はてなキーワード: デフォルメとは
むかし御大将が
「良いアニメ作りたきゃアニメを見ずに小説とかを読め!」と言った。
オシイ監督の「今のアニメはコピーのコピーのコピー」っていうのと
被ると思うが、確かに今のアニメはテンプレ通りのキャラクターにテンプレ通りの
正直化物語やまどかですら、「まあ良く出来てるけど何度も見ようとは思わない」
感じなのだ。
なんというか、キャラにリアリティがない…というか、人間の正確のうわずみを
さらっとすくいあげてオタクの視聴者向けに色つけてみましたっていう
実際に存在しない性格の部分を、いくらすくいあげてデフォルメしたって
なんというか、リアリティがないのだ。キャラクターに。
「ああ周りにこんなやついるなあ」「ああこの人の言いたいこと分かるわあ」
みたいなのが最近全くなくなったなあと思った。
とりあえず客に媚びたキャラばかりが集っているから、本当に面白くない。
でも、人間のそういうリアリティを見るためには、どうしたら良いのかというのを
考えてみた。
「ソープへ行け!」
優れたSFはいつも現実のデフォルメなんだって思う。つまり、現実の日常のある部分を取り出して、先鋭化して、戯画化して
そうしてできた空想の産物が、むしろ日常の異常性を自然に僕たちに理解させる。空想だから、リアルなんだ。そういうのがいいSFってもんだ。
『たった一つの冴えたやり方』は泣けるってことで有名なSFだ。でも僕はその本題より、むしろディテールの部分に感動した。
やった!これでようやく宇宙に行ける!16歳の誕生日に両親からプレゼントされた小型スペースクーペを改造し、連邦基地のチェックもすり抜けて、そばかす娘コーティーはあこがれの星空へ飛びたった。
イーアは彼らの星で、ドロンという非常に愚鈍な生き物の脳に寄生する。イーアは彼らに「罰」と「報酬」を与え、ドロンの行動をコントロールする…。
まあ一見すれば、SF的な突拍子もない設定だなって思うけど。よく考えれば、つまり、なんていうかな、これって僕たちじゃない?ってこと。それに気づく。気づきが大事だ。
僕たちは「体」からあらゆる信号を受け取る。痛みは「罰」だ。痛みを受けるようなことをしてはいけないのだと僕たちは僕たちの「体」に教育される。
快楽は「報酬」だ。セックスに快楽が伴わなければ、とうに僕らとの僕らの体は滅んでいるだろう。
まとめれば「精神が体を支配しているのではなく、むしろ逆なのだ」みたいな陳腐な結論に至るんだけど、それを自然に気づかせる力がSFにはあり、その気づきの瞬間を僕は愛してやまない。
あらすじとしては
主人公の夫が事故にあった。助かる見込みがないので夫のクローンを作り、その体に脳を移植することになった。しかしクローンを作るのにはちょっと時間がかかる。その間夫の脳を保存しなくてはいけないのだが、夫の元の体は殆ど機能していないので、これを維持するには莫大なお金がかかる。主人公はその経済的な事情から、夫の脳を自分の「子宮」に保存することにきめた。
まあこんな感じだったか。間違ってるかもしれない。大事なのは、「他人の脳を子宮で保存すること」この一点だ。
これは、随分ショッキングな想定だと思う。ショッキングであることは大事だ。だって、気持ち悪いでしょ。いくら愛する夫だからって、他人の、脳を、自分の腹に埋め込むなんて。ぶっちゃけキモイ。
でもさでもさ、それは大変素直な感想だけど、でも、考えてみてよ、これって僕たちじゃん。というか、彼女たちじゃない?
