「特発性過眠症」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 特発性過眠症とは

2019-04-29

人生を振り返る

私の体に異変が起こり始めたのは、中学生の頃だった。

眠い。とにかく眠い寝不足かと言うとそうではない。10時には寝て6時半に起きていたので、けして夜更かしはしていなかった。

授業中に居眠りが増えた。成績は良かったので、先生にはおそらく調子に乗っていると思われていたんだろう。ネチネチ言われることもあった。普通に居眠りはよくないことなので反省するけれど、一向に治らない。

私の居眠りはついに不可解な展開へ。合唱練習の途中に、立ったまま寝るようになった。隣の子にぶつかって慌てて起きて、しばらくするとまたうとうとして前の人にもたれかかって、を繰り返した。みんな優しかったので「ウケる〜」と笑ってくれたのが救いだったが、私は「やべえ」と思っていた。

仲のいい国語先生がいた。いつも私を褒めてくれた。(でもむっちゃ厳しくって同じくらい怒られた)その先生最近居眠りやばいんだよ〜、って話をした。他の先生みたいにてっきり怒られるかとおもったが、国語先生は顔色を変えて「はやく病院に行って診てもらいな!」と、印刷したWebページを見せてくれた。

そこには「ナルコレプシー/特発性過眠症」と、耳慣れない言葉が書いてあった。

結論から言うと、私はナルコレプシーではなかった。特発性過眠症の特発性、というのは原因不明みたいな意味なので、当てはまるとしたら後者ですな、と医者に言われ、薬を処方された。

発達障害ADHD)が睡眠障害を併発する。このことを知ったのは、大学生になってからADHDの診断を受けた時だ。中学生当時、このことは、まだ知られてなかったか、もしくは研究の段階だったのだと思う。だから私の居眠りは「特発性過眠症」として処理された。

まあ、ともかく、診断名がついたことで、誤解が解ける!そう思っていたのが甘かった。

居眠りをしてしまった分、積極的に授業中に発言をしたし、テスト結構対策して8割は維持していた。成績も、体育以外すべて5になった。でも、そのうちわけの「関心・意欲・態度」はずっとBだった。Aをくれたのは国語先生だけだった。

職員室で、とくはつせいカミンショーなんです、と言ってみた。「ほんとにそんな病気あるの〜」と笑われた。悲しかった。

今なら、中学生なんてガキの言うことだし、真面目に受け取られなかったんだろう、とか、成績のつけ方も決まりに従っただけで、理解されなかったわけじゃないんだろう、と思える。しかし、当時の私はそれはそれはショックで、ついにふてくされてしまった。

「頑張っても報われないじゃないか」「だったらもうこれ以上がんばりたくない」そう思うようになった。

私は、「がんばる」ことは他者から評価を得る、ということでしかなく、自己評価他人依存しすぎていた。褒められなくなったら頑張る必要もない、そう切り捨ててしまったのだ。なまじさかしらだったために。

早熟は未熟に終わる。そんな言葉をずっとあとに知ってから、私のことだ、と思った。

高校入学してその傾向は加速した。しかしまだ、1年生の前半は、部活勉強に、頑張っていた。部活合宿も楽しかったし、成績は中学に比べて落ちたけど、がんばって平均点を超えよう、なんて思ってたのだ。

秋の中間テストは、ばっちり対策をして、いい感じだった。明日は最も苦手な数学だけど、いつもより勉強たか大丈夫、そう思いながらお風呂に入っていた時だった。

部活楽しい彼氏もできた。成績は良くないけど勉強もがんばろうって思える。なんて幸せなんだろう。充実感に浸りながらふと、せっかくこんなに楽しい人生なのに、いつか終わりが来るのか、と思った。その瞬間、地獄の引き金が引かれた。

私は風呂を飛び出して、リビング晩酌をしていた父に、「死んでしまう、怖い」と泣き叫んだ。父は困惑していた。

そこから記憶は飛び飛びだった。怖い、怖い。一晩中叫んでいた。母親はいい加減にしろと怒られた。

目に入るすべてのもの死の恐怖に結びついた。窓を開けたら飛び降り死ぬ電球の紐で首をつって死ぬ。好きだったバンドポスターを見ても、メンバーが二人死んでいる。死ぬってことは全てなくなるということ。なくなるのが怖い。怖すぎる。

ほんとうにほとんどのことをどうやって乗り切ったのか、記憶がない。必死病院に行きたいと訴えて、精神安定剤を処方されてから、ましになった。たった一錠の薬にあれほど感動したことはない。

こうして私は、特発性過眠症にくわえて、パニック障害も背負うことになった。そのせいで過眠症の薬も一時中断した。もう、ここまでくると、頑張る気力もすべて削がれた。部活もやめ、勉強もしなくなった。彼氏には振られた。ギャンギャンうるさく愚痴をこぼす私に、親友は当たり前のように愛想をつかした。

