はてなキーワード: 政府批判とは
インドでは毎日30万人が感染し、日本はこの1年の累計で50万人である。
自分の仕事に影響があるとかだけの個人的な理由で政治家を批判するのは誤り。
実際に、中食(持ち帰り)にシフトして繁盛している飲食業も多い。
自分は努力しないで、政治にぐだぐだ不満を言っている連中が嫌いだ。
なんてことは百も承知だよ。
きのうTBSニュースみてたら、やきとんチェーンの女店長が、グダグダグダグダ政府批判して、
「補償金出すというなら考えますけど」みたいに締めくくってたのがムカついて、突発的に書いた。
豚やら鳥やら殺しまくってコロナ感染源提供してる立場で、なんだその物言いは?と思っただけ。
(追記2)
まあほとんどの国民は他人のために自粛協力してるし、こういう政府批判みたいな記事やインタビューは、
ごく一部の業種の、ごく一部の人間を切り取った報道ではあるんだよな。
最近はネットの普及前にもう少しマシな設計ができなかったのかと思うことがある。
書いているこれについても、別に発信でできなければ、それはそれでよかった。
毎日、ニュースを見て誰かがコメントを出して荒れたりしている。
思想が違う人がいることもわかっていたはずだが、延々と議論している。
議論が進んでいればいいが、残らないので毎回同じスタート地点から開始している。
結論を出すために議論しているのではないという意見もあるだろう。だったら発信する必要はあっただろうか。
新聞なりテレビなりの従来のメディアが取材をし、普段それにフリーライドしている状態になっている。
丸々同じ内容を話したYouTubeで稼いでいる人もいる。
政府批判の意見も封じるのかという話もあるだろうが、ネット空間に書き込むよりも、
政府機関の窓口があるのだから、そちらに連絡を取った方がいい。
顔を出して発信するのが一般的になり、気に入らない人はブロックするようになった。
その行きつく先は、顔見知りの人だけで集団を作り、気に入らない人物は排除する。
都市は、街中を歩いていても匿名で過ごせ、過度な干渉を互いにしないで過ごせるのが魅力じゃなかったのだろうか。
個別に見ていけば、ネットの広告費やアフィリエイトで稼げるようになったのも事実だろう。
>人種差別は許されないし、公立校差別も許されないし、田舎差別も許されない。全部やめようぜ!
路上にガム捨てるのが罰金のシンガポールみたいな開発独裁国(日本の民主主義の未熟さを批判していた芸人がシンガポールに行くとかって意味判らないんですけど…)ぽさを感じるし良くない。ガムを路上に捨てる事は良くないが、ガムを路上に捨てる事に刑罰があるような国はやっぱりろくでもないとは思う。全部やめようぜ!は、「好ましくない」レベルで、罰則を設けようとは思わない。フランス人はスケベ!みたいな偏見が法的規制されているような国はやっぱりろくでもない。
ちなみに何が良いか悪いかを決めるのは国だから、政府批判も禁止事項に含まれているぜシンガポール。シンガポール持ち上げる意識高い人って何なの?
・日本は戦争をしたがっている(そのために世論誘導されている)
とか言ってるパヨクが、マスコミが政府批判すると、それがエビデンスだと喝采をあげ熱狂するの滑稽だよね
それとも、検閲されてないのか?
なんでかネトウヨだけが陰謀論を喧伝してるかのように言われるが、パヨク連中も相当なお花畑だぞ。
【日本の若者を殺す海外派兵】と喚くパヨクが、日本のエネルギーと経済を支えるタンカー航路の防衛について、国連軍や米軍の若者なら死んでもいいのか?と問うて、答えてくれたことは一度もない。
沖縄などくれてしまえとか、一緒に酒を飲めば解決するとか、頭のねじが外れた妄言なら聞いたことがあるが、それではタンカー航路を守れない。
BLMでは「沈黙は差別賛同」「差別問題にコミットしないのはヘイター」とまで言っていたのに、ウイグル問題ではだんまり。
どっちもどっち論を批判する流れで乗り切ろうとしてるみたいだが、そもそもの立ち位置が違うだろ?
