はてなキーワード: ネームバリューとは
地方公立高校出身
いま公立高校英語教師
もっと勉強しておけばよかったな
たいして充実した青春時代でもなかったし
いま高校生と接していて
彼らの未来がうらやましくもあり、同情もする
自分の力に相応ではあった
でも人に言うのは恥ずかしくもある
でもいまの日本の状況をみていると
お金を出せば容易に入れる
しかし若者の雇用情勢は厳しく、自分の夢を実現できるのは少数止まり
それは自分が若かった頃も同じだが、さらにハードな現実が待っているように思う
就職してもいつリストラされるかわからず一方で管理は厳しくなり窮屈だ
そんな社会情勢の中、大学のネームバリューはどこまで相対化されたのだろう
まあ身分相応の就職をし生活をしている
コレでよかったんだと思うときと
コレでよかったのだろうかと後悔するときと
その間を行き来し続けている
その応援をするために自分がいる
もちろん保護者の願いをかなえることにもつながる
また法科大学院をはじめとする専門職大学院の低迷ぶりが表すように
「約束された」エリートコースの存在を単純には信じられなくなってきた
最近高校教師の世界も大学院出身者が競争してようやく入り込める状況で
現実の教育現場を目の当たりにして夢や期待を打ち砕かれる人も多い
そんな彼らの死んだ魚のような目を見ながら
いまの時代に「いい大学」にいくことの意味はなんだろうと思わずにいられない
お金をかけ期待をかける価値がいまの大学ブランドにはたしてあるのか
でも私のようなコンプを抱き続けて生きていくのもどうかとも思う
有名人や有名サイトに紹介されることが持つ意味は、ネームバリュー(=お墨付き)よりも単に情報の拡散(=アクセス数)にあると思うんだけどな
「評価」とは、「評価される人間」が「有名か無名か」によって左右されるものである。
ある言葉が誕生し、その言葉が名言足りうるものであったとき、その言葉を発した者が有名人であった場合は、そのまま名言と評される。しかし、そんじょそこらの有象無象の発言であった場合、名言と評されることは滅多に無く、即座に雲散霧消するものである。無名な人がどれほどに素晴らしい言葉を、キャッチーな台詞を発言したところで、誰の目にも留まらない。評価などされるはずもなく、ただ消えていくのみである。
本当に素晴らしい文章で、人を惹きつけてやまぬ内容であったとしても、その文章を載せたサイト・ブログの知名度が無ければ、そもそも読まれることがないのである。ブクマしてそれが連鎖するなどとことはまず有り得ない。そんなものは都市伝説である。ましてや個人ニュースサイトが採り上げるなんてことも無い。
…いや、厳密に言うと有り得ないことはない。ただしそれが有り得るためには条件がある。
「有名人」の力添え。
これが絶対的に必要なのである。「有名人もしくは有名サイトがオススメした記事」という属性が付与されない限り、無名サイトの記事が日の目を見ることは決して無い。確実に無い。未来永劫有り得ない。
これが「ネームバリュー」。「記事」にではなく「名前」に価値があるということである。
例えば有名サイトと無名サイトが全く同じタイミングで、全く同じ内容の記事を、一言一句違わず完全に同じ文章で世に送り出すとする。内容は閲覧者の殆どが共感出来るような、いわゆる「素晴らしい文章」であるとする。さて、どちらに注目が集まるだろうか?
