はてなキーワード: 嫌煙家とは
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/puz_albino/status/616174453207072768
この中の無関係な喫煙者まで主語を広げて攻撃してるバカどもはなんだ?
非常に不愉快だ。
以前、職場の友人と昼飯でいった、全席喫煙可の定食屋での体験を思い出す。
自分は吸わないが嫌いでもない。友人は結構吸うもので、自ずとそういう店の選択になった。
となりの席には、夫人が二人座っていた。
席に着き注文を通すと、友人はタバコを燻らせ始める。
すると、となりの夫人が突然、しきりに煙たそうに、嫌な顔をして手で煙を払い始めた。
大げさに咳もはじめた。
これが当て付けでなければ一体なんなんだろう。
本当に嫌な顔だ。あの顔だけでその人の人格が知れるほど、嫌な顔だった。
なのに、一言もこちらにはない。喫煙席で遠慮しろなんて、そんなこと言うのもお門違いなのに、それすらない。
友人は一本を早々と吸い終わると、もうそれ以上胸ポケットのふくらみには手を伸ばさなかった。
ぼくはいった。
「吸いなよ。遠慮せずに。ここは吸っていい店だ。灰皿も置いてある」
友人はいった。
「俺はもうこれで十分だよ」
その店の料理は美味しかった。その味を、あの夫人の顔とセットで覚えてしまったのが悲しい。
なんで一部の嫌煙バカはルールを守っている奴らまで糾弾するんだ?
迷惑かけずに生きていこうとしている奴らを叩いて何になるんだ?
ぼくにはそんな奴らの方が、タバコの煙よりよほど有害に見える。
http://anond.hatelabo.jp/20150702225032
>たばこを吸うのと同じように、手で煙を払うのも自由なんじゃないの
>その店ではその行為が禁止されてたのか?
おそらく禁止されていないだろうね。
でもぼくは一言もやめろなんて言ってないんだな。
不愉快だっただけで。
>自分の自由は声高に主張するくせに相手の自由は制限しようとするやつって大嫌いだ
http://anond.hatelabo.jp/20150702231013
>あてつけって思われてるんだろうけど、全然あてつけじゃない。
>そりゃあ喫煙可な場所と確認しなかったのは悪いが、食事も頼んでるのに食べずに出られるほど金持ちでもない
そんな嫌な気分にされる筋合いはこちらにはない。
まったくおっしゃるとおりで、そんなに嫌ならしっかり店に確認すべきだ。
我々はちゃんと吸える場所を選んできた。それを無下にされるいわれもない。
俺も離煙してそろそろ8年が経つ。
同じくどちらの肩を持つわけでもないんだが、元増田の言うとおり外基地嫌煙家は確かにいた。
が、それよりもマナーを守れない喫煙家のほうが圧倒的に目についた。
そのぶん世間の風当たりが強いのは喫煙家になる。すると少し頭のネジの弱い人は「喫煙者は叩いても無抵抗であるべき存在」だと認識する。
俺は酒は付き合い程度で一応飲む。
でも、絡んでくる奴はウザいし、酒臭い奴は嫌いだ。
なんか嫌煙家の気持ちが分かる気がしてきた…
しかし喫煙者は煙草吸うことを強要しないし、絡んだりもしない。
あ、やっぱ分からんわ。
多くの喫煙者たちが虐げられなければならんのだ!
マナー悪いのはごく一部のDQNたち。こいつらはアホだからいい歳して煙草を吸うことがカッコいいと思っている。
車に乗り、窓から手を出しながら喫煙。(俺、今カッコよくね??)
そして、無造作にそのまま火の付いた状態で道に捨てる。(煙草投げ捨てたよ!!悪だぜ!!カッコいいぜ!!俺!!)
多くの喫煙者はマナーを守っている。歩き煙草するのも、ポイ捨てするのも、ごく一部なのだ。
一部の、カッコいいと思っている勘違いバカのおかげで、昨今では喫煙者はとてつもなく居心地が悪くなってしまった。
何十年も前は電車の中でも普通に煙草が吸えたそうだ。むしろ肩身が狭かったのは嫌煙家の方。
そりゃさ、アホみたいにその辺に火の付いた煙草投げ捨てたりさ、火の不始末で火事起こしまくってたら、煙草吸わない奴にとったらいい迷惑だよ。ムカついて当たり前だ!
