はてなキーワード: 推理とは
元記事
http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html
9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そらが社会の理想と希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果的であるといえる。
その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピーは日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。
ネット上の無料コピーによる、著作権侵害が違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権を侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号は場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民の意識に応じて法を変えれば良い。
そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも、国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。
(終わり)
日本のメディア間の隔絶について 日本のおけるネットとオールドメディアの最適な関係の構築方法の模索
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネット、TV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44
そうかな?
そういうキャラってわかってくれてれば、複数人の時には全く問題ない。
べつにいちいち疑問を挟まずとも、うんうん、ってなんの話か推理しながら聞いてれば割と楽しいし、
むしろ浅田真央って誰?っていって「えー、知らないの?」って言いながら皆の話題を壊さないように教えてもらえばいい。
教えてもらうと言うよりは、知らないけどみんなの話聞いててわかってきたよ、位の感じで話せば邪魔にならんと思う。
あとは1対1の時にはわざわざTVの話題は振られないから、お互いの話がたくさん出来て良いと思うけどな。
下でも誰かが書いているが、友人と言うよりはタクシーの運ちゃんとかと思うと確かに面倒だね。
べつに、タクシーの運ちゃんとは話しもりあがんなくても気にしないけどw
あのアニメの一番すごいところは、データ放送を活用できているところだと思う。
パズルモード(強制的にデータ放送画面に移行してパズルを見せるところ)がRPGで言う全体マップ表示窓みたいな感じで分かりやすい。
アニメという時間軸が強引に進んでいくメディアでも、時間軸に影響されずに重要な情報をデータ放送で提供してもらえるのがいい。
その情報が不必要でストーリーだけ追いたいと思う人はdボタンで引っ込めればいいわけだし。
(知らないだけでそういう番組がもうあったりするのかな?)
でも、作中の問題がリアルタイムで解けるのはいいけど、ボタン操作がしづらくて困るんだよなー。
(反応がもっさり、間違った時に訂正できない)
学校の授業から漫画やアニメ等におけるジェンダーバイアスに興味を持ったんだけど
本を見てもネットを検索しても女性にとってのバイアスしか解説されてないので、
男としては以下みたいな事も気になったりするんだけど、これらもジェンダーバイアスと言っていいんでしょうか
・男女で行う勝負事は大抵女性側が勝つ。
・男性の活躍は女性のサポートあってこそ。最近の特撮物とか見ても味方に強力な女性キャラが多い。
・しかし女性は男性のサポート無しでも十分活躍できる。男が空気なプリキュアとか象徴的。
・男性ヒーローの作品には、主人公を喰うレベルの「男顔負けのスーパーウーマン」が頻繁に出てくる。
・一方、女性ヒーローの作品には漏れなくヘタレ男が登場して主人公のかっこ良さを存分に引き立てる。
・女性=善、男性=悪。ファンタジー世界が舞台のRPGなどでも女神(女王)は正義、男神(男の王)は悪という配役が極めて多い。
・女性=優秀、男性=愚劣。既に書いたが優秀でカッコイイ女性を描く場合、高い確率で対比させるためのダメ男が登場する。
・女性は悪役として描かれる場合でも、実は同情すべき可哀想な事情があるという設定になることが多い。特に推理モノ。
・性別を逆にした場合は言うまでもなし。
・女性は成功のイメージ、男性は失敗のイメージ。ビジネスを題材にした漫画等の解説シーンに多し
・男性は加害者、女性は被害者。自動車教習所の教本とか笑えるくらい事故を起こすのは男、事故に巻き込まれるのは女だったりする
・そのわりに安全運転で感謝されるドライバーは女性で描かれる。
『紅一点論』とかも面白く読んだんですけど、取り上げてる作品が自分の世代と合わないせいもあってかピンと来ない部分も多々。
http://anond.hatelabo.jp/20110610225529
なんかそのエントリやブコメを具体例で見せてもらわないとコメントのしようがないよ基本的には。
その反応や口ぶりから言って、
君のエントリに下された人物鑑定は肯定的なものではなかったのだろうけど
そういうのって本人が「はずれ!」とか「当たってない!」って言っても始まらなくねえか?
