はてなキーワード: 感情論とは
今日の事はどこかに書き記して、そして忘れたかったから、この日記帳に記して捨てるつもりだ。
昨日、初めて限界を超えて酒を飲んでいた。
自分は酒を好む性格ではなく、ましてや日常的に飲むことはない。
3%の酒くらいが関の山で、それでも2,3本飲めば終わりしておく。
その原因はもっと単純で、計画中の旅行の代金をもっと安くできたはずなのに、それを選ばなかった事を後悔したこと。
そして、その後悔を覆すためのキャンセルができないと知ったことだった。
しようと思えばもっとできるのかもしれないが、そうしたならば折角の休学中の身分を活かしきれないと思っている。
それに何より、休学後、つまりは来年度の内定先の月収を超えてしまうのは、何となく、来年度からの仕事に身が入らなさそうで嫌だったのだ。
そんな我が儘による月10万程度の稼ぎ。
それを優に超える出費というのは、慎重に選ばなければいけなかった。
それなのに、キャンセル不可。ついでに変更不可。
もっと安くする手段があったはずなのに、慣れていないという理由から友人に全てを任せてしまって、いろいろと決められた時には手遅れだった。
数万単位の金は戻ってこない。やり場のない感情だったから、愚痴を言うほかは無かった。
私は母に対し、愚痴を言った。
母がよくそうするように。
私はもう解決しないことを愚痴って、気持ちの整理を付けようとしたのかもしれない。
もっと働いて金稼げとか、過ぎた事なんだからしょうがない、とか、そんなありきたりの回答は欲しくなかった。
しかし、愚痴を聞いた母の回答は私の予想以上のものではなかった。
もっと働いて金稼げとか、過ぎた事なんだからしょうがない、とか、そんなありきたりの回答をくれた。
私はその回答を予想していた。母はその通りに答えた。だから最初から、濃いめの酒を私は準備していたのだろう。
それでは足りなかった。
いつもは母が愚痴を言う方で、それが逆転した希少な状況。
そして、私の愚痴の原因は、数万円程度の失敗。取り返そうと思えば、いつでも取り返せる額だ。
だから、私を面白おかしくいじろうとする意図が見て取れた。例えそうでなくとも、私はそう感じた。
私はすぐに酒を飲み干し、買い物に行くと言って外に飛び出した。
そして、コンビニで濃いめの酒を数本買った。
外は幸いにも涼しく、天気が良かった。
日はすっかり沈んでいて辺りは暗く、住宅街を抜けた先の河川敷に移動してしまえば、辺りの暗さは一層に増している。
つまらなかった。
すぐに酔いは回らない。酔いが回っても楽しくもない。自分を責める声だけが、自分の口から漏れ出していく。
だけれど、その大小を決めるのは私である。
途中で何人もの人々とすれ違ったはずだ。
自転車のヘッドライト、ペットの光る首輪、ランニングする人々。
誰も私を気に留めない。
発狂した。
だから、いろいろ上手くいったこともあるし、だからこそ、上手くいかなったこともある。
休学の理由もそうだ。
研究室という閉鎖空間において、パワハラ気質の教授という最悪な人間にあたってしまったが、それでも魅力的な研究をしていると思っていたから、ついていこうと頑張ってきた。
だが、そんなもので人を見るべきではなかった。
研究という科学的なプロセスにおいても、科学的事実よりも人格という感情論を優先して上に立つ者を選ぶべきだったのである。
幸いにも私は、その環境を脱し、色々な苦労を経て、就職先とバイト先を見つけることができた。
ただ、私の性格というものは、どうにも変わり切れていなかった。
今は実家に戻っていて、いわば、居候のような状況で、居心地が良いとは言い難い。
だから度々、客観的には帰りの遅くなる母を思いやって、主観的には居心地の悪さを緩和するために、そして、小言を言われないように、家事を手伝った。
そして、度々、私は母の愚痴を聞いてやるのだった。
さて、発狂した私の話に戻そう。
