はてなキーワード: 大学生協とは
この間からまたハマりはじめた。大事なのは感情。ただ期待するだけじゃだめだったんだなぁ。あの当時は、悲しい気持ちが強すぎてどうしても良い気持ちになれなかった。
今は、はっきりと願うものを現在形で手にしていると思える。
今日引き寄せと思われるちょっとした経験(2ちゃんでもいいけど、こっちのほうが自分の書いたことを確認しやすいので)
大学生協でいつもミールカードを使って食事をしているけど、食堂は嫌だから弁当を買って家で食べるようにしていた。
ところが、時間が合わなくていつも置いてある弁当がほとんどなく、サラダも置いてなかった。いつも買うカフェオレも売り切れで、あまり好きでもない弁当を買うしかなかった。
その時、今の時間なら混んでもいないし食堂でおいしいものを食べられる、と思い立った。
食堂のほうがメニューも豊富だし、安いのにかなりの量を食べられる。行った時間がちょうど授業中だったので人も少なく、良い席を難なくとることが出来た。
これって引き寄せかも?サラダやカフェオレが売り切れだったおかげで、冷めた弁当ではなく出来たての食事をとることが出来た。
さらに言えば、この日は珍しく歩いて20分もかかる本屋に行って引き寄せ関係の本を立ち読みしていた(現在金欠で一冊の本も買えないため)。
今の願いとしては、毎日10万円を自由に使える生活がしたい、というものだけど(それ以外にもあるけど)、この気持ちをずっと継続しようと思った。
いま一部で大流行の「サイエンスクラッシャー」ネタなんですが、実は壮大な釣りプロモで、内田さんの狙い通りにコトが進んでる気がしてきた。
なお、私は決起集会の動画は見ていて、内田さんの関連blog記事は読んでいるけれど、内田さんの新著は読んでいない状況。
元ネタ: 「サイエンスクラッシャー」 http://anond.hatelabo.jp/20100429013047
引用元: 「新著「疑う力を阻害するもの『科学教の狂信が思考停止に』」掲載」 http://ameblo.jp/marika-uchida/entry-10518383971.html
ちょっと引用してみましょうか。
そのとき、ある新聞社から以下のような質問が出ました。
「科学技術の大切さは誰しも理解していると思う。しかし、国民の素朴な疑問として、スパコンになぜ多額のお金がかかるのか? というものがある。これをどう説明しようと思うか?」
それに対し、あるノーベル賞受賞者が、「まず1つは、マスコミにもっとしっかりしてもらいたい」「メディアの力は大きい。メディアがもっと科学技術を理解しないと、国民には伝わらない」と。
このシチュエーションで、たぶん回答者が言いたかったことを私なりに翻訳すると、
情報の1次発信者が、どれだけ正確かつ丁寧に説明したとしても、情報の最終到着地である一般読者に到達するまでに、*必ず*マスメディアのフィルタが入ってしまう。このことは、科学者に限らず、一次発信者がどんな者であっても言えることだ。
そして、このマスメディア・フィルタの掛かり方次第で、情報はどうにでもなる。繰り返すが、一次発信者がどれだけ正確かつ丁寧に説明したとしても、マスメディアの記者や編集部がそれを理解することができなかったり、本意・不本意を問わず歪曲したり、勝手に画角やフォーカスを調整したりしてしまえば、一般読者には「そういう」情報しか伝わらないのだ。
だから、我々1次発信者も一般読者に分かりやすいように努力はするし、しているけれども、マスメディアの記者・編集部もまた1次発信者の意図を理解し、それに応えられるような努力をして欲しい。
このような意図になる。違うかなぁ…、僕はそう思うし、常々そういう主旨のことを思っているけれど。
その上で、内田さんの、あなたの立場を考えてほしい。
あなたはサイエンスコミュニケーターを標榜しているけれど、あなたの立場は上記のコメントでいう「マスメディア」に該当するはずである。職業はともかく、「本を出版する」(まさにマスメディア)行為をしているからだ。
