はてなキーワード: 自虐ネタとは
先日、友人とその奥さんに会った。
数年前までいつも私と夫(当時はまだ彼氏だったけど)と3人で遊んでたけど、
友人が奥さんと出会ってからは疎遠になってたから会うのは久々だった。
奥さんは「単にバカなだけ」とか
「年下だったからいいけどこんな人年上だったら無理」とかけなし放題。
確かにあなたの夫だけど
悪く言わないでよ
と思って悲しかった。
どうしてなのか理解できない。
「目が大きくてすごくかわいい子だね、
それに比べてうちの息子は...」
なんて笑ったりする。
まわりもそれ聞いて楽しいわけじゃないし、
そんなのより、惚気たり親バカっぷり見せつけてくれたほうが、
みんなよっぽど楽しい気持ちになれるのに。
2chのまとめサイトに自分の名前がおかしいということを自虐ネタにしたとされるスレッドがまとめられていた。
と名前をさんざんバカにしていた。
これが①ただのネタで、「小麦 拉麺」という人間はこの世にいない場合、
もしくは②小麦 拉麺が実在の人物で、特定されることを恐れずに、自分の名前で笑いを取りたいと思ってのことだった場合は問題ない。
問題なのは、③小麦 拉麺が実在の人物でありかつ、書き込んだのは本人じゃない場合だ。
なぜそんなことをするのか?
イジめるためだ。
「お前の名前って、世間じゃこう思われてるぜー」と言ってまとめ記事を見せれば「小麦」は傷つくだろうし、
最初に「小麦 拉麺」の名前を書いた奴を確かめようにも、名誉棄損によるプロバイダへの情報開示請求も難しいと思われる。
他人になりすまして、卑猥なことや非人道的なことを書けば名誉棄損だろうが、「笑うなよ」とか当たり障りのないことでは名誉棄損は難しいだろう。
なんという酷いイジメ。
どれだけの人が、はじまって5分の映画で、涙するだろうか。
泣きすぎて頭が痛いし、呼吸困難な状態で、
まともに文章を書けない状態だが、どうしても綴りたい。
仕事を早く切り上げ、雨の中、足早に家路に向かう。
コンビニ弁当を食べながら、金曜ロードショーのラピュタをみている。
金曜日だというのに、予定がないのは嫌だなと思ったりもした。
でも、ラピュタをみはじめて、すぐにそんな思いが消し飛んだ。
この思いになれることが、
2年前と今は違う。
社会復帰して、それなりに認められ、それなりのお金を手にした。
だが、孤独感は、なにも変わっていない。
いつでもみられるラピュタ。
季節を感じながら、食べる食物のように、
時をかんじるようにラピュタを観る。
多くの人が、同じ映画をみて、違うことを感じる。
これが、テレビなんだ。
孤独はつらいけど、
これほど、せつない気持ちになれるのも、
私は、テレビ放送が終わらぬ限り、
ラピュタを観て、涙するんだろう、と思う。
時代は、変わっていき、
どうなるのかは、わからないけど。
こんな作品が作れること、
作品をみて、感じられること、
やっぱり、人間ってすばらしい、と思う。
だから、みんな、つらいけど、生きていこう。
私もつらいけど、これからさきも、生きていこうと思う。
ラピュタをみるたび、多くのことを感じたいと思う。
そして、いつか多くの人を感動させられるものを、私も作ってみたい。
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少し昔のことを思い出してしまった。
この思いを自分ひとりで閉じ込めておくことができなくなったので、
少し綴らせていただきます。
当時、私は知能が弱い方でした。
障害と認定されるレベルではないので、
そう綴ることは失礼になってしまうかもしれませんが、
詳細を書くと個人が特定されてしまう恐れがあるので、
避けさせていただきます。
イジメだけではなく、冷たい視線や同情、哀れみも受けてきました。
障害のせいかわかりませんが、私は心の成長が遅いようでした。
善悪の区別がつかなく、よく母を困らせていました。
そういったことが私にはまったく理解できず、
楽しいこと、いたずらばかりして
