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2017-04-27

部下が鬱で休職した

遅い昼時、流行っていない定食屋に入ると客はただ一人自分だけであった。ぼーとしていると、涙がぽろぽろ流れてきて驚いた。

何の涙かわからないが、ともかく原因はわかっている。

部下が鬱で休職した。手塩にかけたといっていいほどの部下だ。

うちの会社IT系)の立ち上げからの創設メンバーで、つい先日までバリバリコードを書いて、客との交渉要件定義をし、見積り必要工数計算までできる部下だ。

先日、突然ちょっとした言い合いか感情が爆抜したようになった後、「辛い」とだけ書かれたメールがきて休職となった。

なぜ、このようになったのか、何が起きたのかわからなかった。つい先日まで同じ部屋で同じ空気を吸っていたのだ。今年は確かに仕事の量は多かったかもしれないが過去これ以上の修羅場はいくつもあったし、乗り越えてきた。

しかし、数通のメールのやり取りと「辛い」メールの後、一回した面談で分かったのは典型的な鬱の症状だった。会社の最寄り駅の階段を上るときに動悸がする、手が震える、いっぱいたまったメールslackredmine自分を押しつぶそうとする、これらを泣きながら話す姿を見ていると鬱と思うしかない。

自分もこの会社の創設メンバーの一人だ。創設からずっと一緒だった。正直、ブラックな時もあった、いやこの春もそうだったのかもしれない。

しかし、できるだけ仕事を共有し、負担を軽減し、状況もみて「辛そうだったら、俺にふるんだぞ」と言い続けてきた。過去はくじけそうになる僕を部下が叱咤激励することさえあった。その叱咤で頑張れた。その後は社員の質の向上を会社が掲げ、仕事環境もずいぶんと向上しているはずだった。メンバー全員がよい職場づくりを考えて改善してきた。今年は例年と比べて仕事量を減らしたつもりだった。

思い当たるところはある。

一人前になるにしたがって部下に任せきりになり、安心していた。一エンジニア立場からマネージメントまでするようになって、僕の知らないところで客との交渉や調整で苦労がたまっていたのだと思う。忙しいときほどよく話すのがいつもだったが、今年は忙しくなって2人で話すことが少なくなっていった。

なぜ気が付いてやれなかったのか、どんなに辛かったのか、そんなことばかり思い浮かぶ。

電車の中、スターバックスコーヒーを飲んでいるとき帰宅途中の道で、ふと頭を空っぽにしたり気持ちが緩んだ時につい考えてしまう。そしてなぜか涙が出てくる。どうして、どうして、という思いと、こんなつらい気持ち以上に、当の本人が辛いと思うとやるせない気持ちになる。

相談してほしかった。力になれない自分が情けなかった。気がつけなかった自分が情けなかった。

周りは、直接の上司である僕がコンタクトはしないほうがよいという。だから今はメール電話もしていない。

僕はその部下にとって「過労を象徴する」者で、辛い会社代表する「悪の権化」となっているかもしれない。

今は部下が元気になれるように、休職制度手続き場合によっては転職によって仕事場環境を変えるときに不利にならないように交渉している。

定食屋の親父がこちらを見ていた。人前でいい歳の男が泣くなど自分でも思っていなかった。

僕でさえこんなに辛いのだ。僕以上に彼女はつらいだろう。そう思うとまた涙があふれてくる。どうしたらよいのだろう。

こんなことを匿名で書いていて、なんになるのだろうと思いながらも匿名ダイアリー吐露するしかない。

こんな光景3月4月日本では珍しくないのだろうか。







4/28 2回目の追記)

8時間ほど前に追記と誤字の修正をしたのだけど、後で見てなんとよい子で優等生的な追記だろうと自己嫌悪になったのでこの追記を編集する。

増田コメント優等生な追記をしてどこまで僕は馬鹿真面目なんだろう。

僕もそろそろ心療内科いかねばならない頃のようだ。いろいろなものを見直す時期だと思う。

今日、元社員に「〇〇さん(僕の名)はいいかっこばかりするんですよ」と言われた。かっこいい仕事ばかり取って金になる仕事をとらないのだという。

投資家VCの顔色を気にして、会社の業績としてぴかぴかのプロジェクトばかりとっていたのだ。金儲けする泥臭いプロジェクトを避けていたのだと思う。

ベンチャーとして頑張らなければという気持ちが強かったのだが、それは言い訳だろう。僕の頑張りは僕の自己満足でそれで他のメンバー犠牲を強いていたのだろう。

彼女は信頼できる友人、あるいは妹のような存在だと思っていた。そんな部下を犠牲にしてまでどんな業績があるというのだ。

匿名ダイアリーがいつまで保存されるか知らないが、自分への戒めのためこの日記をつけたことと今の気持ちをずっと忘れまい。

http://anond.hatelabo.jp/20170426232727

中小企業社員年収300万以下です。

節電がきつい

うちは仕事場で目を酷使する所ですら蛍光灯の1/3は抜かれてくらいです。

暖房禁止、厚着するなりで対処冷房はつくが弱すぎて常時扇風機回してる。

・人が足りない

うちもそう、だからみんな毎月100時間は最低でも残業してる

数字重要

仕事から当たり前のことだけど、成果は見えるようにして、実際に見えてないとつぶれるし。

残業代?ないよそんなもん

くれよ

評価

当たり前だがある。

なぜ公務員様は当たり前の事を今までしてこなかった事を恥ずかしいと思わずに、厚顔無恥仕事が増えたと愚痴るのかわけがからない。

2017-04-25

そもそも笑っていいともって普通に生活してたら見る機会なかった人のほうが多くね?

