はてなキーワード: 詭弁とは
岸田内閣が「あたらしい経済」だの「1億の壁」だのいいだしたので、Twitterで金持ちのポジショントークが炸裂していてとても見もの。
うそ。見苦しい。
「お金持ちを悪者にしていじめるのはやめろ」って自己イメージを拡散しようとしてるけど、だれも悪者になんかしてないっつうの。それは単にあなた方自身の自己イメージの反射じゃないですかね。
お金持ちはいい大学でて教育もうけているのにその知性がポジトークに費やされるのは むなしい。もっと世の中がよくなることに使ってほしい。
ジェンダーバイアスも性犯罪の誘発も懸念レベルで実証はできない。ただ、「懸念がない」ということも実証できないので、議論でルール作りが必要。
「ジェンダーバイアスも性犯罪の誘発も懸念レベルで実証はできない」
悪魔の証明に持ち込んでどっちもどっちだから私ら有利に動けって言ってる
詭弁としても相当お粗末
百歩譲って、もうどういうわけか胸にしか目が行かない性癖の人が、
と声を上げる権利があるかと言ったら、あるんだよね。
と偽の主張に言い換えたこと。
んなわけは、ない。
人の裸体を見たときに感じるそれは、見た者が女性だろうが男性だろうが、不快感ではあっても権利侵害では決してない。
そこは、区別しようよ。
権利の侵害というのは、脱ぎたくもないアイドルがパンツ丸出しで踊らされてるとか、そういう時のための言葉だ。
最近では、加護ちゃんがモー娘。時代のユニット曲を振り返って「ピンクのかつらでパンツ出して踊るのは嫌だった」と回想していたが、これがまさに人権の面から問題にされるべき案件だ。
物心ついた時からオタクやってきたので一般の感覚というものがわからなかったんだが、
一時期環境がかなり変わったことで数年脱オタクをし、そしてまた戻ってきたら、俺が当時から感じてたオタクに対する同族嫌悪の理由が自分なりに明らかになってきたのでチラ裏に書き出す。脳内整理。
人間とはえてして自分の加害に鈍く被害には敏感なものだけれど、オタクはそれが顕著。なんにおいてもそう。男オタクも女オタクも萌え豚も腐女子もオタクの種類を問わずそう、また対一般人でも対身内でもオタク同士のコミュニティにおいてもそう。自分の加害の可能性を棚に上げて他者を糾弾するのに必死すぎる。誰かに非難されると、非難した側の属性を指して「お前がいうな」論に持ち込む(大概ただの詭弁)。議論解決において重要な”相互の主張を正しく理解して互いの妥協点を探る”という目的は誰も持っておらず、とにかく受けた被害の鬱憤を晴らさんと他者を殴ることしか考えてない。醜い。
何か世の中に対する不満でもなんでもTwitterで呟いていたとして、それに当てはまるフォロワーが「それ自分です、ごめんなさい」とリプしてきたとする、すると「あなたは○×だからいいんですよ!」と自分の主張を棚に上げて詭弁でしかないフォローをする。掌ドリルである。そうじゃないやつも多く見かけるようになってきたけど、コミュニティが狭いと未だに掌ドリルオタクはどこにでもいる。
自称S人間の痛さみたいなもんだろうか。それに加えて、オタク特有のコミュニティ内でのヨシヨシが発生するのが痛気持ち悪いのである。「お前まじ頭おかしいよな!w」「え、なに?!そんなんじゃないが?wちょっとキャラが痛めつけられてるの見るのが好きなだけでw」「それを頭おかしいというw」みたいなノリを大の大人がしている。面白さと紙一重なノリではあるんだが、大抵のオタクは別に面白さとかではなく自尊心を満たすためにやっていることなので、普通に怖いし気持ち悪い。
詭弁だな。
税率aの範囲を(0≦a≦1)と定義した以上、手取りがマイナスになる訳ないだろ。
a=1(つまり税率100%)の場合に手取りが0になって、それ未満の数値(税率)の場合には手取りは必ずプラスになるんだから。
累進課税の場合税率は所得に比例すると勝手に決めつけて謎の変数bを設定し、全く関係ないx-x^2のグラフを提示したとて、手取りがマイナスになる訳ないだろ。
どうせ、現在の所得税の最高税率に近い数値を適当に入れただけだろ?
