はてなキーワード: 極真とは
「なるほど完璧な作戦っスねーーーっ 不可能だという点に目をつぶればよぉ~」
とすると仮に夫が妻の2倍稼いでいたとしても、夫が仕事をやめて家庭に入れば妹家族と同じ収入であと3人産める計算になるじゃない。3人は難しくても2人はいける。本当にこんな単純な問題だとしたらな。だからお前が仕事やめろよ。
このような「環境」に流れた原因として、家庭に入った女性に対し「誰の給料で食えてると思ってるんだ」といった態度を取る夫や増田のような「社会の衰退は女性が幸福を求めるからだ」という意識があり、こんなん聞いてたらそりゃ女性は「やべぇ、さっさと自立しないと」となるだろ。
何より「世界の大失敗政策=女性の社会進出」と定義したところでブコメの通り
となるわけで、今回の問題定義は解決のためになんの糸口にもならない。「へーそれが真実ですか。それはそれはご愁傷さまです」で終わる。
ブコメほんとに腹立つやつばっかりだな。
人口が増えること自体より生きている人が幸福なことの方が重要だと思います。現状が幸福なのかどうかはさておき。人口のために抑圧を受け入れろ犠牲になれって話にはなってほしくはない。
こういう頭お花畑で聡いこと言ってるつもりになってるアホが本当にムカつくんだよ。お前らどうせ働けなくなったら年金額や医療費に文句言いながらダラダラ寄生しながら生きてくつもりなんでしょ?
どんだけ頭沸いてんの?いいよ、もう。公的扶助は全部辞めて血族で助け合いながら暮らしていく社会になればいいんでしょ。子供に頼らない人は財産無くなったらさっぱり死ぬ社会が幸せな社会なんでしょ。それがリベラリズムなんでしょ。
地元の医学部に入学しそのまま母校の附属病院で勤務という、いわゆる地元の秀才コース。数年前まで同地域の大学病院に勤務していた。
研修医の大学離れが叫ばれて久しいが、働き方改革でそれに拍車がかかっており、人的リソースは多くの医局において現在進行形で悲惨なことになっている。
大学病院を辞めて時間が経ち、自分が辞めた理由を冷静に振り返れるようになったので、備忘録的に記載してみる。
多くの方がそうかもしれないが、辞職の理由は単一の理由ではなく、複数の要因の組み合わせである。
一つのことであれば我慢できても、同時期にいろいろな問題が重なるとその場に居続けるのが難しくなってしまう。
大学へ行く前から、化学や物理の実験の時間が苦手だった。当時から実験計画を立てて正確に遂行していくのに興味がなかったように記憶している。
大学病院勤務なので、研究の真似事や学会発表、論文執筆は細々としたが、何年やっても面白くならなかった。
仕事だから嫌々やっている状態で、達成による金銭的なインセンティブもなく、全くモチベーションが湧かなかった。
そんな折、大学より「来年度から各講座への研究費は教員当たりの論文数を参考にして支給する」旨の通達があった。
つまり論文数が少ない医局員は講座のお荷物になるということと同義である。
今後、論文数が減りこそすれ増えることは全くないことを自覚していたため、大学から離れる理由の一つとなった。
・地域医療への貢献ができないこと
弱小医局ゆえ、県内の主要病院への医師派遣も行きわたっていない状態が続いていた。
例年、研修医として回ってくる若手をあの手この手で勧誘し、少しでも人員不足を解消しようと全医局員が願っていたように思う。
しかしボス(教授)より不意に、「来年度からA県のB病院へ一名派遣することにしたから調整よろしくー」とぶっこまれた。ちなみにボスはA県出身である。
いやいや先生、まだ県内すら充足していないのに隣とはいえ他県に人を出す余裕はないっすよ、と繰り返し伝えたが、
「もうB病院の先生と約束しちゃったんだよ。同じ大学の先輩なんだよね。非常勤でいいから。お金はしっかり出してくれると思うよ。」と取り付く島もなし。
やむなくスタッフを説得して派遣。B病院の事務と交渉したが、給与はむしろ当県としては安いレベル。
前項のようにボスは気分や口約束で仕事を拾ってくることが多く、悩みの種であった。
