はてなキーワード: ケツバットとは
ケツバットはイジメ助長とか言い始めてる頭のおかしいバカ共とかさ、なんでそうやってバラエティ潰ししかできないわけ?
子供の教育をまともに出来ない糞親に限ってこんなことばかりやってるでしょ。
そんなに自分の躾に自信がないのかよって話。
親としての責任が果たせないから、そういういちゃもんつけて責任転嫁しようとしてんでしょ?
真似したらあれのせいこれのせいってね。
自分らが躾ければいいじゃん?「あれは番組の中だけの罰ゲームなんだよ」ってさ。
PTAとかほんと子供のこと考えてる云々言うけど、いざという時にヒス起こしてるだけで普段は何も役に立ってないじゃん。
毎年毎年他人に係押し付けようとしてるだけだし、電話連絡繋がらないときの為に別に連絡手段作っておけばいいのに、そういうことはやらんくせにクレーム言うときばかり声がでかいの。
子供のときにテレビでお笑いやってたろうに、それ見て爆笑してたろうに、自分が親になったら何それ躾知らない、教育ができてないのは教師のせいとか言い始めちゃってさ。
東京ニュース通信社の週刊テレビ情報誌『TVガイド』では「週刊スマスマ新聞」というコーナーがあり、1996年の「SMAP×SMAP」放送開始直後から記者が収録現場を取材しメンバーやスタッフにインタビューして記事を掲載している。
2016年1月18日以降放送の「SMAP×SMAP」の中から、特にTV未公開の収録現場でのSMAPの様子やメンバー同士の会話を中心に「週刊スマスマ新聞」の記事を引用しまとめてみた。
なお「SMAP×SMAP」の基本的な放送内容はgooテレビ番組から引用させて頂いた。
スマラブ
草彅剛 限界クイズ
BISTRO SMAP
水前寺清子とくまモンとSMAPが「三百六十五歩のマーチ」を披露した。
- くまモンとのライブでは、周りにぐるっと地元の小学生たちが塗ったぬり絵が貼り巡らされていました。リハーサル前、それを1つ1つじーっと眺めていた中居くん。ほかのメンバーも、それぞれ合間にぬり絵に見入っており…。メンバーがそれぞれに思いを受け止めているような様子がうかがえました。
草彅剛 限界クイズ
スマラブ
BISTRO SMAP
BISTRO SMAP
本日はドラマ吉良奈津子に出演している皆さんが登場。オーダーはみんなで楽しくシェアできる料理。
- 松嶋菜々子さんらにうなぎ鍋を配膳している時のこと。配膳しながら説明する稲垣&草彅ぺアに「2人がいっぺんにしゃべっちゃってるから(笑)」とツッコむ中居くん。すると「じゃあ中居くんやって(笑)」と稲垣くんちょっとした意趣返し。中居くんは「ムリムリ!」と途端に縮こまってしまいました。
- 和食が好きな黒猫こと中居くんは稲垣&草彅ペアのうなぎの鍋にテンション上がりっぱなし。三つ葉や卵を足す作業を手伝いながら「これ卵なしのうなぎも食べたかったよ~。ねぇ?」とお客様を代弁するかのように言いますが、稲垣くんにあっさり「それ中居くんの希望でしょ(笑)」とかわされていました。
不機嫌なゴロー
BISTRO SMAP
月9「好きな人がいること」の桐谷美玲と山崎賢人、三浦翔平、野村周平がゲストで登場。オーダーは肉料理とスイーツ。
- バラエティーでうまくしゃべれないという山﨑賢人さん。「間違えたこと言ったらどうしようと思って」とのことですが、中居くんは「いいんだよそんなの、間違いだらけなんだからー!」と叫び「ヘンな人だと思ったでしょ(笑)」とニヤリ。中居くん流のやり方で山﨑さんの緊張をほぐしていました。
- 桐谷美玲クイズの「恋人の買い物に付き合えるか?」という問題で「雰囲気は作るけど本当は早くフラペチーノが飲みたい(笑)」と香取くんは解答。桐谷さんが「喜んで付き合う」と答えた後も「ウソだぁフラペチーノ飲みたいはず」といじりまくり…。「確かに飲みたいですけど(笑)」と桐谷さんも折れていました。
