はてなキーワード: リトバスとは
まずはじめに。間違いなく面白いのでみなさんもぜひやりましょう。
で、こっからは完全に自分ごと。
誰の役にも立たないしはずかしーんで増田で書いとく。
どうせすぐに流されるからいいよね。
2つに分けて書きます。
この作品は間違いなく私にとってものすごく意義のある作品なんだけど
それを説明するのが難しい。
面白さの種類で考えると、Key作品みたいに感動して涙ボロボロだとか
Ever17みたいにあまりの衝撃に目ん玉飛び出すとかではない。
YU-NOみたいにその壮大さに圧倒されるというわけでもなかった。
何かにとんがって最強とか、そのスケールで最強とか言う作品ではない。
SFとしても、エロゲとしても決してエポックメイキングな何かがあったわけじゃない。
ぶっちゃければ、チームワークがあることをのぞいたら
「これって紫色のクオリアじゃね?」で以上、終了、なんだけどね。
だからそういうところにこの作品の評価ポイントはない。
と・・・ここまでの部分は懐古厨とか言われそうだがそうじゃないんだ。
この作品が今までやってきたエロゲ作品の中で一番好きだと断言してもいい。
私はこの作品が出てきてくれたことに本当に感謝したくなったんだ。
私がこの作品で感じたのは。面白さとか、作品単体としてのできとかそういうものを超えたところに
前置きが長くなったけんど、この作品を一行で形容するなら
「長年付き合ってきたエロゲ業界から私に対するプレゼント」という感じだろうか。
作品単体でも十分に面白い。
でも、それ以上にメタ的な部分、作品外の部分の積み重ねが
そういうところに、この作品のスタッフからの私らに対する愛情を感じずにはおれない。
私は作品のクライマックスとあまり関係ないところで何度となくホロっと涙が出た。
今までエロゲやってきてよかった。本当に良かったとそう思う。
いつかガンダムでも、そういうことを再び思わせてくれる作品があらわれるのだろうか
プレイしてない人には何のことやらって感じかと思うだろうけれど、
今までの集大成というか、過去のエロゲの取り組みのほとんどを引き受けて、
それをまとめて肯定しちゃうというか
「(クリエイターに対して)お前たちが作ってきた作品1つ1つ、
(プレイヤーに対して)お前たちが遊んできたゲーム1つ1つにみんな意味があった。
それは今、私が、このシーンを最大限に味わうために。
このシーンで立ち止まらずに、その先に進むためにあったのだよ」
と。そんなことを言われてる気がした。
それだけの過去に対する愛情と、現在に対する自負があるように感じた。
この作品はずっとエロゲをやってきた人間にとって新しい部分は全くない。
それでもどことなく新しい。
むしろ小さな目新しさを売りにするのではなく(そういう作品多いのよマジで)
ひたすら過去作品からの蓄積を有効に組み合わせて
それを1つの作品にまとめ上げきったときに、
全く別の作品が生まれる、新しい地点を目指せるってことを示してくれた。
そういう意味で、
今までを認めてくれてありがとう。そして新しい希望を与えてくれてありがとうと
感謝の気持ちを今強く感じている。
Kanon問題からC+C、リトバス問題までメジャー作品のエッセンスが
ぷんぷんきいてて食が進むこと間違いなしでござる。
<余談>
もちろん不満もある。
フォーントリガーシステムのフラグ管理はマジで頭悪いというかですね
何回9章のメールが来なくてやり直させられたことか。
こういう事をのたまうオタクは結構いる。
一見、矛盾している言動に見えるが、何のことはない。
いわゆる恋愛シミュレーション要素を含むギャルゲ(ときメモ、ラブプラスなど)と、
いわゆるヴィジュアルノベル要素を含むギャルゲ(クラナド・リトバス・シュタゲなど)もの。
彼らは、後者を好む者たちであり、故に、後者の要素を含む“エロゲ”は余裕なのである。
(そして、ただエロイだけの本当の“エロゲ”は敬遠することが多い)