税率が50%超えると手取りがマイナスになるのか?そんな訳ないだろ。
例え税率が90%を超えたとしてもマイナスにはならねーよ。
1974年の所得税の最高税率は75%で、住民税の最高税率は18%で合計93%だったんだぞ。
税率93%が適用された人は手取りがマイナスになったのか?そんな訳ねーよな。
お前の書いたことは単に間違っているというだけではなく、見た人に対して累進課税の上限を高くすることはできないという誤った認識を流布するので極めて迷惑だ。
それも嫌だというなら一向に構わん。
https://twitter.com/shiikazuo/status/1441376803340238850
「共産主義はどうも」という方に2つの質問をしたいと思います。
「科学は完全なのか?そんなことはない。科学は分からないことだらけだ。
しかし我々の信じる神はすべてを見通しておられる。神の教えはすべてを明らかにしてくださる。さあ我々の宗教に帰依しなさい」
的な。
署名欄を思い出してほしい。奇妙な項目があったはずだ。
twitter 界隈がざわついている。ボクが危惧していた通りに、予診票のこの部分がトラブルを招いているようだ。
新型コロナワクチン希望書
ボクはセンター試験の現代文を八割正答した国語マスターですが、ぜんぜん解りませんでした。
以前、匿名ダイアリーでこの事について不満を述べたところ、ただちに三人から返信があり、少なくとも二人がボクと同じように読んでいた。
「接種はモチロンしたいが、まだ、かかりつけ医とかの診察や説明は受けてないぞ??🤔」
個人的にニュースサイトとかを調べてワクチンのことは理解したつもりではあるけど、医師の診察や説明は受けてない。コロナワクチン接種は予めかかりつけ医の診断を想定しているのだろうか。〇〇した上で△△しますか? って質問は、そもそも前提の〇〇をしてないときは No になるはず。
ボクは仕事柄、契約で署名するときは極めて慎重に日本語を精査するので、ここの引っ掛かりは看過できなかった。調べるとこの文言は旧来のワクチン接種で伝統的に使われてきたものを踏襲したようだ。しかし最近まで、同じように悩んでる人は twitter にもチラホラとしかいなかった。匿名ダイアリーのコメントには「お役所仕事なんだからスルーしろよ」みたいな意見が投げつけられた。
ひょっとしてみんな、アプリとか Web サービス の利用規約とかスクロールしてまったく読まず脳死で「はい」を押しちゃうタイプの人間なのか?
危険な習慣だよ。それでトラブルになっても何も文句は言えないぜ。
…ボクは接種前日、頭を抱えて悩んでいた。ネットをさまようのをやめて、予診票の細部に救いを求めていると幸いにも真に正しい理解にたどり着いた。
医師記入欄
でも続けて並んだ二つの項目でまったく同じ言い方をしているところを見ると、両者が示す意味は同じと見るのが良さそうだ。つまり、「医師の診察・説明を受け」の医師=現場スタッフ、だったのだ。だから問題の文章が言いたいことは…
あなたは現場スタッフから診断や説明があった場合、それを受けたいですか? 理解したいですか? そしてその上で接種を受けたいですか?
