はてなキーワード: 現状維持バイアスとは
世襲を防ぐための側面が強いんだよ。
若いうちから選挙に出れる状態の人、つまり3バンがいきなり備わっているのは世襲だけ。
天才若手社長として結果を出している人でも、選挙権を持つ中心年齢層から支持を得れるかというと難しい。
中高年は現状維持バイアスが強いので世襲に投票したがる傾向が強いので、若年対決で世襲と戦ったらまず勝てない。
逆に世襲の場合は親からの引き継ぎや世代交代アピールをすることによって中高年の現状維持バイアスを引き出し、若い内から当選を狙っていけるようになる。
若くして当選してしまえばそのあとは本人そのものが現状維持バイアスをくすぐれるようになるのでドンドン在籍年数を稼げる。
そして在籍年数を稼ぐほどに現状維持バイアスの強い中高年から支持されやすくなっていく。
世襲じゃない人間がある程度のカードを揃えてから戦う頃には、同じ年齢の世襲はとっくに十年二十年と居座ってきた安定感のあるベテランという扱いになってしまう。
これを少しでも軽減するためには、被選挙権のスタートを遅らせるのが一番の特効薬になる。
世襲の相続式スタートダッシュを防止して、非世襲の議員が準備をし終わるまでの間縛り付けておく事ができるからだ。
被選挙権の年齢制限がそももそも間違っているから取っ払えという意見は、一見平等な社会を推し進めるように見えて、実際にはより格差の強い社会を作り上げることになる。
現状維持バイアスであって選んでないのでは
って「現時点でAIに足りない部分」に難癖をつけて、人類による家内制手工業を守ろうとする発言。
想像力ねえなー
って思う。
特にシステム開発分野。コードの断片は書けても設計はできないだろとか運用できないだろとか。
想像力ねえなー
って思う。
たしかに現状のAIにはまだ未熟なところがたくさんあるし、「あれもできないこれもできない」という指摘も現時点では妥当なものだろう。でも10年後はどうかな。5年後は。明日は。
ほんのちょっと前まで、人間以外がプログラムコード書くなんてできない世界だったじゃん。
それがAIがコード書くようになったらあわてて「いいやAIにはあれができないこれができない」って言い出す。
逆だよ、言ってることが。
できないことを指摘できるってことは、裏を返せば
「じゃああれとこれができるようになればいいんだね」
ってところまで来てるわけでしょ?
そしたらまたどうせ「まだそれとかこれができてない、まだまだAIに仕事は任せられないね」
ってなるんだろうけど、それだってそのうち克服しちゃうじゃん。
そのサイクルをぐるぐる回してるうちにAIってどんどん「使えるもの」になっていくわけじゃん。
すごいAI楽観論をもとに語ってるけど、でも、AIが目指してるとこってそこでしょ?
んで、AIが十分に論理的に育ったら、やがて自己強化サイクルを自力で回しだすよね。そうなったらもうシンギュラリティですよ。
なんなら、みずほ銀行PJのドキュメントとソースコード全部呑ませて「これを最適化してください」で仕事が済んじゃう日が来るかもしれないよね。
「未定義の要件が◯件、曖昧な要件が◯件、矛盾する要件が◯件あります。役員全員集合」とか言ってきて。
夢じゃん。
そういう夢を見ようよ。
俺たちは、18世紀19世紀の産業革命がもたらした(ある種破壊的な)社会構造の変化を歴史で知っている。
AIの未来を過小評価したり矮小化したりしている人々は、「あれと同じことは起こらない、起こってほしくない」っていう現状維持バイアスに囚われていることに気づくべきだ。
もうすでに変わり始めてるし、これは序章に過ぎないんだよ。
正直に言えば、現状維持にもっともらしい理由をつけて「現実は難しいからなかなか変えられないんですよ」と言っているだけ、ただの現状維持バイアスにしか見えませんね。別に簡単だとは言っていませんよ。
その難しさとは立法行為全てに言えることでしょうが。当たり前ですけど。でっていう。難しいから全立法業務を放棄しろなんて言うわけじゃないですよね?無意味な反論。あまりにも、経済的にそれなりに安定した国の現状からはありえないほどに遅れている現状に危機感を持っていただきたい。