ここで興味深いのは、前者のみをさして“ギャルゲ”と評し、後者をその範疇に含めない傾向にあるということだ。
いやはや、オタク界隈もなかなか深遠なものなのだなぁ。
彼氏が泣きながら薦めて来るのでクラナドをプレイした。mixiに書こうと思ったが自重してこっちへ。
なんつうか無理。頑張って2人EDを見たけどテキストがとてもじゃないが読むに耐えない。
文章が下手だからという意味じゃなく攻略可能ヒロインが皆致命的にあたまわるすぎて会話にイライラさせられっぱなしで感動どころじゃなかったからだ。
ヒロインだけじゃなくて親友の春原も酷い。あれはアホはアホでも直接人に不快感を振りまく有害なアホ。どう見ても立派なDQN。
ギャルゲ主人公の親友は熱血漢の3枚目でお人よしで主人公に行動のきっかけを与える役回りと相場が決まっているが、正直アレはいらない。中の人は好きだがそれでもうざくてずっと台詞をスキップし続けた程だった。
でも一番イラつくのはアホや知恵遅れレベルの取り巻きを自ら集めておいて「俺の周りの奴は何でアホばかりなのか(笑)」とか見下して悦に浸ってる主人公。
スクイズの誠は異次元の住人なので特に怒りも感じないが、こいつは心底うぜえ。
お前、自分が優しいとか頭良いとか勘違いしてるの見え見えだけど、それ周りがあまりにも酷すぎて相対的にマシに見えるだけで実際大した事ないから。
オタクのプレイヤーがいかにも感情移入しやすいような属性をゴテゴテ付加した主人公だけど私的には「すごぉい、お客さんって頭良いんだー☆マユミ(仮)馬鹿だからわかんなくてぇ↑↑」みたいな
ベタ過ぎるキャバクラの接待を延々受け続ける苦痛がある訳ですよ。馬鹿にしてんのかお前と。当の男性オタクプレイヤーもそう感じている人は多いんじゃないかと思うんだけどどうですか?
もしくは「はじめてのおつかい」感覚。ヒロインが(シナリオライター的には)感動する純愛アプローチを仕掛けたように見せても、図式的に「一人で寂しかったけど泣かなかったね偉いね」ってレベルの
健気な幼児の行動にしか見えない。そしてそれを上から目線で見守る主人公にまたイラッとする訳だ。それで恋愛感情なんかよく抱けるな、お前真性ロリだろ主人公。
これでもサクラ大戦や葉っぱやアリスのギャルゲは好きだしアイマスも好きだし(りっちゃん派)、鍵のゲームは知らなかったけどニコニコの「だんご大家族」は聴いてて感動したしリトバスにも興味津々だったけど、
正直クラナドで激しくがっかりさせられた。恐らくこのブランドの最高傑作であろうクラナドがこの有様なら、他のタイトルなど一体どんな低脳集団が襲い掛かってくるというのだろうか。
そして「泣ける」というのはやはり知性ある人間同士の交流ではなく「はじめてのおつかい」でようし"ょの姿に涙涙、と言った感覚のものしかないのだろうか。
純粋と書いてバカと読む系は常識人とワンセットで一人置いとく位で丁度いいのに登場人物全員それにしてどうすんの?マニアック過ぎるだろJKと激しく突っ込みたい。
個人的に良かった点は渚のテーマと声優陣の豪華さだけでしたとさ。
とまぁここまで延々コキ下ろして来たけど完全に信者入ってる彼が、厄介な事に毎晩毎晩クラナドのプレイ進捗を電話で聞いてくるんだよ…
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智代アフターがあったからリトバスやリトバスEXがあったんだと思いますよ。
別に失敗だなんていう必要ないんじゃないですか
この意見は「正しい」とは思う。
世の中最終的に勝てばそれまでの取り組みも「成功への過程」として評価されるようになっている。
自称評論家というのは「その時その時で打ちあがった花火の方向を示す」以上の仕事をしないが、
実際の企業活動は継続的なものだから、一時的なマイナスを持って活動を全否定することはできない。
部外者が一時的な落ち込みを見て「あそこはもう駄目だな」「あの取り組みは失敗だった」などと