高校時代は、たくさんの人に迷惑をかけた。誰にも理解されないという思いをこじらせて、奇行に走った。宿題は当然出さなかったし、私はこれでいいって思っていた。突然泣き出したり、人に迷惑をかけても、「こういう風にしか生きられないんだから仕方ないじゃん」と開き直っていた。いつも自分被害者だと思っていた。

人に迷惑をかけるメンヘラっていうのは、自分は変わらないと思っている。変えようとしても無駄から、人に迷惑をかけて生きていく。そうしてますます孤独になって、こじらせていって、それでもどこかで、こんな自分をそのまま愛してくれる人が現れてほしい、と都合のいい幻想を抱いている。

変わろう。そう思って、やっと生活が劇的に向上したのは、

もっと後の大学2年の時だった。それまでずっと、私は被害者ヅラをして生きていた。

そんなこんなで、当然受験もうまくいかなかった。ほぼうつ状態で、毎日寝るかスマホいじるか、勉強しようとノートを開いても、ノートの綴じ目を見つめるだけで平気で2時間くらい経ってた。親にためしにうけなさいと言われて受けたいわゆる早慶は、受験料と、地元から上京資金で、合計20万近く払ってもらったが……白紙で出して帰ってきた。雪の深い日だったと覚えている。

親は私が進学校に入ったこである程度頭いいものと思っていたようで、まさか滑り止めに落ちるとは考えておらずショックを受けていた。私は滑り止めは白紙で出さなかったので、普通に頭が悪かった。

私は浪人したいと親を説得した。どこかで、開き直りきれずに、また中途半端プライドを振り回して、早慶に受かろうと決めた。

なんとなく、学歴があればクソみたいな人間でも生きていける気がした。

上京して寮に入った。狭い世界で生きていた私は、自分がどれほど恵まれいるか当時わからなかったが、こうして東京に出てきたことは大きかった。

パニック発作ピークより治まりつつあったが、たまに思い出したように襲われる日々は変わらなかった。過眠症も変わらず、せっかく高い学費を払って予備校に来ているのに一日中寝ている時もあった。そして、圧倒的に集中力がなかった。みんな平気で8時間とか勉強しているのに、私は1時間と持たない。そんな自分イライラしたし、当然E判定ますます腹が立った。

ある日、英語の長文読解を説いていた時。課題文は、『アメリカにおけるADHD診断の増加』。ADHDとは…?

調べると、すごく自分に当てはまっている。これ、私のことでは?

しかし、病院で診断を受けるまでに長い時間がかかること。お金もかかること。なにより親に言い出しづらかった。

頭をひねっていると、私が過眠症の時に処方されていた薬が、かつてADHD治療に使われていることを知った。確かにあのころ、居眠りに薬は効かなかったけれど、成績がすごく上がっていたのを思い出した。これだ!

私は過眠症診断書を持って睡眠クリニックに駆け込み、無事薬をゲットした。

そこから成績はみるみる伸びた。(⇦ことわっておきますが、こういう薬の使い方はダメでした。スマドラってやつです。安易にこういうことをすると、規制されてほんとうに必要な人に処方されなくなってしまうかもしれないので、ダメです。私はたまたま睡眠ポリグラフデータ等諸々あったので処方されたので、普通の人が過眠症かもって病院に行ってもこの薬はもらえません。)

生活に余裕ができると、友達も増えた。隠れ家バーで行われる読書会とか、社交的な場にも参加するようになり、たくさんの大人相談に乗ってもらえた。地元にいた頃じゃ考えられなかったような出会いに恵まれて、少しずつまともになろうと思い始めた。けれど、そうすぐには変わらないので、一進一退を続けた。

春、私はなんとか早慶に補欠合格し、進学した。

今度こそ、人生は良くなる、と思った。

そんな期待に反して、私はうつ病を患った。友達もいたしきぼうの専攻にも進めたのに、生きていくだけで溜まり続けたストレスが爆発した。居眠り、パニックを経て、「どうせ頑張ってもどうにもならない」という無力感が次第に私を蝕んでいった。おまけに、どうがんばっても遅刻するし、レポートも出せない。だんだんすべてがプレッシャーになり、気づくと一日中ベッドで過ごしていた。電車に乗ると酔って一駅で吐いてしまう。がんばらなきゃ、がんばらなきゃ、ここまできたんだから。そう自分に言い聞かせても、からだは動かない。部屋はぐちゃぐちゃでハエが集り、三日風呂に入れなく、自分から信じられない臭いがした。ますます参っていった。

精神ますますやばい方向へ向かっていった。私は悪くない。世の中が悪い。本気でそう思うようになった。よく、ツイッターで「沼w」と笑われている、電車でさわいでいるおばさんの動画。私はあんな感じだった。だから私は、大学でみんながちしょ*とかいってるのが怖い。あの人たちの気持ちがわかってしまう。余裕がなくなってしまったのだ。

電車で隣の人の靴をわざと踏んだ。そういうことした日は家で泣いた。優しい自分になりたいのに、人に悪意をぶつけてしまう。

歯医者の予約に間に合わなかった日。受付の人に、「三十分以上の遅刻診療できません」と言われた。私は遅刻したくてしたわけじゃないのに!