たくさん女性議員がいるってどういうことですか?女性議員の比率は両院で10%と20%ですよ。これが沢山なんですか?人類の男女比はほぼ5.1:5ですよ。クリティカルマスは40%以上とも言われています。圧倒的に足りてないことは明らかです。95%でもいいんですよ。10%はありえないでしょう。
差別もそうです、50年以上指摘されてるのに何も変わらない日本の実情を、すぐに簡単に変えられるものじゃないなどと言うのは怠慢でしかないという話です
日本以外の国は50年もあれば様変わりしているので。難しいことを成し遂げるには時間は要りますが、今の日本がやってるのは難しくても努力し続ける民のための政治ではありません、現状維持のお為ごかしです
というのはよくある日本らしい神話・幻想ですね。対立する相手に届くとかいう謎の理路言説だけで革命が起こるなら世界はこんなに苦労しません。具体的にどんな言葉がその魔法の相手に届く理路なんですか?世の中そんなに「簡単」じゃないんですよ。それこそ「相手に届く言葉」とやらは簡単に解決する魔法じゃないんですよと言いたいですね
そもそも一般日本人に議論は不可能です。議論をできるように教育されてないので。ですので今の日本人に議論をさせても中学生のお話し会になるだけで危険です。
まずは議論や建設的批判をできるための太い教育を取り入れるところから始めなければ、その辺の普通の日本人はバカなゴマスリと罵り合いと謎のおべっかでお互いの機嫌取りをしてるだけで議論した気になって終わりです。
私は30歳半ばになるのだが、周囲に無趣味だったり面白くなさそうにしている友人がチラホラいて
それでも行動習慣を変えられない人がいる。現状維持バイアスもあるはずだし
年齢を重ねるとなかなか色々動きにくい問題はあると思うけど、どうしてこのように「固着」してしまうのか考えてみた。
・知人や友人に連絡を取るのが億劫になる
・恥をかきたくない、ダサいことしたくないから新しいことができない
・興味の方向性が固まってる(と思い込んでいる)から特定のことしかしたくない
・そういう「行き詰まっている感覚や悩み」みたいなものを素直に言える関係の人がいない
・仕事とか家庭とか「自分の役割」を優先して自分を大切にしていないように見える
今考えられるのはこのくらいだけど、他にも何かあったら教えてほしい。
・表現にはそんな力はない
反ワクチンのせいで病床埋まって死んだ人とかいますからね。表現の影響を受けて行動する人がいる以上は現実に作用する。表現には倫理も常識も変える力がある。有り得ない
それはそう
誰が決めた。
配慮を求める場合はまた別の配慮がある表現を世に広める方法を取るべき
・現状はそんなに悪くない
何と比較して?セクハラロリペドに抵抗なさすぎ、認知歪みすぎ、性的モノ化しすぎ。女性と接点の少ない人間はほぼリテラシーがないので歪んだ人間観を持っています。人間が他人から鑑賞されるモノという感覚が強すぎ。正しく表現されなければ女性や子供が尊重されないことは言うまでもない。エロがSNSで簡単に流れてくるからでしょうか、表に出すことは子供への暴力ということがわかってなさすぎる。楽観すぎ。現状維持バイアスですよ
勝手に人を歪んでいると決めつけるな
その他内容がおおざっぱすぎ。増田自身一番下に「好ましいエロもある」と書いているとおり、子供もアクセスしてプラスになるエロもあるはず
少なくとも俺も子供だった時代があるが、エロから全く遮断されていたら辛かった
・何でも規制される
憲法を勉強してる人間ならなんでもかんでも規制されるなんて有り得ないとわかるはず。侵害されている利益の保護の範囲でしか規制はできない。ただ恐怖を煽ってるだけの妄言。
わかる
ので、害が及ぶ前に声を上げている
・自分は困らない
困っててもずっとそうだったから見えてないだけです。認知の歪みが少なくなり周囲も変わるので性犯罪が減少しエロに対する安心感が生まれれば社会を通してポジティブな影響は受けます
自分が困らないとは思わないけど