科内の方針変更だけであれば不平不満をカバーすることもできるのだが、他院や他科も絡むと厄介この上ない。
あるときボスから、「C科と共同して新しいプロジェクトを進めることにしたからよろしくね。D教授とは話がついているから。C科の先生たちと調整してね。」
明らかに業務量が増えそうな内容であったが、自分の科の医局員にも勉強になりそうであり、資料集めを行った(一部は実費で)。
それからC科の先生方と何度か調整を行い、C科としても非常に前向き。必要な人員やコストを見積もれたのでボスへ報告。
で、返答は「思ったより負担が大きいねえ。うちの科としては無理じゃない?やっぱりやめようか。D教授には直接伝えないけど、医局員同士で話をつけといてね。」
いやいやいや・・・もうC科の先生方は割とやる気ですよ、そのつもりでいますよ、と話したが覆らず。
この辺りは言うに及ばず。
筆頭はやはり夜間の緊急性が極めて低い呼び出し、夜間帯は当直医に運ばせる薬剤、採血や点滴をやらない看護師、あたりか。
挙げればきりがない。
・医局員への不信
まず先に、自分が所属していた医局は非常に雰囲気がよく、医局員も非常にまじめだった(と少なくとも自分は思っていた)。
年々ボスの要求が強まってきているのを、皆が不穏に感じてはいたが。
上述の幾つか不満が頭の中でグルグル回っていた折、決め手となる2つの事態が発生した。
患者さんの病状に関わるような内容ではなかったものの、精神面には少なからず影響を与えそうな事象であり、明らかにこちらに非があった。
自分はその後輩のオーベンという立場で繰り返しフォローを行い、なんとか訴訟にならずに済んだ。
なお外来主治医はボスであったが、フォローの場には一度も顔を出さなかった。
もう1つは自分が出張で不在中、および不在後のトラブル。コロナ禍の真っ最中であり、どこも入院ベッド確保に苦労していた時期である。
自分が長期にフォローしている外来患者さんが、自分の不在時に具合が悪くなったと受診希望があったようだ。
その日の当科救急担当の後輩(上述の後輩とは別の医局員)が電話を受けたが、満床で来院を断ったと。
自分が出張から戻ってきて数日、他院他科の先生から連絡があり、その患者さんが急変して亡くなったとのこと。後輩からは何も報告を受けていなかった自分は、電子カルテを開いてようやく状況を把握した。
「満床なのは分かるが、長期フォロー中の患者の具合が悪くなったのであれば、まずはフォロー中の病院で患者を受けて病態の評価をしたのちに十分な情報提供と共に依頼をするのが筋ではないか」と至極真っ当なお叱りを頂いた。
この辺りで急速に、力が抜けていくのを感じた。しばらく腑抜けた状態が続いた。
大学病院とはこういうものだ。ボスも業務が多くて忙しいのだ、仕方ない。後輩も日々がんばっていた上で、トラブルを起こしたり満床ゆえ断ったりしたのだ、やむを得ない。
結局、自分のフォロー患者の急変報告を受けて数か月後、大学病院を退職。
それから数か月は仕事をせず過ごして、今は臨床研修指定を受けていない小規模の一般病院で働いている。
全く苦労がないわけではないが、仕事に関する不満はほぼない。
家に帰ってから、ボスからの要求や他科の先生との交渉、他院の先生からのお叱りが頭の中をグルグル回って眠れないこともない。
子供関連のイベントはほぼ皆勤賞で出席できるようになった。運動習慣がついた。酒が減った。
もしかしたら上述した要因のうち、いくつかがなかったら、まだ大学病院で働いていたかもしれない。
それでも間違いなく言えること。
追記:
私個人の属性として、韓国人と下関出身の両親の下で育った訳だが、韓国人である母親に統一教会について話を振ってみたら至極真っ当な返答が返ってきた。曰く「日本人は馬鹿で騙されやすいし、韓国ほどキリスト教についての理解も浅いからカルトと見抜けない人が騙されるのよね」のような反応だ。