受付のお姉さんが差し出した手を、わたしははたき落した。お姉さんの顔は、恐怖でも驚きでもなく、ゴミを見るような目だった。

泣きながら家に帰った。精神科医には、「他害が出るなら、入院検討してもらいますが」と強い口調で言われた。

変わりたい、でも被害者のふりがやめられない。私はもうわかっていた。私は加害者だと。

発達障害の診断をしてくれたのは、別の医師だった。主治医斡旋で、専門の医師のもとに行った。

あなたはもともとすごく天真爛漫で…でもきっと、いろんなことがうまくいかなくて、自信をなくしてしまったんだろうね。もう大丈夫だよ」

その言葉は、今でも忘れられない。こんなクズに、優しくしてくれる人がいるなんて。そう思った。

私はすべてをぶちまけた。中学のこと、高校での過ち、自分の態度が悪くて人に嫌われたのに開き直ってしまたこと、部屋が汚いけど本当はともだちを呼んだりしたかった、高校の時ひとりでお弁当を食べたくなかった、大学サークルでがんばりたかった、それなのに全部自分台無しにしてしまった。

医師は、すべて受け止めてくれた。彼が主治医になって、心理検査カウンセリングを行い、新たな治療がはじまった。

発達障害向けの治療を始めて私はぐんと生活が向上した。鬱、パニック障害ともに、今では症状は寛解。居眠りだけはまだたまにしてしまうけれど、生活に支障はない。レポートも出せるようになったし、部屋もそれなりに片付いた。まあまあ安定した生活を送れるようになった。

副作用が出たので、現在は薬も飲んでいない。ひとをいたずらに傷つけることもなくなり、たくさんの友達ができて、ずっと欲しかった日々が手に入って、2年以上経つ。

この2年は、本当に幸せだった。

人に悪意を向けることもなくなった。なんか考えてもしょうがないな、と思えるようになったし、ほんとうにあの時はどうかしてたんだと思う。

自分が報われない悲劇のヒロインだと思っていた頃が恥ずかしい。

今、ことさら自分が不幸とは全く思わないけれど。新たな悩みができてきた。

この2年間で、人並みに社会生活を送れるようになり、「私もやればできる」という自信がついた。

最近、また不注意が増えた。しかも、自分がそうと気づかないうちに失敗は起こる。

バイト先で、店長に渡してと頼まれ荷物を、頼んだ人も荷物も目の前にあるのに、店長が来てからもすっかり忘れていた。思い出したのは一週間後だった。普通の人だったらしないような不注意が増えた。

出席カードを隣の人の分も回し忘れる、メールを一方には返信してもう一方には返信し忘れ、無視しているのかと怒られる、数えたらきりがないが、その全てを私は「大丈夫」だと思って行動している。だから疑いようがないうちに、ミス回避できない。普通の人はそんなミスしないから、怠けか、悪意か、そういった目で見られる。これは当たり前だと思う。

なんとかして、ミス回避したい。人にもうこれ以上迷惑をかけたくない。それが新たなプレッシャーになりはじめた。

メモをこまめにとるようにしてはいものの、一向にうまくいかない。

まあ、自分も変わるわけだから、不注意が増えたら今までとは違う対策をしなきゃいけないのはそうなのだけれど…。

考えすぎて、いったい何なら自分は確実にできるのか、確信が持てなくなってしまった。

また私は自信を失い始めている。私はできる!と思ったところから、「やっぱりできなかった」という事実はけっこうしんどい

しかも、誰にも相談できない。友達にも、ましてや彼氏なんてもってのほかADHD言い訳にしていると思われたくない。世の中、ADHD認識されたからって、それらに理解が進むわけじゃないのだ。実際、ADHDで社会を生きていくことは厄介だ。だから誰にも相談できない。私はなにもできない可能性が高い、と思って生きていくのもしんどいが、はじめからそう予防線を張っているほうがいいのかもしれない。そんなことを考える。

この間、デート中に居眠りをしてしまって、彼氏に怒られてしまった。そりゃそうだよな。寝不足自己管理問題、って認識が先にくるもの。実際その日は体調管理が悪かったので、謝って許してもらったが、これが自分でどうにかならないことが原因でも、世の中ってのは常に自分のことをみてはくれないので、さてどのようにカバーしていくか、考えなければならないのである

障害はつらいし、理不尽だけれども、これは障害があるなしではなく全ての人に言えることで、ありのまま自分を受け入れてもらうことは空想の中にしかない。ちゃんと、素材は洗って、下ごしらえをして、味をつけて、調理して、盛り付けて…そうしないと、まず食べてもらえない。

言うなればゲテモノ素材に生まれしまった私は、よっぽど才能があるとか、愛嬌があるとか、真面目であるとか、そういう味付けでいくらかマシにならないと、食べてもらえないので。