口に出しているところを見かけたら、駆け寄って首を絞めてやりたいと思うこともある。
「この次、将来に成功すればいいんですよ」なんて言ってるやつがいたらそいつは間違いなくクビだろう。
まして製品単位で思った成果が出なかったときに、「これは次の作品の布石ですから」で済めばどれだけ幸せだろう。
しかし、株式会社の場合は、こういう言い訳が通じない。今の会社は株主だからだ。
「常に、四半期ごとに、より高い売上期待に応えて」こそなんぼになる。
その期待にこたえられないのは、まぎれもなく失敗なのである。
「成功が何かなんて、その人次第」なんていってる経営者はいない。
そういう経営のもとで「数字合わせ」や「期末の締め」にどれだけ努力をしていると思っている。
そのことを思うと、こういう「言ってみただけの理想論」には反発せざるを得ない。
へーあなたのところの業界はそんなに余裕なんですか。
それならもっとその余裕活かしていい製品作れよ、とかひがみ根性丸出しのいやみを言いたくなってしまう。
本当はこういう会社が羨ましいと思ったりもする。
会社内で本当に「この作品では利益が出なくてもいい」「売上が伸びなくても成功だ」
そういうことが許されるなら、もっと自由に活動できるにな、と思う。
だから、こういう考え方が、もっと大事にされるといいなと思う。
いろいろ複雑なんですよ・・・。
という感慨を覚えた。
―――だが、ロミオには敵わない。そう、ロミオこそ、この世界の全て。
瀬戸口信者「―――だが、そんなロミオ作品もCARNIVAL、swan songには劣る」
健速「おっと、健速先生を忘れてもらっちゃあ困るぜ」
ニトロ信者「沙耶は純愛!」るーす厨「とっつぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
「久弥は何度でも甦る」「丸戸の素晴らしさがわからないなんて…」
「結局奈須が一番」「めておの戦闘力は53万です」「健速乙」「永遠はあるよ…KEYにあるよ」
「エロゲという大海を彷徨う長い旅の果て、皆LEAFに帰ってくる」
http://www.i-love-key.net/archives/2007/12/18_little_busters_ex.html
友人A の発言 : まあ買うだろうが 友人B の発言 : やべ買いそうw 俺 の発言 : やべ買わなそう
※12.25追記:すいません、ネタばれなのでやってないけどこれからやるつもりの人は読まないでください。書くの忘れてた……そういえば正式発表されたんですかね?これでデマだったら涙目。
最初この情報を知った時の感想は「へー、そうなんだ」でした。んで葉鍵板やら各種ブログやらを見て回って、あまりのウブな反応っぷりに吹きました。「リトバスにエロはいらないだろう……」「友情の物語が崩れる」「ショックです」などなど。う、ウブすぎる……。その割に「エロエロなアフターもの、FDなら良かったのに」という意見は多い。なんという解離。というか、未だに智代アフターがトラウマなのでしょうか。兎にも角にも、実にウブな「リトバス大好き!俺のリトバスを汚さないで><」というご意見の数々に大変、心温まる今日この頃です。
感情的な「エロはやめて」的言説は置いておくとして、エロを入れると「リトバスの構造的に不味い」という説は考察してみたいところです。これはつまり「リトバスは虚構世界をループする中で理樹(と鈴)が成長していくお話だから、構造上、全ルートを理樹(と鈴)は体験しているという前提が成り立つ」ため、単なるマルチエンディングと違い、トゥルーエンドの理樹きゅんは「みんなと致した」末の理樹きゅんになってしまうということです。しかも、回避策として浮かぶ「バッドエンドえろえろ作戦(別名:ナギー夢現エンド方式)」ですら解決できないのが厳しいところ。だって理樹きゅんの繰り返しの中にはバッドエンドも含まれているわけだからね(いくつかのバッドエンドにおいて、次の世界を示唆する言葉は散見されます)。