はてなキーワード: 機会損失とは
Pythonをかれこれ5年ほど使っているけれど、いい加減頭にきた。
大体頭に来るような内容というのは限られていて大体は
http://www.aoky.net/articles/steve_yegge/tour_de_babel.htm
本当にPythonを殺し、メインのスクリプト言語となる望みを、あるいは何であれメインの言語となる望みを絶ったのは、永久凍土の問題なのだ。人々はいまだ埋め込みインタプリタにTclを使っている。どのような面から見てもTclよりPythonの方が遥かに優れているというのに——ただし永久凍土の問題を別にすれば。
これに尽きる。
よく言われるが、インデントに縛りがあるのもselfが付くのも慣れてしまえばさほど気にならないし、むしろ魅力的とも感じる。
しかし、Pythonを本当の意味で糞たらしめて居るのはその言語を使っているコミュニティがあまりにも思考停止しているからだ。
インデントやselfが気に入らないなんて些細な問題を他の言語使いから散々文句を言われたがために、本当の意味で言語の弱点になっている部分が指摘された時にも「それは言語仕様が悪いんじゃない。言語仕様に沿って考えられないお前の頭が悪いだけだ」と言ってくる。
実際のところ、Pythonの仕様には言い逃れのできない仕様の穴は幾つもある。もちろんよく引き合いに出されるRubyやPerlにも仕様の落とし穴は山ほどある。仕様の穴そのものは実はそんなに深刻な問題ではない。
真に問題なのは、Pythonコミュニティはその仕様の穴を断じて穴と認めない事だ。
言語同士でdisり合いになったとき、何かその穴をつつかれた場合の各人の反応はおよそこんな感じだ。
Perl使い「そうだよね、そこの仕様は頭悪いよね。でもPerl6のこの機能使えばこんなに短く綺麗に書けるんだぜ(と全く読めないコードを出す)」
Ruby使い「うんうん、仕様の話題でもそこは殺人現場とか呼ばれてるね。コミュニティ的にはこっちの機能を使うことを推奨しててそっちはobsolatedだね」
PHP使い「それ言い出したらこっちにこんなに大きな地雷あるし、この地雷なんてもっと大きいぜ。ほんとPHPは地獄だぜ」
Python使い「お前の思考通りに言語が動くんじゃなくてお前の思考を言語に添わせるんだよ、言語の挙動すら理解せずに使おうとするんじゃねえ」
こんな感じに、まず最初に質問者へ人格攻撃を行う。インデント言語であることやselfの問題について未熟なプログラマからのどうでもいい指摘を散々受け流してきたPythonコミュニティは、言語仕様について文句を言われる事に慣れているためまず相手を攻撃する。初心者を寒波が洗礼するのだ。
言語仕様が汚くなっている事まではどの言語も一緒なのだけれど、Pythonコミュニティだけは欠点を認めず必死に(∩ ゚д゚)アーアーきこえないという態度を取る。
これこそがPythonを糞言語たらしめる最大の弱点である永久凍土の問題。コミュニティが凍れば言語の進歩も凍る。
http://anond.hatelabo.jp/20111029232710
の続きね。結構気になっている人が多いのだなと思ったので、さらに追加解説を。
最初に書いておくと、Amazonはアコギだけど、ユーザーには(短期的に)歓迎される可能性が高い。
それ故に対応を間違えると、日本の電子書店は太刀打ちできずに壊滅するだろう、
それはAmazonが世界最大級の小売りで十分利益を上げているからだ、という話。
(あくまでも友人が出版社につとめていてその話を聞いた中から)さらに説明しようと思う。
迷惑かからないようにぼかして書いてあるし、版面権や絶版、DRMや市ヶ谷方面の話題は煩雑すぎるので割愛している。
一ツ橋が出版社の全てみたいな話をするな!とか気になる人も居ると思うけれども、大枠で読んで欲しい。
(それに、これがググらずに判る人は、たぶん説明は不要で十分判ってると思うので)
最初に「経費圧縮による分は、安く出来るはずだ」というところから。
取り分は、作者(10%)→出版社(60%)→取次(8%)→書店(22%)→読者
例えば講談社がOnline書店を新たに作ったとして、取り扱いの本が講談社だけなら、取次8%分は削れる。
なぜなら、取次とは「多数の出版社と多数の書店を繋ぐ役割」だから。
ここで「多数の出版社と、講談社Onlineを繋ぐ役割」だと、0%ではできない。
そして、経費が削れても、利益を上乗せする方向にいっちゃいけないって事はない。
「ネットでの課金徴収、データ管理やバックアップにサーバ管理で、コレぐらいの値付けはしても使ってもらえるだろう」
という見込みがあってやってしまっても悪くはない。
それは「そこは消費者に還元しろよ」という感情はわかるけれども、商売としては別。
元々「電子出版なら安くなるはず」と圧力のある状況で売っても、一冊あたりの利益は薄い。
すると、その面倒なところ(他の出版社への声かけ、販売対応、サーバ管理等々)を、既存出版の割合でやってくれるなら、ギリギリなくはないかな、
といくつかの出版社は考えてもおかしくない、というのが前回のお話。
まずは、お金の流れの一般論として再販制度の仕組みについて触れておこう。
(矢印がお金の流れ、その逆向きが本の流れ)
判り難いので、具体例で列挙すると以下のような感じになる。
(出版の70%は作者の10%含み。本屋群の78%は、本屋の取り分の22%を引いたもの)
これに月末締めの翌月払い、条件返本相殺締日とかが絡むけども、胃が痛くなるので割愛した。
……ついてきているだろうか?