から日々、自分をどう調理しようか考えている。

世の中、努力でなんとかなるわけではないが、ある程度頑張らなければ先に進まないのは事実だ。私の今の生活にせよ、自分メンヘラからできない、と諦めていたら絶対手に入らなかった。だから、これからも私は頑張りたいと思ってる。

ただ最近ちょっと疲れている。だからって、昔みたいに「やってもどうせ報われない」と腐りたくない。

今ここで頑張って不注意を直さないと、やばいなって思いながら、ゴールがわかんなくなっちゃったからこのグダグダ文章増田に投げる。

2019-04-28

発達障害精神疾患サバイバー就活して思ったこ

就活が始まった。

かくいう私もスーツに身を包み、西へ東へ説明会に大忙し。

スーツに身を包むと安心する。巷では、やれ個性がないだの、集団心理がどうのだの、批判されているのもわかる。

しかし私はこの黒い装備に満足していた。自分が少し強くなったような…そしてしっかり社会に溶け込めているような

そんな感覚をくれるからだ。

ADHDアスペルガー発達障害。これらの用語人口膾炙して、はたして「理解」とやらが進んだかといえば、わからない。

「周りにいたらめんどくさい」「誰でもそういう面がある」「なんでも病気のせいにしたらよくない」

こういう声があるだけ良いのだろうか。誰にも知られないよりは。

ただ私は、痛いほど知っている。上記理由で、発達障害である自分社会に求められていないのだと。

ちょっと有能な発達障害者よりも、ちょっと無能でその代わりに理解権利求めない健常者の方が、大差なくてもましに見えてしまう。

から私はスーツに身を包む。私は社会で生きていけます、と、姿で示す。

けれど、就活が順調に始まったかのように思えたのは、就活解禁後の高揚感のせいで、それはすぐに気のせいだとわかった。

ESが書けない。やりたいことが思い浮かばない。

OB訪問や友人への相談では、ことごとく

「何がやりたいの?」

「何をしてる時がいちばん楽しいの?」

大学でしてきた中でいちばんがんばったことは?」

「譲れないこだわりは何?」

「逆にどんなことされたら許せないと思うの?」

と擬似カウンセリングのような問答の嵐。

私はそのどれにも即答できなかった。

その度にOBや友人はわかりやすいため息をついた。ショックだった。

就活というものの重さを知った。こんなにもピリピリしているなんて思わなかったのだ。

少しの逡巡も、どうやら通用しないらしい。それが実際の面接でなくとも、就活というフィールド上の相談ならば。

もっと自分のこと考えなよ。考えた方がいいよ。」

考えてないわけではないのに、そう言われると、全然考えてないようにも思えてきて、正直気が滅入ってくる。

OBにも友達にも

「私のことをここまで考えてくれてありがとう

と口ではいものの、納得できない。

この違和感を抱え続けて、ふと気づいた。

私のやりたいこと、ずっと望んできたこと、なりたい自分は一貫している。

それは

社会適応すること」

だった。

中学生の頃に、突然睡眠障害になった。特発性過眠症と診断され、居眠りを繰り返した。

不可抗力だと説明しても、教師苦笑いして首をかしげるだけ。

じゃあ代わりにテストでいい点をとって頑張ろう、起きているとき積極的に手をあげようと思っても、結局オールAにはならなかった。

私はどうやったら認められるんだろう、と思った。子供心に、拗ねていた。頑張ってたのに、と。

高校入学して、今度はパニック障害になった。

地獄のような日々を過ごした。「社会で生きていけない」と強く自覚した出来事だった。

同時に、「私はみんなにとってめんどくさい人間なんだ」と知った。

性格もひねくれていて、喋ろうにも黙り込むか口を滑らせるかのどちらか。

ここで、「病気のせいにするのは良くない」とも知った。

大学入学きっかけに、全てのストレスが爆発してついにうつ状態に。

過眠症パニック障害うつ。これらの治療を進めるうちに、行き着いた診断が発達障害だった。

そこからの私は必死だった。

社会適応したい。こんな自分でも居場所を見つけないと死んでしまう。

いやこのまま死んでしまおうかと思ったこともあったけれど、

とにかく必死で少しでも「まし」になろうとした。

副作用の強い薬を飲み、認知の歪みをカウンセリングで少しずつなおし、

部屋も片付けられるように工夫した。もちろんそれらはすぐにはうまくいかなかった。

そして、ようやくなんとか、「だいぶまし」になった。

パニックはほぼ起こらず、過眠症もどうしてかはわからないがましになった。

人とのコミュニケーションもだいぶできるようになり、足の踏み場がなかった部屋は、

それなりにものは多いものの、生活に困るほどではなくなった。

友達もできて、バイトも始めて、認められたりして。

それなりに楽しくなって、やっと社会の仲間入りができたと思った。

のしたいこと、楽しいと思う瞬間、それらは

ちゃんとやれてる」って実感できる瞬間を実現していくことに他ならなかった。

からその先が全然思いつかなかった。

