はてなキーワード: ピーマンとは
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親父・・・俺の親父。教師と剣道一筋の人生を送る。昨年還暦を迎えたため自由な時間ができ、いろいろやっている。剣道が強い。
俺・・・親父の息子。親父のことが苦手。わけあって一年時間ができたため地元に帰省し、いろいろやっている。剣道のセンスは普通になかった。残念。
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GW真っただ中の5月3日。晴天だが風が強く吹いている。雲の動きも速い。時計の針は二時少しを指している。大気が不安定な一日になるそうです、と気象予報士はニュースで述べていた。焼肉を想定している夕方には天気も崩れるだろう。どうせやらないことになると高を括り、曖昧な返事をした後に自室にこもる。
適当に動画を見ているうちに眠っていたらしい。電気がついていない部屋は薄暗い。目をこすって携帯で時間を確認すると、午後5時過ぎ。軽く飯でも食べて筋トレに向かうか、少し寝ぼけながら階段を下る。少し煙臭い。マジか。外に出ると風が少しあるものの、空の青と日の赤さが入り混じる、気持ちのいい夕暮れ時だった。
親父は木炭をくべていた。ちらりと俺に目を向け、すぐに火に目をうつす。俺は観念して焼肉の準備をする。台所には分厚い肉が大量に用意されていた。筋トレ行きたいのに胸焼けしそうだなと思う。野菜は玉ねぎともやしのみ。もやしどうやって焼くんだろう。あと大ぶりのエビ。それらをまとめて庭へ運ぶ。
「父さん、飲み物なんか飲む?」
「いや、いらない」
会話が終わる。適当に飲み物を飲みながら、2人で火を囲む。木炭に火が付くのをじっと待つ。手持ち無沙汰が極まり親父の姿に目を向ける。大学の四年間会わなかっただけで、随分昔とは雰囲気が変わったように思える。
親父、白髪だらけだけど案外髪の毛は残ってるんだな。猫背なのは相変わらず。案外身長低いんだよな。そういえば結構やせたよな。高校の時は全然俺より大きかったのにな。いつから俺のほうが身体大きくなったんだろう。色々、想う。けど言葉には出さない。言葉が心の中で反響し、消えていく。
BBQってこんなに会話が無いもんだっけ?と自嘲気味に笑う。正直気まずい。そもそも親父とあんま面と向かって会話したことなかったな。子どもの時の思い出を振り返る。
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とにかく厳しい人だった。高校で指導教員として、入学したての浮ついた学生を「君たちはもう子供じゃない」とか言って震え上がらせるタイプの人。夏休み前の全校集会で薬物の危険性とかを語る人。お前の父ちゃんって武士みたいだよなとか言われる人。
「子供を預かる教師として、自分の子どもがだらしなかったら生徒の親に顔向けができない」という信念を抱いていたため、自分の子どもに厳しいのは大変理にかなっていた。
小学校の俺はいつもおばあちゃんが作った野菜炒めを残していた。これでもかというくらい大きいぶなしめじが大量に入り、ピーマンを筆頭ににんじんやら白菜やらパプリカやら、とにかく子供が嫌いがちな野菜一色で作られていた。当然、食べることができない。
豆電球の下で親父が無言で腕を組んでこっちを見ている。食べきるまで席を立つことは許されない。泣きながらきのこを咀嚼せず飲み込む。きのこを食べているという事実だけで吐きそうになる。嗚咽が止まらない。思わずもどしてしまう。
「洗って食え」
絶望する。台所に向かい、泣きながらきのこを洗う。親父はじっとこっちを見ている。それが怖くてもう一度、泣く。
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まじで怖かったなあ。当時を思い出して苦笑する。今でこそ面と向かって食事を一緒に囲めるけど、俺が高校生になるまで食事の時間は緊張しっぱなしだった。食事中のテレビは厳禁だったから、もう黙々とご飯を食べるほかなかった。ご飯を速く食べる癖は案外ここから来ているのかもしれないな、と気付く。
