はてなキーワード: 性善説とは
Naverまとめ、知ってる? そう、Naverまとめ。知らない?知ってるね?
Naverまとめのトラフィックが増加する一方みたいなので、みんなNaverまとめを読んでるんだろうな。
一応、知らない人のために書いておくと、Naverまとめはキュレーションサービスというやつで、まとめ作者が色々なサイトやらTwitterやらから文章と画像を引っ張ってきて、まとめ記事を作ることができるのよ。
それは、「引っ張って」くる行為が引用ではなく転載なのではないか?ってこと。
裁判例上、引用には色々と要件があるようなんだが、自分で書いた文章がないのに全部他所から引っ張ってきてたら、それはもう引用とは呼べないと思う。
ただ、そこはユーザーであるまとめ作者の裁量に任せられているのであって、ちゃんと引用の要件を守っている作者もいれば、そうでない作者もいるってだけの話。ま、ほとんど守ってないんだが。
守るかどうかはユーザーの問題だろうから、Naverまとめの運営が悪質なユーザにしかるべき対処をしてくれれば問題ないのだろう、きっと。このまとめはいいなーって感じるまとめ記事もあるから、そういう方向で動いてくれればええなと思ってる。
それで、だ。
そもそも運営は、悪質なユーザに対処する気なんてないのじゃないか?
もっといえば、運営が悪質な転載行為に加担しているのではないか?
うん、超ありそう。最初は性善説的に信じてみたかったが、いつまで経っても変化が見られないから、ここはやっぱり性悪説で行きましょうかね。
おう。
やっぱり、他のサイトからの「引用」文やツイッターからの「引用」文は、全部<div>で囲ってあるだけで、引用文であることを示す<blockquote>じゃない。
そうすると何が起きるのか?
確証はないが、「引用」されているサイトがダメージを受ける可能性が高い。Naverまとめはページランクも高いし、他の大部分のサイトよりもSEOがつよいから、引用元のサイトの記事よりもNaverまとめの記事の方がGoogle検索で上位に表示されるんじゃないか?と推測。
ちょっと前に、ガジェット通信に転載許可を出したらブログのPVが落ちたーって話をチラホラ見かけたが、きっとその比ではないくらいに他のサイトにダメージを与えているんだろう。
Google先生が、HTMLタグをどう判定しているのかは知らないが、<blockquote>の意味を<div>と同じものだとみなしているのかね?
もし別のものだと判定していて、<blockquote>で囲まれた文章はちゃんと引用元のサイトの文章だと考えていてくれるなら、Naverまとめの運営はそれを脱法するために故意に<div>で囲んでいるってことになる。
まさか、Naverまとめを運営しているLINE株式会社ほどの企業のサービス内部で、こんなに初歩的なHTMLのミスがあるとは思えない。おそらく過失ではなく故意にやっていることだろうな。ひどすぎて笑える。
これは、悪質なユーザを排除すればいいって話ではない。運営自身が悪質なんだから。
こんなことを故意にやってるのに「これからは編集の民主化や!」なんて言い放つ、その二枚舌に感服するばかり。やっぱり、勝つ企業ってのは、他人を陥れてでも勝つもんなんだろうな。
そんな感慨深さを感じた。
で、そういえば、はてなまとめって知ってる?
