はてなキーワード: 無意識とは
「女は薄っすら好かれる、男は薄っすら嫌われる」
この名言のとおり。日本では男性は無意識レベルで差別されてる。
だから残念だけど、一般的に弱者男性に告白されても女性は喜ばない。
疑うなら、ここで証明しよう。
女性の皆さん!
結局どうやって友達を作るかってところに戻ってきちゃうんだけど、
就活や男女のマッチングと同じで、やっぱりそこには大前提として
っていう2条件が要るのよな。
友達なんかひとりもほしくねーやと思ってる人とはどんなに魅力的な人物だって友達にはなれないし、
友達がほしくてしょうがない人だって、つまらない人物や感じの悪い人物は願い下げだろう。
つまり上の2条件がちゃんと揃わないとマッチングは成立しない。
ちなみに、初対面のその場で友情が築かれることなんて、相互にめちゃめちゃオープンマインドじゃないとありえない。
やっぱり、何度か会って話してるうちに、お、こいつなんだか気が合いそうだな、ってなるのが普通。
(女子同士の場合は初対面でいきなり打ち解けた感じになるけど、あれは双方とも演技。友情ではない)
自分は人間としてまともです、こういう人物です、ということを臆せずある程度開示して見せないとなかなか友達はできない。勝手に友達がどんどんできちゃう人はこれが上手というか無意識にやってる。相手に興味を持ってどんどん質問するし、共通点を見つけたら喜ぶし。
のいずれかか、もしくはこれらの複合要因。
同世代と見ているもの・普段の生活すべてが違いすぎて会っても話すことがない。
友人・知人にいわゆるオタクは1人もいない。
なさすぎてどんどん疎遠になる!
なんなら会話が苦痛。
オタク友達とか出来たら楽しいんだろうか?この歳でどうやって作るのかよくわからないけど。
この年齢(女性)だとそろそろオタク卒業して仕事か家庭でみんな忙しいのでは。
男性も変わらんか。
お茶にごすときは健康の話題とかしてるけど、喋りながら興味なさすぎて苦痛すぎて早く帰りたい一択だもんな
久々に会うと親に、もっと外に出て人と話せ!ってぎゃーぎゃー言われる。
今日も言われた。
習い事とか行けば?って。
リセット症候群の気があるから知り合っても絶対そのうち縁切ってしまうし。意味あるか?
世の中の人は何を話してるんだろう?
うちの親は喋っていないと死ぬタイプだが、ずーっとあらゆる友人・知人の話をしてるな。
会ったこともない親の友人を何人も細かく知ってる。個人情報とかいう概念はなさそう。
そんな弾は私にはない。
そこまで友人知人を信用できない。
後悔する。
というか、何を喋っても後悔している気がする。
楽しく話したあとも、何であんなこと言ったんだろう?ってずーっと落ち込む。
結果楽しかった日も、楽しくなくなるんだよな。
うわーってなる。いつもそう。
人と関わると常にこれになる。
あと、自分に過去があることが常に嫌で、自分の過去を知ってる人を見ると記憶消したくなる。
私の全てを忘れてほしい。
本当に嫌。今も完璧じゃないけど、過去の未熟だった頃の自分が嫌い。恥ずかしい。存在を消したい。
別に現在の自分は割と好きだが、時が経てば嫌いになる。わかってる。
なぜみんなそう思わないのか?
不思議。
芸能人とか、アーカイブがこの世の色んなところに残りまくっていて死にたくならないんだろうか?
この世には脳の仕組みが陽タイプと陰タイプの人間がいて、陽の人間は細かいことを気にしない。
うちの親はこれ。
心へのダメージをほぼ受けない。
私は真逆。陰。
これは無意識・フルオートで行われるためやめろと言われてもやめることができない。
出来るもんなのか?
それって面白い?
それとも裏で嫌だなー帰りたいなー話したくないなー苦痛だなーと思いながら頑張って喋っているのか?
そっちなら、なんか安心するけど。
前者が女性で後者は男性って想像したあなた、偏見ですよって言いたいんだろうが
エイリアンが料理したり、パイロットの夢を発表する地底人の子供想像しても無意識の偏見!
