はてなキーワード: 強者とは
雄々しく、力強く、堂々
強者男性から感じられるこういう部分がそれぞれの強者たる点であるだとか、
大谷翔平批判の話を見てると顔が云々とか言ってて意味がよくわからん
どんな顔してようがスポーツ選手としてトップレベルで活躍してる時点で少なくとも力強くないわけがないと思うんだが
少なくともワイみたいな弱者男性が自分と比べて他人を考える時はそうせざるをえないよ
野球選手を前にしてよくわからん点で「力強さ」が足りないって言えてしまう時点で
その人も対して「弱者男性」性を持ってはないんだろうなあって思う
とことんまで自己批判を行って自責を突き抜けたら結局は親のせいっていう真理に到達するんだよな
実力も運のうち、ペアレントクラシー、貧困の再生産、親ガチャ…結局は人生運だよねっていう話。大谷の遺伝子を受け継いで大谷が育った環境で育てば誰だって大谷になれるんだよね。大谷の兄は大谷が育った環境では育ってなかった。彼には兄がいなかったから
結局成功者は運がいいだけ(努力を続けることができる素質・グリットを持ってるか否かも含めて運であり遺伝)なのだから、成功者は謙虚であるべきだし、その運の良さを社会に還元すべきなんだよね
つまり、運がいいだけで稼いだ金を障害とか持ってる運のないやつに還元するべきなんだよね
結局は人生は運であり、成功者は謙虚であるべきだという意見が世界的に見て政治的正しさを纏うようになれば(俺はいずれそういう時代がくると思うが、日本は遅れるだろう)そのうち弱者男性がポリコレ棒で調子に乗った成功者を撲殺することで溜飲を下げることができるかもしれない
そこがなんかもう絶望的なんだよなあ
米を買うのが夢とかいう金のない弱者男性が自己責任標榜する自民支持してウーバーイーツ頼みまくってる俺が反自民なのおかしいでしょ。あいつらなんて安倍なんかを支持してたって大していいことなんてなかったはずなのにさ。株なんか買えねえだろ
今までだったら弱者男性はバカだしじゃあ大好きな自己責任で野垂れ死ねば?って思ってたけど。
最近サンデルの本読んで(途中だけど)、運悪くバカに産まれてしまったような頭弱者男性のネトウヨみたいな奴をどう扱うべきかってのは俺の中で一つの論点になってる
だから野党は方針転換するべきなんだよな。クソフェミに媚びるようなことをするんじゃなく、「結局は人生は運であり、成功者は謙虚であるべきだ」というメッセージを伝えて、成功者に納税させる。山本太郎はいい線いってるかもね
フェミニズムなんて票にならねえよ。フェミニズムへの取り組みを後退させたところでフェミどもは「立憲にはがっかりしたから自民に入れるわ」なんてならねえんだからほっとけよ。つーか当の女ですらフェミニズムの観点から野党に入れますわとはなってねえだろ別に
バカなネトウヨどもは頭弱者でほぼほぼ障碍者なんだから、かしこいリベラルさんが噛んで含めるようにアプローチするべきなんだよな
野党はママじゃない!とか言ってないで本当にママであるかの如く弱者男性に寄り添うような政策を打つべき
クソフェミがくだらないポスターなんかでぎゃあぎゃあ騒いでも北風と太陽の北風みたいに弱者男性側は態度をかたくなにするだけなんだよな
そうじゃなくて一見迂遠そうに見えてもじっくりと弱者男性に浸透する活動をするべき。ここに大票田があるわけじゃん
テクノロジーを駆使して女もあてがうべきなんだよ。電脳空間でのハーレム構築なりクローン人間なりセクサロイドなりさ
そういう研究にバカフェミがぎゃあぎゃあ言わせるんじゃなくて、黙らせて研究を前に進めさせればいい
だからさ、リベラルは大量にいる親ガチャ失敗バカどもの機嫌を取るべきなんだよな
まあ、同時に俺は、ろくに考えもせず覚悟も決めずにガキを産むなってことは言っておきたいけどね。子供を運ゲーに巻き込むなっていう話
滅びるまで戦う
👉強国に支配されることを選ぶ
おお にっていよ ほろんでしまうとは なさけない
その歴史が正しかったと認識しているはずの日本人の中に、なぜ強国の支配を拒み戦い続けるウクライナに賛成している者が現れるのか、これが分からない。
自虐史観という言葉に踊らされ、日本の降伏は間違っていたのだと声高に叫ぶつもりなのだろうか?
