はてなキーワード: 社会貢献とは
「同性愛だから子供を産まないんですか? じゃあ年金なしね、ぐらいの話にはなっていっていい」
というのは、論理的な話ではないよね。元増田のロジックでは、代理母出産や精子提供で子どもを生む同性カップルや、養子を取る同性カップルに対して「年金なしね」とする理由が存在しない。逆に、異性愛者でも子どもがいない人に対して子ありの人と同等の再分配を行う理由もなくなる。「同性愛だろうが異性愛だろうが、子どもを生んだり養育したりするという形で世代再生産に貢献するなら、そのコストに見合う再分配(給付や年金増額)をしますよ」というのなら論理的に辻褄が合う。
現実問題として、子どもを産み育てるコストの大半は「生む」という瞬間(直接の出産コストで30万円)ではなく、「子どもを養育・教育する」(すべて公立校に通った場合は800万、すべて私立校なら2200万という試算がある)という18〜22年にも及ぶ期間にかかっているわけだ。世代再生産という点で「国に貢献してる」のは育てるフェイズなんだよ。社会的に優遇されるべきなのは、産んだ子どもを「赤ちゃんポスト」に託すお母さんよりも、養子を取って育児する人達のほうだ。そうだろ?
で、そういう社会を望むかどうかはともかくとして、単純に世代再生産という観点で社会貢献の度合いを量るなら、そのシステムで一番割を食うのは同性愛者じゃなくて「お金がなくて結婚や子育てができない人」たちだと思うよ。
はてなーの皆さんはボクのように繁華街に出てウィンドウショッピングするのもコロナ禍で躊躇われることに嫌気が差していて「暇すぎてたまらん」と感じないのかも知れないけど、ボクはマジで暇である。
休みの日に1日2日程度は出歩かないなんてのは丁度よい休みだななんて思うけれども、こうも毎週毎月のように出歩けないのはストレス発散の場が無いので精神が擦り切れる。
あー暇だなぁと日々考えていたら、ふと思い付いた。
「この辺りに住んで長いけどそう言えば行ったことのない路地とかあったよな」と。
しかし、近所の行ったことのないところへ行って「ハイ終わり」ってのも難だな、そうだアレだ「OpenStreetMapへ現地の情報を反映しよう」と思い立ったのだった。
暇を潰せる上に、密にならないし、コロナ禍で無駄に溜め込んだカロリーを消費しつつ、しかも社会貢献できる。これ以上無い暇つぶしなんじゃなかろうか。
ここまで当たり前のようにOpenStreetMapや略称のOSMと書いてきたけれどご存じない人々へ厳密な正確性を無視して小難しくなく説明するのであれば、地図という独占されがちな情報をフェアユースしようという試みでボランティアの協力によって維持されているオンライン地図サービスのことだ。
例えば有名なオンライン地図サービスには Google MapやYahoo!地図などがあるけれども、これは営利企業によって運営されているので特に経済的価値の高い情報は有料機能として提供されていたり、採算が取りにくい機能は省かれてしまっているし、いつサービスが終了してしまうかもわからない。
OpenStreetMapはそんな現状を良しとせずに地図情報は人類の共有財産だとしてボランティアが反映する情報を無償で公開している。
OSMの地図情報は無償であるが、もちろんOSMだって地図サービスを提供するサーバーを維持しなければならないので寄付を歓迎している。
OSMが配信してくれる地図情報は多岐にわたる。
まぁその情報の元はOSMが定めた仕様に則ってボランティアが情報を反映してくれているのだが、多くの人は「OpenStreetMapってGoogle Mapの代替なんでしょ?」程度にしか考えていないので「お店の名前とか公共交通機関の時刻表とか施設のフロアマップとかでしょ?」が想像できる限界だろう。
もちろんOSMはそれらの情報に対応しているけれども、Google Mapには実装されてない興味深い地図情報もあるので紹介しよう。
OSMにはその道には街灯が存在するか否かという情報がある。
これはおそらく夜間犯罪数や率の高い地域で需要がある機能なのだろうけれども、日本でも女性が夜道に危険を感じたりするらしいので有益な情報と言えるだろう。
OSMには道の材質に関する情報がある。
アスファルトなのかコンクリートなのかタイルなのか?や、未舗装であるのならば砂利なのか砂なのか土なのか?のように様々な材質を道路情報へ反映できる。
特にバイク乗りや自転車乗りに取っては非常に嬉しい情報だろう。
ついでに言えば自転車レーンに関しても明示的に歩行者と共有、明示的にバスと共有、明示的に自転車専用、明示的に自転車専用でかつ両進行、明示的に自転車専用でかつ一方通行などの情報も反映できる。
書いているボクもなぜこんな仕様が存在するか理解が出来ないけれど踏切遮断器の形状反映できる。
どういうことかと言えば、踏切遮断器が存在しない、踏切遮断器駆動装置が1つでかつ1つの遮断棒で両道遮断、踏切遮断器駆動装置が1つでかつ1つの遮断棒で片道遮断、踏切遮断器駆動装置が2つでかつ2つの遮断棒で片道ずつ遮断ということだ(ボク自身この書き方でわかりやすいとは思ってない)。
何に使うんだろうか?自動運転?
