はてなキーワード: ビブリオマニアとは
掃除機かけられるだけ偉いよ…😟
ただでさえIT関係の機材でゴミ屋敷だったのに、自作3Dプリンター、ギター3本、小型アンプ2台、エフェクターなどなどなど…
Meta Quest被ってるときだけ、部屋が無限に広く感じられるわ
もうIT関連の仕事は撤退して、ブルーワーカーでもトイレ掃除でもやるしかないな…、という覚悟はしたつもりなのだけど、
なんだかんだ技術書が捨てられない
日本のピアソン社が倒産するとき、大量に名著が放出されて、自分もついつい大量に本を買ってしまったりしたので、
せめてメルカリとかで売りたいけど、かなり奇麗だけど、タネンバウム先生の本とか読む人いるのかな?
あと、肝心のOSの基礎的な本は訳が酷い、この訳した人は本当に理解してるのか?と思うレベルなんだけど、
いちおう名著だし、ピアソンの在庫処分、手伝ってやろうじゃないの、みたいに買ってしまった
そういえば、シュープリンガーだったかの本もなんか買い込んでたよな
本棚に名著が並んでると精神が落ち着く、雑誌を買うと創刊号から廃刊するまでコンプリートしないと気が済まないみたいな精神病
今は本をほとんど買わなくなったし、買ってもKindleだから床が抜けることはないんだけど、
今度は捨てられないんだよね
本好きの高じた結果、その購入物によって汚染された室内は、積読現象によって室内の壁際を、二周ほど周回したころから、家主は、危機意識をいだいた。購入欲求から出発した恒常的な床不足と家計破壊は、室内に家主の生息をゆるす状況ではなくなり、電子化は必然であった。
だからといって、本当に床が抜けてからでは、家主は、裁断機を運用し、自炊する力もなくなってしまうだろう。
電子書籍リーダーの導入は、家主は部屋とともに死にむかうのではないかという認識が、本好きからひろがった時に生まれて、電子書籍の購入が開始された。
電子化が開始されれば、すべての蔵書を均一に電子化させる、という家主の決意は、まちがいではない。
しかし、特例事項があったことが、その後の過ちをうんだ。家主が必要と認めた書籍は、部屋に蔵書できるという規定である。
条件はあった。
入手が困難な希少本と、画集のような今の形に意味がある書籍という規定である。
規定は、理想的にその理念を行使するということはないし、一般的な人びとの視点からみれば、床が、抜けていると見えないことが、この規定を拡大解釈して、運用されたのも当然である。
さらにいえば、本好きから産まれたビブリオマニアが、紙とインクのフィーリングを忘れることができるものではないからこそ、そこに、無条件に規定を無視したくなる思いがうまれた。
その欲求は、正しい。
しかし、ビブリオマニアのもっとも深い罪業は、積読の増殖が、室内環境と家計にとってもっとも危機的なものであるという認識を認知しないことにあった。
しかし、電子化は、その代償を家主みずから支払わなければならない時代であり、電子書籍時代とは、技術革新の時代でもなければ、祝福された時代でもないのである。
その認識から生まれたフラストレーションは、ますます本好きの人びと、ビブリオマニアたちに、物理本回帰の欲求に火をつけるのは、逆説的ではあるが、当然の帰結であった。
増殖した積読という本が、たえず回帰する形は、物理本でしかないという欲求は、ビブリオマニアの二重の罪業である。
しかし、床を完全に再生させるためには、千冊以上は処理しなければならないだろうし、千冊処理するあいだに、積読は、さらに増殖するだろう。
つまり家主は、すでに、蔵書全部が部屋におくことはできないと、覚悟をしなければならないのである。
しかし、現代は、すべての例外規定が排除されて、ビブリオマニアは、電子書籍リーダーに逼塞しなければならないのである。
『……でなければ、版元が起こした反乱も、あの時、死んでいったストアたちの霊もなぐさめられない……』
マスダは、そう思う。
これだけ娯楽が増えた時代に特定の得意ジャンルを持っていない奴はもうオタクとして信用できる存在ではない。
なんでも読むと自称するビブリオマニアは売れている本しか読まない。
なんでも遊ぶと自称するゲーマーは誰もが知ってるゲームしかプレイしてない。
なんでも見ると自称するアニメオタクは皆が見てるアニメしか見てない。
それが悪いとは言わない。
一人の人間としてオタクとして人生を楽しんでいる事を嗤ったりはしない。
だけど「オタクとして信用」することはしない。
「オタクとして信用」出来るのは、自分が絶対的に得意とするジャンルや作品を持っている奴だけだ。