答えは語らずとも自明の理。「発言者が有名であるか否か」によって評価は決定する。ただそれだけ。
例えば個人ニュースサイトにおいても、有名無名の差は如実に現れてくる。この広きネットワールドに数多ある無名なニュースサイトがどこかの素晴らしい記事を紹介しても、それに注目が集まることはほぼ無い。そもそも無名なニュースサイトを見ている人間が絶対的に少ないというのもあるが。しかしいわゆる「大手ニュースサイト」が紹介したときには、アクセス数という名の絶対たる力となって目に見えて実感できるほどに注目が集まるのである。もちろんブクマなども集中する。
記事の内容など二の次。第一に判断されるのは「誰が紹介したか」なのである。
弱小ニュースサイトが採り上げた時点ではほぼ注目が集まらないが、その紹介をたまたま見た大手ニュースサイトが時間差で紹介すると、注目度は、そして評価は、そのタイミングで初めて一気に跳ね上がるのだ。そして「その記事を最初に発見した」のは、後で採り上げた大手ニュースサイトになるのである。
http://www.youtube.com/watch?v=8va7IvZ8Pc8&feature=player_embedded
武装神姫 BATTLE MASTERS Mk.2のオープニングアニメーションが公開されました。
PSPの武装神姫ゲーの第二弾と言うか、前作も丸々収録したアップデートバージョンです。
http://www.konamistyle.jp/item/71061
購入はコチラ
以下の行で武装神姫という萌えメディアミックス展開のすごい所を列挙してみる。
浅井真紀・島田フミカネ・BLADE・カサハラテツロー・篠房六郎・GOLI・okama・柳瀬敬之・間垣亮太・清水栄一、下口智裕・鬼頭栄作・CHOCO・たにめそ・マーシーラビット・DOGMASK・羽音たらく・いづなよしつね ・かこいかずひこ・NiΘ ・nuno・NAOKI・黒星紅白・明貴美加
全員が全員有名デザイナーというワケではないが、個性豊かかつ、そのネームバリューだけで玩具を買いたいと思わせてくれる素晴らしいラインナップだと思う。
そして、美少女モノと一口に言っても現在までに公式販売でビックバイパー型含めて57体。それぞれ再生産バージョンやリペイントカラー等でほぼ2倍の商品数がある。
さらに携帯電話用漫画のForget-me-not限定の個体を含めるとさらに5体ほど増え、非公式のワンダーフェスティバル販売の浅井さんの神姫のブルーライン、ハイドファイア等も含めるともっと多い。
オンラインゲームの武装神姫バトルロンド、武装神姫ジオラマスタジオで使える神姫達はここから確認可能だ。
http://www.shinki-net.konami.jp/shop/model12.html
阿澄佳奈・茅原実里・福井裕佳梨・喜多村英梨・橋本まい・笹川亜矢奈・沢城みゆき・門脇舞以・釘宮理恵・小林沙苗・名塚佳織・柚木涼香・加藤英美里・井上麻里奈・清水香里・植田佳奈・桃井はるこ・生天目仁美・堀江由衣・田村ゆかり・野川さくら・浅野真澄・藤田咲・白石涼子・津田美波・Jenya・戸松遥・豊崎愛生・原由実・大久保瑠美・本田貴子・沼倉愛美・日向ゆきこ・さとう実琴・後藤麻衣・東山奈央・中島愛・水橋かおり・高垣彩陽・平野綾・小林ゆう・金田朋子・遠藤綾・中原麻衣・朴璐美・桑谷夏子・伊瀬茉莉也・日笠陽子
累計48名の声優が、今まで武装神姫バトルロンドと武装神姫バトルマスターズで声優として神姫に声を吹き込んでいる。オタクであれば誰か1人ぐらいは知っているだろう。
豪華声優陣!を謳った作品は数あれど、ここまでのラインナップはそうそう無いと思う。
そして、玩具原作の作品ながらキャラクターソングまで出していて、全てiTunesで購入可能だ。
新作ゲームのコンプリートセットは22,320円という高価格なのにもかかわらず、予約開始後3日も待たずにソールドアウト。現在予約を受け付けているのは発売2週間後に届けられるバージョンの物に限定しており
ヤフーオークション等では発売済み神姫の内、限定販売の物なら発売時の2倍以上の高額で取引されている。一般販売でも1.5倍以上の値段は軽くつく。
なのに!大手玩具レビューサイトの多くが、武装神姫のレビューを敬遠。ゲームサイトでも今やファミ通以上の支持を得ようとしている4gamerと武装神姫と関わりが深い電撃オンライン以外は、どこの企業サイトも大手個人ブログも武装神姫を特集しない。
人気はある。しかし、マニアにのみ人気がある状態で、ファン同士のやりとりは活発なのに、東方やアイドルマスター、ボーカロイドのようにファン以外の人は誰も概要を知らないという空気なのだ。
何故だろうか。
新作ゲームの主題歌は、聖戦士ダンバインのOP・ED。重戦機エルガイムのOP・ED等々の数々のアニソンで知られるMIQだ。
これだけで、古いオタクはググっと釣られるし、上記のような圧倒的なデザイナーと声優のネームバリューで、オタクならば一度は武装神姫というブランドに興味を持たざるをえないだろう。