差し引きで見てみよう。
ほぼノーリスクで作者は100万円を手にするのに対して、本屋は頑張って110万、出版社も250万。
クリエイターに対する印税10%が低すぎると思っている人は、少しだけで良い。お金の流れを追って欲しい。
(ただ、返本率は、実際には4割程度だろう)
また、取次の集金機能にも着目して欲しい。
配本流通集金と、色々やってるのが取り次ぎだ。
さあ、管理も煩雑、処理も大変、もはや本が札束に見えてくると言う悲惨な状況下の中、Amazonが提示したのが55%という数字だ。
さて、例のリーク記事のAmazonが提示した契約書とされている部分、実はあの式にはちょっとしたポイントがある。
Amazonは当月中の各本件電子書籍の顧客による購入の完了につき、希望小売価格から以下に定める金額を差し引いた正味価格を出版社に対して支払うものとする。
先ほどの金額の流れを見た後だと、気がつくことがないだろうか?
そう、これは「出版社に対してAmazonが支払う金額」についての式なのだ。
具体的に見てみよう。
1500円のハードカバーを、出版社が「電子版だから、じゃあ1000円にするよ」と希望小売価格を決めたとする。
Amazon.com でのKindle版の価格から鑑みるに、おそらく、500円で売るだろう。つまり50%OFFだ。
すると、希望小売価格 1000円x55%=550円を差し引いた金額、450円をAmazonが出版社に支払う事になる。
希望小売価格は出版社が決められるが、紙の本より高くは出来ない。
そして、Amazonは希望小売価格から55%を引いた額を出版社に払えば良い。
50%OFFで売れば、Amazonの儲けは、一冊あたり5%になる。
どういうことになるか、火を見るよりも明らかだろう。
Kindleが8000円、Kindle Touchが1万円ぐらいで発売されてしまったら、どうなるだろうか。
紙の本には手に取れる書き込みできる、そして所有する喜びがある。
しかし、紙の本 1500円 vs kindle本 500円 ならどちらを選ぶだろうか。
10冊買えば本体代の元がとれると思った時に、Kindleデバイスを買わない自信があるだろうか。
Kindleデバイスを売る為だとか、ロングテールで値下げせずとも良い本から利益を回収する為だとか、色んな理由があるだろう。
でもきっとAmazonは、市場で無視できないサイズとなって十分利益が回収できるようになるまで、じっくりゆっくり粘り強く低調に成長を続けるだろう。
なぜなら、オンライン小売の巨人は、他で利益を出せば良いからだ。
もちろん出版社は、1500円の本を、他の電子書店には1000円で卸して、Amazonには1500円で卸すことだって出来る。
忘れてならないのは、Amazonは1500円x45%=675円を出版社に払うことだ。
他の電子書店は、1000円で卸された本から20%だけとって800円払うこともできる。売れればだが。
そして、Amazon対抗のためだけに他の電子書店に750円で卸したとして、電子書店側も決意の10%として675円を出版社に払っても良い。
1万冊売って75万円利益の電子書店、しかも様々なフォーマットでデバイスも様々で、本当に継続できるだろうか。
読者が安い本を買うことは止められない。非難も当然出来ない。
安いKindle版を出さずに独自の電子書籍を出す出版社に、文句を言わないだけの理性があるだろうか。
そして、(アメリカのペーパーバックがでかくて重いという理由があるにせよ)電子版が紙の本を売り上げを上回る世界で、
Amazonを無視して自己流を貫く事での機会損失を、オーナーや株主は許容できるだろうか。
流石にアマゾン、(アメリカ市場からの推測でしかないが)相当にえげつないことをする。
出版社は、既存の電子書店に卸してもAmazonに卸してもそう代わりはないが、消費者は安い方から買う。
そして、Amazonは限界まで値引きをして売るだろう。ダンピングにならないように5%程度の利益を抑えた上で。
黒船Amazonが、日本の電子書店と違う点は、既に成功したネット上の小売業者である点だ。
赤字をものともせず待ち続けられるのは、アメリカの市場で証明済みだ。
商売なんだからきちんと儲けてくれよ、金なら払うから経費圧縮分は利益にしてくれよ、
そう消費者が言ってくれないことは判ってる。
でも、電子書籍は安くて当たり前、デジタルなんだから薄利多売で消費者に還元してくれ、
そういう意見一辺倒だと、現状ではAmazonは無視できる存在ではない。
そしてこれは、Amazonの用意したハードルを乗り越えて契約できる出版社が増えれば増えるほど、
http://anond.hatelabo.jp/20110802094149
説明になってないのに反論じみてるので一応突っ込んでおく。
「機会損失」という言葉は「(視聴者が)本来見たいものが見れなくなる」という事象には使わない(「機会損失」とは、需要があるのにそれを満たせないことで失う利益のこと)。
それと、「自社関連の宣伝」を全面規制すべきという主張でないなら別に現状維持でいいのでは?
の不都合の説明にも使える。
http://anond.hatelabo.jp/20110802022339
本来見たいものが見れなくなるって?
