はてなキーワード: 感動の押し売りとは
観戦型スポーツ特有の「感動の押し売り」って結局はマスメディア主導の誇大広告だよな
「番組」を素晴らしい物にするために、ありのままを許せず「感動」というワードで「糊塗」することを始めた
だけどここ最近で一番やばいのは、日本のスポーツ選手自身がマスメディアに感化されて「感動の体現者」として立ちふるまい始めたところ。
たかが数秒、他人より早いかどうかくらいで順位決めるようなエゴイスト共なのに、それで世界を救ってるような気で居るのが怖すぎる。
もちろん、ファンが居て彼らに影響力がある、ってのは別にいいんだけど。
マスメディアは多数を取り込んだほうが儲かるからって、「ファン以外」への影響力を強めようとしてるんだよな。
さすがにそれは不遜だろと。おまえは俺の神でも指導者でもないだろと。
STAND BY ME ドラえもん 2を鑑賞してきた
前作も視聴済みだ
ドラ泣きと感動を押してるから見に行ったのだが拍子抜け
感動の押し売りをされてるから泣けないのかとも思ったが、ヴァイオレットエヴァーガーデンの映画ではガチ泣きしたので、やっぱりストーリーの問題なのだろう
ドラえもんもクレヨンしんちゃんも普段のテレビ放送では、くだらない馬鹿な日常(褒めてる)を放送してるからこそ映画のストーリーのギャップで感動するのだ
あんな内容で「ほら泣けよ!」って言われても泣けないわ
そして、タイムマシーンの設定も何故、結婚式開始前に戻れなかったのかも全く説明不足で分からなかったし
開始前に戻れば全て解決したのではと思って見ていた
ジャンプの作品は自分もよく買ってますしよく読みますが、一番好きかと言われるとそれは違います
ジャンプの作品って、どこで感動してほしいか丸わかりじゃないですか
コマ割りとか見開きとかセリフ回しとか次回への引きとか……「今から感動シーン来ますよ〜……ここ!ここですよ〜ここで感動してください!ほら〜すごく感動したでしょ?」と言われてるようで……正直冷めます
そしてそれが多い!一つの作品で言いたいことありすぎやろ……何が言いたいのかだんだん分からなくなります
鬼滅の刃が特にその傾向が顕著で、だいたい鬼倒した後、鬼に同情するような回想が来たり、鬼殺隊が死んだらその過去の回想来たり……そのパターン何度目やねん?って感じで自分にはあまり刺さりませんでした
どの作品にも見せ場は当然あるものですが、ジャンプはその見せ場を利用して感動の押し売りをしているのがちょっと……というお話です
作者が本当に伝えたいことを作品として表現し、それを読んで素直に感動したいのですが、どうも最近の感動シーンは薄っぺらいというか、感動させるために描いてる感がすごくて意地でも感動してやんねーぞってなります
もう一周くらい回れば素直に感動を受け取れる人間になれるのでしょうか
同じように感じている人がいてくれたら嬉しいです
https://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2020/10/01/222627
科学的考証の正しさについては正直どうでもいいと思っているんだけれど、「のび太の新恐竜」に腹が立っているという点は自分も同じ。
下記、ネタバレを回避しようとはしていないので未鑑賞の方はご注意です。
川村元気の脚本のレベルは高い。多少趣味に合わない「感動の押し売り」成分が混じっているとしても、本作はエンタメとして、かなりの完成度だと思ってる。観客の満足度が高いのも当然だ。
だからこそ。
「新恐竜」は、「恐竜」とほぼ同じ冒頭から始まる。某所でたまたま見つけた「恐竜の卵の化石のように見える石」にタイムふろしきを被せてみたら、恐竜が生まれる、そういう序盤。
ここで、生まれるのが「ぴー助」ではなく、「キュー」と「ミュー」だった、というのが新恐竜の展開。つまりこの瞬間に、ぴー助はパラレルワールドに飛ばされ、この世から消えた。のび太の記憶からも消えたことになる。
なんでこんなことができるのか。
「恐竜」に感動した、昔の子供の思い出はどうでもいいと思っているのか。
「新恐竜」なのだから、タイトルも違うのだから、ぴー助の記憶もある世界で、全く別の発端から始まるストーリーで何がいけなかったのか。川村さん、あなたなら十分それで、面白い話が書けるはずだろう。
それでいて、中盤では「ファンサービスです!」とでもいわんばかりに、ぴー助が謎のゲスト出演を果たすのだ。