「やりたいこと」

なんてないのだ。

ただいまの私にとっては、生きてるだけで精一杯なのだ

それに気づいたとき、久しぶりに暗い気持ちになった。

みんなは、手放しでやりたいことも考えられる。

楽しいとも思えるし、怒りも素直に表現できる。

私にはできない

自分が生きていくことで精一杯だから

みんなのように、夢を語れない。

なんかちょっとムカついてきた。あいつら、自分があって当たり前だと思ってるから

私にも夢を聞いてくるし、

私に夢がないと知るやいなやため息をつくのも、

まさかそんな人間がいるとも思わないんだろう。

で、「こいつは何も考えてない」と結論づける。

生きてるだけで精一杯の人間なんて想像もつかないんだろう。

もし、目の前の私がそういう主張をしても

「それは甘え」と言われるか、気の毒がられるのが関の山

「頑張れば報われる」なんて線形認識で生きてこれて本当によかったね。なんて毒づきたくなる。

いつ居眠りとパニックが起こるかわからいから、人に迷惑をかけたくないという思いで

楽しい機会は断ってきた。友達ディズニーランドに誘われても、行きたかったけど我慢した。

そんなこんなで浮いていた。いろんなことを恐れて、先回りして自粛する思春期だった。

ようやく最近症状が落ち着いて、友達海水浴遊園地ドライブ、もう本当に楽しかった。

でも、もっと楽しみたかった。病気が、障害がなければ、もっと楽しい人生だったのに。

正直そう思う。

でもそれを口にしたら「甘え」と言われる。だからしない。でも苦しい。


みんな、ゼロからスタートしてるけど、

私は、マイナスゼロに近づけていくことに必死で、

それが私の夢なのだ

でも、どれだけ前に進んだってゼロしかないんだろうか。

先日賛否両論を巻き起こした上野千鶴子氏の東大入学式の祝辞で、こんな一節があった。

「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。」

なんかこの言葉のやさしさにほんとうに泣けてしまった。

同時に、この祝辞が叩かれているのを見て、

「やっぱりしばらく健常者のフリは続けよう」

とも思った。

きっと私のこの葛藤は、社会にそぐわないんだろうと思った。

私は今日スーツを着る。

そして、用意した「夢」を語る。

これからはきちんと普通のふりをしたいから、

夢とやりたいこと、楽しいこととつらいこと、これらは即答できるようにしておこうと思った。

2018-10-23

わかるー!

https://anond.hatelabo.jp/20181022150622

まり検査ガチ睡眠障害の診断(特発性過眠症)食らった者ですが、わかる!わかりすぎ!

から眠い何度でも二度寝できるよ!睡眠計測アプリ使ったら休日睡眠時間は平均しても余裕の10時間越え、最大22時間超で白目剥いたわ!抗えないんだよねー、眠気に。

何が困るって、投薬が始まっても薬が切れる=眠気増強なので、肝心の朝起きられないってところなんだよね!!

服を買うための服がない、目が覚める薬を飲むために目を覚ますことができない!!!

早寝(就寝時刻20〜22時)してるけどその分ぐっすり翌朝まで寝ちゃうからあん意味ない!!!

おまけに寝ても別に疲れが取れない!むしろぐったりしてる!!休日とか起きてられないので油断してるとメシが一食しか摂れてないみたいなアレになって「休みなのに異様に疲れてる…何故…?」みたいな感じになる!!!

もう本当どうすればいいんだかね。

医学研究が飛躍的に進むか社会的にこれで何とかなるような方向に働き方改革が進むかぐらしか思いつかんわ。

あーあ。

2018-07-27

集中すると眠くなる

何年か前に特発性過眠症じゃね? って言われて診断受けてないけどたぶんそうかな、と思ってるんだけど。集中すると眠くなる。寝落ちする。話題MacBook Pro i9モデルVRMオーバーヒートで落ちるように、テンションを上げていくと急激に意識が薄れて寝落ちする。

たぶん寝不足ではなくて、いくら寝ても、余力があっても、朝でも昼でも晩でも、集中すると眠くなる。特に誰かの講演を聞いていると猛烈に眠くなる。眠気がするとかいレベルではなくて、立ち上がれば治るとかいレベルでもなくて、いつの間にか話が遠くなっていて気付いた時には目が開いていなくて聞こえてくる言葉意味理解できなくなっていて気付くと十五分ほど経って目が覚めている。眠くなる経過を覚えてすらいなくて、起きてから周りの様子を見て眠っていたことに気付くこともある。

集中すると、眠くなる。

……と思っていたんだけど、本を読んでも眠くはならない。PCに向かっていてもそんなに眠くはならない。日中ランダムに落ちることもない。だから「聞きたくない話だから逃げてるんだろ」とか言われてきたんだけど、今日YouTubeの興味がある解説動画を見ていて落ちた。二度目か三度目。どうやら、耳から言語を聞いていると落ちるらしい。主に目から入ってくるだけならコントロールできるっぽい。

増田にはこういう人いない?