なのに、悲しいかな、若いオタクはネームバリューという物にさっぱり釣られない。自分から作品を探そうとせず、作品が流行ってからその作品に食いつくのだ。
よくある話だが、自称「平野綾という声優が好き」という若いオタクがいて、そのオタクに「じゃあ、錬金3級 まじかる?ぽか〜んは見た?いい作品だったよね。平野綾が主役の1人だったし」と聞いてみても「見てない」となってしまうのだ。
「島田フミカネってデザイナーが好きなんだ」→「じゃあ、武装神姫は持ってる?」→「え、なにそれ」となってしまう。お前別に島田フミカネ好きじゃねーだろ。
何故、ネームバリューが通じないか、個人的には理解できない。好きな声優や好きなアーティストがあれば、彼ら彼女らの新作の情報は即チェックが基本だと思うのだが…不思議でならない。
一般的な美少女キャラのラインナップに含まれづらい黒人がなんと2人もいる。メガネも1人、ナースに巫女に武士に騎士に建機に羊に虎にカブト虫にクワガタ虫にお箸にスプーンにケルベロスにヴァイオリンにタコにサソリにコウモリに、美少女勢揃い物に珍しいラインナップがてんこもりだ。
是非とも1体、手にとってほしい。そうすればいつのまにか50人以上お迎えしてしまっているから…。
Googleリーダーではてブのホットエントリー見てたら、これが入ってたわけ。
なんだこれ。
読んで愕然としたよ。
超既出+常識+スッカスカの内容をなんでこんなにありがたがってんの?
馬鹿なのか?
いちおうつっこんでみるけどさあ。
お前のアホブログのマヌケ写真だって世界中に公開されてんだろ。
ネット上のデータなんて、誰かが制限かけなきゃ世界中に公開されるだろうが。
売れれば売れるだけ儲かるアップルが国別にガチガチに制限かける意味なんてねえだろ。
そりゃ稼ぐことは不可能じゃねえよ。
だが、お前のブログを無言ブクマしてなにかやった気になってるアホじゃ無理だ。
ネームバリューのある企業に勝ち、安い人件費でアプリ量産するヤツらに勝ち、
宝くじを買えば3億円当たるかもしれないよ、と同レベルだアホ。
しかし、完全でなくても、ある程度の英語を使いこなせるだけで、iPhoneアプリで巨万の富を築けるチャンスがある言われたらどうでしょうか?
英語ができるとかできないで迷ってるクソがそんなもん掴めるかボケ。
英語をしきりに勧めてるけどさあ、
英語の情報が必要になるのなんて、ある一定レベルより先か、最新の情報が欲しい場合だろ。
まだコードもろくに書いてない初心者が良質な情報を生かせると思ってんの?
プログラムコードであれば、まず「Hello」を表示させてみることです。これだけで、開発の半分はすんだようなものです。だって、後はコードを書いていけば良いだけなのですから。
おい。おい!おいいいいいいいいいいいいいい!
つっこむのもアホらしい。
はぁ、なんなのこのクソブログは?
こんなものの存在が許されていいの?
なんでこんな無言ブックマークしてるヤツらがいるの?
ブックマークするだけでどうせなにもしないんでしょ?
けれど、どうにもしっくりいかない。
だってこれ、誰でも名前を知っている(もしくは曲を聴いたら聞いたことがある)御大が言っているんだもん。
説得力ないよ。
じゃ、御指名でが「確実に売れる」「ネームバリューがある」アーティストにばかり行ったらどうなるのよ。
テレビがどのチャンネルを見てもジャニーズだった一時期と同じで
そして、このコンペの酷いところは、曲が採用にならないとそのデモテープに対して
一銭のお金も出ない所。
金がもらえて当たり前の世界なのか。
”採用(すら)されなければタダ働き”が当たり前だと思っていた。
この感覚で言うと、結局確実にご指名が来るまでの無名時代の売り方が非常に限定されてくる
金を払うようなことがあるとすれば、それはコネという名の信用取引だ。
ご指名でなければやる気は出ませんよ
そう言えるような立場の人間は、それらから退くという選択はないんだろうか
そして、下手すればタダ働きのような場には、指名をもらえないような新しい人が出ればいい
勿論、タダ働きになろうが、この仕事はどうしてもとりたい、とる自信がある、という人もいるだろうし
http://ameblo.jp/kenokun/entry-10815131527.html
を読んでさらに釈然としなくなった。
…
インクのついた紙の束は、はっきり言って、場所塞ぎである。印刷所で出荷日出荷予定時刻の数時間前から生産を開始されて、出来上がると同時にトラックにのせられた商品は、取次ぎの仕分け所に運ばれ、そこで、全国の書店に向けて、一店舗ずつのダンボール箱に詰められる。このダンボール箱が、再びトラックに載せられて配達される。
去年一年間に発行された新刊は、78501タイトルであり、一日に215タイトルである。去年の一月の時点で、全国の書店数は15500店ぐらいとされている。
