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TBSラジオ山里亮太の不毛な議論2020年05月27日放送分の冒頭15分で
「今回のことは、僕は一生思っていきますし、考え続けます」と締めた。
番組で山里自身が木村さんを揶揄するコメントをしていた加害性やその謝罪については一切触れず、
同じSNS攻撃の被害を受けた立場として第三者的に話したのが悪い印象を与えたようだ。
まずは放送時間全部使って木村さんのことや自分のことについて語るべきだった。
テレビ放送に乗らなかった木村さんの印象や思い出をスタジオメンバーだからこそ知る話として
たくさん語ってほしかった。
山里の言葉のセンスは、悪口や自己卑下で笑いを取るときだけじゃなく、悲しんだり、悔やんだり、
思い出を語ったりするするときにも発揮されることを示してほしかった。
山里自身も多くのスタッフや家族を支えている立場上、自分の責任と言い切って謝罪するのが難しいのはわかる。
だから、もっと主観的に自分の中の喪失感、罪悪感や、今の芸風についてこの機会に素の状態で話してほしかった。
絶対に素を見せない山里だからこそ、今回一度だけ素顔を出してほしかった。
弱者でクズキャラで巧みに悪口を言う芸風を確立したのは確かにすごい。
それを若林には「マウントをとらせて下から関節を決める」なんて言われていたが
その若林がうまく弱者キャラを脱していったのを見ていてどう思ったのか。
山里が次第に人気者になり後輩も出てきて結婚もしてどんどん強者になっていくうちに
悪口芸がパワハラに見えて通用しなくなってきた実感は、空気に敏感な山里本人も絶対感じていたと思う。
ましてやプロのタレントでもない出演者に、反論されない場所から悪口を言うテラスハウスで、
バランス役の徳井がいなくなった空気の悪さは絶対に誰よりも感じていたはず。
またNSC時代から今の芸風を確立する間には、様々な試行錯誤があったはずで
そういう今の山里ができあがる過程を振り返る良い機会だったかと思う。
悪口芸にしても先輩に怒られたり、素人をいじりすぎたりした失敗が多数あったはずで
ずっとやってきた中で自分なりの踏み越えてはいけない一線があったはず。
それを今回踏み越えてしまったのではないかという自問自答を言葉にできたのでは。
そして今後誰かの悪口を陰湿に言う芸ではもう笑いはとれなくなってしまったと思う。
それもわかっているなら、自分から今日限りでクズキャラや悪口芸はやめると言っても良かったと思う。
いままでこれ一本でやってきたしすぐには切り替えられないかもしれないが
これから誰かを傷つけるような悪口で笑いを取ることをやめるよう努力し続けると宣言すれば
それが今回の件を一生考え続けるということだと思う。
木村花さんの件、多くの著名人がネット上の誹謗中傷を否定する発言をし始めていることを支持する。
彼らはなぜ誹謗中傷を行うのか。それは、面白いから。そして、自分の身に危険はないから。あと、相手と直接会ってないから。
楽しく誹謗中傷を行えて、自分は安全な場所にいられて、相手と対面しなくていい。それがSNSなので、木村さんはSNSに殺された。
であれば、SNSをなくすべき。こんなものなくても我々は生きていける。少なくとも、匿名NGにすべき。発言にリスクを。
とりあえずTwitterとFacebook。発信者情報開示のハードルを数段階下げてほしい。誹謗中傷した相手が望んだ場合、身元バレするという状態にしてほしい。
「包丁は料理の道具だが人を殺せる。包丁に罪はない」。そうかもしれないが、包丁は簡単に人が殺さないように、工夫を重ねてきた。SNSもそれをやれという話。
誹謗中傷するほうにもされるほうにも何の得もない。くだらないいたちごっこに終止符を。発言に責任を持たなければならないネットの世界へ。
最近の編集部のことを語るのであれば、「10年以内に始まった」じゃなくて「10年以内に終わった」にしたほうがいいのでは?
