウェアまで提供できれば学校教師は乗ってくるだろうが、そういうのは期待できんなあ。

結局は、文法中心の現在教育課程を変更するほうがいいんじゃないかと思っている。

2016-04-17

プログラミング学校教育義務化」

anond:20160417101535

って、義務教育の小中学校教育課程で「プログラミング」を教えることを「認める」ってことだよね。

いままでは、「学習指導要領」に盛り込まれていないから、「コンピュータを使って、プログラムを作る技能」を教える授業は、モンスターの襲来によってできなかった。

もうね、「受験の科目」に「プログラム作成」を入れたらいいと思うよ。

でもね。「プログラミング」ってのは、目的を達成するための手段・道具なんだよね。手順・アルゴリズムを考えて、プログラム言語に落とし込むのがプログラミングなんだけど…

学校教育でそれを教えることができるのか。プログラム言語の使い方・文法ってのは、手段であって目的じゃないんだけどなぁ。絶対にそこんとこはき違えた指導要領・教育課程・授業になる……不安だ。

コードの穴埋め問題の解法にならなきゃよいが。

2015-06-21

そもそも学歴って言葉の使い方がおかしくない?

前々から思ってたんだけど、ここ最近学歴」という言葉の使い方が変な気がする

私は「学歴」というのは「どの教育課程まで学んだか」であって

例えば中卒に対する高卒高学歴だし、院卒に対する学部卒は低学歴、みたいな話だと思ってた

東大学部卒は無名大学の院卒よりも低学歴みたいな

でもどうやら違うらしい

最近は「学歴」って、「最初に入った大学偏差値」とイコールみたいにされてるよな

東大なら学部卒で終わっても高学歴扱い、偏差値の低い大学だと博士課程まで行っても低学歴扱いされるみたいだ

おそらく日本で今現在言われてる意味での学歴って要は18、9歳の時点での学力であって

それから努力した学ぶ意思とか過程とかは全然重要視されてない

日本努力重視のように見えて実は凄く才能重視だと思う

若いうちの能力が全てかのように判断される

一旦就職した後に院に入り直して勉強したよみたいなのも評価されない

そこが、日本より全然酷い学歴社会と言われるアメリカとの違いなんじゃないかと思う

2015-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20150430030805

普段増田トラックバックには反応しないことにしてるんだけど、

勘違いされているままだと残念なんで、はてブ稼ぎをやめて真面目に書いとくよ。

前提(違っていた場合のお詫び)

まず、「アニメ業界場合妄想してみる」を書いたのは、cider_kondo さんで、

http://anond.hatelabo.jp/20150429120948

こっちの「残念妄想(というか衒学自己満足文章)に目が点である。」を書いたのもcider_kondo さんで良いのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20150430030805

もし違っていたら、大変申し訳無い。

以下の文章は誤認した文章となり恐らくcider_kondoさんにとって不愉快文章になると思うので、謝罪しておきます

id:cider_kondoと明示的に記載するので、大変お手数をおかけいたしますが、不愉快に思われた場合運営に削除申請をお願いします。

で、

cider_kondo 駄目だこりゃ。「育成コスト負担したのに移籍されたら丸損」(これ業界の人も普通に指摘してる問題点なんだけど)に「金額関係ない」とか意味不明な返しでただの煽り解釈するほかないな。

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20150430094552

と、書かれているので、http://anond.hatelabo.jp/20150430094552を、http://anond.hatelabo.jp/20150430000956と、同一増田が書いたと思われていると判断して、以下の文章を書いています

違います

cider_kondoさん以外の方への簡単なまとめ

cider_kondo 何回でも書くが、現在動画職は事実上インターンで1年2年あれば普通原画職に上がり、収入は倍以上増える。110万というのは訓練中の新人を集中的に集計したようなもの搾取云々でなく新人育成の不備が課題

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.itmedia.co.jp/news/articles/1504/30/news078.html

凄いタイムリーコメントされてたのを発見して、ほぼこれに対する反論と同じ内容が、下記延々と細かく続くだけです。

その1年か2年の訓練中の新人に、年間110万円しか払わないのが反社会的です。(倍でも220万円ですが)