親父はずっと剣道をしているせいかとにかく体がでかくて、何をしても抵抗できない雰囲気を身にまとっていた。よく食べ、よく呑み、よく眠る。毎晩22時前には寝て、朝は5時に起きる。町内を何キロも走って、庭で素振りをする。当時50歳過ぎでそれだもん、中坊のガキが勝てるわけねえよな。
でも、高校生になって直後くらいに親父に反旗を翻したことがある。コテンパンにやられたわけなんだけど。今思うとだいぶささやかだけど、でも当時16の俺にとっては十分すぎる抵抗だった。
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高校生くらいの時に「親父」とか「おふくろ」って呼び方にあこがれる時期あるよね。もれなく俺もそうだった。高校生になり、「父さん」「母さん」呼びは少し恥ずかしいと感じるようになった。同級生が「親父がさ~」と喋るのを羨ましく思ったし、なんだかイケてるようにさえ感じた。
思うに「親父」という言葉には、青年期を迎える僕たちにとっていつまでも親の庇護下ではない、甘えていた関係から自立した存在になる、みたいな印象があった。言い方自体はぶっきらぼうに聞こえるけど、青年期に正しい親子らしい関係性を、親に対して人間としての尊敬を含んだ、そんな印象を「親父」という言葉に抱いていた。
高校生になって数か月たったある日、夜22時を大幅に超えて帰宅してしまった。明確に門限というのは定まっていなかったが、遅くても21時台に帰宅することが暗黙の了解としてあった。仲の良かった先輩が、「もう高校生だぞ?少しくらい大丈夫だって。」というのを真に受けてしまった。
事実、周りの友達や先輩は門限なんて存在しないどころか、よく互いの家に泊まり合っていた。「今日お前ん家泊まるわ」とか「今日疲れたし、このまま朝までいていい?」とか、そんなことがうちは許されるわけがない。もし泊まるにしても、数週間前には事前に泊まるという報告をし、親から親に連絡を行い、「泊まりに行ってきます」の掛け声とともに家をでなければならない。
そんなのおかしい、俺だってもっともっと友達と遊んでいたい。そうした思いが積もり積もって、禁忌「門限破り」を犯す。
先ほどまでの気の大きさはなんのその、家に着いたころにはビビりまくっていた。しかし家の中の電気が付いていたのもあってか、もう高校生だし大丈夫か、と妙に安心する。ドアを開けようとする。鍵が閉まっていて開かない。庭に回る。リビングにいた妹に開けるように頼む。すると妹が「お兄ちゃん帰ってきたよ」と大きな影に向かって言った。
いつもだったら21時過ぎに寝ている父さんが起きていた。どすどすどすと大きな足音を立て玄関に向かう。俺は庭で恐怖に震えていた。
「何時だと思ってるんだぁぁぁぁぁ」
ドアを開けるとともに区域全体、少なくとも両隣三軒には響くくらいの声で突進してきた。そのままの勢いで俺を思い切りぶん殴る。庭にたたきつけられる俺。その上に馬乗りになって殴り続ける。
「どんだけっ!心配したとっ!思ってるんだっ!」
単語の区切り、呼吸の合間に殴ってくる。俺はどっかのボクサーばりに顔面を守ることしか出来なかった。躾の一環として色々殴られたことはあった。でもまるで昭和の家族ドラマみたいに殴られたことはなかった。俺は怖くて少し泣きながら、これから親父と呼ぼう、となぜか思った。
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この反抗?を経て、面と向かって「親父」とはさすがに言えないけど、俺も友達の前では「親父」呼びをするようになった。すると少しずつ親への恐怖感みたいのは薄れていった。家で極力顔を合わせないようにした。塾に通い、意図的に家に遅く帰るようになった。「塾で勉強してるし、遅くなっちゃうのはしょうがないよね」みたいな。すると自然と会話が無くなる。そもそものコミュニケーション自体が無いため、ごく自然な流れでそうなった。