… ということだ。この署名欄は「患者の希望」を聞く項目だ。患者が希望しようとしまいと、現場スタッフからの説明はなされないかもしれない。聞いても理解できないかもしれない。接種は中止される場合もある。希望はあくまで希望であって、お互いに何も約束は締結されていない(希望していないときに接種したら流石に問題になるだろうが…)。
読まなくてもいい場所を読まなければ理解できない文章は、悪文でしょう。
…した、が出てきたらその用法の多くは過去形だ。問題の文章では未来完了形として使われている。
執筆担当者はおそらく、文章を短くすることを狙って「説明を受ける・理解する・接種される」のみっつを並列に並べて「希望する」で受けたんだと思う。しかし回答が「接種を希望しますか」になっているせいで、それだけが独立して読めてしまい、ほとんどの読者は想定通りに受けとっていないだろう。
未来完了形として素直に読むと、まるで、理解を約束させられているように見える。
一般に、理解に努めることは誰にでもできるが、最終的に理解できるかは運次第で、約束できるようなものではない。でも署名書かなきゃワクチン受けられないし… ため息をついて思考停止して署名するに至る。
予診票の当該項目は性質上、後で文句を言わせないように念を押すための契約に見えてしまう。実際には真の意図はアンケート調査と見るのが正しいだろう。
しかしアンケートに自筆サインを求める必要があるのか? 紛らわしいように思う。
後段にイエスと答えると、前提まで飲んだことにされるやつ。
日本共産党が「きゃっきゃ」しているので、マルクスの共産党宣言を読んでみたりして考えてみた結果、共産主義というもの事態が成立しないと思ったので、書き込むことにした。共産党のメリットを活かせる条件は、今の日本に「存在しない」と思うのだ。
嘘です。資本主義の陣営が勝った理由は、有権者に「不景気でも負けない」理由を提示できたからだ。真面目に共産主義をしたら、資本主義を「超克」するのに時間が必要だとマルクスはエンゲルスの共著で書いてある。マルクスの頃はともかく、今は信用経済が通貨を規定している。つまり、通貨は「信用がなくなったら再度、信用を勝ち取る手法は無い」のだから、インフレーションを起こしてでも、信用を保とうとする。信用を失った場合は、デノミ、ってやつをするけど、それよりもマシやろ?、っていうのがケインジアンをはじめとするマクロ経済学の根本の主張だろ?「通貨を安くする、それでもしないよりはマシ」という詭弁を、ケインズは中央銀行という「通貨発行益」というマシーンを介在することで、可能とした。それで、ニューディール政策といった手法で西側の連中が勝ったのは歴史の事実だ。つまり、共産主義よりも高速な市場介入する装置をゲットしたのさ、あの当時は。
無いです。たとえば、共産主義の連中を試すときに「無限に生産性を上げた」ときに、どうなるのか説明させたい。資本主義の場合、ケインジアンがいじめられる根拠は、ここ。たとえば、余剰電気なんか、捨てる以外ないしね。そんなときには、ハイエクですよ。需要の無い供給は「生まなければ良い」という理論です。
以上から、僕ちんは共産主義は敗北主義の思想だと思います。よって、ケインズとハイエクのダブルで資本主義は共産主義に勝てると言える時代に生きてます。というわけで、共産主義は信じる理由になりません。
おわりに、日本共産党については、共産主義のシンパのうちでは比較的に穏和な集団だと思いますよ。だけれども、その温和さが「いちばん共産主義のメリットを殺している」という事実からして、共産主義が暴力を否定する先にあるものが何があるかというと、本当に何もないと『資本主義の犬』を自称する僕ちんは思うのです。まだ「池田大作」とか書いて無効票になるほうが、自民党が焦りそうで、ウケるのですよ。
ジャップ「白黒つけない(逃避)」
ジャップ「水に流す(忘れろ?いいな?)」
サンノゼの日本人街にある石碑にも刻まれてる、責任追求を放棄する呪文 ↓
「仕方がない」は日本人の自己犠牲的な悲観性を表す表現として、多くの外国の著述家によって指摘されている。
また、太平洋戦争時のアメリカやカナダで行われた日系人の強制収容において、収容所での絶望感と虚無感を克服するべく、「Shikata ga nai」というフレーズを頻繁に用いりつつ、そのような苦しい状況の中でも、挫けることなく希望を見出そうとし続けていたと言われており、その精神性は現在でも日系人社会において根強く残っているという[2]。
ピューリッツァー賞作家のジョン・ハーシーは1946年のルポルタージュ『ヒロシマ』で、広島住民はおおむね核爆弾使用の道義的責任に無頓着であったと記し、ある被爆者の、戦争だったのだから「仕方がない」(Shikata ga nai) という発言を紹介している
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%95%E6%96%B9%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%84