追記: 20分寝た後はしばらく持つ。一日の中では集中すると何度でも落ちる。本当にVRMオーバーヒートみたいな感じ。cpufreq -u 1100MHz -g powersave すると長持ちする感じ。でも怒られて落ちる。

2018-06-16

12時間以上寝てしまう。

昼間に眠くなる、とかじゃなくて、一度、眠りについたら、目覚めるまでに相当な時間を要する。

大音量の目覚ましも、光で起こしてくれるやつも、電気ショックのやつも、試してみたけど起きられない(目が覚めない)。

他人身体を揺すってもらったら起きれるかなと思いながら、まだこの方法は試せていない。

20代中盤あたりから突然、この現象に悩まされ、当然ながら、仕事継続できなくなった。

病院へいくと「特発性過眠症」と診断されたが、そもそも「特発性」というのは、「原因不明の」という意味らしく、有効対処法もないまま、ニートみたいに暮らしている。

睡眠時間はだいたい、12〜16時間

起きてる時間より、寝ている時間のほうが多い。

2017-02-03

ADHDでもないし特発性過眠症でもない

単なるグズです。

俺も病気認定されたい。

2017-02-02

特発性過眠症お仕事の付き合い方

最近特発性過眠症っていう言葉を見かけることが多くなった。

きっと生きづらさを感じてる人が多いと思うし、そういうブログもよく見る。

でも生きづらいばかりじゃしんどいので、こういう風に生活してるよっていうのを書いてみた。

症状や薬の効き方とかは人それぞれだから、こんな人もいるんだな、くらいに思ってもらえれば。

しかしたら自分もそうかも?って思ってる人の参考になれば幸い。

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2/3 補足を追記しました


お仕事

web系メインだけどたまに紙のデザインもしてる、webデザイナー

一日1,2時間残業してるくらいで、わりと定時で帰ってる。

興味のあることは勉強するけど、なかったら全くしない。

から、興味ないジャンル仕事がきてもどうにか興味ある方向へ繋げて考えるようにしてる。

デザインはどんなことにも通じるから、そういう風に考えれるのかもしれない。


特発性過眠症

症状としては、夜寝ても寝ても日中眠くてしんどいお仕事もままならない状態になることが多い。

周りからはサボってると見られがち。

眠さのレベルとしては、起きるために仕事シャーペンで手を刺したり、お葬式とかでも寝ちゃうレベル。かなり堪えるのキツかった。

我慢のきく眠気ではないっていうのが一つの目安かも。

特発性っていうのは、原因不明という意味で、突発性でない。

あと、眠いって言ったら「俺も眠いんだよね〜」っていう普通の眠気と一緒にされるとイラってする。

でもその人がどれだけ眠いかなんて分かんないしね。

大変だねって言われても、私たち普通の人がどんな感じなのか分かんないのと一緒。


病院受診するまで

病院へ行くまでは強強打破とかエスタロンモカコーヒーでしのいでた。

でも事務仕事とか単純作業は速攻眠くなってダメ

一回、強強打破エスタロンモカの錠剤、コーヒーを飲んでたら急な吐き気と動悸、めまいに襲われて「やばい」って感じたのでやめた。

カフェインとりすぎには気をつけて。

そして、6年前くらいに特発性過眠症の診断がおりた。

ショックよりも「そういう症状だったんだなぁ、じゃあ眠いの仕方ないよね」と、眠気に対してしょうがないと思えるようになったら、ちょっと気持ちが楽に。

なんで眠いんだ、自分ダメなやつだっていう謎の罪悪感から、こういう病気なんだな、なるほど。って感じで逃れることができた。


診断が下りるまで

特発性過眠症という診察をもらうには、病院での診察と、検査入院必要

病院心療内科睡眠について相談して、大きな病院への紹介状を書いてもらう。

それから検査入院の予約をして、反復睡眠潜時検査っていうのを1日半かけて受ける。

検査の間の待ち時間は寝ちゃダメから(2時間程度×4回くらい)、なにか暇つぶしを持っていくと良い。

私は病院散歩スマホゲームしてた。

検査入院は個室だったから、30,000円くらいかかった記憶

これは病院によってまちまちかも。

人によっては特発性過眠症じゃなくてナルコレプシーという診断が下り場合もある。

違いは眠気を予測できるか、できないか

特発性過眠症場合は「あ、眠いな」っていう自覚症状がある。抗えないけど。

あ、そうそう反復睡眠潜時検査の時はこめかみあたりにジェルみたいなのを塗られる。

そのままにしておくと、とっても気持ち悪い。

髪が長いと洗い流すの大変だから、そのまま帰ることになるので帽子かなにか持って行くことをお勧めする。


検査入院後、モディオダールを処方してもらうようになる

病院受診して、モディオダールを飲むようになり、一日最大量の3錠300mg飲むように。

朝2錠、昼1錠で少し残業しても大丈夫になるように飲む時間を調節して、普通に働けるようになった。