あるジャンルを語る時にその周辺ジャンル果ては様々な芸術と学問と教養と経験を必要とするのは事実であるが、だからといって器用貧乏では仕方がない。
昔は今よりも娯楽がとぼしかったために「オタク系全般が得意ジャンルで、その中では漫画に比較的詳しいです」で問題なかった。
今は駄目だ。
漫画なんて括りじゃ広すぎて薄すぎる浅すぎる。
「オタクとして信用」に値する知見も造詣もその深さでは掘り当てられない。
就活でも職場でも、「趣味はなんですか」と聞かれることが多い。
多いけども、毎度毎度答えに困る。
平積みの本を見て買って読んだり、入門書を実践してみたりするが、趣味:読書とするにはあまりにライトすぎる。
神保町の古書店に通ったりするほどでもないし、月に何十冊も読むほどのビブリオマニアでもない。別にレビュー書いたりもしない。
映画もよく見る。撮ったりはしないが、ああここから第2幕で、ここらがミッドポイントだな、とか思ったりはする。
だけど別に映画.comにレビュー書いたり、試写会に行ったりするほどでもない。人食べカエルとかメタルマンの人ほどの影響力もマニアックさもない。
なんというか、趣味といえば極めろ、部活は3年間続けろ、会社は新卒で入ったら定年までとどまれ、みたいな「やり抜け思想」が強いな、と思う。
そもそも趣味なんてたかだか気晴らしだし、ましてや他人の趣味に成果を求めていたりするのは高慢というか、何故そこまで強いるのか、その神経質さは何だ、と聞き返したくなる。
就活でもそうだ。
それの趣味はうちの業務にどう結びつきますか、という意味不明な問い。(研究内容でも学科の内容でもなく!)
別にたかだか気晴らしなのだから、内容や取り組み方を聞いた所で人間性が見えたりはしないし、
「とりあえずやってみた」程度のことでも趣味と言ってもいいように思う。
思うけれど、やっぱり趣味と言うには自分のはライトだなぁ、俺は無趣味だな、と自分でも感じてしまうあたり、俺も変わらないんだなぁ。
このエネルギッシュなスピード社会、事象の地平面をなぞるような理解が
当然のごとく横行し、脂ギッシュなまでにエネルゲイアが横溢している。
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こと文筆業においてもそれは例外ではなかったのだ!
本来文章のぷろふぇっしょなるである彼らの失権ぶりには目に余るものがある。
そこの君はハンプティダンプティよろしく
と捲し立てるかもしれない。まあ卑近な例としてはそれが筆頭か。
もっともそれは氷山の一角に過ぎなくて根底にあるのは理解力の欠如なんだわ。
underlying lack of comprehension skillsだから。
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なぜ理解力が不足してしまうかそのメカニズムを解き明かし説き起こさねばならん。
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簡単に言うとスピード社会に人々が慣れてないということになる。
普段はスローなんだけど締め切りが迫った時だけ焦る。それが悪弊な。悪風は良風を駆逐する。
生活にメリハリつけるのは良いことだけど、メリの気持ちでハリに当たるから付いていけなくなる。
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ではどうすれば良いのか?今こそ梁山泊を。
OJT(オンザジョブトレーニング)でやっつけ仕事を撤廃することだね。
仕事の疲れをクールダウンさせるクールビズタイムを儲ける。クールなサムライジャポンとして。
仕事に限ったことじゃないが、やる時は全力投球で、休む時はぐでたまの如く。
ハリの時は張り切ってやるはりはり漬けの張り子ちゃんの職習慣を君に。
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この未来化計画のコア、いわゆる核(god)、別の言葉で目玉は、
冒頭に触れたるように数理的思考力の涵養、言語的読解力の醸成である。
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言うなれば、コロボックルのコロニーか、はたまたボルボックスの群体のような軍隊。
そんな軍隊の規律正しい集団生活をイメージしてみるとよい。じゃがポックルなんて贅沢できねえ!
.