価値下がった?(←何の?)
うーん、根拠の説明になってないな。
機会損失って言葉を知らん人に何を言っても意味が無いということがよくわかる。
あとこれ言いたいことはわかるんだけど説明下手すぎだと思うの。
だって仮に国家に規制して貰ってテレビ朝日の高校野球中継を禁止したとしても、
そもそも韓国ドラマ全部を規制しろなんて全く言ってないないしなー。
規制するにしても全面規制とかいう訳ないでしょ。仮定がぶっ飛びすぎ。
その例なら、「高校野球を一日中見たい人」のニーズを抑制するのはむしろ合理的と反論できますよね。
の不都合の説明にも使える。
そういう時に、電波が独占されているから、民衆が選択肢を失うという問題ね。
あとあなたはどうも規制っていうと国家からの強制をイメージしてアレルギーがあるみたいだね。
別に規制とか業界基準って国家が作ってるものばっかりじゃないって知ってる?
とりあえず絡んでみたかった。
節電という話が出てくると、こうやって24時間営業のコンビニを槍玉に挙げる人がいるけど、
コンビニの業態が24時間営業で成り立っている以上変えることはまず無理なんだよね。
・店内照明の電気代削減
というのが代表的だと思う。
ざっと挙げると
・納品・ディスプレイ・掃除といった作業を客の少ない時にできる
というのが代表的かな。
深夜のコンビニの客数は立地で大きく変わるから一概には言えないけど、
深夜(22時~5時)の売上は1日の売上の20~30%を占めることもあるので、
決して客数は少なくない。(さすがに2時~4時は少ないが…)
とりあえず何が言いたいかというと、
コンビニの24時間営業にはメリットがあり需要もあるということ。
/| |/ >ハーイ ヽノ~~~\ ,,,,,,/´・ω・` \,,,,,,,,,, 富士山
べつにこんな広範囲に停電とかやらないでも被害のすくないうえに電気をくう23区を1つづつ落としていけばいいんじゃがの。
千葉とか意外と震災被害ひどいらしいぜ? あっちも津波あったんだよ。コンテナとかゴロゴロなんだよ。液状化してるところもあるし、ガスタンク火災とかもあったのに何スルーして停電させてんだよと。
まずは千代田区から電気を落とせって、率先してやらないで民を切り捨てるとかどうかしてますぜ。
国会とか、どうせおまえら役にたたないんだから、福島原発の30キロ近辺に本拠地をおけばいい。
真剣にやるだろうし、奴らが逃げ出したら、あ、やべぇんだなとわかるしね。
首都の地震発生時の被害想定をもとに今回の経済的被害額を推論してみるよ。
http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/tmg/assumption.html
http://www.bousai.go.jp/syuto_higaisoutei/pdf/higai_gaiyou.pdf
・死者想定が11000
・建物被害が85万棟 55兆円
これを今回の東北関東大震災に直さなきゃいけない。
今回の地震の人的被害の把握もまだできないのだけど、行方不明者をあわせて勘案するにワーストケースを考えて人的被害:16,000~18,000人ぐらいかしら
また群発地震になっていて建物被害は北アメリカプレート上にのる東日本まるまる広範囲に及ぶ。
建物倒壊件数は津波の被害を考えなければいけないし、500年に1回の頻度の地震でも大丈夫なように防災アセスメントをとっていたガスタンクは見事に燃えちゃっているしな。
あーー
あれ?役にたたんぞえ!?
仙台港石油コンビナートの消失だけで数千億ぐらいいっちゃうだろうし、千葉の関連の施設だけで同額いきそうだっての。他の施設も点検や修繕などを合わせると巨大設備だけで1兆円いくんじゃないかな。
交通インフラの被害も甚大で道路などはこれらの復旧は幹線道路はともかくとして、生活道路などをあわせると戻すのに3年ぐらいはかかるだろう。考えれば考えるほど途方にくれる。
別の角度から推論しよう。
都道府県別にみると今回被害の大きかった岩手、宮城、福島、茨木を合計すると約32兆円
全部が被害を受けるわけではないとおもうので、今後3年間に平均して稼働率が60%に落ちるとすると、58兆円。
今回は関東地方も停電などの影響で被害をうけており、電力の逼迫は夏ごろまで続くと予想されている。
関東地方のDGPは大きく、東京、神奈川、栃木、埼玉、千葉の合計値が162兆円
今後3ヶ月で正常にもどるとしてその間の稼働率が平均して80%落ちるとすると、8.1兆円。
東北電力での計画停電で影響があるであろう、同じく被災地の秋田や青森、また震度6などを記録している静岡や新潟、長野などは考慮外。これらを合計すると機会損失的な合計が66兆円ぐらい。
人的損失を考えると、想定した16000人のうち生産人口を4割と低めに設定して、生涯獲得賃金を3億円として計算すると、まあだいたい2兆。あって4兆円ぐらいか。価値創出を勘案して3倍にしても12兆円。こちらはそれほどでもないかもしれない。仮に8兆円にしておこうか。
次原子力関連
これは被害額が大きそうだ。世論が暴走して将来日本で原子力が使えないとなると、相当なハンデを国際社会にたいして背負わなければいけなくなる。もしかしたらひょうたんから駒でクリーンエネルギーに転化して+に働くこともあるかもしれないので将来損失についてはあえて計算しないこととする。
建築被害
NHKが被害地域への受信料免除を設定したのは現在で56万件。まあ倍ぐらいにまでは増えるだろうから、仮に120万件として、東京都の場合85万件の被害で55兆円なので78兆円ぐらいか。
東京都の建物と東北の建物の建築物的評価は異なると思うけど、その分護岸とか、漁船とかも壊れているので妥当でしょ。
ここまでで210兆円!