アカデミック・スマートの対義語はストリート・スマートということになっている。ストリート・スマートは、答えのない問題を解くことに長けている、とか。
答えのない問題を解くとは、まさにアカデミックだ。
大学で学ぶことは、答えのない問題にどう解くか、ということに始終していた、と思う。理系がなんで実験したり、数式を解いたりするのか、文系がフィールドワークを繰り返したり、古い文献を探しまわったりするのか、といえば、それは答えのない問題を解くためだ。既存の枠を壊すもの、定説を覆すものを見つけだしたい、と願うのはアカデミックだ。
あるのかもよくわからない物質を探すために本当に大規模な実験装置を考案して、製造して、運用して・・・なんてこともアカデミック・スマートはするわけだが、それにはどれぐらいの人とお金がかかっているのだろう。
ストリート・スマートという言葉のでてくる文脈でのアカデミックとは、アカデミックではない。形式やいままでの習慣に固執する、変化を嫌うひとたちの総称として「アカデミック」という言葉が使われている。
それはストリートを自称するひとたちが「アカデミック」にそういう否定的な印象を持っているから、なのかもしれない。自由を信奉するひとたちが、保守を嫌うような。性悪説を好むひとが、性善説を嫌うような。
頭でっかちなんて嫌いだ! と言いたいのにストリート・スマート/アカデミック・スマートという偏見(自分を持ちあげて、だれかを下げるような)に立った対義語をつくるあたり、ストリート・スマートを自称するひとたちは我が強いというか、肉食というか、ナルシストというか・・・少なくとも過激で、攻撃的なひとたちということだろう。
今更なんだが、昔同じようなエントリあったよな?と思って探したら消えてた。比較しようと思ったのに。
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20080709220323
このエントリでは「共有しようぜ」ということで、それぞれが思う非表示ユーザを書いてトラックバックすると、それが取り込まれるという仕組みだった。
当時、私はちょっとやな感じがした。こういうネガティブなことを安易に広めること。おそらくあまり検証されずに適用されてしまうこと。他人の判断に安易に身を任せることに対する考えのなさ。
で、対抗手段をとった。
今では少し反省している。すまなかった。元増田にも、ブックマークして一喜一憂されたブックマーカーにも。
対抗手段といっても簡単なものだ。無差別にIDを羅列した。たしかその時その記事をブックマークしていたIDのリストを示した。
そしてそれは成功した。まさにあまり検証せず他人の判断に安易に身を任せたがゆえの結果である。
しかし、元増田には悪いことをした。世の中性善説で他人の判断を積極的に取り込むことで素晴らしい結果をもたらしていることも多い。しかし私がそれを壊した。すまなかった。
また、ブックマーカーにも悪いことをした。しばらくして更新され自分がのったという人、それはあなたがブックマークしたからに他ならない。単にそれだけだったのだ。すまなかった。
2「コスト」
3「無期懲役なんて10年程度で出てくる甘い刑罰。それ以上の極刑を望むのが市民感情」
4「復讐」
提示されたのでいうと、
1:2:3:4=80:1:14:5
くらいじゃないかな。
1確実な再犯防止、これはメリット大きいね。死刑になりかねない犯罪犯したクソに社会復帰してほしくない、
2コストなんかどうでもいいよ。誤差だし。
3極刑ならアリだね。死刑と無期の間の終身刑が導入されれば俺はそっちに傾くかもね。脱走リスクと迷うけど。
自分が「死刑のある社会が理想的で素晴らしい、望まれる社会」だと考えているのか、
それとも「今の日本の社会の下では死刑存置はやむを得ない」と考えているだけでその先にある「死刑制度自体が是か非か」について考えることは停止しているのか
どちらかといえば後者だな。
とはいえ「やむを得ない」よりは、「廃止よりはあったほうが無難だろ」くらいの感覚だけど。
心配しなくても、どこにも善意や性善説で考えているブレーンなんて存在しないよ?
しかしタイにベトナムにミャンマーにラオスにとさまようのもコストがかかる
ならばいっそ日本人をミャンマー人並の賃金で雇えるようにすればいい
そう考えた頭の良い人がいるだけ
1人当たり時給800円のルールを廃止して、それで3人雇うということは、1人当たり時給
たぶん150円ぐらいでしょ。
利益が適切に、善意で分配されるなら、そもそも最低賃金なんて、設定されていない。
この制度は元々、適切に分配されないから生まれた制度。それをなくせば、際限なく下がり続ける。
そもそも、善意で適切に分配されるなら中間搾取なんて言葉が生まれていない。
なんというか、いくらなんでも、性善説すぎる。
この制度そのものが、必要悪として生まれたかのような法律なのに、経営者は適切に利益を分配するという前提に基づいて廃止というのは歴史に逆らってる。
(追記:裁定が出たのでガイドラインの解釈はこうなります→ http://anond.hatelabo.jp/20120523161622
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/gonzales66/20120520/1337523087
の塔が長くなったのでこっちに。
記事名・サイト名がタイトルにないサイトをブクマする場合に、現状のはてブユーザーでそれを補完して登録・タイトル編集しなおすことをある程度日常的にやっている人がいます。
kanoseさんも「アニメアニメ!とかで記事タイトル追加とかよくしてるんだけど、あれで文句言われない訳で、これは思想合戦になっちゃうね…」と書いてますし、自分もいくつかのサイトでのブクマ時に入れてます。特に無編集だと日付だけになってしまうような場合は、ほぼ入れてます。