- 桐谷美玲クイズの「初デートは山登り?海水浴?」で「山登り」を選んだ香取くん。「海は毎日ロケで行ってるだろうから...」と理由を話し始める香取くんに、横から中居くんが「お前昨日『おじゃMAP!!』で江ノ島行ってたな?見たわ、俺」と。急に自分の話をされ少し恥ずかしそうな香取くんでした。
- 「ハラミおいしい~」と舌鼓を打つ桐谷さんらに「ハラミってホルモンだって知ってました? 横隔膜なんですよ」と木村くん。ゲスト陣は誰も知らなかったようで「えっ、そうなんですか?」とビックリ。「これ別に試験には出ないんで大丈夫です(笑)」と笑顔で答える先生のような木村くんでした。
- 桐谷美玲さんら来店のビストロでカツサンドとカレーを出した草彅&香取ぺア。皆が一品目のカツサンドを食べている中、草彅くんはどんどんカレーの説明を始め...。中居くんは「ちょっと待って。まだカツサンドの余韻に浸らせて(笑)」とゲストの気持ちを代弁し草彅くんを照れ笑いさせていました。
BISTRO SMAP
- 片岡愛之助さんクイズで「楽屋に入って最初にすることは?」という質問が。「瞑想」と答えた稲垣くんに「楽屋行って瞑想してたら怖いだろ(笑)」と木村くん。結局「稲垣さんしてそう」という中居くんのヒントから「アロマキャンドル」と稲垣くんが答え「お香を焚く」と本村くんが正解しました。
- うなぎカレーという一風変わった料理を出した稲垣&香取ペア。「インドと日本のコラボです」と自信ありげな稲垣くんですが、中居くんは「おいしいものとおいしいもの掛けて2倍になるわけじゃないんだよ(笑)」とツッコミまくり。それでも「おいしいはず」と言い張るめげない稲垣くんでした。
- 「ビストロの料理は家ではできない」と思い込んでいる(!?)中居くん。愛之助さん来店時のローストチキンカレーも「これはできないでしょー」と言い出し木村くん「再現できます」。「でもこのチキンは…」「オープンあればできます」とまるで通販番組のようなやり取りを繰り武げる2TOPでした。
BISTRO SMAP
BISTRO SMAP
今夜のお客様は2016年にブレイクした横澤夏子、トレンディエンジェル、メイプル超合金、平野ノラ。オーダーは「この秋 みんなで一緒に食べたい料理」。
BISTRO SMAP
昨日飲みに行った先で常連さんらと話してたら、なんか音速でケツバットする話になって、
迫ってくるバットに対して同じ速さでケツを突き出して迎えに行けばダメージがゼロになるって主張してる人がいたけど、違うよな……?
ケツというか腰をインパクトの瞬間に同じ速さで前に逃がすってんならわかるんだけど、ケツとバットが向かい合う方向でお互い加速するって話だった。
いやいやいやいやウソだろー、ウソだウソだ。大参事しか見えないわ。ケツから見たバットの相対速度増えちゃってんじゃん。
「大科学実験(テレビ)で100km/hで走ってる車から後方に100km/hでボールを打ち出したらその場でポトンと落ちた」っていうのを根拠として言ってたけど、
その番組は俺も見たけどさ、それとケツバットインパクトは多分ボールの発射装置と車の位置関係が違うよな?っていう。
あと「同じ理由でイチローは打つとき頭を球と同じ速度で前にスライドさせてるから飛んでくるボールが止まって見えてる」って言ってたけど、
それも全然知らないけどなんか違う話っぽいなー、えー、えー、だっておかしくない?
一応「それおかしくね?」とは軽く言ってみたけど店の人まで含めてまさかの5対1で不利だったし、
あんまり長々と説明を試みるのも話の腰を折って申し訳ないかなと思って黙ってカウンター端で酒飲んでたけど、やっぱ変だよ!変だよ!!