どうすればいいんだ
男は仕事とか始めて「社会とのつながり」ってのが明確になってくると
べつにマウント取り合うわけではないんだけど、自分や相手の社会的な立ち位置みたいのが否応なく可視化されてしまって
立ち位置が違うので、学生の時仲良かった奴ら間でも何故か居心地が悪くなって、関係が自然消滅するってことがある
学生までは友達作れてたんだけど、逆に学生時代の友達がいなくなったが最期って人が大勢いる
社会人男性で友人が居ないって人が多いのはこういう理由があったりする
男ってだけで無意識に周りからいろいろ背負わされたり自分から背負ったり、時間消費させられたりで友達付き合いめんどくなったり、やる体力なくなるってのもあるけどね
生まれてから高校までアメリカで過ごし、それ以降は日本で住み就職もしている。今20代前半。
最近X(Twitter)でこんな動画が賛否両論を生んでいた。
https://x.com/sgwhn8727/status/1627815915457839104?s=20
「子どもたちの自己肯定感を上げるため、わたしのクラスでは毎朝affirmationを言います。I am loved, I am brave, I am smart, I am kind, I am a problem solverと言い合って、ポジティブな気持ちで1日過ごせるようにします。これを毎日繰り返すことでポジティブな自分になることが狙いです。」
これを見て、自分が今まで生きてきて感じたことを色々と思い出したので少し書く。
便宜上、「アメリカ」「日本」と大きな主語を使うが、もちろん家庭や土地によって差はあると思う。
アメリカでは↑の動画のように、「あなたは素晴らしい存在である」と言われ育つことが多い。
「あなたは賢い」「あなたは強い」「あなたは愛されるべき存在」と。
日本では謙遜という概念や「能ある鷹は爪を隠す」という言葉があるように、素晴らしい能力を持った人でも偉ぶらず控えめであることが求められることが多い。
そんな日本の文化を窮屈に思い、アメリカの文化を羨ましく思う人も多いだろう。
しかし、アメリカの「自己肯定感アゲアゲ」文化には致命的な欠点が存在する。
身も蓋もないことを書いてしまうが、いくら本人が「自分は素晴らしい存在だ」と思っていても、現実は違うことの方が多い。
「アメリカは個性を尊重する」とか言ってる人もいるが、誰だってバカより賢い人の方が好きだし、ブスより綺麗な人の方が好きなのだ。それはどこの国も変わらない。
そもそも、「誰もが素晴らしい」が声高に主張される社会=そう言わなければいけない社会、ということである。
社会に出たら嫌でも自分のランクを思い知らされる。自分の上位互換がいくらでも転がっている。
自己肯定感のメッキが剥がれる瞬間が辛いなら、最初から身の丈にあった感覚を持ち生きたほうがマシではないか。
特に今、日本中国韓国の若者と同じように、多くのアメリカの若者には金も希望もない。
インフレや格差にあえぎ、親と同等の暮らしをすることをあきらめている人がほとんどだ。戦争や気候変動など世界的な問題も山積みだ。
こんな中で「自分は素晴らしい」「人生は素晴らしい」と言われても困るのである。もはや呪いでしかない。
「自分は素晴らしい」という言葉は呪いだ。なぜなら、むしろ自分のクソさに気づいたとき、そのクソさがものすごく大きく見える。
その人は「ブスの戦い方」を指南していた。美人はどうやたって生きていけるが、ブスは工夫しなければいけない。しかし、努力すればむしろブスは美人よりも大きな成果を上げることができると。
その話は「ルッキズムを植え付けるな」なんて批判されていたが、自分は感動した。
自分が美男美女ではないから生きづらいと言っている人に対して、「あなたは美しいよ。素晴らしい存在だよ。」と言うのは正しいのだろうか。
非美男美女としての生き方を提案するのが本当の優しさなのではないだろうか。
もちろん美醜だけでなく、頭が悪い、身体が弱い、など、それを素晴らしいよ・あなたの個性だよで終わらせるのではなく、弱者としての戦い方を徹底的に教え込むべきなのではないか。
そもそも、アメリカの自己肯定感は間違っている。「自分は素晴らしい」と思わせるのは自己肯定感をはぐくむことではなく
どんなスポンジケーキかということを考慮せずに、クリームをゴテゴテ塗ってごまかしているようにしか思えない。
