はてなキーワード: はいとは
あらゆるルートの結論が「親密な1対1の人間関係の中にしか人間の救いはない」と語っているようで気持ちが悪い。
人間は他者と交流することによって社会を形成してはいるが、そこにある救いの形を1対1の恋愛関係に収束されてしまうのはどうも筋が悪いように思う。
こんなことを恋愛シミュレーションゲームに言うのがそもそも筋違いであるのだが、あの頃※1のオタク界におけるエロゲの勢力拡大は凄まじく全てのADVが自動的にエロゲの文脈に落とし込まれていった。
エロゲの文脈とはすなわち「主人公が、女の子と恋愛関係になり※2、その結果として主人公や女の子が抱えていた人生の宿題が解決する」というものだ。
人生におけるありとあらゆる問題は人間関係の結果として解決されるわけだ。
現実が相手ならそんなわけはないと言えるが、生憎あれらはゲームなので、そういう文脈なのだと言われたらもうぐうの音も出ない※3。
俺はCROSS†CHANNEL※4,5 が好きなんだが、あのゲームは泣きゲーに近い所はあるし、人間関係の中に人生の答を見出すが、それは1対1の関係の中に見出すわけじゃない。
アレは、世界と自分の関係について自分の中で答を落とし込んでいく過程として他者との交流、相互理解があるという物語だ※6。
俺だってさ、誰かが本気でお互いのことを考えてくれたら一人では解けない愛のパズルが解けてついでに人生も大体どうにかなるってファンタジーが嫌いなわけじゃないよ。
でもそれがこの世界におけるあらゆる感動的な物語の全てなんじゃないかってぐらいの勢いでそんな話ばかりされるのにはうんざりしてたんだ。
今はもうすっかり業界も下火になったし、力のあるライターが外に出ていったり、ソシャゲを作ってたり、そしてエロシーンを積まない業界でやってたり、トゥルーエンドが一般化したり、そういったことによって「エンディングの形はヒロインと結ばれることだけである※7」という考えは薄れてきているように思う。
そもそも「泣きゲー」というジャンル自体がかなり弱まってきて、人の気持ちを震わせる方法はいい感じのBGMを流しつつ声優に涙声演技させる事だけじゃないし、ガチで感動できるゲームは泣く以外にも笑ったり感心したりさせてくるから「泣き」に特化してるわけでもないなと界隈の空気が変わってきている気がするんだよな。
だからもう俺の「泣きゲー」アレルギーみたいなのも時代遅れになった。
時代遅れになった今だから言えるんだが※8、俺は「泣きゲー」と言われているものが好きじゃなかったよ。
さあ、これが俺のEDだ。
スチルを出してEDテーマを流そう※9。
※1 20年ぐらい前のエロゲ全盛期。KANONや月姫の時代。ネットでは皆エロゲをやっていて、未成年はPS2とかでエロゲをやっていた。きっと多くの親御さんが「この子もキモータになるのかしら」と心配していたことだろう。今はスマホで出来るので親にバレなくて安心。
※2 一部の鬼畜ゲーだと恋愛関係にはならずレイプしたり調教したりする関係になる。が、今回は泣きゲーの話なので省く。が、レイプとかする関係の泣きゲーだってあるにはある。が、今回はその話は省く。
※3 うぐぅに空目したかも知れないが、俺はちゃんと「もうぐうの音も」と書いている。お前の心が歪んでいるからそう見えるんだ。
※4 Google日本語入力が覚えてくれているおかげで「ダガー」で変換する必要がなくなったの楽ちんだね)
※5 山田ロミオの名作エロゲ。全ての発達障害と障害者と自閉症とその他諸々がプレイするべき。ただし精神疾患を持っている人がやると危ないので辞めたほうがいい。
※6 そして物語の最後、それぞれのキャラクター達との間でそれぞれの形での1対1の関係が描かれ、それが受け手に「いろんな形でのつながり、いろんな他者の解釈があっていいのだ」と伝えてくれるわけだ。
ミキミキの解釈と霧の解釈が2つに割れて、それに対してお互いが「自分の内心は譲らない」「相手の内心を無理に変えさせる気はない」という形に自然に落ち着いている所が、救われるんだよな、他人の中にある自分の像にもまた多様性が許されていいっていうただそれだけの話なんだけどさ、現実の世界にいる奴らはいざそういう話になったら「そんなの当たり前だろ?」って顔するくせに実際には「いやいや、同じ情報を与えられてその人から得る印象なんて概ね1つに定まるんじゃないの?」みたいな風に平気で思い込んでたりするんだろうなってのが滲み出まくってるじゃん俺はアレが本当に辛くってさ、救われたんだよな、二人のそんな姿に。
※7 バッドエンドとして一人ものエンドがあるだろってツッコミもあるだろうが、アレはGAME OVERの1つでしかないだろ?
