はてなキーワード: 性的指向とは
性的嗜好(sexual preference)と性的指向(sexual orientation)はその意味が大きく重なる用語であるが、英語の含意から前者は自発的選択の結果得られた後天的性質[9][10][11]、後者は生来不変である先天的性質として一般的に区別される
生まれつき変えられないものに対してとやかく言うのは良くないらしい。
で、こんな研究がある。
https://www.psychologytoday.com/intl/blog/predisposed/201401/politics-and-eating-worms
In every group tested we found that people with measurably greater biological responses to disgusting and threatening images are significantly more likely to adopt conservative positions on social and defense matters.
全ての実験において、不快で脅かされる画像に対して大きな生物学的な反応をしめした人々は、社会問題や防衛問題について有意に保守的であることが確認できた。
※日本語訳は筆者
臆病な人々は保守的な思想を好む、つまり異質であったり新奇なモノを受け入れにくいという傾向があるというのは、ある程度納得できる話だと思う。
ここで"臆病"という言葉には悪い意味をもたせていないということは断っておく。
臆病な人が生き残ることもあれば、新しいことを試す人が生き残ることもあるだろうから。
ところで、新奇性追求や損害回避性は遺伝率が40%程度あるとされる。(『言ってはいけない』橘玲 214p)
ということは、あなたが”リベラルな”思想を持っているのはあなたが賢いからでも学んでいるからでもなく、
たまたまそのような遺伝子を持って生まれたからなのかもしれない
誰かが”保守的な”考え方を持っているのは、愚かだからでも学んでいないからでもなく、
たまたまそのような遺伝子を持って生まれたからなのかもしれない
社会的に弱い立場の男性が、女性と恋愛をしたいと思うがかなわないと嘆くと、立場をわきまえろと言われるらしい。
じゃあ男性と恋愛を求めてかなわなず苦しんでるゲイにも同じこと言ったらいいんじゃないの?
性的指向の相手を求める気持ちの優先順位を下げて他で満たすべきだっていうのはそういうことでしょ?
ゲイに対して恋愛の救いを同性に求めるな、お前は少数派で好きになってくれる男なんて少ないんだから異性で我慢しとけってのとどう違うの?
あと、女に救いを求めるのは教育やメディアのすりこみのせいだって言ってる意見もあるけど、それじゃあゲイも教育したら男のパートナーなしでも満足行くように矯正できるかもしれないね。
これは同意するけど、
それは「異性愛者男性用に偏った」と関係なくない?「異性愛者女性用」の「レイプものとかぶっかけとかさ、泣き叫んで嫌がる男を無理やりとか」っていくらでもあるけど、それを見ても同じ感想を持つってことでしょ?性的指向・性自認の話からいつのまにか嗜好の話にすり替わってない?
全てのセクシャリティは政治的に平等であるべきだという意味で、「異性愛者男性向けに偏りすぎだから平等にしよう」というならわかる。「女性向けや同性愛者向けを増やそう」っていう解決策もある。
私は二次専でロリコンでリョナラーですが、私自身もそういう世の中の方が生きやすい。まず現実性愛向けに偏った世の中をなんとかして欲しい。
もしもセックルがスポーツというのなら、どのようになるべきか?