たまにそれでも眠気がくることがあって、主治医確認して400mg飲むことも。

相性が良かったのか副作用は全くなくて、眠気全然来ないし、会議中起きていられるし、仕事もできて嬉しかった。

副作用は感じなかったけど、たまに飲むのをミスって口の中で少し薬が溶けてしまい、あまりの不味さに吐きそうになったことが多々。

ただ一番ダメージきたのが、お財布。高いのだ、モディオダールは。

診察は2週間に1回、2〜3000円くらいで、通ってる病院は2週に1回通わないといけない。

病院によっては1ヶ月1回で良いところもあるみたい。

モディオダール保険が効いて1錠が約120円、それを1日3錠飲むから360円、一ヶ月だいたい15,000円くらい診察とモディオダールで飛んでいく。

処方してもらってる時は働いてたから良いけど、この金額ちょっと痛かった。

でも、お金かかるかわりに仕事中サボってると思われるかもとか、また寝てしまったとか、そういうストレスがなくなったのはすごく大きい。

眠いことへの罪悪感がなくなるだけでもかなり視界開けた気持ちになれるって知った。

今は薬を飲んで、他の人と同じように仕事ができてる。

ただ、朝起きれないのは変わらない。

から職場は出社時間が遅い、有給時間単位で使えたりわりと融通がきくところを選んだ。

給料はそんなに高くないけど、時間に融通がきくと「遅刻した!」とかがないので、ストレスが減る。

無理のきかない身体なので、それに合った働き方を選ぶようになった。

業種によってはそんなに融通きかないよ!っていうところもあると思うけど、できるだけストレスから逃げる方向でやっていくと精神的にも楽だよ。


病院について

特発性過眠症ってあまり知らない先生もいるし、そういう患者が来たことないっていう病院もある。

私が行ったところも、特発性過眠症を診たことがない先生で薬辞典とか症状とか色々調べなから診察したり処方してくれてたので、モディオダールに行きつくまでけっこう長かった。

多分診察受け始めて1年くらい経って、やっと処方してもらえるようになった。

から病院を探す時はそういう診察もしてるか確認してから行くと良い。

これは申請できる人とできない人がいるけど、少し医療費が安くなる自立支援医療っていうのもあるよ。

先生が「精神科医療を長期継続する必要がある」と認めたら申請書を書いてもらえる。

自立支援医療申請できると、自己負担が1割になるから高価な薬の場合はすごくありがたい。

自分場合特発性過眠症と併発してる他の症状もあって、それで自立支援医療を受けてる。

特発性過眠症だけだとダメみたいなんだけど、他にも併発してる場合対象になることもあるので、先生に聞いてみると良い。


おわりに

長くだらだら書いちゃったけど、モディオダール飲むことで生活安定したよっていう一つの例として読んでもらえれば。

もちろん効く人、効かない人、それぞれだと思う。

でも眠たすぎて仕事できない、生活できない、っていう悲観的なことばかりだとしんどくなるので。

薬を飲むっていう対症療法に過ぎないけど、どうにかなる場合もあるので、眠すぎてしんどい仕事にならなくてつらいっていう場合は一度診察受けてみることをお勧めします。


補足

確定申告についてコメントがあったので、その補足。

私の場合、1年間の医療費10万以下だったので医療費の控除はしませんでした。

モディオダールを処方してもらって医療費が高額になったのが6月からだったので、12月末の時点でギリギリ10万に達していなくて特に手続きしませんでした。

参考にならずすみません

2014-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20140516234708

はてなーはほんと、この手の病気()にやさしーなー

みんな鬱みたいなもんだから自分にやさしくしてもらいたいからか?

でさ、それがさ、たとえ病気として、それで、どうなの?

迷惑かけてるのは事実だよね?

仕事に支障をきたしてるのも事実だよね?

病気だと、それ、見逃してもらえるの?

病気だと偉いの?

病気だと人と同じ失敗をしても許されるの?

今の人間社会はかなり成熟してきてくれたおかげで、ある程度の障害者を健常者がサポートして優遇してあげる、

という状況はあるけれど、それをどこまで増やすの?

特発性過眠症からなに?それも障害者認定して周りがサポートすべきもの

何様のつもりだよ。

2014-05-16

病気のせいにするな

休日。寝過ぎて、怒られた。数えたら合計15時間寝ていた。

今年に入って、仕事にも支障が出るくらい寝てしまい、困って睡眠外来に行ったら過眠症の診断を受けた身だ。

「なんだそれ、ぐうたら病かよ」とか思われてるだろうなあ、と思いつつ(でも本当に寝てしまう。ごめんなさい。)家族に一応ひと通りの説明はした。「ふうん…」みたいな反応だった。

そして今日

「15時間寝るなんていい加減にしろ。ふざけるな。」

「すいません…。でもどうしても起きられなk」

病気のせいにするな!!!