みんな学校とか仕事行ってなかったのだろうか

あと自営業で家が自宅兼仕事場で昼休みテレビ見れるとかなら見れるのだろうけどそういう人がネット多数派とも思えない

あと長期の休みだと見れるかもしれないけど昼飯時はテレビ禁止って家もあっただろう

うちは別にテレビ禁止じゃなかったけど面白いと思わなかったから見てなかった

ということを考えると見てる人少なそうって思うのだけどその割にはネット存在感がやたらあるのでなぜなのか不思議に思ってる

2017-04-14

ブラック企業の特徴(エンタメゲーム制作

いままでゲームエンタメ系の業界に勤めてるが、特にブラック的な所の特徴を上げる。

ちなみに自分はここで上げる所で働いた事はなく、良く噂でブラックな内情を聞いたり、打ち合わせで訪問した時に感じた事が主。

●社内がやけに殺風景

異様なほど最低限な物しかない。

入居して数年経ってるはずなのだが。

最大限の経費削減をした結果かもしれない。

壁も床も天井もやけに殺風景だ。

その中に各人のデスクがあるだけ。

通常はキャビネットがあり、上に資料や本、飾り的な物があったりする事が多い。

●社内が汗臭い

臭いは人の記憶に結びつきやすい。

ブラックな所で共通して感じたのは社内の汗臭さだ。

仕事場に入ると異様な雰囲気を感じる時に一番思い当たるのがコレ。

連日の徹夜残業風呂に入る暇も無いか、単にだらしない人が多いのか。

管理側と現場作業側の格差

これもパッと見で何か異様さを感じた原因の一つ。

管理側、必ずしも経営者ではなく、現場トップが含まれる。

一言で言えば管理側が派手、現場作業側がとても地味。

派手さの特徴は髪を明るく染めていたり、髪型が派手でアフロや強いパーマをかけていたり、変に整っていたり。

服がキレイめで高そうだったり。

あとは管理側の威勢はいい(単に元気がいいだけでなく、外見や表情に余裕を感じるのも含む)のに現場側は虫の息みたいな差。

もう一つ、社長的な最高責任者の影が常に社内にないとこもあると感じた。

●まとめ

訪問した際に社内に異様さを感じたらどこが異様なのか考える事。

臭い、異様な殺風景社員管理側の格差を感じたら注意しよう。

既にこういう中にいる人は気が付きにくいと思う。

例外

こういう所が居心地いい人もいるだろう。私生活がだらしなかったり、がっつり副業して会社でいつも寝てたり。こういう人は割と生き残る印象。上げた会社側がこういう人に甘いのは中々人が来ないから切れないのか、低賃金でも残ってくれているからか。

最後

多分だが差はあれど全ての業界で当てはまると思う。

こういう所が合う人もいるのも事実。相性の問題かな。相性が悪い人は無理していない方がいいかと。

2017-04-13

性的搾取の温床だったインターンの話

当時大学1年生。

就活に直結するタイプインターンではなく、多分ちょっと特殊な「人間的成長」やら「社会勉強」を目的とした研修に、長期休みの2ヶ月丸々使って参加した。

今思えば本当に馬鹿だったんだけど、大学人間関係学業も上手くいっていなくて自分がグラグラだった私は、インターン先のボス(以下A)の洗脳にまんまとかかってしまった。

Aは弁が立って表面上はとても魅力的だった。この人についていけば何とかなると思わせる何かがあった。むちゃくちゃなスケジュールでも文句を言わず働いた(働いた、という言い方で正しいくらいの貢献は少なくともしていたと思う)。お前はまだまだだから俺が育ててやる、というAの言葉に乗せられて、規定プログラム期間が終わっても私はそこに通い続けた。

次第に泊まり込みで仕事をすることが多くなった。最初仕事場で寝袋で寝ていたけれど、ある日Aが体も辛いだろうし俺のところで寝ろというようなことを言い出した。さすがに最初は固辞していたけれど、盲信具合に拍車がかかっていたため、最終的には頷いてしまった。

ここから先は思い出すだけで吐き気がするくらいなので簡単に話すけれど、言葉通り一緒に寝るだけではもちろん終わらなかった。寝ている時に体を触られていることには気付いていたけど何も言えなかった。だんだん距離感あいまいになっていったある日、Aが言った。「彼氏が出来たときのために練習しとくか?」

まだ恋愛的にも性的にも経験値ゼロだった私は何を思ったのかその人に恋愛感情に近しいものを抱いてしまっていたようで、その先は転げ落ちるように早かった。

学業を疎かにしても何も思わず、何を目的にしてなのか自分でも分からぬまま、仕事をしにいってはAに抱かれる日々が1年弱続いた。私はそこに愛を見出したつもりでいたけれど、本当は分かっていた、私じゃなくてもいいんだってことは。他の女の影だって数え切れないほどあった。

他にもいろいろな要因があって、私はすっかりメンタルをやられてしまった私は、実家強制送還された。

その間、Aの周辺にいた人と話していて、Aは他の女性、というか周りの女という女に手を出しているような男だったことが分かった。ある人にはレイプまがいのことまでしていた。

しばらくAと離れたこともありやっと洗脳が解け、自分のアホさに嫌気が差すと同時に、Aへの怒りがふつふつと湧いてきた。

今もそれに端を発する不眠や鬱に苦しめられ続けているが、少し時間が経って、過去のこととして自分の中で整理がついたこともあって、ここに投稿してみた。自分にも非はあるし被害者ぶるつもりもないけれど、Aにはそれなりの制裁が加えられてほしい、と思いつつも何も出来ないから、せめて次の被害者が出ないことを祈るしかない。

2017-04-08

どうやって1500円分の現金を得るか?【解決しました】

【当座の月曜日までの分は、解決しました】

いわゆる互助会始め、みなさん、ありがとうございます

...これから、どうやって継続的に働いていくかは、判然としませんが。

  

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仕事場へ行くための交通費がない。

服を買いに行くための服がない、ではないのだが。

土日なので、定期預金は崩せない。といっても残金は2000円w。

    

月曜日日雇いバイト交通費・片道750円が捻出できねーよ。

回数券の安売りでかっても、割引は20円ぐらいだろ。

やべーよ。

  