私は発狂のあと、酷くなる頭痛を治めるために水を買いにコンビニに行った。
水のペットボトル、酒の缶。
それを買って、再び、河川敷に戻る。
空を仰ぎ、水を飲む。頭痛はずっと続き、私を苦しめる。
自分が何もかもの原因で、自分のせいであり、自分が悪いんだと、私は自覚した。
その時、自転車が通り過ぎた。
座り込んでいる私に一瞥もくれずに。
私は買って来た酒の缶を地面に叩きつけた。
噴水みたいに酒があふれ出す。
私の心の中のように。
気が付けば時刻は夜11時を回っていた。
私のスマートフォンは、何の通知も受け取っていなかった。
膨大な数のラインを母に送った覚えはある。それを受けてから、掛かってきた母の電話に出る気は無かった。
これからの私も、これまでの私も、今の私も、他人の事を思いやるくらいはできると思っていた。
傲慢だったらしい。
帰ってみれば、母は寝る準備を済ませていた。
私は一言だけ、たぶん「ただいま」とかいう当たり障りのない言葉を取りあえず投げつけて、ベットの上で、床で、風呂で、眠れない時間を過ごした。
一度だけ、母が目を覚ましていたような気がするが、あれは気のせいだったということにしておく。
そして、朝日が昇った。
私はまだ痛む頭を抱えながら、外に出た。
清々しい朝だった。
私の気分も晴れ晴れとしていた。
心の枷が外れたような気がした。
そのことに気づいただけでも、十分だった。
思いやりは、最小限で十分だと気が付けた。
今回みたいな大事でなくても
好きなタレントが明らかに悪いような案件ですら被害者ポジションから物事語るよな。なんなんだ。
逆境に負けないって事務所の対応が後手後手な上に感情論で逃げたからこうなってるんだろうが。
ジャニーさんが好きなのもジャニーさんが好きなタレントが好きなのもわかる。わかるからこそジャニーさんの功績を認めつつ反省するしかないと思うのだが、ジャニーさんの正の遺産を甘受し続けてる事務所はジャニーさん1人のせいにして逃げ切ろうとしているし、さらにこの問題を"ファンとタレントの絆"として乗り越える気でいるのにファンが怒らないでどうするんだよ。
そしてデビューしてる子はそのような被害に遭ってないと明言してなんになるんだよ。暗に被害者を下に見てるから言えるんだろ。
(自分は人を選んでやってたと思うのでその点は事実だとは思うが、事実だとしても今言うことじゃないだろ)
本来盾になるはずの事務所は盾にすらならず、あんたらが好きなタレントを盾にして逃げ切るつもりなんだぞ。
そもそもなんで罪もないタレントが急に社長に就任して記者会見してるんだ。
性加害はセンシティブ過ぎて信じられないとしても、
ジャニーズが同業種に対して潰すような真似をしてきたことはTVをみてたら分かるはずだし、
やむを得ない事情で退社したタレントを干していたのもわかるはずなのに、いまのタレントは努力してきて、実力でメディアに出てるっていうのは答えにすらなってない。
なんなら最近やっと緩和されてきただけなのに前からそうだったかのように振る舞っているのも調子が良すぎる。
自担が事務所を辞めるのは仕方ないけど自担が事務所を裏切るような子じゃないから…といった意見も見かけるけど、芸能事務所を辞める辞めないの話で裏切る裏切らないという観点が出てくる時点で、
ジャニーズ特有の"下駄"があることを認めてるようなものなのに、なんでそこを丸っと無視してるんだ。
好きなタレントが活躍してるのは個人の努力と実力だからじゃないんか。努力と実力は事務所辞めたら無くなるんか。
CMの契約解除も、タレントは悪くなくても責任をタレントとファンに擦り付ける企業と付き合いたくはないと思うのも企業の選択として当たり前だと思う。
そこも「利用するだけしてポイ捨てするなんて…」「もう買いません!」とCM起用側に言うのは筋が通ってなさすぎる。言うならジャニーズ事務所に言えよ。
いい加減目を覚ませ。
支持を集めているのは地名に由来するなどルーツをもつ表記をアルファベットであろうと独占するなってこと。