実際のところニコニコのタグ編集と同じく性善説にて利便性を中心に書き換えられてるのが現状です。
また、こういうタイトル編集されているサイトが、記事名・サイト名を入れないことを「表現」としてやっている例ばかりでもありません。
先ほどの例の「アニメ!アニメ!」の場合はこんな応答もありました。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/mame-tanuki/20091227/animeanime
http://b.hatena.ne.jp/help/guideline_title
このガイドラインから読み取る限り、記事名の追加は推奨されています。
サイト名ですが、記事名と一緒に付加すること、削除されたのを復旧することに関しては「良い例」とされています。
問題は記事名だけの際にサイト名を付加することがどうかですが、これは解釈が分かれますのではてな運営に書き直してもらわないと結論は出ないでしょう。
本題とは若干ずれますが、「知らないどこかの第三者」「公の場」と言うのはかなり微妙に思います。
タイトル編集ができるのは、はてなにアカウントを持ってブクマした人間に限られ、かつ変更履歴も残ります。
「知らないどこかの第三者」という書き方は、「運営者(以下はてな運営と混乱を招きやすいので以下「被ブクマページ管理者」と表記)」への悪意を含んだミスリードっぽくも思えます。
「公の場」についても、個人的には「はてブユーザー全員の場であって、いわゆるパブリックではない、被ブクマページ管理者のためのものではない」というスタンスです。
とはいえ「はてなブックマークは誰のものか」「パブリックの範囲は」という話は何度も語られてループ気味ですし、はてな運営が回答しない限りは結論が出なさそうなのでこれ以上の言及は避けます。
はまちちゃんの主張する「被ブクマページ管理者の意図」は、はてな運営としては重要度はさほど高くないように思えます。
では重要視しているのは誰かというと「(はてブ)ユーザー」です。
これは「被ブクマページ管理者」が記事タイトルを付加しないことを「表現」としていても、ブクマにおいては記事タイトルを付加する方を推奨していることからもそう思えます。
とはいえ、ブクマページの非表示化などの対応を見ると被ブクマページ管理者への配慮はするという感じでしょうか。
今回の虚構新聞の場合は、以前から若干の編集合戦がありつつも付加しない状態で落ち着いていたのと同様に付加されていない状態です。
しかしこれは「被ブクマページ管理者がタイトルにサイト名を入れないと表明してる(=多分ブクマでも入れられたくない)」という被ブクマページ管理者の意見を尊重したというよりは、ユーザーにとって意見が分かれた結果「希望通り付加しない方がよさそう」という判断が多かったと解釈すべきように思えます。
これは「タイトルにサイト名を入れろ」という要求が虚構新聞宛てに出ていた理由の一つでもあるでしょう。
ではそうでない表明されてないページの場合はどうすべきか。
これに関して言えば自分としては各ユーザーの自由にすべきではないかと思います。
通常のサイト構築においては記事名とサイト名を両方記載する方が一般的です。
個人的な想像で言うと、最大派閥のどちらでもいい派を抜けば、付けられたくないと表明済みの場合は4:6もしくは3:7で付けない派有利、無表明の場合はその逆になるんではないかと思います。
という感じになります。
はまちちゃんが例に出したような悪意を持った変更には今まで通り他のユーザーによる再編集にて対応。そもそもシステム的にそれ以外対応不能でしょう。
主張が違う二人が延々と編集合戦をする可能性はありますが、それははてな運営が「該当アカウントに対する変更権限の停止やはてなブックマークの利用一時停止などの措置」を実施することで終わりになる気がします。
そういう事件の再発防止として、行政は「規制の強化」を掲げている。
(例=ツアーバスの運転手1人運行距離の短縮化)
行政は「規制を強化すれば、自動的に事故も防止できる」と安易に考えていないか?
今回の事故の教訓は、
「規制を作るだけでは何の意味もなく、規制が遵守される仕組み作りの方がはるかに重要」
ということじゃないのか?
具体的に言えば、規制違犯の場合の罰則強化であり、規制違犯の通報制度であり、
「そもそも最低賃金が守られてない現状を放置したままで、法令だけ書き換えても、
実際の手取額はなんら変わらない」んじゃないか?
行政側は「性善説、基本的に規制は遵守されるもの」として制度設計しているが、もはや
「性悪説、基本的に規制は違犯されるもの」という前提で、警察的強制権で制度設計するしかないのでは?
「行政が、各業界団体に、再発防止の取り組み、法令順守の要請を行なった」というニュース。
これなんか、行政が「一応は事故対策の取り組みをしましたよ」というアリバイ工作をした、という
以外の何者でもない。
陸援隊のような「確信犯的違反者」はそもそも業界団体なんかには加入しないだろうし、
仮に入っていたとしても、業界団体から流れてくる要請には「馬耳東風」だろう。
昔の「霞ヶ関と業界団体による、美しきカルテル護送船団」であれば、
世間は業界団体のカルテル的体質を、そして業界団体と霞ヶ関の癒着を、許さなくなった。
なのでツアーバス業界などでは「美しきカルテル護送船団」などは、とうの昔に崩れ去っているのだが、
行政側はかつてのやり方でしか対策を打てない。(その対策は何ら意味がない)
穿った見方をすれば、霞ヶ関が「美しきカルテル護送船団」を本能的に維持しようと思っているのは、
「規制手法として、それが手っ取り早い、ラクチンだから」じゃないのか?