うわー
誤差を1/4とかとっても50兆超すな。場合によっては国のGDPが消えて飛ぶ可能性もあらぁな。
リーマンショックショック並みに下げた相場は一応もどしてはいるけど、今後被害がまとまるとこれらの経済停滞、低下をうけて世界的な経済的なインパクトを持つ可能性がある。そうなると1000兆円とかがまた泡と消えるレベルだけど、正直そこまではいかないと思うので、世界的にはまあいま膨らんでいるので400兆ぐらいのインパクトで収まるかな?
アラブドミノから予想されるコモディ市場の急上昇が懸念されているので、もう勘弁してくれという感じや。
日銀はいままでで15兆円ぐらいオペしたという話しを聞いたけど、どうでしょうね。一応効果はあったみたいですがどこまで耐えられるかが気になるところ。単純被害だけで200兆円レベルとなると、日本のGDPの半分、国の税収30兆の7倍ぐらいなので臨時国債発行は続くでしょう。そうなるとまた別の問題が出てくる。新潟中越地震の激甚災害と同様の補償をすると国がもたないレベルだね。それを押してとおすためには相当刷らないとだめだ。
数百兆レベルが水増しされるとなると、それだけ保有資産のバリュエーションは目減りするわけで、いままで資産やネットワークを持って囲い込んでいたプレイヤーの交代が日本でも起きるかもしれない。小さい会社も多くつぶれるだろう。新陳代謝が進むので歓迎すべきことだけど、急激すぎておっかねえわ。権力層にいる人たちには悪夢。団塊世代との世代交代はこれを期にいっきにおこるかもしれない。
生活環境、医療環境が急速に悪化することで高齢者の延命を図ることが難しくなるとおもう。
逆に若いひとは停電でやることなくて戦後みたいに、一段落したら出生率増えたりしてね。
思わぬところで少子高齢社会が解決するかもしれないと淡い期待を持って見る。
不幸の次には幸福を。
やれるって。きみならできる。
togetterが見難くて仕方ないのでまとめてみた。
昔書いた記事→問題多いTVゲーム「有害指定」』 完全版は左記リンクから購入できますが、5年前の記事ですが、この後どうなったのか、これからのことを考えるのに有用だと考え、僕が書いた本文だけは公開しちゃいます。
今年5月、あるテレビゲームソフトが神奈川県で「有害図書類」の指定を受けた。地方自治体の条例で規定される有害図書類指定とは、悪影響となる恐れがある書物・映像作品を、18歳未満の青少年に販売することを禁止するものだ。
主に成人誌など性的な表現を扱う媒体になされてきた措置で、テレビゲームソフトを指定したのは、神奈川県が全国で初となった。
「有害指定」を受けたのは、米国のロックスター・ゲームス社が開発した「グランド・セフト・オートⅢ」(GTAⅢ)。日本国内ではカプコンが「大人のエンターテインメントの形成を狙い」、
プレイステーション2用のソフトとして2003年に発売した。世界で1000万本売れている大ヒット作で、国内での販売数は35万本とスマッシュヒットとなっている。
ゲームは、マフィアやギャングの依頼で盗みや殺人、破壊工作を含むさまざまなミッションをこなすというストーリーで、「バイオレンス・アクション・ゲーム」というジャンルに属する。
GTAⅢが「有害」とされた理由は、これまでのような性表現ではなく「暴力・残虐表現」なのである。
テレビゲームは通常、ゲームの本筋から外れる動きはできない。モンスターを攻撃することができても、それ以外の対象を攻撃したり、商店を襲って商品を強奪することは不可能だ。
しかし、GTAⅢはプレーヤーの自由度が非常に高く、本来マフィアと戦うはずの主人公が、意味もなく通行人を射撃したり、バットで殴りかかったりすることができる。究極的な高いリアリティーを誇っており、そのゲームシステムは当時高く評価された。
家庭用ゲームの業界団体であるコンピュータエンターテインメント協会(CESA)は毎年、優れたゲームソフトを表彰しているが、GTAⅢは03年度の優秀賞3作品のうちの一つに選ばれたほどだ。
ところが、過激な暴力表現を含むその内容は倫理観などの観点から物議を醸し、青少年がこうした内容のゲームをプレーすることで、何らかの犯罪を誘発するのではないかとの声が一部で囁かれ始めた。
これらの声は、GTAⅢのヒットとともに大きくなり、主に児童保護団体などが自治体に規制を呼びかけ、神奈川県による有害図書類指定へと結びついたのである。
〝残虐ゲーム規制〝の動きは各地へ波及している。神奈川県に続いて埼玉県が9月にGTAⅢを有害図書類に指定。東京都や大阪府、京都府などもテレビゲームの規制について検討に入った。
GTAⅢは、ゲーム業界関係者などの専門家を含まない児童福祉審議会のメンバーによって、「あんな酷いものを子どもにさせるのは良くない」という、非常に観念的な基準に基づいて「有害認定」されたといえるからだ。
しかもテレビゲームが与える影響について、科学的な根拠が提示されたわけではない。残虐・暴力表現を含むテレビゲームが、青少年に悪い影響を与えるか否かは、諸説飛び交う微妙なものであり、とても十分な議論を経たとは言えない。
また、わざわざ行政が規制を行うことの必然性もきちんと議論されていない。
家庭用ゲーム業界は、コンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)という特定非営利活動法人(NPO法人)により、ゲームの内容によって、対象年齢別にソフトを分類する「レーティング」を行っている。