女の人は妊娠する。それって極自然で、すばらしいことなんだけど、でも「他人の脳を子宮で保存してる」のは上のことと変わりない。さっきショッキングであることは大事だといった。ショッキングであることがショッキングなんだ。だって、いえないよ。妊娠が気持ち悪いなんて。でも、でも、なんてったってそれは同じことで、だから、やっぱり気持ち悪いんだ。
これに「気づいた」とき俺はなんて非道徳的なんだろうて衝撃と、こんなものを書いたイーガンに尊敬を覚えた。僕の解釈が正しいとは思わないというか、多分間違ってる。つまりよくない解釈なんだけど、でもイーガンすげえって思った。
それが「自分はよく知らないけど、世の中全般では知っている人が多い事」なら、止めとけ。
具体的には学生の仕事論とか非モテの恋愛論とか未婚者の結婚論とか子無しの育児論とかそういうやつ。
自分では「こんな事を考え付く自分って超天才、他の愚民共にこれを教えてやらねば」と思っているのかもしれないけど、
ネットでよく聞く話だから、この間ホッテントリに入ってた記事に書いてあった事だから正しい、と思ってるかもしれないけど
ネットは現実を正確に反映した話より、デフォルメした極端な話の方が持て囃されると言う事を忘れている。
完全匿名の場ならまだいいけど、実名や匿名であってもリアル知人が見ている場でそういう事をやらかしたら
思い出す度に恥ずかしさの余り布団の上をのた打ち回る羽目になりたくなかったら、止めとけ。
どうしても語りたいなら、せめて「世の中の殆どの人が知らない事」にしとけ。それなら的が外れていてもバレにくい。
「それを良く知っている人」がたまたま通りすがって突っ込まれまくる可能性はあるけど。
『まどマギ』は、ファンタジーな設定に現実の重さを乗っけた作品だけど、『ピンドラ』は逆。
妹の死という現実に直面する兄弟に対して、次々とファンタジーが襲来する。
奇妙な連中とドタバタを繰り広げるうちに、いつのまにか「シリアス」は掻き消され、「コミカル」に支配されている。
語弊を恐れず言えば、『まどマギ』は視聴者に緊張を強いる作品。
常にQBの言動に惑わされ、衝撃の展開の連続で、魔法少女たちは苦しみ続け、主人公はずっと何もできない。
対して『ピンドラ』は「見ているだけで気持ちいい」というタイプ。
決して作画が良いわけではないが、色彩やデフォルメが駆使され、快楽的な絵が作られている。
そして、おそらく無数の謎は最後まで解決されない。
ONE PIECEの最新刊を読んで、これって少年誌でやるような内容じゃないなあって思った。
問題解決に至るまでの道筋があまりにも難しくて、単なる娯楽として楽しみたい人にとっては面倒だと思われてしまうのだろうなって。
加えて内容と絵柄が微妙にマッチしてない。凄くシビアで解決が困難な問題を取り扱ってるのに、絵柄が可愛らしすぎる。
戦場に描かれたハローキティのような違和感を少し覚えたぐらいだもの。何というか、テーマがうまくデフォルメされていないというか、読者に対して肉薄しすぎているような気がした。
いつ頃だったからかわからないのだけれど、ONE PIECEは思想じみた描き方をするようになった気がする。
アラバスタ編とか、空島辺りまでなら、まだ少年誌の文法に則った読みやすい娯楽作品だったように思うのだけれど、世界政府を本格的に敵に回した辺りから作者の思想がにじみ出てきたように思う。
仲間仲間うるさいとか、演出が過剰だとか、ごみごみしすぎているとか、まあいろんな批判はあるけれどもさ、個人的にはこの思想の変化が一番気になってしまう。
エースの過去編とか、もう詳しい感じ様は忘れてしまったけれど、読んでて気持ち悪かったのを覚えている。どうしてだったのかな。手元にないからわからない。
嫌いじゃないけどね、ONE PIECE。でもあれは週刊少年誌で掲載するよな内容ではないと思うなあ。人を選ぶと思う。国民的漫画であるくせにさ。
まあ、良くも悪くも実験作なんだろうな。読者層が広いっていうんだから、そこもカバーしようとかいろいろ思惑があるのかもしれない。
もはや数年前ではあるが、小泉純一郎のネクタイはそれとなくニュースの話題にのぼることがあっただろう。