そして、決起集会を見て(一次発信者の主張を取材して)、本を出版し(マスメディア行為)、それを読者(きっと一般の方が主たる想定顧客だろう)に伝えようとした。
このとき、内田さんは「内田さんの」マスメディア・フィルタを掛けてしまった。
(追記)
私は、そのノーベル賞受賞者が、「国民がスパコンの重要性をわからないのは、マスコミが悪いせいだ。勉強不足だ」と言うのには、まったく納得がいきません。
これでは、一般読者は、「ノーベル賞受賞者って、自分(たち)がエライと思ってるのね。イヤなヤツらだ」という、否定的な印象しか持たないと、私は思います。そして、後でも少し触れますけれども、私には内田さんのこの態度に、内田さんのいう「『疑ってかかる』のが科学的態度」を感じられないのです。もし「『疑ってかかる』のが科学的態度」ならば、「ほんとにこのノーベル賞受賞者は、そういう意味で言ったのかなぁ。他にも解釈があるのではないか、言いたいことはあるんだけど結局こういう言い方をしてしまっただけではないのか、そして、その理由はなんだろうか?」などと、いろいろな思索をめぐらすはずだと、私は思うのです。
そして、「賛同の嵐」「科学教の狂信者集団」「その新聞社に向かって、自己の責任を放棄したこの発言。」「ノーベル賞受賞者らの発言に対し、会場がいちいち拍手を送り、twitterでも賛成の一色だったこと(もちろん、100%その賛成意見で占められていたわけではありませんでしたが)。」「科学教の狂信が思考停止に」などという、科学者に対するレッテル貼りの行為です。
もちろん、内田さんの記事を丁寧に読めば、「(もちろん、100%その賛成意見で占められていたわけではありませんでしたが)」「でも、反対意見は容易にかき消され、ほとんど賛成の声しか見えてこない、この全体主義のような雰囲気は何だろう、と私は不思議に思ったのです。」「念のため、その場にいた人の中にも、「あの様子に居心地の悪さを感じた」と言っていた人がいたことも、申し添えておきます。」などという、反対意見もあったということに触れて、「公平さ」を装っているわけです。
しかしそれでも、内田さんの書き方では、熱狂的な賛同者の意見の抽出とその強調に始終していて、反対意見を持った人がどれくらいいて、その人たちはどういう意見を持っていて、どういう反応を示したのか、ということに、決して具体的には触れていないのです。このことに、私は「『公平さ』を装っている」という同情を示せても、「公平に記している」という同意までは示せないのです。
なぜ私が、このblogに対して批判的にコメントしているかといえば、このblogの内容から、内田さん自身の、内田さん自身が「サイエンス」ライターやマスメディアの一端にいることを自覚していることを示唆するモノの見方・言い方・考え方を、垣間見ることができないからです。
上述のように、私は、あのblogの内容は公平さに欠けていると思っています。そして、その公平さに欠けた主張が、blogや出版物を通じて一般読者に波及していくことで、「あぁ、あいつら科学者は、やっぱり権威主義なんだ。だから、現役の間は好きなことだけやって、説明しようなどという熱意は微塵にもないし、定年後に私立大とかに天下りして平然としているのだ。エラソーにしやがって。」などという、悪意に満ちた理解が拡がっていくこともまた、恐れているのです。
(追記2)
このような危惧を過激な一言で言い捨てた表現が、「サイエンスクラッシャー」という称号じゃないかと、私は思うのです。これまで説明してきたように、少なくとも私には、どうも内田さんのblogの文だけでは、「やっぱ科学者って傲慢だよねー。でしょ?サイエンスコミュニーターから見てもそう思うよ、うん。」という、科学者の態度を批判する内容しか伝わってこないです。その上、科学者の態度が感じられない程度の考察しかできていないのに、科学者の態度についてのご高説が書かれている。ちょっと待て、その科学者の態度とやらで自分の態度・考察を振り返ってみ?と。
じゃぁ、内田さんの今後に、どういうことを期待したいか、ということですが...