ぴー助はのび太を知っている。でものび太の記憶にぴー助はない、ということが明らかな描写で。並行世界に飛ばされた者の悲哀しか、そのシーンからは感じられなかった。なんなんだこの仕打ちは。
別に川村元気に限らず、「ドラえもん」の元締めたちは伝統を大事にしていない。例えば、自分が最初に腹立たしさを感じたのは、世間では名作と名高い「ひみつ道具ミュージアム」だった。
同作では、ひみつ道具の数々が、未来の世界でも“選ばれた魔法使い”によって作られた“魔法のアイテム”であるということが明かされる。
これにより、22世紀では皆が当たり前に使っている日用品であり、未来では当たり前に量産化された技術だという、幼い頃に認識していた世界観はぼろぼろに破壊された。
今のドラえもんが、むしろ全盛期の人気を取り戻しつつあり、皆に好意的に受け取られていることは知っている。自分は二次創作に寛容な立場であり、気に入らない人は見なければいいだけだということは認識しているから、別に抗議の声を上げるつもりはない。
でも、年頃の子供がいる以上、自分にこの作品から離れて暮らすことは許されていない。その度に不快感は湧き上がるので、ちょっとだけ愚痴ってみてもいいかなと思った次第。
日本語がたどたどしくて目も当てられないので直させてくれ。
見る気はなくても度々目にとまる。感動を与えられ自分も励まされたので募金をした。今回は血管が増えて塊になる難病の子が出演していた。恥ずかしながら、視聴するまでそんな病気があるという事は全く知らなかった。
町で見かけたら無遠慮な視線を投げかけ、当事者を傷つけていただろう。
印象的な見た目だとどうしても衆目を集めてしまう。しかし、病気と理解した上での視線と、得体の知れないものを見るような視線では、感じ方が違うのではないか。
だからこそ世の中の病気や障害はより多くの人に理解されるべきだ。病気や障害に縁のない人にとって、ネガティブな事は見たくない、知ろうとしないのが普通。だからこそ、24時間テレビのように、人気のアイドルや芸人に多くのギャラを払い視聴率を上げる必要性がある。
病気や障害に興味を持って貰う、ポジティブなイメージで理解してもらうためには、感動の押し売りがどうしても必要だ。そうでもしなければ病気や障害を知る機会には恵まれない。
24時間テレビがあるお陰で、困難を抱えた人に無関心ではいられなくなる日が1日でもあれば良い。
そのようにして困難を分かち合うことこそ、24時間テレビの目的だ。
更に言えば、24時間テレビは、病気や障害だけでなく、鬱やいじめ、発達障害、認知症、介護、不登校、LGBT、他にも多くの困難を取り上げてほしい。
テレビつけるたび入ってるから、見る気なくてもちょいちょい目にとまる。なんだかんだで感動するし、自分もがんばろうって気になるし、募金もした。
今回、血管が増えてかたまりになる難病の子が出ていて、そんな病気があるってことをはじめて知った。病気を知らずに町で見かけたら、たぶん自分もびっくりして、チラチラ見るだろうし、そういう視線が当事者を傷つけるだろうなとも思うから、知れてよかったと思う。知ってても見かけたら気にしてしまうとは思うけど。
見た目にインパクトがあればどうしても視線は集まってしまうと思うけど、病気と理解しての視線と、得体の知れないものを見る視線では、感じ方が違うと思う。
だから、世の中にある病気や障害って、もっともっと多くの人に理解されるべきだと思う。
でも病気や障害に縁のない人にとって、ネガティブな事は見たくないし、知ろうとしないのが普通。
だからこそ、24時間テレビみたいに、人気のアイドルや芸人にたくさんギャラを払って、視聴率を上げないといけないし、病気や障害に興味を持って、ポジティブなイメージで理解してもらうためには、感動の押し売りが必要なんだと思う。
そうでもしないと、病気や障害を知る機会ってないから。24時間テレビがあるお陰で、困難を抱えた人に無関心ではいられなくなる1日があると思ってる。
そうやって困難を分かち合うことこそ、24時間テレビの目的なんだと思う。
希望としては、24時間テレビは、病気や障害だけでなく、鬱やいじめ、発達障害、認知症、介護、不登校、LGBT、他にも、いろんな困難を取り上げてほしいなって思う。
けど、せっかく書いてくれたんだから載せとく。
これはぶっちぎり。だが映像が美しいので多少の見所はあり。盛り上がるところがない。最後の敵、お前は何したかったんだ!!!
