はてなキーワード: 島耕作とは
マンガBANGとかマガポケとかをダウンロードしてから、チケット無料化してる昔の漫画をぽちぽち読むことが増えてきたら、面白いのなんの。
カイジ、島耕作、バキ、ジパング、イニシャルD… 有名だけど昔の漫画だと思ってタイトルしか知らなかったが、面白さに衝撃を受けた。
お約束みたいなやり取りがなくてグイグイストーリーが進むし(連載が長期化するとダレるけど)、キャラクターは○属性みたいなテンプレじゃなくてイキイキとしてるし、今ののっぺりした小綺麗な絵とは違ってその漫画家自身の個性を持った絵で魅力的だし。
有名なだけの理由はあるんだなと納得したよ。
横浜ゴム社長59歳“沖縄パパ活”写真 「26歳大学院生」にフェンディ、ディオール100万円
2022/05/10
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沖縄県那覇市にある日本最大級の免税ショップ「Tギャラリア沖縄」。130を超えるブランドショップが軒を連ねるモールに一際目を引く美女が現れたのは、4月16日午前11時過ぎのことだった。
隣を歩くのはコロナ対策用のKN95マスクを装着したポロシャツ姿の初老男性。女優・石原さとみ似の女性は度々、甘えたような声色で男性に擦り寄って――。
「ここホントいいよねー」
女性が弾んだ声で言うと、
男性は目尻を下げてそう応じる。ディオール、フェンディ、ヴィトン、プラダ……ブランドショップを巡るにつれ、次第に女性の瞳は輝きを増していく。
そんな様を愛おしそうに眺め、何の躊躇いもなく財布からクレジットカードを取り出す男性。その正体は、女優・深田恭子のCMで知られる「横浜ゴム」社長・山石昌孝氏(59)である。
島耕作で見た
正直、理系からみると文系ってジェネラリストで人当たりのよいコミュ充として社会の潤滑油になってくれてないとおかしいよなとは思うんだ
いわゆる感情労働ってやつ
文系男性と高卒女性はおそらく技術力よりも目に見えにくいせいで感情労働スキルを買いたたかれてるんだろうけど、
定量化してとらえられずぼんやりと「自分にも才能があればな」と思うだけだし、ひどいと体を売ればコミュ充になれるとおもってそう
じゃあもう生ポ受けて子供をまともな人間(含:理系)に育てるという最大の感情労働に専念すりゃいいのにな
なぜなら理系の素養が子供にあっても感情労働しか労働を知らない文系親は子供の適応性を早いうちに英語スクールとかで使いつぶそうとするから
文系発信者としてのスキルも新聞記者くらいの事実レポート力がみがかれてればものになるんだろうけど新聞自体オワコンだし
知性終わってる
言論や表現の自由も「右派のもの」になってしまった。30年前には左派が標榜していたようなものがどんどん右派のものになっていく。
渡邊先生も時々ダメなことを言う。左派は現在でも表現の自由の断固たる味方で全く変わりはない。
性的表現が表現の自由を意味していた(正確にはそのように錯覚させていた)のは、「貞節」の規範がそれなりに強く、そうした表現が露出する場所がごく限られていた30年前までの話。男性側も、そうした性的表現を素直に喜ぶより「けしからん」と言っていた人間が多かった時代。「島耕作」「ゴルゴ」などのマッチョな漫画ですら、セックスについては女性から積極的・主体的にアプローチするという描写になっていた。
現在は「貞節」規範は消滅し、ネット上で性的なコンテンツは膨大に溢れており、性的表現が自由を意味する時代はすでに終わっている。逆に、男性の女性に対する性的な視線が、女性の主体的な発言を表現を抑制するような時代になっている。「たわわ」は男性の性的欲望そのものの漫画で、女性の主体性は表現されていない。表現の自由がこれまで通りだったら、男性マジョリティの表現の自由でしかない。だから、真の表現の自由を実現しようとすれば、公共的な場面における性的な表現には一定の規制が必要になる。これが現在の左派の立場だ。
憲法に拠って「たわわ」を擁護する学者や弁護士も、形式的な表現の自由に居直るばかりで、その限りでは正論も含まれているが、実質的な表現の自由についてはほとんど無関心である。たとえば男性が多数の会議で、その中心にいる男性が下ネタ混じりで爆笑を誘いながら持論を展開している時に、そこに女性が割って入って主張することは事実上困難であり、言論の自由は奪われている。表現の自由戦士たちは、下ネタ混じりの発言も「言論の自由」であり、女性も発言の機会は十分に与えられている、と開き直るのだろうが。
興味深く読ませてもらった。 https://anond.hatelabo.jp/20220426
私は当該のTwitterスペースはほぼずっと聞いていた。
まず、この騒動は表現の自由の話ではない。表自界隈は回れ右。今回の件は要約すると以下である。
まず謝罪文 https://docs.google.com/document/d/1aXnVgq-yH1idOFUILt7dRNJlm33raLC_TVq2zKCCbgo/edit の中で書いてあるように
それは胸の大きな女性の主体的で自主的な自己表現が尊重され、尊重するべきだからです。その考えは、これまでもこれからも変わりございません。