※8 俺はKYじゃないから、流行り物に水を差したくないってことだ。
※9 バッドエンドじゃないのかって?そうかも知れないな。結局、俺の物語は奇跡が起きなかったんだよ※10。
奇跡が起きて全員が助かる話
俺はいつも自分が楽しいとおもう趣味のことしか書いてないんだが
ネガティブで毒吐きな人間の方が圧倒的に多いからその印象に染まるんだろ?
小学生の間で一番人気はいまやマッシュルですよ。なんなら4歳5歳の未就学児の間で一番人気もマッシュルですよ。
なんか曲が人気らしいんだけどね。
おじさんからすると全く観測範囲外方面で爆発的ヒットしててようやく爆風が届いた感じ。
推しの子はテーマ曲がYoutubeでバリバリプロモーションしていたからあーヒットするのね→あーヒットしたのね→あんな青年漫画小学校低学年に見せてどうすんだ。。。。。という、予定調和的な反応をしていたのですが。
作者は仏教を学んでいて全てのものが救われると言われる極楽浄土ですら宝石は装飾品扱いっていうのをモチーフにしてる!っていう
公式インタビューか何かの書き起こしがTwitterで何十回も流れてきて読者がドヤ顔解説してるのをよく見かけたから
考えてはいるんじゃない
面白いかどうかは別だけど
全て私に関する本当の事だ。
それでもこうして書いているのは、他ならぬ私自身が救われたいと願っているからだ。
なのに私は、今はもう人を信じる事が出来ない。
自分一人ではどうする事も出来ないレベルに達し、ネットという不特定多数の集まる場で、見られるかどうかも分からない悲痛な叫びを上げている。
けれど、そう思っていても。
ずっと苦しみに追われている。
それが、見て見ぬ振りの出来ない、紛れもない真実なのだと思う。
前置きが長くなったが、どうか私の話を聞いてやってほしい。
私は離人症であり、回避性パーソナリティ障害であるらしい。
(前者は一応診断らしきものを下されたが、後者はあくまでDSMの診断基準を満たしているという視点である)
また、HSPの気質もある。典型的な「生きづらい」タイプだと思う。
素のままでこんな話をすれば、恐らく大抵の人は困惑するだろう。
心理学や精神医学を学んだ方、色々調べて知っているような方でないと、あまりピンとこないであろう病名だと思うからだ。
正直、HSPに関しては、言う事自体が一つの免罪符のように思える為に、あまり声高には言えない。もちろん、他の当事者の方について、あれこれ言うわけではない。
ともかく。自らが抱える様々な特性に、私はずっと悩まされてきた。
例えば、学校での場面。私は苦手な同級生の話をどうしても聞く事が出来ず、ずっと耳を塞いでいた事があった。
小学生の一時期、不登校(正確には、給食が始まる前までは出席していた日もあったが、その後に早退していた)だった時もある。
あの時迎えに来てくれた母の拒絶するような、悲しげな後ろ姿。
母の後ろを申し訳なさげに歩く自分の悲しさを、今でも覚えている。
高校時代も、一年次から辛かった。文字通り「死んだような顔」をした私は、上手く笑顔になれなかった。
同級生は優しい人も多かったが、結果的に馴染めず、一年持たずに中退した。その後は別の高校に入り直したが。その前後の時期が、人生の前半で一番の暗黒時代だったと思う。
母に「こんな子産むんじゃなかった」と言われたのも、この時期だ。
父は元々家族としっかり関わる人ではなく、私が普通に学校に通えない事を腹立たしく思っていた。
もっと遡れば、幼稚園時代から、私は集団に馴染むのが上手ではなかった。
どちらかと言えば、砂場で一人黙々と砂遊びをしている方が落ち着いていたように思う。
大人になった今でも、私には静かに過ごせる場所、一人になれる時間が不可欠だ。
騒がしい場所や、絶え間なく流される情報にさらされるのは耐えられない。
人付き合いでも悩まされる。私は好かれているという確信がない限り、人と上手く付き合う事が出来ない。
正確に言えば、無難な付き合い(出来ていたかは自信がないが)は出来ても、必ず相手に壁を作り、相手に「堅い人」「近寄りがたい人」という印象を与えやすい。
(表面上は「優しい」と言われたり、子供に怖がられたりした事はないので、相手がどう感じるかは分からないが)
