はてなキーワード: 野菜炒めとは
(味の素なんて洒落たもんじゃなくて、業務スーパーで1kg400円くらいで売ってたやつ)
と塩をかけて食べたらめっちゃ美味かった
騙されたと思って試してみて
他にも何にでもかけると美味しくなるから料理の革命と言っていいレベルだねこれは
野菜炒めや煮物、チャーハン、パスタ、漬物、etc…料理になら何にでも合う
しかも塩や砂糖なんかと違って味を感じる飽和料が決まっているから入れすぎて味が濃くなりすぎるなんて心配もない
もはや敗北を知りたいと思うくらいの万能選手だよこれは
過去にはうま味調味料は化学物質から作られていたと噂される怪しげな情報も流布されいたけど
現代ではサトウキビやなんかの天然由来の成分から作られているから安心安全
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親父・・・俺の親父。教師と剣道一筋の人生を送る。昨年還暦を迎えたため自由な時間ができ、いろいろやっている。剣道が強い。
俺・・・親父の息子。親父のことが苦手。わけあって一年時間ができたため地元に帰省し、いろいろやっている。剣道のセンスは普通になかった。残念。
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GW真っただ中の5月3日。晴天だが風が強く吹いている。雲の動きも速い。時計の針は二時少しを指している。大気が不安定な一日になるそうです、と気象予報士はニュースで述べていた。焼肉を想定している夕方には天気も崩れるだろう。どうせやらないことになると高を括り、曖昧な返事をした後に自室にこもる。
適当に動画を見ているうちに眠っていたらしい。電気がついていない部屋は薄暗い。目をこすって携帯で時間を確認すると、午後5時過ぎ。軽く飯でも食べて筋トレに向かうか、少し寝ぼけながら階段を下る。少し煙臭い。マジか。外に出ると風が少しあるものの、空の青と日の赤さが入り混じる、気持ちのいい夕暮れ時だった。
親父は木炭をくべていた。ちらりと俺に目を向け、すぐに火に目をうつす。俺は観念して焼肉の準備をする。台所には分厚い肉が大量に用意されていた。筋トレ行きたいのに胸焼けしそうだなと思う。野菜は玉ねぎともやしのみ。もやしどうやって焼くんだろう。あと大ぶりのエビ。それらをまとめて庭へ運ぶ。
「父さん、飲み物なんか飲む?」
「いや、いらない」
会話が終わる。適当に飲み物を飲みながら、2人で火を囲む。木炭に火が付くのをじっと待つ。手持ち無沙汰が極まり親父の姿に目を向ける。大学の四年間会わなかっただけで、随分昔とは雰囲気が変わったように思える。
親父、白髪だらけだけど案外髪の毛は残ってるんだな。猫背なのは相変わらず。案外身長低いんだよな。そういえば結構やせたよな。高校の時は全然俺より大きかったのにな。いつから俺のほうが身体大きくなったんだろう。色々、想う。けど言葉には出さない。言葉が心の中で反響し、消えていく。
BBQってこんなに会話が無いもんだっけ?と自嘲気味に笑う。正直気まずい。そもそも親父とあんま面と向かって会話したことなかったな。子どもの時の思い出を振り返る。
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とにかく厳しい人だった。高校で指導教員として、入学したての浮ついた学生を「君たちはもう子供じゃない」とか言って震え上がらせるタイプの人。夏休み前の全校集会で薬物の危険性とかを語る人。お前の父ちゃんって武士みたいだよなとか言われる人。
「子供を預かる教師として、自分の子どもがだらしなかったら生徒の親に顔向けができない」という信念を抱いていたため、自分の子どもに厳しいのは大変理にかなっていた。
小学校の俺はいつもおばあちゃんが作った野菜炒めを残していた。これでもかというくらい大きいぶなしめじが大量に入り、ピーマンを筆頭ににんじんやら白菜やらパプリカやら、とにかく子供が嫌いがちな野菜一色で作られていた。当然、食べることができない。
豆電球の下で親父が無言で腕を組んでこっちを見ている。食べきるまで席を立つことは許されない。泣きながらきのこを咀嚼せず飲み込む。きのこを食べているという事実だけで吐きそうになる。嗚咽が止まらない。思わずもどしてしまう。
「洗って食え」
絶望する。台所に向かい、泣きながらきのこを洗う。親父はじっとこっちを見ている。それが怖くてもう一度、泣く。
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まじで怖かったなあ。当時を思い出して苦笑する。今でこそ面と向かって食事を一緒に囲めるけど、俺が高校生になるまで食事の時間は緊張しっぱなしだった。食事中のテレビは厳禁だったから、もう黙々とご飯を食べるほかなかった。ご飯を速く食べる癖は案外ここから来ているのかもしれないな、と気付く。
