はてなキーワード: アメトークとは
アメトーク収録中の雛壇みたいな話法でしか雑談できないような人がマジでめちゃくちゃいる
「キモくない奴の特徴」
って感じに、ある種の強さやオシャレさの象徴みたいに捉えられてたタイプだったから同世代♂カースト高いタイプだったんだけど、若い世代からしたら全く違うんだろうな。
「〇〇だったらチューしてくれる?」
とか
とかご機嫌で言ってるの見てて
「なんでそんな痛くてダサくて気持ち悪いこと言うんだろ。よせばいいのに」とひたすら不思議に思ってたんだけど、もしかしたら20~30年時計の針を巻き戻したらこれだって当時のイケてるオス話法の1つだったのかもな。
Z世代だったら、例えば自分が不快や不満に思っている状態であることを攻撃的に表明する時に全部「ダルいわ」使うのも陳腐化するのかな。
アメトークの「男子校芸人」を見てるのだが、「学内に女性が居なさすぎて、学食・購買・保健室のオバちゃんを異性として見る。誰が好きか話し合う」と言っていて
何も身近な女で済まそうとしなくてもいいじゃんという話
まあ、世の中「同じ学校・学年・クラス・部活・サークル・職場で恋愛」が溢れていることを考えると、手近で済ませるのも仕方ないのことなのかもなと思うけれども
そういうのも別に「面倒だから」じゃないんだろうけどね。単に「いつも傍に居るから」という理由で好きになるとかなんだろうけれども(自分だってそうだし)
でもなあ
男子校でオバちゃん狙いとか、冗談だろうって思う。「ちょっと年上の女教師」とかだったら分かるけれども
…違うのか?
女ならなんでもいいのか?
最新家電が多いからポチることは無いけど何かしら購買意欲を唆られる
今は時期的にプライムデーセール中なので、家電芸人を見ながらドリンクメイトの炭酸メーカーなんぞをポチったりしてしまう
今回もAmazonで沢山買ってしまった。これ以上買わないようにしないと。単品で高いものが無いのにトータル5万とか使いたくないよな
でも普段遣いのものが安くなってたりすると買っちゃうし、ソレ以外で必要なものでカートに入れっぱなしのやつとかちょっとだけ安くなってると買っちゃうな
思うツボだ
いま、アメトーク延長戦見てるんだが家電芸人ではサンコーレアモノショップの焼き鳥メーカーを紹介していた
ちょうど別の番組で夏のサンコー特集やってるのを見たところで、冷水マットを買おうか悩んでいる。でも難がありそうだから買わないと思うけど
サンコーレアモノショップ、ホント「有りそうで無い」を実現してくるよな
家電芸人で焼き鳥メーカーを紹介してたのは徳井さんだけど、彼はご飯炊ける弁当箱も実際使ってるしな。楽屋でコメ炊いてカレーかけてた
なんか大福の類の食べ物を複数の芸能人が食レポしててそのうち誰かが「金マン」って言ったところで周りの芸能人に下ネタを諌める感じで叩かれてた。
思うんだけどそれならアメトークで毎度「女陰(ほと)ちゃん」って言ってるのはどうなんだ?
まあこれって古語で、古語ってだけでもだいぶ真面目な匂いの言葉として受け取られるから下ネタ扱いされないってことなのかな。外性器って言っても下ネタと受け取られないみたいな感じで。
まあ古語ってだけで当時の人からすればほとなんて今のまんこに帯びてるいやらしいニュアンスそのものを持ってたはずなんだけどね。
いや俺も最近蛍原と女陰を結びつけたぐらいだから、単純に音の一致性に気づきづらいってだけのことかもしれんが。だとしたらなぜ「まん」は気づかれやすいのかそれ以外の音は気づかれにくいのかとか別の疑問が生まれるけどね
いきなり自慢みたいな入りだが、俺は小中学校の成績は5段階評価でほぼすべて5だった。主要5教科は当然ながら、美術も音楽も5だ。
だが、運動音痴だった俺は、体育だけはどんなに頑張っても4、時々3、一度だけ2だったことがあった。
小中高と、俺は体育教師に嫌われがちだった。2をつけられたときに何故だと抗議しにいったのだが、真面目に取り組んでいないだろうというようなことを言われた。確かに俺はスポーツを猿の遊びだと心底バカにしていたが、授業は真面目に受けていたつもりだったのでショックだった。
さすがに2はまずいと、次の学期はさらに熱を入れて取り組んだ。30過ぎたいまでも覚えている。その時のカリキュラムはバスケットボールだった。実技テストとして「レイアップシュート」をやらされた。だいたい一ヶ月くらいの間に一度は成功させるのがノルマだった。