売れるような本もないし。CDだって数百円にしかならないよね。。

Amazonの500円分のチケットでは、何にもならないよな。

どうしたら、いいのだろうか。

わからんちん。

  

クレジットカードキャッシング利用かなー。これは最後の手段としたい

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(いやぁー、ブクマも5つ以上ついてて草っすよ。とりあえず、クレジットカードキャッシングか、銀行の借り入れ制度利用のどちらかで検討をしたいと、思います

銀行の方は、土日は手数料216円がかかりそうですね。クレカの方は、期日までに一括で入金(返金)したら、ほぼほぼノーローンと同じですね)

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id:mazmot > なんでよ? 2000円あるのなら750円出せるじゃない。ひょっとして定期預金2000円? それってあり得るの? そんな小額を定期にするなんて…。ちょっと意味不明

>仰るとおりで。自分金銭感覚の無さ、整理ベタさで。

あと、自暴自棄になっていて生きていく気力が全くなかったです。

メンタルやられてて、自分生活他人事のように眺めている生活が続いていてね。

色々ありました。

  

id:kaionji自転車、持ってないのです。バイト現場小高い丘っぽくて、Google先生によれば、自宅から直線で30kmの距離です。(あと、当方40代のおじさんです。過去2年、ほぼほぼ半日寝たきり生活だったので、しんどいですね...。)

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追記の追記。

★しばらく、ひきこもりというか、メンタル病みながらも、細々とバイトもしていましたが。だんだん、辛くなって来まして、バイト先を変更することにしました。

ネタではなくて、マジで瞑想を勧めてくれた人が半年ほど前にいたので、匿名ダイアリーには、助けて貰っています

ありがとうございます

2017-04-05

自分地方勤務に固執した理由

自分仕事ができない。

仕事ができないと仕事の量も質も高い東京はいけない。

それを見計らって仕事ができないキャラで振る舞ってたら、10年以上最低ランクおよび地方コースで働いた。

うちの職場は大きなトラブル起こしてもクビにはならないが、お前なんか引き取ってくれる職場なんかねえ、という上司言葉福音にさえ思っていた。

仕事できないキャラ自分が好きだった。東京であくせく働くお前らとは違うんだよ、地方なら苦しんでるお前らが味わえない趣味もできるんだぜ、という妙な優越感もあった。仕事ができなかった故仕事場地獄だったが、その優越感がその地獄を忘れさせてくれた。

しかし、今年の意向確認

自分特性を生かした職場で働きたい」

と書いてしまった。

そして、今年、東京行きが決まった。

地方はひとまとめになる仕事が、東京では専門的に深くできる、ひとまとめで大変な貴方でも向いているはずだよと上司から言いくるめられた。

その時、なんで仕事できないキャラを全面に出して転勤を阻止できなかったのか、東京にて後悔している。

自分にとって地方勤務とは努力すらできない自分肯定し甘やかすもの、ということにも気づきつつある。

2017-04-03

メンタルの強さが見えると思い込んでる人

スポーツ番組仕事場でもいるんだけど、どういう基準で測ってるんだろう。

フィジカルの強くて、結果が良い場合に限って、メンタルが強い認定してるとしか思えない。

この人は結果や身体能力ダメだけどメンタルは強いですね、なんて話は聞いたことないし。

2017-03-22

いい年こいたオッサンけものフレンズの為にこんな時間まで起きてるとかキモい

それで次の日仕事場で眠そうにしてるんだろ。

ゴミじゃん。

2017-03-21

まれてこのかた街の中での遊び方を知らんので東京人の言う娯楽が何のことだかわからない。

しろ都心部は俺にとっちゃ娯楽空白地帯仕事場しかいから、週末は都市の外へ外へと出かける。

これが地方都市レベルになるとコンパクトにどちらも両立できるのだが、東京都市圏はあまりに大きい。

何をするにも一日仕事。これが地方だと半日もあれば遊んで帰れるんだがな。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313102137

税務署相談しても「申告ですから申告者が決めて下さい」ってしつこく言われて具体的な数字提示絶対しないよね。

「どんな申告でも構わないけどそれが通るか決めるのは俺ら」ってスタンスから申告漏れの時とかに見解の相違ってコメントが出るわけで。本気で食いつかれたらたとえ仕事場に置きっぱにしてても按分100%は通んないと思うわ。

2017-03-09

父のその後

http://anond.hatelabo.jp/20170206191552 の続き。

あしかけ3ヶ月、実質1ヶ月と10日で父は退院した。退院と言っても回復リハビリ病院への転院でもある。

あれを書いてから3日後だか5日後だか7日後くらいに父の目は開いた。最初の数日は目の焦点が合ってないような感じだったがその後7日くらいでだんだんしかけた人の目を見るような感じになった。

目が開いて少ししたところで転院の相談はあった。この辺で回復リハビリ病棟のある病院は5つか6つあるそうなんだが、その中でも父の症状にあったと言うところを2つ3つ挙げてもらって検討した。

最も実家に近いところを母は希望していたのだが、そこは父の症状に合うリハビリ要員がいないとのことで却下となった。自分仕事場に近い病院については、母は(私の)祖母を預けたことがあってあまりいい印象を持っていなかったのだが、今回改めて見学してその印象を払拭したらしい。そこと、義理の母が回復リハビリを行った別の病院(そこは推薦されていなかったのだが、調べたら父の症状にあったリハビリ要員がいた)を第1希望、第2希望とした。

結局第1希望病院3月にベッドの空きができた、ということで転院が可能になった。話はまあまだまともに出来ないのだけど、左足は必要以上に動かせるし、それなりにリハビリは進むのかもしれない。