クラスで決める会が開かれました。
思い出に残る曲をみんなで歌いたいと
言って盛り上がっていました。
合唱曲を天空の城ラピュタのエンディング曲「君をのせて」にしたいと
当時の私は、天空の城ラピュタすら知らず
その女子を跳ね返していました。
男女合唱ができるようにしたみたいでした。
こういった歌謡曲は卒業するときにカラオケにでもいって歌えばいいんだ、
私としては、何事もなかったのと同じで
当時の記憶がどこまで正確かわかりませんが、
そのようなことがあったと思います。
この曲いいな、そういえばこの曲、合唱の課題にしようとしてた曲か、
あのとき歌えたら素敵だったろうな、と思いました。
時が経ち、私は大きく成長しました。
心も人並みに豊かになりました。
私の心には深く刻まれており、大変、価値のある思い出になっています。
私も、もう少し心が豊で
と後悔してせつなくなります。
私の心は成長したのだと思いました。
次のラピュタでは、私はどうなっているのでしょうか。
終わり。
私の近況も少し綴らせてください。
心は成長しましたが、障害の方は変わっていません。
年とともに悪化しました。
いくつかの病院にも行きましたが、治りそうもありません。
治る代物ではないので、返答に困ります。
そのおかげで、ある程度、人気者になれました。
でも、ある日それがとてつもなく嫌になってしまい、
他人とコミュニケーションを絶つようになりました。
今は誰とも接しない日々が続いています。
障害を乗り越えて何かを生みだしたいなと
泣き言ばかりで・・・。
http://anond.hatelabo.jp/20110908120009
これだけ読んだらそれほど非のある親には読めない。
たぶん実際には文章からうける印象よりもっと辛かったのだと思う。
それにたいしてあなたが反論した時の親の取り付く島のなさとか、そういう所が
そのあたりをもう少し掘り起こして具体化し、整理してみると
「ああ、こういう所が許せなかったんだ」という感じで自分の過去と向き合えると思う。
やるなら、徹底してやろう。増田なら、おもったこと全部書いても大丈夫だ。
親を許すとか考える必要はない。
不可能なことを求め続けるとイツマデタッテモ苦しいぞ。
そうではなくて、親に感じていた恐怖とか怒りと向き合おう。具体的にどのような傷を受けたか診断しよう。
「自分はこんなに傷ついていたんだ」「自分はこんなに怒ってたんだ」っていうのを確認しよう。
それを仕方が無いこととして受け入れれば、今の自分を少しは受け入れられる。そこからようやく先にすすめる。
私の友達だと、昔のつらい体験を自虐ネタとして飲み会で披露できるくらいまで回復した奴がいるが、
それも、真剣に自分の過去のつらい思い出と向き合ったからだとおもってる。
しんどいと思うけど頑張ってみないか? 普通の人にはススメないけどここまで書いたあなただから少し応援したい。
今はセルフヘルプで、そういう親との過去の向き合い方についての本がいっぱいある。
一度書店員に聞いてみるといい。
http://anond.hatelabo.jp/20110107214632
就活王のマネしたら駄目だろ常識的に・・・。決してけなすわけじゃない。素晴らしいと思うが難しすぎるのだ。
これ一行で纏めると「見聞色の覇気」と「武装色の覇気」を身につけろ、みたいな話だろう?読んでる私がその覇気に萎縮されてしまったよ。
はい。というわけで王者を目指さない小物向けの就職活動講座始まるよー。
大前提として私と同じFラン大学生が中堅企業を志望する場合を想定してる。大企業に行きたい場合は違う人に聞け。
長くなってしまったので、時間のない人は最後の3行まとめだけ読んでくれ。