もちろん色々お世話になった。高校最後の大会の前は、親父直々に稽古をつけてくれた。ライバル校の先生である親父が、ライバル校の生徒である俺を教えることはどうなんだとは思うけど、とにかくお世話になったのは事実だ。結果東北大会に出場できた。ポンコツ剣道野郎にとっては十分すぎる結果だ。
俺もさすがに知ってる。親父が不器用だってことは。俺ももちろん不器用だけど、俺も親父も素直に想いを伝えられない。家では全く会話のない俺たちも、どっちも家以外ではお喋りなのが笑っちゃうよな。
大学の同期が実家に泊まりに来てビックリしてた。「お前マジで親の前では性格変わっておとなしいよな」って。母親もよく言う。「父さんはほんとはお喋り好きで、飲み会ではみんなを盛り上げてるんだからね」って。
親父は俺に対して、何かを介さないとコミュニケーションを取れない。
俺も親父に対して、素直に想いをぶちまけることができない。
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俺もう成長期じゃないし、こんなに肉食えないよ。しかもこれから筋トレ行きたいし、あんま胃がもたれるようなの食いたくないんだよね。親父も連日肉ばっか食ってない?もう年なんだしお酒も控えて、少しは健康を意識してくれよな。
ちょっと暗くなってきたね。電気つけよっか。目が悪いっぽいね。そういえば車運転するときもっと気を付けて。車間距離近すぎ、あとよそ見しすぎ。前の車が急ブレーキしても止まれるくらいじゃないとだめだよ。
これ肉焦げてない?いいよ俺食うよ。マジで美味しいよ、親父ありがとう。
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「旨いか?」
「うん」
・うどんつゆに頼りすぎ。あとおかずいっぱい作りすぎ。
・ジャーマンポテト系炒めものじゃがいもはどうやってもショリつくから
2:炒めるまえに10分くらいチン
しないとだめ。
うどんはゆでた素うどんを半分ざるにあげてラップかけて冷蔵庫保存。
味の濃いものは小鉢にすこしずついれて冷蔵庫をこまめに往復しながらゆっくりたべきろう。
キャベツとかレタスとかの葉物野菜をすこしずつ取り入れようね。
セブンで売ってる冷凍したゆでほうれん草ひとつまみをゆでたてうどんにのせるだけでいいからね。
うどんや丼ものは、ちょっと多めにネギいれたりして一品ですませちゃうのが楽。
オールスター級すぎたね。
ジャーマンはバターかマーガリンと併用でサラダ油ちょっと多め、玉ねぎも少し入れる。
そこに塩コショウちょっと多め、パセリがあるといい。バターなくてもベーコンの香りがついてそれらしい味になる。
コンソメはくどくないか。醤油はたしかになべはだからちょろっとって書いてあるのが多かったかも。
テフロンフライパンは3000円でかえるアマゾンの和光フレーズが軽くてくっつかない。次セールになったら買え。
絶対に中火以下で研磨なしスポンジであらいながらつかわないとすぐ皮膜がはがれてブタに真珠だけどな。
おわり。
料理経験値がない人が想像(レシピ見ない)で作った夕飯が食べれなくは無いが
なお合計で2時間弱掛かった
L ただ切ってフライパンで炒めて白だしかけてまた炒めるだけ。糸唐辛子添える
L お腹空いたので食べる(休憩30分)
2品目:ジャーマンポテト(?) △ 食べれなくはない。ベーコンの賞味期限が切れたので急遽作ることに。
敗因1:じゃがいもをスライスする技能を持ってなかった。フライパンで火が通らんわ・・・
L ピーラーで皮を剥き、包丁で切る時にじゃがいもをスライスする技能のを持ってなかったことを思い出す。
L 出来ないことをしても仕方ないので開き直ってじゃがいもをざく切りにする。
L じゃがいもが分厚いのでレンジでなんとなく2分チンする。中に火が通って無い感じがしたが良いことにする。
L ベーコンを炒めたのち、じゃがいもを投入し炒める。味見。うん。火、通ってないわ。生っぽい。
L テフロンフライパンでは無いので一旦火を止めて焦げを落とす。
L その間にもう1回レンジでチンする。なんとなく2分。
L もう1度フライパンで炒める。いちおうほくっとした感じにはなった。
敗因2:そもそもジャーマンポテトの味を覚えていなかった。どんな味だったけか?