レーティングによって、ゲームソフトは「全年齢対象」「12才以上対象」「15才以上対象」「18才以上対象」の4種類に分けられ、現在ほぼすべてのソフトのパッケージに、その年齢以上の表現が含まれることを示すシールを貼っている。
しかし、CEROのレーティングはあくまで、その年齢層への〝推奨 でしかなく、対象年齢以外の顧客に販売することを規制するものではない。
神奈川県をはじめとする行政サイドは、この点を突き、「有効性に乏しい」として規制に乗り切ったわけだが、こうもあからさまに家庭用ゲーム業界の自主努力を無視しては、反発を招くのも当然だ。
経済的な影響もどこまで考慮されたかは疑問だ。家庭用テレビゲーム市場は、国内だけで4000億円規模の巨大なマーケットである。
「規制される恐れがある」という事実は、これまで、ある程度自由にユーザーのニーズを追ってきたメーカーの大きな足かせとなることは明白である。
任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)以来20年間、家庭用ゲーム業界が年月をかけて模索してきた「面白いゲーム」が制作しづらくなるのだ。
「CEROのレーティングで『18才以上対象』の指定を受けることは大ダメージ。
一部の大手量販店では、『18才以上対象』のソフトは最初から仕入れないところもあり、それだけで当初の見込みより販売本数が大きく落ち込むこともあり得る」。大手メーカーのマーケティング担当はこう本音を語る。
「推奨」に過ぎない自主規制の枠内ですらこうなのに、行政のお墨付きで規制が行われたら、どのくらいの機会損失が発生するかは想像もつかない。
拙誌の『隔月刊ゲーム批評』(05年11月号)において、お茶の水女子大学の坂本章教授は、テレビゲームの有害図書類指定について、以下のように問題点を指摘している。
「第一に、表現の自由を侵害する。第二に、クリエーター育成の障害になる。自分の仕事が法律違反と背中合わせの状況では、クリエーターは十分に創造性を発揮できないであろう。
第三に、思考停止をもたらす。法的規制によって、『ゲーム悪影響問題』は法律で解決するものと捉えられるようになり、多くの人々がこの問題にどのように取り組むかについて考えたり、議論することを止めてしまう」
特に注目すべきは、3点目の「思考停止」である。坂本教授は「ゲームに限らず、さまざまなメディア・作品とうまく付き合えるようにする『メディアリテラシー教育』を重視すべきだ」と続けている。
法規制に伴う思考停止は、こうした教育の機運も損なわせる恐れがある。もう一度考えておきたいのは、「暴力・残虐表現のあるテレビゲームをプレーすることは、本当に青少年に悪影響を及ぼすのか」ということだ。
「ゲームの悪影響」を叫ぶ動きはファミコン時代からあった。凶悪な少年犯罪が発生するたびに、テレビゲームはマンガやアニメなどと共に槍玉に挙げられてきた。
容疑者の部屋からは、残虐表現を含むテレビゲームが発見され、さらにそのゲームを好んでプレーしていたという「事実」がマスコミで報道される。
GTAⅢも今年2月の大阪府寝屋川市で起きた教職員殺傷事件で逮捕された少年が好んでいたとされる。
だが、ゲーム機を所有していない子どもは一体どのくらいいるのであろうか。家庭用ゲーム機の世帯普及率は70%以上ときわめて高く、持っていて当然である。
GTAⅢと同様、残虐表現を含むとして問題視される「バイオハザード」シリーズは、各作品とも国内だけで100万本クラスのヒット商品だ。
家庭用ゲーム機所持者の大半は、バイオハザードシリーズのいずれかの作品をプレーしたことがあると言っても過言ではない。本当にテレビゲームソフトが子どもに悪影響を与えているのなら、少年犯罪はもっと増えることになる。
技術の発展によりテレビゲームの表現や描写は、現実と見まがうほどリアルになってきた。それが現実とバーチャル世界の混同を招き、ゲーム世界を模倣した凶悪な犯罪を発生させる引き金となることは、可能性として否定できるものではない。
ゲームを制作するメーカーは、こうした点も憂慮し、確たる倫理意識を持って青少年に有意なテレビゲームを提供する責任について、考えていかなければならないだろう。
また、今回の行政による規制が家庭用ゲーム業界の危機感を煽り、大きな問題提起となった側面もある。
CESAといった業界団体は、GTAⅢの有害図書類指定を受けて、明らかに18歳未満とわかる購入希望者には「18才以上対象」ソフトを販売しないなど、より強制力の強い自主規制プランを発表し、その実施を販売店各社に要請した。
今後、行政と家庭用ゲーム業界の間で共に「テレビゲームの有害性と規制」について、大いに議論がなされるのであれば、今回の規制は良い結果を生むことだろう。
ただし、「臭いモノには蓋をする」だけの場当たり的な規制でしかないのであれば、やはり強制的な法規制はあまりにも問題が多い。
表現・言論の自由の尊重という観点や、ユーザーのニーズを満たせずに産業として衰退する可能性という、経済的な視点からすれば危険ですらある。
そして議論の場に、「悪影響」を受ける対象者である青少年の声を反映させなければならない。
今回の論争は、筆者のような「大人になったファミコン世代」と「ゲームを知らない世代」ばかりが熱い論争を繰り広げ、肝心の対象者が置いてきぼりになっている。
自分はネットでしか買い物しないし楽曲等はデジタルデータでしか買いたくない。