何故なら、会社であれ、日常生活であれ、人と関わる場面を避ける事は困難だからだ。
あれこれ一人で考えては疲弊し、人付き合いを苦手に感じる。
今も悩み、苦しんでいる事の根底にあるのは、人間関係であるように思う。
しかし、そうした苦しみをまともに受け続けていれば、とっくに精神は崩壊していただろう。
いや、もう崩壊していたのかもしれない。
私にとって離人症のフィルターは、現実をダイレクトに受けずに済ませるクッションのような働きをしている。
正確に言えば、私の頭の中にはシャボン玉の幕(カーテン)のようなものが掛かっていて、外の物事はそれを通して感じている。
故に、今一はっきりしない。かと言って、知覚出来ていないわけではない。平たく言えば、現実感がないだけだ。
かれこれ、付き合いは十数年以上になる。
たまに忘れていた現実感が戻りかける瞬間もある。
そうした時、私は敢えて「戻らなくていい」と願う。
かつて死にたいと強く願い、実行した事がある。
結果、死に損ねて今に至る。
死にたい気持ちが完全に消えたわけではない。浮き沈みを繰り返し、今は死ねないから生きている。
だから苦しい。私は、どう生きればいい?
私がもっと子供の時に、私を理解しようとしてくれて、手を差し伸べてくれる大人がいれば。或いは違っていたのだろうか。
たらればの話をしても虚しいだけだが。そう思わずにはいられない。
この投稿の最後になるが、私は「ただ一人の理解者」を求めて、ネットの海を彷徨っている。
本当なら十代の頃にでもするべきだったのだろうが、前述の通り、色々有りすぎて、自分と向き合う余裕なんてなかった。
人を信じる事が出来ない私が救われたいなんて、身勝手だと思う。
だが、信じられなくなった経緯があるのも確かなのだ。
たった一人でいい。良き友人が欲しい。勝手な願いだが、ずっと願い続けている。
こうして投稿を綴るのも、自分を救いたい願いと、誰かと繋がりたいと思う二つの願いからだと思う。
こんな私に少しでも興味を抱いてくれる方がいるかは分からない。
もしもそんな優しい方がいるなら、私はその人と話してみたい。もちろん、重たくならない範囲で、だが。
私の悲しみが、いつか和らぐ事を願っている。
はい、MDN Web Docsではブラウザの仕様を見ることができます。
MDN Web Docsは開発者向けのリソースで、CSS、HTML、JavaScriptなどのウェブ技術についての情報が豊富に揃っています。
Web APIの詳細な仕様を見ることができます。これらのページでは、各APIの使用方法、パラメーター、戻り値などが詳しく説明されています。
また、ブラウザ自体の仕様については、MDNの用語集で「ブラウザ」の項目を参照すると、ブラウザがどのようにウェブページを取得して表示し、ユーザーがハイパーリンクを通じて他のページにアクセスできるようにするかについて説明されています。
amematarou 平成25年位に成年被後見人の選挙権がなかったことが違憲判決キッカケに回復されたんだけど、そういうのすっ飛ばして増田が日記書くのはいいけど、バズるのがおかしいよね。違憲判決で是正された案件くらい共有しよや
建前と本音の持ち方ってのも、ある意味で何かしらの教育と学習があるんだろうな
人を憎んだり恨んだりするのは悪い人間のすること
ボケたから選挙権なしが制限選挙であるって言うなら、18歳未満だから選挙権なしも制限選挙のはずだよね。
15歳で家を出て働いて一人暮らししてる人だっているはずなんだから。
一人暮らしの15歳に選挙権がないことをどういう理屈で制限選挙ではないと言い張ってるんだろうね。
多くの国が普通選挙はそういうものだと言い張ってるからそうしてるっていうなら、それは「黒人に人権がないのは当たり前だろ?だって皆そう言ってるんだぜ?おい黒人くん、人権が欲しいかね?いらないよな?」「はいそのとおりです御主人様。人権なんてあったら我々は自分で考えて仕事を探さなければいけなくなりますが、その先にあるのは浮浪者となって野垂れ死ぬ未来でございます」「ほらな?」という過去から何も学んでいないことになるのでは?