そして彼は緑色のネクタイを付けて、しかもそれがちょっとしたブームの火付け役になったこともあった。
惜しむらくは、満足行く色合い、生地を得るまで妥協しなかったことが失敗なのだ。
何もブームを作りたいわけじゃない。それより先にそこにいることこそが重要なのだ。
こればかりは、後悔している。
ちなみに、今は満足行くものが見つかったので、週に一度は付けます。
でも、スーパー・クールビズ大賛成ですよ。むしろアロハにすべき。
そんなこともあり、まあなんていうのか、上のネクタイみたいに「既存の枠組みの中でちょっと差別化してみる」的なファッションがお気に入りなんですが、
まあ、それ自体は染物さんも生計立てられるぐらいに市場はでかいし人も多い。
で、そこでやはりというか、ハマってしまったわけですよ。デニムに。
でも、ハマってしまったからには個性を演出といいますか、差別化してみたいですよね。
黒やグレーはもちろん、ワインレッドに白、灰色がかった紫に土色に錆色などなど、集めに集めて穿いてるわけです。
ストレートもいいけどブーツカットやフレアもいいよね。ついこないだ茶色のフレアジーンズがあって「うお、メンズにフレアなんてあんのかよ」と衝動買いしてしまいました。日本人は足短くてブーツやフレアは合わないといいますが、案外しっくりきますよ。ちょっとデフォルメされた感じ。SDガンダムみたいって言ったら大げさだけど。
で、話を戻すと、これもまたやはりといいますか、緑色のジーンズが欲しくなるわけですよ。
そして緑色といってもさまざまなんですよね。蛍光染料で染めた画一的で色落ち何それ?なジーンズや黒地に少し緑がかったものとか。
で、やっぱりデニムって色落ちに拘りたいですよね。そんな感じで一着見つけたんですよ。真緑色で、色落ちもするジーンズ。かなり出回りが少ないんじゃないかな。
これいいんですよホント。
メンズというか服飾全般として下が緑色ってのは数が少なくて、これを自然に使えるようになるのはすごいアドバンテージなんですよ。英会話のNAVI TIMEみたいに、爽やかでありながらスッキリ見せることもできていいんです。特に上が白と黒の服との相性は抜群ですよ。
で、これで満足するわけにはいかないじゃないですか。でも数が少ないから諦めざるをえないというか。とは言ってもあることはあるんですよ。
この前近くのスーパーに行ったら、黄緑色というか抹茶色というかそんな感じの、自然なデニムを穿いた女性がいらっしゃって、ぴーんと来ましたよね。「あいつやるな」的センス。あ、惚れてはいませんよ。タイプじゃないし。おっぱい小さかったし。
でもあのデニムを穿きこなしているのはなかなかの強者というか、どこで見つけたんですかって声掛けたくなっちゃうぐらいの衝動に襲われたんだけど、まあ声かけなかったのよね、それが後悔。
というわけで緑色のデニムほしいんですけどどっかにいいとこありませんか?たまにググッても情報なくてね。そこまで不自然じゃないんだけどなあ。ユニクロあたり仕掛けたらすぐに広まりそうなものだけど。
最初に言っておくが、私は『けいおん!』が好きではない。だって、ほら、目が怖いじゃん?なんか変じゃん。特に2期の後半OPが怖い。5人が並んでこっちに手を振ってるシーン。あれやばいよ。死んだ魚のような目ってレベルじゃねぇよ。ボケーっと見てたら気が付かないけど、目だけに集中してみ。ほらね、怖い。ありゃホラーだよ。
という話を信者(笑)に話したら「デフォルメ可愛いだろうがっ!」と見事な模範解答を頂きました。もうね、アホかと。馬鹿かと。いや、あんた、デフォルメ絵ってのは何でも可愛いんだよ。『ひだまりスケッチ』のへちょ絵とか、『しゃくがんのシャナたん』とか。
そんなホラーアニメの話はさておき、先日放送が始まった『日常』だけど、これまた京アニ作品。こいつがやばい。何がやばいのかっていうと、目がやばい。
どこかで見たことあるような目。そう、『あずまんが大王』とか『苺ましまろ』の目だ。両者に共通する点は売れたってこと。そりゃそうさ、目が生き生きしてるからな。これらの作品に比べて『けいおん!』の目は・・・なんだ?二次元を馬鹿にしてるのか?