私がこれから書くことはある県の私立高校であった男子寮内での体罰の実情です。2008年の話なので一昔です。
最初に言いますが私はこの現場から逃げました。自分に矛先が向く前に逃げました(転校しました)。
凄まじい暴力にあった友人を見捨てました。本当に申し訳なかったし、クリスチャンに足を一歩踏み入れた今、あの時公に告発しなかった事にとても後悔しています。
あの時、知識があれば共産党の市議会議員団とか革新系政党の議員にでも封書を送っておけば取り上げてくれたと思います。ですがあの時の私は若く脊髄反射右翼でしたので真っ向から敵視していました。こういうひずみを正す活動に定評があることを知りませんでした。
すこし長くなりますし、文才もありません。ですが、速読でもいいので軽く読み通していただければ幸いです。すべて事実です。わかる人にはわかるようになっています。
日付は日記をつけていなかったのでありませんが単純な時系列で書いています。
私が入った高校は今時珍しく少々昭和の雰囲気の残る学校で、学校の教師も元自衛官が多く、校則も結構硬めでした。まあ人生の先輩諸氏が言う”ゆとり”を正すのには最適です。
私は2008年にその県からはるか南にある県から入学してきました。
入学の理由は頭が悪いのと、手に食をつけるような勉強がしたかったから。その学校は進学系学科もあれば専門系何でもござれの総合的な高校でした。
又、その学校の寮は新築ということもあり、私のような馬鹿の夢をふくらませるのには十分でした。
入学前のオリエンテーリングの日、すさまじい遠隔地に住んでいたので飛行機でその県へ飛び、電車などを乗り継いで学校へ向かいました。
内容は他愛もなく、入学前に学習しておく課題を渡されたのと、入学生の心得の説明を受けた程度で、その後寮で入寮希望者に対しての説明を受ける予定でしたが、日帰りということもあり、飛行機の都合で受けることができませんでした。
この時の説明を寮の友人にあとから聞いたのですが、とても威圧的だったようです。
4月。入学&入寮日。よそよそしく先輩方が寮内の説明をしてくれました。ですがなんとも言えない雰囲気がありました。よそよそしすぎたのです。
入学式の際たまたま話す機会のあった寮生の2年生の先輩に話を聞くと、「お前には言っておくけど、明日”挨拶の訓練”がある。一応気をつけろ。」とだけ言われました。
なんか妙な感じだったので少し掘り下げましたが、「今からでも先輩にはきちんと挨拶しとけば大丈夫だから。」とだけ言われただけで詳しくは話そうとしませんでした。
私は基本臆病なので言いようのない不安感につつまれつつ夜を明かしました。
翌日。授業が終わったあと寮で本を読んでいると、寮内放送で寮生の代表である3年生の寮長から「新入生は今すぐ集まるように。」と招集がかかり、新入生は急いで集会フロアに集まりました。100人は体育座りできるくらいの広い部屋です。
そこに行ってみるとびっくり。部屋が暗くなっています。
中に入ると先輩方が無言で座って威圧感があり皆戸惑いながら座りました。
長くなるので先輩方の発言は取り上げませんが、そこで行われたのは訓練が行われる前まで先輩に挨拶をしなかった奴の吊し上げでした。
吊し上げの内容を要約すると、「お前、神経図太いな。何様だ!」という感じです。先輩からの平手打ちと本気の蹴り、背中を踏みつけるなどの暴力が飛びかっていました、
寮の総責任者である、元自衛官の寮監(舎監)も黙認しじっと見ているだけでした。私は国家主義者なので国家の防人たる自衛官を貶したくはありませんが、元自衛官というのはこんな人間なんだと感じました。人間性を疑いました。
この時はこれだけでも随分とショックだったのですが後々ショッキングなことがどんどん続きます。
ただし、全てについて書くと冗長になるので私が逃げるまで複数回あった中の代表的な”ミーティング”という名の吊し上げパーティーを取り上げたいと思います。
7月。”ミーティング”が開かれました。内容は「消灯時間後にふらついた奴を罰する」という内容でした。もちろん全寮生強制参加です。
寮長が「正直に前に出てこい。俺は目星がついている。」といった具合で炙り出す方法で、全員が正座をさせられていました。
つまるところ寮長の把握している奴が出てくるまでは、全員正座のままだぞという心理的な作戦もあるわけです。
そんな状況を把握できるような人はすぐに前にでてきましたが、殴られるやもしれない場所に行かなければならない恐怖から言い出せない人もいました。Y君です。
Y君は前に出ずに、先輩にひきずり出されました。私も出歩いていたのですが正直に前に出たのでひたすらあやまって許してもらえましたが、Y君は地獄へ突き落とされます。
Y君は前科があり、何度も寮の規則に違反することがありました。おとなしいのですが、ルールを守るのが下手だったのです。具体的に言うと掃除を真面目にやらないなどです。
Y君が前にひきずり出されるまで2時間近く正座させられていました。同級生たちも同情より恨みが勝ってしまったのです。彼を皆で罰するべきだという空気が出てきました。
そして寮長が言った一言で私は凍りつきました。「おまえは本気叩かれないとわからない」。
場所を移し寮の集会フロアの隣にある講義室に集まるよう言われ、机をどかし、フラットになった部屋の床の上に正座させられました。そこで行われたのはリンチと行ってもいい凄惨なケツバットでした。