小毬発狂エンドや美鳥バッドエンドでのえろえろは容易に思いつくだけに惜しい。実に惜しい。しかし本当にそうだろうか。本当に「不味い」のか? 実は、全然不味くないんじゃないか? なぜキスはよくてエロはだめなのか。ラストでヒロインたちはキスの話をしているじゃないですか。そもそも「みんなと致した」末のトゥルーが不味いなら、各ルートそれぞれ、恋愛関係になっている時点で不味いし、その時点で「不潔です><」とか批判しないといけないわけです。事実、そういう批判もあるはずです。でも、その構造は受け入れておきながら、いざエロが絡むとなったとたん「不潔です><」は無いでしょう。
個別ルートで純愛を語りながら、それらを渡り歩く美少女ゲームに必須のスキルを、とある偉い人は「解離」と呼びました。リトバスも最初からエロありだったら、この解離スキルを使いこなした歴戦のユーザーはエロ部分を含めて「面白かった」と言うでしょう。「Keyにエロはいらない」というお決まりの言葉は当然出るでしょうが、それはもうお約束みたいなものです。ところが、一度「エロなし」の物語を見てしまった僕らは、いざ「エロあり」になった瞬間、解離がうまく機能させられなくなってしまっています。何を今さら的なウブな反応は、ひょっとするとこの部分にあるのかも知れません。ToHeart2の場合と違って、明確に「共に様々な困難を乗り越えてラストに至った理樹きゅん」との記憶を持つだけに、この解離は困難を極めるというのが正直なところなのでしょう。
だが待ってほしい。逆に考えるんだ。だからこそリトバスのエロはかつてないほどに興味深く、Key史上でも類を見ない独特な魅力を放つ可能性を秘めています。そもそもエロとは禁忌であればあるほど魅力を増すもの。Keyのエロは予てより「予定調和的」で「不必要なもの」としての位置を占めてしまっていたがために「必要のないもの」として処理されてきました。当然です。エロゲーというフォーマットだからエロがあって当たり前。ここから「ずらす」ために麻枝准はAIRを作ったわけです。ナギーの「バッドエンドでのみエロ」はエロゲーのかつての機能からすれば奇形だったわけですし、観鈴ルート→AIRルートに至って完全にエロゲーとしての梯子の数々を外しまくったのも、Keyがエロゲー屋さんであるという前提があったからこそ機能しました。翻って、CLANNADで完全にエロなしとなったKeyは、リトバスもエロなしになって「もうKeyはそっちなんだね」という印象を刷り込むことに成功しました。そこでエロ。そりゃあみんなびっくりするよ。リトバスは元々エロでもいけるように作っているのですが、ユーザーとしては「エロなしで当たり前」なのがリトバスです。「エロなしで当たり前」のはずの物語でポルノグラフィーが展開するという禁忌。遣り様によっては、Keyの新しい世界が見えるかも知れません。そもそもリトバスは実験色の強い作品であり、今後の「ポスト麻枝時代」を築くための礎という位置付けがなされているのは容易に想像がつくというもの。どんどんやってほしい。なんでも試してほしい。それを受け入れるだけの余剰が、あのリトバスという途方もないゲームには含まれていると私は信じています。
原作のシナリオから自分が気になった所だけを抜粋したので、他の人が作ればまた別の物になると思います。2話以降で後付けで説明されたり、回想の形で挿入されたり、時間軸をずらして取り入れたり、というのも当然あると思います。京アニが、この長大な作品の、何を描いて何を描かないのかという取捨選択の趣向を見守っていきたいと思います。
また、あとから追記するかもしれません。→少し追記しました。
やたらと自然が多い町。
山を迂回しての登校。
すべての山を切り開けば、どれだけ楽に登校できるだろうか。
直線距離を取れば、20分ぐらいは短縮できそうだった。
代わりに「売地」が写される。
【女の子】「それでも、この場所が好きでいられますか」
………。