ダウンロード販売で良いではないか。
売れ行きの見積もり、メディア購入、ジャケ+オビ印刷、ROM焼き(もしくはプレス)、袋詰め、運搬、何より糞暑い中何十万人がごった返すビッグサイトに朝から行かねばならない。そして売れ残ったら在庫。売り切れたら機会損失。買う方もリッピングしたり面倒だしCDの置き場にも困る。いいこと一つもねーじゃねーか。
そういうのがダウンロード販売にすると一切ない。在庫も売り切れもない。
コミケは直接会える貴重な機会とか言うがお互いコミュ下手で不細工なキモヲタだぜ。会えてうれしいもんでもないだろう、冷静に考えると。
世の中には、お礼をいって相手に喜んでもらった方が気分が良い、という人がいるんだよ。
そういう人にとっては、傲慢な振る舞いをする方が機会損失であって、お礼を言う方が合理的。
http://anond.hatelabo.jp/20090412122912
を去年読んで、うわー問題化したのに来年もやらせるのかなって思ってたら案の定。
楽天新卒で入ったやつから楽天カードに入ってもらえないかって連絡が飛んできた。
楽天はなに考えてるんだろうね?
そりゃ確かに、経営側から見りゃ毎年固定で契約数が増えるのは美味しいのかもしれないけど、
新卒の人間に対して、対人関係と引き替えに今後を決定づけさせるその下劣な企業風土にはっきりいって腹が立った。
保険会社や銀行なんかでは当然のごとくやってる、って去年のエントリではコメントがついてたけど、
こういうことを新人に対して平気でやらせることを是とする、そんなくだらないメンタリティに調教されてる人間はこういう行為を助長させてるんじゃないか。
そんな人間が多いからこんなつまらないことが毎年繰り返されるし、こうやって新卒に対してその”風土”を埋め込むことで楽天は酷い機会損失をしていると思う。
実際、去年のアレがあったせいで去年・今年の新卒は楽天を避けるようになってしまっている(と実際携わっていて感じる)し、
こいつ優秀だなと感じる人間ほど楽天なんぞに誰が行くか、って言ってるヤツが多い。
IT系やってて、直接新卒の採用対象者層にこういう印象を与えてしまっているカード研修。これ自殺行為じゃないのか?
一応加入する予定ではあるけど、カードが来ても絶対に使わないし楽天はできる限り利用しないようにしようと思う。
今後も"これ"続けるつもりなら、楽天なんぞさっさと退場して欲しい。
今年受けている学生の皆さんもよく考えてね。
露出欲求があるんです。
でも最近はそれで性的欲求が満たされるわけでもないし、性的興奮もあんまりなかったりする。
ただ、散歩してると、どこかに性器を見せたくなるような女性歩いてないかなー、って思いながらウロウロしてしまうし、
乗客の少ないバスとか、露出に適したシチュエーションに出くわすと、出しとかないともったいない、って気分になる。
で、最近気付いた。いつの間にか“もったいない”って思っていたことに。
見せつけたいとか、興奮するとかよりも、
この状況で露出しておかないともったいない、という気分になっちゃう。
露出しないことがロスで、機会損失。興奮とか相手の反応とかあんまり関係ない。
そりゃあ理想的な反応があった方が興奮はするんだろうけど、でも
「興奮・欲望 < チャンスロス」
ってなってる。
自分が満足出来るわけでもないのに、露出できるシチュエーションを求めてさまようなんて、もうこれ、病気ですよね。
どっかのマンガで精神病だなんて書いてあった気がしますけど、精神科に行って本当に相手にしてもらえるんでしょうか・・・。
人に言える話ではないので、ひとりで困ってます。
・・・いや、見せちゃったら困らせちゃうんだよね。。。どうしたら治まるんだろう。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51344900.html
櫻川昌哉氏によれば、向こう100年間に日本の財政が破綻する確率は99.91%だが、それが1年後なのか99年後なのかはわからない。
と書いてあるんだが、
その後「問題は債務の絶対額ではなく、それが市場で消化できるかどうかという需給状況」と書いてる。
破綻の定義は「100年後に2006年のGDP比債務残高を上回る」となっている。
http://agora-web.jp/archives/790006.html
破綻確率の計算方法は以下のとおりです。まず政府の目標値に沿って、今後の平均的な実質成長率と基礎的財政収支を設定します。次に成長率と整合的な金利を算定した上で、将来のGDPと債務残高(GDP比)をシュミレーションし、最後に100年後の債務残高の分布を描き、それが、骨太の方針が初めて公表された2006年度の債務残高(GDP比)上回る割合を「破綻確率」として算出しています。
つまり、最初に100年後に2006年の残高を上回るかどうかを問題にしておきながら、後から額の問題じゃねえと書いてるわけだ。額の問題じゃないなら100年後の額が今より多いかどうかだって問題じゃないだろうに。これ見て納得してる人たちってソースもろくに確認してないんだろうな。外国の記事のときでもソース見たら全然違うとかよくあるし、この人はろくに読まずにやってるのか、わかってるけど「どうせ愚民はいちいち確認するわけない」と読者を馬鹿にしてるのか、どっちなんだろうか。