そういうことが積み重なって、今の嫌煙ブームになったわけだよ。
このDQNたちは、自らが肩身の狭い思いをするように世の中を誘導しているということに全く気付いていない。
迷惑をこうむるのは一般の喫煙者だ!そして、いずれは煙草を吸いづらくなり、嫌々やめることにもなる。
しかし!!このDQNたちはそれでも吸い続けるだろう。そんな風潮なんて気付けないほど鈍く、低能な連中だからな!
いや、むしろ時代に逆らってる俺カッコいい?と中二病をこじらすかもしれん。
ということで吸いづらい世の中になってきたので2週間ほど前に煙草やめました。
公式サイトはこちら
hicbc.com : 健康カプセル!ゲンキの時間|アーカイブ|第132回(11/16)禁煙
どれだけ離れていてもにおいを感知できるかという実験を簡易ながらしていたので、ちょっと詳しく記録しておく。
実験条件:
まず、50m地点での粉塵計の数値は0.012mg/m^3であり、この数値をタバコの煙のない状態と規定。(既に喫煙開始状態かどうかは分からず。)
警察犬は46m地点で停止。警察犬訓練所の方が言うには、タバコのにおいが原因で停止したという理解で良いらしい。この地点の粉塵計の数値は0.012mg/m^3のまま。
嫌煙家の二名は26.6m地点で停止。粉塵計の数値は0.016mg/m^3。
愛煙家の二名は4.9m地点で停止。粉塵計の数値は0.072mg/m^3。
ちなみに40m地点での粉塵計の数値は0.014mg/m^3。
非常に簡易ながら、人によって如何ににおいに対する感受性が異なるかが可視化された実験でした。
【追記その1】
新たな職場における喫煙対策のためのガイドラインの策定について
こちらの基準を見ると、「浮遊粉じんの濃度を0.15mg/m3以下」と、番組内で粉塵計が示した値より一桁緩い数値になっている。
大和先生のコラム | 職場の喫煙対策 | すぐ禁煙 | ファイザー
いくら「職場における喫煙対策のための新ガイドライン」が2003年の策定とカビの生えた代物であるとはいえ変である。
あるいは、職場内に設置した喫煙室も含めて、「浮遊粉じんの濃度を0.15mg/m3以下」と規定し、
「非喫煙場所と喫煙室等との境界において喫煙室等へ向かう気流の風速を0.2m/s以上とするように必要な措置を講じること」
によって行うという考え方なのであろうか。
受動喫煙の害 | 喫煙対策の基礎知識 | 職場の喫煙対策 | すぐ禁煙 | ファイザー
ガイドライン策定時、一般的に入手可能であった計器の精度や価格の関係でそのようになっているのか、
あるいは各方面に遠慮しまくった結果、こんな間接的でしょぼい内容になっているのか分からぬ。
【追記その2】
こちらによると、追記その1での推察通り、0.15mg/m3以下は喫煙室にも適用のようだ。
しかし、0.15mg/m3という喫煙室環境は相当な状況であるから、境界地点にて0.2m/s以上の空気の流れがあったところで、
退室時、エアシャワーを浴びつつ3回以上深呼吸しないと出られないような設備が欲しいところである。あまりに非現実的だけれど。
あまりに喫煙室が遠いが為に、自分の席で喫煙するような事態が発生する事を懸念してであろうか。そうそうそんな非常識な人もいるまいから、この記述の意図が分かりかねる。
吸わないんだけど隣で吸われるのはなんとも思わない人間なので、嫌煙家の人たちに「あなたも吸わないんだから嫌だよね!」という同調圧力受けるのがすごい不快だなと思ってこのエントリを書いたまでです。
吸わないし隣で吸われるのが心底嫌だと思う人間なので、不感症の人たちに「あなたもなんとも思わないよね!」という同調圧力受けるのがすごい不快だなと思って
私自身は吸わない人間だが、吸う人間を害悪のように忌み嫌う人は何と戦っているんだろうか。
マナー守らず吸ってるような奴はそりゃ叩かれて当然だけど、きちんとマナー守って吸ってる人が大半。
喘息とか副流煙吸うだけで具合悪くなる人ならわかるけど、そうじゃない人は別に隣で吸うくらいいいじゃん。
飲み会とかで喫煙者が「吸ってもいい?」とか言った時に「私ダメなんです( ー`дー´)キリッ」とさも立派なこと言うように断る奴(女に多い)一体何なんだ?