【女の子】「わたしは…」
【朋也】「次の楽しいこととか、うれしいことを見つければいいだけだろ」
【朋也】「あんたの楽しいことや、うれしいことはひとつだけなのか? 違うだろ」
【女の子】「………」
そう。
何も知らなかった無垢な頃。
誰にでもある。
【朋也】「ほら、いこうぜ」
最後の地の文が抜けている。
何も知らなかったから言えた台詞、無垢だったから言えた台詞。
自分はこの町が嫌いだというのに、この場所を好きでいたいと考える女の子。
自分は変化を求めているというのに、変化を恐れている女の子。
ちょっとした反感から口を滑らせた、聞き覚えのいい正論。
ネタバレ(文字白色):いずれ「変わって欲しくないもの」を手に入れて、そして失ってしまったときに、この言葉は自分自身に跳ね返ってくることになる。
ちなみに、アニメでは地の文の「………。」の箇所で、朋也が視線を落とし、次のシーンで朋也の顔が隠れることで反発を表現している。
母を亡くしたショックでだろうか…残された父は堕落していった。
アルコールを絶やすことなく飲み続け、賭け事で暇を潰す生活。
少年時代の俺の暮らしは、そんな父との言い争いにより埋め尽くされた。
けど、ある事件をきっかけにその関係も変わってしまった。
俺に暴力を振るい、怪我を負わせたのだ。
その日以来、父親は感情を表に出さないようになった。
そして、俺の名を昔のように呼び捨てではなく、『朋也くん』とくん付けで呼び、言動に他人行儀を感じさせるようになった。
それはまさしく、他人同士になっていく過程だった。
まるで殻に閉じこもっていくように。
今と過去との接点を断ち切るように。
突き放すならまだ、よかったのに。
傷つけてくれるなら、まだ救われたのに。
怪我についての描写はアニメではまだ無かった。
うちの学校は特に部活動に力を入れているため、地方から入学してくる生徒も多い。
そんな生徒たちは親元を離れて、ここで三年間を過ごすことになるのだ。
関わり合いになることもなかったが、こんな場所にあいつ…春原は住んでいるのだ。
春原は元サッカー部で、この学校にも、スポーツ推薦で入学してきた人間だ。
しかし一年生の時に他校の生徒と大喧嘩をやらかし停学処分を受け、レギュラーから外された。
そして新人戦が終わる頃には、あいつの居場所は部にはなかった。
退部するしかなかったのだ。
【春原】「はい、ここ、僕たちの席ねーっ」
【春原】「とりあえず学食いったら、誰かいるだろうからさ、ジュースでもおごらせようぜ」
【朋也】「そんなのばっかだな、おまえは…」
【春原】「よし、じゃ、いこう」
やることもなかったから、ついていくことにする。
【春原】「ねぇねぇ、ジュースおごってよ」
春原が後輩を捕まえて、そうせびっていた。
【春原】「百円じゃなくて、二百円」
【春原】「ふたりぶんだから。あっちの人も」
【春原】「うん、君、いい奴だねぇ。なんかあったら、僕たちに言っておいでよね」
【春原】「僕たち、学校の外ではぶいぶい言わせてるからさっ」
他の男子も、何事かと窓際に集まり始めていた。
…鬱陶しいこと、この上ない。
あの中にいたら、むかついて誰か(主に春原)を殴っていただろう…。
暇つぶしには最適。
一日の授業を終え、放課後に。
春原の奴は最後までこなかった。
結局、今日俺が話をしたのは、朝に出会った女生徒だけだった。
【朋也】「好きにしてくれ」
見捨てて、ひとり坂を登り始める。
ただ…
そんな不良に見えなかったから、話しかけてしまっただけだ。
それだけだ。
【女の子】「あっ、待ってください」
どうしたものだろうか…。
遠慮なく、話を聞きすぎたような気がする。
気にならないといったら、嘘になるが…
気にしないよう、務めよう。
これからは、あいつ一人で頑張るしかないことだった。
三年で、ここに来ているのは俺たちふたりだけだった。(智代登場のシーンふたりは春原・朋也)
【朋也】「友達、作ればいいじゃないか、また新しく」