私は病気のせいにしていた。きっと。あまり言わないようにしていたけど、でも私は過眠症からって、ふんぞり返った態度が、気持ちが、顔に出ていたんだろう。本当にごめんなさい。

でもどうしたらいいんだろう。薬も飲んでる。ただ薬が結構体に負担かかると気付いたので、休日は飲まずに過ごしていた。平日は6時間くらいしか睡眠時間がとれないので、休日はどうしても長くなりがちだった。

薬も「過眠症を治す」ものじゃなくて「仕事など絶対に起きていないと困る時間に服用して頭をなんとか覚醒させる」薬。今のところ完治例はないらしい(完治を諦めているわけではないです)。

病気のせいにしないとなると、どうしたらよいだろう。3秒ぐらい考えて、私のせいだと思った。

例えば家族過眠症ならこれは遺伝なんだ、と心のどこかでちいさく責めていたかもしれないが(性格が悪くてごめんなさい)、誰も過眠症じゃないし。

私が勝手過眠症になったから。

その過眠症を盾に、「私は病気なんだから」って顔に出して偉そうな態度で周りを攻撃し続けていたんだと思う。迷惑な話だ。

私は迷惑だった。

家族申し訳ない。お父さんお母さんごめんなさい。申し訳なくて頭を壁にぶつけてみたけど、痛いだけだった。

少し追記(5/17朝)

コメントありがとうございます

私の過眠症特発性過眠症という名前です。薬はモダフィニルを飲んでいます

一人暮らし検討してますが、経済的なことと、全く起きられない生活になるんじゃ…という不安もあります

家族理解がないとつらいですね。今日も頑張って働いて来ます

最後の追記(5/19深夜)

様々なご意見ありがとうございました。参考にさせて頂きます

私に過食はありません。また薬ですが、私が自己判断で断薬したわけではなく、身体に結構負担がかかる(頭痛など)ことに気付いた時点で医師相談し、では仕事の時のみにしましょうという話になりました。あいまい表現で大変失礼しました。

2014-01-19

特発性過眠症と診断された

学生時代の授業中、バイト中、バスの中、電車の中。

“気付いたら寝ていた”エピソードを挙げればきりのない私が、新しく始めた仕事(主にデスクワーク)であまり尋常ではないレベルで寝てしまうようになり、怖くなって睡眠外来にかかった。

一晩検査入院して、結果は「特発性過眠症」。

初めて聞いた。なんだそれ。

よくわからないが、カンタンに言うと脳の中での「眠れ指令」が本来の時間以外、日中にも絶え間なく出てしまい、十分な睡眠はとれているのにとんでもなく眠くなり意識を失うように寝てしまうとのことだった。

病院に行く前、単純に睡眠時間が足りていなくて眠いのでは?と思い予定を全てキャンセルし1日17時間寝て、翌日の仕事に臨んだのだがそれでも変わらず寝てしまい、自分の身体への恐怖で睡眠外来を探したのだ。

今にして思えば高校入学式で即爆睡したのはおかしかったし(当時の私はたいした問題とは思っていなかった)、バイト中も監視カメラの位置や店長の動きを読んでバックヤード睡眠をとっていたのもアレだ。友人に誘われたオールも一度も参加したことはない。絶対に寝るからだ。そのことは友人も十分わかってくれた。本当に寝るからな…一度くらい参加したかったな。

高校担任にお前の睡眠は異常だから、おそらくナルコレプシーか何かの睡眠障害だ。病院に行ったほうがいいぞ!と強く言われたのだが、当時の私は何言ってるんですかセンセ、昔からねぼすけなだけだし病気なんかじゃないですよヘーキヘーキと受け流していた。でもまさか病気だとは夢にも思っていなかったし、今でも信じられない。自分は万年寝太郎の、他の皆は耐えているだろう眠気にも耐えられないだらしないクズだと思っていたからだ。

この病気の困難な点は、他人から見れば「仕事中に寝るクズ」としか捉えられないところだ。自己管理もできない、いつでも寝不足の、気付いたら寝ている寝太郎社会ではそんな人間は生きていけない。

他人の眠気を体感することは出来ないが、特発性過眠症の眠気は「3日間徹夜をして、難しい数学の問題を解いているような眠気」だとどこかに書いてあった気がする。本当にそんな感じの眠気に襲われる。日中ずっとだ。だが私は、全世界の全員がこういった眠気を乗り越えているのだと思っていた。なので、運転手を生業にしている人たちは超人だと思っていた。

まだ薬は処方されておらず、次回の診察から処方されるそうなのだが、薬か…いままで鎮痛剤ぐらいにしかお世話になってこなかったので、副作用が怖い。

そしてこの病気10万人に2〜5人というレベルらしく、同じ患者ブログなどもほとんど見つけることが出来ない。確かに即死に至るものではないし、苦しいものではないのだが。

ブログを始めようかとも思ったが、日中寝るという報告だけになるしなあ……

完治はまず望めないようなので、これから一生付き合っていくのだろう。

永眠するその日まで。

 
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