これって地名由来の商品を作ったらネーミングに権利を主張せず好き勝手されろって言ってるんだよね?社会人としてすげーって思うよ。
地名なんて一般的なもんを商品名に使うなって論調ならわかるのよ。両者とも地名由来使ってるんだから両者とも叩いてる。でもなぜか今回はラーメン屋だけめっちゃたたかれてる。
知ってか知らずか後から被せた酒造の肩を持って変な主張が大人気。
これ、ラーメン屋が存在せずAFURI酒を売りまくって、後年雨後のたけのこみたいにAFURIの名前を被せた酒や商品を乱造されたら酒造は被害者面するよね。んではてブは酒造の味方する?商標とってないのが悪いなんて叩かない?本当に?そんな良い人たちには思えないけど。
実際のところ既にある商標が有効かどうかは裁判とか専門家待ちだけどさ。名前が悪いっつーなら両者とも名前変えろって叩くほうがいいんじゃね。それか両者とも何されても黙ってろ。な。
なーんか先願とかおいといてネーミングの経緯にそんな違いがなさそうなラーメン屋だけ悪者なのはわからんわ。どういう理由なんだろうな。
まあいろいろな理由があるだろうし万が一ラーメン屋が勝っても「でも印象は悪くなった」とか感情論で逃げるんだろうな。そーゆーのわかっちゃう。
托卵をした場合
男性:本来よりも優れた遺伝子を持った子供を我が子として育てることができる。得意分野である金稼ぎを最も意義深い形で行える。
女性:本質的に優れた男性に抱かれ、その子を設けることが出来る。自分の気持ちに嘘をつく必要がない。
子供:本来であれば得られなかった優れた遺伝子を持って生まれることが出来る。
と全方位ヨシな結果が得られる。
男性は己の行いで勝手に不幸になり、女性と子供は経済的・精神的に被害を被る。
「男性は論理性が欠如していて衝動的であり、長期的な自他の幸福よりも目先の感情でしか物が考えられないから」
なのである。
さて、托卵を行うことで僕がこんなに傷つくんだぁ!という幼稚な叫び声の裏側に、
托卵が行われなかったことによって発生した不幸(チー牛の再生産や少子化)がどれだけあるだろう
托卵をした場合
男性:本来よりも優れた遺伝子を持った子供を我が子として育てることができる。得意分野である金稼ぎを最も意義深い形で行える。
女性:本質的に優れた男性に抱かれ、その子を設けることが出来る。自分の気持ちに嘘をつく必要がない。
子供:本来であれば得られなかった優れた遺伝子を持って生まれることが出来る。
と全方位ヨシな結果が得られる。
男性は己の行いで勝手に不幸になり、女性と子供は経済的・精神的に被害を被る。
「男性は論理性が欠如していて衝動的であり、長期的な自他の幸福よりも目先の感情でしか物が考えられないから」
なのである。
さて、托卵を行うことで僕がこんなに傷つくんだぁ!という幼稚な叫び声の裏側に、
托卵が行われなかったことによって発生した不幸(チー牛の再生産や少子化)がどれだけあるだろう
托卵をした場合
男性:本来よりも優れた遺伝子を持った子供を我が子として育てることができる。得意分野である金稼ぎを最も意義深い形で行える。
女性:本質的に優れた男性に抱かれ、その子を設けることが出来る。自分の気持ちに嘘をつく必要がない。
子供:本来であれば得られなかった優れた遺伝子を持って生まれることが出来る。
と全方位ヨシな結果が得られる。
男性は己の行いで勝手に不幸になり、女性と子供は経済的・精神的に被害を被る。
「男性は論理性が欠如していて衝動的であり、長期的な自他の幸福よりも目先の感情でしか物が考えられないから」
なのである。
さて、托卵を行うことで僕がこんなに傷つくんだぁ!という幼稚な叫び声の裏側に、
托卵が行われなかったことによって発生した不幸(チー牛の再生産や少子化)がどれだけあるだろう
今更AIのアレの流れ見てると何で日本のネット民って疑われた側に無罪を証明させようと支店の?