まず初日、当然のように俺は失敗した。そもそもドリブルしながら走ることができず手足がぐちゃぐちゃになった。アメトークの運動苦手芸人のアレだ(当事者からするとアレは笑えないし変な汗が出る)。
だがその時の俺は一味違った。体育教師に頼み込み、昼休みや部活前などのスキマ時間に練習を見てもらうことになった。
まずはドリブルの練習だ。ゴール下まで辿り着けない大問題があるので、スタート地点からゴールまでの歩数を数え、1・2、1・2、左・右、左・右……みたいな感じでゆっくり近づいていく練習をした。そもそも立ち止まっていてもダムダムしているうちにつま先に当たってどこかへ転がって行ってしまうので大変難航した(体育教師は頭を抱えていた)が、少しずつ歩けるようにはなってきた。
放課後もブックオフでスラムダンクを読んで備えた。庶民シュートは「置いてくる」。俺は完璧に理解したと思った。
特別訓練を始めて二週間が過ぎ、ようやく俺は「歩いて」ゴール下まで辿り着けるようになった。走るのはまだ無理だった。ゆっくり歩いてゴール下に近づき、びょんと跳び上がって手を伸ばし、ボールを放す。見当はずれの場所へ飛んで行くボール。慌てて追いかける俺はシューズの紐を踏んづけて転び鼻血を出した。体育教師は無言で氷嚢を持ってきてくれた。
そして迎えたカリキュラム最終日。俺はここまで一度も成功していない。残っているのは俺だけだ。テストをパスした他のクラスメイトはほぼ自由時間で、テストに使っていないゴールの下でミニゲームみたいなことをしていた。
それを横目に、俺は体育教師に視線を向けた。小さな頷きを確認して、俺は徒歩ドリブルを始める。一歩、二歩、やがてゴールの斜め下までやってきた俺は、意を決して助走をつけ跳び上がって手を伸ばす。毎日寝る前にイメトレした。ボールを置いてくる。力まず自然に行えば必ず入ると体育教師も言っていた。
果たしてボールはすっぽ抜け、あらぬ方向へと飛んで行った。虚しく弾む音はミニゲームの歓声に掻き消された。
結局、最終日の授業時間を目一杯使っても俺はレイアップシュートを成功させることができなかった。自主練をした挙句これだ。俺は酷い自己嫌悪に苛まれた。授業後、体育教師の言った言葉が忘れられない。
体育は3だった。俺の自尊心は死んだ。
多少の脚色こそあれど、不本意ながらこれはまったくの実話だ。運動音痴はやる気を出して自主練をしてもこれだという悲しいエピソードだ。
かたや、なんの苦もなくできるように見えるクラスメイトがいる。これは幼少期からの蓄積ゆえなのか? それだけだろうか。やはりセンスがものを言うように思えてならない。
アメトーク読書芸人見てるんだけど、「自分が読んだ本について分かりやすく楽しそうにこちらが興味を持つ様に語れる人」ってほんと魅力的だなと思う
読書をしなくなって幾星霜の自分を省みると、全く面白みの無い人間だなと思う
(本が手元に無いと困るので常に持参していたのは電車通勤していた時代だ。すごく昔。スマホで読まない時代
あの頃は本当に読書が捗った。そもそも仕事の帰りに毎日本屋に寄るし、休日も本屋や古本屋に行っていたわ
それでも少しは読んでいたけど、今の仕事になってからはラノベすら読まなくなった)
読書どころか、映画も見なくなって久しいので語れるものが何一つ無い
数年前まではアニメを見ていたからまだマシだったけれども汎用性の無い話題だしな。遂にはそれすら語れなくなった
ほんで、読んでるものはpixivの素人小説(しかもオリジではなく某ジャンル)。それのみ!!!!
あーあー
(それどころか課金してるサブスクすら全然使わない。意味もなくネトフリ・hulu・アマプラ・dアニメに金だけ払い続けている。お気に入りだけ溜まる)
人としての余裕の無さが笑える
体を鍛える精神的余裕も無いから体力無くていっぱいいっぱいで余計に心が荒むという悪循環
もうダメだ
追記:アメトークでビビる大木の本棚を見ていて、ケンコバと同時に「コージーパウエル…」と呟いてしまいました
https://miyearnzzlabo.com/archives/78398
自分は「RainbowはStargazer」派です。コージーパウエルのドラムが好き。そしてディオ様の声が好き
あー。人の本棚見てると、買った本全部売ってしまう悪癖が悔やまれるんだよな
やっぱ読んだ本は並べておきたいじゃん
でも置ききれないじゃん
それでも「これだけは売らん」って本がいくつか有るなあ
ヒコロヒーも大好きと言っていたサリンジャーとか。フラニーとゾーイーが特にお気に入りだな。ちょっとイライラしながら読み進めて、最後に昇華される感じが良い