人間誰しも自分の欠点を指摘されりゃ不愉快だし認めたがらないものだ。
その人物鑑定が本当にはずれてたのか、傷心の君が「はずれだ」と言い張ってるのか、
君の話を聞いてるだけではサッパリ判断不能だ。
他人にうすっぺらい心理分析をかますのを日課としながら
自分の心の中のなんらかの問題から逃げ続けるような人間も少なからずいるのは事実だが
増田にふつーに一本書いて、内容へのコメントより書いた人間の鑑定が始まっちゃうっつー場合
それはやっぱ文章がよほど変っつーか、異形の自意識が溢れ出したような文である場合が多いと思う。
俺は人物鑑定は普段やってないけど
この1行だけでも君が大変自意識過剰であること、負けず嫌いであること、ぐらいはわかってしまう。
こんなもん別に心理学でもなんでもなく、「すこし鼻毛が出てるよ」みたいな見たまんまの話だ。
君が前にやられた鑑定もそういうレベルのことであれば、そりゃ勘繰りというより見たまんまを書かれてるだけだぜ。
生い立ちまでわかるとか言い出したらレクター博士だけどさ。
自分はたまに増田で書かせてもらうと、ありがたいことに、ホッテントリ入りしたり、ブクマコメントをたくさん頂くことが多いのですが、 せいぜい1000字程度のテキストから、なぜか必ず「こういうこと言う人って○○なんだぜ。」って、したり顔(たぶん)で人間像を当てっこする人がいて、今まで「性格悪い」 くらいしか当たった試しがないんですけど、そういう人って心理学者とかカウンセラーだったりするんですかね?もうちょっとがんばって深読みしてほしいとこです。
で、こういうコメント書く人たちって文章の内容自体にまったく触れずに、いきなりそれを書いた人間の人間性を疑うところから入るんですよ。「さあ、議論しようか」とテーブルについたところでいきなり「いや、その前におまえ頭おかしいから。」とジャーマン・スープレックスかますわけです。で、言い放った本人は自分の意見も言わずに「一本とってやったぞコラー」みたいな態度だと思うんですけど、いや、すげぇな、と。
いや、確かに増田に変なの湧いてることも多いので、うわぁー・・・みたいな感情も理解できるんですが、ちょっと自分に理解できない感覚が読み取れると、匿名の人間に対して「こういうことを書く人間はこういう人間です。」という推察は、「違うよ」と否定したところで議論にならない上に、アウトプットしたところで何も生み出すものがない。2chでよく見る「おまえ友達いないだろ?」っていう無意味な喧嘩ふっかけてる輩と同レベルなんですが、本人は「俺、すげー分析してやった。」みたいな態度でいるのがなんかヤバいな、と。しかも間違ってるし。まだ「こういうこという人キラーイ」という意見の方がその人の役に立つわけですよ。
http://anond.hatelabo.jp/20110422235719
ブコメで「エヴァに呪われている」とか「エヴァ脳の恐怖」とか「エヴァをアニメの物差しにしている」といったコメントを見て、なるほど的を得ているなと。
そして残念ながらid:kyo_ju、ネタじゃない。マジで書いた内容なんだ…orz
てか自分でもマジでエヴァ脳だと思う。じゃなきゃ増田で書かない。
俺がこんなコメントを普通のブログに投稿してる奴をみたら、とりあえず全力で叩く。
何でだ?
自分なりに考えてみたんだが、エヴァに前のめりで楽しんでた人達、というか後ろに引いて見ることが出来なかった人達は、
エヴァが終わった後の娯楽としてそれぞれ別個の道に進んで行ったかと思う。
まずアニメという枠に傾倒する道。
アニメは当時の世相を反映してか「自分探し」のような内容か、あるいは「萌え」に特化した内容ばかりだった。
自分探し的な部分は十分エヴァで堪能したし、萌えは視聴者が勝手に後付けするものであって主食として作者が提供するものじゃないものと考えているので無理だった。
SFは─漫画だろうと小説だろうと、作者の設定自慢ばかりで人の営みが希薄なのが多かった。「イカにSの面白さを最大化するか?」が最大の関心事になっている世界だった。
Fだけでいいから人間ドラマが欲しくてSFの道には進まなかった。
※その中で何故か『BLAME!』だけは面白いと思ってた。我ながらかなり謎。
「設定?誰がんなもん語るか。察しろ。」というスタンスがよかったのかも知れない。
あるいは設定の説明がない分、人間(と愉快なクリーチャー達)の営みに思考が集中できたせいかも知れない。
自分は娯楽なしで生きられるような人間ではない。おそらくは他の人もそうだと思う。
大人になって仕事や家事に忙殺されても、アウトドアや人付き合い以外の何かしらの娯楽を大なり小なり楽しんでるんじゃないか。
人によって、それが映画だったり、ドラマだったり、推理モノだったり、歴史モノだったりすると思う。
自分は「エヴァの次の娯楽」として、最終的に「古いモノ」を選んだ。
小説に手をだし、散々色々な誇大広告に騙された結果、最低10年以上「これは良い」と語られる小説は、少なくとも個人の趣味で好き嫌いはあっても外れはないことに気づいたからだ。
そしてこの単純な法則が、小説という枠だけでなく他の枠にも当てはまることを知った。
「古いモノ」を楽しむコツとして、「その当時の世相や時代背景を同時に知る」ということ。
今ではやや物足りない部分があったとしても、当時としては革新的な技術や手法、あるいは独自の視点が盛り込まれていたために長らく語り草になることが多い。
それと同時に他人の解釈をガン無視すること。例えるなら、どれだけ権威ある人が「このキャラはツンデレだから萌え」と言っても自分が「ツインテールだから萌えであってツンデレなのはどうでもいい」なら自分の直感に従って楽しむこと。
こんな風に古いモノ、かつ娯楽として時代の振り落としを生き抜いたモノを、自由気ままなオレオレ解釈で楽しみ、アニメを見なくなった結果、自分はアニメの物差しはエヴァとジブリと千年女優だけになったorz
敢えて弁明、というか開き直らせていただければ…
だって仕方ないじゃん!1年間で1割より少ない程度で面白いアニメは出てると思うよ?