単純に、発行部数が15500冊よりも少ない本は、日本全国の書店には確実に配られないし、都心や人口密集地の駅前店などの立地の良い店には重点配本されるから、過去の販売実績を見て、その書店に向いていない商品は、最初から配本されないという事もある。初版3000冊程度だと、有名店上位200店舗ぐらいと、発売前から購入予約を入れてくれている図書館分しか、配本されないと考えた方が良い。
それなりの規模の書店であれば、毎日数箱、立地が良くて売れる店だと数十箱の新刊が詰まったダンボール箱が届き、返本率を70%とすると、そのうちの30%だけが売れて、70%が、売れ残りとして、取次ぎに返送される事になる。
書店の棚に仮に1万タイトル並べられるとしても、一日に215冊出てくる新刊を全部並べ、古い本、すなわち売れなかった本を返本するというFIFOをやったとすると、売れた本の分だけ並べる余地が増えるので、書店に滞留できる日数は66日となる。約2ヶ月である。
実際には、1万タイトルのうちの大部分が、雑誌と文庫とコミックと実用書でしめられていて、文芸書等の売れない本は、せいぜい1400タイトル分位のスペースしか与えられない。客が買っていってくれなかった本は、2ヶ月ぐらい棚に展示された後、出版社の倉庫に返送されて、断裁処理されると考えて差し支えない。
半年間、図書館の取り扱いを控えるという事は、半年後に購入しようとしても在庫は全部パルプに溶かされてトイレットペーパーに再生された後であり、出版社としても、品切れにつき出荷不能という答えを返すだけとなる。図書館が新刊販売と同時に購入した書籍を、半年間、倉庫に寝かせて置けというのであろうか。半年間貸し出ししないのであれば、それを読もうと言う物好きな人は全部購入してくれる筈であるという目論見で主張しているのであれば、図書館が半年後に貸し出し可能としても、誰も借りないという事になる。つまり、図書館にとっては、購入費用と倉庫代と産業廃棄物処理費用が、丸ごと損失となるのである。
繰り返し読み直すような内容であれば、手元に置いておきたいという人も出てくるであろうが、文芸作品で、そのようなレベルに達しているモノは稀であり、その大部分が、一回読んだら十分という読み棄て小説である。
小説の大部分が読み棄て小説である事に気がつくほどに大量の本を読んだ人は、図書館のような、ゴミとして棄てる手間が省ける上に、ただで読める場所を利用するようになる。これが、図書館が文芸書を、短期間で需要が無くなって廃棄処分になると知りつつも、新刊が出るたびに購入して棚に並べる理由である。
新人の文芸作品をわざわざ指名買いしてくれるのは、蔵書リストに新刊をずらりと並べる事が存在理由となっている図書館だけである。
ネームバリューがあるが、作品はわざわざ買って読む程の価値は無いと判断されるような人の本は、図書館の予約リストの人数が膨大になる傾向があるが、予約者数=購入者数ではない。閲覧に対して著作権料を支払えという考え方であれば、代金の大部分がインクのついた紙の束の制作費と物流・販売手数料である媒体を使い続ける事に正当性は無くなる。
矛盾こそが人間性であるという哲学的主張を行うのであれば、そこに一捻りをいれて芸にして見せてこそ、文章芸人と言える。インクのついた紙の束という物質媒体が抱え込んでいる矛盾を放置したままでは、芸が無い。
図書館が買わなくなったら、ネームバリューの無い新人の本は、余計に売れなくなるという自滅願望の発露なのであろうか。そういう芸風は既に時代遅れなので、読む価値が無い駄作とわかる分だけ、親切と言える。図書館も、出版社側の意向にそって購入を取りやめ、半年後に注文を出して、品切れなので取り扱い不能とし、その本と作家ごと、無かった事にするのが合理的な行動となるであろう。出版社側が半年間在庫を抱えてくれなかったという事で、その本の価値については出版社側が判断を下しているとなる。図書館側には責任は無いとなるのである。
http://anond.hatelabo.jp/20101219174222
クリスマスカラーの単行本が世にあふれたころ、たしかわたしは理系の女子大生で、
世はバブルで前髪がとびでた眉毛の太い、肩パット入りスーツきたお姉さんをよそ目に
(実験が毎日深夜に及ぶため家族をまたせたくなくて3万円弱のをようやく借りた)を
往復するしかなくて、
かなりネームバリューのある大学生だからできるわりのいい家庭教師アルバイトさえ
土日のあいた時間しかできなくて、ある意味なんだかサラリーマン生活の前借だった。
その私がノルウェイの森を読んで思ったことは、そうちょくちょく人に親切を施しては
セックスなりふれあいで回収できるほどヒマで金余りな大学生が世にいるんだなという呆れみたいなことでした。
私にも統合失調やっちゃった親友がいたけれど、見舞いにさえいけず、
手紙や電話で連絡しようとしたらその子の親にもう出してくれるなといわれた(病状のためにも、だったかも)。
たぶんそれを押して学業ほっぽりだしてたら?