10年以内に終了した長期連載をWikipediaから引っ張ってくるとこんなカンジ。
作品名 | 作者(作画) | 開始 | 終了 |
家庭教師ヒットマンREBORN! | 天野明 | 2004.26 | 2012.5 |
めだかボックス | 暁月あきら(漫画)、西尾維新(原作) | 2009.24 | 2013.22/23 |
SKET DANCE | 篠原健太 | 2007.33 | 2013.32 |
べるぜバブ | 田村隆平 | 2009.13 | 2014.13 |
黒子のバスケ | 藤巻忠俊 | 2009.02 | 2014.4 |
NARUTO -ナルト- | 岸本斉史 | 1999.43 | 2014.5 |
暗殺教室 | 松井優征 | 2012.31 | 2016.21/22 |
ニセコイ | 古味直志 | 2011.48 | 2016.36/37 |
BLEACH | 久保帯人 | 2001.36/37 | 2016.38 |
こちら葛飾区亀有公園前派出所 | 秋本治※ | 1976.42 | 2016.42 |
トリコ | 島袋光年 | 2008.25 | 2016.51 |
U19 | 木村勇治 | 2017.11 | 2017.28 |
磯部磯兵衛物語〜浮世はつらいよ〜 | 仲間りょう | 2013.47 | 2017.46 |
斉木楠雄のΨ難 | 麻生周一 | 2012.24 | 2018.13 |
銀魂 | 空知英秋 | 2004.02 | 2018.42 |
ワールドトリガー | 葦原大介 | 2013.11 | 2018.52 |
食戟のソーマ | 佐伯俊(作画) | 2012.52 | 2019.29 |
火ノ丸相撲 | 川田 | 2014.26 | 2019.34 |
NARUTOやBLEACHは引き伸ばし感あるし、トリコも典型的な数値インフレ漫画になっていた。
直近2-3年でみても、銀魂の地球侵攻編は実写映画化を踏まえた引き伸ばし感あったし、ソーマは連帯食戟がピークって感じだったし、火ノ丸は大相撲編やらずにインハイ編で終えてても良かったと思う。斉木楠雄はギャグ漫画だしどこで終わってもいいとはいえ、実写映画が公開された2017年前後はややネタが弱かった。
作品名 | 作者(作画) | 開始 | 終了 |
ROBOT×LASERBEAM | 藤巻忠俊 | 2017.16 | 2018.3 |
サムライ8 八丸伝 | 大久保彰(作画) | 2019.24 | 2020.17 |
あとは長期連載じゃないけど、この辺もいきなりプロ編がスタートしたり、他の同期の漫画が打ち切りになっていく中でしぶとく生き残っていたりしており、作者が過去に売れたからという理由で延命されていた印象はある。
近年の定義にもよるがあるはあると思う。
[B! 新型コロナウィルス] 新型肺炎「日本は感染症と公衆衛生のリテラシーを高めよう」免疫学の大家がPCR論争に苦言(木村正人) - 個人 - Yahoo!ニュース
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200228-00165104/
[red]
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[green]
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私は2018年にこの地に引っ越してきました。あまり社交的でない性格の自覚もあり、正直学校に慣れるまで結構時間がかかり憂鬱な時を過ごしていました。1年間ぐらいそのような心情で登下校していました。その時に唯一の心の支えになっていたのは、木村やよい と書かれた政治家のポスターです。申し訳無いのですが、私は全く政治に興味がなく、ただ単純にポスター内での朗らかに笑う可愛い人物に癒されていたのです。
https://www.jimin.jp/s/member/member_list/legislator/126721.html
可愛いと思いませんか?そんな事もない?感じ方は人それぞれですが、少なくとも私にとっては、毎日見れば元気が出るほど可愛く感じたのです。
ただ見た目だけに惹かれて、心ので毎日ポスターに挨拶する日々は続きました。おかげで学校にも慣れはじめた頃に衝撃の事件が起こりました。
ポスターが張り替えられ、木村やよいさんが一気に老けてしまったのです。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/meibo/seimukan/kimura_yayoi.html
えぇ!!???