就活の時に「就活の王道」みたいな本を買って読んだこともあったけど、それで思ったのは「王道を歩めるものは限られている」って事だった。叶わぬ夢を追い求めるのは院卒のエリート様だけでいい。自分が小物だと思うんなら、へっぽこな頭を使って賢く立ち回るべきだ。これから何回か「これはやらなくてもいい」ってことを書いていく。俺達は普通以下のところからスタートするんだから、普通の人ですらできないことを一生懸命やろうとしなくていい。普通以下の俺達はあんまり器用じゃない。だから普通の人があれもこれもやってることをおなじようにやったら負ける。俺達は普通以下だからこそやれることを理解して、それだけを集中してやっていくんだ。総合点で負けても、どれか一科目で合格点を超えるように戦うんだ。
2次に大まかな方向性を決める
本当はマーケティングを先にやるべきなんだけど、どうせこれできる学生少ないからできなくても気にしなくていい。。中堅企業なら、選考プロセスの中で突っ込んで話をしていけば十分相手が新入社員に求めていることはわかる。というかそれができない中堅からは逃げろ。一方、大企業志望はそう甘くないから先輩訪問とか頑張るのは必須。
方向性については好みの問題だけど、一例として私の場合は「こんな時期だからこそ」守りを固めるべきだと思う。絶望的な戦況で歩兵で突撃するのはあまり好ましくない。撤退戦のような意識で、絶対防衛ラインを意識しながらそこに戦力を集中させるべし。避けるべき企業はしっかり避ける、その標準をしっかりつくっておくことおすすめ。地力で波を乗り越える力がない小物であるFラン組は、しっかり今のトレンド把握して、絶対に流れに逆わないように気を付けないとな。とにかく、入ったらしばらくはやめなくて済みそうな所を選ぶ。そんな贅沢言ってられないという奴がいるかも知れないけど、本当にここを第一優先にするなら、いくらでもあるよ。ただし中堅に限る。
学生どころか採用側でさえ今だに勘違いしてるところあるけど、今はタグの時代だ。今でも人間性とか総合力で採用担当者をうならせる学生がいるのは確かだろうだが、それは例外だと思え。少なくとも私らFランには関係ない戦略だ。もっとミクロに攻めていこう。もうちょっとしたらストーリーまで要求されるかもしれないが、これもマーケティング同様出来てる学生のほうが少ないから、まだタグだけでも十分いける。 相手にちゃんと分かる形でタグ貼ってるかい?ニコニコでタグ職人やってる暇があったらまず自分に貼るタグ考えようず。不況だから厳しいって言ってるのに「大企業志望」しかタグ貼ってない学生は今すぐ自害。
ただ、自分にタグ貼るとき、意外と難しいだろ。特にプラス面とか志望動機とか。大丈夫。これはみんな難しいから。昨日ホッテントリに上がってた人(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110106)くらい大学時代に経験積んでれば話は別だけれど、普通に大学生活送ってくるくらいだったらまともに考えるネタすら殆ど無いだろう。この部分で点取れるなら是非とっておくべきで、そのためにNBLなるものが推奨されるけど、ここも必須ではない。むしろ中途半端にやると不正発覚して一発退場だから、ハッタリに自信ないならやめとけ。
ここで1がちゃんと理解出来てる学生なら次やることはわかるな?自分のことくらい自分でちゃんと判断できるって考えないこと。それができるならお前は学生時代グータラ過ごしてなかっただろ?私らは「自分の望みさえ自分で把握できない程度の人間」であることの痛みを今ここで十分噛み締めるべきだ。その上で本当に確実に判断できるものはなにかって考える所からスタートするんだ。そしたら、自分にとって明らかなものは何がある?たいてい「自分が嫌な物」「絶対にやりたくないこと」の方だ。まずそういうタグからでいいからどんどん自分に貼っていけ。
ここで「そんなことはない。俺は自分の好きなことを自分で理解してる」「俺にはこんな誇れるタグがある」って反発できるやつ、あるなら私を文句言ってないでさっさと貼ればいいのよ?ただ、それが勘違いでないことを確認するために「これ仕事でやりたいか?」って質問を忘れないようにな。