「あなたは素晴らしい」と言われ育ったが、そうではないことに気づいてから人生計画を立て直すのに時間がかかった人はたくさんいると思う。
自分ももう大人になったし今は幸せなので、今まで受けた教育にだらだらと文句をつける気はないが、最初から人生がクソゲーだと教えられていたらもっと楽に生きられたと思う。
自己肯定感とは、どんなに自分や自分の人生がクソでもなんとか生きていける能力だと思う。
でも昨日食べたラーメンはおいしかった。信号ですれちがった犬がかわいかった。昨日より1mmは仕事ができるようになった。だからよかった。
日本の「自虐文化」は批判対象になることが多いが、実際無意識に救われてる人も多いのではないかと思う。
あと、これは書くか迷ったんだけど、アメリカの自己肯定感アゲアゲ文化は奴隷を育てるためではないかと思ったことがある。
日本の詰め込み個性ガン無視教育は批判されているし自分もどうかと思うけど、ほぼ全員に最低限の教育を施し、子供たちが次の道へ進みたいと思ったときへの土台作りはできると思う。
しかし、アメリカは頭のいい子への教育は天才的であると感じるけど、バカへの教育はあまりよくない。最低限の基準に達していないバカに「君は素晴らしい」「我々は強い」と言って、一部の天才の奴隷にしようとしているのではないかと思った事すらある。これは陰謀論とかではなく本当に。まあ奴隷育成に失敗して中身スカスカなのに態度がでかい人間を量産してるけど。
もちろんサービス残業
余計なお世話かもしれないが、職場に女一人残すのは色々と心配なので、男である自分が鍵閉めをかって出て、最後に退社するようにしてる
女性社員のお疲れ様ですを聞いて、すぐに自分も帰り支度をしては相手に「待たせてしまった」と余計な印象を与えてしまうかもしれないので更衣室の電気が消えて完全に帰ったのを見届けてから帰り支度をし、退社する
別に女と2人きりになりたいわけでも、モテたくてやってるわけではない
年下にも年上にもこうだし、むしろこんな都合のいい奴ムーブ、モテからは正反対だと思う
それにおそらく向こうは気づいてないだろう
ほんとうになんでこんなことやってるんだろうな
自分の時間や体力を消費するのが、役割だと思ってしまっているのだろうか
追記、というかなんというか
ここは雪が10センチ以上当たり前のように積もる田舎で、俺の勤め先は金融機関だ
田舎なので男たるものという因習のようなものが無意識に染み付いている可能性はかなり高い
あと心配というのは女が心配とかじゃなくて、最悪それこそ武器持ったあぶねー奴が来て、結果的に金とか奪われた時に「金融機関が女1人残してなにやってんだ」って言われる心配に近いかもしれない
結婚・子育て問題にあるのは既婚・子持ち側からの一方的なマウント行為のただ一点のみだよ
メリット・デメリットだの社会的意義だの老後のための保険だの暇潰しだの、それらはただ各々の立場からの視座を補強するための理由でしかない
現実にただ事実として存在しているのは、既婚・子持ち側の無意識無自覚無遠慮な、「見てください聞いてください私はこんなに幸せなんです」マウントのみだ
独身・子なし・非モテからのやっかみや嫉妬なんてものは、そもそもその対象となる側からの執拗なアプローチがなければ存在し得ないんだよ
この問題に関するすべての軋轢の根本原因は、こうした相手の都合を一切考えない独善的な自分語りにある
これは飲み会なんかで誰も聞いていないのに、老害が過去の自慢話やら武勇伝を勝手に延々とリピート再生して若者たちに聞かせる行為に近い
いろいろあるが、自身の立場や属性を利用して相手に特定の反応を強要するコミュニケーションは、どのような形であれそれは等しくハラスメント行為なんだよ
ハラスメントを続けるから、それに対して不満が生まれて反発も生まれるが、それをやれ嫉妬だの本当の幸せを知らないだの、そうした言葉で封殺してきたのが既婚・子持ち連中だ
結婚や子育てにメリット・デメリットなんて話になるのも、そうした理不尽に対して言葉を尽くそうとするからであって、それもそもそも攻撃する側が存在しなければいいだけの話だ
まずはともかく、ハラスメント行為をし続ける人間を止めることから始めないと、いつになっても溝は埋まらない
おまえらがいかに幸せで、子育てに苦労してて、それでも自分の子供が可愛くて仕方がないのは分かったから、まずはそのハラスメント行為をやめろ