ごめんなさい、直前のポスターがいつ撮られたのものかも、木村さんの年齢も調べて無かった私が悪いのは承知しています。見た目だけを見ていたのも申し訳無かったです。
でもあまりの変わりように、私はとてもショックでした。
その時に初めて木村さんが何者かを調べ、総務大臣政務官に就任した時の写真にポスターを変更したという事を理解しました。
毎日私を癒してくれていたのは、30歳前後の若い政治家だとずっと勘違いしていました。そんな偉い地位に就いてる、私の親よりはるか歳上の人だったのですね...
ポスターの写真が変わっただけで、本人には違い無いのですが、毎日挨拶する時の心持ちは変わりました。正直それまでは親しみある地元アイドル(?)のように感じていたのに、そんな気軽に声をかけちゃいけない気がしてしまったのです。
見た目でこんなに態度を変えてしまうなんて最低ですよね。でも一気に20年も歳をとってしまった姿を見る私の視点にも立ってみてください。ゴンさんでも、一気に総務大臣政務官まで成長したりしませんよ。
そして突然昨日です!!またポスターが張り替えられたのです。
その写真がこれです。
https://mobile.twitter.com/kimura841/status/1227248084167446528
https://mobile.twitter.com/kimura841/status/1227250263938830340
見た目が元のポスターの様に戻りましたよね!!!笑顔が可愛らしくて、見ていてとても癒されます。私の様な選挙権もないような子供が何言ってるんだという感じですよね。失礼なのは承知しています。でも正直にそう思ったのです。とても50代の方には見えません。この言い方も失礼ですよね、すみません。50代なのにとても若々しく素敵に見えます。見た目で態度変えてしまってごめんなさい。
「星合の空」が直近で見たっていうのを差し引いてもマジモンのクソ、そもそも物語の体を成していない出来損ないだった。
増田が挙げてるクソアニメはちゃんと物語として成立してたし原作から変更されたからクソ認定というイチャモンだろ?星合の空の打ち切り漫画みたいな最終回に比べれば全然見れるわ。最後まで見て虚無感を味わったのは魔法戦争、艦これ、異世界スマホ、けものフレンズ2以来だ。
そして久しぶりに「あのね商法」という言葉を見た。最終回が間に合わなかったから後日放送しますというパターンも褒められたものじゃないけど、ちゃんとテレビで流すだけマシ。実は13話がありますとか言われても、どうせテレビではやらないだろうし絶対見ない。
監督の赤根和樹がインタビューでビッグマウス気味だったのにこれとかがっかり。ヤマカン、木村隆一に続く「実力が伴っていないのに口だけでかい監督」に勝手に認定させてもらった。
そしてエイトビットはコメット・ルシファーに続いてこれなのでツーアウト。どうするのねぇ?エイトビットショップとかやってる場合か?
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20191103-00149455/
グレタ・トゥーンベリの本質は16歳でも少女でもなくヴィーガンであるという点にこそあるのだぞ。
それを16歳だの少女だの言ってヴィーガンであるという最も重要な本質を避けて論じている木村正人こそ、グレタを性的に消費している人間に他ならない。
世界中の中年男から嫌われるスウェーデン16歳少女グレタさんに強い味方 レオ様がサポートを宣言(木村正人) - 個人 - Yahoo!ニュース
グレタなんちゃらとかいう環境問題で暴れまわってるあのソーシャルジャスティスウォーリアーはさ、
もうFGOで英霊(サーバント)として実装したほうがいいんじゃないの? クラスはバーサーカーで。
ついでで今年なかったドスケベ礼装も実装しとくと下に書いたはてブでキーキー言ってるキモくて金のないおっさんどものためにもなっていいんじゃないの?