当たり前だけが、「私は~が嫌いです」ってタグだけだと企業の人お前のことをいらない子扱いして終わりだ。でも、お前にはこれしかない。そうだろ?じゃあどうする?「これだけは嫌だ」をもっと掘り下げろ。人間自分のいいところを掘り下げられる奴はそうそういないが、悪いところならいくらでもえぐれる。血反吐はいて死ぬ寸前まで掘りつくせ。行き止まりまで掘ったら、ある時急に「俺、これ以外ならいけんじゃね?」という開き直りにも似た清々しい心境になるぞ。ここから「あえて言えば自分がやってもいいことはなにか?」とか「無理やりアピールできるとしたら何がある?」とか考える。タグはとりあえず30個くらいは準備しておこう。
ここで徹底的に自己嫌悪を体験しておくのは面接だけでなく五月病対策のためにも必須だ。絶対やっとけ。ここまでやらないと、ちょっと面接で自分の弱いところつつかれただけで腰砕けになるからな。どうせ自分を痛めつけなければならないなら、自分でやるんだ。他人にやらせると加減がわからないから最悪ぶっ壊される。
4 実践では「すでに自己否定は済ませたこと」は大いに武器になる
面接において、俺たちFラン大は基本的に足切りの対象だ。とにかくFランにしかいけなかったのは甘え野郎だし、こういう奴はやとっても自分可愛さに人の言うこときかないんだろうと思われてる。もともと頭悪いのに、躾からやらねばならん、まして教育など不可能だ、そう思われてるわけだ。だからほとんど機械的に殺しに来る。すごいいじわるな質問をして、答えられなかったら即終了。これは魔女裁判のようなもので「お前はクズだ」と行って、素直に認めたら「クズはいらん」、「クズじゃありません」と答えると「クズのくせに自分がクズであることも認められないとは最悪だな」でDEADEND。一見詰みにみえるが、機械的対応であるがゆえに隙はある。「私はクズでしたが、今はクズであることを悔い改め、御社のお役に立つ人間になりたいと考えています」とアピールすることは可能だ。
ピンと来ない奴のために俺の例を書いとこう。俺はバイトもサークルも全部1年もたずに投げ出すくらい根性なしだった。勉強も全然やってない。経済学部だったけどマクロのマの字もわからない。御社のために活かる大学の知識はありません。かといって遊び上手だったかというと全然。旅行もしてないし特に趣味もない。やってたのはひたすらニコニコ見たりゲームやったり。友達もいないからコミュ力とか全然ない。それでも俺は去年ちゃんと一部上場企業に営業職で就職できた。
何を言ったか?「そのとおり私は不まじめな人間です。その分私は真面目な人では絶対にわからない、ちょっとした退屈とかクレームの元になりそうなことならよくわかります。自分が嫌だと思うことをお客様にも感じさせないような提案をしていきます」とか「他人のクレームとか罵詈雑言には慣れているので、それに付き合うのは平気です。むしろ窓口とかやっちゃうよ」とか。(実際は違う言い方したよ。このまま言ったら相手切れるだけだから注意)まぁ手を変え品を変え営業なら営業、販売なら販売で、2ちゃんで鍛えた自虐ネタを使いながら返した。
コミュ力ないのにその場で切り返せんのか、って言うかもしれないけど、この人達どの会社行っても本当に機械的に対応するから慣れる。あと上でやった自己嫌悪に比べれば面接官の圧迫などクソのようなものだ。自分のほうが優位だと思ったら自信を持って返事できるヨ。しかも、面接官の人は、なにか嫌味を言ったときに、それでもへりくだって返せる奴を気に入ることが多いみたいだね。なにはともあれ、3で「絶対いやな事」だけは自分で把握してるから、かなりへりくだる余地はあるし、自己アピールする余地も出てくる。「馬鹿は馬鹿なりに反省してます」とか「僕頭悪いから先輩の教えに素直に従います」ってだけで評価されるんだから楽なもんだ。ある意味東大卒のほうが大変なんじゃないかな。
5まとめ