寮長が「おまえらは正座をやめていい。こいつはずっと嘘をついてお前らに苦痛を与え続けた。だれかこいつを叩きたい奴はいるか。」と言い、まずは2年や3年の先輩の一部がY君の尻を棒で思い切り叩きました。
さすがに1年生は加わらずに静観すると思っていたのですが、計算違いで、実際には「おまえのせいだ!ふざけんな!」や「おまえ気持ち悪いんだよ!」とか罵声を浴びせしまいには名乗りでて殴り始めました。少なくとも20発以上は殴られていました。
私はその時頭の中で当時読んでいた歴史として日本の共産主義運動を振り返る本(失念しました。)の内容を思い出し、その中の山岳ベース事件の”総括”を思い出しました。まさに同じような空間が目の前にできてしまったのです。
ですが私は止めませんでした、殴られる友人を目の前にして、ただ体育座りをして静観していました。自分もああ言う立場になりたくありませんでしたから。
このあとY君は保護者に寮の現状を言い、学校側にも寮内で学生同士による体罰が行われているという話が行きました。ですが結局Y君は退寮し、遠くから通学することになり、寮監は詫びの印的に解雇され、新しい寮監が招聘され着任しました。
ですが、そもそも校長が体罰をしりつつ黙認していることもあり、寮監が変わった所で”ミーティング”は続くことになります。
その中で私は寮内での発言力が強くなりました。理由は寮長や先輩と懇意になったからです。懇意になった理由は私の持っている技術的な知識を使って上級生の困りごとを解消したからです。
私は書記に任命され、寮の会議に出席することができるようになりました。それからというものミーティングの開催日時を事前に知る立場となったため、一部の寮生には議事を漏らして品行方正にするよう警告を出すようにしていました。
ですが私はその中でも恐怖でいっぱいでした。権力につくと権力の論理に取り込まれてしまうのではないかという恐怖が襲ってきたのです。
「いつかは自分が人に危害を加えないといけない立場になるかもしれない。」綺麗事を言っているのではありません。人に恨まれるのが怖い臆病な性格から出た考え方です。
私は母に電話をし、寮の現状を学校に言うように働きかけました。
寮内では「誰かがチクった」と話題になりましたが、私は知らぬ顔で生活していました。
ある日カウンセラーの教師から「話がある。」と呼ばれ、カウンセリング室で話をしました。
母から話を聞いたとのことで、寮のことについての話でした。そのカウンセリング教師が言ったことは「君は疑われるようなことをやっていないんだろ。」「それじゃあそれでいいじゃないか。」でした。
本質がまるでわかっていない発言に私は唖然としました。また、同日校長にも呼ばれましたが、「君はしっかり勉強をがんばって!」「国家資格を取れば奨学金ももらえるし、君が好きな本も買える。努力しなさい。」と全然寮の内部については触れない不毛な話し合いになりました。
私は入学して9ヶ月後の12月、寮外の友人はおろか寮内で自分と考えを分かち合った仲間とさえまともな挨拶をかわさずに、生まれた地元の進学校へ夜逃げのようにして転校しました。
転校に関しては学校同士のコンセンサスが必要なようで、出ようとした高校が私の転学に関する事務処理の段取りを無視した行動に激怒したようですが、逃げ出すために何ふり構っていられませんでした。
進学校に行けたのは、逃げ出したい思いで勉強したのと、地元の友人を通して転校先の教頭と話し合いができたおかげでした。
転校してからというもの、良い友人と理知的で議論が出来、しっかりとした社会観念を持つ教師陣に恵まれ2011年に私は普通科を卒業しました。
余談ですが、卒業した高校で友人同士の議論や教師との対話を行い、知識で武装するという考え方を手に入れることも出来ました。そして、私の持っていた思想が感情に基づくものであったことも議論や対話の中で批判され、恥ずかしながら理論武装・自己思想の体系化をするという事を恩師から学びました。これは今でも続いています。
私は2つの学校で経験した対比的な環境が今の私の生き方の礎になりました。
昨今話題になっている”教師から生徒への暴行”ですが”生徒から生徒への暴行”を組織ぐるみで学校の教師や責任者が見てみぬふりをする現状を知っていただきたくて書きました。
読んでいただいた皆様の中に何か感じるものがあれば幸いです。
かっこいいのうサラリーマン。語ってくれるのうサラリーマン。あこがれるぜサラリーマン。学生『クン』って表現が上から目線で釣られちゃうぜサラリーマン。
どれだけ「もっと話を聞きたい」という気にさせるかが勝負なの。それなのに「こいつの話はこれ以上聞きたくない」と思わせるのはもったいないとしか言いようがない。
の一行で言いたいことはすむよね。
そのことを相手に指摘してやったかい? ここで「最近の学生はなってねえ!」と言ってるだけかい? 相手は学生だぜ? 当たり前のことを当たり前と思えない生き物だぜ? ケツバットくれてやるのも訪問される側の仕事のうちよ。それで優秀な学生が釣れるならお前がわざわざ時間を割いてやった価値があろうというものじゃあないか。ああ、お前の時間じゃなくて「お前の時間に対して会社が払ってる給料分の価値」な。