今回の虚構の騒動って、個人の問題とツイッターの公共性っていう問題があるように思える
去年の震災の辺りから、既存マスコミがツイッターを妙に持ち上げる風習があったのを感じてた
しまいには、震災時の連絡手段のためにツイッターに登録しようとかそんな話まであった
各企業の公式垢とかも増えてきたし、公的機関等もどんどん参加していった
そういうポジティブな意見ばかり取り上げられた結果、ツイッターが公共的なものとして扱われ
正しい情報が流れることが期待され、嘘の情報に対し過剰反応するとかいう現象が発生するようになってしまったんじゃないだろうか
もしかするとそれも今回の騒動にある程度影響与えてるのかも知れない
さっき言ったように公共的な側面を持ってしまってるからSNSこそがそれの表れ
みたいな考えの人間もいたんじゃないだろうか、まあこれはほとんど無いと思うけどさ
なんにせよ、いろいろ他の人や物に期待しすぎなんだよな
まず基本的な認識がどっかずれてるところ。
てんかん患者に対する免許欠格に関してだけど、いわゆる「寛解」として投薬もなければ日常生活にも
支障がない、法改正以前は過去の病歴として「てんかん」があるだけで免許の欠格事由になってた。
実際のところはそういった人たちは病歴の申告を行うことなく免許を取得するのが当たり前だったのだけど、
一定の病歴があると言うだけで免許欠格になること自体が明らかに問題だったので法文そのものから
具体的な病名を削って基本的に政令に委ね、ほかの意識消失を伴う疾患と同じ規定に組み込んだだけ。
つまり法改正そのものが法の不備を補正しただけの内容だったんだな。
意識消失を伴う疾患ってのはてんかんに限らず、ある程度の継続的な検査がないと疾患を確定できないし、
故に取得希望者すべてに検査を行うことが非現実的である以上は性善説で制度運用をせざるを得ないのね。
この段階で病気云々と言うより免許を取得する個人の問題に話は帰結する。
「医者から運転ダメと言われたら運転すな」って大原則ね。「飲むなら乗るな」と同じ図式。
こういった前提条件を踏まえずに「てんかん患者団体のロビー活動で法令が改正されたんだ!」って
主張して「てんかん患者は人殺し」ってのはまさしく在日特権騒ぎと一緒で、原則通りに法が
運用されている状況の裏側にありもしない仮想敵を見いだしてしまう状況そのものだと思うわけです。
いろんなところに敵を見いだしたがる人たちがあまりに多すぎるなぁと。
若者の就職難についてのネット上にありがちな無知蒙昧を論破しようと思います。
っていう義務でもあるかのように語られていること。
企業の目的は「金儲け」にあるっていう大前提を忘れてないだろうか。
今後今以上に深刻な少子高齢化に陥る日本で将来の利益が細っていくのは目に見えている中で、
わざわざ日本人の新卒をたくさんとるメリットがあるとは思えない。
(日本人は一人もとらないって程極端なことやるのも問題あるから、ゼロってことはないだろうけど)
まともな経営者ならそのくらいのことはわかるはずだ。
日本では「企業性善説」みたいなのが当たり前の認識としてあって、
昔海に水銀たれながして周囲の住民の脳を麻痺させた某社とか、煙出しまくって喘息にさせた某社だとか、
ITビジネスの若き旗手としてテレビにも出まくって派手に売名した裏でこすい粉飾決算を行ってた某社だとか、
そういう会社は忘却の彼方へ流して、「日本企業はあらゆる面で素晴らしい!」っていう信仰を抱いているようだ。
けど実際はアメリカ程露骨ではないにせよ、日本の企業だってホントの目的は「金儲け」にある、という前提を再確認しましょう。
この大前提が飲み込んでもらえると、ネットテレビで語られている「就職難批判」がいかに的外れで、非生産的かがわかると思います。
http://potemkin.jp/archives/50442691.html
経営者の目的は「お金儲け」であって、別に日本という国の利益を考えたり、若者の雇用を守ったりする義務はない。
だから日本の年功序列・終身雇用を改革して、もっとクビにしやすくしろっていう話なんですが、
転職市場があまり機能していない日本で、雇用制度だけアメリカ並にしたら、すさまじい社会になるとおもうんですが。
しかも使えない正社員切っていったら困るのは中年だけじゃなくて、そのバブル世代の子供で、彼らはどうやって学費を捻出するんでしょうか。
更に苦しむ若者が出てくることになるんじゃないでしょうか。
