はてなキーワード: ミソジニストとは
https://twitter.com/kondohi/status/1650115048348725249?cxt=HHwWgsDR9Zm5seYtAAAA
僕は繰り返し言ってますが、去年の12月の時点で暇空をフォローしたり賛同していたことを責める気はまったくないんですよ。あのときは状況が不明だったし。
でもあの酷い暇空のハッタリがばれた年明けで手を引けなかったのなら、まあダメですわ。
そもそもこの一連の事件は『タコ部屋』『生活保護ビジネス』などの暇空のデマから始まっている。
ひろじは認識が捻じ曲がっている。
本当に救いようのないやつ。
おめーもファイレクシアの怪物の一員だよ。さしずめ疫病吐きといったところか。
反差別を自認する人たちはこんなやつとへらへら付き合うなよ。
たとえば萌え系が公共に蔓延る事は変態男のキモイ擁護や犯罪予告によって段々と憚られてきたけど
「萌え系が悪いのではなくて、変態男共が悪いんだよ~」と冷静に分析してた方々が
たとえばミソジニストが言い訳のように「男は本能で誰かをレイプしたい生き物だから仕方ない」と言った事に対して
「それは環境のせいだから本能ではないし、そう思い込んでる変態のお前が悪い」と冷静に分析していた方々が
同じ口で、ジェンダーレストイレ内で行われた変態男の行為を、何故かトランス活動家やトランスジェンダー当事者の責任にしていくのが悲しい
TRAや当事者ではなく変態野郎共のせいだって冷静に分析しないのは何でだろう
ミサンドリーはミソジニーに対するカウンターとして反差別内で通用していただけで
ミソジニストへのカウンターじゃなくてトランスジェンダーへの憎悪に利用しちゃったらもう差別なんだよ
あと障害者は何をするかわからないから去勢するべきって声もあるようだし
それを一つでも挙げてみろってんだよミソジニスト
ネットの評判を鵜呑みにして某大人気映画を見に行ったら趣味が合わなくてたいへんひどい目にあった、インターネット上で無責任におすすめしてきた奴らふざけんな、という旨の note が大バズりしてますね。
記事に対するネットの反応の大半は呆れとか嘲笑とかもっとシンプルに罵倒とか、まあおおむね炎上と言って良い様相のようです。
ただこれ、単純に繊細なバカがバカなこと言ってるからバカにしてやろう、で済むような話とも思えないんですよね。
当該 note での著者の主張の核は要するに、「私が傷ついたのはネットで当該映画の宣伝をしてたお前らの責任だ」というものです(以下、当該 note から一部抜粋)。
そういう方に聞きたいのですが、こういう、RRRを観るべきでない人間が避けられるような形での宣伝をしましたか。
...
「全人類観るべき」「とりあえず騙されたと思って観に行ってくれ」みたいなことをツイートしたあなたに対して私は怒っています。
「いや別に映画見るように強要されたわけでもなくて、最終的に映画見る判断したのはあなたじゃん…」とか、「いや合わない映画だと判断したらその時点で退出すればよくない…?」などなど、映画をおすすめしてきた人に責任負わそうとするのは無理筋だろとツッコミたくなる気持ちはわかるし実際そういうツッコミをしてる人がインターネット上にも散見されるんですが、ちょっと待ってください、最近似たような論争がはてなで盛り上がってませんでしたっけ。
そうです、皆さん大好き「こども家庭庁ポスター」論争ですね。(当該ポスターは結局無関係なイラストレータの作品と類似性があると指摘されて取り下げとかいうなんだか気の抜けるような決着がついてしまいましたが。)
例のポスターについての論争では、「特に強要されたわけでもなく、ただセックスを持ちかけてきただけの人を性暴力で告発するのは無理があるんじゃない…?」とか、「相手と合わない、不快だと感じたらその時点で相手から距離を取ればいいだけの話で、暴力や権力による強要でも無い限り性暴力扱いするのは無理筋でしょ…?」みたいな主張はおおむねセカンドレイパー、家父長制主義者のミソジニスト、性加害擁護者のたわ言として否定的に扱われていたと記憶しています。
私個人の考えとしてはあのポスターを支持する人が現在の世間の大半を占めているならあのポスターの主張が今後の社会のスタンダードになるのはそれはまあ当然のなりゆきだよね、ぐらいなものなのですが、それと同時にあのポスターを支持しつつ某noteの主張を棄却するのは結構無理筋じゃないかと思えてしまうんですよね。
自分が住んでる区の統一地方選挙の候補者のほぼ全員の政策?マニフェスト?読んだんだけどさあ、
俺みたいな独身中年男性になにかしてくれようっていう政治家全くいねえじゃねえかよ。
やれ、高齢者のためにとかさあ、女性のためにとかさあ、若者のためにとかさあ、
いやおおいにやってくれっていいけどさあ、なんなんだよ
俺それなりに稼いでるし、税金めちゃくちゃ払ってるのよ。
ていうかむしろ俺らみたいな働き盛りのオッサンこそが税金払いの担い手の中心だろ???