そんなに副流煙気にするほど健康が気になるのか、ある意味別の病気じゃないの、それ。
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追記
飲み会とかで隣で吸うのダメーとかいう女がいると場の空気切れちゃうんだよね。
みんなでワイワイ話してるのに「じゃあ席外して吸ってくるわ」ってなるので、話の流れが一旦切れるし、そのあと戻ってきたら戻ってきた人に話し直したりしなきゃならないし。
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また追記
吸わないんだけど隣で吸われるのはなんとも思わない人間なので、嫌煙家の人たちに「あなたも吸わないんだから嫌だよね!」という同調圧力受けるのがすごい不快だなと思ってこのエントリを書いたまでです。
この記事について。ブコメで嫌煙家が上記記事を叩く→記事を叩いている嫌煙家を叩く人が出てくる。なんかタバコ関係の話題が出るといつもこう。ブコメを見ていてもやもやしていたので思った事を書いて行く。
前提として私はタバコ吸いませんが、上記記事が釣りでないのであれば半分くらいは同情しています。マナーさえ守れば喫煙は問題ないと思っていて、マナーというのは時と場合を考える事。例えば歩きタバコはNGだが喫煙所で吸うのはOK。その結果臭いがするのは仕方ない。食事の場はちと面倒になるのですが、飲み会なら仕方ないけどランチ中は近くで吸ってほしく無い。ってな感じ。基本タバコは嫌いだけど吸う事に対してとやかく言うつもりは無い。
ブコメで嫌煙厨が過激な意見を出していますが、正直仕方ないと思うのですよ。逆に嫌煙厨を叩くのはどうかなと思っています。気になったブコメに対する意見を書いて行く。
id:hiragumo おやおや。コメントだけ読んでると、どこぞのレイシストや反原発活動家と似たようなご意見ばかりで。「共存」なんてハナから眼中にない方々ばかりなんですね…
そりゃそうでしょうよ。タバコって明確に体に悪い物だし、吸わなければ死ぬ訳でもないでしょう。なぜ共存する必要がある? 吸わない人が煙を吸わされるのって結構辛くて、喉が痛いときなんかは特に嫌。放射脳と一緒にするのは筋違いではないでしょうか。
id:Mattyan タバコ吸わないんで別にいくら禁煙が進んでも一切困らないのだが、これとかつての禁酒法との違いはいったい何だろうと考えるとよくわからなくなってくる。
これは耳が痛い意見。でも酒で他人に迷惑かける確率と、タバコで迷惑かける確率で言えば、タバコが圧倒的じゃないかなぁ。
id:Talgo 人のニオイにまで文句つけるようじゃ人間おしまいだな。タバコだけが特別ってことはない。「あなたの○○のニオイが我慢ならない」とか言い出したら世の中メチャクチャだぜ。
全部の臭いを一緒には出来ないでしょう。他のブコメにもあったけど、おならを許容できるのですか?