汝自身を知れ。俺たちFランにできるのは、最悪の環境を回避することに努め、それ以外には妥協せず自己否定を受け入れてでも行けるところに行くことだけだ。途中で心が折れないように、予め自分で折って立ち直ってから挑戦すんべ。Fランだからこそブラック企業に入るのは恥だと思え。
昨日、長い長いバイト探し生活に終止符を迎えた。ついに。
4月にやめた塾のバイトを最後にバイトを探し続け、面接を受けては落ちる、そんな毎日を繰り返していた。
最初はただ気軽にすぐ見つかるだろうと思っていた。
正直、それまでバイトなんて履歴書書いて、はいはい言ってれば受かるもんだとさえ思っていた。
しかし今回は違った。
何がおかしいのか、どこを受けてもどうやっても、これでもか、というほど落ちた。
面接回数が2桁を超えたとき、俺はもう数えるのをやめた。
これはさすがにヤバいと焦り、自分磨きが始まった。
何が悪いのかを徹底的に調べ、自分の欠点をリストアップし、ネット、友人、雑誌、テレビ、すべてから情報を集めた。
その結果、大学一年にして、髪型を黒&新社員カットにし、ファッション、文字、姿勢、言葉、すべてに力をいれた。
それでも落ちた。それでもう、バイトは選ばないと決めた。
というのは、職種はもちろん、場所、時間、そして時給という面でも。
カラオケ、居酒屋、ファミレス、事務、カフェ、モール、バー、・・・たとえ時給が800円でも喜んで受けた。そして落ちた。
あのころの俺はまさにハイエナのごとく求人サイトに職があがっては、喰らいつくように申し込んでいた。
この就活ならぬ、バイ活は俺の精神をトコトン追い詰めていった。最初は笑えたこの手の自虐ネタも次第に言えなくなり目が笑えなくなっていった。
そんな俺を見兼ねてか、本気で心配しだしてくれた周りの友人たちは
俺をボイスなり、メールなり、飲み会なりで、会う人会う人みんなが励ましてくれた。
それでもその時期ちょうど彼女と別れていたということもあり、面接に落ちて家に着き、ひとり夜を迎えると不満だけが蓄積していった。いくら励まされても気がヘンになりそうだった。
周りの期待を裏切るような考え方をしてしまう自分がふがいなくて、軽い欝症状というか、常に腹の中が分からない何かに対して煮えくりかえるような、そんな気持ちだった。
普通の人にこんなことを言ったら鼻で笑われるかもしれないが、当時、本当に死にたい気持ちでいっぱいだった。
それは同じ時期にバイトを探していた後輩(♀)が、バイトに受かったことが大きな要因だった。
俺がバイトを探して4ヶ月位の頃だろうか。後輩が新しいバイトを始めたという。おれは少しでも受かる参考がほしかったため、話をきいた。すると彼女は、そこの店長が男性で、はじめは無難な質問、応答をしていたのだという。そして最後の質問が
『彼氏いる?』というものだったそうだ。
あいにく彼氏のいなかった後輩は、そう答えると『はい、採用。』といわれた。
しかし、後輩は初日でバックれたのだった。彼女は今まで一度も面接に落ちたことがなく、なんとなく
面接の段階でダルくなっては初日でバックれて新しいバイトを探しているのだという。
それにくらべ俺は、落ちては自分で考え、ヘラヘラしろと助言があればヘラヘラし不採用、素の真面目なままでやってみろと助言されれば、真面目にやり、雇用者に『作っているだろう?』といわれる。もうどうすればいいのか分からなかった。
べつに世の中が理不尽なのは今に始まったことじゃないが、この時ばかりは死にたくなった。
俺は男だからバイトに受からないのか。見た目で判断されてしまうのか。そもそも特定の資格を必要としない、誰でもできるバイトにさえ落ちるということは、俺は社会から必要とされていない、存在すら許されないクズなんじゃないかと思った。で、
クズかどうかはこの無秩序な社会が決めることで、俺にはもうどうしようもないのだ。とさえおもった。
バイ活にすら手こずっている俺に、これからあと数年でくる就活という大きな壁を超えられるのだろうか。否、死のう。
これがその時浮かんだ結論だった。
でも、もしここで死んだらバイトが受からないだけで死んだと思われるんじゃないか?
