はてなキーワード: メインコンテンツとは
http://www.earthinus.com/2011/09/half-fasting.html
昨日のホッテントリしたダイエット記事みて、上手な人はこう書くのだな、と素直に感心した。
(感心した、なんて書くと上から目線かもしれないけど、思わず「ほー」って言ってしまったのでw)
私は前にこういう記事を書いた。
http://anond.hatelabo.jp/20110907194432
やったことも言いたいこともそんなに変わらない。15kgくらいやせたし結果もそう劣ってはいない。
でも、上の記事を書いた後だと読み手を引きつける力がない下手くそな記事だったな、と思う。
そこで、昨日たまたま読んだコピーライティングの記事を下にして、上の記事を分析してみた。
すると、この記事が「とある型」に忠実であることがわかったので皆さんと共有したい。
この「型」では5段階に分けて読者を説得していく仕組みになっている。
1~5の頭文字を取ってQUESTフォーミュラーと言う。
コピーライティングの世界では有名らしいので、参考にされたし。
0:TITLE(記事の柱)
よく記事はタイトルで9割が決まるというけれど、いきなり効果的なタイトルを考えるのは難しい。
できればタイトルがすんなり決まってからを常に書きたいものだが、
1~3くらいまで考えてから書き始めるのも良いだろう。
1:QUALIFY(何を言うかの前に誰が言うかが大事)
ハックルさんタイプの人は、実績がなくても着想を得た段階でドンドン発言・行動していく。
「チャンネルはそのまま!」によると、こういう「バカ」の部分を担当する人がいて、
それに対するお守り役が機能すれば、大化けすることもある・・・らしい?この記事には関係無いのでこれ以上は語りません)
2:UNDERSTAND(「出来る人」ほどまめさが命)
この際、体重「のみ」でなく、むしろ健康を重視しているように語るのがポイント。
効果が大きい物ほど、無理な作業や副作用される。前もって潰しておく。
また、すでに体重面の心配がない人でも健康と言われると興味をひかれる内容に。
※タイトル及び1と2が導入部分。
はてなではよくあることだが、1と2で相手をひきつける前に問題分析を始めたりしないように。
(メルマガや常時ホッテントリしている人であれば、新しい話題にならないときは不要、
ホッテントリ常連でも、新しい話題の時には1と2をしっかり意識するように)
できるだけ短く、かつ効果が出るような切り口を考えること。この切り口のセンスがその記事の読者数のポテンシャルになる。
(詳しくは山田真哉「目の付け所」や「秋元康氏の仕事学」を参照のこと。)
相手が自分のいうことに聞く耳を傾ける段階になったら、「教育」を行う。
教育といっても営業のプレゼンのようにシンプルに行うことが必要。
つまり「何が問題で」「何が必要か」をストレートに語る。余計なことは語らない。
※1~2で導入、3で方向づけ。これで記事の性格が完全に決まる。
「読まれるかどうか」はここまでで決まるといって良いほど重要。
それでも、本文は次からになるので、原則としてはここまでで全体の文量の2割を超えないようにすること。
4:STIMULATE(メインコンテンツ)
商品説明が終わったら、商品のアピールタイム。
説明とアピールは全く別と考える。説明が2:アピールが8くらいの感覚でアピールを頑張ろう。
自分の「商品」やサービスはどれだけ素晴らしいものなのかをアピールする。
記事は「自分の考えという商品」「自分の知識というサービス」を売るものだと考える。
このあたりは http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110921/1316544441 がすごく参考になる。
ここで使う読者を引きつけるテクニックは既にみなさんご存知の「影響力の武器」の6つが基本。
他にもセールスレターだのコピーライティングの書き方を読めばいくらでも方法が載ってますので割愛。
個人的には「GDTの法則」がオススメ。いかにお金や時間が節約できるか、いかに楽にそれができるのかをアピールする。
GDTの法則からは「Effort」「Comfort」「Controversy」がアピールされている。詳しくはググれ。
締めの言葉で、相手にも行動を促す。
1~4での引きつけが足りなかったり、やり過ぎると鬱陶しがられて全て台無しになるのでほどほどに。
この部分は http://blog.goo.ne.jp/sarasaatenoban/e/921ebd8ab6a24c602ed5cc66307f2f13 が参考になる。
GREEのゲームは、ゲームそのものがセールスレターです。しかも、EDUCATEがないセールスレター。
GREEなどのすごいところは「本来はうざいはずのTRANSITION」をうまく快感に変えるために
あの手この手を尽くしてユーザーをSTIMULATEしていること。
STIMULATEとTRANSITIONだけで成り立つマーケティングコミュニケーション。なんて効率的なことでしょう。
人間とは悲しいもので、みんなに認めらたりほめられたりするためならなんの得にもならないリスク∞の行為ですら平気でやってしまう。
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52495264.html
コミュニケーションを効率よく金に変えてしまう宗教法人も真っ青な手口は、いずれどこかで規制されたりするんでしょうか?