男女シングル、男女ペア、同性ペア、男女複合チーム戦で、定められた時間内での、プレイの美しさ、精力などを競う。
男女ペア、同性ペア、男女複合チームで行う。体位の種類とその美しさ、力強さ、創意工夫を審査員の採点によって競う。10名の審査員が主観により0.1ポイント刻み最大10ポイントまでの点を付けると同時に、審査員の興奮度を科学的に計測し最大10ポイントまでの相対値とする事、合計200点で競技の優劣を競う。
体位の遷移、複雑さによって競技者の魅力をアピールすると同時に、連続ピストン数、射出精量などが採点の対象となる。審査員は競技1か月前に公開され、その嗜好に応じた創意工夫を行うことが競技者に求められる。対面座位→駅弁→正常位などの代表的な基本技が知られている。
対戦ステージは、公園、室内、電車内、球場、両親の前など様々な条件で設定される。
男女複合チーム競技、定められた時間内で対戦チームの選手を手技、行為により終わらせた人数を競う。チーム代表選手の手技や行為の熟達度と、チームの耐久力の総合的な能力を競う。10分耐えたらNNというワンズの有名企画は本競技の亜流である。
男女ペア、同性ペア、男女複合チームで競われる。競技をどの程度持続させることが出来るかを競う。熟達者ともなれば1昼夜は可能であるため、チーム戦ともなると数日に及ぶこともある。標準的な限界時間をK点とよび、K点越えの場合はK点内の終了回数・平均時間で評価し足切りとなる場合もある。
自慰停止期間の申告に虚偽があった場合は反則となり失格処分を受ける。また自慰停止を行う場合は申告に従い貞操帯着用を義務付ける。
『同性愛自体が罪になる』ってのは道徳的な価値観が大きいのかな、って思うけど、小児性愛は行為に及べば実際の被害者がでるからね。
LGBBへの理解と寛容さは日に日に増している様に感じる。ここ増田でも、先日同性婚に関する記事がバズったばかりだ。そんな同性同士の結婚なんて話が出来るまでに、社会はLGBTの存在を認められるようになったのか。
それはそれでまあ喜ばしい事かも知れないけどさ。
そんな動きの一方で、アメリカの地方議員がケモナーの性的指向がバレただけで辞職に追い込まれた、なんて話を聞くと暗澹たる気持ちになる…。
何故認められないん?LGBTは認められて、何故PNZ他の性的少数者は迫害されなきゃならないん?
こう訊くと「PNZは性欲を満たす行動そのものが犯罪になるから」ということらしい。
この言にはある程度の正当性があるかも知れない。確かにペドフィリアが実際に幼児に手を出したら事件になる。それは認めるわけにはいかない。
しかし実際にはケモナー議員の様に、『絵』を嗜むだけでも迫害の対象になりうる。この矛盾をどう説明するのか?
性的欲求を満たす行動が犯罪になるなら、行動しなければ良いだけである。又は代替行為で我慢する。そんなことも許されないのか?人間セックスのみに生きているわけではない。
加えて言えば、合意の下性的発散が出来ないのは、相手がいないヘテロやLGBTとて同じことだ。何故「いい歳して童貞の男は必ずレイプ魔になる!」と言わないのか?いや言って欲しいわけではないが。
・何故PNZを認めないのですか?
・何故PNZは必ず実際の行為に及ぶと思うのですか?
正気で言ってるのか?
PZNをゴキブリ扱いか?俺はLGBTもPZNも性的マイノリティとして同じ土俵だと思ってるんでな。
「性的指向」という概念そのものがマイノリティからマイノリティを切り離すためのものじゃん?