要は、統一教会に騙される奴が馬鹿で無知で蒙昧で、そんな情弱が被害者を気取る。二世にしてもやはり無知で馬鹿で蒙昧で脳味噌空っぽだからある時に目覚めて自分が被害者なのだと気付く。所詮蛙の子は蛙なのだ。馬鹿じゃねぇんかい。宗教に関する造詣を、他の世界を知ろうとしないからこうなるの典型的な例だ。統一教会なんてのに騙されるくらいの脳だから、解毒は難しい。
突然ですが大学を一度でも受験した方にお聞きします。あなたは何故、大学を受験しましたか?なんのために受験しましたか?それは自分がやりたいことのため、自分が学びたいことのため、あるいは自分が将来就きたい職業のため、色々あると思いますし、きっとそのほとんどが自分のためでしょう。
さて、私はここ2,3ヶ月、現役の受験生として多くの医学部を受けさせられてきました。結果もほとんど判明しており、0勝13敗という散々たる結果でした。何故落ちてしまったのかの理由ははっきりしており、演習不足の点と共通テストで8割ほどしか取れなかった点にあると考えています。それ以外の理由として、私が心から医学部に行きたいと考えていなかったという点にあると思います。
私の医学部受験の始まりは今から9年前、中学受験のための勉強が始まったときのことです。当時小学4年生だった私は、中学受験について全くの無知でした。また私は超がつくほどの田舎で、自分の市には中高一貫校がなく、県内にも4校ほどしかないようなところで育ったため、中学受験対策塾や周りにも中学受験をする人がいない環境で育ちました。そんな環境で、何故中学受験を、しかも関西の最難関校を受けることになったのか。それは、私の父です。父は関西出身で、小学生の時に中学受験に失敗しています。私の父はいつも「世の中は金」「金を得るためには学歴が必要」「中高一貫校を出て医者になれ」「公立はクソ」「医者以外は人じゃない」とよく私に言い聞かせてきました。それもあってか、私は父に半ば強制される形で中学受験をすることになりました。しかし、市内には塾がなく、また父も金持ちというほどお金を持ってないらしかったため、勉強については父から教えてもらいました。私の父は口が悪く、問題を間違える度に暴言を吐き、時には私を殴ったり叩いたりしてきました。間違える自分が悪いのですが、やはり辛く、小学生ながらよく自殺未遂を起こしていました。またこのような教育体制を取る父に対し、母は反対しており、毎日喧嘩をしていました。また、両親共働きでもあったため、母の帰りが遅いと父は母の職場によく電話で怒鳴り散らしてました。今思えば物覚えの悪い私と、父とは違って要領が悪く、父ほど賢くはない母にストレスを感じていたんだと思います。
それから3年後、私は第一志望であったかつて父が落ちた中学に合格してしまいました。このことおいて、私は父に感謝しており、また自分も嬉しかったです。しかし、本当の戦いはこれからでした。人は突然自由を手に入れるとろくなことを起こしません。
私は中学校に入ってから挫折を覚えました。周りには自分より賢い人、自分でこの学校に行きたいと思って頑張ってきた人がたくさんいて、圧倒されました。自分はなんのために勉強しているのか、勉強してもこの人達には勝てない、色々思うことがありました。学校の中で私は中の下で、賢い方ではありませんでした。自分ではなんとかしようと考えており、時には友達の力も借りて、勉強したつもりでした。でも、つもりはつもりだったのです。
学年が上がるに連れ、周りは大学や学部志望を決め始めました。私は父の言いつけのもと、もちろん医学部を目指すことを決め、引き続き勉強ごっこをしていました。しかし、本当にその学部に行きたい人たちはどんどん賢くなっていきます。「やりたい」という思いは、自分のそれを大きく凌駕し、私はどんどん抜かされて行きました。そんな状況下で父は私の成績状況に不満を言うだけでした。時には周りの医学部以外を志望する私の友達を馬鹿にすることもありました。自分を馬鹿にされるのはなれていましたが、友達をバカにされることはとてもとてもつらかったです。でも反抗すると碌な目に遭わないので、私は同調するだけでした。