「なぜ私はわざわざ類似記事がある中、この記事を書こうと思ったのか」と考えると書きやすい。
実際に、ダイエットを通じて「発見したこと」があるから記事を書きたいのだろう。
この記事では、実際は1年かけて痩せたのに、「○○の感覚」というものに着目している。
これによって独自性をもたせるだけでなく、「30日」とより短期間で具体的なところを目標に設定しているのが上手い。
これが「僕が1年で27kg痩せた方法」だとありきたりになって埋もれてしまう。
・・・で、私もタイトル考えてみたんですが、どうも私は恥ずかしさが表にたって中途半端になってしまう。他にも導入がgdgdだったり、言い訳が多かったりで削るべきところがいっぱいあると思います。一番大事なのは、照れずに胸を張って「これは素晴らしいぞ!」と言い切れるだけ対象に惚れ込むことじゃないでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110915/1316054275
なんだろう。
一見奇想天外な言動は変わらないように見えるけれど、
冒頭から思惑がはっきりと見える記事ばかりで、「予想外」さが減ってしまっている気がする。
「え、そこに噛み付くんだ。なんで!?」という予想外さにあると思うわけだけれど、そう考えるとこの導入はないわー。
ぼくは、エンターテインメントの制作者を本業としているものの、誰かに何かを教えてきたケースは多い。お笑い学校の講師をしているし、『課外授業ようこそ先輩』では小学生相手に小説の読み方を教えた。セミナーで話すケースも多い。
「エンターテインメントの事しか知らないけど、上村愛子に金メダルの撮り方を教えてやる」とか
「エンターテインメントのことしか知らないけど、駄目な企業に経営の何たるかを教えてやる」とかそういう脈略のなさがもっと欲しい。
とにかく自分の持ち味が「目の付け所」のみにあることを自覚しているのなら、もっとサプライズというか不可解な印象をもって引き込んで欲しい。
今回の記事、内田樹の文と並べて、小学生の前に並べて「どっちがプロの文章だと思いますか?」ってアンケート取ったろか。
商品を持たない頃のハックルさんは、全力でプロレスに取り組むエンタメ精神があったと思うが、
自分の商品の宣伝をするという部分が露骨に混じっていて読んでいて醒めてしまう。
こういう点では、dankogai氏とかまなめ氏は見習いたい。
dankogaiの場合、極論すれば書評などひとつも書いてないくらいに自己主張がメインだ。
それだけコンテンツが分厚いというか余裕がある。
というか興味とか人間性に幅があるのだろう。
一方、ハックルさんは、自己肯定と宣伝だけでいっぱいいっぱいだ。
視野が狭ければ、思い違いも多い。この切羽詰まった感は嫌いじゃなかったんだけれど、
やっぱりこの芸風は、いまだ成功してないときにこそ輝くものだなぁ、と思う。
彼の一途さとか毒が薄まってしまっているせいか、最近はイマイチ乗りきれない感じがする。
こちらとしても「じゃあ300万部売ってみろよ」という伝家の宝刀持ち相手にマジになりきれないところがある。
ぶっちゃけエンターテイナーというかはてな芸人としては、もう全盛期のころには戻れないだろう。
どちらかというと、その読みにくい文章を磨いて、
サイトを作ってしばらくの頃は自分の好きな分野でチャットをしたり、創作活動をしたりして、ネットの知り合いや相互リンクさんが幾らかできました。