認知の歪みによる誤解。単なるアクティビティの一つ。好きな人とのエロや安心感のあるエロなら好きな人、嫌なことをされず自分の意思が尊重されるエロなら好きな人、スポーツのように楽しむ人、エロが苦手で嫌いな人、エロい服が好きな人、エロくない服が好きな人、あらゆる在り方がある。その人の在り方が尊重されるべき。上記エロが暴力になっている文脈がありふれているため楽しむ余裕が現在社会にない
それはそう
あと上にも書いたが子供にも性欲があるんで子供もアクセス可能なエロの範囲はもっと社会のコンセンサスをもって決定してもいいはず
・表現にはそんな力はない
反ワクチンのせいで病床埋まって死んだ人とかいますからね。表現の影響を受けて行動する人がいる以上は現実に作用する。表現には倫理も常識も変える力がある。有り得ない
エロは主体が楽しむ安全と配慮を欠いたら暴力。鑑賞者が楽しむかどうかではない
・現状はそんなに悪くない
何と比較して?セクハラロリペドに抵抗なさすぎ、認知歪みすぎ、性的モノ化しすぎ。女性と接点の少ない人間はほぼリテラシーがないので歪んだ人間観を持っています。人間が他人から鑑賞されるモノという感覚が強すぎ。正しく表現されなければ女性や子供が尊重されないことは言うまでもない。エロがSNSで簡単に流れてくるからでしょうか、表に出すことは子供への暴力ということがわかってなさすぎる。楽観すぎ。現状維持バイアスですよ
・何でも規制される
憲法を勉強してる人間ならなんでもかんでも規制されるなんて有り得ないとわかるはず。侵害されている利益の保護の範囲でしか規制はできない。ただ恐怖を煽ってるだけの妄言。
・自分は困らない
困っててもずっとそうだったから見えてないだけです。認知の歪みが少なくなり周囲も変わるので性犯罪が減少しエロに対する安心感が生まれれば社会を通してポジティブな影響は受けます
認知の歪みによる誤解。単なるアクティビティの一つ。好きな人とのエロや安心感のあるエロなら好きな人、嫌なことをされず自分の意思が尊重されるエロなら好きな人、スポーツのように楽しむ人、エロが苦手で嫌いな人、エロい服が好きな人、エロくない服が好きな人、あらゆる在り方がある。その人の在り方が尊重されるべき。上記エロが暴力になっている文脈がありふれているため楽しむ余裕が現在社会にない
・表現にはそんな力はない
反ワクチンのせいで病床埋まって死んだ人とかいますからね。表現の影響を受けて行動する人がいる以上は現実に作用する。表現には倫理も常識も変える力がある。有り得ない
エロは主体が楽しむ安全と配慮を欠いたら暴力。鑑賞者が楽しむかどうかではない
・現状はそんなに悪くない
何と比較して?セクハラロリペドに抵抗なさすぎ、認知歪みすぎ、性的モノ化しすぎ。女性と接点の少ない人間はほぼリテラシーがないので歪んだ人間観を持っています。人間が他人から鑑賞されるモノという感覚が強すぎ。正しく表現されなければ女性や子供が尊重されないことは言うまでもない。エロがSNSで簡単に流れてくるからでしょうか、表に出すことは子供への暴力ということがわかってなさすぎる。楽観すぎ。現状維持バイアスですよ
・何でも規制される
憲法を勉強してる人間ならなんでもかんでも規制されるなんて有り得ないとわかるはず。侵害されている利益の保護の範囲でしか規制はできない。ただ恐怖を煽ってるだけの妄言。
・自分は困らない
困っててもずっとそうだったから見えてないだけです。認知の歪みが少なくなり周囲も変わるので性犯罪が減少しエロに対する安心感が生まれれば社会を通してポジティブな影響は受けます
認知の歪みによる誤解。単なるアクティビティの一つ。好きな人とのエロや安心感のあるエロなら好きな人、嫌なことをされず自分の意思が尊重されるエロなら好きな人、スポーツのように楽しむ人、エロが苦手で嫌いな人、エロい服が好きな人、エロくない服が好きな人、あらゆる在り方がある。その人の在り方が尊重されるべき。上記エロが暴力になっている文脈がありふれているため楽しむ余裕が現在社会にない
自分のスタンスを明示していなかったけど、各論としては選択的夫婦別姓に反対はしてない。細かい制度設計で気になる点はあるけど。
元増田の文意は、「リベラルってこれでいいの?」という疑問にあって、個別の制度自体の是非についてはあまり議論のモチベはない。