証拠といわれるものも全く合理的疑いを超えきれてないようなものばかりだし、反証が出てきた途端感情論に走り出して合理的からほど遠い
議論ができないってのはマジなんだな
うちも本籍の住所でさんざん揉めたわ
私の実家にするのが一番合理的(夫が転勤族なので現住所は避けたい、私の父母は健康で若いため各書類の代理取得ややり取りがより長年容易にできる、現住所からの距離が断然近い)
と夫が判断して夫実家に相談したら、義母がキレ散らかして縁切り宣言までされた
夫がどんなに説明しても全く理解されず全て感情論で返され、結局こちらが譲歩して現住所になった
追記含めて読んだ
これが
・似た者同士の親子だから
社会通念ってものは増田が考えるよりずっとずっと根深いものなんだよ
「♪下らない常識など〜つぶせると思ってた」って古い歌にもあったり
「第二夫人を連れてきたよ」
「おまえ子供は育てられるのか」
「やだなぁ第二夫人はセックス用の契約。自分の子供だって完璧に育つ保証なんかないんだから飯食わせて適当に公立にぶち込めばいいんだよ」
「自分の子供をなんだと思ってるんだ、そんな大人にするために俺はお前を有名私立に入れたわけじゃない!」
「全く頭が古い前時代的なんだから……時代は変わったんだよ。彼女も彼女の親も了承してるんだから何も困らないし誰の迷惑でもないだろう?」
「迷惑をかけなければ何をやってもいいわけじゃないぞ!最低タワマンに住まないと負け組になるぞ!」
「全く話し合いにもならない感情論だな、支配しか出来ない毒親に育てられて不幸極まりない。いつも多様性を尊重とかいうくせに第二夫人ごとき認められなくて古い家父長制を引きずる老害に他ならない、と。増田に書いてやろう」
「どっちでもいい」と言いつつ夫の姓にする意見は認めないとは。
私は30手前の男で、弟がいる長男です。結婚の報告とともに、妻の姓にすることを伝えたら、散々な話し合いの末、父にはお前は親の気持ちもわからない幼稚な人間だ、”変”な人間だと散々罵られ、母には自分の息子でなくなる気がして悲しいと泣かれました。
皆さんならどうするか、ご意見を聞かせてください。
〈私の考えてきたこと〉
結婚した妻が夫の姓を名乗るのには「嫁入り」といった考え方が根底にあり、実際に妻が過ごした旧家を出て、夫の家に嫁ぐという、女性が実態として夫家に従属することを姓を持って表してきました
これから夫婦になる私たちは、お互いに実家を離れて東京で過ごし、それぞれ仕事をしています。結婚しても仕事上の名前は変えず働くつもりです。嫁入りも婿入りもしない、という考え方です。今はまだ実現していませんが、選択的夫婦別姓が認められていれば検討したかもしれません。
ただし、これから生まれるかもしれない子供のことも考えると、結婚してどちらかを代表者とした戸籍を作り、どちらかが戸籍上の名前を旧姓とする必要があります。
それは、旧家を去るということでもなく、相手の家に属するということでもありません。ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけです。
どちらにするかを決めるにあたっては、様々な要素によって、ベターな選択をすべきと考えます。例えば一方が国家資格などを持っていれば、変更の手間が増えますし、親から土地や会社を継ぐ場合、同じ苗字であるメリットはありそうです。
ですが、私たちにはその要素がほとんどありませんでした。お互いに、本当にどっちでも良いねとなりました。
しかしここで、「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。※追記①
また逆に、あえて多数派に反抗して妻の姓を名乗ろう!というようなアンチテーゼを主張したいわけでもありません。ただ、どっちでも良かったんです。
結果、私たちはじゃんけんで勝った方の姓にしようとなり、妻の姓にすることになりました。じゃんけんというと軽慮浅謀に聞こえるかもしれませんが、私たちの中では、ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけだったんです。くじ引きでも、あみだくじでも、なんでもよかったと考えています。
〈妻側の意見〉
彼女は、結婚しても今の姓を名乗り続けたいものの、通例的に夫姓にすることにもさほど抵抗はなく、どちらでも良いと言ってくれています。
彼女のご両親も、当然娘は夫姓になるものと考えていたが、妻姓のままでいてくれるならそれはそれで問題ない。私のご両親がいいならいいとのことでした。
〈私の家族の反応〉
上記の説明を両親にした上で、納得してもらおうと何時間も話し合いましたが、冒頭の結果となりました。
人格を否定するようなことも言われました。親の意見を聞けないのは人としておかしい、妻の姓にするなんて変な人間だ、お前は洗脳されてる、と。
※追記③
そんな罵詈雑言を除いて父の主張をまとめると
①客観的には、今の名前(夫姓)のままでいるべき理由はない。が、心情的に受け入れられない。
②希望としては、夫姓を継いで、これからも名前(夫姓)を子孫代々発展させて欲しい。生まれてくる孫は自分と同じ夫姓であって欲しい。