私は成績状況を打破するべく、塾に通うことにしました。入塾テストは1回目は落ちたものの、2回目は友達の力を借りて受かることができました。その塾は、学校にいる人よりも賢い人達が多く、自分の井の中の蛙感がより増す結果となりました。しかし、その中でも、大量の宿題とレベルの高い授業についていき、成績はなんとか現状維持することができました。
朝5時半に起きて、6時に家を出て、2時間電車に乗って、学校で授業を受け、1時間かけて塾に行き、3時間授業を受け、1時間かけて帰り、宿題をして、2時半には寝る。こういう生活を2年続けました。そこにはこれだけやったら流石に受かるだろうという慢心もあったと思います。
話は飛んで、受験期に入ります。私は父に言われた通りの大学を受けました。父は「お前が行きたいところに行け」とよく言いましたが、半ば強制されていました。年内に2校受験し、両方落ち、共通テストを受けました。そこから毎週末に試験が入るというとんでも受験が始まりました。1週間で赤本6年をこなし、受ける。こんな生活が続きました。ときには連日受験ということもあり、死にそうでした。
最初にも述べた通り、結果は全落ち、当然の結果でした。私は13回不合格を見た影響でメンタルがぶっ壊れ、暴言や暴力を振るうようになってしまいました。反省しています。こんな状況でも父は冷たく、はじめは「受験は何があるかわからない。最後まで戦うこと」と鼓舞していましたが、「すべて親のミスでした。自由にしたらいいよ」「好きに生きろ」「お前が決めたことだからお前に責任がある」「受からなかったお前が悪い」と完全に突き放しました。
最後の不合格発表があったその日、父は1つのメールを送ってきました。タイトルは「浪人同意書」。内容は至極真っ当のことが書かれており、落ち着いてみると納得行くところもありました。でも、ボロボロになった僕にはとても堪えるものでした。父は本当に人間なのか、感情があるのか。どんな不合格よりも辛かったです。その後、父は私の前に現れ「お前には医学部は無理やった」と言って消えました。
父の敷いたレールから初めて自分が脱線してしまった瞬間でした。
至極真っ当な言い分だろ。
金子勇を先見の明がない愚鈍な国家によって潰された天才プログラマーかのようにサヨクな人たちが担ぎ上げるのっていかがなものかと思うよね
はっきり言って早死にしたから過大評価されてる面があると思うし
中立的で技術を探求していただけなのに国家権力によって潰された悲劇の主人公みたいに扱うのは間違ってるよね
winny事件の判決でも技術そのものが有用で使い方次第なのは司法も認めてる
問題はお前違法ダウンロードがバリバリ横行していた2ちゃんで使ってくれって呼びかけといて、著作権違反の手助けしてないってそんな言い訳通るかよという至極真っ当な点を指摘されてるだけだし
https://anond.hatelabo.jp/20220804004638
これを読んでいてふとそんなことを考えた
自分はチェンソーマンを読んでいるのでこの人が言うニュアンスは理解できる
ただ、指摘されたキャラクターが心がないように映る!っていうのは、作劇上キャラクターとして、そもそも人間ではない等々共感し得ないタイプのキャラなので、これに関しては藤本タツキが「あえてわざと」そうしている、という話ではある
だから、そう読めたというのは読み方として正しいし、作者の意図は感じられている状態になる。つまりこの人は漫画を読めていないわけじゃない
では、それを踏まえた上で、「なぜそれが不快なのか」というところになる
いや、そもそもこれ実はとても真っ当な感想で、だって藤本タツキはわざと不快になり違和感を持つようにそのキャラを作っている部分があるから、という理由になるからだ。
つまりこの疑問というのは、『じゃあ、なんで、わざわざこういう共感できないキャラを主人公として、さらに味方側にも配置したのか』というのが本質にある
この疑問にに関しては、藤本タツキはいろんなインタビューで語っているのだが、この作者の作品というものは基本的に世の中に対しての「怒り」駆動で出来ており、チェンソーマンはその「怒り」の原因に対してのヒーローだからだ。
