はてなキーワード: タブーとは
胸は着衣でも存在を確認できるもので、少なくとも胸がないって設定は通用しない
それなら胸があるという前提でカップ数等設定を緻密にするほうがうまいといえる
一方ちんこは少年少女漫画の世界では下手したら存在しないものとして扱われてるのかもしれないな
デニムとかきついズボンだと、もうちょっとちんこでふくらんでるだろって股の部分の描き込みの都合のいいデフォルメで捨象されてるし(ブリーフのときすらもっこりしてないこともないではない。おまえまじでちんこないの?)
ちんこは性交の必須器官でその言葉を聞いたらただちに性交を想起させることもそういう緻密な設定が書かれない原因かもしれないな
まあ単純にタレント界隈でカップ数はよく開示されてるから、本来は性的な情報なのかもしれないけど情報の開示が常習化されてることによってそこらへんの感覚が麻痺してるタブー性が逓減してるからってのが真相かもしれん
https://anond.hatelabo.jp/20221010201036
腐女子同士でお互いが快適にすごすために二次創作でルールやマナーを設けてそれを守ろうというシンプルな話を
文句を言われたくないならそのルールを守ればいいし、好き放題したいならば文句を言われるのを覚悟でやれというだけの話なのに。
大体、腐女子のルールで言うならば原作サイドにはノータッチが原則なんだから
別に名乗る必要はないのにわざわざ腐女子を名乗って、匿名サイトの炎上という抑圧をもって原作の内容を変えさせようとするなんて
本当に、分からない。
あなたがいいって言ってるもののナニがいいのか、僕には分からなくて、
ブラッディって、なにがカッコイイんすか? 血とか嫌じゃないすか 痛いだけじゃないすか
これのどこがカッコイイんすか?
罪深いって何すか? 罪状があると何か得するんすか? それただの犯罪者ですよね?
闇って何すか? 暗ければいいんすか
正義と悪だと、何で悪がいいんすか? 何かそういうデータあるんすか? 悪いから悪なんですよね?
ミギウデが疼くと何でカッコイイんすか
ちゃんと管理できてる方が良くないすか。おいらは立派だと思います
普段力を隠していると何か凄いんすか?
それって、ただの手抜きですよね。隠したりしないで、全力で取り組む人の方がカッコいいと思います
二つ名とか異名とか色々付ける人いますけど、正直めんどくないすか
英語でもなんでもカタカナつけられると、シンプルに見づらいと思います
ギリシャ神話とか聖書とか北欧神話とか日本神話とか、ちょっと調べたくらいでそういう話しない方がいいっすよ
内容もちゃんと教えてくれなきゃ意味がなくて、教えるならちゃんと教えた方がいいと思います
神話に出てくる武器の説明されても、あんまり、おもしろくないっすよ
グングニルも、ロンギヌスも、エクスカリバーも、デュランダルも、天叢雲剣も、意味不明過ぎ
他の用語も謎じゃないすか 原罪とか十戒とか、創世記とか黙示録とかアルマゲドンとか…。
名前がいいだろってどういうことすか。雰囲気で感じろとか言われてもそれはあなたの感想ですよね
相対性理論とかシュレディンガーの猫とか万有引力とか、今の時代ってちょっとネットで調べれば出てくるんすよね
文脈を無視して差し込まれても、何が言いたいのか全然分かりません
厨二って何すか? 厨二ってどういうことなんすか
分かんない分かんない分かんない分かんない! 分かんなーい!!ってな感じで、
・ゴールを決めると怪我しそうな勢いで抱き合う選手がいるところ
・楽天が有名海外選手を雇ったり海外球団のスポンサーをしているところ
・わざと転がって大げさな痛いアピールするプロがたくさんいるところ
・同じくイギリス発祥のラグビーと違ってあまり紳士的じゃないところ
・黒人選手への差別と違ってアジア人選手への差別はタブーじゃないところ
・贔屓のチームが負けると大暴れするファンがいるところ
ほんと近親婚反対派の理屈って謎だよな。
家庭での関係うんぬんを言うなら、たとえば幼児の頃に親が離婚して年1しか会ってない兄弟姉妹との結婚は認めるべきだろ。会社の上司と部下とか学校の先輩後輩以下の権力関係しかないんだから。
っていうか、現状でも「上司と部下」「先輩後輩」「近所で子供の頃からお世話になってる赤の他人のお兄さんお姉さん」「いとこ」とは結婚できるのに、兄弟姉妹の結婚が認められない理由はどう考えても家庭での上下関係とは関係ないよな。