電車代にも困っていたのに無理だとおもうけれど、もし借金する知恵でもあったら、
今度は自分の親にその子が悪役にされ、それはたしかにそのとおりだったろう。
それにわたしには上野ちづこさんふうにいうと1本あれば便利なチンコはついてなかったからそれを利用した慰め方も(壊し方も)できなかった。
で、私はその後めでたく結婚して生まれた娘も2歳のころから活字中毒で3-4歳からひらがなは完全黙読
(お友達いわく「**ちゃんさいしょは本いっぱい読んでくれたけど最近声ださなくてつまらない」)、
小学校に入る前に薬局の「薬」をみて「たのし!」と読んでいた。
その子が五年生の担任と日記で愛読書を告白しあうにいたる。子供は文庫本の「しゃばけ」シリーズを挙げた。
こともあろうに担任はノルウェイの森をあげた。(この人アメリカ文学かぶれのイケメン50歳なんである)
実家にももちろん文庫版のそれがころがっていて、子供は青い鳥文庫といっしょに夏休みにもらってきた。
母こと私が気づいてすぐとりあげて139ページあたり読むともうこりゃダメだと。
短くはあるけれど直子と何したかそこまで正確?に描かなくてよろしいと絶望。
娘11歳の手に取るやいなやの読書は110ページあたりまでだったらしくてぎりぎりセーフ。
とりあげたついでに最後までよんだけれど、ことさらセックスだけが悪いんじゃない。
とにかくそのあともずっと周囲の人/間が自/殺しまくる話だと理解。
指折り数えていたがキヅキもナオコも遊び/人の先輩もその美/人の彼女も「自/殺した」。まるでよほど喪失をかかえたイケ/メン遊び/人主人公かまたはキヅキがそれほどうらやましいみたいじゃないか、そんな主人公も今頃は、無駄な団/塊ジ/ュニアは給料もらいすぎ、キャ/ンプいってダッ/チオー/ブンでも焦がしておけ、俺たちは車も買えないんだっていわれてるころじゃないか。なにがうらやましかろう。
なんというか、主人公は本質的によい人間なんだろうし、価値観は理解できるけど
今も昔も別にすすんで理解してあげたくない。
自分が完全に無駄な食い扶持であるという立場にきずつかない同世代の男は私をいらいらさせる。
まあ当時他にそういう小説がなかったというならそれはそのまま存在すればいいけれど。
私の旧友は紆余曲折あって結婚してネット書店をはじめていてくれた
(文芸部のワープロうちもできなくて私にまかせていた子だし、今もネットは勉強中だといっていたが)。
生きていてくれてありがとう。
追記 クソhatenaキーワードのせいで白字ネタバレ回避が利かなかった。
読んじゃった人ごめん
つまり、
・やりたくないけどできる仕事はやらない、もしくは、嫌々やってい不満を募らせる
ということかな。君の言わんとすることもわかる。でもよく考えてくれ。
日本で就職する奴が、少なくとも新卒の段階で、自分のやりたい仕事で職を選んでるか?
選んでないだろうよ。多くの人たちは企業の知名度や業界のネームバリューで選んでるだろ。
大体、何をさせられるのかわからない総合職に多くの人は応募するんだから。
要するに、社会的ポジショニングで仕事を選んでるのであって、やりたい仕事でなんか選んでないんだよ。
なんでだ?