ここで重要なのは「怒り」という感情を人間はどういう時に抱くかという問題で、それは大抵の場合は「理不尽」なのである
道理の通らない自分ではどうしようもない不幸や絶望的な状況、助けられない何かを見た時に人はそれに対して「怒り」を持つ。これが基本的な怒りの発露だ。
なので、ヒーローというものを私たちが想定した時にヒーローとはこの理不尽を打破してくれる存在になる
さて、ここで任意のヒーローを思い浮かべてほしいのだが、ヒーローというのは大抵においてある種の神的パワーを持つ存在として描かれる。これは前段の話を考えれば当たり前で「理不尽」に対抗するには理から外れた存在、「別の理不尽」で対抗するしかない
この場合「別の理不尽」というものは人間の理や感情に沿わないものなので、物語がインフレすればするほど、どんどんと理解の範疇外になっていき、共感がしづらくなっていく
ドラゴンボールで悟空に共感できる人間、ワンピースでルフィに共感できる人間というのは部分的に理解や共感はできても、おそらくその思想丸ごと受け入れられる人は少ないだろう。これはワンパンマンとかだとより顕著になる。
つまり、ヒーローの文脈において僕らはヒーローそれ自体に「心や理がある」から共感しているわけではないのだ。そいつらが世の中のどうしようもない「理不尽」をぶったおしてくれるところに、スカッとしたくて見る部分がある
だから、この人の言説に乗るのであれば「ヒーローの心は基本フィクションだし、その敵もまたフィクションだよ」ということになる
これ自体はおかしなことでもなんでもなく、悟空に対してこいつやべえよなって思っている人はいっぱいいるし、ルフィに対して引いている人間はわりといる。多分Twitterで検索したらそこそこ出てくるくらいには。
なので、増田の不快感というのはわりと一般的なものだと思うし、そこに共感できないのは当たり前で、物語の優先度が違うから面白く思えないのはしょうがねえよなあってところだ。
ただ、もし、この増田がこれらのヒーローものを読んでいたとして、チェンソーマンより不快感を持たなかったのだとしたら、その差異はどこにあるのだろうか?というのは気になる
これに関しては、仮説というかおそらく「共感できる人の少なさ」と「読者が共感できそうになった人から死んでいく」というチェンソーマン特有の作劇の問題かもなあ
チェンソーマンの主題は前述した通り「世の中に対しての理不尽(恐怖)に対しての怒り」であり、その恐怖っていうものを前提として見せなければならない
だから共感できる理の側の人間は文字通り理不尽に殺されなければならない。そうしないと、理不尽がキャラとして出せないからだ
だから、そういった意味で「心がノンフィクションのキャラ(もしくは、ノンフィクションになったキャラ)は確実に死んでいく」ので、後に残るのは理不尽な奴しかいない
この共感キャラがドラゴンボールだと生き返るし(クリリンとかヤムチャとかブルマとか)、ワンピースでもわりと生き残ったり報われたりするので、不快感は少なくなる。また生き返らせる、生き残らせることができるのはこれらの作品がファンタジーだからだ。つまり、この場合「作品世界はフィクションで、生き残るキャラたちはノンフィクション(心がある)」になる
でも、藤本タツキは理が理不尽に侵されるというものに対しての怒り駆動なので前提として侵される瞬間をまっすぐに描くし、それを取り返しのつかないものとして描く
だって、理不尽に奪われたものは取返しつかないでしょ?リアルだと
藤本タツキの書くものはそういった意味で「作品世界はノンフィクション、生き残るキャラたちはフィクション」となるので、この違いが大きいのかなと思う
まあ、いずれにせよ増田の感じ方はもっともで個人の感想としては至極真っ当に合わなかったんだなあというのがあるので、問題ないと思うよ
なんでお互いに争ってるんだろうって思う。私はね。