だから宣言しておくわ。『日常』は売れる。そもそもギャグアニメってのは概して人気が出やすいもんなんだよ。100人いたら70人はギャグアニメを評価するんだよ。
こんなに目の重要性を語っても、けいおんの豚共は「あずにゃんペロペロ〜」と叫び、暴れ出し、聞く耳持たずだ。まあお前らド素人は、山内重保の目でも観てなさいってこった。
俺はボカロだけです。少なくとも現段階では。その曲含めて、人の声を加工したものは好き嫌いで語れます。
ミクでもしっかり調整されていれば、違和感は薄らぎますし、初期に比べれば大分慣れました。
しかし元増田でショックを受けたといったのは、人に似せる調整を放棄した音であるにもかかわらず、それを音ではなく声として認識している層がいるんじゃないか、ということを思ってしまったからです。絵でも現実からデフォルメしたものと、デフォルメした絵を見てそれをコピーするのではやっぱり違うでしょう。でも、直接現実から反映していないくても人を描いていると認識できるし、愛着を持つことを出来る人もいるでしょう。それに当てはまるのかな、と思ったので例に出したのです。
即売会で本を出す、のレベルに自分なりの絵の基準があって、それが十分茨の道だと思っていてーー
絵については、自分の中にそれなりに高いと思っている審美の水準があるので、それに悖るような段階で薄い本を出すつもりなんかないです。
今年は無理でもいいんです。
テーマ・本義はあくまで人体をキチンと描けるようになる事、それを仕事に活かす事なので。
今でもデフォルメされたタッチでなら使える水準で描いてるし、適当なキャラクターとか物とか自分で描いてデザインに使うし。
まあともかく閑話休題。
人体も覚束ないのだけれど(うっすらと骨と筋肉の状態をかけばいいんだな、そうかきたいがそうならない(泣というあたりw)、顔はまったく全然描けない。
薄々思ってたけど、やっぱり全然無理で、これも形状を理解してないのを改めて実感した。
だから今溜まってるスケッチブックには顔の無い人体が並んでる。
だもんで二月か三月あたりからは顔の模写だけを集中して取り組む予定。
横から見ててあんたの意見にようやく胸につかえていたものが取れた。
なんかものすごい既視感があったんだ。
ヲタ臭い上に少しマニアックな話になるが、暫らく前に「まおゆう(略称だが、知らないならググればこのキーワードでも出てくる)」ってスレ創作SSがあったんだよ。
ドラクエの世界をベースにしたらしい魔王と勇者の話なんだけど、実際は経済の話中心なのな。
今までの史実にある経済の発展や流れなんかをデフォルメ・圧縮して物語の大筋に組み込んでるっていう。
それを見た中に大きく分けて二つの反応があったんだよ。
当然だけど。
更にその中でもまた二つに分かれてる。
「面白い:あくまでフィクションとして」「面白い:リアルだ、実際の史実に基づいてる」
「つまらん:好みじゃない」「つまらん:リアルじゃない、省略されすぎて嘘だらけ」
で、「面白い」って言ってる連中に「つまらん:リアルじゃない、省略されすぎて嘘だらけ」って言ってる奴らがあれこれと史実との比較を例に挙げて難癖つけたわけよ。
「どこがリアルだ、俺の言っているこれが真実だ。あれはうそっぱちだ」って。
ここまでで俺の言いたいこと分かるかな。
投下された話のネタ(テーマと言い換えていい)に関して盛り上がってる連中に、「そこ違う」「こんな話をリアルと思ってんの?」ってズレたこと言って、それをイコール「面白くないだろ」って結論に結び付けようとしてんだから。
よくあるだろ、斜に構えて人が楽しんでるところに水差す奴。
糞つまんねー白けさせかたしてくれるのは、話のネタの出所よりお前自身だよ、っていう。
それと全く同じだとようやく合点がいった。
http://anond.hatelabo.jp/20101018212339
はあ。なんか元増田を分析したようなこと言っておきながら、肝心なところは元の文章に即して判断するんじゃなくて主観なんだね。「国語の成績が悪い」って誰かさんたちに言われるよ。