そのたった1〜2年を、企業側が年収300万円程度渡せず、なぜ雇用者側が耐えなければならないのか、事実上労働者判断された瞬間に崩壊するよ、という話です。

(実例もある。ほぼ全く同じ構造でその名も「インターン」と呼ばれていた日本研修医は、新しい臨床研修制度で平均給与が250万程度から350万程度へとアップした。なお、この背後も関西医大研修医過労死訴訟が絡んでる)

(なお、個人的には「倍でも220万円ですが」の背景にある部分がこの問題本質で、アニメーターは末端だから顕著に出ているだけだと思っています

まり面白くないが、真面目な反論(まず、「選択肢が無い企業は潰れるべきだ」)

国内アニメーター活用している」の日本語不自由さが謎なのだが、「国内動画工程を残している」という意味か?

『「原画マンになれそうな見込みのある人間を雇って、相場よりも高い給料を払って動画勉強をさせる」という選択肢はほぼありえない。零細企業の多い制作会社でそれだけの余裕があるところは少数だし、原画を描けるようになったところで独立移籍されたら単なる丸損である。』

とあるのだが。

前者がYESです。

後者が「その選択肢はありえない」というのが企業目線であって、労働者目線ではないという指摘です。

原画マンになれそうな見込みのある人間を雇って、相場よりも高い給料を払って動画勉強をさせる」という選択肢はほぼありえない。零細企業の多い制作会社でそれだけの余裕があるところは少数だし、原画を描けるようになったところで独立移籍されたら単なる丸損である。また、「生活できない収入しかもらえないからこそ、死にものぐるいで練習して少しでも早く原画に上がれるように努力する」というのがなくなると、「いつまで経っても上達せずにだらだら過ごしてしま人間」も出る(実話)。

http://anond.hatelabo.jp/20150429120948

念の為言葉を置き換えて整理しますが、以下で間違いないでしょうか。

(以降も同じですが、違う場合は、たぶん誤読しているので、その点を指摘頂ければ、その部分は修正します)

  1. 原画マン候補のアニメーター年収300万相当で雇うのは、零細企業の多い制作会社では難しい(余裕が無い)
  2. 原画マン候補のアニメーター年収300万相当で雇うのは、独立移籍されたら(アニメーターで雇っておいて、原画マンを確保しそこねるので)損である
  3. 生活できない収入からこそ、モチベーションが上がり、原画マンになれる。(生活できる給与では、中々原画マンになろうとしない)

ここでは、「相場よりも高い給料を払って」を、元々の増田やcider_kondoさんの単純化に倣って、年収300万円相当としています

原画マン候補のアニメーター年収300万相当で雇うのは、零細企業の多い制作会社では難しい(余裕が無い)

そういう零細企業は、企業としての体をなしていない、つまり雇用を生み出すという社会的責任果たしておらず潰れるべきだ、というのが元々の増田の論旨で、私も原則的には賛成です。

現状そうである、と、そういう企業は適切に給与を払うべきである、は別だと考えます

当然、国内動画を描くという職業は成立できず、すべて海外発注となる。

http://anond.hatelabo.jp/20150429120948

この記載から、現状の低賃金労働環境でなければ(つまり年収150万円以下のアニメーターを前提としなければ)国内動画不可能だと判断されているかと思います

そして、以後、国内アニメーターは、「原画マン育成のためだけに雇うor雇わない」という話を展開されていると考えました。

私は、それは認識が違うのではないか、既に海外への動画発注依存度合いはかなり高いのではないかと反論しました。

その上で、「国内動画海外動画とは簡単に置き換えられないのに、『海外動画と張り合うにはダンピングしか無い』と騙して働かせていないか」と露悪的に表現しました。

原画マン候補のアニメーター年収300万相当で雇うのは、独立移籍されたら(アニメーターで雇っておいて、原画マンを確保しそこねるので)損である

現状のアニメーターと、年収300万円相当のアニメーターとで、独立移籍に対する、ハードルは同じだと考えます。(むしろ上がる)

企業から見て」損である、というお話をされているかと思います

それは、「損」ではなく「違法労働で得をしている」状態の是正ではないか、という点を話そうとしています

上記引用からは直接読み取れませんがたぶん「教育コスト分の損をする」というお話ではないでしょうか。

これは、かなり広範囲適用できる話かと思いますが「企業教育コスト負担するべきではない」というお話をされていますでしょうか?