『文化や伝統』を守りたいというのは個人の自由だし、そこはマイノリティであろうがマジョリティだろうが尊重するつもりだよ。ただそれは、あくまで他者の自由を阻害しない範囲でやってもらいたい。
『文化や伝統を守る自由』ってのは本当に『別々の姓を名乗る自由』の侵害無しには成り立たないのか? 選択的夫婦別姓制度が(極端な例だが、"人を殺す自由"を認めた場合の様に)社会に著しい害をもたらすというなら否定するのもわかるし、考えるべきだと思う。だが少なくとも『損なう可能性』や具体的でない『デメリット』のみでは納得感が薄い様に思える。
『理解を示して妥協点を探るべき』という考え方には個人的には共感するし、リベラルが先鋭化しているというのは多分そうなんだろうけどな。
ただ、『選択的夫婦別姓』という考えを『バッサリシャットアウト』しているのは『文化や伝統』を重んじる層ではないのか? この辺卵が先か鶏が先かの水掛け論になりそうではあるが…。
というか保守派は『文化や伝統』に基づけば他者の自由を侵害することもやむ無しと考えているのか? だとすればそれは先に挙がった『リベラルの基本理念』と根本的な部分で相容れない様に俺には思える。『他者の自由を阻害しない範囲』を越えた『自由』だからだ。
別姓制度を単体でみたときに、メリデメを合理的に考えればそうなる、という点で同意。
ただ、「文化伝統の維持」という主張に対する反論としては、議論のずれというか噛み合わなさを感じる。
そもそも保守思想というのは、人の考えうる「合理性」などたかが知れている、というスタンスであり、それゆえに伝統(現状維持)を志向するんだと思ってる。
確かに各論でみれば選択的夫婦別姓に反対する理由はないんだけど、そういった部分最適を積み重ねた結果、本当にみんなが幸せな未来(自由の侵害が最小化された世界)が来るのか、あるいはなんらかの予測しえなかった機序が働いて、もっと深刻な差別が発生するかもしれない、という懐疑論なのね。
そうすると、懐疑だけじゃなくて根拠をデータで示せよ、お気持ちじゃねーかよ、ってリベラルは主張するわけだけど、保守からすれば、そもそも人間がデータ化して認知し予測できる世界なんてまだまだ不十分だ、というのが基本スタンスなわけ。
実際に現代の科学でも株価も天気も予想できないじゃん。なら歴史に学んだ方が「合理的」だ、と。
なんで、「自由の侵害」を各論レベルでしか考えない反論、というのは、保守的な問題意識とは噛み合わんなーと思うわけです。「文化や伝統」というのは総論だから。
まあ保守側も「伝統を損なう」みたいなふわっとしたこと言うから、なかなかまともな議論にならんのですけどね。これは現状維持バイアスこそが保守みたいなとこあるんでしゃーない。
でもそこで、「保守を”ただの不合理なお気持ちバカ”とみなすような言説」がリベラル(?)に目立つんで、それはちょっと相手を見くびりすぎだし、多様性と相互理解を標榜するリベラルとしてどうなん?ということが言いたかったのでした。
君の言い分をまとめれば、「リベラルは『他者の自由を阻害しない範囲で思想信条の自由は尊重されるべし』という理念を守ってないんじゃね?だって保守派の主張を全面的に不合理なものとしてバッサリ斬り捨ててるし。理念に基づいて妥協点を探るべきだろ」となる。(合ってるよね?)
実際には保守派の理念は『他者の自由を阻害しない範囲』を越えて自由に振る舞うことをよしとするものだった。当然リベラルにとってそれは自らの理念に外れるから、受け入れられない。理念に外れるものを尊重する必要はない。となり、過激な叩きが横行するんだろう。俺の想像だが。
だとすれば(叩きの是非はともかく)リベラルは自らの理念にどこまでも忠実である。とすら言えそう。
という結論にひとまず到ったんだけど、どう思う?
うーん。まあ前段はそうなんですが、私は保守派の理念をそこまで悪意的なものと解釈していません。はてなの左派言論において、保守思想に対する悪意的解釈が多くみられるように感じているので、それを指摘したい、というのが私の意図ではありました。
保守の言いたいこと汲み切れてないんじゃない?保守の主張が「一面的に他者の自由を損ねることをよしとする言説」に読めるのは、読解が足りないかバイアスかかってるんちゃう?ってことをリベラルに言いたい。