③妻姓になるということは、ウチを出るという考え方しかできない。
④ これまで一家を背負ってもらいたい気持ちで育ててきたのに、裏切られた気持ちになった。
といったものです。
①について、私が姓を変えるべきでない客観的理由が出てくれば、考え直す必要があると伝えましたが、父もまた実家を出ていて、継ぐべき土地や家業はないため、それは特にないということで合意しました。ただただ、受け入れられないそうです。
②について、私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。※追記②
③④については、家族の繋がりはどちらの姓になろうと変わらないよ。と何度も伝えましたが、理解を示しませんでした。例として挙げた話をすると、私の母は戸籍上父の姓になりましたが、我が家は毎月のように妻姓の集まりに出席していて、姓が変わることで家族の繋がりが失われるわけではないことは身を持ってわかっているはずです。ただそれが男に逆転すると理解できないそうです。
ちなみに他の家族ですが、弟は私と同じ考えを持っていて、姓がどっちだろうが何にも変わらないよね?というスタンスでした。
母は話を納得してくれた上で、夫の姓にこだわらない夫婦がいるのはわかるけど、心の準備ができていないので、貴方には夫姓でいて欲しいとしか思えないという主張でした。3回勝負ってことでもう一回じゃんけんしたら?って言われました。ナイスアイデアですね。
父の話は感情論ばかりで、言っていることはわかるけど俺の想いとは反する、というばかりでした。当然父の想いは尊重したいですが、それが男尊女卑的な思想、実態に合わないイエ制度的な考え方を前提にしている以上、それを次世代に持ち込ませないのが私のやるべきことだとすら思えました。
双方折れずで議論は平行線のまま終わりました。仕事のため東京へ戻る新幹線の車中で、これを書いています。
〈今私が考えていること〉
普通に考えれば、彼女のご両親のご意向に沿っても、私の親が反対している以上、じゃんけんで仮に決めた妻姓ではなく、夫姓とするのが「人間らしい」選択なのかもしれません
ただそれは、全く私の話を聞き入れず、ただ自分の想いを押し付けた親を認めるということになり、その点に関して納得いかない自分がいます。
夫姓にすることは、彼女に改姓させるのが申し訳ない程度の問題で、私の親も希望通りの大団円のように見えますが、姓への考え方は私たち夫婦+弟と両親で全く異なったままだと思います。
これから結婚するかもしれない弟や、できるかもしれない私たちの子が同じことを相談した時、また同じように踏みにじられるんじゃないかと思えてきます。
親の願望として、差別的・前時代的思想だと思いながら素直に聞き入れてあげるか、時間をかけて説明し切ることを考えるべきか、悩んでいます。
もしかしたら、時間が経って親が自分たちで色々と考える中で、私の考えを理解してくれる可能性もあるんじゃないかと期待する自分もいます。
皆さんなら、どうしますか?
私の考えは偏った、ヤバい、変な考えなんでしょうか?
親を悲しませないために差別的思考を受け入れることはやむを得ないと感じますか?
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいた皆様には格別の感謝を贈りたいと思います。ありがとうございました。
追記①
「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。
↑
この書き方は雑でした。女性の友人、知人の中には、結婚で姓の変更を強いられることに苦痛を感じると話している方も多く、男の私が女性に姓を変えさせることを当たり前に思ってはいけないと学生の頃から考えていました。思想が間違っているから、あってはならないと言っているのではなく、特定の性別に生まれたことが原因で苦しむ人が少しでも減るべきと考えているところがこの発言の意図です。
追記②
私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。
↑
あまり本題とは関係ないので、あまり言及しない方がいいかもしれませんが、補足です。
私たちはまだ子供の予定はないと話していて、その上で父が(授かれるかもわからない)孫の姓が自分と同じ姓じゃないのはショックだと話していたのを見て、孫の顔が早く見たいと妻に迫る毒親と同じ不快感を感じました。セクハラというより、マゴハラ?産めハラ?
ちなみに父は、孫が妻姓だった時に夫姓の時と同じように接せるかわからない。内孫と外孫は違う。と話していました。自分がここで親を立てて夫姓に従った場合、将来授かれるかもしれない子にも影響が及ぶんじゃないかと怖くなりました。勝手な被害妄想かもしれませんが。
追記③
説明が足りていませんでしたが、父は私がジェンダー論や男女平等的思想の洗脳を受けていると思ったそうです。私の主張は、人から見聞きしたことのほかに、大学で学んだジェンダー論にも基づいていることを話しました。大学進学を後押ししてくれたのは父なので、父としてもそういう視点がある方が受け入れやすいかなと思っての行動でしたが、無駄でした。