そりゃ、しょぼい会社に勤める様なしょぼい奴になりたくないからだろ。
俺は、君とは逆に、多くの人は「できること、やりたいこと」よりも「バカにされたくない」という動機で仕事を選ばされていると思うね。
それで、「こういうやつはクズ」という空気は、完全に自分ではどうしようもないことだ。
ただ、やりたいことがやれない、というだけで自殺する奴は無い。
やりたいことがやれない、できることをやっても周りからはバカにされクズ扱いされ人扱いされない、となったらそりゃ絶望して死ぬさ。
ということを言いたい。
君の意見は、展開は間違っていないけれども、前提が間違っていると思う。
もし、クズはバカにされても仕方ない。
11/14夜に、ニコニコ動画の公式生放送で、お笑い番組があった。
ナレーションに、ニコ生人にはよく知れた棒読みツールを使っていたり、
地上波では出来ないネタ(下ネタ、ブラックジョーク、商標関連)や、テレビでは見ない芸人が出ていてネット番組の新しさがあって悪くはなかったのだが・・・
黒字化とかCDがチャートに載ったりと勢いがあるようだったが、ニコニコ動画の終わりが見えた。
その3つの理由を記しておく。
各芸人のネタの後に、視聴者がOK/NGを投票し即座に結果が出るのだが、小数点1位までの%しか表示していなかった。
今、既存地上波テレビ番組が死に絶えてる最大の要因は、放送者側の意思が入ったヤラセや数字に、視聴者が気がついてしまい、1つのウソにより、全てがウソに見えるようになってしまった事だと思う。
それを安易に追随してしまった。
ヤラセをやった理由は明白だ。
名前も聞いた事がない芸人が優勝!とするよりも、もう既におわコンとなって面白くもない芸人でも、ネームバリューさえあれば、ニュース記事を作りやすい。
それが宣伝にもなり、ニコニコ動画の認知度を上げるのが簡単になる。
いくつかの芸人は、噛み噛みだったり、オチが無かったりと散々だった。
予選なんてやってないんだろう。適当な芸人を連れてきて、練習もせずにやっていたのが見え見えだった。
(だって、優勝する人決まってるんだもの。やる気なんて出ないよね。。しかし、芸人魂はどこへ行った!)
ニコ生のアンケートの仕組みは解るが、時間が進むに連れて人が減るし、なにより審査員という人のポイントも公開しないとか、デキレースそのものだろう?
司会の松尾貴史は、あのコメント数の多さにもかかわらず、かなり適当(適して当たってる)なコメント紹介をしていて、ニコニコ動画が初めてとは思えないほど手馴れた感があったが、一つ???となる発言があった。
一部の芸人が、地上波ではできない事をしようとしたのか、下ネタがあったのだが、結果はNGの方が多く、コメントでも「ダメダー」、「笑えない下ネタだな」と散々だった。
その後に、松尾貴史が「こんなにも下ネタが拒絶されるとは思いませんでしたね。ネットも高尚な感じになって来たんですかね」と言った内容のことを言っていた。
まるで、解っていない。テレビを見てる人も、ネットを見てる人も、同じ日本人なのだ。
これまで規制に守られて、ぬくぬくとやってきた為、ある程度の内容で視聴者は満足をしていたのだ。
その曖昧な満足しか芸人には届かない為、芸人さんも満足をしていただけだ。
そこへ、規制無しに何をやってもいいよという状況になり、いざやってみると何も出来なくなっていた。ただそれだけの事だ。
それをネットの人のせいだ。と言わせてしまった事にニコニコ動画の終わりがある。
なぜか?
昭和のテレビの全盛期、テレビ局の中の人は、自ら知恵を絞り、各局凌ぎを削る状態にあった。
60分と言う枠の中で、起承転結があり、視聴者が求める物=あー面白かったと言う満足感 を与える為にはどうすれば良いかを考え抜かれていた。
それが、いつの間にか字幕芸(笑う所はここですよーと教えてくれるアレ)やら、CMまたぎで引き伸ばしたりと言った小手先の技を使い出し、そして、今や情報番組風の商品宣伝しか作れなくなってしまった。
それは、なぜか?