内国債だから問題ないというのは、「外人は信用できないが、日本人なら国債が紙切れになっても保有してくれる」という根拠のないナショナリズムを表明しているだけだ。邦銀も国債を保有する義務はないので、値崩れが始まったら売り逃げる。むしろ買い手の95%が日本人だということは、現在の金利がリスクに見合わないと海外の投資家がみていることを意味する。つまり世界の常識からみると、日本国債の価格は、すでにバブルなのだ。
この人はなぜ内国債かどうかが問題になってるのか全然わかってない。
財政再建論者は「子孫につけを回すな」というから、それに対する反論であって、国債が値崩れしにくいどうかという話じゃない。日本人が国債を保有してる場合低利でも高利でも利息収入は日本人が受け取る。値崩れで金利が上がれば子孫が返済する負担が増えるが受け取る利息も増える。結局全体で見ればプラスマイナス0。もちろん遺産額増税額とかは各自で違うので個別で見れば違うが、財政赤字によってあたかも子孫全体が損をしているかのように言う人には要注意。財政再建を唱えるならそれが国民全体子孫全体の利益ではなく、一部の国民が得をするために一部の国民に損をさせる政策だという事をはっきりさせなければならない。
あと本当に国債バブルがおきているからといって財政再建したほうがいいともいえない。バブルだといわれるほど価格が上昇してるなら供給を減らすのではなく増やすのが普通の市場経済。納税者からしても国債がリスクに見合わないほど高価格=低金利なら、もっと発行を増やして手取りを増やしてもらったほうがよい。そうすれば増えた収入をリスクに見合ったより高利なところで運用すれば利ざやを稼げる。逆に今増税して手取りを減らすのは機会損失が発生する。財政再建するのはリスクに見合わないほど国債が暴落してからにしないと納税者に余計な負担が押し付けられる。
>詳しいことは作業日当日にならないとわからない
移行手順書とか作ってないと死ねる気がするけど・・・
類似するな他社のケースを日経情報ストラテジーとかにないか調べて、そこに書いてある時間の200~300%とかかなー?
記事がないなら、見積もりできないので1日~3日とか超振れ幅大きい形で回答するしかない。
ま、横レスしてる増田の言うとおりやっぱりソフトの開発元に当たった方が良いと思うけどね。
ちなみにSAP関係なら、SCMとかの移行はシステム止めないように1日で済むように準備するのが基本。
「何日で移行する」ってのが前提で、それで移行できるように準備&移行テストしていくのが本来の姿かと。
リスキーさを金額で示すために、システム止まったときの1日辺り機会損失は、該当する年間売上とかを日数で割ってあげるとよろし。
Pixivでの無断転載禁止の話について思ったことを、他のイラスト系サイトもまとめて考えてみた。
会社で締め切りのある仕事やってて、ああ素材がない時間が無いとやっているとき、手軽に人のイラストやなんかを使いたくなる衝動に駆られる。しかしやらない。素材フリーで加工OK、ただし著作者の名前だけはいれてくれ、というやつでも駄目だ。
理由その一。名前を入れると広告の場合なにを広告しているのか分りにくい。ただでさえ少ないスペースで情報をつっこまなきゃならないのに、著作者の名前までいれていられない。
理由そのニ。上司を説得するのが難しい。
「こういう素材フリーで加工OKという素材がありますが名前だけ出せばOKです、使ってもいいですか」
「契約書あるの?」
「ないです、ついでに用意してる時間もないです」
「やめときなよ前例ないし。なんかあったときめんどうだよ」
理由その三。権利関係は対企業の場合とても大変。
理由その四。企業、及び無断使用者は、絵師を宣伝するために存在してるわけではない。特に金払って作ってる側からいえば、フリーだっていうのになんでわざわざ絵師の名前を宣伝してやる必要があるのか、ということになる。非常に身勝手な考え方なのだが、それくらいなら金払うだけで済む素材集や無断のほうがまし、と思ってる人は多いはずだ。
以上の理由から、人は無断使用か使用しないで泣きながら残業するかどっちかを選ぶわけだ。
機会損失の点からいえば実はどっちも損をしている。著作者側はその作品が自分のものであると証明したい、それだけなのに、それがあるために作品が多くの人の目に触れる機会をなくしていることもあるのだ。
そんなわけで、私は著作権フリーの場合には、一報入れた上で絵師のサイト上に使用された作品を掲載する、という方法を提案したい。
リンク形式だと非常に楽である。これならおそらく、簡単に自分の絵が使用されている一覧集を作成できる。
今のように禁止だけしても、たまに違反者が晒しあげられて炎上ネタになるていどで、現状なにも変わらなくなっていくだけだ。慣習法を自分たちだけで作ってもあまり意味が無い。
正直な話、無断で素材を使う奴というのは一報いれたり許可とりにいくほどアクティブな人間ではない。不愉快ではあろうが、絵師側で把握して管理していくほうが、おそらく手続きにのっとって使用してくれる人が増えると思う。
禁止したところで罰則もなければ運の悪いやつが炎上する程度と思ってる人間に対して理を説くより、絵師側にも使用側にも得になる方法を考えてみた。
でも、たぶんこの意見、総叩きだろうな。
何か色々ひどい内容だったので、ちょっと書いてみる。
「勝てないゲームなら、ルールを変えよう」という発想には大賛成なのだけど。
資本主義においては、資本を持った者が強い。そして、資本が多ければ多いほど有利に働くという構造のはずである。それでは、私たちはどのような資本を持っているのだろう?