「サイエンス」の「コミュニケーター」を標榜するならば、しばしば言われる、「科学者はコミュニケーションが苦手」であることをフォローするような解説をすべきではないでしょうか?(たとえば、上で述べたように、なぜノーベル賞受賞者がマスコミに注文を付けたのか、ということの解説。「あれは科学者が職務放棄した、ゴネだよ」というコメントは、科学者の気持ちやマスコミの取材事情を知らない、一般人と同程度の認識に留まっていて、考察が全くなされていないようにしか見えません。)
もしも科学者の態度を身につけているならば、賛否両論のどちらもを取り上げて議論し、それを補強するデータを示すべきではないでしょうか?(たとえば、Twitterやニコ動、ustのタグ付発言でのpositive/negativeコメントの、tweets数およびtweeter数の統計でも、いいんじゃないですか?それなら、個人に迷惑かかることなく実施できると思います。)
サイエンスコミュニーターはともかく、あくまで「物書き」だとしてもいいです。それでも、賛否両論とは、「賛否『両論』」を取り上げるからこその賛否両論なのですから、両論をきちんと取り上げましょう。そして、twitterに必要以上に頼らず、実際に本人や学内外の科学者に取材してみて、その声も聞いてみてはどうでしょう?たとえば、あのノーベル賞受賞者は、果たしてどういう意図でマスコミに注文を付けたのか、本人に取材しましたか?
こんなことを思いながら読んでいくと、最後に書いてあるんですよ。
「それはどうか?」とか「なるほど」とかのご意見をお持ちになる方がいらっしゃいましたら、ぜひ拙著『科学との正しい付き合い方』 を手にとって頂けたら、と思います。
全体を読んでの、ご感想、大歓迎です!
やられた!と思いましたね。
上で述べてきたように、本文では散々、情報リテラシーを持った読者や、科学者の心を持った読者が持っている「『疑ってかかる』のが科学的態度」という、ある種の正義・倫理観を煽っておく。しかも、そんな彼らが持っている「やっぱり原文を読んでからでないと、ちゃんとした批判はできないよね」という良心をも煽っておく。
そして最後に、「賛否両論、どっちでもいいから、何か思うことがあったら買ってね!」と落とす。
俺、非コミュの典型で大学入ったばかりの頃、本当に友達ができなかった。知り合いはできるけど、友達は無理。サークル入っても無理だった。大学入って4月の終わりから、一人学食。非コミュがずっと一人だと、ますます非コミュになる。たまに話す機会があると、すっげー嬉しくなって、余計にべらべらしゃべってしまう。それで、煩い奴と敬遠されて、ますます喋る相手がいなくなる悪循環だった。
時間があるからゲームやバイトに精を出したが、ゲームにも飽きてきたので、読書するようになった。
昔から小説は読むのが好きだったので、図書館で借りたり、大学生協で買ったり。ジャンルは桜庭一樹など。それで、作中内の気に言った台詞を声に出して読むようになった。作中内の人物像をイメージしながら読むようになった。そうすると、だんだん他人との会話に抵抗がなくなってきた。作品内の会話が、実生活の会話モデルみたいな位置づけ。堅苦しく言えば、会話の勉強の一環として小説を読んでいた。
そうこうしているうちに、大学内で親友ができた。そいつも他人とつるむのが嫌いなタイプ。一人でいることが多い者同士だったけど、気があった。そいつとの会話は特に気兼ねもなく。今でもしょっちゅう連絡を取り合っている。
もちろんコミュ能力は育った環境にも依存するからすぐには改善されないと思う。今でも、自分のコミュ能力は中の下くらいだと思う。会社同期のリア充グループにはついていけないけど、それなりに仲の良い友達もできて、仕事もそこそここなしている。
前回のエントリ「ビックカメラとヨドバシカメラのポイントに関する考察」をお楽しみ頂いた方も居たようで、筆者もアホなメモを増田化した甲斐があったというものである。
ところで、前回エントリに対するブクマコメントやブログ記事で「ヨドバシポイントは書籍に使うだろjk」という内容があったので、反論を試みたい。
書籍でポイントを使う派の主張は「書籍は3%還元なのだから、5%還元のMacBookでポイントを消費するより得に決まってるじゃないか」ということだと考えられる。これは一見すると前回記事の筆者の主張と合致するように見えるが、これが成り立つには「書籍は定価でしか購入できない」という前提が必要となる。
書籍を定価より安く買うチャンスがあるというのは、http://anond.hatelabo.jp/20080522122958 にまとめられている通りである。ちなみに、筆者が新刊書籍を買うときはパルコの本屋でパルコカードを使うようにしている。パルコは年の1/3程度の期間、パルコカード利用で5%オフのキャンペーンを実施しており、書籍も5%オフの対象である。これにより、カード請求額が5%引+0.5%ポイント還元となるので、書籍の価値は定価の95%と考えることができる(筆者はセゾンのポイントを使う気が無いので0.5%分は無視した)。