番組は全て製作会社へ丸投げ、自らはただ放送するだけで、創意工夫をしなくなってしまったからだ。
そして、広告を入れることにより、その広告主に対する、批判や意見は言えなくなるという足枷を背負ってしまった。
(広告自体は、面白かった。皆でワーワー言いながら、見るのは悪くは無い物だった)
つまり、ニコニコ動画も、ネット中継をするサーバを持つだけの、ただの箱に成り下がったと言う事だ。
今は、その箱に中の人の魂が詰まっているかもしれないが、それはいずれ陳腐化する。
そうなった時、新たな魂を入れるノウハウは手元に無く、その結果は既存地上波と同じ道しか残されていない。
http://natalie.mu/owarai/news/40546
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日曜に、丸々2時間も見てるとか、どんだけ暇やねん。
大学名で失笑って・・・どんだけ、村社会なのか、看板重視な会社だよ・・・いや、いっぱいあるだろうけどwww。くだらねぇなぁ人として。
理系と言うより、IT系だけど、
ごめん 大学出て社会人長いと、経歴の会社名は聞くけど、大学名まで聞かないんだよね。東大早慶以外は忘れてるわー、ぐらいな勢い。
かろうじてMARCHは覚えてるけど、MARCHの1つづをいえと言われても、言えないぐらい。大学名とはほど遠い。
言われりゃ思い出せるけどね。
そんなんでも、東大早慶ぐらいは覚えてるし、前者は有名で、後者は2大学はOBに経営者とか多いから、意外と大学名で、へぇ、その大学出身ですか?というのは聞く。
とかまぁ、そんな感じ。
東工大入れたければ、入れれば良いんじゃない。その程度は誤差だろ。
いやだから理系なら東工大と旧帝大の方が早慶よりネームバリューあるって話だよ。
文系の人か?理系はそもそも私立な時点で若干失笑を買う雰囲気あるよ。旧帝未満の国立も(一部例外を除いて)失笑されるけど…。
東大・早慶 は公立・私立のネームバリューの問題。ネームバリューのあるところへ行くか、実技に特化するかという話。
次点とかあまり考えてない。次点とか次次点とか、狙っていったらきりがないという事。そのうちMARCHまでならOKとかそういう議論になりかねない。だが、そういうことではない。
東工大を狙うなら、次点だから、という理由はなく、受けたい授業があるから。師事したい教授がいるからという項目で選ぶべき。なら、東工大に限らない。
http://anond.hatelabo.jp/20100924150333
そもそも論として、大学は教授ありきで 大学間の序列ではないと気がつくのが社会人になってからというのがアレ。受験・塾業界の偏差値マジックだわな。
気に入らなきゃ買わなきゃいいだけの話なのにねえ
何故企業は自分に合わせた商品開発する義務があると思ってんだろ。それモンスターカスタマーの発想じゃん
伊藤之雄先生も昨年本を出してるけど、こっちは不勉強でまだ読んでない。
瀧川先生は伊藤をよく弁護してるよ。「ヤヌスの顔」、硬軟両面があったって。
議会も設置して、自治をうながそうとしてたんじゃないかって。
でもさあ、あなたのような事実の認定は、してないな。
伊藤が二年で併合策に与した、という箇所は、この通り。
伊藤が翻意して併合を認めたのは、一九〇九年四月である。この年の三月三十日、
小村寿太郎外相は桂首相に「対韓大方針」および「対韓施設大綱」を提出した。
それは「適当の時機に於て韓国の併合を断行すること」を掲げ、韓国併合の閣議決定を迫ったものだった。
桂としては異存はないが、懸案は伊藤の意向だった。桂と小村は、
伊藤が併合に反対であることを熟知していたのである。
二人は伊藤に併合の直談判を行うことに決し、四月一〇日、相当の覚悟をもって上京中の
あなたは、最新の研究でも支持されている、伊藤が暗殺前に韓国併合に同意していたという物の見方を、
「『そういう説もある』程度の話」と一蹴するけれど、
では別の見解をいう研究者や論文は、具体的にどんなものがあるのだろうか?
ぜひ見てみたいから、教えて欲しい。見てみないとわからない。
伊藤・桂・小村の会談の事実は、伝えられているものと違うだろうか?
あるいは、伊藤が表向き続けていたかもしれない併合への慎重な態度の方こそ、
本心だったといいたいのだろうか?
そりゃあね、ここからの判断は、史料を読む側が決めることかもしれないよ。
だけど、総理大臣と外務大臣の訪問を受け、同意をあたえたというのは、よほど重い決断じゃないの?