Qなんてのも後付けの概念だし。
最初に「LGBT」と名乗った時点でその理念は終わった。根本に他のマイノリティへの差別がある。
正直な話、(これ自体が差別的ではあるから言いたくはないが)まともなアライ(セクシャルマイノリティに親和的であるストレート)自認の人は見たことがない。まともな人は大抵はなんらかの意味でマイノリティだな。俺の狭い観測範囲では。
すべての人間はどこかしらマイノリティであり、「完全マジョリティ」なんて一人もいるわけねーだろ。それ自体がマイノリティだわ。
お前さんの言ってることはこじつけにすぎない
男が嫌いすぎて生活に困っている。男の大きい体が、低い声が同じ空間に在るだけで怖い。満員電車でサラリーマンに密着すれば朝から疲弊してしまい、通学もままならない。恐らくこれはミサンドリーで、性差別は悪だから、私はどうしたらいいのか分からない。行き場のない諸々をここに吐き出すので、よかったら聞いてほしい。
【男嫌いになるまで】
増田は大学生女だ。こうも壊滅的な男嫌いになってしまった原因は、父親・レイプ未遂・痴漢・セクハラ・パパ活・パワハラの6つが主だと思う。以下、時系列順に書いていく。
①父親
典型的な男尊女卑思考で、逆らえば殴られる。小さい頃、私の股間に頭を埋めて勃起しているのを見てしまった。今も不自然に体を触られる。
小6。仲の良い男子とトイレ掃除をしていたところ床に押し倒され、必死に抵抗したが力で全く敵わなかった。直に体を触りながら口内を舐め回された。この程度でレイプ未遂?と思われるかもしれないが、運が悪ければ挿入までされていただろうからレイプ未遂だと思っている。(脱線するが、山口達也のしたことをキス程度と軽んじた人は彼がキスだけで済ませるつもりだったのか考えてほしい)
③痴漢
中1〜高3。電車で女子校に通っていて、週に2、3回は痴漢に遭っていた。恐怖で体が動かない・犯人を特定できない等で泣き寝入りすることがほとんどだったが、犯人を捕まえて電車から下ろしたことも数度だけある。特に印象的なのは以下2件。
1.ホームで1人の男性が協力してくれ、無事逮捕に至った。犯人は痴漢の常習者で執行猶予中だったため実刑になった。懲役1年弱。
2.ホームで「もうしないから!」と叫ぶ犯人にしがみ付くも、力負けして逃げられた。改札を飛び越える犯人の姿が防犯カメラに映っており、後日逮捕してもらえるだろうと被害届を出した。警察は何の捜査もしてくれなかった。私の尻の価値は横転したトラック以下。(2018年の渋谷ハロウィン、犯人は山梨まで防犯カメラを辿って逮捕された)
④セクハラ
大1。クラス担任の男に性的な嫌がらせを受けまともに登校できなくなる。何とか単位は取ったが鬱で通院するように。両親の理解が得られず、今も欠席の多さを罵られながら自費で通院中。
⑤パパ活
大1〜2。バイト代のみで生活を賄っていたところ、トラブルで給料が絶たれる。おじさんと食事をしてお小遣いをもらう、いわゆるパパ活を始めた。次第に金に目がくらんでセックスもするようになった。レズビアンなので将来好きな人に処女を捧げたい、といった貞操観念はなかった。どのおじさんも相手を顧みないセックスをする人だった。(女を金で買う男が最低なのは道理だし、売る私も同じ穴のむじな)
⑥パワハラ
新しいバイト先でパワハラを受けた。上司の指示の矛盾を指摘すれば揚げ足をとるなと怒鳴られたし、人格を否定されたし、無賃での残業を強いられた。耐えかねて上層部に相談したところ異動してもらえ、今も勤めている。おかげさまで収入が安定し、売春からは足を洗えた。
【現在】
ギリギリ留年せずに大学に通いつつ資格の勉強をしている。抗うつ剤、抗不安薬、睡眠導入剤でおおむね安定しているものの、常に体が重く思うように動けない。理由もなく強い不安に襲われてどうしようもなくなることがある。
【増田を書いたわけ】
だらだらと半生を綴ったが、どんな事情があろうと差別は悪だ。被害者として同情してほしくはない。
私はこの世の男すべてを憎んでしまい、恐れてしまい、勝手に窮屈に生きている。本当は楽しく生きたいけれど、それが叶わないから死にたいと毎日思う。だから、男嫌いに折り合いをつけて(直すのは現実的でない)生きる知恵を貸してほしくてこれを書いた。痴漢とパパ活については話したいことがたくさんあるので、気が向いたらまた書く。
長い駄文を読んでくださりありがとうございます。助言いただけたらとても嬉しいです。