id:k71360274 濃いコーヒー飲んだ人の匂いの方がきつい
気をつけます。いやほんとに。
臭い・健康への被害等、明確に害のあるタバコと、害がないと言われているのに騒ぐ放射脳と一緒にしないでほしい。
個人的にはタバコの方が数倍臭いし、仮に線香と変わらなかったとしても、日常生活で線香炊いてる人に出会う事ないから。
id:zeromoon0 デブも汗臭いから入店禁止。コスプレはイベント会場でやっても目に入ってキモいから自分の部屋だけでしろ。ヲタクはバカだからアニメをとりあげろ。
全面的に同意。
そこまでは言ってないでしょ。
これって凄く難しい話で、嫌煙家の権利もあるわけ。自分は冒頭でも行った通り、臭いくらいは我慢している。喫煙家に対して分煙を強いているかわりに臭いくらいは強いられても我慢しようかなと。ただこれに健康被害が出てくるのがタバコだから、ここまで叩かれるんだろうね。
この10年で、自分の周りのタバコ絡みの環境が大きく激変していて、今更ながらに驚いた。
一応オフィスは禁煙だったが、応接での打ち合わせや定時後は関係なく吸える。
上司との打ち合わせで、座ると同時にプカプカ始まるなんて当たり前。
喫煙所は屋内の廊下の片隅で、誰かが必ず長居しているせいか、吸殻入れは常時発煙筒と化していた。
出勤時はオフィスのあるフロアに来ると同時に漂う紫煙の匂いで、今日も1日仕事かーと思っていた。
飲み会があるときは、終わったらスーツにファブリーズしてたっけ。
外食では禁煙席にいても、どこからともなく臭ってくる煙で・・・というのがないお店を探すのに一苦労だった。
営業車も勿論ヤニ臭かった。吸殻捨ててないし。
そして、それら全て「非喫煙者の皆さん、大目に見てやってください」という雰囲気だったわけで。
あんまり目くじら立てると「嫌煙厨」呼ばわりされかねないというか。
喫煙所は外もしくは密閉された部屋の中。吸う場所のみならず、喫煙時間も著しく制限されている。
それどころか、誰かがタバコを吸っている光景すらほとんど目に入らないし、タバコの臭いがする場所を探すのが難しいくらい。
元来嫌煙家だった自分が「タバコくっせー」と感じて不快になることなんて皆無なのが当たり前とか、今頃気がついてびっくりしている。
■非喫煙者
それらの定義は以下の通り。
●嫌煙厨
いわゆる何が何でも嫌ってほど喫煙者やタバコ、灰皿まで憎しという言動。
割と表立って悪態もつく。
●嫌煙家
基本、喫煙者全般がキライだけど、あくまで喫煙行為と底から発生する煙が嫌(ニオイ)が嫌という人達。
喫煙者が煙草をやめてクラスチェンジするとだいたいココに落ち着くらしい。
もともと吸ってなかった人よりもタバコのニオイに敏感なんだとか。(高校の社会の先生が言ってた)
嫌煙厨の行動はキチガイじみてると思ってる(主に俺が)し、いいぞもっとやれとも思ってる。
●無煙者
もともと吸ってない人に多い。
横で吸われても何とも思わないが、自身は吸おうとは思わない。
前述のVSで登場はしない、かな。
■喫煙者
対する喫煙者側も分類できる。
主にマナーの有無で分ける。
●喫煙厨
ポイ捨て上等、路上で吸うのもためらわず、何なら駅構内でも吸っちゃうぜ、という廚二精神が混じった喫煙者。
●愛煙家
また、喫煙厨を毛嫌いしている人も混じってる。
■喫煙者全員が悪者になるわけでもない
先日、近所の公園が工事されててどうやら喫煙スペースが作られるらしいと。
公園の場所はオフィスビルが林立するところの真ん中にあって、サラリーマンの憩いの場でもある。
勿論そんなサラリーマンが来る理由は灰皿が備え付けられてるから。
地球から灰皿が生えてる。でも灰皿は回収されず、壊れてるので自動的に下にばらまかれる。
そりゃ汚くなるわ、と言う場所。
その公園は保育園児が散歩で連れて来られる場所にもかかわらず、吸い殻が散乱してる。
憩いの場は喫煙者としてのスペース。
ココでそれぞれに主張させてみましょう。
嫌煙厨:いっそのこと灰皿まで無くせばいいのに
嫌煙家:分煙されれば吸い殻の被害はこれまで程ではなくなるかな
きっとこんな感じ。
ちなみに自分が一番該当する部分に属するのでは。
嫌煙厨的には見るのも嫌なので無くして欲しいでしょうが、それだと吸い殻が散乱するという問題への解決は半分しか達成されない。