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!>ヤマカン、細田
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
00年代はまだブロードウェイ- ミュージカルの方が観客を呼ぶためのモノ作りをしてるよ…
例えば「Wicked」はファンタジーで低年齢児を釣り、女の友情で少女を釣り、あげくに社会派的要素で親を釣り上げる万能釣り竿だよ。
「Next to Normal」なんて狂気の中から家族愛を導き出すーそれも母親が主役でーっていう化け物ミュージカルだよ。
ミュージカルってさ、親しみが無い人には「子供が見るモノ」あるいは「軽いモノ」ってイメージがあるんだ。
酷いと「演劇と歌が同居する必要性がないんじゃねーの?」って言われる始末www
まぁ当然だよね。舞台としては戯曲という枠が、歌劇としてはオペラという枠が、ダンスはバレエという枠が、技巧も歴史も名作も持ってる。
けどミュージカルが子供やミュージカル自体にマニアックな人ばかり相手にしてたってお金にならない。
彼らが飯を食っていくためにミュージカルという枠のファンを増やすしか無かった。
かと言って技巧だけで挑めば間違いなく他の枠に負ける。
だから彼らはあらゆるものを取り入れ名作を作り上げた。
例えば古典の悲劇の恋愛をベースに、彼らの身近にあるダンスや風俗、そして身近にありすぎるマイノリティへの差別問題を注入したWSSとかね。
そういったことを繰り返し繰り返し続けた結果、今のブロードウェイミュージカルの地位が出来上がった。
アニメを作ってる側の人からも、「売れない、売れない」という声ばかり聞こえた。
けど自分からしたら、なんでアニメを作ってる人は「今、テレビの前にいない人」を捕まえようとしないんだろうと思ってた。
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
けど、きっともう後16年くらいは守破離をしっかり出来たアニメは出ないんだろうなぁ…
まどまぎの脚本の人は「ロボットものを書きたい」って言ってるらしいから、おそらくロボットを書くのに夢中になって客席を見なくなるか、大向うの客席しか見なくなる。
そうすると悲劇が好き過ぎる人みたいだし、シェイクスピアを消化しないままシェイクスピアの再発明を得意気にしちゃったりするんだろうなぁ…
かといって他のアニメの作り手は、まどまぎのパラメーターだけみてメソッドを見ず、もっと酷いものを作るんだろうし…
「処女厨がウザい・怖い」的な発言をよく作り手側のコメントで見かけるけど、
なら小デュマみたく処女厨を逆手にとって、ビッチであることが生きるために必然である椿姫を処女厨の目の前に置いて、
「それでもお前らこいつを罵れる?」といけしゃあしゃあと言ってのけるような人は今までいなかったし…
いままで、QBは受動的な嘘 = 相手のミスリードを誘う に終始してきたと見られていますが
今回の9話では総合するに、能動的な嘘=事実と異なることを言える=ウソを言える。 が発生している。という事だと思います。
コレにより何が起きるかというと、ようするに、QBの言っていることは、いままではミスリードだったので推理小説のように読者が推理可能な物。
という事になり、小説のカテゴライズ的に言うなら、推理的魔法少女ライトノベルだとおもっていたら、魔法少女ライトノベルだった。
根元に戻れば、ワケワカンナイヨではなく、まったく君たち人間は、非合理的だね。というべきでした。
であれば、合理的に全世界のために、たかだか人間一人は犠牲にすることができるいきものである。という結論が導き出されます。
ただしこの事は、大のために小を殺すということであり、スケールの問題として、人間が(大)のために、それ以外の小をどうにかする。つまり、人間の種の保存を、すくなくとも、人類の危機がない限りは優先するという事は理解できる。という事を言っています。そして9話では具体的に、そのように死ぬ気になったらと、自己の生命保全が、主の保存よりも優先する可能性があることも発言しています。
超越生物であるなら、なぜ、種の保存を優先しない?と不思議に思うはずです。ここでも、ワケワカンナイヨと混乱しないとおかしい。しかし、混乱しなかった。よく理解しているじゃないですか。そう、そして、その事を理解していいないとQBの一連の能動的行為は導き出せない。(矛盾する)
ワケワカンナイヨというセリフでは、死を回避しない生物。超越した生物ということが導きだされるので、たかだか、宇宙の崩壊のために、能動的に行動する。という事は導き出せないので、それこそ、ワケワカンナイヨという感想だと。