俺だったらそっちを取るよ。
伊藤があくまで併合反対に固執するなら、閣議決定につながる言質をあたえるようなことは、するわけないんじゃん?
あとさ、高宗を退位させたのも伊藤でしょ?
いくら併合に慎重な姿勢をとってたからって、植民地経営の矢面にたって色々せざるをえなかったんだから、
恨まれて当然じゃない?
仮に、山県なり桂の方が併合推進派だった、と安重根が知ってたとしても、やはり伊藤を狙ったんじゃないか。
mizki関連の情報のまとめ。
■なにそれ?
→YAMAHA(クリプトンではない)が作った権利的には一番本家のボーカロイド。
■どんな絵なの?
→無い。好きに作れってことらしい。
■声はだれが担当?
→非公開。あまり先入観を持たせたくないってことらしい。
■歌声は?
→こんなん【http://www.youtube.com/watch?v=5iMAX6UpLYQ】
■いつ発売?
■価格は?
VY1を使った楽曲を収録したアルバム、特製Tシャツ、タオルなどを同梱した化粧箱入り「DXパッケージ」が1万4800円
■VY1てどういう意味?
→なんかバイクとか楽器とか関係なく、YAMAHAが本気の時にしか付けないコードだった気がする。
■1ってことは2も出るの?
→インタビューでは出したいらしい。
詳しくは公式
http://www.vocaloid.com/VY1.html
■権利関係の話
従来のボーカロイドはご存知の通り、クリプトンが開発したDTMプログラムな訳だけど
初音ミクを初めとしたボーカロイドシリーズでなにが特殊かというと、
そのキャラクター単体に対する権利がどこにあるかって話になる。
ボーカロイドを使って楽曲を発表、販売することに対してはクリプトンもそんな躍起になってないのだけど、
ミクという名前を使って金を稼ぐことに対しては結構強気に出たりする。
厳密な話をするとマージンを取られる。
形としては京アニに「ハルヒ使わせてください」っていうのと大して変わらない。
ブラックロックシューターで名をあげたhukeは、
「BRSはミクじゃない」って明言することでそのマージン請求を逃れた。
それがアリかナシかはわからないが、権利上は「アリ」になった。
現状このやり方が、ニコニコのボーカロイドコミュニティを活用して、
最もマージン的にロスの少ない形と相成ったわけで
ボカロで有名なPたちを使って上手いこと儲けたい企業側にとって足枷となる。
『ミクというビジュアル、ネームバリューは活用したいが、そのマージンは取られたくない』
そのタイミングでMIZKI。
>このボーカロイドには決まったキャラクターや設定はありません。顔も無ければ、性別すらありません。
ブラックロックシューターみたいなのを後押しするタイプのボーカロイドとも取れる。
>VY1はあくまで、ボーカロイドという新しい楽器であり存在です。
まあそりゃそうだと思う反面
とりあえず初回特典のCDのHP(http://vocaloidsp-cd.com/index.html)を見た限り
YAMAHA的にはこういう風に使って欲しいんだろうってのが伺える。
このBRS流のやり方がユーザーに受け入れられるかどうか、という点はおそらく問題ない。
現状、ボーカロイドのブランドを保っているのは、ユーザー側の技術と労力に他ならない訳で
正式中の正式である今回のmizkiはニコニコのボーカロイドタグから弾かれることも無いだろうし、
逆にそこから出れない以上、一定数のMIZUIが確実にユーザーの目に入る。
クオリティの高い作品もそれなりに生まれるだろうし、多分かなり早い段階で馴染む。
独自の世界観で曲を作りたいっていう、もう既にボカロでオリジナル絵を使って楽曲を作ってる、
ミクに執着しない層には好意的に受け入れられるだろう。
ミク並にビジュアルインパクトの有る作品が有名になれば、それこそBRSコース。
フィギィア化、アニメ化もない話じゃないだろう。
少なくともミクを使い続けるよりかは。
もしVY1が想像以上に起動に乗った場合、一番得をするのが絵描き側だ。
ニコニコユーザーは金の絡まないアマチュアを好むので、知名度のあるプロ絵描きは起用されないにしても
ビジュアルインパクトのある絵を出せるイラストレーターは重宝される。
ボカロ界隈に蔓延る「一応ミクを使ってみた」っていう売名感からも開放されて
と、試しにVY1を持ち上げてみたけど、多分ミク主流の現状は変わらないだろうな。
VY1がコケて埋没しないことを祈る。