その結果、世界の、はたまた読書の色鮮やかさ(ビビッドネス)が全く違ってくる。
此をば古人は語りけむ。 眼 光 紙 背 に 徹 す る。
だが新刊書籍はまず買わない。
人文科学系のマニアックな専門書も、初版が4桁に届かないような本も所蔵されているので困らない。
人気図書(東野圭吾、宮部みゆき、村上春樹、三浦しをん等)は長いこと予約待ちを強いられるが、借りられないわけではない。
図書館にない本、時々手にとって参照するような本はAmazonのマーケットプレイスで中古を買う。
新品、Kindle版より安い。
状態も良く、帯まで付いていることが珍しくない。"新品"だった不良在庫を買い叩いたものだろう。
読み終わってBOOKOFFへ売る時も、綺麗だから悪くない値段(100~200円)で買い取ってもらえる。10~20円で召し上げられることは少ない。
ただ、雑誌のような「広く浅い情報」を扱う媒体は存在意義そのものが危うい。
インターネット普及期、真っ先に廃刊したのはコンピューター関連の雑誌であった。ITリテラシーの高い者がまず最初に雑誌を買わなくなった。
もうこうなると新刊書籍はダイエット本と宗教の本しか売れないのではないか。
それと、いち早く話題にキャッチアップしたい人が買うような本(足の早いタレント本とか)
あるいは荒俣宏先生のようなビブリオマニア、美装本や書棚に並ぶ背表紙を見て満足するような御仁なら"新品"にこだわるかも分からない。でもそんな人ほとんどいないよね。
しかしどういうわけかAmazonにも書店にも新刊書籍はある。いったい誰が買うのだろうか。
「1200円損したわ!」ってブチ切れる心配がないから、冒険できるのね。
YES!
ピース又吉「呼んだ? ちげぇ、読んだ?」
あと、図書館で本読むのは無理。
暇なオッサンとホームレスの溜まり場になってる。今頃だと夏休み中のガキがうるさい。
・図書館を占拠するホームレスにブチ切れている話 http://anond.hatelabo.jp/20150727174606
立花隆や宮崎哲弥みたいに、何件もマンション買って書庫代わりにすると便利(無理)
新刊買い逃がすと、古本屋やマケプレで高騰した既刊買うハメになるんだよな。
海外の出版社から取り寄せたり、大学図書館で大量の論文コピーしたり。
イノベーター(横文字)
ネズミの国のおかげで、浦安市立図書館は蔵書が充実しているらしい。
大学図書館は最強だよな。
賢明。
それな。
「この本ダメだな……」と思ったら、すぐ読むのをやめる。
分かる。
BOOKOFFはせどらーにかっさらわれていて、品揃えがショボイ。
もっぱら売りに行く場所だね、あそこは。
ダウト。
日本の図書館 蔵書数ランキング TOP100(2012年) http://10rank.blog.fc2.com/blog-entry-231.html
※訂正とお詫び
図書『館』密度のことか。すまん。
分かる。
でも税金納めてるし、カネがない人はある程度文化的献金を免除されても良いと思うんだ。ほら、貧困層に無料でオペラ開放してたのと同じだよ。
ネットで10、20冊予約してカウンターでまとめて借りる。書店で買うより楽だし速い。
……え? そんな人いるの?
待っている間に他の本読んだり、別のタスクをこなせば良いかと。
どうしても早く読みたいなら買えば良いと思う。
完全に盲点だったわ。
Kindle PaperwhiteのUXには絶望した。
・絶望した! Kindle Paperwhiteの出来の悪さに絶望した! http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20140722235006
他方、液晶タイプ(FireとiOS,Android,Windows,MacのKindleアプリ)は目が疲れる。
品揃え圧倒的だし、本の評判チェックできるし、検索かければ一発で本見つかるし、まとめて借りられる(買える)し。
所有欲理解できない。
本そのものはただの紙とインクの染みじゃないか。
潰れた本屋の在庫、書店から返本された在庫の一部はいきなり"中古本"になりますね……
2週間で読めないの?
期限決まってるとノルマ課せられたような気分になって、否が応でも読まない?
禿同。
本屋一軒に対して1冊ない計算になる。ネット経由の販売加味するとさらに減る。
しかも1万部のうち大半は図書館に納品されてるから、本屋の取り扱いはもっと少ない。
ちなみに文芸誌の主な読者層は『小説家になりたいなぁと思っている専業主婦』
文芸誌以外の書籍? 想像するだに恐ろしいわ。数万部でも『よく売れた』とか言われる業界だからな……
私も一部の本は読み返す。
でもせいぜい三ヶ月、半年程度のスパンで読むだけだから、その都度借りれば良い。
週一とかで読むの? 暇なの?
一度読めば内容理解できるでしょ……
それともスルメ本のこと言ってるの?