オマエラが言うネトウヨは、差別上等のヘイターなんだから、矛盾なんかしてないんだよ。
桐生ココは昨年9月の配信中にYouTube アナリティクスによる国別視聴者数の結果を紹介して
その上位の国に台湾があってそれに言及したことで台湾は国ではないと愛国中国人たちに嫌がらせを受けて現在に至ってる。
茅野愛衣は今年の2月11日、ラジオ番組「茅野愛衣のむすんで、ひらいて」中にて”お仕事の合間に「むすひら」祈願”として靖国神社にお参りする内容を放送した結果、愛国中国人に目をつけられて集中砲火を浴びることになった。
これらはいずれも外国人がこぞって批判キャンペーンを繰り広げなければならないような重大な問題ではない。
些細なことをあげつらって寄ってたかって攻撃して個人をいじめているだけだ。
中国は米中対立と武漢コロナと民族浄化がらみの問題で世界中からヘイト集めてる関係で
政府批判をかわすために中国共産党は国民の敵意を他国に向けるように誘導している。
少なくとも国民が他国へ憎悪を向ける偏った愛国主義を食い止めようとはしない。
そしてそれにともない中国内のナショナリズムが激化の一途をたどっている
中国の愛国無罪はいまに始まったことでもないが、過去の反日運動は日本企業や日本製品が主な対象で、政治的意図を持たない政治的影響力をもたない動画配信者や声優といった個人攻撃にまでは及んでいなかったはずだ。
多くの人は思うだろう。
中国人は余裕をなくしているなと。
いつどんなことで難癖をつけられて嫌がらせを受けるかわからないからだ。
まったく悪意がなくてもどんな些細なことでも彼らが敵とみなせば中国人の敵として認定されてしまう。
さらに恐ろしいことに中国人から敵認定をされるとそれに巻き込まれたくない身内からも問題を無視されるようになるのだ。
外国から人権侵害といっていい誹謗中傷を受けているのにマスメディアや国内のリベラルは無視し続ける。
無視されずとも中国人にとっての地雷を踏んでしまったこのひとが悪いのだから叩かれるのは当然だという態度を取られることもある。
どこにもかけないのでここにかく。
なんで新疆ウイグル自治区に関する問題に触れられないのかって、それは実際の不利益があるからだ。
左派界の同調圧力に引っかかるし、なにより本が出版されなくなるし、中国の問題に口出しすること自体がリスクだ。
自分はナチを許せないと思っているし、過去の日本は糞だと思っている。
つまり、ネトウヨサイドの人間ではない。左に属する人間である。だから、新疆ウイグル自治区の同化政策は、非難せねばならないと思っている。
中国に睨まれるということ自体がもうすでにリスクになっているのだ。
一言でも表の名義で中国を批判すると、キャリアを棒に振る覚悟が必要になってしまった。
いまのリベラル市場において、中国に対する批判はリスキーすぎるのだ。アレだけリベラル学者が中国への批判を恐れているのは、実害があるからだ。
学者も怖いのだ。学者、漫画家、映像作家に限らず、中国市場にわずかでも関わりがある場合、批判をわずかでもしたらキャリアそのものが潰される。
だから、女性がどれほど強制収容所で強姦されようが口を閉ざすしかない。見ざる聞かざる言わざるになるしかない。
日本の批判は放送局もコメンテーターも学者も気兼ねなくできる。どれだけ馬鹿にしても痛くも痒くもない。
他国の学者、ジャーナリスト、作家であってもお構いなしに全力で圧力をかける。
キャリアや作品そのものが排除されてしまう。BBCのように、放送そのものがシャットアウトされる。映画のような市場になれば、中国の言いなりとなっているし、睨まれたらキャリアをすべて失う。
BLMのような運動は実は真の勇気ではない。業界において、キャリアを失うことはないと誰もが思っている。
BLMに賛同してもキャリアを失った俳優はいない。口ではそう言うが、怖くはないのだ。
しかし、中国について批判をするとそれだけでキャリアを失う覚悟が必要だ。
リチャード・ギアのような名優ですら、大作からは締め出されてしまった。
学生の頃は「ナチが再び出てきたら、勇気を出して戦う」と思っていた。
しかし、いまはそういうことができない。政府批判は安全牌なので、率先してやる。だが、いまは中国が怖くて批判ができない。
レイプや不妊手術強制が行われているということを知っているのにだ。
安倍を叩き、菅を叩き、野党を叩くことは怖くない。与党も野党も是々非々で批判できる。しかし、中国に口を閉ざす。
ネトウヨに「ウイグルについてどうなんだ?」と言われても、お前らみたいに失うものがない人間じゃねえんだよって。中国に今後関わりがあるかもしれないってだけで、口を閉ざさないとキャリアがなくなるんだよって、ふてくされるしかできない。
ナチの蛮行や、日本軍の蛮行を批判するときはノーリスクだ。しかし、中国はそうではない。
男女平等とか差別反対とか、そういう当たり前のことを、自分のキャリアがかかったときには当たり前に言う勇気がないのだ。リチャード・ギアのように真の勇気を持っていなかった。