トランス女性が女子トイレを利用することに対して反対してる人は、「見た目が男性に近いトランス女性と、トランス女性を装って犯罪目的で侵入してくる男性」の区別がつかないことに危機感を抱いてるんじゃない?トランス女性全体を性犯罪者予備軍みたいに見てるわけじゃなくて。
まあ実際「女子トイレでまで中身女だろうが見た目男見たくないよ〜!」って人もいるみたいだけど。
ただ私が考えるのは、トランス女性が女子トイレを利用していい、という事になったとしよう。それでもし万が一、トランス女性を装った犯罪者が女子トイレに侵入して、なにかしら犯罪が起こったとしよう。そこから始まるのは何か?答えはひとつ。今よりもっと酷いトランス女性に対する排斥だ。
前述の通り、「見た目男性に近いトランス女性」と、「トランス女性を装う犯罪者」の区別は、本人以外には限りなくつかない。だからといって「私はトランス女性です」なんてネームプレートをつけさせるのはあまりにもグロテスク。ユダヤの星みたいになること間違いなし。
そこでトランス女性を装う犯罪者による犯罪が起これば、見分けのつかない一般人には、「すべてのトランス女性並びにそれっぽいと思われる人」を排除するしかなくなる。今よりおそらくもっと苛烈に。
そして大部分の至極真っ当に、ただ自分のあるがままに生きたいだけのトランス女性は、「お前たちがあんなこと言うから、こんな酷い目にあった、こんな面倒なことをしなくちゃならなくなった」という非難の目を向けられる。もしくは「あいつも犯罪者かもしれない」という疑いの目で見られる。それって今よりずっとずっと酷い状況だと思うんだけど、トランス女性の女子スペースの利用を推進している人達には想像つかないんだろうか。
本来なら、害されるかもしれない可能性を抱えた女性たちと、今よりさらに差別と偏見に晒される可能性を抱えたトランス女性とその支援側が、一緒になって考えていくべき問題じゃないのか。なのに、今は対立してる。これじゃ当分無理だろうな。
権利を主張するのはいいと思う、別に。それは人間に生まれた以上、誰だろうが許されることだし、この国には言論の自由がある。
ただ、現実がそう上手くいくかと言えばそうではない。「落とし所」を探すしかない。主張するだけして対立ばっかしててもどうにもならないと思うんだけど、まあどうでもいいよ。ただこのままなんの対策もなしにトランス女性が女子トイレに入ってもいいってなったら、私は外でトイレに行かなくなると思う。だってわからないから。それだけ。
プロセカ関わったPや絵師もRTでプロセカ告知流れてきたら都度ブロック。
というか、好きなPも好きな絵師も仲良かった相互も、プロセカツイート増えたことでほぼ切るとこになった。
自分がほしいプロセカ以外のミク関連情報取得が極端に遅れる、もしくは情報取得できない。本命ジャンルなのに…
プロセカ公式垢あるんだから、プロセカ関連情報はそっちで完結してもらうことはできないんだろうか…
プロセカ出展ブースとかライブ前のCMとか、挙句セトリにプロセカ曲。
ライブもシンフォニーもプロセカ独自でやってるんでしょ?分けてくれよ頼むから。
自分が初音ミク、とかボカロの名前で検索してるのをリスティング広告が拾ってるんだろう。
初音ミクの関連広告として頻繁にプロセカ広告+プロセカ関連グッズがおすすめに出てくる。
出てくるたびに広告設定でオフにするけど何度も何度も蘇ってくる。
そりゃそうだよなボカロで検索してるんだから興味あるやろ?って判断されるよなAIには。何層目の地獄の話だよ。
プロセカ実装されたりプロセカ以降投稿曲ならまだ仕方ない…ともなるけど(目に入ること自体嫌だが)、
それ以前の好きだった曲にまでこういうコメント入ってて汚染されてるの見ると吐きそう。
6人とも好きな自分にはきついですわ。主にキッズがこの発言してるよな多分。
プロセカ自体はリリースされてしまったし、実際人気があるだろうからそれを楽しんでる人間は楽しんでればいいと思ってる。
こっちも、プロセカ受け付けない自分が悪いんだろうと他のボカロファンと交流することは諦めて1人で楽しもうと頑張ってる。
もういっそボカロ自体から離れられたらいいんだけど、やっぱりボカロもボカロ曲も好きなんだよな…