ここから愚痴だ。

病院スタッフ自分が思っている以上に分業化しているのだが、母にはそれがイマイチ理解できないらしい。

しょうがない。自分自分病気入院するまではあまり区別がついていなかった。看護師医者秘書じゃないし、会計のことは会計担当におまかせだし、実際に1Fで金銭をやり取りしている人はその会計を把握していない。医療相談室は病室とは離れたところにあるけれど、「外部に秘密漏れません」と言っていても相談員はその病室担当看護師だとまでは見抜けなかった。それならその場で相談したのにわざわざ遅いエレベータで移動させてスマンカッタ。

ただ、それがわかっていないと、病院スタッフのお願いとか質問とかに適切に応えられない場面が多くてキツい。健康保険関係でかかりつけ病院の診察や医療相談は無断では出来ないのだけど、その説明をする際にその話しかしないから母は混乱した。父のかかりつけは母のかかりつけでもあるのだ。母が通院する度に自分の診察より父の話を聞かれるのに「相談等は許可を得てからしてください」では何を言いたいのかわからない。その説明をしているのが経理担当職員だとわかれば「金のかかることはするな」で済む話なのだけど、それで結構混乱した。

前の病院で新たにでた薬がおくすり手帳に書かれなかったのもアレだ。薬そのものは渡されたので持ってきたのだけど、結局アレは新たに判断して使うことになるらしい。調べたら院内処方の薬はおくすり手帳に書かないことがままあるらしい。退院証明書の方にその辺が書かれていることを期待するしかない。

退院証明書と言えば、転院と新規入院書類が違わないのが微妙につらかった。既往歴とか書かされるのだがそれがどこまで大事かわからないのだ。あとで退院証明書を見たら自分が知っているより詳しく既往歴が書かれていた。向こうはカルテから転載しているのだから当然といえば当然なのだが、薬のアレルギー(納豆がどうとか、グレープフルーツ食べちゃだめとかあのへんね)はおくすり手帳判断するほうが確実なんじゃないだろうかとか思った。

リハビリについては承諾書署名を日付なし具体的内容なしでした。白紙委任状みたいなもんだがそこはしょうがないと思った。

遠くの親戚にメールアドレスを教えたら、1日おきに脳梗塞に関するサイトとかテレビ情報とか送ってくるのが地味につらい。善意でしているのはわかるのだが、その情報はいらない。善意といえば、何度も来てもらっているのだけど、やってるマッサージが「効果がなさそうでつらい」と言ってくるのがさらにつらい。ダメ元なんだから効果がなくていいし自己満足なんだからそれでいいじゃん、と言いたいのだがそれはそれで「お前のやってること無駄だよな」と煽っているように聞こえかねないので言えない。

まあ、仕事が忙しいのでメールはあまり読めないことにしている。LINEと違ってメールでは既読マークが送られないのはありがたい。

2017-03-08

ConoHaの電話認証って声優がやってるんだな

知ってる人は知ってるんだろうけどさ、自動応答が妙にきゃぴきゃぴした声でびっくりしたのよ。

仕事中にオンフックでやってたか上坂すみれさんの声が仕事場に鳴り響いてしまって。

恥ずかしかった。しかしこのおかげで仕事場の中の声優詳しい人たちと仲良くなった。

2017-03-02

http://anond.hatelabo.jp/20170302131203

60件の2/3ぐらいがが無認可保育園だけど普通に落ちてる

無認可保育園ならぎりぎり払えるレベルだけど

日本終わったよ。日本死んでほしい

ちなみに、保育園の送迎は夫のが仕事時間いから、夫に行ってもらう予定だった

ただ、夫も別の会社役員、そして仕事場所は立川

そういう意味で、自分の駅近辺、新宿近辺、立川近辺で探したら、これぐらいの件数になったのよ

2017-02-22

管理者養成学校が続いている理由と仕組みを卒業生説明する

サラリーマン幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 - Togetterまとめ - https://togetter.com/li/1083373

▼Q:なんでこんなものが続いているのか

ビジネスモデル確立してるからです。

ここの母体は「社員教育研究所」という会社で、ビジネスマナー等の半日研修セミナーをメインにおこなってます。昔いた会社では、正社員は全員ここの半日研修を受けることになっていました。管理者養成学校に行くのは管理職新卒社員だけでした。

半日研修は、意外にもいたって普通の内容です。笑顔の耐えない講師の人が当たり障りのないビジネスマナーを教えてくれます半日話を聞いて仕事サボれてラッキー、くらいの感覚で受けました。しか講師笑顔にだまされてはいけません。それはただの仮面です。ここの講師は全員管理者養成学校教師を兼ねてます。いつでも怒鳴り声があげられるのを、セールス向けに意図的にゆるーくゆるーく振る舞ってるのです。

この、セミナーの使い分けがポイントです。管理者養成学校卒業生は一部が完全に洗脳されます。よしんば洗脳されなくても、管理職的な視点から後述の「一定の効果」を認めるひとは少なくありません。そのため、「管理者養成学校いかせるまでもない(行かせたくない)けど、多少学んでほしいことがある」と考えた管理職は、このゆるーい半日研修採用するのです。つまり

「ここの卒業生管理職になった企業管理職になる」

→「この企業運営する半日研修セミナー社員を受けさせる」

(→「一部の社員合宿セミナーへ参加させる」)

というサイクルが発生しています。飴と鞭に近いものを感じるというか、よくできています。多分なくなりません。

▼Q:「一定の効果」ってなに?

トップダウン式の企業における「上から命令には迅速かつ忠実にしたがう」という感覚を身に付けることです。

命令に従わなかったり、勝手判断で動く社員はどの企業にも一定数発生します。それを許容する文化もあれば、「上から命令絶対に守る/言われてないことは絶対にしてはいけない」という文化もあるでしょう。そして、例えば急成長して組織構造確立していない大企業のような「企業風土はまだ根づいてないけど、上としては絞めるところをしっかり絞めたい」という意識が働きやす企業は、荒療治であっても命令絶対服従の社員を育てたいと思うではないか…というのが私の予想です。

他にも「承認体験を与える」「ブレインウォッシュしたあとにある種の価値観を植えつける」とかもありますがこれも後述します。

▼Q:実際にはなにやるの?