という一点に付いて何の偽りもなく、 最初から最後まで同じ態度を貫いていた。ただしその「女性」に付いては実在する女性の話をしており、絵に描かれた実在しない女性は主体も何も無いので黒澤さんは強い意見を持たなかった。
スペース内では黒澤さんは繰り返し「日経新聞ではゴルゴ13や島耕作も広告を載せているが、日経は殺人や不倫を推奨してはいないし、空想の中の話なのでファンタジーで構わない」という趣旨の発言をしていた。
その文脈の中で「空想の中の話で未成年に性的な眼差しを向ける事だって殺人や不倫と同様にファンタジー」という流れで未成年を性的な対象とする風潮についてコメントしていた。
わかりやすく言うと「他人の内心の話なんだから咎めるのは無理筋じゃない?」という意味で、言い換えれば「デューク東郷による暗殺劇を楽しむのは犯罪ですか?」と同じ温度感で「未成年を性的に見て悪いんですか?」と言っていたのだが、最後の部分だけが切り取られてあたかも「児童ポルノを奨励している」とされていたのは明らかな誤解や悪意を感じる。
黒澤さんは実在する未成年が望まない性的な眼差しを向けられる事に対しては明確に反対している立場だが、絵のように実在しない存在や、そもそも本人が望んで性的な眼差しを受けたくて見せたくて見せている事例に対しては「女性の主体的で自主的な自己表現の尊重」と矛盾しないため反対していない。
また、ビジネス感覚も備えているので、未成年のグラビアが表紙になっている雑誌などをわざわざ叩きにいくような事もしていない。
何なら巨乳を肯定的に捉える一部の媒体に対してはtwitterでフォローすらしているようである https://twitter.com/___mumumm/status/1517769922411376640
HEART CLOSETは胸の大きな女性向けの服を扱っているブランドで、買って着た顧客が自身の写真をアップロードして交流するコミュニティがあったというのは元増田にもある。
当然胸の大きい女性の写真が出てくるので喜ぶ男性がいるのは想像に難くないが、それらの写真などに対して男性が性的な声掛けをするのを黒澤さんは「女性の主体的で自主的な自己表現の尊重」に基づき明白に反対している。
そうして「モデルに対して性的な眼差しを向けないでください(これはそういう意図の写真ではありません)」と主張したことが、ハートクローゼットの一部の顧客に曲解されて「黒澤は男性からあらゆる物に向けられる性的な眼差しや内心を絶対許さない人だ」という事になった。
ハートクローゼットの服に対して残念だと言っているツイートをいくつも読んだが「これまでのハートクローゼットの服は黒澤代表が男性の性的な眼差しを糾弾してくれたから安心して着れたのに、黒澤が方針転換してしまったので汚物になってしまった二度と着ることはできない」という趣旨の物が主流であった。つまり黒澤さんに対する豪快な誤解が根底にある。
そもそもであるが人類の歴史の中で性的な眼差しを向けられないよう配慮して設計された服はいくつもあるし(メイド服、修道服、セーラー服、ブルカetc)その全てが結局性的な眼差しを向けられるに至ったわけで、服自体に対して性的な眼差しへの防護を期待するのは筋悪であるし、ましてやブランドイメージのお陰で性的な眼差しを防げるはずもない。
黒澤さんは男性がユーザーの写真を見ること自体に対しては禁止せず(というかできず)黙っている限りにおいては黙認していたようである。
試着者の写真もブランドイメージの醸成と宣伝に役立てていく戦略の一部のようなので鍵付きのクローズドなコミュニティでやるわけには行かず、ブランドの知名度が上がれば勝手に写真も拡散していき男性の目も増える一方で、顧客は男性の目が向かなくなる魔法の服を所望している矛盾があったので遅かれ早かれ破綻する戦略だったといえばそうかも知れない。
ハートクローゼットを叩いているアカウントの主張と黒澤さんの主張を並べると、黒澤さんは所謂正統派のフェミニストで女性の権利と尊厳を推進する立場として正しい活動をしている一方で、叩いている人達はオタクが喜ぶ内心を良しとしない「内心の自由反対派」であることが浮き彫りになる。
スペースで顧客の女性が泣きながら訴えていたのは「黒澤さんは一緒にオタクの内心の自由を制限する同志だと思っていたのに裏切られた」という要旨であり、黒澤さんは「フェミニスト」であって「内心の自由反対派」ではないので衝突が発生してしまった。
「解釈違い」と言っても良いし「推しの声優が処女じゃなかった」とキレてるオタクとレベル感は同じである。
他人の内心を制限したいという実現不能な願望を勝手にハートクローゼットに押し付けていたのはそういう一部の身勝手な顧客であって、それらの要望に合う服はoverEだろうが何だろうが今の地球に存在しない。男性の性的な眼差しを恨む気持ちはわかるがその恨みを特定の個人やブランドにぶつけるのは明らかな間違いである。
性的な眼差し全般を禁じたいのであれば、他人の内心を制御したいという時点で日本を含む大抵の国の憲法や法律とは相容れないので出ていって貰うほか無い。
さて今回の件、あなたは「フェミニスト」の味方ですか?「内心の自由反対派」の味方ですか?
追記:da099db98ca9da58133e9acf176766e9