【女の子】「時期が時期ですから、みんなそういう雰囲気じゃないです」
【朋也】「三年生だったか…」
三年といったら、もうクラブも引退寸前なのに…
それをこれから頑張ろうなんて…他人の目にはどう映ってしまうんだろうか…。
新入部員だと言っても、三年生だと知れば、部員たちの反応は当惑に変わるだろう。
ひとりでも知り合いがいれば良かったのだろうけど…。
アニメでは代わりに、同級生が朋也と春原の事を噂している描写と、委員長が不良生徒に話しかける珍しい事態に周りの生徒が注目している描写が入る。
【女生徒】「見て、あの子」
【女生徒】「ほら、あそこ」
窓際にいた女生徒が窓の外を指さして、隣の連れに話しかけていた。
【女生徒】「ひとりで、パン食べてる。なんか、一生懸命で可愛い」
【女生徒】「どこのクラスの子だろ。あんまり見ない子だね」
【女の子】「頭の手は…なんですか?」
【朋也】「いや、別に」
【女の子】「そうですか…」
【朋也】「ああ」
しばらく彼女は呆然と、俺はその後ろで彼女の頭に手を置いて、ふたり立ち尽くしていた。
端から見れば、おかしなふたりだっただろう。
【朋也】「俺はD組の岡崎朋也」
【朋也】「あんたは?」
【朋也】「よろしく」
【古河】「はい、よろしくお願いします」
遅すぎる自己紹介。
ふたりだけは、出会いの日の中にあった。
【古河】「………」
【古河】「それで…」
【朋也】「よろしく」
【古河】「………」
【古河】「はい、よろしくお願いします」
【古河】「………」
【朋也】「よろしく」
【古河】「はい、よろしくお願いします」
【朋也】「よろしく」
【朋也】「ひとりで帰れるか?」
【古河】「はい、もちろんです」
【朋也】「ハンバーグでも食って、元気つけろよ」
【古河】「え?」
この箇所は原作でも印象的なシーンであり、電撃G'sマガジンで連載中のCLANNADの第一話も、ここをクライマックスにしていたため、この描写が抜かれたことに違和感を感じる人は多いようだ。
ただ尺の問題上「お連れしましょうか」のシーンを第一話のクライマックスにする事に決めたとしたら、
といった理由で、かなり難しいのではないか、と思う。
こんなところに来て、俺はどうしようというのだろう…
どうしたくて、ここまで歩いてきたのだろう…
懐かしい感じがした。
ずっと昔、知った優しさ。
そんなもの…俺は知らないはずなのに。
それでも、懐かしいと感じていた。
今さっきまで、すぐそばでそれを見ていた。
それをもどかしいばかりに、感じていたんだ。
………。
「もし、よろしければ…」
代わりに、電灯のついた部屋を見上げる。
一面、白い世界…
………
雪…
そう、雪だ。
今なお、それは降り続け、僕の体を白く覆っていく。
ああ…
僕はこんなところで何をしているのだろう…。
いつからこんなところに、ひとりぼっちで居るのだろう…。
………。
雪に埋もれた…僕の手。
それが、何かを掴んでいた。
引き上げる。
真っ白な手。
女の子の手だった。
ああ、そうだった…。
僕はひとりきりじゃなかった。
彼女の顔を覆う雪を払う。
穏やかに眠る横顔が、現れた。
そう…
この子とふたりで…ずっと居たのだ。
この世界で。
この、誰もいない、もの悲しい世界で。
完全なネタバレ(麻枝准の他作品のネタバレも含む)なのでここから文字を白色に(匿名ダイアリーは続きを読む記法が使えないようだ。キーワードリンクも消せない。)
ゲームでは、開始時点は幻 想 世 界編であり、そこから始まる本編は長い回想のようなものだと解釈できる。
(もっとも幻 想 世 界では時間が意 味がなさないので『回想』という表現は相応しくないかもしれない。)
麻枝准が自ら企画した作品は最初のシーンに後から繋がる、戻ってくる、という話が多い。