OSMはバス停に屋根や椅子があるかどうかの情報を反映できる。
これは地味に便利だ。ボクは社会人になってバス利用の頻度は減ったものの学生のときバス停でよくずぶ濡れになってバスを待ったものだ。
色々話題になった車いすのアクセシビリティだけどOSMには車いすアクセシビリティに関する情報を反映できる。
舐めちゃいけないのが町中には1段2段程度しか無い階段が存在することがあるのは皆さんご存知だろう。
OSMはその小さな階段にすらスロープがあるかないかの情報を反映できるのだ。
あの話題には色々皆さん意見はあるかと思うが、ちょっとした階段であれ詳細が分かれば車いすユーザーは助かるはずなのだ。
これも需要がよくわからんが建物の屋根が三角屋根なのか平坦なのか円弧なのかなどの情報を反映できる。
雪国あたりの需要だろうか?
言うまでもなく自動車ドライバーに助かる情報。
特に大型自動車ドライバーは物凄く助かるだろう。
ボク自身、OSMの地図情報の仕様をすべて知っているわけでないが「こんな細かな情報まであるの!?」と驚くほど詳細に充実している。
こういうのを近所を散策しながら反映していくのだ。
ここまで読んだ人の中で一部の人は「そんな細かな情報をいちいち反映なんかしてられないだろ!」と思うであろう。
実際にボクもそう思っていた。
StreetConpleteに出会うまでは。
StreetCompleteはスマートデバイス向けアプリで、OpenStreetMapへの情報反映を省力化してくれるアプリだ。
極力テキスト入力をさせないという設計になっており、地図上に表示されるアイコンをタップしていくだけでOSMへ情報を反映できる(住所や電話番号など一部ではテキスト入力が必要)。
アプリ自体の見た目デザインもモダンでオシャレ、ただ歩いているだけでココの情報が不足しているとアイコンで教えてくれて、ユーザーはただ指示通りに現地と比較しながらタップしていくだけ。
しかも、ゲームでは定番の進捗バッヂ機能もあり「車いすユーザーのための情報を〇〇件反映しました」的に確認できてしまうのだ!
更には自分が今まで反映した情報種別の比率を視覚的に示し、自身の得意分野を比率から知ることも出来る。もっとも編集している国は日本、得意分野は街灯などと自分の得意分野の判別ができる。そしてこの画面も面白い!
ただStreetConpleteには最大の欠点がある。
提供されているのはAndroidアプリのみでiOS/iPadOSアプリは存在しないんだなぁ・・・。
オープンソース系プロジェクトじゃAndroidアプリオンリーってありがちなのよね。
さていろいろ書いたけど、ボクがOpenStreetMapへの情報反映数は7,800件超。単なる暇つぶしがここまで膨れ上がった。
このエントリを読んだ皆さんもどうかな?
みんな「女」が自由意志を剥奪されるっていうありえない仮定をしてるけど、普通に女性は自由意志を持ち続ける前提にして、そこにシステムがどう貢献できるか考えればいいんです
たとえば金と権力はあるけどそれ以外どう見ても魅力のない男に美女が寄っていくパターンが世の中にはありますね?あれは脅迫されてるとかでなければ自由意志でしょう
たとえ人格的・肉体的魅力がカスでも、トロフィー的魅力があれば選択肢に入れてもいいと考えるタイプの人間は存在するものです
ところで金とか地位とか名誉とか特権というものはまさに「お上がシステムとして与えられるもの」です
さすがに弱者男性に金や地位を与えたら強者男性になるだけなのでやるべきでないでしょうが、何か代替になるような概念を公共事業として創出することができれば、あとは市場原理に基づいて自然に人々が流れていくと期待できます
たとえば障害者介助のボランティアを行えば道徳的な学生とみなされ進学・就職で有利になるように、弱者男性と結婚すれば進歩的な女性であるとみなされ様々な優遇を受けられるようにするというのはどうでしょう?
優遇の内容は金銭的援助でも公務員試験の評価ポイント加点でも選挙権2倍でもなんでもいいので各自適当に考えてください
もちろん強制ではないので自由恋愛のメリットとのトレードオフで好きな方を選べばよいし、恩恵を失ってもいいなら離婚も可能とします
多くの人は自由恋愛の方を選ぶでしょうが、「私のスキルでは他にいい職もないし、安月給でも働けるだけまだマシか」と判断する人が世の中にはいるように、「私のスペックでは幸せな結婚できないし、公募結婚して社会貢献実績を得るのもひとつの手か」と判断する人が集まっても不思議ではありません