http://anond.hatelabo.jp/20110212163200
| なぜ少女? | 汚染された魂魄が魔女になる。ゆえに純粋な霊魂を持つ少女のうちにしかソウルジェム自体生まれないか、 汚染される速度が速いため少女の方が魔法を使えるキャパシティが大きい |
|---|---|
| 魔女や使い魔の正体は? | 負の感情に支配された人間の魂の成れの果て。あの世界に明確な悪はなく、実は人間同士が殺し合ってるだけ。 人間が人間を迫害した結果、絶望した人間の魂が魔女となって悲嘆をばら撒いている。 その状況をキュウべぇが利用している。QBがどっちサイドなのか不明。実はいい生き物という可能性もありえる。 |
| なぜ契約する必要があるの? | 願いの質が魔法のアライメントを決めるという設定から察するに、ソウルジェムの精製には霊魂+願いが必要。 |
| なぜまどかが強いの? | 願いの質の関係。欲望が限りなく少なく純粋な祈りに満ちた人間だからか、あるいは逆に欲望に塗れた人間だから。 善人に見えて無自覚な貪欲さに満ちている。または鏡世界で円かなめは欲望に満ちた人間である |
| ワルプルギスの夜って? | 原典から素直に解釈すれば町全体の魔女が強化される期間。 個人的予想は魔法少女が絶望して魔女に堕ちることで起きる災厄ではないかと。 まどかが魔法少女になるとその現実に耐えられず確実に魔女になるからほむほむは妨害するとか |
| キュウべぇの狙いは? | グリーフシードから集めた魔法力を使って世界を反転させて平和にする、とか予想。 人の心を理解できないだけで、魔法少女を作ったりと人間側のことを考えて行動してる気がする |
| なぜほむほむはかわいいの? | この物語最大の謎 |
ちなみに俺のこの手の予想は当たった試しがない。
2010年1月から3月にかけて起こった2chコピペブログの騒乱。
「オレ的ゲーム速報@刃」や「ゆめみがちサロン」みたいな大手2chコピペブログに迷惑メール配信停止希望のメールが届く。
しかし配信停止希望と言われても、そもそも大手2chコピペブログには迷惑メールを送った心当たりがない。
話を聞くと「萌通.comというサイトにて、配信解除するにはこちらのサイトに来てくださいと書いてあったので」とのこと。
疑惑をかけられた萌通は「誰かが自分を装って迷惑メールを配信しているようですが自分は関係ないです」と主張。
迷惑メールを配信していたのは実は萌通自身。なぜそんなことをしたのか?
メールに書かれた配信停止の手順通りに「萌通のサイトに接続する」→「誘導にしたがって大手2chコピペブログに飛ぶ」とどうなるだろう。
「萌通.com」が大手2chコピペブログの逆アクセスランキング上位になるのだ。
2chコピペブログには「アクセスを誘導したブログには、アクセスを流し返す」という流儀がある。
この迷惑メール戦法によって当時新興サイトに過ぎなかった「萌通.com」は続々と大手2chコピペブログとの相互リンク・相互RSSを実現し、成り上がろうとしたのだった。
そんな悪さは当然長続きするはずもない。
2chにおける犯人探しを萌通(と多分B速報=ロミ)は妨害するが、バレそうになったために真犯人をでっち上げることにした。
「神速VIP」を騙って迷惑メールを大量送信、さらにそのメール内容やブログを紐付けして、「神速VIP」が情報商材業者であり迷惑メール騒動の犯人だと捏造したのである。
もっともブログが投稿されてから、その推理が2chに書き込まれるまで"わずか1時間"だったために、捏造だということはすぐに見抜かれた。
しかしここで思いがけないことが起きる。
このタイミングで偶然、「神速VIP」がヤフオクでマジコンを販売していたことが発覚してしまう。
がごっちゃになり、「神速VIPはマジコン販売業者だったのだ!」と話が膨らむ。
さらに「神速VIP」の偽者(多分萌通)が2chに沸いて「ライブドアに定額報酬を貰っていて、命令でブログ更新をしているのでやめられないんです。マジコンも迷惑メールも事実ですが、どうか良心で許してください」などと発言、火に油を注ぐ。結果「神速VIP」はボコボコに叩きのめされ閉鎖する。
神速VIPが閉鎖したことで騒動は鎮火し、再び迷惑メールの犯人探しが始まる。
そして当時のコナン君が「萌通.com」が犯人だという決定的な証拠を掴む。
配信解除を求めるリンク先が時期によって変わっていることを、googleのキャッシュから突き止めたのだ。
| 時期 | リンク先 |
|---|---|
| 大手Aと相互リンク・RSSを結ぶまで | A |
| 大手Aと相互リンク・RSSを結んだ後 | B |
| 大手Bと相互リンク・RSSを結んだ後 | C |
といった具合にリンク先が変わっていたので、萌通が迷惑メール犯だということが確定する。