【返信 05/17 22:36】
・売春関連
成人男性でAVを観たことがない人はいないと思います。需要があるから供給する、それはどんな商売にも言えることで、私は自分の体を商品にしたことを恥じていません。何より趣旨は売春ではないのでお門違いです
・瞑想
性的指向とその人の考えは別物なので、好きな人としかセックスしたくないレズビアンは普通にいると思います。私も好きでない人とセックスをするのは不快ですが、お金と天秤にかければ諦められる程度でした。
【返信 05/18 17:18】
途中まで読んだことがありますが、未果子はすごくリアルなキャラだと私も思いました。セックスワーカー=①セックス好き ②生活困窮者のどちらかで語られがちですが、③男性嫌悪の裏返し、も多いです。私は②に③が軽く混ざっているのかと。
津島隆太さん『セックス依存症になりました。』第41話でも③が描かれていますね→https://wpb.shueisha.co.jp/comic/2019/02/15/108159/
・今のままでいいじゃん
冒頭に書いている通り生活に支障が出ているので何とかしたいと思っています。ミソジニーの男が嫌い→同類(ミサンドリーの女)になりたくない→男嫌いの自分が嫌い、という葛藤もあります。
醜男ほど女尊男卑と言う傾向にあると思う。だから彼らの言う俺たちは女に虐められてきたんだ、という主張は自分の魅力の無さを棚に置いて、自分の評価を上げろと騒ぐ荒唐無稽なものと思ってきた。
でも最近ちょっと、何が彼らにとって虐めだったのかわかってきたかもしれない。
私は大学生で、工学部ではないけれど、少しだけ工学部の授業も履修している。当然工学部には知り合いもいない。だから授業にはギリギリに行って、空いている席に適当に座る。あまり先生の正面の席は嫌だが、黒板が見えないのは困る、狭いのは嫌だから隣の席は空席がいい、そんな事を考えながら、男子学生で埋まった席の中から、居心地が良さそうな席を探す。
今日は丁度良い席が見つからず、男同士のグループとグループの隙間の一席に座る事になった。講義終了後、講義室から出た先の廊下で、隣座ったグループが「お前の隣絶対女子こないじゃん」「どーていwwwww」「俺今日隣女だったからw」というような事を話していたのを耳にした。(ので追い越すに追い越せなかった)
こんなやり取りを聞いたのは、初めてではない。教養の頃も、うっかり講義資料を素っ気なく後ろに回してしまったときに、後ろの席の男は、お前女子から避けられてんじゃんwというような弄りを受けていた。
席を選ぶときに、隣の男が魅力的かどうかなど気にしたことはない。でも、彼らにとっては、隣に座られること=異性から認められる事であり、隣に座られない事は避けられているという事になる、そんな価値観がなんとなくあるのだろうと思う。異性と関わりの少ない彼らにとっては、挨拶されるか、話しかけられるか、笑顔でお礼を言われるか、そんな些細な対応全てが異性からの評価を測るファクターなのかもしれない。彼らがそのような価値観の中で生きているとするならば、異性と接することは常に異性からの不躾な評価に晒されることであり、異性が意識していないような些細な「低評価」も心に引っかき傷を作るのかもしれない。(逆に、ほとんど話した事もないのに突然2人飲みに誘うようなタイプは些細な「高評価」を盲信してしまっているからああなのかもしれない。)
電車通学だった高校時代、1席空いた複数の2人がけシートの中から自分の席を見つけるとき、真っ先に選んだのは女性の隣だった。そして、次に普通のサラリーマン、普通高校の男子、初老の男性、金髪の作業服の人、変なジャージのおじさん。大学と違って、似たような人達の集団ではないから、そんな何となしの優先順位を、勝手につけて隣の席の人を「選んで」きた。それは、高校の頃にクラスの男子が陰で作っていた事が女子にバレて非難轟々だった、可愛さランキングのようなものかもしれない。勝手に評価されるのは腹立たしいし、低評価がつけば悲しい。
肌の色、国籍、性的指向、たったそれだけからその人を判断してしまうことが差別だ。だから、たった一目見て隣席の人を選ぶのも広義には差別的行動かもしれない。
私1人の隣に座らない、という些細な低評価も、沢山の女性から降り積もって「女性は誰も自分の隣に座らない」とき彼らは、彼らの言う通り虐められているのかもしれない。きっと、傷つく事だけは確かだ。