アニメ業界だけ、教育コスト負担しないとする理由はなにかありますでしょうか?

(競業避止義務は、通常「事実上転職元の企業資産を使って、転職先の企業を有利にする」と判断される場合のみで、肉体労働者やIT技術者等が前職で一般的技術を得てから転職しても、制約を受けません)

生活できない収入からこそ、モチベーションが上がり、原画マンになれる。(生活できる給与では、中々原画マンになろうとしない)

これに対して「奴隷を扱う人間物言いであり、日本企業として許されるべきではない考え方だ」とは述べました。

特に反論はないので、この点に関しては、余談だったのであろうと思います

社会道徳無視して、アニメ業界のためにシゴキが許容されるとは、cider_kondoさんも考えておられないと思います

教育課程としての、アニメーターの話

そして、現状の動画の大半が海外発注動画職の平均年齢&原画な人たちが動画として働いてた期間を見たら、育成・選別過程解釈する以外あり得ぬ。

http://anond.hatelabo.jp/20150430030805

アニメ業界場合妄想してみる」の記載とは若干矛盾があるようにも思いますが、現状の「動画の大半が海外発注」という点は、共通認識があると思います

また、「育成・選別過程解釈する以外あり得ぬ」という記載から、「国内発注動画は、原画マンの育成・選別過程である」と考えておられると思いますが、間違いないでしょうか?

(「現状既に少ない原画マンを増やすべく、国内アニメーター活用している」は、上記の意味で用いています

この現状であれば、既に採算を度外視して、「教育課程として」国内動画発注しているという意味になると思いますが、この点に齟齬が有りますか?

これに関しては、2点、違うのではないかと指摘したいです。

教育課程しかない」というのは、違うのではないか

20年前ならいざしらず、今でも国内の方がトータルでコントロールやすいという根拠は何かあるのか? あるなら具体的に教えて欲しい。

具体例は出せません。例えば、海外の方がトータルでコントロールやすいとする根拠は明示頂けますか?

公開されたインタビューや、公開情報以外では、こういった情報は各方面迷惑がかかる為、お互いになにか手持ちの情報があってもココには書けないということにはご同意頂けると思いますが。

(9年前でよければ「MUSASHI GUN道」の木下ゆうき監督韓国アニメーターとのコミュニケーションに苦労されたとするインタビューが公表されていたかと思います

「無茶」って何だ? 短納期対応であれば海外に投げる方が圧倒的に速い。

しろ制作スケジュール管理しきれないツケを、中国本土の動仕会社に丸投げして取り戻してるのが現状じゃないのか?

書き方が悪く、曖昧文言であったことはお詫びします。

動画枚数ではなく、例えば「明確な指示が無くても作業をしてもらえる」等を指して、無茶と言いました。

この点に、おそらくcider_kondoさんと認識に相違があります

  1. アニメーターは、原画マンになる近道である
  2. 動画は全て、海外発注可能である
  3. 動画国内発注するのは、アニメーター教育の為だけである

cider_kondoさんは、上記3点を前提とされていると思いますが、違いますか?

私は、1番には同意します。2番と3番には同意できない、という話をしています

2番に関して、動画海外発注できるできる部分と、できない部分があると考えています

まり原画原画を繋ぐだけではなく「本来原画にすべきもの」をアニメーターが補っている部分がまだあると考えるからです。

こちらは、例示できます

日本アニメ(ーター)見本市の第6話「西荻窪駅徒歩202LDK敷礼2ヶ月ペット不可」の動きは、原画によるものではなく、アニメーターの力量が出ていると考えています

恐らく韓国発注でも、原画の枚数を増やし密なコミュニケーションを取れば、同じクオリティのものは出来ると思います

ただ、上記でまさにcider_kondoさんが書かれている通り、スケジュール管理しきれない現状で、遠隔地と密なコミュニケーションを取るのは難しいのではないか、との指摘でした。