意味のないことをやります

本当です。たとえば、「駅前に立ち、大声で歌を歌う」「歌で審査員を感動させる」「動きを激しくアレンジしたラジオ体操を覚える」「行動力基本動作10ヶ条を暗記する」といった課題を与えられます。それらがすべて合格にならないと補講が発生し、強制的宿泊数が一日延びます。そんなことをわたしは7泊8日で怒鳴られながらおこないました。

この「意味がない」というのは実はとても効果的です。そもそも、入校初日先生から

「ここで教えることに意味はない。大声を出そうが、歌が歌えようが、仕事はできるようにならない。だけど、ここは研修練習の場だ。練習でできないことが、本番でできるわけがない。ここでの訓練を通じて、社会人としての一挙手一投足を学んでほしい」

とか言われます。そしたら「意味がないじゃん」という反論意味をなさなくなりますしかも、「意味はない」けど「歌で審査員を感動させる」ために歌う歌が

要領とごまかしで 長い坂はゆけない

仕事場は戦いの場 半端ではない

やる気になって汗を流せど 力なき悲しさ

いつかみじめな自分を見るだろう

年をとってほぞを噛むなら いまやるがいい

君よ知るか仕事ができて、人生幸せ

ひらけゆく青空の大きさはどうだ

しなやかな若竹にできないということはない

なんて歌詞なんです。

ここが恐ろしい、そして本当にすごいところで、教師意味提示しないので、自分で考えるしかないんです。

意味がない」からこそ、「自分意味内面化する」。このための仕組みが管理者養成学校はとにかく高度に作られています。たとえば、大声で歌を歌うとどうなるか。脳が酸欠になり、思考力が低下します。どれだけ歌っても鬼の形相の教師が怒鳴ってきます。何度も審査に落ち限界限界を重ねて大声で、精一杯気持ちをこめたあと、教師が満面の笑みで「合格!」って言って抱き締めてくるんですよね。このとき承認された感覚半端ないです。涙がボロボロますし、ボロボロ泣くのは気持ちいいです。承認体験は人を盲目します。

なお、こういった方法論は一般的にbrainwashingと呼ばれているはずです。そういった仕組みを利用しているのは軍隊カルトの二つが一般的ですね。

▼Q:嫌じゃなかった?

→嫌だと考える時間と余裕があらゆる点で排除されています

ポイントは「秒単位の余裕すらない規律」「徹底した団体行動」「常に見られていること」「でも絶妙息抜き」の4つです。合宿中は一日を5時起床/22時30分消灯で行動します。自由時間はこのうち合計3時間ほどありますが、単独行動禁止です。研修グループでおこなうので、一人だけ休む、一人だけ練習するなどは禁じられています。本当の意味での自由時間は、起床と就寝のための30分くらいです。それらは布団の出し入れと着替えでつぶれます

なお、行動と行動の間に1分でも空き時間があれば、なにか練習しないといけません。寝泊まりと訓練をする部屋は一面ガラス張り、かつ消灯時以外はカーテンを閉めるのを禁じられています教師は常に見回りをしており、なにもしていなかったら怒られますあなた方はパノプティコンをご存じでしょうか。

見られているのは教師だけではありません。同じグループのひとや、違うグループのひとも同じです。学校では実に細かなルールが設定されています。「部屋を出入りするときは『失礼します』とおじぎをしてから出入りする」「移動時には常に小走り」「椅子から立ち上がるときには椅子を必ず机の奥まで入れる」等々。そして、「ルールを破った人がいれば他のひとが注意する」「注意されたら『ありがとう』と返す」等々。ここでは生徒もまた監視している存在なのです。

しかし、ガッチガチでありながら、休憩時間ビールタバコを嗜むことは許されています絶妙です。縛るところは縛りつつ、一握りの自由を与えます。また、グループ内でのコミュニケーション促進にもなります

▼Q:みんなこんなルールを守るの?

→守ります意味がないルールでも、ここでは規律内面化されるからです。

一番面白かったのは、「風呂に入る前には、風呂場の上に書かれている『風呂に入るときは、1:頭からお湯を二杯かぶる 2:頭を二分洗う 3:お湯を三杯かぶる 4:水を一杯かぶる 5:体を五分洗う ...』の規則を必ず読み上げてから入る」でした。みんな読み上げるし、書かれている「体を洗う順番」を守ります。本当に。風呂息抜きの場ではありません。厳密には、「息抜きをしつつも、規律規則として必ず守る」という感覚が四六時中植えつけられます

▼Q:あなたは何を学んだの?

ラジオ体操でぶっ倒れるとか、40キロ歩いて本当に立ち上がれなくなるとか、あとは四六時中怒鳴られたときに何度も発生したミスがあるとか、そういった点での「私自身の体力的・精神限界を知れた」ということは結果的によかったかなと思います

また、『1984年』の二重思考ってこういうことなのかと体感しました。承認体験が重なるにつれて、「規律めんどくさい!」が「規律を守ることは楽しい!」に刷り変わっていく感覚は絵も知れぬものがありました。訓練の最後には「この学校は最高だ!!」って本気で思ってました。でも「学校を補講なしで卒業し、一日でも早く出たいから全力で試験合格しようとする」んです。

矛盾してるでしょう?でもそれを可能にするのが管理者養成学校なのです。

▼Q:管理者養成学校さないと

→同感ですがつぶれないと思います洗脳されてるひと結構ますし、この「洗脳されてる」が「『個人人格』とは別の『社会人としての規範人格』を学ぶ」と錯覚してるひとは多いです。私も、管理職立場になったら部下に行かせない保証はないなと思います