結婚できなかったから、その分のありあまった時間も働いて経済活動してるし、
可処分所得もバンバン使って経済回してるし納税もしているわけよ。
ところがさあ、こういうこと書くと変な党派性に凝り固った奴が寄ってきそうだけどさあ
「1000万以上の所得の方、すみません、もっと負担をお願いすることになります」って党首が頭下げてたからね。
ぜってーこの党になんか投票するかと思ったわ。
あのね、弱者支援ぽいこといえば正しいことやってる感じになるのはわかるけどさ、
「もっと金払え!」とか堂々と言われるのはさすがによくわからないわけ。
すでにかなり払ってるからね。
こういうこと書いてくとさ、
「こういう奴は、結婚すると妻に『誰の稼ぎで食ってるんだ』っていうようなミソジニスト」ってレッテル貼りされてさ、
それでみんなわかった気になって考えるのやめちゃうけどさ、
マジでふざけんなよ。
病院行きまくっても、月10万払ってる社会保険料の元なんか取れてねえからな。
勘弁してくれよほんと。
優遇措置はないならせめて誰か褒めてくれよ。
黙っていっぱい働いていっぱい納税してるのよ。
フィクトセクシュアル(二次元に性的に惹かれる事)という言葉を最近見つけたおかげで、説明しやすくなったわ
題名通りだけどトランス女性への不信感は、フィクトセクシュアル(以下、Fセク)への不信感と同じなんだよ
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二次元の女性キャラを消費する事で、現実の女性への認知を歪めた挙句、それが差別にまで発展してる現状で果たしてFセクは尊重されるべきか? 尊重されるにしてもそれは女性に限った話で、上記を考慮して男のそれは尊重されなくていいと思ってる
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トランス女性もこれとほぼ同じで、心の性別とは尊重するにしてもあなたの股にぶらさがっている男性器、あなたが身体的男性だからこそ女性より優位に立ちやすい筋肉や骨格は女性を襲う為に悪用されてきた
手術しようがしなかろうが、トランス女性は残念ながら信用問題をクリアできてないんだ
トランス男性もやはりスペースの話になると女性として扱うべきなのは信用の無い男衆の所に行かせて無事に帰ってこられるかが不安だからだ
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ちなみに誰かが男性は全員レイプしなきゃ気が済まない生き物という話は否定するのにと言っていたが
男性が全員レイプしなきゃ気が済まない生き物だというのを否定するのはそういうバイアスを解消する為だ
何よりそういう話はミソジニストの言い訳として出てくるものなのだから
今この瞬間に男性の信用問題がクリアできていないのとは話は別だ
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ちなみにFセクという言葉を知るまでは、ロリコンと並べて考えようかなと思っていた
ロリコンと実際に児童を性虐待してしまう男性は重ならない事も多々あるからだ、しかしそれでもロリコンの信用問題がボロクソなのは
実際に児童を性虐待する人々を止められないどころか、時に肯定してしまう時があるからだ
そんな社会においては児童にいくら手を出さないにしてもロリコンは脅威に見えても仕方ない、ただ並べて考えるのはやめておいた
トランス女性はたとえ自分の性を告白してもそれだけなら大丈夫だが、ロリコンはそれを告白した時点で児童への脅威になってしまうからだ
「フェミはこーーーーんなにクソなんだぞぉーーーー!!」って未来永劫拡散されまくってまとめサイトやyoutubeのネタになって語り継がれるのに、
ミソジニストは「ま〜ん!ま〜ん!女はクソ!防空壕でおにぎり握るだけの性別!」って言いたい放題
「(アフガニスタンで女性の権利のために立ち上がった男が死刑という話に)チンポ騎士ざまぁw」