たぶん、俺が、権威主義の使用を部分的に認めていることを「主観」だといっているのだろう。
とても勉強になる。
以下の点だが、
実際、もし、ガリレオが「それでも地球は動く」と言っていなかったとするならば、1.は
という、誰が聞いても支離滅裂な文章にしかならない。単に無根拠な断定をしているにすぎないからだ。
そんなに支離滅裂でもないのでは? 実際、言ってなかっただろうし。だが、地動説は正しい。
できれば、ガリレオを例に挙げるのではなく、元増田の文章に即して解説して欲しかった。
この両者の違いは「権威だから正しい」ということを(暗黙に)前提として論証の中で使っているかなっているかどうかだ。つまり、ここで「権威主義」といわれているのは、「権威だから正しい」ということに(暗黙に)依拠した(それなしでは成り立たない)論証のことだ。
それはわかっているつもりなのだが、「論証」といっても、元増田のしかない。
元増田が反駁しているのは、実際にどこかの誰かが書いた「論証」ではなく、元増田がデフォルメしたものに過ぎない。
実際に存在する論証を批判するのではなく、権威主義だと仮定した仮想敵のことを「権威主義だ」といって攻撃してもしょうがない。
だから、議論できる対象は、元増田の文章だけだ。
完全に間違い。元増田の最初1/3は、日本の教育システム(ここでは暗黙に高校~大学学部)についてよく言われる批判に反駁しているわけで、つまり「日本の教育システムは悪い」という主張を否定している。そこが読めてないからあんたはわけのわからん主張を繰り返すことになっている。
いや、元増田が「よくある批判」を否定しているのはわかる。だが俺は、その根拠として使っているものを問題にしている。
つまり、以下で元増田が言うような、
というような部分で、「大学がそれほど悪いものではない」ということに関する根拠として挙げられているのが、このノーベル賞の記事しかないのではないか? ということだ。
「それほど悪いものではないことを認めたくないのだろう。」という元増田の言い方は、「それほど悪くない」ということは事実である、と言っているようなものだろう? で、それが事実ならば、根拠を示して説得しなければならない。
それとも、俺が見落とした根拠が元増田の文章にあるのだろうか。(まあ、根拠とみなすかどうかの解釈の違いかもしれないが…)
増田がガリレオの例で言うように、ノーベル賞のは単なるマクラで、ほかに(日本の大学は悪くないという)根拠を提示しているのならいいと思うけど。しかし、マクラだけしかないなら、それは権威主義では。
よってこれは誤り。
1,2,3すべての論旨に影響がでるということか? なんて冗談だが。
ノーベル賞の話を抜いてしまったら、元増田の「日本の大学のレベルは悪くない」というのは、それこそ「単に無根拠な断定をしているにすぎない」ということになってしまう。
オタク受けするアニメやマンガの主人公は、主な視聴者層を考慮して10代であることが多い。
成人しても社会人になっても圧倒的に年下ばかり出てくる作品を視聴して喜んでるのは幼稚で恥ずかしい行為だ、という派閥。
オタク受けする作品の画風は、かなりデフォルメされていることが多い。
スラムダンクや島耕作のようなリアルテイストのある絵ならいいけど、頭部や目が大きすぎる"萌え絵"は気持ち悪い、だから気持ち悪い絵を見て喜んでる人たちも気持ち悪い、という派閥。
コミケは不潔で臭い人や行列が出来ているトイレでオナニーする人など、社会性に欠陥がある人の出現率が高い。
全てのオタクが異常者ではなく、大半は社会に適応しているが、一部の悪質なオタクがオタク全般のイメージを下げている。
一部の悪質なオタクの噂を聞いたり、被害を受けた人が、オタク全てがそうだと思い込んで排斥している、という派閥。
他にもあるかな。
洗濯ものを畳みながら見たりしてて、なんだかんだで、いままで放映された分は二回ずつくらい、繰返し観ている。
なんでこんなに面白いと思うのか?