▼Q:おまえは既に洗脳されてる

洗脳っていうのは「こんなの絶対おかしいよ!」って理屈理解していても「わー!たーのしー!すごーい!」と思ってしまうから洗脳なのです。

2017-02-14

母が坊主にしたいと言う

母は昔から流行のオシャレ、とくに髪型はどうでも良い人みたいな感じだった。

オシャレに鈍感というわけでもなく、好きな服を着るみたいな人だ。派手では無いがわりと個性的な服を好んで着る。

そんな母親乳がんになった。

抗がん剤治療の結果、髪の毛が抜け落ちた。

カツラを買った。

幸い仕事もできたため、仕事場ではどんな風にカツラ認識されているのかと聞くと

「ああ、面倒だから行き帰りだけ被っている」

シングルマザー、強い人だと当時は思っていた。

完治した最近母親は言う。

坊主にしたいと。

髪の毛が抜け落ちて以来、母は坊主の魅力にとりつかれてしまった。

やっと抗がん剤治療の結果の強烈な癖っ毛も収まって、カラーリングやら白髪染やらなにやらとしていたのに。

母が坊主にしたいと言う。

反論して食い止めているが、いつ母が坊主にしないか心配でたまらないのだ。

母を止める言い訳は今のところ「冬は寒いしかない。

どうすればいい。母の坊主を受け入れるには、まだ修行が足りていない。

2017-02-13

嫌いな奴には酷い事を言ってもいいと思ってる職場デブ

お前のせいで仕事場がピリピリするんだよ

いかげんにしろ

正論なら何言ってもいいってわけじゃない

みんなお前の事いかにも童貞臭いデブと思ってるけど優しさで口に出さないんだよ

傷つくのわかってるから

なのにお前は気にくわない奴に底辺学校出身とかブスとかキモオタとか(お前も全部当てはまってるだろうが)言いたい放題言ってそいつらが鬱になったり辞めたりしたら職場のガン呼ばわり

いかげんにしてくれ

毒舌でカッコいい俺(笑)中学卒業してくれ

本当に迷惑

2017-02-12

無職日記

 まず、スマホをやめることにした。仕事電話メールはもう来ないし、妻や恋人はおろか、親しい友人さえいないのだから、誰に気兼ねする必要があろう。思えば、朝は天気予報を調べ、通勤中はニュースを読み、昼はゲームに興じ、帰宅後は着信を知らせるランプを頻りに確認するのが、働いていた頃の日課となっていた。それに比べて、現在たいへん快適だ。さすがに貯金も心細くなりつつあるので、そろそろ職探しに本腰を入れるつもりだが、また働き出しても、できる限りスマホから離れた生活を送りたい。このご時世では中々難しいだろうが。

 次に、鏡を見ないことにした。現代社会には鏡に毒された人間が多い気がしてならない。なるほどメイクやらスキンケアやらで多忙女性が身だしなみに敏感になるのはある程度はやむを得ない。大体、鼻毛が飛び出ている女とのデートなんかお断りだ(無職とのデートなんかお断りよと聞こえてきそうだが)。しかし、自らの容姿を念入りに観察するような男には、どうも違和感を覚える。そんなに見惚れるほどでもないのに。そんな暇があったら中身を磨けばいいのに。と言っても、仕事中は何より外見を重んじていた私に、彼らを批判する資格があるかどうかも疑わしい。出勤前には寝癖のチェックが欠かせなかった。昼食におにぎりを食べたらお手洗いに行かねば気が済まなかった。或いはこれはビジネスマンとして当然の振る舞いなのかも知れない。ただ、私は少し疲れてしまった。誰とも会わない今なら、髪がボサボサだろうが歯にノリが付こうが一向に構わない。実に清々しい。

 そして、髭を伸ばすことにした。人生初の試みである。頭の隅に浮かんだのは、エイブラハム・リンカーンまさか彼みたいな美髯を目指すほど私も阿呆ではあるまい。単なる憧れだ。少年のころに図鑑の中で触れた、第16代アメリカ大統領の威容は、今なお私の脳裏に鮮やかに焼き付いている……と、ここまで書いて、我ながらちょっと呆気にとられてしまう。私は無職になって、悲しむどころか、むしろこの状況を楽しんでいるかのようだ。楽観主義も度が過ぎれば身を滅ぼす。けれども、信じられないかも知れぬが、私は実際、ほとんど常に悲観的であった。考えれば考えるほど思考は悪い方へ傾き、夢も希望も見出せず、自暴自棄に陥る。他人との比較が癖になり、酷い劣等感に悩む。「怠けた頭は悪魔仕事場」という外国の諺には、一つの真理が含まれるのではなかろうか。私は毎日悪魔暮らしているようなものだった。

 ある夜、都心の休憩所のベンチに腰掛けコンビニで買ったアメリカンドッグシュークリームを食べていた。妙な取り合わせだが、たった二百円でできる贅沢は他に無い。いや、正直に告白しよう。懐が寂しかったのだ。無収入生活がいつまで続くか見通せないため、財布も満足に使えなかった。林立するビルディングの明りの下を、仕事帰りのサラリーマンOLが、揃って足早に過ぎてゆく。車や電車の走る音がかまびすしい。デパートの買い物袋を提げた婦人たちの笑い声が耳を打つ。ふと、「どうしてこうなのか」、と思う。孤独を感じた。大都会の喧噪が却って私を独りにするようだった。周囲のベンチに座っているのは、単独の人が多いようだけれど、誰かとメッセージのやり取りでもするのだろう、彼らはスマホを熱心に操っている。私の存在に気付く人など何処にもいない。だが、ここで泣き出す訳にもいかない。