自分は面倒臭がりやでガンガン更新するタイプではなく創作の才能も無かったので、ウェブサイトはいつも閑古鳥。
自分の好きなタイミングで時にたまに更新して、今では更新は季節ごとに1回あれば良いくらい。
回りの方々との関係も段々と疎遠になって、それでも、閉鎖はしないで続けていました。
普通の管理人さんならイラストとか文章とかソフトウェアとか、そういったものをメインコンテンツに据えているのでしょうけれども、自分がサイトで大事にしているコンテンツはリンク集です。
今年ももうすぐ終わりということで、久々にリンク集の生理整頓をしています。
それでも404になっていると妙に悲しくなってしまいます。
逆に相互リンクが残っていると、義理であったとしても嬉しいものです。
創作活動が花開いてプロになり、自分の手なんて届かないところにいる管理人さん。
BBSや拍手にコメントはしなくなりましたが、尊敬しています。
素材のリクエストが五月蝿過ぎて耐えられなくなって閉鎖した管理人さん。
全く別の名前で活動していらっしゃるという風の噂を聞きました。
今度はのびのびと活動できていると良いですね。
生活環境が変化して、忙しくなったんですね。
いつかひょっこり帰っていらっしゃるんじゃないかと思って今でも時々覗いています。
いつの間に404になった管理人さん。
別の分野で活動をしていらっしゃるのでしょうか。
それともサイト管理者からは手を引いて閲覧者になったか、はたまたネットからすら姿を消したのでしょうか。
元気で過ごしていらっしゃるでしょうか。
それを全く知る術がないのが残念です。
コメント欄閉鎖、トラックバック禁止、メールアドレス非公開、完全一方通行でどうですか。
反響がないのはさびしいかもしれませんけど、そこは自分の作品に対する愛でカバー(どのみち最初のうちは反応もないでしょうし)。
つまりコミュニケーションとしてそれをするのではなく、一方通行のメディアとして自分を規定し、それに従って、どのような表現をするかを決めるのです(メインコンテンツともに投稿するコメント〔属性情報であるとか、あなたの思考〕の内容に関しては、慎重にしておくという判断が正しいと思います)。どのみち見てくれる人に影響を与えることにはなるでしょうが、ネットでのコミュニケーションは即応性や敷居の低さがマイナス面に働きがちですから。
TOP30の話題が出たので「個人ニュースサイト界隈で最も「情報元」になっているサイトTop30」に上がっているサイトの印象を全部言ってみるか。
これやると、私がいかにニュースサイトを見ていないかがバレてしまうのだが…
wikiによると
ということらしいが、
関係ないぜーとか思ってた。
(だから「あわせて読みたい」とか
まあパーツのデザインとかも悪いんだろうが…)
なぜかって?
メインコンテンツである「絵」で勝負するわけだから、
介在させる余地がない。
結果として絵描き側の取り組みもテキスト系より手薄になってるんじゃないか。
少なくとも俺はそう感じる。
それはそれでちょっとどうかと思う。)
じゃあ代わりになにか無いかって話を知人ととしていたら、
というあほな素敵な提案があった。なんだそれ?
まあ、つまりこういうことらしい。
名づけるならば
「JSO=(Junkai Site Optimization)」なんだと。
その手法は次の3点だ。
今ならば「東方」が適切な例だろうよ。
あ?設定を知らないor設定が複雑で踏み込めない?