その上で、プロセカファンの「プロセカ嫌いならやるな見るな」って至極真っ当な意見も、
プロセカに理解のある古参ボカロファン()の「プロセカ嫌いでも自分なりの推し方でボカロ好きでいたらいいよ!」って一見励ましてるような意見も、
はいはいそっち側からなら気楽にそう言えていいっすよねぇ!と、見かけるたび直接言われるたびにキレそうやわ。
プロセカ受け付けないなら初音ミク関連コンテンツそのものを楽しむのが難しい、という時代になってしまったんだなぁと思うと悲しい。
この状況、どうにかならないかな。
大阪も2万人を超えたらしい。
日々の感染者数など気にも留めていない私でも、この数字を知っていた。
携帯を開けば、この数値が目に入り、友人と話せば、この数値が耳に入った。四面からコロナの歌が聞こえてくるみたいに感じる。
コロナ感染者は全人口の20%程度。友人を見渡せば、5人に1人はコロナに罹った経験があることになる。実際、感覚は近い。
私は陰謀論者ではない。先に断っておきたい。その上で思うのは「今回の感染爆発ほど胡散臭いものはない」
もし、自分が独裁者のRPをしていたなら、都合が悪い出来事が起こった際にコロナを使って騒動掻き消すのはどれ程便利か考えるだろう。
コロナウイルスを人為的に発症させることが出来るとは考えてはいないが、そう見えても仕方ないとは思わないか?
連日のように安倍氏を取り上げれば、いずれ統一教会を深く取り上げることになる。だからコロナに視点を変えた。ロジックとして些か自然すぎて、陰謀論めいた思考が働いてしまう。
山上の安倍殺害は褒められたり崇められたりする行動からは180度ズレているが、一つの真実を全国民に示したと考えている。
どれだけ馬鹿でも、どれだけ情弱でも、どれだけ無能でも「統一教会ってヤバいカルトがあって、自民党と繋がっているんだ」となんとなく記憶には残ったはずだ。私がそうだった。
しかし、弔い合戦のような参議院選。なにより若者の投票率も自民党が優勢だったことに愕然とさせられた。かくいう私も大学生だが、未来が暗い。
メディアの情報操作なんて、こんなに簡単なんだなとつくづく思う。森友も家計も桜の会も、掻き消せばなくなるものだと私も理解した。
政府が有事の際に、またコロナが増えたとしたら?不都合なことがあったんだなぁと、その時私は思うのだろう。陰謀論に片足を突っ込んでいる気持ちは嫌々に感じつつも、至極真っ当なことを言っている気持ちも片方に感じる。
戦後の保守の流れに、勝共連合・統一教会が深く関わっているのはいわば常識であり、今更関係ないというような態度を自民党がとるのはおかしな話だ。戦後韓国でおこった勝共運動、国際勝共連合の初代会長が統一協会を作った文鮮明であり、その日本の初代会長が久保木修己という統一教会の初代会長だった。笹川良一は名誉会長。安倍晋三の祖父、岸信介も深く関わっている、そしてその勝共活動には統一教会会員が動員されている。
空手に関しては
https://www.youtube.com/watch?v=jX9ad8I3lkE&lc=UgyXKkOonuQd6Hk53914AaABAg
このユーチューブに詳しいんだけど
久保木は極真空手の北米市部長。そして、初期の日本での統一教会の布教には大山高誉こと曹又億万というのちに昭和電工疑獄事件で有罪になりハワイに逃亡した事業家で大金持ちの男が関与していた。
その大山高誉の書生をしていたのがチェ・ヨンイこと在日一世で極真空手創始者故・大山倍達総裁であり、大山の名字は大山高誉からもらったものだそうだ。
この大山高誉の息子が初期極真空手時代の大山倍達の高弟でウィリー・ウィリアムスの師匠でもある、現在は極真から離れているUS大山カラテの故・大山茂・大山泰彦兄弟ということだそうだ
そこそこ前のこと
仕事内容が多い割に研修中でもまとまった説明もなく、よくわからんルールがいくらでもあるのにその理由を誰も説明せず、挙句入って数日で、教わってもないことを自分でできなかったから怒鳴るとは?