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20191103-00149455/
「どうして障害者のことをかわいそうだと思ってはダメなのですか?」
私が参加していたアクセシビリティの授業で、こう問いを発した学生がいた。
そのとき現場には衝撃が走った。問われた講師も、明確に答えられてはいなかった。確かに、なんとなくそう思ってはダメなことは知っているが、なぜだろうか。
私は障害当事者なので、密かにその言葉にショックを受け、なんとなく見下されていると感じた。そのことを悶々と考えた軌跡を忘れないうちに書いておこうと思う。
今年も24時間テレビが始まる。障害者の方がなにがしかにチャレンジし、芸能人は24時間走るらしい。毎年のことで、私のTwitterのTLには良い反応は流れてこない。当事者の間で、この番組が好きだという人はあまり見たことがない。かくいう私も好きではない。当事者でなくても、批判している人は多い。NHKでは「バリバラ」という裏番組を放送し、それが24時間テレビを揶揄したような内容で話題になった。
「障害」のことを知ってもらうという役割はあるかもしれないけど、それにしたって切り取り方があまりに一面的である、もっと理解につながる番組だったらいいのに。
私もそう思う。でもそうならない。なぜ?たぶん、それがウケるからで、視聴率が取れるから。
私が24時間テレビ良く思っていないのは、この構図をまざまざと見せつけられるからだ、と気づいた。障害者ががんばる、それを見て感動する。だけどそこに、私や私の大切な人がああならなくてよかったという感情がないと言い切れるか。私の人生はそんなにいいものじゃないけど、下には下がいる。その人たちが頑張っている!私はまだマシだ、明日から頑張ろう。そう思ってなんかいないと言い切れるか?
障害者を取り巻く「上下」の構図を「感動」というもので見せつけられている気がしてならない。もっと悪く言えば、感動のための道具で、人間扱いされていない。そういう番組が世間でウケる。
その構図を突き付けられる事件は、ここ最近頻発しているように見える。おそらくSNSの台頭がきっかけである。視聴率というオブラートにまだ包まれていた刃よりも、個人の意見という生身の刃があちらこちらに存在している。相模原障害者施設殺傷事件のときの、あのしらけた雰囲気。京アニの事件との反応の差を指摘した意見もあった。参院選での、れいわの舩後靖彦さん、木村英子さんの当選や公費負担に対して巻き起こる議論。信じられない…と思わざるを得ないツイートに何万件ものいいね。
障害者のことを人間扱いしないということが、時には感動として、かわいそうだとして、反応の差として、議論として、いいねの数として現れてくる。それは結構辛い。自分はその世界に生きていることが、恐ろしく思えてくる。エグい現実だ。結局、差別用語の禁止なんかで見た目はそれらしく変わったように見えても、障害者を積極的に排除してきた頃から根っこは何も変わっていないのじゃないか。
だけど、ちょっとした希望もある。それは、れいわのお二人が当選して、参議院の改修や制度の検討についてすごいスピードで進められていったこと。知人と、当事者がいるとあんなに早く進むんだねという話もした。現場にいると分かるが、変化というものはそんなにすぐは訪れない。前例が、予算が、人手が、時間が無いといって。その間に私の時間はどんどん減っていくのだけれど。まあそれはおいといて、変化は起こせるものなのだということを実感できたことはすごく勇気づけられた。
問いに自分なりに答えてみる。
なぜかわいそうと言ってはいけないのか?かわいそうという言葉がまずどこから来ているのか考えたほうがよい。たとえ何もやましい気持ちがないという結論になっても、その言葉は当事者を下に見る、人間として対等に扱っていませんという文脈を予想させる。それで世の中は溢れている。それが君個人の言葉として、より鋭利に変化して当事者を刺すこともある。障害を「欠落」としてみるのではなく、「異なる」部分を持つ人として見てほしい。