違うだろ。
強い相手の足を舐めることこそが正しいというのが日本が選んだ価値観だろ。
共産主義を否定し資本主義を掲げた民主主義国家のあるべき形だろ。
理解不能だ。
そもそもウクライナにとってロシアは親、いやソレ以上に遥かに深い歴史を持った先祖のようなものだろう。
その者たちが「君たちを救ってやろう」と手を差し伸べているのを振り払うとはなんと烏滸がましい。
新興宗教に連れ去られた我が子を引き取りに来た親を「無理やり連れ戻すのは暴力ですよ」と避難するようなものではないか。
全く嘆かわしいことだ。
小説などというものを崇めてなろうなろう等とのたまいテレビで漫画なんぞを見て白痴になるからこんな基本的な道徳心さえ失うのだ。
大説を読め。
大切は大説だぞ☺
わかり手こと小山晃弘も、白饅頭も、弱者男性のことを収入・容姿・コミュ力・モテなどが不足した社会的弱者ととらえてきた。
そしてその層の生きづらさと鬱屈の責任を、弱者男性と対をなす「強者男性」ではなく、「弱者男性を相手にしない女性」に結びつけてきた。
声なきマイノリティのあり方に耳を傾けるテイを取りつつ、彼らの声を聞き届けないのはあくまで「女」だということにしていた。
こういう風に「女性」に矛先を向ける議論は、多くの弱者男性当事者にとって心地よい、受け入れやすい議論だった。
自分を弱者男性だと考える人が「強者男性」の格差について正面から向かい合ったら、そこには自責の余地が生まれる。
自分は「彼らより」収入が少ない。容姿が劣る。コミュ力がない。なぜそうなのか。どうすればいいのか。
考えても解決するわけではない「劣り」について考え続けるのは、緩慢な自傷行為だ。
それとは真逆に、「女性」に矛先を向ける議論は、他責の矛先を提供してくれる。
弱者男性が救われないのは、彼らの弱さに配慮しない社会、彼らの弱さを受け入れない女が悪いから。
そこでは「弱さ」は所与の前提になり、ことさらに「なぜ」を問われるべき課題ではなくなる。
ところが去年、白饅頭が医療従事者を社会的強者として叩いて炎上した。
https://togetter.com/li/1926636
今回、わかり手が大谷の容姿をネオテニーだ中性的だとdisり、白饅頭がそれを擁護して炎上した。
https://togetter.com/li/2098940
どちらも、これまで彼らがあえて焦点化してこなかった「強者男性」自体を直接射程に入れた議論だ。
「医者はもっと強者であることを自覚して(医療負荷について悲鳴を上げたりせず)わきまえろ」「大谷の顔は小綺麗で知的でブルジョワっぽいからキモい」「SAPIXっぽい」「高学歴エリート層と同じ」「実家が経済的に豊かであり、幼いころから潤沢な英才教育を受けていたアマチュア・エリート出身者」「メス化」…。
ここで語られていることが事実かどうかはさておき(たぶんだいぶ事実と違う)、
それも、「強者男性にはもっと旧来のマスキュリニティを発揮してほしい」という、倒錯した批判だ。
(「白饅頭の言う「かわいそうランキング」で下位に位置する強者=医療従事者の訴えが世間に聞き届けられるのはおかしい」と言いかえてもいい)
彼らがこれまで語ってきた世界観と、世間で活躍する「強者男性」たちの実像のズレが露呈しつつある。
だから彼らは、そうした現実をファンタジーの方に合わせようとして、
彼らの先入観と違う振る舞いをする「強者男性」を批判している。
彼らは強者男性にいつまでも「古き良き強者男性」らしくしていてほしい。
雄々しく、力強く、堂々としていて、だからこそ思うままに「メス」を手に入れられる、
そうした軸において弱者男性がかなわない「アルファオス」であってほしいのだ。
この数年プチバズり続けているタワマン文学(窓際三等兵など)は、