説明されてない内容にあまりにも理不尽な怒り方、暴力的な態度は許容したくない
世間的には自分を甘やかしてるのかもしれないけど絶対ヤバいから即辞めた
最低賃金だし
先輩(この人は優しかった)に「ここブラックですか?」って聞いたら無言で頷いてたし
1年で何十人と入ったバイトが2人しか残らなかったって言ってたし
にしたって気に入らないバイトへの態度が人としておかしくなかったか?
すんなり辞められただけまだマシなんだろうけど、白か黒なら真っ黒では???書かないけど他にも違法行為ある
賢かったからすぐ辞めれたと言い聞かせてる
元増田の元の文章わからんが、多分「人を殺すよりそこまで精神的に追い詰めた奴が悪くね?」って話かな?
これは元増田の言い分も、ツイッターのやつの言い分もわかるな。
ってのは、人として至極真っ当な意見。ただ、人って追い詰められると善悪の判断なんて出来なくなるんだよね。
あと、人間は社会的な生き物なので、社会から隔絶されてなければ動機があっても人は殺せない。人殺しをすれば
自分が帰属意識を感じている集団から追い出されるリスクが高いから。
「社会から既に爪弾きにされていて、尚且つ善悪の判断が出来なくなるほど追い詰められている人間」
という事になる。その責任の所在が誰にあるか?というのは、語りだしたらキリがない。
そんなことをしたら、各々が各々の立場で主張するから収集つかなくなる。
正直「ただの逆恨みだろ」ってケースもあるかもしれんし周囲に理不尽な迫害を受けていたケースもあるかもしれない。
理不尽な迫害を受けてるケースで、本人の立場が弱く、追い詰められるまでどうすることもできなかったとしたら、殺した側にも同情の余地はある。
まぁ、そうなる前にどうにかすることは、本当に出来なかったのか?と考えたくはなるけどね。
3年前のゴールデンカムイ評
@kaneda_junko
私もゴールデンカムイ2巻ぐらいのときは、「この表紙の少女(アシリパさん)が今後、本人が望んでいないエッチな目に遭わされたりするのでは…」とおびえていた時期があったんですが、
これまで「一度も」そんな描写はありません。かといってサービスがないわけでなく、良い男体が惜しみなく出てきます。
@Annan3
アシㇼパを自分の意思で動く人間に描いた場面と並び、野田サトル氏のフェミ的視点がうかがえる場面。
杉元の"弱みにつけこむな""子作りには責任を"。 (優しい…)
@kutabirehateko
ゴールデンカムイはフェミニズムやアイヌ民族の文化と歴史にも性的マイノリティにも配慮された上で
なお読み応えのあるすばらしい作品だという評価は「差別解消なんて持ち込んだら物語は堅苦しく不思議で窮屈なところになる」と嘯く層への強力な反証なのでめっちゃムカつくんやろな。
@Erinadinfinitum
ゴールデンカムイ面白いし色んな人が言ってるように子供を性的対象として描かないから安心して読めるというのも本当なんだけど、
@papurika_dreams
ゴールデンカムイ、大和によるアイヌ搾取を描いていないとの批判に「お説教や啓蒙漫画じゃない」との批判を見たのだけど、
社会の人権抑圧を否定的に描いてもエンターテイメントとしてどえらく面白い作品をたくさん見てきた洋画海外ドラマファンからすると日本の作品ってまだそこ止まりなの?って思う
@cul_de_sac15
「ゴールデンカムイを通じてアイヌにかんする知見が広まってよかったね😊」といくら和人が言ったところで、
結局のところ和人の裁量の範囲内で都合の良い〝アイヌ〟的なモノが搾取され、
一方で現実に生きるアイヌが置かれた現状は差別としか言い様のない構造の中でがんじがらめになっているわけで…。
それよりも「フィクションと現実は違う」「ゴールデンカムイは"人権"漫画じゃない」みたいな言説が多量に拡散されているという事象自体が、