お前は明日からでもこのジャンルで描いていけるさ。
見て、売れてる絵柄を一生懸命マネしてみろ。
ただ、丸トレスは叩かれるからやめておこうな。
恥ずかしがっては駄目だ。
するようになるハズだ。多分。
少ない労力で楽しめるので、私は2ch系ブログを見るのが大好きだ。だが、ひとつだけ激しくイラっと来る点がある。ヘッドラインコンテンツの扱いだ。
ブログ形式Webページ(2ペインだか3ペイン型)の、ヘッドラインコンテンツの扱いは、大まかに分けて3つのパターンに分けられると思う。
Webページは通常縦長構成が基本なので、ページを開くと大抵の閲覧者はマウスホイールを回すだろう。くるくる。最新のエントリーが読める位置まで回すはずだ。くるくるくる。さて、このとき上に挙げたヘッドラインのうち(3)のパターンに「イラっと」来た人も多いと思う。うん、ほんと邪魔だしねアレ。
しかし、2ch系ブログのヘッドラインは(3)のウザさの更に斜め上を行く仕様。なんと、スクロールバーが付いている。
↓
↓
これは何の嫌がらせか? 操作に対して意図しないレスポンスを返されるとは…。ユーザビリティをないがしろにしてると言わざるを得ない。私からは改善案としては以下の3つを提案する。
[名前]
sirouto2
[本拠地]
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/
[概要]
サイト内の至る所にべたべたとアフィが貼られている。
ネット上で事件が起こると即座にまとめサイトを作り
読者を囲い込もうとするが、メインコンテンツである
"萌え理論日記"がつまらないのでまとめサイトとしてのみ利用されている。
過去には読者に"はてなポイント"を配ったりするなど、
ブログの内容以外の点で必死さが伝わってくるが、
何が彼をそこまで駆り立てているのかは謎である。
"萌理賞"なる読者投稿企画を催しているが、
ほとんど誰も投稿しておらず、完全な失敗に終わっている。最近は開催すらしていない。
"萌理賞"への投稿エントリーをまとめて出版を計画するも、頓挫したようである。
またアフィリエイトでの小遣い欲しさにラノベの書評を始めるも、
誰も紹介した本を買ってくれないという理由で止めてしまった。
口癖は「PV○○○数突破!」「ブックマークカウンター○○○数突破!」
お金儲けはしたいけど才能も実力も無い可哀想な人、というのが
ID sirouto2に対するはてなウォッチャーの共通認識である。
そんな事よりはてな市民よ、ちょいと聞いてくれよ。はてなとあんま関係ないけどさ。 このあいだ、ド○モのサイト行ったんです。ド○モのサイト。 そしたらなんかFLASHがいっぱいで見づらいんです。 で、よく見たらなんか☆があって、Do○Mo2.0、とか書いてあるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。お前らな、2.0如きで新しいサイトなんか作ってんじゃねーよ、ボケが。2.0だよ、2.0。 なんか微妙にドラマ系CMだし。CMがメインコンテンツか。おめでてーな。 よーしメニューにキャラクター紹介入れちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。お前らな、ウェブ進化論やるからそのサーバよこせと。2.0ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。2ちゃんねらーに晒されていつ炎上してもおかしくない。晒すか晒されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。大企業は、すっこんでろ。で、やっと内容がわかったと思ったら、DOWNLOADにDo○Mo2.0スクリーンセーバー、とか書いてあるんです。そこでまたぶち切れですよ。あのな、スクリーンセーバーなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。 得意げな顔して何が、近日リリース、だ。お前は本当にスクリーンセーバーをダウンロードさせたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。 お前、2.0って言いたいだけちゃうんかと。2.0通の俺から言わせてもらえば今、2.0通の間での最新流行はやっぱり、twitter、これだね。モバトゥイッター+TwitterIrcGateway。これが通の使い方。モバトゥイッターってのは携帯からtwitterができる。そん代わり結構不安定。これ。で、それにTwitterIrcGateway(IRC)。これ最強。しかしこれを使うと一日中twitterから解放されないという危険も伴う、諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。まあお前は、ブログでも書いてなさいってこった。