親父はずっと剣道をしているせいかとにかく体がでかくて、何をしても抵抗できない雰囲気を身にまとっていた。よく食べ、よく呑み、よく眠る。毎晩22時前には寝て、朝は5時に起きる。町内を何キロも走って、庭で素振りをする。当時50歳過ぎでそれだもん、中坊のガキが勝てるわけねえよな。
でも、高校生になって直後くらいに親父に反旗を翻したことがある。コテンパンにやられたわけなんだけど。今思うとだいぶささやかだけど、でも当時16の俺にとっては十分すぎる抵抗だった。
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高校生くらいの時に「親父」とか「おふくろ」って呼び方にあこがれる時期あるよね。もれなく俺もそうだった。高校生になり、「父さん」「母さん」呼びは少し恥ずかしいと感じるようになった。同級生が「親父がさ~」と喋るのを羨ましく思ったし、なんだかイケてるようにさえ感じた。
思うに「親父」という言葉には、青年期を迎える僕たちにとっていつまでも親の庇護下ではない、甘えていた関係から自立した存在になる、みたいな印象があった。言い方自体はぶっきらぼうに聞こえるけど、青年期に正しい親子らしい関係性を、親に対して人間としての尊敬を含んだ、そんな印象を「親父」という言葉に抱いていた。
高校生になって数か月たったある日、夜22時を大幅に超えて帰宅してしまった。明確に門限というのは定まっていなかったが、遅くても21時台に帰宅することが暗黙の了解としてあった。仲の良かった先輩が、「もう高校生だぞ?少しくらい大丈夫だって。」というのを真に受けてしまった。
事実、周りの友達や先輩は門限なんて存在しないどころか、よく互いの家に泊まり合っていた。「今日お前ん家泊まるわ」とか「今日疲れたし、このまま朝までいていい?」とか、そんなことがうちは許されるわけがない。もし泊まるにしても、数週間前には事前に泊まるという報告をし、親から親に連絡を行い、「泊まりに行ってきます」の掛け声とともに家をでなければならない。
そんなのおかしい、俺だってもっともっと友達と遊んでいたい。そうした思いが積もり積もって、禁忌「門限破り」を犯す。
先ほどまでの気の大きさはなんのその、家に着いたころにはビビりまくっていた。しかし家の中の電気が付いていたのもあってか、もう高校生だし大丈夫か、と妙に安心する。ドアを開けようとする。鍵が閉まっていて開かない。庭に回る。リビングにいた妹に開けるように頼む。すると妹が「お兄ちゃん帰ってきたよ」と大きな影に向かって言った。
いつもだったら21時過ぎに寝ている父さんが起きていた。どすどすどすと大きな足音を立て玄関に向かう。俺は庭で恐怖に震えていた。
「何時だと思ってるんだぁぁぁぁぁ」
ドアを開けるとともに区域全体、少なくとも両隣三軒には響くくらいの声で突進してきた。そのままの勢いで俺を思い切りぶん殴る。庭にたたきつけられる俺。その上に馬乗りになって殴り続ける。
「どんだけっ!心配したとっ!思ってるんだっ!」
単語の区切り、呼吸の合間に殴ってくる。俺はどっかのボクサーばりに顔面を守ることしか出来なかった。躾の一環として色々殴られたことはあった。でもまるで昭和の家族ドラマみたいに殴られたことはなかった。俺は怖くて少し泣きながら、これから親父と呼ぼう、となぜか思った。
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この反抗?を経て、面と向かって「親父」とはさすがに言えないけど、俺も友達の前では「親父」呼びをするようになった。すると少しずつ親への恐怖感みたいのは薄れていった。家で極力顔を合わせないようにした。塾に通い、意図的に家に遅く帰るようになった。「塾で勉強してるし、遅くなっちゃうのはしょうがないよね」みたいな。すると自然と会話が無くなる。そもそものコミュニケーション自体が無いため、ごく自然な流れでそうなった。
もちろん色々お世話になった。高校最後の大会の前は、親父直々に稽古をつけてくれた。ライバル校の先生である親父が、ライバル校の生徒である俺を教えることはどうなんだとは思うけど、とにかくお世話になったのは事実だ。結果東北大会に出場できた。ポンコツ剣道野郎にとっては十分すぎる結果だ。
俺もさすがに知ってる。親父が不器用だってことは。俺ももちろん不器用だけど、俺も親父も素直に想いを伝えられない。家では全く会話のない俺たちも、どっちも家以外ではお喋りなのが笑っちゃうよな。
大学の同期が実家に泊まりに来てビックリしてた。「お前マジで親の前では性格変わっておとなしいよな」って。母親もよく言う。「父さんはほんとはお喋り好きで、飲み会ではみんなを盛り上げてるんだからね」って。