街が汚れようが自分の服が臭くなろうがお構いなしなので、勿論他人が被る迷惑も省みない。
なので彼らだけは灰皿を撤去した公園でも吸い続け、吸い殻を捨て続けるということ。
この時、愛煙家から見ても、喫煙者の全体を貶める行為として忌み嫌う。
逆の非喫煙者側から嫌煙厨を見ても、行き過ぎる意見は逆効果になり、非喫煙者全体がバカだと思われるとして忌み嫌う。
例えば、嫌煙厨が煩く行政に騒いだところ、あらゆる灰皿が撤去され、その結果、街に吸い殻が散乱して回収されずに居る、という結果が良い例。
どちらの派にも良識派が居て、そう言う人達はわきまえるという事を知ってる。
こうやって良識の有無を以て賛成派と反対派をもう一階層掘り下げる事ができるかどうかで、物事の捉え方が変わる。
要原発も、原発の有用性を認めた上で、リスクの認識の有無で分類。
原発に対する意見よりも、”一社会における人間の多様性を認めているか否か”=”良識があるか否か”で分類できる。
言ってる内容はだいたい前述の通り。
極端にというか、無知で話すと同派閥から見てもクソだよね、と言う話だ。
反原発派の無知層から出るまるで呪か何かと勘違いしてるのではないかと思われるほどの行き過ぎた反応は人々を傷つけるだけではなく、反原発派全体をバカだと思わせる行為に他ならない。
反原発知識層は危険性をより明確にし、無用な心配は起こらないようにする行動をとっている。
そしてそう言った行動は出来るだけ多くの人間と共有しなければ自身を危険に晒す事になるからよりいっそう周囲に広めようとする。
たとえば、反/要原発などの意見を持たない人間が発案した小学校の遠足は行き先が福島でした、とする。
コレに対して、線量がいくらだからとか、どの地域までなら、という基準を持っている反原発知識層からすると、明確にどこまでならOKといった話ができる。
一方、反原発無知層には東北と聞いただけでヒステリーを起こしてそんな学校つぶしてやるわ、位の行動を見せる。
で、実際には後者の方が煩いので目立つわけで、要原発からしたら大半の反原発派の人は、この無知層を以て反原発=放射脳と言っているのだと。
一度この図式を持つと、大概頭の固い人間であれば、科学的な論拠に基づいての意見も放射脳だからというレッテルで意見を聞かないし頭から否定をする。なんというか、地球が丸い?そんなわけあるかよ、という反応に近いモノを感じる。
私は所謂嫌煙家である。タバコの煙、あまり好きではない。そして、出来れば煙から遠くに居たいと思う。
と書くと、愛煙家の方あるいはヒステリックに禁煙を求めるような人の姿を思い浮かべてしまった方は、ありがちな自分の意見発表だろうと思ってしまったかもしれない。だが、ここでの主題はタバコそのものにあるわけではなく、その背景だということを付言しておきたい。私はタバコを吸う事自体は、個人によりけりだと思っており、殊更に禁煙を求めるようなことを言いたいのではない。
むしろこの場で少し言いたいのは、人間の奥底に抑圧されているようなトラウマチックなものが見せる反応のことである。トラウマというとセンセーショナルなことを思い浮かべる諸氏もいらっしゃることと思うが、そんなものでもない。私の奥底にある、そして最近その存在にはっきりと気づき始めたトラウマというのは、あくまで大事件というものでもなく、日常の中ですこしずつ蓄積されていったものだ。人には、どうしても譲れなかったり、頭ではわかっていてもどうしても受け入れられないようなことがあるという経験を身をもってしたということをを理解していただきたい。
そのルーツは、やはり親なのだろう。上手くいかなかった時、親の仕事がはかどらない時、そこには、いつもタバコの煙があった。ただし、昔から普通の時も吸っていたので、特に悪い状況=タバコという思考回路が形成される積極的な理由には成り得ない。ただ、健康のためと禁煙しながらやっぱり吸ってしまい、そして家でぐうたらしながらタバコをくゆらせる姿が、この人生の中で記憶として残ってしまっている。そんな経験もあったので、私にとっては、タバコ=堕落、怠慢の象徴に映るのである。かくして、私にタバコの臭いはそんな苦い思い出と共にこの頭にインプットされた。これが、私のトラウマの元ではある。