どうでもよくないつっこみに対して、本筋じゃないけどちょっとどうでもよくないつっこみをすると、
で、著作権を侵害するかどうかですが、ひとこまだけの引用は著作権的に見てもオーケーな気がします。
引用の成立要件ぐらい素人でも簡単にぐぐれるので見てから書いてくださいよう。
「ひとこまだけ」という「量」では決まりません。「引用の必然性」「主と従である」「本文と引用が区別可能」「出典の明示」等が成立要件です。例えば1コマ漫画なんてのは極端な例だけど、そうでなくてもあるコマを必然性無く、それがメインコンテンツであるかのように見せていたら1コマでも盗用。創作性のないコマというのもありそうだけど、それはそもそも「メインコンテンツであるかのように」示せないような(背景とかの)コマだろうしね。
何にせよ『少量なら何でも引用になる』という妙な誤解を広めるのは御勘弁。
はじめに
秋葉原は現在もっとも注目される街の一つである。IT・ハイテク技術の聖地として、あるいは現在国が推進するソフトウェア・コンテンツの見本市として、またはサブカルチャー文化が生まれる一観光地として、政府である『官』やソフトウェア&ハードウェアを生産する『企業』、そして秋葉原を目指す『個人』の視線がそこに集中し、ひとつのムーブメントを作り出している。
この記事は、秋葉原の歴史については軽く触れる程度にとどめ、主に90年代後半??今後の秋葉原について参照し、今後秋葉原がどういった発展を遂げるかについて将来像を探るものとする。
電気屋街としての秋葉原の歴史は、終戦直後に作られた露天市までさかのぼれる。戦前の秋葉原にも山際電気(現在のヤマギワ電気の前身)なども存在はしたが、当時電気屋の主流であった「電気材料卸商」(電化した工場設備に必要な部品を販売する商店)の中心的な場所ではなかった。戦後、焼け野原になった秋葉原で近隣の電機工業専門学校(現東京電機大学)の学生がラジオを組み立て販売するというアルバイトをしたところ、これが大繁盛。その結果、他の露天商も品物を真空管などラジオ部品の販売に転向、その上電気に詳しい露天商の参入もあり、120軒あった露店のうち約50軒が電器商という、まさに電気屋街の前身ともいえる様相を見せた。
この初期の秋葉原の発展について、近くに工学専門の学校があったという地理的要因のほかに、交通の便のよさというのが上げられるだろう。終戦直後にできた闇市で活況を見せたのは、上野や新橋、渋谷など国鉄の乗降客の多い駅の周辺にできたものだった。秋葉原の国鉄や都電が通るアクセスのよさは、そういった「人の流れの結節点」となって、秋葉原に人を留める要因になったと思われる。
その後、GHQにより道路の拡張工事を行うため、露天撤廃令が施行され、露天商は国鉄秋葉原駅ガード下で営業をはじめることになる。これを秋葉原電気屋街の原型とし、以後日本の高度経済成長とともに、電気屋街は拡大していくことになる。この成長を支えたのは家電だった。人々は豊かな生活を追い求めるため、「三種の神器(テレビ・冷蔵庫・洗濯機)」に代表される電化製品を求め、家電が安い秋葉原に足を運んだ。しかしその人の流れは昭和50年代後半で終わることになる。家庭に普及した自動車で郊外型の家電チェーン店に向かうといったライフスタイルが定着し、それまで主要客層だった家族層が秋葉原に足を向けなくなる。また、昭和60年代のAVブームと高級家電のブームの反動による家電不況などもあり、秋葉原は新規顧客層の開拓と、それに伴う主力商品のシフトを図ることになる――「情報家電」。昭和にはマイコンとよばれ、現在パソコンと呼ばれるマルチメディア機材である。平成6年、電気街の売上においてPC関連商品が家電商品を上回って、名実ともに秋葉原は電脳街となるのである。
秋葉原の主力製品となった情報家電は、アニメやゲームを愛好するオタクたちと親和性が高い。アニメを見るためのTV、エアチェックする為のレコーダー、ゲームだけでなく、ファンとの交流を図るコミュニケーション・ツールとしてのPC――しかしそれだけが、秋葉原を「オタクの聖地」としたのではないと、建築学者である森川嘉一郎は言う。
秋葉原に点在する「まんだらけ」や「海洋堂」、「ゲーマーズ」などの同人誌、アニメグッズ、ガレージキット(フィギュア)専門店はそれまで秋葉原になかったものであり、それらは秋葉原に移転するまで吉祥寺、渋谷、新宿などに点在して存在していた。しかしそんな専門店が97年以降秋葉原に集中するようになった原因を、森川は『趣都の誕生 萌える都市アキハバラ』において、(株)海洋堂の宮脇修一専務のインタビューをヒントにこう記している――アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』のヒットと、それに付随したサブカルチャー・ブームにより未曾有のバブルに沸いたサブカルチャー・ショップが、その勢いに乗り秋葉原への出店を促したのだと。