それだけではなく萌通が情報商材業者であることや、同じ迷惑メールの手口で2009年ごろからアクセス誘導を繰り返していたことも、当時既に半分以上判明していた。
萌通は尚も被害者を装ったり、言い逃れるために犯人をでっちあげるために、他のブログを騙って迷惑メールを大量送信するなど悪あがきを続けた。
相互リンクを結んでいた相手を犯人に仕立て上げようとすらした。
しかし全てが割れてしまったので大手は萌通と手を切った。手を切らなかったのは2chで殺人予告を繰り返していたB速報(ロミ)のような人間だけだった。
「萌通.com」を大手ブログに成長させる計画が頓挫したため、萌通は次なる計画を立てる。
それこそが「大手ブログを乗っ取り、ライターに記事を書かせたままブログオーナーとして報酬だけ吸い上げる」計画である。
まだやってたの?→まだやってた。さすがにもう推理のドンデン返しはない、と思う。
※この内容がどこまで正しいのか保証できません。細かい部分にはまだ誤りがある可能性はあります。どこまで信じるかはあなたの自由です。
| 名前 | 運営サイト | 説明 |
|---|---|---|
| やら管 | 「やらおん」 | 元「今日はやられやく」管理人、現「やらおん!」管理人。約2億5000万PVのサイトを乗っ取られる。 |
| 萌通 | 「萌通新聞」「キジダス」 「今日もやられやく」「明日もやられやく」 |
MMORPGのRMT詐欺に始まり、FX関連の情報商材販売などネット上で数多くの悪事を働いた男。 |
| 星野ロミ | 「関係ないニュース」元「B速報」 | ホットココア社長日記の『2chまとめブログ立上げ』 で壮大に友達に惨敗したので反省点まとめ(◆)に登場するネカマのromi。 ホットココア社の企画で非モテ日本代表(◆)としてメディア露出したこともある。 |
簡単なまとめ
そもそもの発端は「キジダス」というサイトの画像をやら管が転載したことから始まります。
「キジダス」管理人である萌通と副管理人の星野ロミはこのサイトの画像を使い、著作権法違反を盾にやら管を呼び出す計画を立てました。
萌通は「キジダスの星野」を名乗りやら管に著作権侵害を訴えるメールを送ります。しかし当時その画像は多くの2chコピペブログに転載されていたこともあり、やら管は「なぜ自分のサイトだけに強気に出るのか?」と反発、それに対し萌通は警察を介してやら管に警告を送りました。
最終的にやら管は削除に応じるのですが、萌通は「反省が足りない、画像を削除しても著作権法を侵害した事実までが消えるわけではない」として、「弁護士に相談した。訴訟が始まったら止めることはできない。和解を希望するのであればカフェに出て来い」と脅迫し、呼び出すことに成功します。
やら管の元に仲介屋を名乗る「第三機関」から電話が入ります。和解のために保険証を持って指定の場所に来いと呼び出されました。
そして秋葉原のカフェにて、萌通、星野ロミはやら管に対して、著作権侵害の告訴を取り下げることを条件にいくつかの契約を結ばせました。
実はここで契約書にサインしたのはやら管と、星野ロミの二名で、萌通は立会人でした。以下がその契約書の文面の一部です。
すなわちやらおん・やられやくの間で起きた騒動とは分裂ではなく、その逆でした。主管理人が星野ロミに明け渡され、やら管は副管理人となり、二人管理人制になるはずだったのです。
そしてここでリアルとネット上でのすり替えが起きます。実際に契約したのはやら管と星野ロミでしたが、ネット上においては萌通が「契約者・キジダス星野」を装い、やら管を言いなりにしました。
| リアル | ネット(設定) | 真実 | |
|---|---|---|---|
| やら管 | やら管 | やら管 | やら管 |
| 契約者 | 星野ロミ | キジダス星野=萌通 | 星野ロミ |
| 立会人 | 名前不明のチンピラ | 不明 | 萌通 |
なぜこのようなすり替えを行ったのかは不明です。いざとなった時に萌通は星野ロミを切り捨てる算段でいたのか、共犯関係を結ぶことで裏切れない状況を作ろうとしたのかもしれません。星野ロミも積極的に乗っ取りを画策した可能性もあります。
こうして萌通による「今日もやられやく」乗っ取りは成功しました。しかしここで星野ロミが裏切ります。
星野ロミは自身が真の契約者であることをやら管に暴露し、萌通の言いなりになる必要はないとしてサブブログ「やらおん!」を運営する妥協案を提示します。しかしすり替えの事実を知ったやら管は星野ロミとの連絡も絶ち、twitter「yarare_kanrinin」とToLoveるの記事を利用して「やらおん!」に読者を誘導します。
「今日もやられやく」副管理人契約は契約者両者の合意の基で破られたとみられます。