「被害者の女さん、自分が田中秀和ほどの人間にセクハラしてもらえるほど価値があると本気で思ってるの?だから「未遂」にしかできなかったんでしょ?」
これ全部本当にあったツイート。まっっったく炎上しないし広まらないしそれどころか通報しても「問題ありませーん」と返ってきて凍結されない
トーンポリジングとは主張内容ではなく口調や論調の問題に論点をずらすマジョリティの卑怯な戦法である
しかし口調や論調にも問題がある事はよくあるので、例をあげていく。
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これはかなり反差別内でもメジャーなもので、批判対象を何らかの病気呼ばわりしたりする事はもちろん
もちろんこれは何度も内輪で批判は起こってるものの、大体言ってる側は聞く耳も持たない。
そしてそれはいつしか風化して、何食わぬ顔で反差別で居続ける事ができる。
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②ジャップ
今では反差別内ではマイナーだが、かつては国内のミソジニストに対してミサンドリストの間でジャップオス呼びが流行っていた。
オスは問題ないがジャップという言葉が日本男児に留まらず、国外の日本人差別の肯定にも繋がる為に反差別内で批判を受けた。
しかしいつまで経っても直さないどころか開き直り、自分たちの怒りを抑えつけようとしていると勘違いしたのか
そういう方々はフェミニストではなくツイレディと名乗って、今ではトランス相手に差別を繰り返している始末。
一応ミサンドリーはミソジニーが蔓延する社会においてはカウンターとしては問題ないが、ミソジニーに対するカウンターでなく差別の免罪として利用するのはやめてほしい。
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差別を繰り返す人は低学歴あるいは頭が悪いんだと言わんばかりに批判に練りこむのはよく見るだろう。
しかしこれは文字通りの学歴差別にもなり、かつ頭が悪い人と言われて苦しむ人が差別主義者と同じカテゴリに入れられる事の問題がある。
反差別内でもこれは問題ではないかと主張する人はいる、が、低学歴呼びは控えても、頭が悪いに関してはどこに行っても止まる事を知らないのだ
一応ここにガキ呼ばわりも含まれる事はある、子供なら差別意識をもっても子供だからと許すのか、子供を馬鹿にしているのか、そんな声も一時期あった。
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以上が反差別内に起こっている問題の口調であるが、内輪でそれを批判している人もたくさんいる
いるのだが、どうしようもないほどにこの三点の内二点は勢力を拡大し続けている、変な言い方だが反差別ライト層はその言い方を真似るのでより深刻化するのだ。
丁度男児である事の加害性が話題になっていたので、関係ないけど思い出した事を書く。
私の母は性差別主義者の父(※1)に虐げられたことで心を病み、生まれてきた私が「欲しかった方」じゃない事を理由に殴ったり蹴ったり刃物を向けたり、時には心中を持ち掛けたり自殺させようとしたりしながら育てた。
一見するとこれは虐待のように思われるかもしれないが、これは母の中では筋の通った「裁き」なのである。
母は男が憎く、夫が憎く、それらに復讐したかった。しかし父には敵うべくもない。当時はSNSもないので社会を呪う術もない。(※2)(※3)
そしてしかし、ある時気付いたのである。彼女の手元に憎い男に似た、自分が生殺与奪を自由にできる、「将来の加害者」である私がいる事に。
「お前も女は馬鹿だというのだろう」「男は失敗しないんじゃなかったのか」そんな事を言いながら母は私を嬲った。
もちろん私は一度としてそんな事を言った事が無く、その発想も無いのだが、どうも父なりがそう言っていたらしく、つまり母に向けられたそれらの言葉は男性優位社会の罪なのである。
そしれ私は将来その男性優位社会の存在になるのだから、裁かれて当然…そういうロジックであったらしい。