3番に関して、1番との整合を指摘される前に詳細に書きますが、「教育のため」である点は否定しません。

アニメは「原画マン」が命であり、「原画マンになるにはアニメーターは良い勉強になる」点は、その通りだと思います

そこで、(あまり品はよくありませんでしたが)スタジオジブリ国内生産に拘っていた、業界内では有名な理由を挙げました。

ただし、「教育の為だけに、採算度外視して国内発注しているのではないか」というのは、同意できません。

それは、2番や「無茶」の理由が大きい為、海外に出せない工程として国内が残されている(良いように使われている)と考えるからです。

教育コストを払うなら、元が取れるようにすべき」という考え方は、甘いのではないか

会社安心して育成できるように移籍独立に関するルール整備が必要だ」

と書かれていることから、「教育コストを払い、アニメーターとして年収300万円で雇い、原画マンに育てた後、移籍独立されれば損をする」と考えておられるのではないかと思います

もしも「国内動画は、採算度外視して、教育のためだけに発注している」としても、それは甘いのではないか、アニメ業界だけ特別ルール整備をする理由は無いと考えます

なぜなら、独立移籍をされて困るのであれば、相応の給与を払いメリットを明示し、社に残ってもらうのが一般企業からです。

例えば、IKEAUNIQLOが、アルバイト限定正社員として雇用形態を変えたのは、囲い込みの為だと考えています

(余談にはなりますが、狭い業界ですので、露骨ヘッドハンティングはあまり横行しないのではないかとも考えていますが、こちらは単なる想像です)

また、独立されるから給与を払いたくない(実質的に雇っているが、最低賃金以下でしか雇わない)のは、法令違反だと考えます

ただし、「現状誰も何も言わないのに、自ら率先して始めるインセンティブが低い」というのは同意します。

そして、それ(ある日突然、アニメーター正規雇用しなければならなくなった時)に備えない企業は、その時に潰れるのではないかと述べました。

まとめ

アニメーター原画マンへの教育課程しか無いので、教育コストを払えないor払っても損する現状では払えない」は、2つの理由から違うのではないかと反論します。

  1. 国内動画は、コミュニケーションコストが低く、アニメーターの力量が高いため、海外動画に置き換えられるものではない
  2. 例え、教育課程しかなかったとしても、一般企業に比べて、アニメ業界だけルール整備をする必要性は無い

1番を無視して「国内アニメーター海外動画勢と戦うには、ダンピングしか無い」とするのは、不誠実であると思います

また、2番に関しては、(私は同意しませんが)cider_kondoさんの言われる「国内動画教育課程しか無い」という前提をおいたとしても、給与を払わない理由にはならないと考えています

cider_kondoさん自身が述べておられますが、20年前ならいざしらず、現状で海外動画発注に完全置き換えできないのは、理由があると言うのはご同意いただけると思います

cider_kondoさんは、完全置き換えしないのは教育のためだけだと言われますが、その為だとしても、年収300万円を払わない理由にはならないと思います企業側がアニメーターを育成して原画マンにした後、移籍独立されてしまえば教育コスト分損をする為、なにか方策を考える必要があるというのはその通りだと思いますが、「だからアニメーター教育コストなので、最低賃金も払わない」という、無給の丁稚奉公肯定する立場は、現在日本社会では、許されていないと考えます(単に司法が見逃しているだけ)。