備忘のために、まとめてみたい。
--
筋だけを面白いと思うなら、アニメを繰り返しては、観ないと思う。
絵も動きも音も好きだから、時間を費やして、原作本を読むのではなく、アニメを観るのだと思う。
(※私は同内容ならば、映像を観るよりも、活字を読む方が速いので...。)
今のところ、このアニメで私が最も好きな場面は、第四話の樋口師匠がデルタ突端(川の砂州部分)に座って歌う場面。
実際、それは話の筋には必要ないイメージ映像(歌詞だってナンセンスだし)。
でも映像が作り込まれて、時間もだいぶ割かれていて、素晴らしい!
(録画をしたままで未見のひとがいたら、第四話の、10分を過ぎたあたりを観てみてほしい。
主人公が亀の子タワシを探し終わって、夕暮れのなか、妹弟子の明石さんと帰る途中で、歌う樋口師匠を橋の欄干から眺める場面がそれ。)
この作品を通じてのキーアイテムのひとつである「海底二万里」をモチーフにして、
樋口師匠が居る砂州が、魚のように、潜水艦のように盛り上がって、
半袖で過ごす京都の夕暮れ、川べり、半袖と髪を揺らす風。
むかし何度か遊びに行った京都の空気が克明に思い出されて、「あっ!」と言ってしまった。
デフォルメがはげしいキャラクターデザインを、実写ベースの背景に配置していることで、
観ていて楽しい。
そして、とても面白い本だと思った。
とくに「何度繰り返せたとしても、きっと自分は同じことをするだろう(してしまうんだろう)」
という主題を、とても気に入った。
それから、村上春樹の書くものの一連の通底にも、同じ主題が流れていることを思い出した。
私はこの主題・考え方について、とても大事な考え方だと思っている。
不器用・不健康な精神の持ち主が、できるだけ健康的に生きていくためには、とくに有用だと思っている。
この考え方が出来ない場合には、過去のことを悔み続けて現在を過ごし、未来をダメにしていく可能性が高くなる。
(村上春樹は、あんなにも同じモチーフを繰返し描いて、繰り返すたびに昇華していった稀有な良い例のように見える。
近年は、あのモチーフから脱したようにも思われるし。)
ところで、話が逸れるが、この考え方のまま、すべてを放棄してしまうと、それはそれで未来がダメになることも、念のため書いておく。
出来るだけ健康的に生きていきたいなら、この考え方を、立脚点として使うと、有用になる。
「今」しかない視点を捨てて、「過去」「いま」「未来」を見渡す視点の立脚点として使うと、有用になる。
「未来からみて悔いのない、過去を繰り返せたとしても同じことを繰り返してしまう、そんな選択や行動を今その都度していく」
みたいなそんなかんじ。ヴォネガットのトラファドール星人いわくの時間の概念のことも書き加えてみたいけど、脱線しすぎなので自重。
さて、ひるがえって四畳半のアニメは、原作に忠実に話をすすめていきながら、繰返しを、主題をとても楽しめるものにしているように思う。
アニメならではの情報量の多さ(絵とか音とか)が、楽しめるようにとても工夫されていると思う。
思いもよらないところで、絵や音を繰り返したり、
状況の繰返しにおいて、絵や音を繰り返さなかったり。
--
長くなりすぎた。 続きを書くことができたら、また。
いろいろデフォルメした質問でしたね。
現在主流の所得税増税を財源とする話ではサラリーマンの方でだいたい年収300万円以上の方はおそらくプラスマイナスでいえばマイナスかもしれませんね。
ただ、ほかにも消費税や相続税、贈与税の増税など、一概にはいえません。
政府通貨を導入して現在のデフレ状態から抜け出して、財源を確保するという一時的な措置もあります。
おそらくBIが導入したからといって、起業して失敗して借金を抱えてしまうシステムはそのままだと変わりませんから、「倒産→自殺」が減るかは不明瞭ですね。
エロなんか興味ねーよ!スケベ野郎きんもーっ☆(ノンセクではなく厨二の場合が多い)
↓disり
お前らよく絵に興奮できるよなw萌え絵ってデフォルメされすぎててキモいし
↓disり
二次エロは見るけど二次ロリエロなんて普通見ねーよロリオタきもっ
フィクションとはいえ子供に興奮するなんて人道的に間違ってるとは思わんの?