暴力や暴言は年月を経るごとにエスカレートし、教科書やノートは破られて庭に撒かれたからテープで繕う必要があったし、喋れないように口に布を入れてからテープでふさいで殴る蹴る等された時は意外と息ができなくて死にかけた。
跪かせた子供に蹴りを入れて「ごめんあそばせ!おほほほほ!」とかやる人間は母しか見た事が無く、正直これまで対面したパワハラ上司達をも超えている。
背中に枝切りバサミや包丁を突き付けられながら宿題をやらせてもらったり経験のおかげで倫理観とやらもグチャグチャである。
よくミソジニストにならなかったなと思う。(それでも親に愛されたかったなどの背景から性別を否定すると都合がよかったので性別が嫌いな人間になった)
ーーーどうでもいいゾーン終わりーーー
まあ私の不幸自慢はともかく、「将来の加害者である」という罪で裁かれる経験は、(申し訳ないのだが)個人的にはあまり快適とは言えなかった。
自分のした訳ではない罪を問われ、「お前もいずれそうなるであろうから」と詰られるのはあまりにも「自分を見てもらえていない」。
暴力を振るわれない時でさえ辛かった。
私が親に自分を見て欲しがるような出来損ないのクズだから辛かっただけかもしれないが、正直普通の人でも辛いのではないだろうかと思う。
また、親の方にしてもそういう「万能の剣」を持つ事自体が危険でないかとも思う。
パワハラとかいじめもそうだが、「なんでもそれで黙らせられる理由」「あいつを攻撃していい理由」を持ってしまうと、人はエスカレートするのである。
母の場合は、最初は一応「失敗に対応した叱責」の体で私を攻撃していたのだが、途中からはかなり楽しんでおり、「お前は罪人だからサンドバッグに使っていいのだ」くらいのノリで私の本来の罪(※3)とは関係ない、親戚の娘に反抗的な態度を取られたのは父の弟である叔父の血がどうとかそういうこじつけじみた理由でも私を攻撃するようになっていった。
私はどうにか母の気にいる返事をしてやり過ごしていたが、そのような拡大解釈に応じるのはもはや完全にプレイであり、あの時の私は明らかに母のオナホ状態だったと思う。
…まあ私は性別がもたらす文化それ自体を嫌うように育ったので、試みとしては正解だったのかもしれない。あるいは母が異常者なだけで、100人に99人は失敗しないのかもしれない。
だが男児原罪論で子供を「裁ける」快感は、段々と拡大解釈を生じさせ、ラインをヤバい方にズレさせていき、やがて決定的な破局を誘発する危険性を孕んでいるのではないかという気がしてならない。
「息子を属性で裁く」という試みに100人の1人が失敗した時、生まれてしまった「出来損ないの男」がもたらす負債はどれほどのものだろうか?(※5)
私は高校に上がった頃母をぶん殴って(暴力を振るわれて育ったので「力ずくでわからせる」事が親子間で普通に通る理屈だと認識してしまったのである)殺しかけた事があるが、正直大してまずかったと思っていない。私の痛みの1000分の1にも足りないし、もっと苦しむべきだとすら思っていた。子供をそんな冷酷なバケモノに育ててしまってはおしまいなのである。(※6)
※1…だったらしいがよく知らない。父も私の首を絞めていたので正直両方敵だった。
※2…父が転勤続きで母に友達があまりいなかった事も災いしたように思う。
※3…父は仕事が忙しくて家にあまりいなかった。透明化する父親だ。
※4…男であるという事
女性のやった犯罪が映画化されて犯人が男性になった事例もあるぞ。しかも人気シリーズ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%8E%E4%B8%B8%E5%90%9B%E4%BA%8B%E4%BB%B6
「女って陰湿よね~」というフィクションで育ったミソジニストが「陰湿な男児より陰湿な少女の方が面白いよね」と改変してミソジニーを再生産し、さらに観客の認知が歪む。現実とフィクションを取り違える仕組みだ
そうだな、ぜひ「罪のない少年を死なせた女性」を「罪のない少女を殺した男性」に改変した男性差別映画『沈黙のパレード』にも同じことを言ってやってくれ!