「適正な賃金を払うと、零細企業が潰れてしまう」と言うのは、ブラック企業擁護でよく見る意見ですが、それは間違っていると考えます

そして、私は教育のためだけではないと思いますし、そうであるならば尚更、適切な賃金が払われるべきだと思います

以下余談

その後も酷い。補助金普通農業関係より伝統芸能を引き合いに出す文脈の方が多いのだが、それらが国防関係あるとでも?)とか

伝統芸能を引き合いに出す文脈の方が多い」根拠を出せますか。

酪農畜産を参考にしたらいい。本来なら潰れてる業界関税補助金で守ってる例なんていくらでもある。補助金漬けになったら駄作しかまれなくなる気もするけど。

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20150429120948

私は、上記のコメントTwitterコメントを幾つも貼れますが。

ソフトパワーって知らんのかとか

ジョセフ・ナイ提示した「ハード・パワー」の対義的な概念としての「ソフト・パワー」であれば、簡単には知っています

日本アニメーションに、国策として保護すべきソフト・パワーがあるとは現状では思えません。

改悪として語られることの多い北米アニメーションPermalink | トラックバック(2) | 22:49

2015-03-08

週刊少年ジャンプ連載/原作:附田祐斗作画:佐伯俊・協力:森崎友紀/「食戟のソーマ」スタジエール編における、『洋食三田村改善に関する疑問と解答例

食戟のソーマ スタジエール編における、創真と秘書子が手掛けた、『洋食三田村改善に関し、諸々と毀誉褒貶議論が出ているので、要点を整理してみた。


・完全予約制では、新幹線需要一見客や、以前からの客だが予約してまでは利用したくない準常連客が、利用しなくなるのではないか

→どのみち、改善前の状態でも、万全の対応が出来ていない。

それが続く様では、おそらくは今後の評判にも響く。

故に、何らかの変革を要した。

・店側の対応能力に合わせる(=キャンセルを減らし、有意な回転率を改善する)べく、席数を減らせばどうか

→席数を減らした場合でも、満席状態ならば、時間内に入れない人の方が多い。

改善前と同様で、「利用出来ない/利用し辛い」のは同じ事。

現状、大勢の客が来る状況は変化しないならば、折角の固定客である常連を含め、食事したい客の利便性を損なう

特に、昔から常連が利用し辛い状況は、オーナー理想に反する。

利益率向上にも繋がらない。常連のみならず、一見であるが急いではいない客、評判を聞いて訪れた新規の客が利用し辛くなる状態は、機会損失

行列が出来る状況になるとして、それは、予約制に近いものである

ならば、より徹底して完全予約制とし、確実に食べたい客が利用し易い様に(及び、その様な客の過剰状態も調整出来る様に)して、即刻入りたい飛び込み客・時間が無くて持っていられない新幹線需要の客は、最初からお断りする方が堅実で誠実(なお、作り置きのサンドウィッチやお弁当テイクアウトとかでの対応なら、アリかも知れない)。

・店側の対応能力に合わせる(=迅速に提供し、キャンセルを減らし、有意な回転率を改善する)べく、メニューを減らせばどうか

豊富メニューが店の売りの一つである

それを損なえば、常連客を失望させ、オーナー理想にも反する。

・予約して入店した常連客が、ナポリタンなど注文していたが。客数は減ったのだから、客がもっと高額な料理を注文してくれないと、客単価が上がらず、営業利益が減少するのではないか

→あの常連客は、サイドメニュー2品と、食後のコーヒーも注文している。サイドメニュードリンクは、粗利率が高いものであるメニューの斯様な構成によって客単価を上げる手法存在するのである

なお、あの常連客には、塩分控えめというきめ細やかな対応も行なっている。数を熟す慌ただしい店では困難なサービスである

・店側の対応能力向上の為、人手を増やせばどうか

→常時混雑しているなら兎も角、新幹線需要一見客は、新幹線時間に応じて波状に押しかける。

細かくシフトを組むと、多分、その管理が極めて煩雑になる。

だが、従業員に一日中居て貰ったら、一日全体から見ると、費用対効果的に、無駄になってしまうかも知れない。

また、少数でどうにかしてくれる優秀な人材など、そうそう都合良く確保出来る訳が無い。創真や秘書子級の、修羅場を少数で何とかしてくれる人材は、滅多に居ない。

数だけを増やせば、当然更に人件費が嵩む(料理人場合はなおの事であろう)。機材の増強も要される。売り上げが増えれば増える程、経費も嵩み、営業利益が減り、赤字となる理不尽な状況すら有り得る。