このため萌通にはこの二人の裏切りに対し、法的根拠を持つ対抗策を取れませんでした。twitter「yunakiti79」において「やらおん!はハッキングされた偽者である」という虚言で対抗したのはそれが原因です。実際にはやら管の持つ「yarare_kanrinin」は副管理人のものとして残されていたものです。
やがて記事の質の差から「今日もやられやく」と「やらおん!」の差は広がり、「やらおん!」こそが本物であるとみなされました。
結果として萌通は「今日のやられやく」奪取自体には成功しましたが、やら管を使役して記事を書かせて、アフィリエイト利益を得る計画は失敗に終わりました。
それどころか裏切った星野ロミのものなのか「今日はやられやくは画像の著作権を盾に萌通に乗っ取られた」という噂が流れます。
そしてその書き込みを萌通自身のブログ「萌通新聞」、『今日もやられやく』分裂の真相(◆)にて取り上げ、「契約書は手元にある、民事訴訟は捏造の証拠でも毟り取ることができる」という警告を送ったのです。
同時にこれは裏切った星野ロミに対するメッセージも兼ねているのだと思います。「あの現場にはお前もいただろう?」と「偽やら管」に喋らせたのです。
それだけでは萌通の怒りを収まらなかったのか、次なる手としてやら管トレント販売疑惑事件を掛けます。
トレント販売疑惑を持つblogを作り、それをmixiやyahoo、twitterなどのアカウントを駆使してこれをやら管に連想させ、さらにそれらを架空の情報商材サイトに結びつけ、やら管の実名・実住所を晒し上げようとしたのです。
実はこのトレント販売疑惑事件は、やら管が裏切ったために起こされたものではなく、仮に共同管理人のままだったとしても起きていた可能性が高いとみられています。最初から契約書を利用して「今日もやられやく」を奪ったあと、トレント販売疑惑をかけて追放。「今日もやられやく」を萌通で独占し、副管理人契約違反として違約金を毟り取る。ここまでが萌通の描いたシナリオだった可能性が高いとみられています。
けれども「やらおん!」の立ち上げ、星野ロミの裏切りという想定外が続いたために、萌通は用意していたトレント販売疑惑事件を前倒し利用したのです。しかしこの計画変更が生んだ綻びが逆に萌通を追い込みます。mixiやtwitterなどのアカウントは「今日もやられやく」を奪い取るより以前に用意されたものでしたが、トドメとなる情報商材サイトはやら管の個人情報を得たのが直前だったために、出来たばかりだったのです。その矛盾が逆に過去から現在に至るまでの萌通の悪事(◆)を露呈させる結果となりました。
この自作自演騒動を見て、「明日もやられやく」のデザイン・タイトルロゴ加工を担当した「ネットのお話」がやられやく&やらおん騒動の重要なネタバレするから注目してほしい。(◆)という記事を投稿、「今日もやられやく」乗っ取りがキジダス星野という人間によって引き起こされた騒動だと暴露します。
ただし彼が本当に善意から暴露を行ったのか、ただのアクセス稼ぎだったのか、あるいは萌通とグルとなり星野ロミを追い詰めるのが真の目的だったのかは不明です。
ともあれこの暴露によって一番衝撃を受けたのは実は星野ロミでした。やら管との真の契約者である星野ロミは、萌通と「ネットのお話」が結託し、乗っ取り事件の全責任を自分ひとりに背負わせようとしているのだと誤解します。2chの「偽やら管」を本物だと思っていた彼は2chに書き込みコンタクトを取ろうとします。
など脅迫し連絡を取ろうと試みます。しかし実際に2chに書き込んでいたのは萌通であってやら管ではないので、この目論見は失敗します。
それどころかその書き込みを逆に萌通に利用(◆)され、星野こそが事件の真犯人だと強弁されます。その後星野ロミは萌通に謝罪したものと思われます。
それ以降、2chにおいて星野ロミは情報を提供しつつ「契約したのはやら管と萌通、自分は萌通に巻き込まれた被害者に過ぎない」というミスリードを仕込み続けました。
萌通サイドは管理権限譲渡は両者の合意形成の基行われた合法的なものだと主張しています。けれども、
またその後に起きたトレント販売疑惑事件は信用毀損罪・名誉毀損罪の要件を満たします。
やら管がどのようなシナリオを立てているのかは現時点では分かりません。星野ロミとの接触を断った時点で弁護士と連絡しなんらかの法的手段に訴えようとしているものだと考えられます。
「やらおん!」が復権した今となっては今更やら管に「今日はやられやく」を潰す理由もありませんが、賃借契約書や白紙契約書の存在がありますし、2億5000万PVを生み出した過去ログはやら管の著作物であるとみられ、それを取り戻す手立てなどはするのかもしれません。仮に賠償を求めた場合、ブログの資産価値がどの程度になるのか不明です。