確かにこの時期、東京ビッグサイトで行われたコミックマーケットの入場者数が25万人(95夏 90年からこの人数が横ばい)から35万人(96夏)、40万人(97夏)へと急激に膨張するなど(ちなみにこの後入場者数は横ばいになる)、この時期サブカルチャー文化への大幅な人口流入があったという見方もできるだろう。しかし、アニメやマンガ界隈において、エヴァ以降現在に至るまで、エヴァと比肩し得るヒット作は生まれていないのが現状である。しかしサブカルチャー産業は萎むことなく、拡大し続けているのが現実である。エヴァ現象によってサブカルチャー文化に入ってきた人びとは何を飽きずに摂取し、そこにとどまり続けているのか。まずこのことを明らかにしてから、秋葉原の現状について考えてみたい。
批評家東浩紀によれば90年代以降、アニメの物語よりもそこに登場するキャラクターや設定などの断片を愛好するオタクが増えたと、著書『動物化するポストモダン』で述べている。東浩紀によれば「オタクたちは、物語やメッセージなどほとんど関係なしに、作品の背後にある情報だけを淡々と消費している」と指摘し、そのことを「キャラ萌え」している(この言葉はやや古くなった感があるが、そのことについては触れないでおく)と表現した。1960年生まれのライターである竹熊健太郎氏も、「オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思」において、まず自身の立場を「(アニメ作品などにおいて)トータルで作品は見るべきだという思いがどうしても強い。」と表明し、「もちろん心の深いところでは、キャラ萌えのような感情はあるんですけどね」としながらも、かれらについて「でもそれを外部に表明するのは、自分はバカですと言ってるのと同じで、とてもできないわけですよ。」と違和感を語っている。しかし、その中で竹熊はこうも語っている。曰く、キャラ萌えという衝動は「アニメブームの頃、中高生のミーハー女子が「シャア素敵??」って黄色い声をあげていたのと同じ」であると。
東はオタクの嗜好が変わった原因を大きな物語の凋落に求め、結果大きな物語に付随する「小さな物語(アニメにおけるキャラクターやロボットなどの一要素)」を単独で摂取するようなオタクが現れた、と前述した著書で述べている。このことについて東はインターネットの世界を例に挙げてうまく説明しており、少々長くなるがここに引用したい。「すべてのウェブページを規定するような隠れた大きな物語は存在しない。(中略)インターネットにはむしろ、一方には符号化された情報の集積があり、他方にはユーザーの読み込みに応じて作られた個々のウェブページがある、という別種の二層構造がある。この二層構造が近代のツリー・モデルと大きく異なるのは、そこで、表層に現れた見せかけ(個々のユーザーが目にするページ)を決定する審級が、深層にではなく表層に、つまり、隠れた情報そのものではなく読み込むユーザーの側にあるという点である。」「ポストモダンのデータベース型世界では、表層は深層だけでは決定されず、その読み込み次第でいくらでも異なった表情を現す。」
この件について森川も同じくインターネットを紐解き、インターネットにおける「地縁・血縁に因らない趣味や関心の共通性に基づいたコミュニティ=コミュニティ・オブ・インタレスト」が、秋葉原の構造の変化を促した、と記している。つまり、「パソコンを好む人は、アニメの絵柄のようなキャラクターを好み、そうしたキャラクターが登場するアニメやゲーム、ガレージキットも愛好する傾向がある」というオタク趣味の構造が、現在の秋葉原を形成したのだと。しかし私は、この変化を趣味の変化や世代の変化ととらえるのではなく、技術の進化が趣味の構造の変化をもたらしたのだ、と主張したい。
オタクについて、まずかれらについて、サブカルチャー文化を愛好するものたちだと捉えよう。サブカルチャー文化はメインカルチャーにたいするカウンターである為、自ずとその文化を愛好するものはマイノリティとなる。そしてマイノリティである為、常に外部から奇異の視線に晒され(宮崎勤事件を参照されたい)、それに対抗するためオタクたちは様々な我流の理論武装を施し、それによって更にオタクはオタクとして、孤立、タコツボ化を極めた(こういった空気は、ガイナックスの元社長である岡田斗司夫が記した『オタク学入門』(太田出版)を参照されたい)。そしてオタクはまた、サブカルチャーの知識を深めるための仲間を必要とし、オタク仲間に出会える場所を強固に求めた。漫画家の篠房六郎氏は、かれ自身にとっての同志が集う場所であった武蔵野美術大学漫画研究会について、「かつてはクラスの隅っこにいた痛々しい孤独な連中が、自分と同じものの見方を持っている人がいると知って、救われる場所がここだった。」と表現している。
しかし技術の発展が、限られていた場所を無数に生み出すことになる――具体的に言うと、ネットに生まれた「コミュニティ・オブ・インタレスト」である。