そうおもい、どこかシャクだったので生きている。(言い訳に聞こえるかもしれないが)
今月、10月のはじめ、転機は訪れた。この頃にはもう社会に失望し、自分磨きもバカバカしく感じていたのでやめていた。
金もない、職もない、彼女もいない。こんな自分を誰が見ているというのか、自分は背景画にすらならない、むしろ景観を汚す意味のないものだ。と常に思っていた。
そんな俺の元に一本の電話が入った。『飲み会の誘いならカネ無いから行かないよ。』そう思って、電話にでると友人が
とあるバイトの求人広告を見たので紹介してくれるという。俺はさっそくメモを準備し、電番を書いた。そしてすぐ面接を申し込んだ。
面接ではいままで様々な人から聞いたアドバイス、研究に研究を重ねた洗練された受け答えを惜しみなく、何一つ余すとこなく出し切った。自分の中では完璧なやりとり、後悔はない。
これで落ちたら、本当に死のう。青木ヶ原に素直に行こう。あの周辺のことを採用連絡が入る予定の日まで調べていた。
そして、受かった。友人に感謝したい!という気持ちよりも死ななくて済んだ・・・という気持ちが大きかった。最低である。しかし、友人には本当になんとお礼をいえばいいのかわからない。本当に色んな意味で助かった。
ここまでで約半年が経過していた。たとえどんなバイトだろうとやめようとは思わない。たとえいじめられようが掘られようが、クビになろうが職場に行くつもりだ。そして社会に自分の利用価値を証明していきたい。そして、何十連敗もしている俺を受け入れてくれたこの職場にせめてもの恩返しの意味で、自分の出来る限りをつくし売上を上げていけるよう貢献をしていくつもりだ。
逆です。
誰かからひとまちがいされているみたい?と思うことが、昔からたまたま多いんです。
さきほども、それでちょっと思うことがあったので、折角増田さんにもアカウント(?)持っているし、日記書いちゃおうと思ったんですがその先の文が思いつかない。
明日思いついたらまた書こうと、とりあえず文字列置いていたということで。
凡庸って困ります。若いころは逆に、それでよかったこともあったような気がするのですがーーたとえば話のきっかけになったり、自虐ネタにできたり。
また、歳をとったら少しは自分の特徴みたいなものが自動的についてくるかと思ったのですが、私の場合、そうでもないようで。
失礼いたしました。ごめんください。
イジられるようにワザと隙を見せたり、自虐ネタで過剰に笑いを取ったり。
隙とか自虐ネタはどうしても自分のネガティヴな部分を使わなきゃいけないわけで、
比較的悲観的な思考ってのも副次的にクセになってる。
そうなったきっかけは高校の頃だろう。
そのときは所謂「イジられキャラ」だった。
俺がマジメに何かをして、何かを発言してもほとんど笑われる。
俺という人格を軽視されているというか、笑われることでどんどん自分は
どうでもいい奴なんだなと思うようになっていた。
「イジられキャラ」を受け入れたら、友達の輪に入っていけた。
けど、心の底からは楽しめなかったりもする。
今でもたまに当時の友達と飲んだりするけど、不愉快なときが多々あるし。
高校の頃に、脅迫観念的に「イジられ」「3枚目」を求められた結果、
そういうキャラが染み付いてしまったんだろうと思ってる。
(高校の頃の友達のせいだ!と言うつもりは毛頭ない。)
大学の頃は地元から遠く離れた土地で、全く新しい交友関係を作ることができた。
今でも付き合ってて楽しいのはこの頃の友達・知り合いだ。
ただ、3枚目キャラのクセが抜けず、求められてもないのに自虐ネタとかを披露してた。
知り合いに「余計なこと(自虐ネタとか)言わなければいいのに。」と言われることもあった。
当時は、そうしなければ高校の頃と同じように皆に受け入れてもらえないという危機感が
無意識のうちにあったのかもしれない。
今ならわかるけど、大学の頃の友達はそんなこと気にしないような人ばっかりで、
俺が3枚目じゃなくても快く受け入れてくれたと思う。
むしろ、めんどくさい俺のネガティヴ3枚目キャラを受け入れてくれて感謝してる。
その結果、出来上がった俺のキャラは「自虐的な3枚目でノリが軽い奴」。
なんか文面にするだけでめんどくさいキャラだな、これは。
俺は人と話すのがけっこう好きで、会話の中でちょっとした笑いとかを取れると気持ちよくなる。
ただ最近その傾向が過剰で、会話の半分くらいがウケ狙いになってる。
しかも得意の自虐ネタとか、お笑い番組みたいな揚げ足取りとか。