こういう「おとぎ話のような強者男性」像に対するアンチテーゼにもなっている。
そこで語られるのは、端的に言えば、教育・就職先・文化資本・社会階級をめぐる堂々巡りの自意識だ。
そこでの「成功者」は、マッチョでもないしモテるわけでもないしコミュ力が高いわけでもない。
単純に「親が金持ちで人脈があってSAPIXや鉄緑会に入って良い大学を出て良い会社に入って
高収入を得て美しい妻を娶って生まれた自分より目鼻立ちの整った子を自分以上のレールに乗せられる男」が
人生の勝ち組であり、その中でも新参者や中途半端な位置づけの人間は「さらに上」への嫉妬に身を灼かれる。
この世界観の中でも女性は相変わらず「トロフィー」ではあるが、
トロフィーを手に入れられる人間とそうでない人間の差はほとんど宿命的な筆致で描かれ、
そこにはもはや「女性は弱者男性に目を向けるべき」などという主張が介在する余地は全くない。
一億総中流と言われた社会が解体しきって、日本でもペアレントクラシーによる
階級再生産のサイクルが強固に確立したことを苦々しく再確認する物語だとも言える。
わかり手や白饅頭らは大谷批判の中でこうした論点を取り込もうとして、失敗してしまった。
その白饅頭自身が今やnoteで稼いだ金で買ったタワマンに住んでる勝ち組だから、という皮肉な現実はさておいても、
そもそもこうした露骨な階級社会論は、これまでの「女性が悪い」系の弱者男性論とすこぶる相性が悪いからだ。
タワマン文学時代の強者男性とは、すなわち階級的強者であり、自らがずっと勝ち続けるための盤石の基盤を整えた勝ち組たちだ。
そうしたペアレントクラシーによる階級の固定化を緩和するなら、再分配すべきは、女ではなくカネと教育だ。
でも、こんな野党みたいな話をして、弱者男性を自認する当事者が「そうだそうだ」と溜飲を下げるだろうか。
そんなわけがない。「いま」弱者男性である当事者が、カネと教育の再分配によって階層を浮かび上がれるはずがない。
語ってはいけない真実、語れば絶望しかもたらさない真実というものがある。
こういう人たちがオートマチックにわちゃくちゃ言ってくれるからいい(かな?)んだけど
強者でない人に向けられたときにどうなるか、みたいなのを考えると暗澹とした気持ちになる。
一切わちゃくちゃされない。
35 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイ f309-X4Bg)[] 投稿日:2021/12/20(月) 09:26:16.70 ID:rDK3F0vv0 (PC)
きららは主婦作家多いし裏を返すとアニメに逃げた非モテ弱者男性が
萌え絵描ける女の子を嫁にもろた強者男性に貢いでる構図になってることに気付いてから見るのやめた
41 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (アウアウウー Sa9f-S2q3)[sage] 投稿日:2021/12/20(月) 09:41:11.18 ID:P3j15vlga
もう終わりだよその思考
51 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW a3af-XWe+)[] 投稿日:2021/12/20(月) 10:09:06.36 ID:QQrkngXl0 (PC)
おっさんが描いておっさんがシコると馬鹿にしてきたせいでこんな惨状になったんだろう
61 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW 1fd2-shju)[] 投稿日:2021/12/20(月) 10:35:53.73 ID:qvMxJQ0Y0 (PC)
きらら本誌だけなら稿料少なすぎてまともに生活できないだけでは?