↓disり
二次ロリエロは見るけど三次ロリエロなんて普通見ねーよ犯罪者死ね!
二次に被害児童は居ないけど、三次には明確に被害児童が居るから許せない!
↓disり
女なのに少年漫画なんか読んでるの?変わってるね…
↓disり
↓disり
この男女カプは作者公認だから萌えていいけど、ホモカプは明らかにキモいよね
↓disり
主人公×ライバル男萌え!ライバル男はどう見ても誘い受です本当にありがとうございました☆
BLは自己投影じゃないからキモくないけど、ドリーム小説とか乙女ゲーは投影しすぎでキモいよね
↓disり
私ら何か人に迷惑かけましたっけ???^^
エロなんか興味ねーよ!スケベ野郎きんもーっ☆(ノンセクではなく厨二の場合が多い)
↓disり
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フィクションとはいえ子供に興奮するなんて人道的に間違ってるとは思わんの?
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二次ロリエロは見るけど三次ロリエロなんて普通見ねーよ犯罪者死ね!
二次に被害児童は居ないけど、三次には明確に被害児童が居るから許せない!
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BLは自己投影じゃないからキモくないけど、ドリーム小説とか乙女ゲーは投影しすぎでキモいよね
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私ら何か人に迷惑かけましたっけ???^^
http://d.hatena.ne.jp/sonoe/20100208/1265639539
「大企業の職というのは手に入らないものです、だから手に入れるために手を尽くすんじゃないか」
といった趣旨の発言をしました。これは以前から言ってますし、それが就職活動だと思ってます。
だから職が手に入らない奴が出てきて当然だというのが自分の思考です。
で、この発言に思ったより反対意見側の反応があってですね、ちょっとびっくりしたんですよ。
それは違うだろーと。そんなバカなって感じです。
ゆるい環境になれてしまっていざ自分の欲しいイスが手に入らなかった時に、
「みんなが買えるような席を増やすべき」とか、
「もっと事業規模拡大してください」とかは割と間が抜けた発言ではないかと。
自分が手に入れる努力が足りなかったんだから手に入らなかったんであって、
手に入れられなかったのはお前が無策なだけだと。
ほんとに希望の職が欲しい奴らはあらゆる手を尽くしてます。
ある者はインターンで早く並ぶ事に必死になり、ある者は様々なコネを使って手に入れようとし、
ある物は書店やオークションにアホみたいな金額を突っ込んでるわけですよ。
ていうか職を得るために東京に引っ越す奴なんてざら。
そんな奴等と同じだけの何かを支払わずに、手に入るもんだと思ってるのか。
はっきりいうと高度経済成長という環境に慣れすぎちゃったんじゃないのと。
あれはあくまで企業がもっと事業規模拡大したいという思いがあってそうなるもので、
成長が止まったあとに同じを期待するのは、それはただ幻想に甘えてるだけっすよ。
出すものがなんであれどこであれ、欲しければそこへ行く。
出る環境がないというのならそれを作り出す、それが就職活動なんすよ。
もう一度いうけど、同人誌は手に入らないものなんです、それであたり前なんです。
どんだけ言葉を尽くしても上手く伝えらなくてもどかしい。
コミケに出展して自分で作ったものを売るという過程をこなした経験がある人は