 その後も無為徒食の日々は変わらなかった。公園の木陰でぼーっとしたり、広場に群がるハトを眺めたり、日が暮れるまで彷徨したり、諸方の社を参詣したり。どこへ行っても充たされず、空腹は甚だしくなる一方で、足はいよいよ痛くなる。かといって、すぐに働く気も起きない。虚しかった。行き着いたショッピングモールトイレで用を足し、自らに課した戒律を破って鏡を見ると、生気に乏しく、いかにも自信のなさそうな、無精髭を生やした男が一人、救いを求めるような表情で立っている。そこにリンカーンの姿は無かった。足を休める場を求めて店内をさまよう。が、既に老人らが座を占め、熟睡しているらしい。安心しきった寝顔にみえる。帰りの難儀を憂えつつ、やむなく出入口へ引き返す。「いらっしゃいませー」「ただいま30%引きでございまーす」という若い店員のいきいきとした調子がなぜか辛い。女子学生愛嬌も、年配夫婦の微笑みも、母に抱かれた赤子の眼差しも、私には全てが辛かった。ようやく家に到着してテレビの電源を入れれば、アスリートの勇姿を目にするたび、怠惰自分を痛感し、アナウンサーの顔が映るたび、鏡の自分を想起する。私の居場所はいずこにありや。やがてテレビも見なくなった。

 さて、私はこの日記を「吾輩は無職である名前は言えない。」で始めようかと思った。己の憐れを笑い飛ばせるくらいの朗らかさが欲しかった。ところがこの通り、筆致はだんだん暗くなっていく。まあ無職から仕方ない。最後に、ついこの前、海へ行った話を綴って、明るい気持で筆を擱こう。それは、とてもよく晴れた、穏やかな日だった。太陽の光が海のおもてをきらきらと照らし、寄せてはかえす波の音がたえまなく響く。突堤で腕組みして獲物を待ち構える釣り人、のんびりとウォーキングを楽しむおばあさん、浅瀬に浮かぶカモの群れ、軽やかな足取りのミニチュア・ダックスフント、波打ち際できゃっきゃ言いながら貝殻を拾う女の子と、それを嬉しそうに見守るお父さんお母さん。おや、あそこの男の人は、どこか悟り澄ましたような目つきで大洋のかなたを遠望している。同志だろうか?(失礼)

 「明るい気持で筆を擱こう」と書いた。でも、このかぎりなく静かで、平和海岸に臨み、やわらかな潮風に身を任せていると、明るさも暗さも、楽観も悲観も、全部きれいに吹き払われて、どこかへ行ってしまう。不安や焦燥はしぜんに消え去り、自分無職であることさえ、いつしか忘れている。そこには何もない。あるのは広い海だけ――青空をのびのびと泳いでいるのは、カモメカップルだろうか。仲睦まじく羽を交わしている。幸せそうでちょっとむかつくけれど、もう人(鳥)と比べるのは止そう。カモメには、カモメカモメによるカモメのための鳥生があり、私には、私の私による私のための人生がある。お前らは、勝手にいちゃいちゃしてればいいのさ。

2017-02-09

バイトした店が倒産したてた

どこの仕事場も、ミスったら人前で罵倒しやがった企業ばかりでした。

倒産してないのは、ミスったときに困った顔でニコニコしてたおっさん本屋だけだよ。

三月のライオンが超つまらないし、見ているとなぜか鬱になってくる

鬱までいかないけど、ものすごくテンションが下がる。

団子三人娘ジジイのくだりでageようとする感じはわかるけど、団子屋の仕事場描写が実に生々しく現実のもの精緻描写した感があり、気持ちが戻るどころかさらに下がる。

なんでこんなのが流行ってるのか検索してみたら、作者があの人だった。

そもそも女子が見る女子の為の漫画であり、将棋好きでもないオッサンの私がみる代物ではなかった。

2017-01-24

太っている男とぶつかりやす

からなぜか、太っている男に目の敵にされやすい。

小学生の頃、中学生の頃、それぞれ別の太っていて色白の男子に目を着けられイジメられていた。

高校女子高を選び、仕事女性多めの販売職を選んだので平和だった。

が、仕事場が失くなり、仕方なく転職した先は男性多めの職場だった。

痩せている男性普通体系の男性はみんな優しく、平等に話してくれた。

が、ひとり太っていて色白の男性がいて、はじめはまだ普通だったが、どんどん私に対して態度がきつくなり、最終的にはほぼイジメのような感じになっていた。

耐えられず辞職を決意した。

が、世の中に太っている男性はたくさんいるので、なんとか太っている男性に嫌われない術を覚えないと今後生きづらい。

太った男性に嫌われやすい特徴って何なのだろうか。

そういえば、もう10年以上あってないので忘れていたが、私の父も100キロ越えの肥満体系で、些細なことで切れて私や母を殴ったり大声を立てたり風呂を覗いてきたりしていた。

育ててくれたことには感謝するが、全く尊敬はできないし、恐怖と嫌悪対象だ。できるだけ会いたくないと思うほどには嫌いである。

もしかしてこれが原因で、太った男に知らず知らずのうちに変な態度に出ているのだろうか。

だとしたら、どうやったらこれは治るのだろうか。

2017-01-22

父の癇癪

私の父は数年前、アルツハイマー認知症を経て肺炎で亡くなった。

父は、昔の人によくありがちな典型的癇癪持ちタイプで、気に入らない事があると突然癇癪を起こすのが常だった。

好きなプロ野球チームが、父のお気に召さないプレーなどを示すと「なにやっとんじゃぁっ!!」と晩酌ビール瓶片手にしょっちゅう切れていたし、そのビール瓶を叩き割ってしまって自分で後片付けしていた背中が私の少年時代記憶に焼きついている。

仕事は、一人親方看板製作業で、小中学生の頃よく一緒に手伝いに連れて行かれたけど、現場に一緒に入っている他の会社作業員にブチ切れて怒鳴り散らす事も珍しくない人だった。

私はそんな父が別に嫌いだということはなかった。プラモデル作りや釣り音楽レコード鑑賞などそこそこ趣味を持っていた人で、私は釣りには興味は示さなかったが、プラモデルは好きでよく一緒に作ったものだ。父は職人肌のところがあり、プラモデルはとても上手だったし、音楽趣味も古い世代に多い演歌だけじゃなくて、ジャズニューミュージックなどのレコード豊富にあって、その影響で私の音楽趣味も醸成されたようなところがある。