単に同性婚と同じように古くからあるタブーなだけで、そこに理由をつけようとするのは差別を正当化しているだけだということにいつ気づくのだろうか。
婚姻とは贈与だからで、グループ内の贈与では社会の経済が回らないから、社会はそれをよしとしない。インセストタブーの本質はそこにある。
金銭だけが経済ではなく、人と人とのつながり、人脈も財なのだ。だから、他の氏族・グループに属するもの同士の婚姻は、それに伴う人脈を飛躍的に増加させ、結果として社会全体の財を増大させる効果があると期待される。従って、それらの婚姻を、社会全体には祝い、称賛し、保護する動機がある。この点については、同性婚であっても同じ効果が期待できる。しかし、近親婚にはその効果が一切期待できないし、それどころか(一般に禁忌とされてきた長い歴史のせいもあるが)、あえて従来の人間関係を閉ざして内部に閉じこもり、結果的に社会全体の財を喪失させる可能性がある。つまり、社会には近親婚を推進する動機がない。
考えてみてほしい。人口100人の二つの村があるとする。その中で、片方は近親婚が基本で、もう片方ではそれが一切行われていない。前者では家族が基本の単位となって村内はバラバラ、人間関係は希薄なまま、どころかどんどんそれが進行していくだろう。後者の村ではどんどん親戚関係が広がり、開放的で人間関係が盛んになっていく。100年後に二つの村がどうなるか。それを考えたら、社会が近親婚を推進しない理由、そして、それが同性婚とは異なる理由が理解できるだろう。
いや、やっぱ話すわ。
そんとき勢いで「男はつらいよ とほほ」って言っちゃったんだよ。
そしたら彼女、怒った感じで「いや女の方が辛いでしょ。生理にいくらかかるか知ってんの?」
って。
俺もなんか腹立って。
表情が抜け落ちた。一瞬黙って、ブチギレ大発狂。
いや無い/バカにしないで/あり得ない/だから無い/女の気持ちも知らないで/そんなことだからいつまでたっても童貞なんだよ
…なんでそこまで言われなくちゃならない?
でも、教えてくれてありがとう、とはならないみたい。ググりさえする気配もなかった。
男女間のタブーってまだまだあるんだなあ…
うやむやにして別れたけど、どっと疲れが来たよ。
そういうのがあるならあらかじめ教科書に書いておいてほしい。
推しが死んだ。
死んだ、というのには語弊がある。彼はただ私たちには観測できなくなっただけでこの世界に生きている。名前を出していいのか分からないのでぼかしたが、先日活動を終了した某vtuberのことである。
私が彼を観測し始めたのはちょうど活動終了を発表した頃で、リアルタイムで追っていたのはわずか数週間にすぎない。グッズだってボイスだって僅かながら出ていたものを集めただけで、推しと呼ぶにはあまりにも些細なものかもしれないが、便宜上推しと呼ばせてもらう。
そのほんの短い一ヶ月の間に私は彼に落ちた。配信もリアルタイムで追える時は追っていたし追えなくてもアーカイブを見た。彼を描く真似事までした。けれど彼は逝ってしまった。生きる、という言葉と無数のアーカイブだけを残して。
正直居なくなったことに実感はわかなかった。私は新規のオタクだから彼のチャンネルには無数の未視聴のアーカイブが残っていたしそれを見ていればまたたくまにおすすめが彼のアーカイブや切り抜きで埋まった。初めての彼に触れることはそう難しいことではなかった。
それと同時に私は中の人にも興味を持った。vという文化の中で中の人の話をするのはタブーと言われているが、私は彼の中身に興味があったからだ。彼の中身は一ヶ月ほど活動をしておらず、それから稼働し始めた。新しいアーカイブ、新しい情報。中の人とvは違うのはわかっていたが、それはそれで楽しかった。
だけど最近になって彼の引退後の動画が二本立て続けに公開され、彼のいないまま誕生日を迎えた。新規の彼はもう摂取できないという悲しみと、けれどやっぱり動く彼は可愛くてひたすらに筆をとった。そして誕生日が来た。
私も数日前から用意をして、投稿して、無数の作者が彼を描いて、楽しかった、楽しかったはずなのに。彼の箱内の人物は誰も彼の誕生日に言及しない。辛うじて一つだけRTされたイラストがあったのみだ。彼の誕生日は確かに祝われている。しかしそこには祝われる対象であるはずの彼が存在せず、主役不在のまま私たちは祭りを続けた。
何をやっているんだろう、と思った。彼はもういないのに、一体何にすがろうとしているんだろう。新規の私でもこんななのに、昔から界隈にいた方は辛かったに違いない。実際、青鳥のTLでは喜びや感謝と共に彼が居ない苦しみや悲しみが吐露されていた。