つまり、定価144800円の書籍に支払う金額を考えると、144800*0.95=137560円となる。一方、定価144800円のMacBookを買うとすれば、前回の議論をベースに考えて144800-7240y=約138277円を支払うのと同じである。よって、同額のヨドバシポイントを使うならMacBookの方が有利だと言える。
ヨドバシポイントを書籍に使うのは、MacBookなど値引きが無い商品に使うより僅かに損である。書籍はパルコなど、特定の店舗のクレジットカードで買う方が得である。特に、大学生協などで書籍を10%オフで入手できる場合には、ヨドバシポイントを書籍に使うと不利である。
書籍を5%オフで入手できる場合に関して言えば、15万円買っても両者の差は1000円以下であり、ぶっちゃけ大差ないとも言える。ヨドバシポイントが大量にあって、欲しいものが目の前にあるならMacBookだろうが書籍だろうがポイントを消費すべきだろう。
また、パルコなどに入っている本屋には理系が好む書籍が少ないという問題点も見逃せない。ヨドバシの書籍売り場はヨドバシポイントを使う上で魅力的な選択肢である。この事実は否定できない。
古本屋さんがその役目を担ってるね。
基本的には教科書の融通、という役目を介してからだけど、
(追記注:教科書自体の値段も高いから安く買いたいという需要と、
不要になった教科書を売って次の投資に回したいという需要とが、
分野外・他学科の人からすれば安価に専門書を入手できる機会提供にもなる。
専門書カフェをやれい、というのは半分正しいとは思うのだけど、
民営でやるなら採算が取れるのか?という問題と、
結局直接本を購入するのと出費が変わらなくなってしまう。
その上、直接購入した場合と違って手元に残らない、複写できない。
(追記:そういえば昔は日本でも貸しマンガ屋という商売があったそうな。)
その中間路線を行くのが、JUNKUDOの、店頭の本を座り読みできるコーナーなんだけど、
それは元増田的にはどうなんだろう。
自分は兵庫県南部民だったから、三宮のジャンク・ドゥで遊んでたなぁ。
図書券など金券ショップで数%引きで売っている。図書券は普通の書店ならどこでも使えると思う。書店じゃないところ(コンビニとか)では使えない
各種商品券もショッピングセンターなどに入ってる書店なら使えることが多い
クレジットカードを持っているなら使える店はかなり多い。だいたい大手でポイント0.5%ぐらい還元
ルミネカードとか。請求時に5%ぐらい引いてもらえる。時々キャンペーンで10%OFFとかも。ポイントもつくので、さらに商品券に換えると良い
Suicaが使えるエキナカなど。VIEWでSuicaをチャージすると1.5%還元だったり、EdyでANAマイルが1マイル/200円ついたりとか。
Amazonやbk1は通常1%のポイントがつく。bk1のアフィリエイトは本人購入もOKなのでさらに2-3%。bk1のまとめて1万円以上で1000ポイントはかなり美味しいけどなかなかそこまで(欲しい本がたまるのが)待てない。Suica/Edyで決済するとその分のポイントが出たりもする。
大学生協とか。10%ぐらい。
「安く買う」ではないけど、クレカのポイントやマイルなどは色々提携しているので、一つのサービスのポイントに寄せると使い勝手が良くなったり、交換キャンペーンで増量できたり。
大学生協は? 確か1割引だよね。ただ品揃えがなー。マンガとか売ってたっけ?
首都圏近郊ならルミネカードが10%オフ(だいたい年6回)の時にまとめ買いもオススメ。ルミネは2000円以上の買い物で配送無料なので大量に買って配送してもらったりもする。
私はboopleのアフィリエイト(自分の注文も可)5%を利用して、楽天カードで決済してポイント1%の合計6%で普段は済ませてる。出た本はすぐに買いたいから1万円以上とか買いたい本が貯まるまで待っていられないのでw
そんでハードカバー系の高価な本はピックアップしておいて取り置きなどを駆使して、カードの10%オフキャンペーンを狙う、というように使い分けてる。クレジットカードの割引はルミネ以外にもあると思うので探してみたらどうでしょうか。
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2007/11/4_299a.html
とかを見てると,大学の研究に夢見すぎだろうと思う.特に予算額を比較するくだり.実情を知らないとそんな夢を見れるのねと笑ってしまう.