※もちろん2chコピペブログの内容がどこまでが転載でどこまでが引用とみなされるのか、引用が主で構成された記事が創作物とみなされるのかどうかという判断は分かれるところだと思います。また画像は大半が転載です。そういう意味でもこの事件が表沙汰になれば「2chコピペブログの資産価値がどう判断されるのか」という試金石になる興味深い事柄だと思います。
現在「今日もやられやく」の実権を掌握していますが、実際に契約し権利を持つのは星野ロミで、彼にはなんら行使できる法的根拠はないと見られています。
仮に萌通が真の契約者だったとしても和解提案が真っ当なものだとみなされる可能性は低いです。
ゆえに萌通は手に入れた個人情報を利用し誹謗中傷でやら管を潰そうとしました。また単純な管理人の分裂騒動であり、やらおんは実はプロのライターで「ゆなきち」との間で結んだ副管理人の委任契約を破ったため背任罪で訴えられるといったような根拠のない情報を吹き込もうとしています。
萌通と共に共謀し「今日もやられやく」を奪い取りましたが、その後裏切りました。彼の望みは己の罪が裁かれないことです。
やら管が裁判を起こしても、萌通が裁判を起こしても巻き込まれ、彼自身の罪(仮に「今日はやられやく」恐喝事件にに積極的に関与していないとしても、計画を知りながらそれを未然に防ぐ手立てをしなかった未必の故意は逃れられない)が露見します。そのためやら管が閉鎖し、萌通も潰れ共倒れになるか、隕石で人類が滅亡することを願っています。
また現在は今までの発言が全て虚言であり、この事件には一切関係していないと態度を翻しています。
この記事は特定個人を誹謗中傷するために書いたわけではありません。
こちらを参照してください。
この2サイトに興味がない人間でも、ブログ乗っ取りや違法販売サイトの捏造、2chを利用したソースロンダリングによる個人情報暴露など、サイト運営者にとって知っておいて損はない情報はあるので拡散目的でもう一度記事を起こします。
なるべく分かりやすく書いたつもりですが、もともとこの事件は説明が難しい上に、各登場人物が本当のことを言ってるのか分からないリアル人狼ゲームめいているので、詳細を知りたい方は一次情報にアクセスすることを推奨します。
騒動に興味がない方は好きな方のブログを見ればいいでしょう。ただしそれを快く思わず姦計を用いて陥れようとする勢力が存在します。俺はそれを妨害したいだけです。
あとリンクは貼らないのでサイトは探してください。理由は記事を読めば分かると思います。
以下は俺の推理。A≒C、D、Eはグルであり、Bを陥れようとしている。具体的にはBにトレント販売疑惑をかけたり、Bの個人情報を拡散するためにC、D、Eの仲間割れを2ch、ブログにて演出している。
Cはそれら騒動を統括するという名目でブログに投稿することで、記事内に悪意を持ってBの個人情報を載せていることの免責としている。
| A | 「今日もやられやく」「明日もやられやく」 | アニメ系2chコピペブログ。分裂騒動以降、記事のクオリティが下がって人気が衰えている |
|---|---|---|
| B | 「やらおん」 | アニメ系2chコピペブログ。新しくブログを立ち上げたと「今日もやられやく」にて報告してそれ以降「やらおん」を更新している。Aはこの記述を削除し、Bはハッキングを仕掛けた偽者だと訴えたが、記事のクオリティからBが本物だと見られている。 |
| C | 「萌通」 | アニメゲーム系2chコピペブログ。過去にMMORPGのRMT詐欺やFX詐欺を行い逮捕歴のあるとされる人物。「明日もやられやく」のWHOIS情報にこの人物の本名に酷似した名前が出たり、相互RSSを行っているなど繋がりが強い。 |
| D | 「ネットのお話」 | 2chコピペブログ。「萌通」のサブブログや「明日もやられやく」のデザインを依頼されたとされる。「萌通」から大きなバナーでリンクを貼られているほか、相互RSSを行っている |
| E | 「キジダス」「関係ないニュース」 | 2chコピペブログ、羅列ニュースサイト。メイド喫茶(撮影禁止)で撮った写真をブログに公開した際、「今日もやられやく」転載されたとして抗議を行い、メイド喫茶で直談判した。なぜかその時のメールログを「萌通」が所有 |
「今日もやられやく」が明らかに別人の手に渡り、なぜか「やらおん」にて元記者が書いていると思われるのは周知の通り。
なぜこのような事態になったのかについて、「ネットのお話」は「キジダスが著作権を持つ画像を今日もやられやくが転載したため、キジダスは裁判を考えたが、直談判で和解することになった」という裏事情を暴露。
この過程で何らかの契約が結ばれ、ブログ所有権が移ったのだろうか?