なお、創真や秘書子らは、遠月茶寮学園の教育課程である「スタジエール」の制度によって派遣された人材であり、おそらく給料不要である

・来店客数が、店側の対応能力を超え掛けたら、席が余っていても、満席の札を出し、入店制限を掛ければどうか

→それは、席数を減らす手と、あまり変わらない。

入店制御を行うなら、完全予約制の方が、より万全である

・客が多くて困るなら、いっそ引っ越せばどうか

→立地の良さは、完全予約制であっても有意である宣伝面での負担も激減する。

また、引っ越しは、相応の費用と手間が必要

店舗を、三田村オーナーが所有しているとして、それを売却するか賃貸に出し、もう少し地価の低い所へ、新店舗を買うか借りるかして移転するなら(適切な飲食店向けの建物を居抜きで確保出来るなら、なおの事)、賄えるやもだが。

場所が変わる事による、常連利便性低下の問題も出る筈。

もし、現在地からごく近い場所なら、地価もさして変わらない。或いは、居抜きで移転可能な適切な建物が無いかも知れない。然るべき改装も伴い、一大出費になりかねない。

常連や、評判を聞いて来た新規客は、空いてる時間帯に来て貰えばどうか

→客にも、それぞれの都合が有る筈。客が合わせろという態度は、ホスピタリティ無視している。それはオーナー理想から外れる。

ずっと店を支えてきた、一番固い常連客の軽視は、営業的にも悪手。

・完全予約制ではなく、予約優先制ならどうか

→結果として、大量の客(特に新幹線需要一見客)の波状殺到が店側の対応能力を超えるならば、現状とさして変わらない。

・そもそも、一見客の切り捨ては損ではないのか

対応が困難ならば、上述の理由により、絞るのが合理。

そして、オーナー理想は、討論によって再確認されたが、常連客の重視である

洋食三田村』の苦境の本質は、三田村オーナーが、どの客層を対象とし、どの様な店にするかを決めかね、見失って居た事に起因する。

オーナー常連客こそが重要と改めて認識した事により、あの店の最大の問題点は、「新幹線需要一見客を捌きかねていた事」ではなく、「常連客が寛ぐどころか入店も困難となり、折角の常連客・固定客・リピーターが離れていきかねない状況になって居た事」となったのである

よって、店が対応しかねる大量の一見客は、商機ではなく、むしろノイズの様なものとなったのである

それに、作中の改善は、一見客の完全な切り捨てではない。美味いという評判を聞いて、予約してでも来たがる、新しく常連客に成ってくれるかも知れない客も居る筈(作中明記はされていないが、予約即入店も、余裕が有るなら可能かも知れない)。

また、現在新幹線需要一見客激増は、バブル的なものかも知れない。

先々、駅周辺が更に栄え、飲食店が更に増える可能性は高い。

その時は当然、新幹線需要一見客は、相対的に減少するかも知れない。

また、大手チェーン店が出店すれば、其の方が、大量客を手際良く捌く方向には向いているであろうから、勝機は薄い。

その事態において、常連客が、もし粗末にされ、離れていたら、営業的にも不都合

なお、上述したが、飛び込みの客(及び、待ち時間が無い客)への、テイクアウトでの対応は、アリかも知れない。

・繁忙時においては、時間が掛かる旨の告知を行えばどうか

→それは、実質、待ち時間が限られている新幹線需要一見客、或いは長時間待つだけの熱意の無い準常連客への、切り捨てに近い。その意味では、完全予約制への対案には成り辛い。常連客の利便性の面でも万全ではない。