親父は俺に対して、何かを介さないとコミュニケーションを取れない。
俺も親父に対して、素直に想いをぶちまけることができない。
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俺もう成長期じゃないし、こんなに肉食えないよ。しかもこれから筋トレ行きたいし、あんま胃がもたれるようなの食いたくないんだよね。親父も連日肉ばっか食ってない?もう年なんだしお酒も控えて、少しは健康を意識してくれよな。
ちょっと暗くなってきたね。電気つけよっか。目が悪いっぽいね。そういえば車運転するときもっと気を付けて。車間距離近すぎ、あとよそ見しすぎ。前の車が急ブレーキしても止まれるくらいじゃないとだめだよ。
これ肉焦げてない?いいよ俺食うよ。マジで美味しいよ、親父ありがとう。
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「旨いか?」
「うん」
塩分を出来上がりの0.6~1.0%になるように調節するといい
それだけでだいぶコンビニ弁当に負けない味になるぞ
塩ひとつまみとか少々とかを全部信用しちゃだめだぞ
できあがり600gのみそしる→ルール「1%の塩分が必要」→この場合に必要なのは6gの塩分→みそ7倍だから42g、大さじ1が15gだから大さじ3いれればいいな
できあがり500gの肉野菜炒めにんにく塩味→必要なのは5gの塩分→3つセットになってる計量スプーンのうち真ん中のやつにすりきり一杯だな
(ちなみに100円ショップなどで3サイズがセットで売っている計量スプーンの一番小さいスプーンは、「小さじ1/2=2.5cc」である。「小さじ=5cc」は真ん中のサイズだ。
レシピを読む時によみまちがえると味が半分になるぞ。おおきいのは15cc。小さじの3倍。
大さじだけ買って目分量で小さじ1をはかりとれるには訓練が必要。)
ちなみに、味噌汁の目標を1%にしたは野菜の具を入れると野菜のカリウムがナトリウムの味をだいぶ打ち消すからだぞ。
https://gusgle.com/2020/05/30/caution/
アパートの老朽化が進み取り壊しが決まり3年前にバイクが置けて家賃が安い物件を不動産屋さんに頼み込んで見つけた物件が今住んでいる物件です。
1 DKで50,000円と都内にしては安い物件でなかなか気に入ってるのですが 1つだけ気に入らないことがあります。
そう、ガス代がめちゃくちゃ高いのです。
前住んでた物件では都市ガスだったので独身の自分は夏は1,800円位でしたし寒い冬も 3,000円いかない位でした。
ところがプロパンガスは夏でも 2,900円、冬場は4,800円位になってしまいます。
おまけに見かけたことがある人が多いと思いますがアパートの外にプロパンガスが入った物体が6個ほど備え付けてあります。
ただ1つだけ気に入ってることがあります。
火力が強いのでシャワーを浴びる時すごく熱いお湯が出てきます。
加えて野菜炒めを作るときこれまた火力が強いので中華料理屋さんのような野菜炒めができます。
最近、自分の父親のクズっぷりの一部を端的に表す言葉を知って感心している。「食い尽くし系」というらしい。説明するのも面倒だから詳しくはググってくれ。
夫が食い尽くし系の妻の話はよく見るけど、親が食い尽くし系だった子どもの話はあんまり聞かないので書いておく。
うちは父が食い尽くし系だった。過去形なのは食い尽くしが改善されたからではなく、子どもが全員実家を出て両親も離婚し、たまには父と会うけれど今も食い尽くし系なのかは知らないから。
うちは両親が共働きで、母の方が帰りが遅かった。母の帰宅が20時を過ぎることもある。父は家事を一切しないので、子がある程度大きくなってからは母が子どもの分の夕食を用意してから出掛けることが多かった。
ある日、仕事を終えた母が帰宅したのが21時前。父は夕飯を平らげて大きなペットボトル入りの焼酎を片手に晩酌をしていた。母が帰るなり部活帰りの中学生の兄がつぶやく。
「オレの飯がない」
父は早々に帰宅して私と一緒に夕飯を食べたが、兄がまだ部活で帰宅しておらず夕飯を食べていないことには思い当たらなかったのか、父が兄と母の分まで食べてしまった。
別の日、父が先に夕飯のビーフシチューの大鍋に手をつけた日のこと。塾から帰宅した妹がビーフシチューを温めたら、ビーフシチューの肉がほとんどない。父を問い詰めると、「そんなつもりはなかった」と。
野菜炒めの肉だけを全て食べるとか、食べ盛りの子どもたちに負けじと物凄い勢いで大皿からおかずを持っていくとか、他にもまあ色々あった。
母はある日は子どもに謝り、ある日は閉店直前のスーパーに駆け込み、またある日は冷蔵庫のストックから追加でおかずを作った。時々、母は聞くに堪えない汚い言葉を発していた。