(ヽ´ん`)「きららは主婦作家が多い。萌え絵描ける嫁がいる強者男性に、非モテ弱者男性が貢いでる構図だと気付いてから見るのやめた」
弱者男性の扱いの不当性というのは、実態に即した援助の必要性や、幸福の追求といったものが「男性らしさ」の無理な当てはめのために無視され疎外されているということに尽きると思う。
「彼女がいないのは惨めだ」「万年童貞でいるとは恥ずかしい、残念な人生だ」「責任を持って女と子息を養うのが一人前の男性だ」「男性は助けられずに生きていけなくてはならない」などといった価値観や欲望を植え込むのは主に男性であり、また、苦しむのは、他の男性と比較して劣等感を抱くのが主因になっている。この植え込むというのは、(強者)男性がそのような価値観に基づく行動を周りに堂々と示し、男性社会において承認されるという有様を見せつけられるというのを含む。
女性は弱者男性に興味がないか、そもそも関わり合いがないために、「あなたには価値がない」というメッセージを自分から伝えてくるということはあまりない。マスメディアにより「巻き込み広告」されることはあるかも知れないが。男女が社会的規範に従うべきとされる関係(「付き合う」、同居、結婚など)になれば、ジェンダー的権利・義務(男なら〇〇しろ)を押し付け合うことにはなり得るが、それに至るまでもない男性はほとんど男性のみが敵である。
最近マジョリティ・マイノリティを強者、弱者の意味で使う阿呆が大量に湧いてきている。「私は男性なのでマジョリティとして生きてきた。マイノリティである女性を応援したい。」みたいな意味不明なことを平気な顔で正義ぶって言う。まず男性の方が数は少ない。出生数は男性の方が多いが死にやすいため結果女性が多数派になっている。つまり男性がマジョリティであるというのはそもそも間違いである。男性は強者であろうか?ある文脈においてはそれはそうであろう。ならば「私は強者として生きてきた」と言うべきであって「私はマジョリティ」などとバカで不正確なことを言うべきではない。分かった?
俺はそのことに驚いている。
むしろ1人しか走ってない作品なんてよっぽどマイナーなものだけだ。
そんな作品でも誰かがRTA走ったという事が話題になるとその後追いが出てくるんだから。
でもRTA走者って互いにライバルだけど味方でもあるんだよね。
普通のプレイヤーが気にしないようなRTAあるあるで盛り上がれるし情報交換も出来る。
皆で走っているからこそ気づくこともあるし、自分で走ってみると他人がどれぐらい早く走ってるのかも分かる。
たとえば野球をやったことがない人は140kmってのがどれぐらい早いのか分かってないというか、パワプロの感覚から普通に投手として頑張れば皆届くぐらいに思ってたりする。
そもそもRTAだって、普通にプレイして20時間かかるゲームを2時間で走ったっていうのがどれぐらい早いのかはゲームによって変わるんだよね。
会話をスキップするだけでアッサリ早くなる部分、イベントをスキップ出来れば行ける部分、プレイヤーのアクションスキルが問われる部分、バグ技への理解度が必須な部分、お祈り要素を突破する部分、様々なものが噛み合ってタイムは出るわけだから、とある走者の記録がどれぐらいの狂気によって形作られたのかは自分もちょっと狂ってみて初めて見えてくるわけ。
そういうのってRTAを見たことある人は少しずつ分かってくるからさ、結構な人が「自分もなんかやってみるか」と思って挑戦してる。
動画として投稿してるを考慮しなければ日本には数多くの走者がいるんだよ。
圧倒的な強者がいるゲームにはそのヤバサを知りたくて走ってる人がいるし、手つかずのゲームでも「ある程度の記録が出たら報告しよう」と思ってる人間が既に走り出している。
そのことに対してインターネットの情報強者を自称するような連中が今更「えっ!この作品の走者が何人も!」と驚いているのは滑稽だなあ。
って人が多い。ネトウヨアンフェミソジニーなのは当たり前。存在が時代遅れ。男の敵は男なんだからそんな存在を叩く人がいてもいいと思った。しかしだ。叩く人がいない。それもそのはず彼らは大きなものを所有している強者男性だからだ。強者男性はネットで叩かれることが少なく、フェミもそこを見ていない。もう弱者男性のネトウヨも減少し、2ちゃんねらーも国に文句ばかり言うようになった。今こそ第2次産業に執着するネトウヨ強者男性に左翼の弱者男性とフェミが連携して反旗を翻す時が来た。やれ!いやでもできないのか、ごめん…タブーだもんな、タブーに触れちゃったもんな、そんなこといっても「そもそもネトウヨは…」みたいなことしか言われないしな、分かったよ。でもな、いつかそのタイプの強者男性のネトウヨの多さの現状に直面する日が来ると警告するよ。