さらに、現状の不安とか、絶望とか、どうでもいいことをウダウダ言うクセもついてきてしまった。
笑ってくれる人はいるけど、この感じをめんどくさいと思ってる人も多いはずだ。
それを隠すってわけじゃないけど、そういう性格だと生活するに当たって色々と不便だから、
「明るい人格」を装って根暗が顔を出さないようにしてるんだろう。
最近ふと、自分が周りにどう思われたいかってのを考えてみたら、今のキャラと遠くかけ離れてた。
俺は周りの人に信頼されたいと思ってるのに、「自虐的な3枚目でノリが軽い奴」だと信頼は得れないよな。
ただの楽しくてめんどくさい奴だ。
染み付いてそれを抜くのに時間はかかるだろうけど、3枚目とはそろそろおさらばしたい。
もっと落ち着きのある人間になりたい。
もう会話で過剰にウケを狙うのはやめよう。
自虐ネタの数もちょっとずつ減らしていこう。
もう、高校の頃みたいにそんなことを求めてる人は周りにいないから。
自分がどういう人になりたいかを考えて、ちょっとずつ自分を変えていくのだ。
昔からの友人の結婚式で余興をこなす。
この友人ってのは、ホントに絵に書いたような好青年でいいヤツで、また新婦も凄くいい人で、それだけにもう何ヶ月も前から準備して感動×感動の余興を実現させたワケ。
そりゃもう友人も新婦もご両親ご親戚も、号泣&感謝感激で、ああなんかオレっていいことをしたんだな~、と・・・。
でも、帰りの電車でふとひとりになると、何であんな元から幸せなヤツにオレが頑張っちゃって更に幸せのアシストなんかしちゃってんだろ?・・・そんなことしてるヒマがあったら、オレこそ彼女見つけて幸せにならないと(汗)・・・そうそう、こんな風に、人の幸せのために頑張れば、自分にも幸せが巡ってくるサ・・・オレだって、今日のチカラを受けて、以前から好きだったコにいよいよふたりで遊びに行こうって朝にメールしてたよな・・・あ、返信が来てる・・・
内容は、彼氏が出来ました、だとサ・・・
しかも、その彼氏はオレが紹介したヤツだとサ・・・
何か久しぶりにみんなで遊ぼうよ的なメールが向こうから来て、何人か集めてバーベキューをやったのが、ま、キッカケではあったのだが・・・
その時点で、ま、少なくともオレはないかもしれないってのは、何となくわかっていたけど、よりによってヤツって、どういうことさ
でさ、こんな一連のやり取り、ようは人のために頑張りまくった日の夜に他の友達と付き合いました的なご報告が来るのって、もう3回目なんだよ。
何かポジティブに上がった状態から、一気に叩き落とされる感じで、すげー辛いっつーか痛いっつーか・・・何か指が震えてきたよ、もう。
こんな体験に耐性なんて出来ないし、もう人の為に頑張るのなんてバカらしい!、その友人も好きだったコも幸せになんかなるんじゃねえ!!・・・って、思ったすぐ後にさ、また9月上旬にある別の結婚式の余興の練習のスケジュール調整とか始めちゃってんの、オレ。
あー、もう何このお人好しキャラ(泣)、だからダメなんだよ(泣)、そんな地味なことしたって幸せになれないって(泣)・・・でも、お前に頼んでよかったって言われるために、もうカラダが勝手に頑張っちゃうように動いちゃうワケ。
それが本心なのか、いいように使われてるんだかは知らないけど、少なくとも周りのヤツらが幸せになっているというのは事実・・・そしてオレがその現場に少しでも立ち会えたのは事実・・・でも、それがオレの幸せに繋がるかどうかは無相関、ハイ、終了
ブサイクな彼氏がいる自分にとっては、自分も彼氏も否定されてるような気分になってとってもやるせない。
これ言ってる人、ちゃんと周り見てよー。ブサイクでも恋人いる人たくさんいるよ…
私はブサ専じゃないし、金目当てでもないし、彼氏の顔がブサイクなことは認識してる(恋愛フィルターでイケメンに見えてるとかじゃない)
単に、ブサイクであることがマイナスポイントにならないだけなのです。
これを理解してくれない男の人多いんだけど、なんでだろう?同性ならわかってくれる子多いんだけどなぁ。
>「ブサイクな彼氏がいる」とか「彼氏の顔がブサイク」と言える貴女に差別や人権を語る資格はない。その彼氏の前で同じセリフ吐けるのか? いわゆる「非モテ」問題とも違うし釣りかと思った。ていうかトラバも酷い。 2010/06/26
今更ブコメ見たらちょっと気になったので…
ブサイクなのは彼氏自身が一番自覚していることで(自分で自虐ネタ言ってるし)
その上で私は「顔はマイナスポイントにならない」とリアルで公言してるので、実質彼氏の前で言ってることになるのかな?