ネットでも見たが、食べ物を1人分に分ける、食べ物に名前を書くのはうちでもやった。あとは、大皿料理は2つに分けて、1皿は父専用、もう1皿は父以外の家族が分け合って食べるシステムになった。あとは父のモラルの問題だと思うが、そこは子どもが精神的に父より大人になったり子ども自身が料理を覚えて解決した。
ネットでは食い尽くし系は治療を受けるべきという意見を多く見た。当時は私も子どもだったし、治療なんて思いもよらなかった。でもうちの場合、食い尽くしをしているのはモラハラアル中で気に入らないことがあると大暴れをする成人男性だ。家族全員から軽蔑されているのに、本人は家族の頂点に立っていると思い込んでいる。もしあの時父に支援を切り出したとして、治療にたどり着くまでに家族がどれほど傷つけられただろう。
食い尽くす親は子どもを軽く見ているか、馬鹿にしているか、子どもに関心がないのか。いまさら本人に確認する気もないので分からないけれど、私から見た父は子どもの空腹に関心が無く、子どもは肉を食べなくても野菜で腹を満たしていれば良いような存在だったのだろう。そうでなければあの行為の説明がつかない。
また、父は母の家事労働をなぜだか下に見ていた。労働時間は母の方が長く、給料ももしかしたらダブルワークの母の方が高かったかもしれない。母が短い時間をやりくりして家事育児仕事をこなしていたが、そのことに感謝も関心もないから、自分が夕飯を全部食べた後、子どもが空腹を訴えても動じず酒を飲んでいたんだろう。
子どもは馬鹿じゃないし、家族は奴隷ではない。食い尽くしをする親は尊敬されないどころか、成人した子どもから必要最低限の連絡しか来なくなるよ。結婚式でお決まりの両親への手紙を書こうとした娘から「父に何を感謝すれば良いのか」と思われたくないなら、子どもの食事を食い尽くすのはやめるべきだと私は思う。
10cmx10cmx5cm位の結構小さめのジップロックのコンテナー(タッパー)1個の弁当なんだけど、
ご飯の上に野菜炒めか何かが乗っかってるんだけど、毎日変代わり映えしないんだよね。
で、それが蓋でぎゅっと押されてて、見栄えも何もないの。
もしかしたら、何種類かのおかずが入ってるかもしれないんだけど、そこはよく見えないから分からない。
昼のチャイムが鳴るとダッシュで冷蔵庫から電子レンジに投入して、
誰よりも先に喰い始めて、誰よりも先に喰い終わるの。
可笑しー。
玉ねぎが嫌いだ。
嫌いというより食べられない。固形の玉ねぎを食べると吐いてしまう(理由は割愛する)
存在が見えないならなんとかなる。
外食すると、予想外のものに玉ねぎが入っていたりして困惑するのである意味ギャンブルになっている。
店員に聞けばいい、と言うかもしれないが、高確率で嘘をつかれる、というかわかってないケースもある。
入ってないです、と言われたので注文する。
入っている。
THE END。
抜いてくれ、といって了承されても実際に出てくるものには入っていたりする。
レシートには「玉ねぎ抜き」と書いてあったりするのに。どういうことだ。幻かこれは。
また、玉ねぎが入っていなかったから安心して頼んでいたメニューが、ある時突然リニューアルで入り込むこともある。
どうすればいいんだ。
一番イラッとするのは、玉ねぎが食べられない、って話をすると好き嫌いはよくない等といわれる。
じゃあ、君は何でも食べられるの?例えばパクチーは?って返すと
「パクチーは食べられない」
等とわけのわからないことを言われる。
好き嫌いはよくないんじゃなかったのか。
外食で注文してパクチーが入っていないと想定するものに突然入っていたらどうする。抜いてくれといったものに無視してまぜこんであったらどうする?
そういうことだよ。
違うな。
男性は女性と同様の家事育児はそもそも身体的特徴からいってできないと解釈してもらいたい。
男性は家事育児に参加しなくても良いと言っているように感じたのならば、男性によるステレオタイプな家事育児法をイメージしてみたら良いだろう。
つまり子供と遊ぶ時に高い高いや振り回したりするアグレッシブな遊び、身体の使い方を教えること、怪我をしないための衣服の使い方、暴力からの身の守り方などだな。
もっと単純に考えても良いかも知れない。
子供から「お父さんみたいにブンブン振り回して」と言われたら困ってしまう世のお母さんは多いだろう。どう考えてもお父さんのように何度もそんなこと続けられない。
出来ること、向いていることは男女ならなどうしてもある。
男社会はそもそも女社会で行われていた家事育児法を想定していないんだ。
男社会が持つのは男社会で行われていた家事育児法だ。
まぁその多くが新兵訓練みたいなものになってしまうがな。