ただ、夕食時は親父がテレビ見ながらいつ癇癪を起こすかわからないので、私や他の兄弟も大急ぎで食べ終えて子供部屋に逃げる日課。

そんな父に寄り添っていた母も大変だった。そんな風に子供が逃げるように食卓からいなくなってしまう事にまで腹を立てた父は母に怒鳴り散らして、「お願いだからもう少しお父さんと会話して」と母から何度も頼まれたりもした。

だけど、私を含め子供中高生大学生と成長するにつれ自分たちプライベート時間が長くなってくると、自宅が仕事場だったから、家の中には父と母しかいない時間が長くなり、ストレスを溜めた母がアルコール中毒になってしまったこともある。

父は母なしでは生活できない人だった。

夜遅く帰宅した私に「お母さんの様子がおかしい」と深刻な表情で訴えてきて、すぐに寝室にいた母の様子を見に行くと、泣き腫らして目も顔も真っ赤にした母が布団の上で一升瓶を抱きかかえて横たわり、「もうイヤだ。死にたい死にたい!」と消え入りそうな声でずーっと呟き、身体を異常なほど震わせていた。

どう考えても、すぐに病院に連れて行かないといけない状態なのに、父にはそれすらも分からなかったのである

それからしばらくは、私たち兄弟は出来るだけ自宅には早く帰って父母と一緒に過ごすようにしたので、母の状態回復の方向に向かったけども、当時は精神科受診する事すらも忌避される時代だったから分からなかったけど、母は多分かなり重度の鬱病のような状態に陥っていたのだと思われる。

その後、子供社会に出て自立し、一人暮らしを始めたりしてからも親には随分悩まされたけど、父が60を超えるくらいになると糖尿病や高血圧悪化して廃業する事になった。ちなみに子供は誰も家業を継いでいない。

そして、父は念願だった美術勉強を始めるなど、廃業して何年かは穏やかな生活が続いた。私も結婚して孫を見せる事も出来た。

だけどそれも長くは続かず、父のアルツハイマーが発覚して、発覚時には医師から発見が遅れたのであと1~2年でおそらく誰が誰だかも分からなくなる」と告げられ、その日のうちに孫の名前が言えなくなっていたのにみんなが気付いた。

徘徊は酷かった。あれは経験者じゃないと分からないと思うが、ほんとに突然いなくなるのだ。そうとしか言いようがない。例えば五分前に御飯食べてた筈なのに、周りにいた人がほんのちょっとテレビに気取られただけでいなくなっているのだ。そして、辺りを探し回ってすぐに見つかればいいものの、結局一晩見つからないこともしばしばで、しょっちゅう警察のお世話になった。

一度、GPS機器をお試しで身体に装着させようとしたけど、「こんなもんいらん!」と嫌がってしまって無理だった。

ただ、廃業してからずっと癇癪だけはなかった。いつのからか、「お母さんには散々迷惑かけたから優しくする事に決めたんだ」としょっちゅう言うようになり、その言葉のとおり癇癪を起こすことは、少なくとも私の知る限りなかったし、一緒にいた母にも聞いた事がない。

そんな父だったのに、亡くなる年に一度だけ癇癪を起こした。

それはお正月二日の日、実家にみんなが集まっていた和室で、おせち料理を囲んで団欒していた時、母が何かを台所まで取りに行こうとして立ち上がったときにふらっとよろけたその時だった。

「こらっ!そこどけ!」

和室が一瞬にして静まり返り緊張が走った。

多分、足を悪くしていた母に対する父の気遣いだと思うけど、にしてもしばらく聞いた事のなかった癇癪。

母のちょうど隣にいたのは私の息子だったが、それまで笑っていたその息子の顔が引きつっていた。

それから、二ヵ月半ほどして、肺炎を患った父は病院で亡くなった。

昨年くらいから、母も同様にアルツハイマー認知症と分かり、今は施設にいるのだが、この前私が訪れた時、母はこう言った。

「お父さんすぐ怒るから一緒にいてあげてね」

父が死んでも涙一つ流さなかった私だったが、何故か涙が溢れて止まらなくなった。

2017-01-21

切られる人

最近配属された現場で、同じチームに所属するパートナーのある人の離席率がものすごく高いことに気づいた

朝は30分は余裕で遅れて出社するし、日中は30分~1時間の離席がザラだ

現場比較的ゆるく多少の遅刻では文句も言われない、顧客社員から10分程度の遅刻をする(が、夜は遅い)

からって30分遅刻する人はさすがにいない

そして彼は遅れる30分について連絡も全くない

仕事場は狭いワンフロアなのに、彼は30分から1時間姿が見えないことが多々ある

1日のうちに半分くらいは席にいない

彼がどこにいるのか確認する人もいなければ、責める人もいない

現時点で仕事自体そう多くはないようで、特に問題も起こっていないようではあるけど…

上司現場リーダーが気付いてないならこれは一言言っておかないと、と

社内ミーティングに参加したところ、私が話を出すまでもなく、彼は交代の要望が出ているようだった

交代要望ということなので、顧客からの話なのだろう

私があれこれ思うまでもなく、とっくに彼は切られる人だったのだった

切られるからこそ一層、勤怠が悪いところもあるのかもしれない

あるいは切られたいからこそ、態度が悪いこともあるかもしれない

彼は派遣契約で今回の現場交通費が自腹だと親しい子にこぼしていた

2017-01-15

この生活がなくなってもいいです。

住む場所仕事場から遠くてもいい。

お金がなくたっていい。

六本木で遊べなくたっていい。

服も買えなくたっていい。



ただ、好きな人のところにいたいです。

2017-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20170112151553

仕事場所の掃除ぐらい、業務に含まれるよ

定時の30分前に仕事切り上げて、業務時間内に掃除すりゃいい

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