自覚のない差別を「今までそうだったから」で続けていないかと疑問を持つことが人に権利を与えてきたわけだよ。
その辺を皆どう考えているんだろうね?
NHKがネット視聴者からも金とるとなったら徹底的に火を付け最高裁まで争わせて、それでもNHKがセーフになったらそのときの裁判官のホコリを叩きまくり日本市場初の国民審査落ちに持っていってやろうと考えてるレベルでこれ以上金を払うきはない。
でも世の中にはいるんだよね。
あらゆる動画サービスに入りまくって月1万ぐらい使えてる人が。
月1万って考えると別にそこまで高くないのかな?
新聞を3つ取るとかそれぐらい?
でも俺からすると信じられないな。
アマプラだけで全然十分見きれないのに、そこから更に取るなんて。
Youtubeだって全然見きれてないわけだし、いくつものサービスに加入してまで潰す時間があるとは思えない。
限定作品があるからって理由だけで見るには限定作品の量は少なすぎるでしょ。
それこそ2年に1月だけ登録してそこで一気に見ればいいぐらいの量しかないと思う。
なんでダラダラと毎月ずっと登録しっぱなしにするんだろう?
今読んだ古いマンガ
いつも仲良く遊んでる良いお友達
けど5人が海辺の洞窟で遊んでる最中に岩が崩れて閉じ込められる
夜には救出されたけど、心臓の弱かった少女は亡くなってしまっていた
少女の母親はいとこ達の誰かが娘を殺したとして、毒入りのお茶で彼らを問いただす…
とまあそんな話
これが二転三転しておもしろかった
実は死んだ少女への恨みはそれぞれが抱えており、突発的な事故の状況でそれぞれが少女を不安がらせる行動をしていた
決して計画されたものではなく直接何かしてはいないけれど、そうすることによって少女が苦しむことを知っていて行動した
ウソの時刻を伝えることで混乱させ恐怖を煽った者
空気が薄くなっていると煽った者、それに乗っかった者
取り乱す者を諌めるていで、少女の心臓に良くないと体調への不安をさらに煽った者
少女の死に顔は恐怖に引き攣っていた
少女の母親も犯人探しでいとこ達の誰かを殺すことが目的ではなく、
不安と恐怖の中で死んでいった娘と同じ気持ちを感じさせてやりたかったと言った
いとこ達が娘を思いやっていたら、事故に際して不安にさせないような言動をしただろうし、たとえショックで亡くなったとしてもあのように恐怖で歪んだ表情で死ぬことはなかったはずだと
女中は少女にもいとこたちにも嫉妬・恨みがあり、事故かもしれないと連絡がきた際に思い当たる海辺の洞窟の場所を言わなかった、たまにはあいつらも困れば良いのだと
女主人から旅行で家をあけると留守をたのまれ、脅しに使った銃を倉庫にしまうように言われる女中
今回の経緯を思い出しつついい気味だと思いながら倉庫に入ったところ、うっかり外から鍵が下りてしまう、で物語は終わる
視点となる人物がどんどん変わってゆき、それぞれの人物に内に秘めた悪意があり、罪に問えないレベルの悪意からの言動があり、けれどまた別の悪意から自身も窮地に陥っていくと
そのペースが良くておもしろく読めた
まあインフレの波に乗ったのは間違いないし
俺も自分自身の散財傾向が強まったと感じるし
個人相手に商売してても端金にブツブツ言う人がかなり少なくなった
値上がりを許容するマインドがかなり広く染み渡ってる
そういう風潮は確かに出てきてるけど、こどおじ煽りがクリティカルヒットする奴はいるし、実家が太いだけっていうネガティブワードがまだまだ使われてるから、親のすねを齧るのは恥という空気は完全にはなくなっとらんよ
ワイはいつも「いいってことよ」って反応しているやで