- ONEという物 語の構 造は主人 公が、幼い頃の悲しい出来 事が原 因で思い描いた「えいえんのせかい」から始まり、そこで各ヒ ロ インとの学園でのエピソードを回想することによって、元の世 界に戻る動機 付けを見い出して回 帰する話である。学園エピソードの前半ではそれが回想だと気付かない作りになっている。(より正確に書くと,メ タな位置にいるはずのプレイ ヤにとってはリアルタイムの出来事が、作品中の主人 公にとっては回想になっている、という捻れた構造になっている。)
- AIRのゲーム版では、OPムー ビーの最後から繋がるシーンで、ラス トシーンの少 年が呟く「さようなら」という言 葉を国崎行人が夢うつ つに聴いている。(この時点では何のことが分からない。)これはアニメ版では抜け落ちてしまったが、代わりにアニ メではEDの少 年に「昔の事を思い出していた」という台詞を言わせている。A I Rのプロローグ「我が子よ、良くお聞きなさい。これから話すことは大切な事、これから・・・」のシーンも、クライマ ックスで再び使われている(これはアニメ版でも一緒)。このシーンはプロローグで使われたときは国崎行人と,その母 親を想起させる( 注:「力」を持つ者に課せられた、はるか遠い約束,というフレー ズに基づく)が、クライマッ クスで使われたときは「最初の翼 人」が自らの子 供に語りかけた台詞になっている。
- 智代アフターが回想なのは自明なので省略。
アニメ版ではプロローグを省いているため同じような仕掛けはやらないつもりなのかもしれない。
(仮に、アニメでも本編が回想である、という前提に立てば、アバンの『二人が出会った瞬間「光が揺らめ」いて彩度の上がる演出』は
朋也の思い入れ(「今思えばあの頃から俺は・・」的な)の反映とも解釈できる。)
しかし回想は積極的に使われていて、視聴者は、作中人物である朋也の主観的な時間軸を行ったり戻ったりする。
(書きかけ)
メモ: CLANNADがMAD的である理由 静止画MADムービー(静止画とテクストの断片と、音楽のシンクロ)、葉鍵系MAD全盛期(訴訟警告前)、動ポモのMADムービーに関する記述(トレンド:パロディ→原作の感動の再現) 音楽とキャラクターが、世界の連続性を担保しているー断片の羅列が世界を表現する 麻枝准の執筆方(音楽のイメージが無いとシナリオが書けずCDを延々と探している)、「ゲームの音楽は1/3」という麻枝の発言 「キャラ」が連続性を担保している(テヅカイズデッド) ADV形式ゲームの記号性(動ポモ) CLANNADのシナリオに対する二つのアプローチ:エクセルによる時間管理(監督:石原達也) 全エピソードのカード化と、パズルのような組み合わせ(脚本家:志茂文彦) ハルヒの成功がもたらしたもの: キャラクターのメタ物語性の確認:SFもミステリーもギャグもロマンスも同じキャラクターで可能である。(昔から。フルメタだってギャグとリアルだし、FFのようなRPGだって、(何故日本の作品にはシリアスな作品にもギャグがあるのか(ask john)),麻枝准は何故シリアスエピソードで笑いを入れるのか(ONEのバニ山バニ夫、Kanon舞エピソードのウサ耳、CLANNADアフターの風子参上、リトバス最終エピソードの丁寧に伏線まではってある筋肉大増殖) 時間軸を各自の脳内で再構築できる視聴者層が、商業的に成立する規模(DVDの売り上げがトップクラスになる程度には)はいた事の発見 「仕掛け」れば見つけてくれる視聴者と、その情報が直ぐに広まるネットワーク。 キャラ紹介の波線の演出は智代アフターだよね、白地の背景で「朋也の後を渚が・・」ってとこも智代アフターのOPかも? EDのウサギはONEのバニ山バニ夫。EDのだんご大家族の映像がNHKっぽいのは、当然だんご三兄弟のパロディだから シーンのトランジションがワイプなのはゲームのADVのパロディ? 猫。幽霊。 智代登場シーン。不良サングラスにギャラリーが映り、顔から汗がたらたら流れる→闘いたいわけじゃないけど、ギャラリーがいるから後に引けなくなってるのかな。不良が持ってる武器がフライパンってことは、ゆきねえの取り巻きかな、みたいな解釈話も含めて