国立大学なんて基本的には国の機関(もちろん,今は独法化されてるから正式には違うけど)だし,目的もあいまいだから現状公共工事がかわいくなるくらいのレベルで無駄がはびこっている.だから,システムを変えずに額だけ増やすと10年後くらいにすごい勢いで糾弾されそうで怖い.(というか,もうされてる?)
うちの大学だけじゃないと思うけど,支払いの融通が利かなさすぎてすごい勢いで無駄なお金を使う羽目になっていることが多いと思う.特に問題だと感じるのは,
あと,4000USDを86万円にしてきた商社は生物系の京都にある商社.持ってきたカタログを見ると,中華メーカーなら8000円,高くても29800円くらいで利益をのせて作りそうなUVのLED付きの帽子が40万円位しててふいた.その時に工学系もたいがいだけど,医療生物系は魔窟だと思ったよ.
胃もたれしそうだ。
コクかもしれんが、考えうる手段を考えてみるよ。
・父親には療養に専念してもらう
それ以外ない。ただ正直肺がんはヘビーだ。覚悟はそれなりにしておいたほうがよい。
審査なしで書類だけの申し込みで入れるものも多いので確認必須。まだのようならいますぐに。
もしかしたら君が大学生協あたりで加入しているものが、一等親以内のなんちゃらをフォローしているかもしれない。ここらへんは向こうから教えてはくれないので契約関係を洗ってみてくれ。
・兄貴になにかをしてもらいたかったらリスト/TODOを書き出しておいてやること。
主体的に動いてもうらうのは難しいが猫の手も借りたいほど忙しくなるだろうので単純作業はどんどん振っていこう。
・財務関係を洗い出しておくこと。
場合によっては相続の放棄も年頭に。生前贈与はいずれにしろ役に立つ。
ただし兄弟がいるとのことなので、独立し子供たちが経済的に自立するまではその金には手を出さないなどの一筆をいれておくのがいいかもしれない。
・預金通帳の暗証番号などは
わかるように整理しておいてもらおう。
常には看病できないのでノートを一冊父親に渡しておくといいかもしれない。
・借り入れは銀行から
もしお金が足りなくなっても消費者金融からなどは借りてはいけない。銀行からの借り入れを検討しよう。保証人を立てる必要があれば保証人協会へ出向き事情を説明しよう。今ならそれなりの低金利で借り入れられる。
なにがあるかは知らないがなにかあるかもしれない。
・大学を辞めることはない
休学という選択支もある。ここらへんも大学の方が詳しいはずなので必ず大学や研究室の教授に相談すること。一人で悩むな。もちろん就職先の人事などに相談すること。就職前なのであまり期待できないが大きな会社であれば社員用の借り入れ制度などもあったりする。君が早くに働きたいという事情も汲んでくれるだろう。
・売掛金を担保にすることもできる。
場合によっては。
おやじさんの会社がどのような業務をやっていて対応をしているかはしらないが、もし税理士さんをいれているようならまず膝を突き合わせて相談しよう。
会社をたたむのをいまから心配する必要はない。
会計年度をしっかり頭にいれておけばそれほど急がずとも対応できるだろう。
もし、休眠させたとしても赤字なら地方税が毎年7万円だ。
あまりおすすめしないが社歴が欲しい人も少なくないので法人格をうっぱらうこともできる。
それになにより法人として借り入れをすることができる。これは大きい。
赤字は持ち越せる。
会社は使い倒そう。
おやじさんに入院してもらう前に銀行から長期借り入れをしてもらうのもありだ。
会社を存続させるために必要なお金であれば事業資金にはかわりない。
・補助金制度を利用しよう
社員になってもらったのち給与を支払い→兄貴から会社に貸し付けなどという方法もある。
もちろん君が社員になってもいい。会社から給与を貰って会社に貸し付けるんだ。
畳むんだとしてもこれは重要なことだ。
・兄のことは心配するな
君がそこまで抱え込むと君が倒れる。
・おもいつくことは
実行しろ。人に相談しろ。
時間だけはまってくれない。