恋愛において顔が評価対象になる人にとっては、「恋人がブサイク」=「ブサイクだけど仕方なく付き合ってやってる」と見下してることになるんだろうけど
私にとって恋愛感情を持った相手とその相手がブサイクなことは全く関連性がないので
その基準で考えて差別だの見下してるだの言われても困る。
ノリだけで言ってみたりするけど。
リア充の範囲は人によってさまざまだが、一般的には「交際相手がいる人」のようだ。
リア充というのは往々にして問題を持ち込む存在であるから爆発しろ!と言われているのであると思っていた。
が、そうでもないらしいことを最近知った。
あれは嫉妬と羨望を込めた自虐ネタだったらしい。
解せぬ。
交際相手がいることはそれほど重要だろうか。
羨ましいだろうか。
世の中みんなそんなに恋愛がしたいのか?
そんなに誰かの特別な存在になりたいだろうか。
あれはこちらが求めなくても向こうから降ってくる。
オタクだから、容姿が悪いから、太っているから、などというのは全くアテにならない。
よくよく考えれば世の中いろいろな嗜好の人がいるのだから、どんな容姿でもプラスにもマイナスにも働くのは当然である。
しかし男女間の友情など存在しないというのが痛いほどわかった。
こんなに理不尽で納得がいかないことは無い。
男女が永遠に良い友人で居続ける方法を発見した人がいたらノーベル賞を送りたい。
誰かが発見してくれることを切に望む。
それにしても何が一番厄介かというと、色恋沙汰は伝染性であることだ。
感染力が非常に高い熱病だ。
様々なものが疾患扱いされている中で、何故恋愛が疾患認定されないのか全く解せぬ。
そもそも恋をしている人間と言うのははたから見たら病気にしか見えないと言うのに。
病原体だの菌だのだと思えば、説明がつくのだ。
かく言う私はアナフィラキシーショックを起こした。
体に合わないものは毒だ。
そんなわけで、リア充にならぬよう日々を過ごしている。
やりたいことは様々とあるが、その中に愛とか恋とかはないのだから仕方ない。
非難されるいわれもないし、自己嫌悪する必要もない。
人は一人で死んでいくのだし、生きていく間も一人であったからと言ってなんらネガティブにとらえる必要はないのだ。
自虐ネタを言うってことは、他人からも言われることは覚悟せねばならない。
自分がOKだしてるんだから、乗っかってきた他人をとやかくいう道理は無い。
俺はこの増田に賛成だな。
本気で他人に言われたくないことは自分でも絶対言わない。
自分で言うのはいいけど他人に言われるのは泣くほど嫌だなんていう
自虐ネタを言うってことは、他人からも言われることは覚悟せねばならない。
自分がOKだしてるんだから、乗っかってきた他人をとやかくいう道理は無い。
自虐ネタを言いたがる人は、自分の心の中ではOKな場合・程度とそうでない場合・程度を設定してるんだろうけど、そんなものは他人にはわからない。
気の利いた人は想像してくれるかもしれないが、それはせいぜいベストエフォートに過ぎないし、そもそもめんどくさい。
彼女はその道理はわかっていたんだろうけど、自分が背負える限度を想像したことがなかったんだと思う。
で、彼としては、そういうことを代わりに想像してあげて、自虐ネタを諌めるとかしてあげてもよかったと思う。
「自虐ネタで自沈するタイプの人がいることを知らない」のは、仕方が無いことではあるけれども、それを何とか仕方が有るように心掛けるのが、度量というものではないかと思う。
誰しもそうせねばならないのかという話ではなく、彼としてはどういう人物でありたいか、という話。
でも、これからどうしたらいいかは、すまないけど、頭を丸めて明るく土下座して笑わせてあげるとか、そんなことしか思いつかない。