2 のび太の恐竜
記念すべき1作目。だが、ハァ?という感想。何か新しいことをしたくて失敗した素晴らしい例。原作の通り作っておけばまだよかったんじゃない〜い?
この辺から始まる感動の押し売り。つか満月牧師ってなんだよ。神様に仕えてるはずなのに奥さんが悪魔に魂売ったとか大スキャンダルだよ!!!ネズミにした意味はなんだ。母親がメデューサだと?蛇足すぎて感情移入もクソもなく魔界に行くまでが長すぎて飽きる。
モリーナ姉さんという突然の謎キャラ。誰やねん。そして安定の感動の押し売り。新キャラのゴリ押し。もちろんできるはずのない感情移入。親子愛推しとけば感動すると思うなよ。そのおかげでせっかくのチャミー印象が薄い。モリーナ姉さんの下りはあの完成していた宇宙開拓史に確実的な蛇足を与えている。
5 奇跡の島
でましたよ!!!親子愛感動の押し売り!!!これ実は雲の王国のリメイクが予定されていたけど、3.11の津波の関係で雲の王国を取りやめ、急遽作られた代わりの映画でした。故にかわいそうなほどの完成度。丁寧に書くための時間が足りなかったな。でも古生物がよく出てくるのは大変いい。浪漫がある。
6 緑の巨人伝
まぁー、やりたかったことはわかる。原作拡張型の話。壮大にしすぎて風呂敷をたためていない感がある。
姫さまを主人公に置くかキー坊を主人公にするかどちらかに焦点を絞るべきだった。お互いがお互いの印象を殺してる。
これは確かにクソだった。でもね、同じシーンの繰り返しやわかりやすいほどのセリフ回し。これは対象年齢が幼稚園生くらいなんじゃないかな?なのでただひたすら楽しくノリがいい感じの。でも大人にはつまらない。大人も子供も楽しめてドラえもんなので残念。
以前ここでメイドインアビスについて書いたら思いのほかコメント付いたので、また盛り上がりに少しでも助力したいので書いとく
いやあまじですごい 完璧
正直なところ、このレベルの脚本が日本アニメで観れるとは思わなかった。
ハイレベルなアニメ脚本と言えば最近だとPixer作品とかはよく話題になる。あちらは作り方から違って脚本にかなりの労力を割いているのは観れば明らかだけど、それに比べて日本作品の脚本はやはり重点を置かれていないというか残念なものが多いのは事実。
価値観の違いだろうし脚本ですべてを判断するものでもないが、やっぱり脚本の出来が良いと面白さも感動もすべてがブーストされる、というかダメな脚本は減点が多くてせっかくの演出、効果が半減するような減点方式なんだと思う。
そこにおいてこの作品は脚本の完成度が極めて高く、錬りにねって作られたのが火を見るよりも明らか。出来が良すぎて日本アニメでないような感覚すら覚えた。(これを比較対照として出すとアレルギー起こされるかもしれんが、少し前に記録的ヒットを飛ばした男女の身体が入れ替わるやつとかは、脚本が複雑ではあったけど無駄や矛盾を解決しないまま残しまくってるので、あれは複雑ではあるけど完成度は低い脚本の最たるものだと思う。おかげで何も残らない。そこで勝負してないからと言われればそれまでだが、、、うむ)
本当にこのレベルの作品が日本で作られたことをとても嬉しく思う。まじですごい。脚本完璧だし、絵もすごいし、演出もいいし、演技もすごい。音楽もよい。非の打ち所がないとはこのこと。
自分は感動の押し売り系の作品が大の苦手だけど、ここまで上手にやられると自然と感動し自然と泣くんだなと我ながら驚いた。
あと素晴らしいのは安易にエロに逃げないとこ。おれは男だがエロはまったく必要ないしむしろあると邪魔だということをこの作品を観て再確認した。もうエロとか露出とかはまったくいらない、1ミリも必要ない。
回収されてから伏線と気付くような素晴らしい仕掛けのオンパレード。しかも一つも無駄がなくすべて丁寧に拾っていく。12話まじやばい。いまでも思いだしておめめがウエッティーになる あの仕掛け考えた人控えめに言って天才だと思う 思いの強さを数字で表しながらダムが決壊する すごすぎてすごい