秋葉原が「趣都」となった97年以降、PCやインターネット整備網、そして文化は急激に発展し、一般家庭に普及していった。オタクと情報家電の親和性は「2 オタク層の流入??趣都の誕生」の冒頭で述べた通りであり、また、Windows95以前もニフティサーブやパソ通などで、一部のオタクはBBSを通じて他のオタクとのコミュニケーションを図っていた。その後インターネット人口が拡大するにつれ、オタクたちはかつて無い数の「同志」と出会うことになる。現実世界では「距離」によって出会えなかった人々と、モニター越しに交流することができ、どんなにニッチな趣味でも「仲間」を見つけることができるようになったのだ。
「仲間」と「コミュニティ・オブ・インタレスト」を形成できるというのは、前述したような「我流の理論武装」をする必要がなくなったことを現す。なぜなら形成したコミュニティを安定維持するため、構成員の視線は外部より内部に向かうからだ。よって仲間同士、理解しやすく、されやすくするため、お互いにとって理解しやすいものを求めるようになり、その為表層と呼ばれているデータベースを、お互いのコミュニケーションにおいて重要視して使用するようになった。「巫女」や「ツンデレ」など、キャラクターの要素をあたかも服装の組み合わせによる着こなしように消費し、コミュニケーションのための文法とするオタク。作品から好みの要素切り離して楽しむことができるからこそ、エヴァンゲリオン以降ヒット作に恵まれなくとも、オタクたちはサブカルチャー文化を愛好し続けることができたのだ。
秋葉原の今を見つめるブログとして、アキバblog(http://www.akibablog.net/)というサイトがある。このサイトは毎日秋葉原の店先をチェックして、物品の販売価格のほかに、店員が作る個性的なPOPを“ネタ”として紹介することをメインコンテンツにしている。このサイトを眺めていて目に付くのは、店が掲げるPOPに書きこまれた“ネタ”はマスメディアが流布したイメージよりも、インターネットから生まれたジャーゴンである場合が圧倒的に多いということだ。普通の店なら「○○という番組で紹介された??」という文句を掲げるはずのものが、ここではネットのジャーゴンを絡めて、連帯感を出して売られている。また、匿名掲示板群である2ちゃんねるから生まれたキャラクターグッズを売るショップもあり(因みに同じ2ちゃんねるで話題になったのまネコFlashとそのキャラクターがAVEX資本で商品化されたときには非難が集まり、秋葉原発のグッズショップにはなんら実害を及ぼさなかったこの対比は興味深い)、現在の秋葉原はオタク文化というマスではなく、ネットというマスに向けて情報を発信していると言えよう。話題になったドラマ「電車男」も、触れ込みは「オタク発」ではなく「ネット発」とうたわれていたのも思い出させるし、そもそも秋葉原名物となったメイドも、(始まりこそあるアニメのコスプレ喫茶として生まれたものの)オタクたちが共有イメージとして持っていた「メイド」を現実化したものであり、特定のアニメ作品というマスメディアから生まれたものではないことも記しておこう。
高度成長時代、メーカーにとって秋葉原とは、特例的な値引きを許し、かつ消費者の反応をフィードバックさせるための実験場であり、社員の技術者が新製品とともに、専門知識を備えた販売員として小売店へと配備された場所だった。今秋葉原では同じように、ネットから生まれた文化を貪欲に取り込みそれを街の貌とする実験場になっている。インターネットの発展により、個の集合体があたかもマスコミュニケーションのように総体として機能し始めた現在。「趣味の構造が場所を変えた」都市に加え、「既存のマスメディアだけでなく、個々が生んだネットメディアと交流をとる」最先端の都市として、現在の秋葉原は評価されるべきだろう。
参考文献
「週間大衆:昭和54年8月9日号」焼跡のバラック問屋街を『世界のアキハバラ』に高めたガンコ一徹
http://www.shimura-musen.co.jp/home_2/kiji_02.htm
http://www.akiba.or.jp/history/index.html
オタクとは何か? What is OTAKU? | Web草思
http://web.soshisha.com/archives/otaku/index.php
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20061029#p1
http://sotokanda.net/his_cafe.html
註:ちなみにメイド喫茶が爆発的に増えたのは、私の記憶によればドラマ「電車男」以降のはずである。
コミックマーケット30’s ファイル 発行:(有)コミケット 発行人:米沢嘉博
カーニヴァル化する社会 講談社 著者:鈴木謙介
動物化するポストモダン 講談社 著者:東浩紀