L なんとなくコンソメの味がしたような気がするのでチキンコンソメ5gを投入する。
L なんとなく醤油の味がしたような気がするので小匙1杯くらいを回し入れる。
L 味見。なんか違う気がする。
L 困ったときのレッドマサラ(パウダー)。目分量で回し入れる。
L もうこれでいいや。
L 食べれなくはない。冷めると少し味濃かった。じゃがいもスライスにできない。たぶんもう作らん
L 目分量でボールに唐揚げ粉(既製品)を入れ目分量の水で溶かす。
L お湯で戻したダイズラボのブロック投入。混ぜる。揉み込む。
L 半分浸かるくらいの油をひく。
L ひっくり返したりして揚げる。
L 食感と見た目は普通に鷄唐揚げ。味は肉っぽい大豆だと思う。ダイズラボのこの味すこ。
L 既製品は誰でもそこそこの味にできて偉大だなぁ。
L かなりガッツリ系の味付けで濃い。もう少し味薄くていいな。ソイ唐揚げ丼とか作ってもいいかもしれない。
4品目:うどん(白だし、昆布(粉末)、かつお節(粉末)、白菜、舞茸) △ 飽きた。あと鰹節入れすぎ
敗因1:目分量で粉鰹入れたときに入れすぎた
敗因2:食べ飽きた。そろそろ別の味で作るべき
○ご飯
朝:なし。昼:カラローメイト。夜:カブとニンジンとウインナーとピーマンと卵の炒め物。豆腐。納豆。
○調子
むきゅーはややー。お仕事はひまーまん。
今日も散歩を2時間。最近ゲーム漬けだったので散歩が染みる。気持ちいい。
ドレッドバラージュを少しプレイして、ニオを最終。これで十天最終の進捗は残りカトルとサラーサの二人。
十天最終が全員終わったら、終末五凸やアスポン五凸に本格的に取り掛かろうと思う。
6:30 BBQ
7:00 昨日のBBQ報告。ダディが息子をぶん殴る。
7:30 BBQ会議「今日はどこでいくら予定してんだ!!肉と野菜はいくら入るんだ!ぜってえにやれ!!」など朝から恐怖政治。
8:00 管理職がBBQで15分だけマターリ幸せな時間を楽しむ。BBQ吸ったり新聞読む。予定がある場合は客に電話or訪問BBQ
8:15 管理職のBBQが終わり、ダディや息子がご登場。早速叫び始める。
「ボーっとしてんじゃねえ!!送風しろ!!備長炭たてろ!!ピーマンそろそろ焼けるぞ!!」などまくし立てられる。
8:50 BBQ前場スタート10分前BBQスタート。支店長がふんずりかえってるのを横目に鬼BBQ。
9:00 BBQ前場スタート。ダディが「お肉が寄り付きいぃぃぃ!!!!」と叫ぶのを横目に娘が電話かけて「ダディークール」。
10:00 支店長&課長が「ダディいいぞ!!!」と叫んでる中、同時に根菜類を焼き始める。
それなりの焼き上がりが出てる場合 → 「焼きはもういいから台所行ってお皿とってこい!!」
焼き上がりが出てない場合 → 「どうすんだ!!てめえは!!」と言われ必死に肉を焼く。
焼きあがった肉が出きてる場合→20分くらいで趣味のモバイル株取引をしてくる。
12:00 客から後場BBQの注文を取る。自分は皿洗いに行くので客の注文とりをダディにお願いする。
12:30 皿洗いのため焼き場からとりあえず脱出。どうすっかなぁ・・・、もう辞めたい・・・、など物思いにふけながら歩く。
13:00 とりあえず皿洗い休憩する。頭の中はどこでエリンギ入れてどこどこピーマン入れよう、などでいっぱい。
14:00 焼き場へGO。
14:30 BBQ客のところを訪問し続けてビールをつぐ。普通に断られ続ける。
~ 1分に1回ペースで進捗状況の電話が入ってくる。「どうなってんだ!!何枚焼けたんだ!!
17:30 焼けれるまで絶対帰ってくんな!!!」など出るのも嫌になる内容。客先にいて電話に出れない場合「てめえ!!何で電話出ねえんだ!!」など波状攻撃を受ける。それを見たダディも息子も悲しくなってくる。
18:00 帰社。速攻でBBQ焼き場の成果報告。
18:30 持ち帰りBBQの詰めのため客に持ち帰りパックどうですか攻撃。
支店長がBBQ進捗状況を逐一ホワイトボードに書き込んで煽りまくる。 「残り○○万枚だぞ!!!!!炭がなくなっちゃうぞ!!早く焼きやがれ!!」
娘が仁王立ちでダディクールと叫ぶ。「え、支店長がダディだったの?」と筆者も混乱する。
19:30 持ち帰りBBQのパック詰め状況を報告。「おまえらどっかねえんかよ!!!探してんのかよ!!」煽られ続けながらパック詰め。
20:00 取りあえず全員でのパック詰め作業終了。食べ放題手数料会議夜版スタート。
「てめえは給料いくらもらってんだ!!てめえの給料の10倍はBBQ焼け!!何でオレはやってるのにおまえらはやんねえんだ!!明日はどうすんだ!!」
20:30 「おう、てめえら明日まで何とかしとけよ!!」と捨てゼリフを残しダディ支店長帰宅。
ダディの娘(課長)は個人的な客に電話で世間BBQ話&明日のBBQ注文を取る。BBQ営業マン無論電話で詰める。
21:30 とりあえずパック詰め終了。ダディの娘課長帰宅。営業マン同士でヤバイなぁ・・・、どうすっかなぁなど話しながらとりあえず客に電話。
22:00 余った肉の整理や焼き場の掃除などをやる。BBQ日誌を書く。
22:40 退社。
0:50 就寝 ダディクールの深刻な素材不足