どう考えてもこういう作品が売れなくちゃいけない。今期の良アニメ、とかじゃない、世紀の大傑作だよこれは。自分の子どもたちがわかる歳になったらこの作品を絶対に薦める というか観せる。
元増田です。
少しでも色んな方々の目に入ってもらえると嬉しいなと思っていたが、
なかなかリアルでは話題にもならないけど、けっこう関心が高いなぁと思った次第です。
また、温かい言葉をかけていただき、ありがとうございます。
ここでは日記の補足・疑念に対する回答をつらつらと書いていこうと思います。
違う。
ただ、日記を見返してみると感動の押し売り、嘘っぽいというのも頷ける。
日記を書いた動機としては、文字として今この気持ちを残しておきたかったということ。
「メガネ買ったー。おおー青空が綺麗だ。」くらいの内容だと、何となく味気ないし、
折角の機会だから体験談みたいな感じで分かりやすく書いてみようかなぁ……、そんな軽い感じである。
色が鮮やかに見えるという感動を分かってもらえる例を考えてみたが、
例えば、ゲームボーイカラーがゲームボーイアドバンスになったときの画面の鮮明さ、なんかが近いと思う。
ただ、リアルとの違いとして、今までこういう色だと思っていたけれど実はもっとこういう色だったみたいな、
新しい発見が加わることで、より一層の感動を体験するのかなぁと思う。
ではないと思う。
一応、レンズを買う前と後で色を並び替えるパネルD-15テスト(http://www.color-blindness.com/color-arrangement-test/)をやって、
色覚異常のP型、D型、T型を判別し、レンズ決定後、再度同じテストをやってうまく並べられることを確認するというプロセスを踏んだ。
ああいうテストは通常どう頑張っても勘に頼るしかなかったが、レンズ越しで色を見ると何故か完璧に並べられたのが、自分でも不思議である。
なので、「識別困難だった色が識別できるようになった」という効果は確認できた。
が、ここ(http://takeganka.exblog.jp/16552848/)でも指摘されているとおり、単にテストに合格出来るようになっただけで、正常な色覚は得られてはいない(と思う)。
このレンズを使えばどんな人でも、健常者と同じ景色を見ることができるかというと、それはぜんぜん違う。
まず、レンズは色の補正をかけるので、本来はちゃんと見えている色まで補正がかかってしまう。
例えば、自分の買ったレンズ越しで見ると白は若干ピンクっぽい色として見える。
あとは全体的に光量が少ない気がするし、レンズの反射も気になる。
レンズは雪山でかけるようなゴーグルくらいにキラキラ光るので、人目に付くのもネックの1つである。
ここぞというときのワンポイントでかける使い方では、せっかく買ったのにもったいないと思う。
自分はメガネユーザなので、メガネにマグネット式でサングラスを掛けられるフレームを新調し、サングラス部分を特殊レンズに差し替えてもらったが、
メガネをかける習慣がない人だと、煩わしくて、そのうち使わなくなってしまうのではないかと思う。
まれなケースだが、色覚異常のタイプ(S-錐体の異常あるいは重度の異常)によっては、そもそも適したレンズがない。
やはり、最後は値段(7万円)に尽きると思う。
この仕組みでこの値段が限界値なら、別の仕組みで実現される日を心待ちにしている。
例えばワンピみたいな漫画を、寒い感動の押し売りペラペラの人生送ってるリア充どもしか楽しめないとか言ったりするでしょ。
でも漫画って大概友情や愛情が話の主軸にあって、リア充は友人や恋人が充実しているからリア充なわけだから、言うたらオタクよりもその分野の体験や知識のある人って事よね。
料理人に評価されるグルメ物や軍人に評価される戦争物や警察官に評価される刑事物は馬鹿にしないのに何でリア充に受ける漫画は馬鹿にするんだろう。
リアルを捨てても二次元を数多く読んでいる自分の方が優れた友情や愛情を描いた骨太な漫画を見抜く目を持っている的な感じなのだろうか。
まぁ話の種や暇潰し程度で読む人と人生の中心に置いてる人は読んでる量が違うから、でもオタクが持ち上げてる作品も言うほど深くないしなぁ。