同じ体をこわすと言うか、体を削って快楽を求める依存性のある物質として、酒とタバコに本質的な違いは感じない。依存性の大きさとか、副煙流とかは私にとってはどうでもいい。だから、私は自他ともに認めるくらい酒を飲むときは飲むが、その原因はやっぱり普段のストレスだと思うし、普通に考えれば、意志の弱い私はこんな経験があれば結果としてタバコにも手を出しかねなかったのである。
だが、現に私は人生これまで副煙流にあずかることも多く明らかに1本でも吸えばニコチン中毒になるであろう体を持ちながら、未だにタバコを吸ったことがない。むしろ、タバコを吸う姿を一瞥するだけで、こう体に虫酸が走るような感覚と言いようのない嫌悪感が込み上げてくるのである。これはもはや理屈ではない。
私にとって、これまでの人生での最大の敵は思春期以来怠惰であり、堕落である。現在進行形で、自堕落さを戒め、低い位置に甘んずることはせず、茨の道ながら自分で自分の道は開拓しなければと思いこれまでやってきた。だから怠惰ほど憎むこともない。私は、ほとんどのことに対して、許せるとは思うが、これだけは許すことはできない。理性からこう言うのではない。理性が働いていたら、これほどまでに激しい感情を持つこともあるまい。そう言えるくらいには、普段の自分はいたって感情を顕にすることもないし、それほどの激しい感情を持つこともない。
こうして、私の深層心理の奥に刻み込まれた、怠惰の象徴としてのタバコというのは、私にとって抑えがたきまでの嫌悪を呼び起こすのである。もはや、生理的なものであり、本能的なものであり、私の理性で抑えることもできない。これは、しょうがない。勘違いして欲しくないのは、繰り返しになるが個人の喫煙に関してあれやこれや言うつもりはないということであり、私が勝手にそう思ってしまうだけだという話がしたいのである。(もちろん自分に近い人々なら話は別である)
要するに、このように人によっては、私のようなものよりはるかに激烈な記憶としてトラウマが蓄積されている場合もあるのである。この記憶が呼び起こされる感覚は、その人にしかわからないものだし、ひどい例の場合はパニックという形としてフラッシュバックされるのだろう。とにかく、こうして人には触れてはいけないポイントというのがある人もいる。それは他人にはもちろんわからないから、間違ってその人のトラウマに触れても極端な例でなければちょっと嫌な顔をされるものの許してはくれるだろう。しかし、「〇〇は絶対にいやだ」と言われたら、それは本当にダメなものなのかもしれないということは配慮して欲しいと思うのである。
のが、すごく気になった。
http://masuda.livedoor.biz/archives/51732367.html
私もID:VPkKHv1t0みたいな事考えた事あるわ。
私も車が嫌い。私は徒歩か自転車・電車で移動するのが生活の大半を占めてるから車が邪魔で邪魔で仕方ない。
大体一人二人しか乗らないのに道路の8割くらいを独占し、動くのにガソリンという地球の資源を消費し、あまつさえ排気ガスをまきちらして地球環境や人体に被害を及ぼしている。
それに自動車事故。自動車が無ければ死なないですんだ人は自動車が作られてから一体何人居たんだろう。
煙草が「直接の原因になって」(煙草の煙で、ではなく煙草で、ってことね)死んだ人は聞いた事はないけど、自動車事故で死んだ人は毎年世界で何万人と居るはずだ。
自動車なんてなくなればいい。
煙草が悪なら自動車も悪。はやく自動車の製造会社や販売会社は潰れろ。
っと、まあここまで妄想を広げていったところで気付いたんです。
もちろん↑の文章の「自動車」の部分が「煙草」になるわけじゃない。
何が言いたいかというと、何かに対し理屈をこね、悪者に仕立て批判し消えろ無くなれ
と考えるのがすっっっっっっっっっっごく楽しいという事。
もちろん「そんなん楽しいはずないだろ」と思う人も居ると思う。
でも私は楽しい。愉快。
歪んでるのは重々承知してるけど(じゃなきゃこんな記事書かないし)嫌煙家の皆さんもぶっちゃけ楽しいから叩いてる人も居るんじゃないかな?
まあ居るんじゃないかなと思っただけ。