本好きの高じた結果、その購入物によって汚染された室内は、積読現象によって室内の壁際を、二周ほど周回したころから、家主は、危機意識をいだいた。購入欲求から出発した恒常的な床不足と家計破壊は、室内に家主の生息をゆるす状況ではなくなり、電子化は必然であった。
だからといって、本当に床が抜けてからでは、家主は、裁断機を運用し、自炊する力もなくなってしまうだろう。
電子書籍リーダーの導入は、家主は部屋とともに死にむかうのではないかという認識が、本好きからひろがった時に生まれて、電子書籍の購入が開始された。
電子化が開始されれば、すべての蔵書を均一に電子化させる、という家主の決意は、まちがいではない。
しかし、特例事項があったことが、その後の過ちをうんだ。家主が必要と認めた書籍は、部屋に蔵書できるという規定である。
条件はあった。
入手が困難な希少本と、画集のような今の形に意味がある書籍という規定である。
規定は、理想的にその理念を行使するということはないし、一般的な人びとの視点からみれば、床が、抜けていると見えないことが、この規定を拡大解釈して、運用されたのも当然である。
さらにいえば、本好きから産まれたビブリオマニアが、紙とインクのフィーリングを忘れることができるものではないからこそ、そこに、無条件に規定を無視したくなる思いがうまれた。
その欲求は、正しい。
しかし、ビブリオマニアのもっとも深い罪業は、積読の増殖が、室内環境と家計にとってもっとも危機的なものであるという認識を認知しないことにあった。
しかし、電子化は、その代償を家主みずから支払わなければならない時代であり、電子書籍時代とは、技術革新の時代でもなければ、祝福された時代でもないのである。
その認識から生まれたフラストレーションは、ますます本好きの人びと、ビブリオマニアたちに、物理本回帰の欲求に火をつけるのは、逆説的ではあるが、当然の帰結であった。
増殖した積読という本が、たえず回帰する形は、物理本でしかないという欲求は、ビブリオマニアの二重の罪業である。
しかし、床を完全に再生させるためには、千冊以上は処理しなければならないだろうし、千冊処理するあいだに、積読は、さらに増殖するだろう。
つまり家主は、すでに、蔵書全部が部屋におくことはできないと、覚悟をしなければならないのである。
これも、本好きには、容認できる認識ではないのだ。
しかし、現代は、すべての例外規定が排除されて、ビブリオマニアは、電子書籍リーダーに逼塞しなければならないのである。
『……でなければ、版元が起こした反乱も、あの時、死んでいったストアたちの霊もなぐさめられない……』
マスダは、そう思う。
読みたい本を携帯メモにリストアップしてるんだけど、見ながら本探してたらライブラリアン様がやってきて叱られた。死にたい
おばちゃんとかおじいちゃんがしょっちゅうピリピリ着信音鳴らして「きゅうりこうといてー」とか話してるのは全部放置してるのにね
さすがライブラリアン様面倒なことはやりたくない
ひ弱で勝てそうな若者がメモ見て本探してたら神聖なる図書館で携帯扱ってる邪智暴虐の携帯脳ゆとりを叱り飛ばしてやらなければならないって正義感が燃え上がるんだ
そういえば1984か華氏451の文庫新装版の解説に、ネットや携帯見てる奴らは本を焼きに来た悪魔だから倒せって書いてあったな
でもビブリオマニアのライブラリアン様は本気でそう思ってるんだ
なるほどねえ
いっそ殺してくれ本当
図書館警備隊連れてきて射殺してくれよ
追加、理由は「携帯電話の使用はご遠慮下さい」
俺 読書です。
面接官 本当に?当たり障りの無いこと言ってない?下手なことは言わない方がいいよ
ってのがあったが・・・
月に50冊ぐらい。年間の書籍費用が10万を軽く超える。(月数万だから当たり前だが)3ヶ月に1度段ボール箱で古本屋に出す
といういわゆるビブリオマニア(熱狂的読者)の俺が、趣味が読書だと言ってはいけないのかと思ったのと
安易に、読書が趣味っていう人が多いんだなぁと思ったことは、若い頃の思いで。
どこかの人が、雑誌は5冊ぐらい同時に買うとか、多いという意味でいっていたらしいが・・・
5冊同時に買える程度しか、本屋に通ってない(毎日本屋に日参していると、同時に5冊雑誌を買うほどかぶらない)の意味で、そら、少ないだろと突っ込んだ俺がいます。
今はもう、すっかり、卒業ですが。