ぷつんと糸が途切れたのは、中の人と呼ばれる人が配信を始めた時だった。私はそこに居られなくなり携帯を閉じて一人悶々としていた。中の人がいるのは初めからわかっている。インターネットの海に彼は存在しない。わかっていた、わかっていたはずなのに。
多分私が彼が死んだのだと理解したのはその時だったように思う。生きると言った彼を死んだと表現するのは不謹慎だし許されることではないのかもしれないが、彼はもうここにはいないのだ。私たちが祝っていた彼の誕生日はなんの晴れやかな日でもなかった。
とりあえず、私は中の人を追うのを辞めようと思う。そもそも、中の人に彼の偶像を求めるのが間違いだったのだ。彼は彼でしかない。中の人は中の人でしかない。わかってはいたはずなのに、わかっていなかった。
正直、あんなにたくさんあるアーカイブも、今もまだ亡霊になってしまう私たちや、これから彼を知る人にとって惨いと思う。あれがなければ私はとっくに彼を探そうとするのを辞めていた。だけど彼が好きだから消されたら困る。あまりにも矛盾している。
明日には前言撤回しているのかもしれないが、とりあえず決意を込めて。匿名だからとタブーに触れてしまったかもしれないのは本当に申し訳ないと思っている。誕生日おめでとう。素直に祝えなくてごめん。ケーキは勝手に食った。
これは一部ではよく知られていることだが、日本のアニメロボの名前から濁点を取ると、カッコ悪く弱そうな響きになるという法則がある。
例えばーーー
・ガイキング→カイキンク
うん、弱そうだしカッコ悪いね。
しかし私はあることに気が付いた。
まずは見て欲しい。
これは文句なしにカッコ悪い。
やや弱そうだしカッコ悪くもなったけど、あまり違和感は無いかもしれない。
これは『クレヨンしんちゃん』のカンタムロボのイメージもあるのだろう。
……あれ?悪くなくね?
強いかどうかは微妙だけど、なんかスタイリッシュでカッコいい気がする。
何事も硬直すると良くないね。タブーとされることにも、積極的に挑んでみることが大切なのかも知れない。
そう思った秋の夜長
アメリカ等では顔の黒塗りがものすごいタブーでブラックフェイスと呼ばれている。顔を黒く塗るだけで即アウト。キャンセルされる。その昔、白人どもが黒人をバカにするショーを顔を黒く塗って行って巡業していたことが原因らしい。ブラックフェイスの何がダメなのかと調べてもこの歴史に少し触れブラックフェイスだからダメなのだというトートロジーな説明しか見当たらない。
顔を黒く塗ることが黒人をバカにすることであるというのは非常にハイコンテクストなものだ。両手の人差し指を使って目を釣り上げる行為がタブーなのは理解できる。アジア人をバカにする以外に目的が無いし非常にわざとらしい。しかし顔の黒塗りはもっと色んな文脈で発生しえる。まず、どこからが黒なのか。少し濃い色の化粧をしたりドーランを塗るのはブラックフェイスに入るのか。軍人が泥を顔に塗るのはブラックフェイスに入らないのか。黒い顔出し着ぐるみで同化するために顔を黒く塗るのもダメなのか。なぜなのか。白人どもは本気でバカである。
何かやりたくても「それはなぜか」「なぜ」「なぜ」「なぜ」「なぜ」
誰かに業務を依頼したくても「なぜ今なのか」「なぜやらないといけないのか」「なぜ私なのか」「そう考えたのはなぜか」
だから根回しというのが過剰に必要になるし、関係者すべての疑問点が100%解消するように取り組まないと、物事が1つも進まなくなる。
例えば中国はトップダウンで何もかも決まるから「なぜか」を説明する必要はない。上が決めたから従え、で終わりである。
実は米国も多分にこういうところがある。1段階目の「なぜ」は説明してくれるが、2段階目以上の「なぜ」の説明が求められることはまずないし、求めるのもタブーである。仮に2段階目の「なぜ」を求めたら、翌日からその職場に入れなくなるだけだ。
アジャイル開発やった事ある人ならわかると思うが、「ユーザーストーリー」は「Aが出来るようにする。それは何々だからだ」と言った感じで1段階目の「なぜ」は書かれるが、2段階目の「なぜ」が書かれることはない。
「なぜ」を過剰に求める文化、そろそろ止めようよ。
過剰品質が求められる時代じゃないし、スピード感が求められる今、腹落ちしないと動かないような人は生産性の足を引っ張る要素にしかならないから。