普通に考えればブログ乗っ取りなど荒唐無稽な話である。そもそもブログを乗っ取ったところで、元の管理人と同等のクオリティの記事を書き続けなければブログを維持することはできないからである。しかしRSSやアンテナなどのアクセス資源があれば一定の期間はPVを得られるし、今回のように明らかに対抗サイトが生まれ乗っ取りが自明でなければ「最近このブログ、面白くなくなったな」というだけで乗っ取りに気付かない可能性はありえる。弱小ならば尚更である。
まず美人がトレントファイルを販売しているという祭りが起きた。
たった22レスで顔写真からmixiが特定され、mixiからtwitterへのリンクが見つかり、twitterにはyahooプロフィールへのリンクが、yahooプロフィールからトレントファイル販売ブログへのリンクが貼られていた。
こうした情報の断片から、「トレントファイル販売ブログはやられやくの片割れの仕業だ」ということになり、祭りが起きた。
極めつけとしてそのトレント販売ブログのアフィコードで検索すると情報商材サイトに繋がり、犯人の実名・実住所と思われるものが堂々と記載されており、ニュー速民によって私刑が下されるはずだった。だが背後に感じられる作為、独特な文体、この犯人とされる実名が以前から「萌通」が「やらおん」の本名として拡散させようとしていたものの疑いがあったことから祭りは収束。「萌通」の自作自演と結論付けられた。
ニュー速が鎮火したことに業を煮やしたのか萌通自らブログで報道。
そもそもミクシーやサイトが昔から存在した事の説明が付かない。
このトレント販売サイトは「やらおん」運営によるものだと強く印象付けた上で、
肝心の割れ問題に対して追及をおろそかにして
当該スレを見れば一発で分かるが、決定的となる情報はcatv?の同一人物からもたらされている、まるで最初から知っていたかのように。またその文体は「萌通」のものと酷似していた。
また現「今日もやられやく」管理人住居である「関西」からIDを変えて何度か犯人や「やらおん」を叩くよう促す単発書き込みが見られた。
あまりにも萌通が酷いから
「やられやく&やらおん騒動の重要なネタバレ」として、ブログデザインを引き受けた際に「萌通」から受け取った「キジダス」と「今日もやられやく」間でのメールのやりとりを公開。内容は以下の通り。
全て、という割には情報を小出しにしてこれ以上出現することはなかった。また暴露して対立したにも関わらず、「萌通」との相互RSS関係は変わらず、「萌通」側の大きなバナーリンクもそのままになっている。
予期せぬ展開で火の粉が降りかかって来たので
メールはあくまで「キジダス」側から受け取ったものに過ぎず、自分は一切関係ないと主張。
★で強調して記事にリンクを貼っている。まるでこの事件が広まって欲しいかのようだ。
次の日「キジダス」管理人とされる「関係ないニュース」が2chに書き込みをした。内容はおおむね次の通り。
自サイトにIDを記述し降臨した証明とした。しかし肝心な「やらおん」との直談判の場で何があったのかについては、はぐらかすばかりで答えようとはしなかった。
ちなみに彼がスレに書き込んだのは
ネットのお話で関係ないニュース=** および彼の強迫メールが暴露された直後である。
そんな彼が、スレに降臨し己の都合のよい事実を語り始める・・・
人はそれを火消しと呼ぶ。
「萌通」は「やらおん」の個人情報を交えながら、真犯人は「キジダス」であると力説。
「キジダス」に脅迫された「やらおん」は仕方なく独立することになったという独自の推理を展開している。しかし「やらおん」はアフィリエイトやアドセンスの類をしていないブログであるし、「キジダス」にリンクしているわけでもない。これでは「キジダス」に全く利益がないため何の為に独立させたのか分からない。
この筋の通らない記事に何かの意味があるとするならば、それは「やらおん」の個人情報を拡散することだろう。
果たしてこの一連の暴露合戦は本当に暴露合戦なのだろうか?さも各々が正義のために主張しているように見えて、一連の暴露合戦で一番被害を被っているのは個人情報を晒され続けている「やらおん」に他ならない。
高いPVを抱えるサイトはそのアフィリエイト利権を狙ってネットヤクザにサイト乗っ取りを画策される恐れがある。今回のケースではもともと2ch無断転載ブログという付け入りやすい隙を持ったサイトだったが、高いPVを抱えるサイトは常に最悪の可能性を想定して運営する必要があると言える。
2chでは断片的な情報から犯人の個人情報を特定して断罪することがしばしばあるが、それが誘導されたものである可能性は常に考慮しなければならないだろう。人口の多いニュース速報板で特に祭り上げが行われやすい。スレ連投や複数板マルチポストが行われている場合、裏に意図があるのではないか?と疑う必要がある。
サイト同士でプロレスや2chへの降臨を演出することで、直接自らの手を汚さず粘着対象の個人情報を晒すことができる。騒動まとめという建前で、個人情報を晒し上げる本来の目的を免責することができる。プロレスしているブログが裏で繋がっていれば、解決は引き延ばせるためいつまでも終わらない。
2chコピペブログは爆発しろという声は大きいが、個人ブログが縮小する一方で、2chコピペブログは増え続けている。
恐らく2chコピペブログには自らの主張したいことを「2chからの引用」という形にすることで免責できるメリットがあるためだと思う。自分の意見として発表してしまえばそれに対する反論も真正面から受け止めなければならない。しかし2chから自分にとって都合のいい書き込みだけを引用してサイトを構成すれば、自分の意見を発信しながら、2chの世論に責任を転嫁できる。
これの応用発展が今回の騒動ではないか?というのが俺の現時点での推理である。
mixiやブログを駆使して粘着したい対象を犯罪者に仕立て上げ2chで祭りにし、それを自分でブログでまとめて告発したのではないか?裏で繋がったブログ同士が対立しているように見せかけアクセスを稼ぎ、その記事に拡散したい情報を埋め込んでいるのではないか?粘着対象の名前を拡散するために、ブログプロレスを興行しているのではないか?
というわけで個人情報が必要以上にネットに拡散されるのは思う壺なので一連のブログにはリンクは貼りません。