……中略……基本的には「労働資本」に頼るしかない。自分自身が「原資」になって、毎月の給与が「利回り」になるというわけだ。
もし、あなたが年収600万円を稼ぐ労働者だとすると、年利5%で計算すると、1億2000万円の資本を回転させていることになる。こうして考えると自分自身ってすごい資産価値なのだな、と関心するだろう。
貧乏人の気休めによく使われる詭弁。「働ける」ということは生きていて生活しているということなのだから、それだけで金がかかる。一年の衣食住にかかる経費を計算して、それは死ぬまで続く返済だと考えてみたらどうだろう。僕は死にたくなる。
気持ちの面だけではなくて、そういう毎月の支払いがあるので、労働資本を投資する際にはリスクも利回りも高い選択を取ることが難しいはず。大きな数字を見て気分が良くなっても、現実は何も変わっていない。
次にゲーム理論の話が出てくる。囚人のジレンマについて丁寧に解説してくれているので原文をよく読んでほしい。かなり恣意的な数字だが、こういうケースもあるだろうと仮定して進める。(説明が無いが、表の中の数字は、左側が労働者の利得、右側が雇用者の利得。「利得」とはこの場合「利益」と言い換えてもいいだろう)
しかし、ここで「あれ?」と思った人は多いだろう。表を見れば明らかだが、お互いに利得が大きい(5.5)「がんばる」×「高く雇う」という組み合わせがあるのに、わざわざお互いに利得の少ない組み合わせを選んでしまっている。これがゲーム理論で言うところの「囚人のジレンマ」と呼ばれる現象だ。
その通り。
「囚人のジレンマ」は2者間の選択肢の均衡が、必ずしも最適解にならないという現象である。なぜ、こうした事が起きるのかと言えば、お互いの利益だけを最優先にするために起こる矛盾なのだ。つまり、「自分の利益」を追求するあまり、「木を見て森を見ず」状態になってしまい、みすみす得られたはずの利益を逃してしまうということだ。これは大きな機会損失である。
だんだんおかしくなってきた。
この“機会損失”をなくすには、全体にとっての最適解つまり「会社にとって何がベストか?」を関係者全員のルールとすることである。つまり、このゲームのルールを変更しなければ、いつまでもこの機会損失は続くことになるのだ。
労働者にとっては「雇用者側に立つ」ということだ。これは「雇用者になる」ということではない。「経営者の視点で働く」ということである。そうすることで、自分にとって、ではなく、会社にとってベストな働き方になる。……以下略
そしてお決まりの、「利己主義を止めて全体主義になれ」だ。こういう論には、ゲーム理論をもってくる意味が無い。小さな「知の欺瞞」みたいなものだ。ここでは「囚人のジレンマ」は説教臭い寓話にしかなっておらず、この理論から得られる知見は捨てられている。
ここで、原文の筆者は表を書き換え、
10 8
8 6
という単純な構造にした。労働者と雇用者の利得を一体のものとして扱う、という意味で。しかし、読者にこの表を見せることはない。読者はこの表を見たら当然、「どう分配するの」という疑問を抱くだろう。元々は分かれていて、自分の利得はいくらなのかはっきりしていたのだから。つまり最初の表には大して意味が無かったのだ。
それに「雇用者と労働者でどう利益を分配するか」何て歴史的な難問に足を突っ込んだら、マルクスから復習しなければならなくなる。そんなのネットのコラムの原稿料には多分見合わないだろうし。
この単純なバージョンの表は、ただルールを曖昧にしただけで、利益が増えるとはどういうことか、という問題に全然触れていない。それもそのはず、このルールは最初から一つの企業の中だけで完結しているので、経費節減以外に利益を増やす方法が出てくるわけが無い。
そこで、ちょっと複雑な数字パズルを導入し、新しいことを覚えたような気にさせ、「協力は尊い」と説教する。でも、「2の利得を諦める」というのは、ビジネスの否定だよ。(5. 5)の答えはwin-winになっているよう見えるけど、なっていない。「目の前にある2の利得を諦めなければ、2の利得を得られる可能性は無い」と言っているんだから。ビジネスじゃなくて胴元が勝つようになっているギャンブル。
ゲーム理論だの囚人のジレンマだの持ち出さないで、そのまま書けば良かったのに。「あなたの利益を最大化するため、立場の違う人とも金銭的な面を含め協力し合いましょう。その際は、組織の外部を意識することで最適な妥協点が見いだされるでしょう」とか。原稿料は貰えないかもしれないけど。