そもそもこの話は実現性ゼロの話で、多分主張してる人達も本気で実現するとは思ってないんじゃないかな。
この手の主張をする人って言うのは、
って相談されたら、
「とにかく数多くの女性に告白しなさい。10万人に告白すれば一人ぐらい付き合ってくれる人がいるはずです^^」
そりゃ正論なんだけど、お前本気で出来ると思ってんのかっていう。
・「ゆとり世代はゲームとネットでコミュ力がないからダメなんだよwwwwww」
ネット上では教育制度が変わると、それを受けた世代の人格は甚大な影響を受けるという信仰があるようです
一つ言えることは、若者の就職難は欧米など、先進国の大体の国で起こってる共通した現象であって、
スペインだと若年失業率が50%だったりして、それはじゃあスペインの若者がゆとりなのかというと甚だ疑問です
この手の主張をする方々は何か自信満々に主張するから、何か根拠があんのかと思ったら、
実はただの思いこみとか偏見とか、最悪の場合自分の願望が現実だと思って語ってたりするから、
真面目にとりあうだけムダなんでしょうね。。。
補足とか反論とかあったら答えるよ。
事実、地震直後や水道水汚染の時などは、今にして思うと軽くパニックになってたぐらい心配でしょうがなかった。
でも、ほんのわずかの危険から子供を守るために悲壮な顔して「キケンダキケンダ」と慌てふためく姿を子供に見せるよりは、冷静に落ち着いて、仮に根拠が無くても「大丈夫だ」と落ち着いて見せる事の方が、子供の心にはいいんじゃないか、身体的危険を考えすぎるあまり、心のケアをおろそかにしちゃいけないと思った。
なので、自分では実際できるかは分からないけど次のような事を心がけようと思ってる。
1. 情報は広く集め、そしてそれを自分で考え判断する。他人に意見を求め、同じ意見だからと安心したりすずに、あくまで自分の責任において物事を決定する。
2. 他の心配している人たちに向かって「リテラシーが低い」等とは言わない。なんでも理屈で割り切れる程、人間は単純じゃないし、他人の価値観を尊重しないと自分の意見も聞いてもらえなくなるから。
3. 性善説に立つ。みんなよかれと思って行動しているはずという前提を疑うと、誰も何も信用できなくて、全く何も行動ができなくなる。何していいのか分からないからパニックになる。
4. 子供の目から見て立派な人間に「見える」ように行動する。実際は心凍る程怖かったとしても安心させたいし、人をいたわる人間に育って欲しいから、自分もそう行動したい。
5. 自分のわがままを通すために子供を利用しない。どんなにうまくやったつもりでも子供は結構敏感に感じ取って道具扱いされた事に傷ついたりする。
子供ができる前だったら、おそらく「他の人だってやっているから」と買い占めに走ったり、疎開した人を見て「心配し過ぎだよ、バカなやつだ」と言葉にして言ったりするような人間だったと思うけど、そういう親の姿を見た子供はどう思うんだろう、という方が怖かった。
俺の父親は割と情けなくて、責任からすぐ逃げちゃう癖にそれを人のせいにして悪口言ったり、他人を辱めるような事を言って自分を大きく見せようとするような人だったので、そうはなりたくないなって思いがある。
仮にそうだとしても、その「口実」の理屈が正しければ反論できないし。認めるしかないよね。
「そういうとこに目をつける役人が悪い!」に至っては、単なる責任転嫁。
で、僕の言う「原因は…でした」「再発させないために…します」が「根本的な問題」の解決策だと思うんだけど。
対症療法に見えちゃうってのはちょっと理解できない。
まあある程度当たってるけど
ここは少し役人性善説だなあ。実際は役人にしたら「規制の口実発見! うれしい!」なんだよね。なぜかというと規制が増えれば増えるほど彼らの権力(裁量=便宜の見返り)が増えるからね。だからマスコミだなんだ使って企業の汚職を煽る煽る!
で、当然そんなのは悪なんだから、「仲間のうち一人が失敗すると規制が増えて迷惑だ」の答えは「だから失敗する(ズルする)奴が悪い!」ではなく「そういうとこに目をつける役人が悪い!」とならなきゃ。
もちろん、そんなこと言ったって役人が改めるわけじゃなし、そんなすべもなく、結局自衛の策としては「仲間からへまする奴を出さない」という対症療法しかないわけだが、理想的な体質改善としては役人が正しくなる方がいいわけで、だとすれば対症療法で現実に対処しながらも心のどこかでは根本的な問題について思いをはせていた方がいいと思う。