半年間無策で通したあの無能達が、完全予約制にしたところで、上手く経営出来るのか

→「洋食三田村」の面々は、料理面では無能ではない。

以前は、新幹線需要一見客増加という要素無しでも、常連客が付いていて、経営を支えていた。

また、相応の数の従業員を抱えていた事象が、その必要性(相応の来客の存在)を示している。

この半年間の宜しからざる状況でも経営出来てきた事象も、店の評判や経営的な体力の存在を示してる。

遠月茶寮料理学園が生徒のスタジエール先に選んだという事象も、料理面では優れているという状況証拠になるかも知れない。

特に料理の美味さについて、作中の設定的に絶対の信用が置ける感覚を持つ創真・秘書子らも認めている。

新幹線需要発生以降において、駅周辺に飲食店複数有る中で、あの店に客が殺到する事象も、あの店は美味いという評判が立っている証拠かも知れない。

料理が美味いなら、客は来る。

客が来るならば、完全予約制の方が、サービスホスピタリティの強化なども含め(上述したが、完全予約制故に可能サービス存在する)、状況を制御し易い。

完全予約制は、仕入れなどでの無駄が出辛く、従業員休みを取り易くなるなど、客が来る自信が有るなら、経営面でも好都合である

料理の腕以外は頼りないオーナーには、その意味でも向いているかも知れない。

なお、今後更にオーナーの思案に余る問題が発生すれば、外食コンサル問題解決外注すれば良い(特にこの作品世界では、遠月グループが、その部門も備えている筈。そもそも、創真らに助言を仰ぐ手も有ろう)。

要するに。

・「洋食三田村」の料理は美味い

三田村オーナーには、貫きたい理想が有る。創真達は其れ尊重せねばならない

洋食三田村」の改善について、これらの要素の無視は、NGである



追記

洋食三田村』は、完全予約制移行後、客の減少により(従来の常連客が、速やかに復帰するとは限らない)、従業員リストラ必要になるのではという意見が有るが。

完全予約制移行より後の『洋食三田村』においては、従来の常連客の或る程度の復帰のみならず、リピーターになるかも知れない新規客の微増も見込まれる。

あれだけ大量に来ていた一見客の流れが完全に絶無になる事は、考え辛いかである

美味いという評判も有ったが故に来店していた新規の客も居た筈だからである

故に、そこまでせねばならない営業利益経常利益の低下は起こり得ないのではないか

ただし、あの従業員達が、新幹線需要一見客の殺到していた時期以前からあの人数だった訳ではなく、一見客の激増後、それに対応すべく多少は増員していたなら、また別かも知れない。

2015-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20150222011712

機械より人間らしくなれるか』

クソおもしろそうだ。Amazonポチッちまったじゃねーか。どうもありがとう

レポート本質的不正を許すというのはその通り。しかし、大学における学びと出力が不可分な以上、レポートのような形式を捨てることはできない

それは分かるんだが、どれだけ頑張ってもほぼ同じレポートが2通提出されたら対応できないという原理的な問題クリアできないという点では限界があるんじゃないかと思うんだ。(昔なら、2人を呼び出して説教すれば事足りただろうけど、今は呼び出した所でシラを切り通されるのが関の山じゃないかな。)

から、たとえば

(1)「知識」の面では、課題分化、具体の条件設定、時間制限、などを行うことで「検索に掛かる手間・時間コスト」がメリットを越えないようにする。当然、カンニングできないよう、試験場で行う(持ち込みは不可にする意味がない)。

(2)「論文作成能力」については、それ自体別に鍛えるような教育課程にする。

では対応できないんだろうか、と思ったんだ。まあ、専門によって事情は違うんだろうけども。

2014-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20141228003033

現代日本人を作ってる原因は、歴史教育にあると思う

ていうか、日本という国の歴史を教えようと思ったら絶対宗教への言及って必要なんだよね

昔の偉い人が仏像寺院を作ったっていうどうでもいい話から出家して名前が変わるとか、寺を焼き討ちした結果とか、

キリスト教弾圧して鎖国したとか、天皇神格化して戦争したとか

世界史でも、文明の成立から始まって、ヨーロッパ中世からイスラム教の成立まで言及が及ぶ

これがアメリカ歴史の授業だったら、宗教の話出てくると思う? イギリス歴史キリスト教以外の話出てきそう?

日本人教育課程で、宗教ひとつだけじゃないってこと、絶対的ものじゃないってこと、客観的見方を教えられる

今の日本人にとって宗教は、歴史勉強の中に出てくるもの、もしくは他国性質の説明に使われるもの、それか観光地なんだよね

あとは、ゲーム漫画アニメ元ネタ

セントお兄さんなんて、ほんと、日本の歴史教育の賜物だよね

 
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